2005年03月31日

石川県珠洲市 沢谷わたえ 5日目

3月31日 雨のち晴れ でも寒かったです〜〜〜う。

 昨年から決まっていたレール能登線が本日で廃線になりました。
車社会の急激な発展で・・・・・。

 最後となったら人間の心理としてでしょうか、ここ10日間ほどは常に満員状態で、遠くは長野県からの観光客の方もおいでました。
金沢〜七尾〜穴水〜珠洲〜蛸島(終着駅)の穴水から蛸島間が廃線になりました。昭和39年に開通したので41年前です。穴水〜輪島は4年前に廃線になっています。
皆さん、地図で能登半島を確かめてみてくださいね。

 
花粉症プラス風邪気味?で本日はいまひとつでした。




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2005年03月30日

石川県珠洲市 沢谷わたえ 4日目

3月30日 雨時々みぞれ??
 
 4月というのに霙がふりました。もう〜〜〜。

えっとーーー。何の写真でしょうか? さくら貝なのです。当店の後ろは海。その砂浜によってくるのを拾って作られたのです。きれいでしょうお。近所の方が作られたもので、「お店に飾っておいてね」と、いただきました。1〜2月に浜辺によってくるのを、まめに拾い集めて小枝に貼り付けられたものです。こんなきれいな貝殻がいっぱいあります。貝殻を拾うときなんかは、なぜか童心に返るんですよね。
でも、ごたぶんにもれずゴミもたくさんよってきます。ハングル文字のゴミもたくさんよってきています。冬の荒れたときなんかは特にひどいものです。
・・・・・ということで、本日は海の恵み(?)を紹介させていただきました。

 ではまた明日。



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2005年03月29日

石川県珠洲市 沢谷わたえ 3日目

3月29日 雨のち曇り
やはり肌寒い日で、もうすぐ春とは思えないくらいです。中頃には暖かい日もあったんですけどね。主人の母(80歳)曰く、去年は25日にじゃがいもを植えてしまっていたのに、今年はなんやあーーー、この天気はとボヤいています。

 さて今度は私たちは、玉川高島屋へ行きます。奥能登の山菜を持って出かけて行きます。4月6日〜一週間ほど催し物があるのですが、私たちは6日と7日を担当します。
でも、でも、なんです。これだけ寒いといつもより山菜のでてくるのが遅いような気がしてきました。どれくらい持っていけるか、ちょっと、いや大変心配になってきました。 写真は葉わさびです。今が旬で、粕和えにして食すと、鼻からぬけます。でも、その辛さがおいしいんですよね。そして、セリ、うど、たらの芽、もうすこしすると、みつば、わらび、ぜんまいなど等・・・・・、全部すぐ近くにとれるものばかりです。食べるのもいいのですが、もうそろそろ出てるかなあ・・・と思いながら採りに出かけるのも楽しみなものです。
 でも、皆さんお近くの方、お時間がありましtら高島屋へお出かけくださいませ。
玉川高島屋はオシャレなところで、セレブたちのお集まりになるところだと聞きました。おのぼりさんには目の保養になるかと楽しみです。(見とれちゃって商売にならなかったりして・・・笑)。

 また明日。


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2005年03月28日

石川県珠洲市 沢谷わたえ 2日目

3月28日
 今日能登は一日中雨で肌寒い日でした。

今日本は少子高齢化、奥能登はまさに典型的なそれ。
それではいけないよねーーー、と言うことで昨年6月、仲間20人でNPOすず交流ビューローを設立、その事務局もしています。
 9月に第21回地域づくり団体全国研修交流会石川大会が開かれ、県内の市町村17会場で分科会がありました。珠洲会場は仲間の農家民宿「しいたけ小屋ひろ吉」で開かれ、遠くは沖縄県から、そして佐賀県、熊本県、広島県、岡山県、奈良県と参加者がありました。大分は安心院町の中山ミヤ子さんをお招きし、ツーリズムのココロをテーマに農泊、民泊の魅力を語っていただきました。私たちも皆さんと夜遅くまでお話をしましたし、お酒も飲みました(笑)。たしか泡盛もあったような・・・。後日、参加された方々からお礼のメールやお手紙をいただき、すず交流ビューローの目指す”こころ”を再確認しました。今年も色々と事業を計画して交流人口の拡大をはかっていこうと話し合っています。さて、一昨年能登空港が開港したおかげで、やけに東京が近くなり昨年にひきつづき今年もにっぽん食育フェアーに参加させていただきました。能登からもさまざまなお勧めの品をもっていきましたが、ご覧いただけましたか?.すず交流ビューローも窓口を広くしていろんなことを展開していきます。皆さんも一度ぜひ・・・・・。
 今日は当店の溜まりにたまっていた帳付けをかたづけました(笑)。

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2005年03月27日

石川県珠洲市 沢谷わたえ 1日目

こんにちは。再登場しました。じつは、2004年の1月に登場しています。
そちらもぜひ見てください。石川県の最突端に住んでいます。パパママショップの電機屋をしております。・・・・・のかたわら私はけっこう自由に好きなことをやらせてもらっているのですが。きわめつけは昨年の6月に立ち上げた「長手崎すいせん工房」です。ローカルジャンクションの朝田さんや浦嶋さんに出会い、触発(?)されまして、今はやりの地産地消をめざし、地元の産物を加工して販売をしていこうというグループです。
昨年、地元に獲れたトビウオを使い、焼き干しを作ってみました。だしとしては皆さんもご存知だと思いますが、高級品の部類に入ると思っています。以前はごく普通に家庭に作られていましたが、今ではほとんど作られなくなってしまい、そのおかげで(?)私たちの作ったトビウオの焼き干しはとても好評で、すぐに完売となりました。そしてナント先日、市に特産品コンクールがあり私たちも「トビウオの焼き干し&乾燥しいたけのだしパック」として出品したところ最優秀賞に選ばれ、メンバー一同大喜び、なにしろ9グループ17品目の中から選ばれたものだから、それもずぶの素人集団が・・・・・。今後の励みになりました。今年は6月ころからはじめようと皆はりきっています。平均年齢約64歳
女性のパワーってすごいなあと、つくづく思い、ひとり苦笑しています。でも今ちょっと悩みがあります。それはパッケージの問題。今後のだいの、だいの課題です。
その写真を入れようと思うのに入れられませーん。トホホ。
 ではまた明日に。

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2005年03月26日

神奈川県湘南台 乗竹 亮治 6日目

帰りの航空機は、メンテナンスで数時間遅れたものの、空いていてゆっくりできた。

 一年ぶりのニューヨークだったが、全体として感じたことは、たった一年でニューヨークは随分と変わったということだ。

 それはきっと、東京も、上海も、ローマも、ロンドンも同じことだろう。さらには、たった一年で、アイダホも、オクラホマも、八戸も、銚子も、ミュンヘンも、トスカーナも、随分と変わったんだろうと思う。

 変わらなきゃいけないことは全然ないが、変わっちゃいけないことも全然ない気がした。何を残すべきか、残すためにどんな工夫が必要なのか、そのあたりを市民が考えていく土壌が大事なのかもしれない。
 ちょっとした工夫なしには、どんどん変わっていくしかないし、変わらざるをえない。そんなことを、ニューヨークの街並みの変化から垣間見た。

 最近、ニューヨークでは、ガラス張りの開放的なビル建築が盛んなように思える。そういえば、日本の最近の建築もガラス張りが多い。外壁はほとんどガラス張りで、ビルの主柱は内部にあるスタイルだ。石造りのビルであっても、一部はかなり老朽化し、100年、150年ものになると、建替えが急務らしい。

 しかしながら、東京ではあまり感じないのだが、100年以上昔からの、重厚な石造りのビルに包まれたマンハッタンでは、どうしてもガラス張りのビルは浮いてしまうのだ。景観に合わせて、石造りのビルであったら、どんなにいいだろう、と感じてしまう。「ビルヂング」の中に「ビルディング」が混じっているとでも言おうか。

 そうかといって、現代において、昔ながらの重厚な建築様式は、もはや不可能なのかもしれない。100年前のような法外に廉価な移民たちの労働力はない。バンダービルド家やロックフェラー家など、アメリカン・ルネサンスを支えた大資本家の莫大な資本力と、資本集積社会もない。変わらざるをえない。

 そこで、どんな工夫が必要なのだろうか。何気なくニューヨークに生きているわけではなく、「よそ者」として、ニューヨークを覗いたとき、そんなことを考えさせられた。ニューヨーカーでないからこそ、見えてくる視点。そんなものがあるのかもしれない。
 
 同じように日本の各地の変わりようを見たとき、「よそ者」だからこそ見えてくる視点があるように感じた。
 日本に住む外国人から学べること、県外者から学べること、そんなことがたくさんある気がする。

 イタリアの職人芸も世界で売れるからこそ、その形態を保っているのだろう。日本の街並みや暮らしぶり、産業にも、きっと同じようなことが言えると思う。真のナショナルこそインターナショナルになれるだろうし、インターナショナルから学べることは思いのほか多い。

 そう考えたとき、グローバリゼーションのちょっと素敵な一面を、なんとか感じられ、未来に希望を見出せる気がするのだ。

 (写真は、ニューヨーク中央郵便局。郵便局にこんな大袈裟な建築は、現代において、もはや不可能だろう。正面には、"Neither snow nor rain nor heat nor gloom of night stays these couriers from the swift completion of their appointed rounds" (雪雨も灼熱も暗黒の夜も、郵便配達人をその職務の貫徹から妨害するものはない)と、これまた大袈裟な文句が刻み込まれている。)


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2005年03月25日

神奈川県湘南台 乗竹 亮治 5日目

時差ボケがなかなか抜けなかったこともあり、朝の4時頃目が覚めてしまった。

 適当にやり過ごしてもよかったのだが、朝の4時に目が覚める機会なんて滅多にないので、朝の4時にしか行けないところに行った。

 そう、ニューヨークの「築地魚河岸市場」、フルトン・マーケットである。へい、らっしゃい。

 大きさは築地と比べてしまうと、見劣りするのだが、大西洋に上がる魚たちが売られていくさまは、まさに初体験だった。また、建築的にも、最近のサウス・シーポート一帯の再開発で、古くからのレンガ造りの建物をうまく残しながら、市場が立っているので、趣深い。巨大工場のような築地市場も活気があっていいが、この雰囲気も捨てがたい。

 魚の種類では、淡水魚か海水魚かわからないのだが、フナのような姿で、50センチくらいある魚が、わりとよく揚がっていた。フナのようにウロコが大きく、灰褐色でつや光りする。日本料理ではまず使わない素材だろうが、チャイナタウンでは見かけてもおかしくなさそうだ。

 日本料理で使いそうな食材といえば、マグロが揚がっていた。しかも、切り身のことはここでも「サク」というようだ。これは築地でも使う言葉で、料理人が買うくらいの大きい切り身を「サク」といい、1サク、2サクと数える。きっと、「one saku」「two sakus」と数えるのだろう。

 思わぬところで、ボーダレス時代が進んでいる。

(全く知らなかったのだが、フルトン・フィッシュ・マーケットは6月を目処に、ブロンクスに移転するらしい。ちょうど、23日付けのNY Times電子版に記事が出ていたのを、帰国後に見つけた。そういえば、築地にも移転問題があった。最近はどうなっているのだろうか。 http://www.nytimes.com/2005/03/23/dining/23fult.html )



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2005年03月24日

神奈川県湘南台 乗竹 亮治 4日目

ニューヨークは例年になく、冬が長引いている。

 昨年同じ時期訪れたとき、ジャケットは必要であったが、コートはいらなかった。ところが、厚いコートで身をくるんでも、寒気が体中に刺し込んでくる。おまけに、ここ2日間氷雨が降り続く。

 街で配られるフリーペーパーには、あまりの冷え込みから現実逃避しようと、「とりあえず、公式に春ということにしてはどうか」などという下らない記事まで載っていた。

 一方、寒いおかげで、花粉症は少し楽である。アメリカにも花粉症はある。ひとによっては、海外では反応しないひともいるらしいが、僕の場合はオクラホマで大学生活をしていた時からヘビーに反応していたので、あきらめている。

 知らなかったのだが、この時期、アメリカでも花粉症対策のCMをやっていた。もちろん、日本のような国民病ではないので、おだやかなものだが、それでも、春らしい緑あふれる大地で元気に楽しむ人、みたいな情景を流して、「鼻を垂らしてないで、春を楽しもう」みたいな雰囲気を演出するCMに何度か出会った。余計なお世話である。だんだん腹が立ってきた。

 ちなみに、アメリカの花粉症薬は、なんと、24時間効く。「一日2回飲めば効く」のではなくて、「一日1度飲めば効く」のである。

 なんともおそろしい。


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2005年03月23日

神奈川県湘南台 乗竹 亮治 3日目

僕はどうのこうの言ってアメリカを愛している。

 スローフードに取り組んだり、行き過ぎたグローバリゼーションに警鐘を鳴らす方のなかには、アメリカを目の敵みたいに言うひとがいるが、忌み嫌ったところで、アメリカが消えてなくなるわけではないし、いい意味でも悪い意味でも強大なその帝国的国力はゆるぎないものなのだから、いちいち嫌っていても仕方がないし、リアリティーがない気がしてしまう。
 
 それよりも、程よく付き合いながら、もしアメリカに問題があるようならば、的確な助言を与えるほうが、人情というものだ。

 さて、スターバックス増殖中のニューヨークだが(最近は、その波もだいぶ収まったらしいが)、世界各国の料理が一同に介すのも、またニューヨークである。

 よく日本人は、海外の文化を受容するのがうまい、というが、それは自惚れで、アメリカ人の受容力にはかなわないように思える。

 「うまいんであれば食ってやろうじゃないか」。そのハングリー精神が今のアメリカを築いてきた。今週のTime Out誌には、「串焼き」が数ページに及んで特集されていた。(ニューヨーカーが読む雑誌は主に3つで、1.New York 2.New Yorker 3.Time Out である。3番目が一番、若者向けというか、斬新というか、軽いというか、それでいてひねくれているというか、というような誌面)。

 串焼きである。焼き鳥でも、寿司でもなく、串焼きである。アスパラとシュリンプの串だとか、温野菜の串withワサビだとか、そんな串焼きがでかでかと特集されている。

 ここ数年で、また一段と、日本料理はアメリカに受け入れられたと思う。
 
 特にニューヨークでは、店のバリエーションも様々に増えた。ロウアー・マンハッタンの超高級レストランNobuやNobu Next Doorなど、ザガットに偉そうに載るような店から、リトル・トーキョーとも近頃では言われるようになった、セント・マークス・プレイスの焼き鳥屋や大衆居酒屋まで、広く受け入れられている。

 特にお勧めは、純日本料理ではなく、少しアメリカナイズされた日本料理のなかで、センスのよいものである。例えば、ご批判もあるかと思うが、アボカドを寿司のネタにしたのは、これはすごい発想力ですぞ。

 とりわけ、セント・マークス・プレイスのRestaurant Dojo(レストラン ドージョー)は、イチオシである。え?なんでこんなものが一緒になるの?という取り合わせのメニューなのだが、これが安くて美味い。ピタの中に、肉じゃがとレタスが詰まっていたり、ヒジキと豆腐のサンドウィッチがあったり、という感じ。まず、普通に日本で暮らしていては、思いつかない目からウロコ的な取り合わせなのだ。日本人の客よりもアメリカ人の客のほうが多いように思える。うどんの上にも、なんかスゴイものが乗っかっていた気がする。

 そういえば日本で先日、寿司屋にいた子供が、「やっぱりこれが美味い」とか言いながら、ツナマヨ巻きなどという軍艦を頬張っていた。

 「ホンモノの日本料理」だとか「純日本料理」などというものは、ひとつの陽炎のようなものだと、あらためて思う。



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2005年03月22日

神奈川県湘南台 乗竹 亮治さん 2日目

ニューヨークでは多様性と画一性が日夜闘っている。

 セントラル・パーク・ウェストに住む友人は、「スターバックスがニューヨークを駆逐している」と嘆く。大戦前からそこにあるような、昔ながらのデリカテッセンは消え、店の主人とたわいもない会話を楽しむ余韻も失せ、代わりにグリーン基調の一見オシャレなチェーン店が進出する。
 「コロンバス・サークルにもできやがった。かんべんしてくれ、ここはシアトルじゃない。」

 一方で、国内国外からの観光客や、ニューカマーたちには、マクドナルドやスターバックスは好評のようだ。故郷の味だからだ。国外からの観光客がマクドナルドに多いのは、随分と皮肉である。

 地下鉄に居合わせた日本人観光客同士が話している。英語に不安があったが、スターバックスとマクドナルドのおかげで助かっているようだ。故郷と同じメニュー。故郷と同じ味。単調な注文方法。

 ギリシャ移民街、クイーンズのアストリアまで出向いて、地元民が通う食堂に行き、わけのわからないギリシャ訛りのウェイターと、見慣れぬ料理名に格闘し、なんとかギリシャ移民の味を、ほんの少しお裾分けしてもらう。そこまでしないと幸福感を味わえない僕と、マクドナルドに通い、日々を生きる人々とで、どちらが幸せか、というと、どうも自信がなくなってしまうのである。

 ピュア&シンプル。昔ながらのLOHASな暮らし方もひとつのピュア&シンプルであるけれど、チェーン店もフェーズの異なるひとつのピュア&シンプルなのかもしれない。

 値段も味もメニューもいつもと変わらない、一見安心な暮らし方。ややもすると、そんな「安心」な人生を批判する資格はどこにも見当たらない気がしてしまうのだ。

 敵は予想以上に手ごわい。


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2005年03月21日

神奈川県湘南台 乗竹 亮治さん 1日目

はじめまして、慶応義塾大学総合政策学部3年の乗竹亮治です。
今週は僕が担当します。専門はアメリカ国内政治ですが、同時に、加藤秀樹ゼミで、日本の地方を、伝統芸能を通して活性化しようとするプロジェクトを進めています。アメリカと日本の地方というと、全く関係なさそうですが、アメリカという国も広大なローカル・エリアを抱えていて、両者を有機的に結びつけて考えることは、実は重要なのではないかと考えています。それでは、今週よろしくお願いします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とにもかくにも花粉症がひどい。
ウォルホウィッツ氏の世銀総裁ノミネーションよりも、ライス長官の訪日よりも、ついつい記事を追う目は、花粉飛散情報に向かってしまう。
国際政治や外交を、まるで大国同士のパワーゲームのような視点のみから語る識者がいるが、そういうひとは、花粉症に一度なったほうがよい。「大国の興亡」よりも、極めてミクロ的な花粉の「ツブツブ」のほうが脅威なのだ。「どうして現場で鼻水が流れるんだ!」と声を大にして訴えたい。

花粉症がここまでの国民病になった背景には、諸説あるようだが、行き過ぎた植林やら、行き過ぎたコンクリート化やらが関係しているのは、どうやら間違いなさそうだ。何事も行き過ぎ、やり過ぎというのはよくないらしい。「ほんの少しをお裾分けする」――そんな世間的な暮らしぶり、ありていの言葉で言えば、コミュニティー重視の暮らしぶりが、今一度必要なのかもしれない。

行き過ぎやり過ぎといえば、「トタン」が頭に浮かぶ。あの波打ったトタン屋根の「トタン」である。先日までマレーシアを訪れていたのだが、トタンだらけだった。昔ながらの雨季を考慮した高床式の水上建築がせっかく残っているのに、屋根やら壁やらがトタンなのだ。マレーシアの伝統建築には詳しくないが、例えば、ヤシの葉や芭蕉の葉か何かで、屋根を葺いていれば、ずいぶんと美しいものを、トタンが途端にダメにする。

くやしいながら、アジアではよくある光景である。粋な町並みであっても、安いプラスチック材やトタンが、そこかしこに、大いに介在していて、どうも全体として安っぽくなる。
いったいぜんたいトタンとは何なのか。彼らはどこからやってくるのか。日本の敗戦直後の写真を見ても、バラックはトタンだらけである。物はなくても、トタンはあったのである。なぜだ。

プラスチック製品と同じで、トタンも安価で便利であるがゆえに、使用されているのだろうけれど、マレーシアの一地域一地域にトタン生産ファクトリーがあるとは思えないし、どこかで大量生産されているのかもしれない。トタンの流通や生産拠点、原材料に注目しつつグローバリゼーションや近代化の波を考えてみるのも面白そうである。今度やってみたい。

なにはともあれ、トタン屋根ではなく、ヤシの葉葺きの屋根が見たかった。水洗便所に電気掃除機にガスレンジにと、近代にどっぷりと浸った環境にいる身の、身勝手な哀愁と知りながら。

さて、明日から5日ほど、「近代の象徴」「20世紀の象徴」ともいえるようなニューヨークに行ってきます。アメリカは年数度行く機会がありますが、今回は約一年ぶりです。大都会に摩天楼に喧騒に、というニューヨークですが、ニューヨーク・ローカルな暮らしぶりに密着した、「ニューヨーク・ローカル・ジャンクション」が綴れればと思います。更新は帰国後になると思いますが、どうぞよろしくお願いします。


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2005年03月20日

南阿蘇村 吉田愛梨 6日め

最高の陽気で、ついつい「休憩時間」が長い1日でした。
椅子に座って庭でお茶を飲むと、復帰できなくなるんです。日差しを浴びるのって、こんなに幸せなんだなぁ…

耕太が野菜の種を植えていると、隣のおじちゃんが手伝い始めました。奥さんを亡くして一人暮らしの彼は、野菜作りの名人。彼の指導を受けて植えたら、元気な野菜が育つかな!?周りにたくさんこんな「先生」がいます。百姓ならぬ百笑3年目の私たちですが、こうした先生や先輩方に囲まれて、日々いろいろ学習しています!




午後、近所の高校生が遊びに来ました。ずっと英語を教えていたのですが、この春で卒業する彼女は、4月から他県の短大生。いちご農家の長女なんだけど、農家を継ぐ気は「今のところ」ないんだそう。でも、私たち夫婦があんまり「楽しい、楽しい」って言ってやっているものだから、少しは関心が出てきたみたいです。しめしめ。明日は菜の花プロジェクトのイベントが福岡であるので、一緒に行くことにしました!

夕方、漬物用に大根をいっぱい取ってきて、庭を流れている水路で洗いました。冬の間はツライこの仕事も、暖かければ大丈夫。ちょっと変わったお漬物でも、漬けてみようかな。大根はそろそろ使い切ってしまわないと、スカスカになってしまうのだそう。ばあちゃんにそう言われ、慌ててたくさん抜いてきた次第です。


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2005年03月19日

南阿蘇村 吉田愛梨 5日目

今日は精米の日。
無農薬米をつくっている我が家は、玄米の状態で保存しておき、毎月精米をしてお客さんに送っています。ちょっとしたおまけと手紙を添えて。精米したてのお米って、おいしいんです。ついついご飯がすすんでしまいます。

今日はそんな極上のお米があるので、友人達を呼んでホームパーティーをしました。持ち寄り形式にしたら、なんとも豪華な食卓になりました。今日来てくれたのは、新聞記者のU夫妻と、竹アーティストの中林夫妻。簡単生活という工房には、竹細工の日用品はもちろん、竹でできた様々な作品があって、とっても面白いんです。この間は大分県の竹田市で、中林夫妻がワークショップを開きました。竹で骨組みを組んで、ススキのブロックを積み、それに土を塗って壁にするんです。アートイベント用ですが、家だって建てられるんです。うちが農家民宿をするときは、草と竹でつくろうかな…
阿蘇って、芸術家がけっこういるんです。


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2005年03月18日

南阿蘇村 吉田愛梨 4日目

今日は雨。1日中、雨。昨日植えた種が流れていないといいけど…。
春一番と重なって、軽い台風のような天気でした。

「晴耕雨読」
これって、多くの人が憧れながら、なかなか実現できないことの一つではないでしょうか。我が家はまさしく晴耕雨読。別に自慢してるわけじゃないです。でも、幸せだなぁと心から感じています。雨の日は、朝ご飯の後にエスプレッソを入れる。そしてゆっくりとした時間を楽しんでから、本を読んだりパソコンで仕事をしたり。そして息抜きにはダーツをしたりピアノを弾いたり。そんな我が家の「百笑生活写真館」も覗いてみてください。






農作業のない日は、着物を着ています。私のおばあちゃんやひいおばあちゃんが着ていた着物。引き取り手がいないので、ほとんど全部もらってきました。桐箪笥を7竿も持って引っ越してきたもんだから、どこのお姫様が嫁に来たかと思われたほどでした(笑)。

夕食は、隣に住んでいる耕太(旦那)のおじいちゃん夫婦&おじさんと一緒に。80歳から晩酌を始めたおじいちゃんのエピソードは尽きないのですが、あの時代の農家は本当にすごい。ローカルジャンクション21の事務局のお二人とは「地元学」を生んだ吉本さんとの会食でお会いしたのですが、おじいちゃんとおばあちゃんと過ごす時間は、私たち夫婦にとって「地元学」の授業そのものです。おじいちゃんやおばあちゃんの「知恵袋」をできるだけ引き継ぎたいと思い、できる限りご飯を一緒に食べています。


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2005年03月17日

南阿蘇村 吉田愛梨 3日目

今日はポカポカ春の陽気でした。阿蘇に住み始めてから、春が来るのが前より待ち遠しくなりました。九州といっても阿蘇は高原。実はかなり寒いんです。

寒いと、体もよく動くようになります。人も外に出てきます。「こんなに人がいたっけ?」と思うくらい、田んぼや畑で人を見かけるようになります。
我々はというと、午前中はあんまり天気がいいので、テーブルを庭の真ん中に出して、日向ぼっこ。私たちは農閑期になると、語学や専門知識を活かした「副業」をしています。普段はパソコンで作業をするのですが、今日は「打ち合わせ」などと称して、庭でお茶を飲みながら延々と過ごしていました。目下やっている仕事は、「バイオマス情報ヘッドクオーター」というホームページの海外情報提供です。



お昼ごはんも、もちろん庭で。外で食べると、何でもおいしく感じますよね!

食後に「薫炭」と呼ばれる籾殻の炭(写真)を作っていると、隣に住んでいる旦那の「ばあちゃん」が、菜園の手伝いをしてくれといってきました。選ばれたのは耕太(旦那)。ジャガイモを植えたので、土をかぶせて畝を作って欲しいんだそうです。すると今度は「じいちゃん」がやってきて、去年台風で折れた竹を運び出すから手伝って欲しい、と。耕太が引っ張りだこなので、私は家のお掃除。窓を全開にして、掃いたゴミはそのまま庭へ。これが、田舎のいいところ。

夕方から、隣町の中学生が英語と数学を習いに来ました。「百姓」というのは、本当に何でも屋さんなのです。百姓を名乗るには半人前の私たちは、自分たちのことを「百笑」と呼んでいます。農業って、いいですよ〜っ!


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2005年03月15日

南阿蘇村 吉田愛梨 2日目

今日は、「九州米粉食品普及推進セミナー」とやらに参加してきました。率直な感想。「あれじゃぁ米粉は普及せんなー」。

昨日も書きましたが、我が家は「おあしす米」という無農薬のお米を作っています。

お米を作り始めて思うのですが、稲って棄てるところが無いんです。ほんとは。お米はもちろん、ワラや籾殻にもそれぞれ使い道があって、日本は本当に循環型社会だったんだなぁと改めて感じます。ワラは牛のエサにもなるし、牛舎に敷いて堆肥にもなります。籾殻は炭にすれば土壌改良材になるし、ワラ同様牛舎に敷くこともできます。玄米を白米にするときに出るヌカだっていろんな用途があることは皆さんご承知の通り。

砕けたお米や小粒のお米を粉にすると、「上新粉」ができます。これ、なんにでも使えるんです。天ぷらの衣やホワイトソース、ケーキやクッキーだって焼けます。こうなると、「どうしても小麦じゃなきゃいけない」ってことはないわけです。日本は今や田んぼの4割を「減反」していますが、お米や米粉の用途が増えれば、農家はもっとお米を作ることができるのに、と思うわけです。

我が家の前の水田を見ていると、「やっぱり日本は米だなぁ」と思わざるを得ません。


ま、そんな風に「米粉」からいろんなことを考えたわけです。でも行政が企画するセミナーは、どうも生真面目すぎて面白みが無い。それもまたよし、ですけどね。米の生産者としては、「こんなにいろんなことできるのよ〜」と前向きにアピールしていきたいものです。

帰宅して夕ご飯を作るために食材を採りに出ました。すると、しいたけが出てきていて、幸せな気分になりました。外出前にお米をといでおくのを忘れたので、夕飯はスパゲッティでした。これじゃ米粉が普及しないはず!?いえいえ、米農家だってパスタくらい食べますよ。食後は薪ストーブの前でウィスキーを一杯。やめられません、この生活。


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熊本県南阿蘇 吉田愛梨さん 1日目

はじめまして、吉田愛梨(えり)といいます。
実名は大津愛梨。夫婦別姓を目指して旧姓を使っています。ドイツ生まれの東京育ち。夫とは東京の大学で知り合い、結婚後すぐに二人でドイツの大学院へ進学。2002年の秋に帰国し、2003年の4月から南阿蘇で農業をしながら、冬場は環境に関わる仕事をしています。九州バイオマスフォーラムというNPO法人の理事長なんかしています。

さて、自己紹介はこれくらいにして、今週は南阿蘇の生活をちょっとだけお届けしたいと思います。農作業もぼちぼち始まっていますが、まだ農繁期というほどでもない。ウォーミングアップ中ってとこです。

ほんとは昨日の晩にアップしなければいけなかったのですが、すっかり忘れていました。ごめんなさい。
昨日は、ジャガイモを植えました。メークインと男爵。晴れてはいたけど、風が吹くとちょっと肌寒いくらい。夫と交代でクワを振り、4列も植えました。「そんなに植えて、どうすると?」と近所の人に笑われました。



我が家は、築120年を越す古民家を借りて住んでいます。
冬の間はキツかったけど、それももうすぐ終わり。どうにか薪が足りて、ホッとしています。薪割りは夫の仕事。前は炊事や洗濯をしてくれないと不満なこともありましたが、薪割や家の修繕をしてくれるようになってから、それぞれの分担ができ、円満にやっております。

そうそう。昨日は田んぼに撒く肥料が届きました。うちは無農薬のお米を作っているので、肥料も有機質のものばかりです。赤牛も飼っていますから、その糞尿でできた堆肥もあります。もうすぐ肥料を撒いて、畔塗りして、代掻きして、田植えの準備をします。良かったら、我が家のHPも覗いてください。
です。それでは今週1週間、よろしくお願いします。

ERI


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2005年03月13日

宮部 浩司さん 3日目

宮部です
今回は、せっかくのお話をいただきながら、今年最悪の体調不良とかさなってしまい、これだけしか書けなかったことを最初におわびします。

さてさて、相根さんの話しがとても面白いので続きです。彼は、シックハウスの空気汚染の重要性をさかんに訴えていまして、それは食品の農薬汚染よりもむしろ深刻だといいます。なぜなら、食品は体内に入ってからいろんな臓器のフィルターを通りますが、空気は肺から直接脳に影響を与えるからです。ですから、無農薬の玄米を炊いても、それがシックハウスの中だったら、お釜の蓋を開けたとたんにごはんが化学物質に汚染されてしまうので、せっかくの無農薬有機食品もダメになっています。そこで、彼はコーデックスとかなんとかという外圧団体に、しかるべき食品は、しかるべき空間環境にしかおいてはいけないという提案をしたところ、それが今年採択されて、日本政府も遵守することになったそうです。
また、食のトレーサビリティも重要だが、建材のトレーサビリティも重要とかで、有機JAS法と森林認証を組み合わせて、日本の林業を活性化できるとも言っていました。すみません、このへん僕が素人なんで、ちゃんと理解していなくて。たぶん語弊だらけなんで、詳しい人は怒らないで下さい。
いずれにしても、彼が言っていたのは、「建築は農業だ」ということ。建築も農業も素材は、田や畑や海や山からくるというのです。なるほどです。
(写真は相根さんです)


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2005年03月11日

宮部 浩司さん 2日目

宮部です。風邪でダウンしてお休みしていました。

先日、日本の健康住宅の先駆者である。相根さんの取材をしました。ここでの化学物質過敏症の方の現状があまりにもインパクトが大きかったので、ご紹介します。

建築家・相根昭典さんの設計したエコハウスが、施主のIさん家族へ引き渡されるというので、同行取材をさせていただいた。化学物質過敏症の方の新居を訪問するにあたり、相根さんから事前に注意されたことは、整髪料を含め化粧品類は一切使用禁止。クリーニングしたての衣類はダメ、できれば一週間ほど部屋乾しした衣類を着用。喫煙者の同行はもっての他、携帯電話は必ず切ること、等々。つまり、ありとあらゆる刺激物が、ほんの微量でも持ち込めない。逆に言えば、これほどまでに過敏症の人を廻る現代の空間環境は過酷なものとなっているのだ。
しかしこの症例は、もはや特別な人の病気とはいえない時代になってきている。日本では、潜在者層を含め、10人に一人はなんらかの化学物質過敏症であるという。私たちは、こういう過酷な時代を今生きていているのだ。

Iさん邸に一歩足を踏み入れたとたん、新築の家にもかかわらず何とも懐かしい感覚が、身体の奥深くから湧き上がっているのを感じた。地方の古民家を訪れたときに感じる、無垢の木肌や白い漆喰から皮膚感覚で伝わるあのぬくもり。神社の拝殿に対座する時のような隣とした空気の清々しさ。日常生活でどことなくざわついていた気がいつのまにかスーッとお腹の下におさまり、深いところで安堵感がある。居住空間というものがこれほどまでに生身の人間の五感に影響するのだということを、はじめて体感できた思いがした。「奇抜な建物をつくる必要はありません。そこにいるだけで、なぜか落ち着く。もっとここに居たいと感じさせる建物こそ本当にいい建築なのです。」相根さんは、こうした細胞の一つひとつが喜ぶ空間づくりを常に心がけているという。
そして二階に上がり、節目の目立つ無垢の杉材のフローリングを歩くと、昔懐かしいキュキュっという床鳴りの音が微かに響いた。「今の住宅の床が何故鳴らないのか知っていますか?」と逆に相根さん。聞けば現代的な工法では、建材の隙間は全て合成ボンドでガチガチに固められ、その量は家一軒につき、なんとドラム缶一本分以上にのぼるそうだ。これではシックハウスになるのも当然。「すべて自然素材で作った本物の床は、鳴ってあたりまえ。逆に鳴らない床は危険な床なのです。この音を耳障りと感じるか、心地よいと感じるかはまさに住み手の意識しだいですね」と相根さん。住まいが奏でる囁きをを楽しんで暮らす生活こそ、すっかり心が疲弊してしまった今の私たちに必要なスローライフではないだろうか。



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2005年03月08日

東京都文京区 宮部 浩司さん

はじめまして。宮部浩司といいます。東京の文京区でグラフィックデザインをやっているのですが、たまにライターもやります。
僕のクライアントで「栄養と料理」という女子栄養大学出版部さんが発行している料理&栄養学の雑誌があります。
先週の土曜日に「日本産原木乾しいたけを守る会」(乾しいたけの業界団体?)が主催して「栄誉と料理」が開催した、乾しいたけのセミナーにカメラマンとして取材してきました。
参加者は、埼玉県内の学校給食関係者が多かったのですが、学校給食の現場の人たちの食の安心・安全に関する意識の高さには驚きました。
一般主婦の参加者が「日本産原木乾しいたけは、中国産人工ほだ木栽培乾しいたけに比べて価格が高いのでなんとかして欲しい」と発言してるのに対して、
給食関係者の方は「児童に中国産を食べさせるのには納得がいかなない。日本産にするようにと何度自治体に訴えてもらちがあかないから、国レベルでなんとかして欲しい」と訴えていました。
これが一例ですが、「地産・地消」の考え方は、家庭からよりも給食の教育現場の方が先行しているのだなあという印象をうけた一日でした。

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2005年03月07日

いわて地元学フェスタ

昨日の、環境コミュニティビジネスモデル事業の発表を終え、ほっと一息、もなく、代表の朝田は沖縄へ調査、事務局長の私は「いわて地元学フェスタ」に出席のため、朝一番から盛岡へ。このスケジュール、どうなっちゃってるんだ、と我ながら思います。

岩手県は、平成11年に策定された総合計画で「いわて地元学」を位置づけ、積極的に取り組んできました。以来、各地で地元学が取り組まれ、私もいくつかの地域でそのお手伝いをさせていただきました。地元学のさらなる普及を狙った県のイベントは、昨年度に引き続いての参加です。

そもそも、私の地域との出会いも、以前在籍していたヒューマンルネッサンス研究所が、平成9年から岩手県陸前高田市の方たちと一緒に地元学の実践研究を始めたことがことの発端です。(この事例が県の目に止まり、県が地元学に取り組むきっかけになったようです。)私は研究所に入ってすぐでしたが、水俣の吉本哲郎さんや立命館大学のモンテ・カセム教授らとともに、一兵卒として高田の市内を走り回っていました。このときの経験が、いまの私の礎となっています。



今回の地元学フェスタは、現在取り組んでいる5地区の事例発表と、岩手大学の広田純一教授進行のもと、ローカルジャンクション21の理事である結城登美雄さんと、同じく顧問の甲斐良治さんが対談を行います。

今回は会場にも少し趣向が凝らしてありました。開催場所は農業教育資料館。盛岡高等農林学校の本館として、大正元年12月に建てられた建物です。素敵な場所でした。会場には、地元学でつくられた地域資源マップなどが展示され、県内の取り組みの厚さが感じられます。壁に貼ってある三つの地図は、以前私が関わった地域のものです。(改めて、たくさんお仕事をさせていただいていることを実感。感謝です!)



さて、今日の私の役目は、平成12年度から関わっている岩手県住田町と、今年から事業が開始された水沢市中心部における地元学の事例発表のコーディネーター。水沢の事例の詳細については、ローカルジャンクション21のホームページに載っていますので、こちらをご覧ください。

水沢からは、地元で料亭や素敵なコーヒー豆店を経営し、今年の地元学メンバーである佐藤一晶さんと、地元学事業の主催者である商工会議所の菊地浩明さんが参加(
写真)。今年度、調べて再確認した水沢の資源と来年度の活動内容について発表していただきました。3月21日には、その成果と今後の計画について語り合う「水沢探検発表会」が行われますので、お近くの方はぜひご参加ください!(詳細は、水沢商工会議所0197−24−3141まで)

住田町からは、平成12年住田町に入ってから地元学に関わっていらっしゃって、地域のリーダーとして活躍されている吉田洋一さんと、役場の福島さん(このブログにも登場してくれました)が参加。洋一さんは、地元学で地元の水の豊かさを見直し、そこから健康な土づくり、食べ物づくりに目覚め、仲間たちと有機農業に取り組んでいる経緯を発表してくれました。

他、葛巻高校が取り組む地元学など3地区の事例発表があり、その後対談へ。






対談では、葛巻高校の取り組みの例をひき、今まで学校が行ってきた「知るための学び」ではなく、「つかうため、活かすための学び」をもっと見なさなければいけないのではないか、それが本当の「生きる力」ではないか。地元学は、私たちの社会が今まで軽んじていた、「ここでみんなと力をあわせて生きていこう!」という思いと「ここで生きる力」を養っていくことなのでは、と結城さん、甲斐さんがお話され、深く共感。
地元学やって、地域の活性化になるの?という声は、よく現場で聞かれる問いですが、「地域の活性化」とは何か?については、結城さんが沖縄のおばあに聞いたお話を披露してくれました。1.あたり2.ゆんたく3.ゆいまーる4.共同店5.てーげー。(←何がなんだかですよね?結城さんも、国内の調査で初めて通訳を介して話を聞いた、と笑っていました。)
一つ一つ書くとたいへんなので、今日私が特に印象に残ったお話を。「ゆんたく」とは、お茶のみのこと。今でも沖縄の方たちは、誰かの家に集まり、みんなで一緒にお茶を飲む。そこで、いろんな話がされ、やれ誰々さんを見ないが元気か?、○○が壊れて困っているなどなど。そんな情報のやりとりのなかで、誰かが手伝ったり、助け合ったりして、大体多くの問題が解決されていく。そうやって、むらは、むらのなかで支えあって生きてきた。そういうつながりがなくなってきた、もしくは壊してきたのがここ数十年の日本だったのでは。地元学は、もう一回「ゆんたく」を取り戻そうよ、ということ。確かに経済の活性化も必要。でも経済の活性化だけで、地域の活性化は語れない。今まで、あまりにも前者ばかりの活性化論にとらわれてきたのでは。そんなお話でした。結城さんのお話は、その分かりやすい論理に深く納得させられると同時に、ぐっと胸にこみ上げる熱いものを感じます。(その後の打ち上げで笑っていたのですが、結城さんの話は左脳ではなく、右脳が反応するみたい。)もっとお知りになりたい方は、ぜひ農文協の増刊現代農業をお読みになってください。HPはこちら



その後盛岡駅で、結城さん、甲斐さん3人で打ち上げ。いろいろとめでたい話もあり、大いに話は盛り上がり、軽くのつもりがずいぶん飲んでしまいました。それでも飽きたらず、電車の中でもさらにグビグビと。当然ながら、途中から爆睡。あー、しかしまだまだ年度末の過酷なスケジュールは続くのであります。とりあえず今日はここまで・・・。おやすみなさい。


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2005年03月05日

無事終了、そして新たな出発

経済産業省の環境コミュニティ・ビジネスモデル事業の成果発表会が本日、無事終了しました。
全国の116件の応募の中から15団体が採択され、昨年の7月から事業構築に取り組みました。
私たちは、採択されたものの、頭で考えていたことと、モノを実際に動かしてみることの違いに少々戸惑い、当初の2,3ヶ月は悩みの中でうろうろしていましたが、風土倶楽部を立ち上げ、マイショップに出店し、各地の仲間たちと協働で食育フェアに出店し・・・と具体をこなすうちにいろいろな課題をクリアして、ようやく今日に至りました。明日からは、また新たな始まりです。

画像は発表中の私です。


採択されたほかの14団体の発表をすべて聞いて、とても勉強になりました。どの団体も、熱い人々ばかりで、学生から団塊の世代まで幅広い年齢層や立場の人たちが一堂に会した懇親会会場は、すごい熱気満たされていました。本当にどの取り組みも社会に必要なものばかりですが、今の経済システムの中でもがいていることも確かです。もちろん私たちも、です。でも、こんなに「お仲間」がいると思うと、それだけでも心強いです。この方たちとは、いろいろつながりあえることがいっぱいあって、今後の展開が楽しみ。


同志社大学経済学部の郡嶌教授が閉会の挨拶で「コミュニティ経済の息吹を感じた」とのこと。小さな環がどんどんつながりあえれば、きっと大きな動きになる、そんな実感を得ました。



今日は慶応大学のN君が面白い企画をもって会場に会いにきてくれました。私たちが懇意にしていただいている、ゼミの某教授にぜひ、会いに行ってこいと言われたとか。とても元気のよい青年で、一緒にやれたらかなり面白そうです。


今月号のソトコトの特集「保存版 ソトコト的元気NPO大百科」の元気な101のNPOの一つにLJ21も選ばれ、掲載されています。
うーん、ようやくここまで来たか。


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エコロジカルなグルメの食卓

3月下旬に二つの雑誌に私の拙文が掲載されるので、恥ずかしながらお知らせします。
一つは「住む。」という泰文館から出ている季刊誌の春号から「いま、食の現場で」という連載が始まります。第1回目は「自然卵」です。
昨年、7月に開催した食話会の山形県長井市の菅野芳秀さんによる「おいしくて安全な卵に出会うために」が題材です。このときの食話会は、毎日新聞の記者の方もいらしていて、これがきっかけでネットで今、菅野さんの連載が掲載されています。
食話会には、マスコミ、行政、地域づくりのNPO、食に関心の高い学生さんや主婦の方、ライターの方など幅広い方に参加していただいています。

画像は「住む。」これは冬号です。
ここちよい暮らしとはをしっかりした視点で捉えたなかなかスタイリッシュな雑誌です。


私は6年ほど前に有機野菜とは何かを追い求めた「元気な野菜、食べていますか?」というムックを創ったことがあります。今のような仕事を始めたきっかけは1997年ごろに宮崎県綾町の郷田實さん(2000年3月に逝去)にお会いしたことですが、この少し前くらいから雑誌で食とエコロジーの関係を追いかけ始めていました。地元学などを経て、行き着いたところが地域づくりだったというのは、今では当然な流れだと考えていますが、当時はなぜ、地域づくり?と思いながら、岩手県紫波町の循環型まちづくりにどんどん深く入っていくことになりました。深く入れば入るほど、やっぱり食なんだなあとまた戻ってくるのですが。


そんなわけでまた原点に戻ったような連載をさせていただくことになりました。編集部の西本さんと、まずは楽しくやりましょ、ということにしています。「食」とか「環境」とか「地域づくり」とか漢字で考えるとなんだか自分のことじゃないみたいですけれど、「食べる」とか「暮らす」とか動詞で考えるとかなり身近に思えますよ。

立ち読みでもかまわないですから(なんていったら西本さんに怒られるかな)、「どんな卵を食べればいいのかわかんない!」と少しでも思っておられたら、手にとってみてください。少しはヒントになるかもしれません。


もう一つは「アイソムズ」という環境技術系の雑誌です。リレー連載で、LJ21の理事の渋澤さんから1月掲載分のバトンを渡されたのですが、フェアなどで時間がなく、私からバトンを渡すはずだったサスティナブル・コミュニティの研究家である中島恵理さんに先に書いていただきました。私の掲載は今月末ごろになるかと思います。こちらは「スローフード、スローライフのおすそ分け」をテーマに、私たちの活動のことをご紹介しています。
店頭で手に取ることができるのかどうか、わかりませんが、もし、どこかで目にされたら、お目通しください。


実は今日のタイトルの「エコロジカルなグルメの食卓」をテーマに書いてみたいなあと考えています。そのうちブログでやろうかな。おっと、とにかく3月が終わらなくっちゃ。

今、聴きながら書いている曲は久しぶりのブラームス、ピアノコンチェルト2番、アシュケナージです。
この曲を聴くと深夜、車でこの曲を流しながら、多摩川のあたりから、そのころ住んでいた文京区の家まで飛ばして帰ったころを思い出します。

では、今夜はお休みなさい。




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2005年03月04日

心に潤いを

外は雪。昼過ぎにようやく止みました。今日も机にしがみつきの一日・・・。まるでこのところ引きこもり状態。
じっくり書類を作る時間も必要ではあるけれど、ホント、この時期、地味な日々。早く3月脱出したーいが本音。
今年は風邪を一度もひいていない。たぶん、人ごみにほとんど出かけないからかな?これができるって都会ではとっても幸せなこと。出かけても、なるべく渋谷、新宿といった大きな街はできるだけ滞在時間を短くし、ご飯を食べたり、飲んだりは中央線沿線だったり、赤坂の人気のない裏通りの店だったり。しっかり飲むときは地方だし。



過疎と呼ばれる地方が仕事の大半を占めはじめて、過密と呼ばれる都市との間を行ったり来たりするうちに、やはり都市の人ごみがだんだん馴染めなくなってきてしまったようです。出張から帰ってきて、東京駅に降り立った瞬間、出張の数日間に目にした人の数以上の人がすごいスピードで前をどんどん過ぎていく。アナザーワールドです。どっちが?どっちも。



最近はヒルズが話題の中心だけれど、ヒルズに行っても、コンクリートとガラスの冷たい感触ばかりが肌に押し寄せてくるような感覚を持ちます。一昨年の秋にマンションの裏階段から派手に転げ落ちて、コンクリートの階段と床にいやというほど全身を打ちつけ、おまけに向こう脛を負傷し、自己流手当てがまずくて、全治3ヶ月ぐらいの傷になってしまって以来、コンクリートフォビアになってしまったようです。ビルとか、車とか、冷たくて固いものに対して違和感がどんどん増幅してくる。なのに、マンションに住んでいるから、部屋中、なんとなく自然系のものばかり集めてしまう。でも、向かっているのはパソコン。ああ、現代生活の自己矛盾だ。



年度末大騒動顛末記なんて書くとどんなに面白い状況になっているのか、と思われるでしょうけれど、内実はひたすら書類書きまくりです。頭の中が大騒動なんです。明日は経済産業省の成果発表会。今回は、かなり準備をしたので15分間のプレゼン、なんとか乗り切れるかな?自転車操業のLJ21事務局、もう一ふんバリです。


このところ音楽も聴かずにいたけれど、ちょっと心に潤いをということで今、この日記はマルタ・アルゲリッチによるラフマニノフのピアノコンチェルトNO.3を聴きながら書いています。アルゲリッチというだけで、なんだか心が騒いでしまいます。おまけにラフマニノフ!

ワイルドストロベリーって、年中、小さいけれど可憐な花をつけてくれます。そしてちっちゃい赤い実をつける。今日も雪の吹き付けるベランダで花をつけていました。健気な花だなーといつも感心。いつも励ましてくれて、ありがとう。


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2005年03月03日

年度末大騒動顛末記 その2

昨夜から、今後のスケジュールを考えて、青くなったり、冷や汗、脂汗がにじみ出ている状態の事務局です。こんなの書いている暇、あるのか!でも、こういうときこそ、じっくり考えて、今の状況を分析して・・・暇ないか。
というわけで事務局長から、「そんなことしてないで、早く仕事に戻ってください!」という檄が飛んできそうなので、手早くすませます。編集業務や取材記事を書いたりというのがかつてのメインのお仕事で、どうしても「伝える」という性(サガ)が頭をもたげてしまいます。


「今週の私」は、昨年の6月ごろからブログをいち早く取り入れました。が、うまく使いこなせていません。もっと読んで下さっている方と双方向で楽しめるはずなんです。私たちの地方の仲間も少しずつブログを取り入れはじめています。昨日の小さな環が大きな環へ、というのはまさにブログでつなぎ合えると考えています。もちろん、「環をつなぐ」ことの一翼を担うということで、それがすべてではありません。リアルからバーチャルへ、バーチャルからリアルへ、その壁を自由に行ったり来たりできるのが、情報化社会の現代です。

ライブドアが話題になっていますが、たぶん彼らの世代は多感な10代後半からこの社会にどっぷり浸かってきた人たちで、その行ったり来たりをビジネス化しているんだろうなあ。いつも遅れてしまうか、序章で終わってしまう世代である昭和30年代生まれはちょっと遠くから、そんな風景を眺めています。でも、否応なく、こんな団体を動かしていると、その輪(この場合はこちらの文字)の中に入らざるを得ないです。

リアルとバーチャルは、思い込みの世界をどう視点を変えるか、ということでもあります。
ここに一つのリンゴがあります。とにかくおいしくて、私はこの冬、このリンゴと毎日一緒でした。1箱はいただいて、2箱目は注文して取り寄せました。あまりのおいしさにいろいろな人に食べさせてみましたが、みんな、喜んでくれました。
このリンゴは、青森でもなければ、長野でもない。群馬県片品村産なのです。「群馬で、それも尾瀬の手前でリンゴができるの?それもこんなにおいしいのが」というのが食べさせた人すべての反応でした。



昨日は「干しりんご」をご紹介しましたが、「食べてみる」という行為は、このリアルとバーチャルを交換できる実に面白い一瞬です。五感で味わい、体に取り込み、血肉にするという、なんともリアルそのものです。でも、こうして私がこんなにおいしいと言っている間はみなさんにとってバーチャルなんですよね!ふ、ふ、ふ。食べてみたいでしょう。

近々、沖縄に食材調査に行きます。2年半ぶりの沖縄です。
すみません、時間がないので、この辺で突然、今日は終わります。

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2005年03月02日

むらまち工房 立ち上がる

1月下旬にLJ21の声かけで「むらまち工房」設立研究会が開催されました。各地で持続可能な地域づくりに取り組んでいる団体や生産者、都市側の安全安心なものにこだわる団体や飲食店、などのネットワークがようやくカタチをもつことになりました。

現在、LJ21では、ニッポン食育フェアの出展や三鷹のMYSHOPなで、地域の個性あふれる恵みを紹介し、販売する風土倶楽部を展開していく中で、今まで以上に、各地の皆さんといろいろなつながりができてきました。モノが行き来するというのは、実態が見えてくるから、単なる情報のやりとりよりも絆が強くなるのは当たり前ですね。

「こんなもの、売れるのだろうか」から始まり、「いや、こんなものが欲しかったのよ」があったりして、まだまだ小さな小さなロットでやりとりしていますがモノが動けば、互いにうれしい関係になるのです。まさに「むらとまち うれしい出会い 楽しいつながり」の第一歩です。


ただ、それだけではなかなか次につながらないのも事実。互いの関係はモノだけではないはず。旅だけでもないし、情報だけでもない。いっそ、お互いのいいところ、足りないところ、補い合えるところを持ち寄って、何か面白いことをやろうじゃないか!ということでとりあえず「むらまち工房」という名前でネットワークが立ち上がったというわけです。


言葉だけのネットワークではなく、これからLJ21が企画するイベントなどにみんなで関わりながら、一つずつ課題をクリアしていく予定です。いわば「アクティブな研究会」であり、事業構築なのです。
ご興味のある方は、ご一報ください。ただ、一つだけお願いがあります。まずは「私の利益」を考えるのではなく、「みんなの利益」と「みんなが喜ぶこと」を考えてください。ささやかなwin & winをたくさんつくって行こうよ、というのが今回集まったメンバーの共通の思いなんです。


メーリングリストも立ち上げ間近です。今までのつながりのある方たちから、まずはお声がけをしていきます。
小さな環から、大きな環になればいいなと夢を膨らませています。

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2005年03月01日

LJ21事務局スペシャルウィーク 年度末騒動顛末記

今週は特別企画!LJ21年度末大騒動顛末記です。
昨日、経済産業省平成16年度環境コミュニティ・ビジネスモデル事業の報告書を出し終わり、ひと山越えた私たち。ほっ。
ただ、今週末の土曜日に成果発表会があるので、そちらの準備もしなければ。
こちらのことは、当ホームページhttp://www28.cds.ne.jp/~localj/の事務局だよりにもお知らせをしているのでご覧ください。

とにかく、年度末というのがいかに恐ろしいものであるか。というのも、私たちはこのモデル事業に採択していただいたおかげで、昨年秋から、調査に各地に飛び回り、そのうえ、「稼業」の地域活性化の調査やプログラムづくりにも奔走し、机を温める暇がほとんどなかったのです。報告書や制作物を1月の食育フェアが終わったころから、この2,3月にかけて「とにかくやらんば!」と土日もなく仕事、仕事の日々です。(そういえば、秋ごろから休みなんてない・・・)

写真:ずるずるといつ終わるのか・・・一反もめんの妖怪のごとく出てくるファックス用紙。いろいろ錯綜する仕事の書類で足の踏み場もない仕事場と化しつつあります。


この1週間、ほとんど机にかじりつき状態で、こういうときに甘いものが食べたくなるのはなぜ!脳が呼んでいる!とかなんとか言いながら、チョコレートをむしゃむしゃ。つい商品の「干しリンゴ」に手がいってしまう。あ、みなさん、これ、新商品です。
リンゴを剥くのがめんどーだという方にぜひ、お勧めします。そのまま食べても、りんごの甘さが凝縮されていて、「え、こんなにリンゴって甘かった?」というほど。紅茶に入れると本格的なアップルティーになります。香料なんかでごまかしたアップルティーを飲んでいる方、そのおいしさにびっくりしますよ。
この食べ方は、LJ21の顧問である甲斐さんから教わったもの。フェアで売り出したときに購入し、こんなおしゃれな飲み方をしていたとは・・・と事務局唖然。甲斐さんによると、紅茶は桜野園の国産茶で、藤原誠太さんのハチミツをたらすとなお良しとのこと。うーん、さすが農文協さん、目のつけどころが違う。早速、風土倶楽部で「干しリンゴ」+「桜野園紅茶」+「ハチミツ」セットを用意しようかな。

写真はそのスペシャルトリオのa cup of teaです。おお、至福のひととき。
ご希望の方は事務局までお申し付けください。すべて取り揃えることができます。ハイ。


このモデルで動かし始めた風土倶楽部については、年末のこのブログでもご紹介しましたが、今度は「みたかモール」にもインターネットショッピングのお店を開店することになりました。当面は、水俣市桜野園の各種お茶と愛林館の香り米を中心に販売して、軌道に乗せていくつもりです。三鷹市内在住なら送料は無料。三鷹以外の地域は一律500円です。どうぞみなさまもご利用なさってください。
URLは、開店準備が完了し次第、LJ21のホームページでお知らせします。風土倶楽部のホームページもただ今、改訂中です。

明日は、むらまち工房について、みなさまにお知らせします。

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