2005年07月31日

東京にて。6日目

LJ21さんに誘われて三鷹にある産業プラザにて
風土倶楽部さんと一緒に出展しました。
千葉鴨川自然王国にて朝5時より野菜収穫を宮田ちゃんと一緒にしてその後
の参加です(なんと朝のデートを野菜収穫をしながらのペアもいてほのぼの感がいいですねっと感じながら)
また、信州の飯山のアスパラも送ってもらい販売しました。


えっ?販売金額ですか?
販売はあっという間?にほぼ完売しましたが
野菜の金額って¥100を積み重なっての世界です、
やっと原価の金額がクリアーした位ですよ。
交通費は稼げないですが、とっても有意義で鴨川やいい山の野菜を販売でき、
また、LJ21さんもがんばりも感じられましたので十分満足です、
以前はハンバーガーを販売していたが今は楽しいよ。


これは僕が神楽坂にて着ていた子供たち。



飯山の友人の子供。

また鴨川でも仲がいい子供たちがいます。

ぼくはその子供たちが大好きです。

子供らが山の信州・東京・海の鴨川に将来往来できれば最高です。

自分が楽しむ!それが一番です。
僕はなんでも損得関係なく協力していまいます。
でもすごーっくためになるし。
みんな仲良くなります。
いろんな硬い言葉や横文字なんていりません笑顔が
大事です。


ちょっと古いけど冬にとった鴨川の大事な仲間です。
いつも夢をみてそして一歩づつそれがかなっています。
いつも酒を飲んでいます。
いつも新鮮な空気のもとで新鮮な野菜を食べています。

自分には何ができるかわかりませんが
聞く耳と教えてもらう姿勢と体験
協力をすれば
お金でないものが得られます。

今回この私の一週間を書き
なんだか自分って楽しいな〜ってより思えてきてしょうがないです。
機会を与えてくださってLJ21さんに感謝いたします。
また、このページを見てくださってありがとうございました。
明日は今後の自分について最後にいたします。
では。


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2005年07月30日

5日目草刈・信州飯山のこと・MCの利用性。

身苦しい写真ですいません。
農業は蚊に食われるのです。
僕の蚊に食われた足です。

そんなに僕の血は蚊にとっておいしいのでしょうか?
でも僕のいけない血をすってくれているいい虫と思うことにしています。
(なんてカイイのなんのって)ぼりぼりしています。

田舎は本当に余分なこと考えませんそれは人間にとって必要です、
わからないことはかっこつけずに「わかりません」っと素直に言う必要があります、
素直になればいろんな事を教えてくれます、それは田んぼ・畑・夜空・鳥の声・
虫の鳴き声・風の音・何かの臭い・
そう本来持っている五感がよく働きます。
おなかも好きますご飯はうまいです。
都会では味わうことできません。




僕はMCの時にいくつも新店舗を任されました。
とっても楽しくやりがいがありました。
その中で信州のことは忘れることが出来ません。

もともと下町で生まれて自然がありましたので、
その自然が信州は偉大で日本人に生まれよかったと思いました。
MC時代からOUT DOORをしており、
カヌ−はよくしていました、
飯山に自然体験施設「森の家」があり、そこでカヌーにインストラクタ-
をしていました。
その仲間達もしばらしい人です。
松本時代(MC)でもよく一緒に飲む仲間達がいます(農家・畜産かなど)
そんな仲間はMCとは違いました。
友人とはすばらしいですね。
もちろんMC時代の素敵な仲間もいますが。



雪はその白い世界が一度すべてをリセットしてくれます。
の一度やり直しが出来るように感じられます。

信州の方言で「あるを尽くす」という言葉があります。
食事の時にそのテーブルにある料理すべてを食べようという言葉です。

いま、環境の事・食の事・福祉の事などいろんな人と会い一緒に食事をしますが、
ちょっと疑問に思うことあります。
今そういった仕事のことなど話しながら食事しますが、
「いただきます」「ごちそうさま」と言う言葉は聞きません、でも環境・食のことを話しています、そして食べ残しをしています。
本当にいいの?
田舎の人は知識はなくてもみな「いただきます」は言います。
大事なことは何ですか?

以前イラクにて民間人が殺されました。
自己責任だ!という言葉がありました。
でも、みんなやたらに信号無視をしています。
そして子供の教育は○○が悪いといいます、
それって?です。

僕はMCで大量消費大量生産を確かにしていました、
時代が許してしまってました。
MCの利益は大量消費を抑えるためコントロ−ルをしました。
大量生産をオーダー性にして利益をあげました、
それにはマニュアルが必要でもありました。

こっれって環境問題でもいえることだと思います。
マニュアルって人間性がないって思っている人多いとおもいます。
今みんなビジョンだとかミッションって大事にしますよね、
バランスです、利用する部分は利用しておかしい点は直すこと必要です。

UP TO YOU!というMCでよく使う言葉があります。
これは あなた・君次第ですと言う言葉です。

いろんな面で一面真っ白くする信州は好きです。
キャンパスは白いです、そこからまた始まるのです。
失敗は成功につながりますし。

僕は今の自分が好きです。楽しいです。
でも過去があったので今があります。
MCがあったから今の自分があるのでMCをしていてよかったとはっきり言えます。
そして、今ハンバーガーを売らず野菜を売ったりしている自分が好きです。




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2005年07月29日

4日目ファーストフードからスローフ-ドに転身(鴨川自然王国にて)

5時には起きる。
朝日がすがすがしい。
僕は東京で生まれたが小学校時には田んぼに落ちた経験もある、
イカダを作って遊び野鳥も多く居た。
楽しみは建前のあのお金とお菓子の争奪戦だった。
団地に住まい、受験戦争をしながらバイクでかっ飛んでもいた。
三無主義の時代でもあった(無感動・無関心・無責任)あの時代から
マクドナルドに入社した。
最初は男がいらしゃいませ!などいうことはバカっておもっていた。
でも、友人の楽しさとやりがいを感じて入社をした。




この写真は僕の故郷の江戸川区にある名主屋敷です
この中には昔のままの囲炉裏もあります。このような環境で育ちました。
MCでは僕は東京・埼玉・茨城・長野で店舗数20店舗アルバイト数
2000人を教育しました。
僕は今農的な生活をしてまた、それを大事にしています。
しかし、MCの時代も必要でMCにいたよかったと思っています。
なんでもプラス・マイナスがあります。それを両方体験してこそ
初めてわかるものがあります。
フードビジネスとしてMCは確かに?です。
MCばかり食べればおかしくなります、
漬物や穀類だけでは大変ですし、バランスがなんでも大事です。
MCはピープルビジネスで人を大事にします、
マニュアルはありますがこれを作りだすもの自分達であります、

働く人は最初は挨拶も何も出来ない人も多くいます、引きこもりやフリーター
家庭で問題がある人もあます。
店舗は一つの家族であり何でも話して行きます。
一つ一つを改善してみんなに喜びと責任を与えます、
今の時代「笑顔」は大事ですその笑顔は一人一人違ってよく
本人の特徴を引き出します。
フードビジネスでは確かにNGでもあの時代には必要であったかもしれません。
ピープルビジネスでは2000人の笑顔を育てました。
これはこの時代すごいことです!



ブルベリージュースを頂きました(もちろん採れたて絞り)。
このおいしさを守り伝えたいです。
私のMCで培ったものを反対の農的暮らしにも使えるはずです。

僕は人を大事にしたいとおもっており、
今、この場(鴨川)にいます。
東京では神楽坂・江戸川・また東京ボランティアセンターの
フェスティバルでは実行委員・
松本過疎化対策・ふるさと回帰・信州飯山活性。
などしています。




いろんな体験は知識よりまさります。
農業でも恋愛でも仕事でもいえると思います。

こんな体験が必要でもあるとこの鴨川自然王国では感じます。




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2005年07月28日

鴨川にてハードだった日(鴨川自然王国)

台風がこの千葉鴨川を去り、非常に天気がよかった。
今日はこの天気にまいった(マムシに会い私が殺生してしまったたたり?)
非常にタイトでこの3日目のUPボタンを押し忘れたようです(すいません)

写真は王国の第二農場。
王国は畑5反・田んぼ4反で職員は事務(料理上手な石井さん)・指導員(人間ユンボの小原さん)・研修生(麻農園を目指している三尾君)研修生(事務局もかねている宮田君)の4名で運営しています。


じゃ〜ん マムシだ〜!
堆肥を作っていた所に毛布をかけて木板をかぶせ、その板を取ったら
マムシがいた!
今後の為に(捕まえる勇気なく・今後かまれることを防ぐ為)
やむえず剣道有段者の僕がスコップで殺した)→これのたたりが後でやってくるとは知らず。



マムシ退治の後、水曜日には野菜の宅配を一律¥2000で12品目(4kg程度)を配送しています。
その手伝いをしました。(私の親・友人にも送っています)
この畑は農薬を使っておりません。


昼ごはんは料理人石井さん、宮田君の採り立てごはんです。
ここは自給率卵・魚・肉・お酒以外なので90%は越えています。
お金もかかりません。すごいです!


しかし。この暑い日に草刈りをしていましたら(畦の斜面の草刈りなので足場も悪く大変!)
3時にはダウンしてしまいました。
顔が光っていますがこれはすべて汗でふく気力もなかったです。
90分の昼寝をしました。(マムシの祟り?)
この場所は山小屋で20畳くらいありここでは
里山帰農塾という
里山での農的な生活を楽しむための方法を学ぶ農業実習を初め、里山の生態や
山林の利用の仕方、村の生活、村人との付き合い方なの学びます。
地元の村人も参加しての空の下で語らいや夕食、酒盛の楽しみもあります。
私はなんとこの講座に3回も参加して
その農的暮らしを実践して学んでいます。
また、鴨川自然王国では
会員制度を実施して1口¥10000.
米5kgと自家製大豆か味噌をもらい。
イベントに参加できます。
農業体験や宅配制度も受けられます。
故藤本敏夫さんのDNAがここにあり、それを体験していけます。
帰農塾では塾長が高野孟さんで講師に農文協の増刊号の編集長の甲斐良治さん
または加藤登紀子さんも時には参加いたします。
ほんとに何か人生の基点になる鴨川自然王国です。
いろんな世代職種の方に出会いみんなそこには何か感じるものがあります。
そんな千葉鴨川です。


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2005年07月26日

鴨川での今日とその前の自分は。。

台風7号接近中。
加藤登紀子さんは早く東京に向かう。
藤本さんの命日31日があり
登紀子さん家族が鴨川に揃う準備で帰京した。

台風時は農作業は出来ないこんな時は
陶芸だここ鴨川自然王国にはhttp://www.k-sizenohkoku.com/
陶芸をする場所がある。
昨日の草刈りは陶芸場の周りをしたが、
なんとズズメ蜂の巣は陶芸場の屋根の付け根にありまずは
駆除をした、方法はなんと粘土で塞いでしまう方法だそこに殺虫剤を噴射
を僕が担当した〜もう怖いのなんのって〜。



この写真は加藤登紀子さんの次女で歌手をしているyaeさんhttp://www.yaenet.com/
で彼女は鴨川に在中して歌手活動をしつつある、
農的で土や自然を体験(もちろん農作業もする)して自身もエネルギーにしている、
これは加藤登紀子さんも同様だがまた彼女も回りにいろんな年代があつまり
携わる人たちや彼女もみんな楽しんでいる。
東京の中での生活にないことをして大きく羽ばたいている。

そう、僕はいまフリーランスで鴨川・房州にきていろんな手伝いをして
体験している。
3年前はMマークのファーストフードに16年勤務していた。
Mcを退職してここにくるまでは、
もう一つの仕事をしていた。


この写真は東京の神楽坂にあった(今年3月閉鎖)信州飯山市東京事務所を
担当していた時のよく来る髪結いの4代目です。http://www.city.iiyama.nagano.jp/kokyouan/
この事務所には何と囲炉裏があり観光案内やグリーンツーリズムまた
直売もしていました。
ここでは基本的に名刺交換も囲炉裏の部屋ではしませんでした。
何故っかって?火や炭火に暖を求めるのには人種・性別・宗教などいらない。
観光案内所の中の囲炉裏で観光を私は=感じて行く「感行」であってほしく。
I・T産業でなく=会いたいのITこそが基本にあるとポリシーがあったからです。
残念ながら地方財政がきつく閉鎖しましたが私には非常によい経験でした。





この写真はその事務所に飾ってあった私の似顔絵です。
どんな人かを知ってもらうにはいいアイテムです。
LJ21さんの活動に食話会があることはみなさん知っていると思いますが、
第一回目はこの囲炉裏の和部屋で実施したのです。
それからの付き合いですねLJ21さんとは。
そう私の名は鈴木張冶ではないのでLJ21さん
鈴木ちょうじ。または「ちょうさん。」に訂正してください。
わたしとしては親しんでほしいので「ちょうさん。」がいいです。
では、これから王国の野菜で夕食の時間です。
本当に野菜がこんなにおいしいなんてびっくり!
あすは鴨川自然王国の具体的活動を紹介いたしますね。


posted by LJ21 at 17:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 千葉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月25日

一日目 楽しい今。 鴨川自然王国にて。

僕の名は鈴木ちょうじ。
今は鴨川自然王国という、歌手の加藤登紀子さんの亡き夫である
藤本敏夫さんが開いた、農事組合法人「鴨川自然王国」にいます。

ここでは僕は農的の体験とこれからの自分を見つけ出しています。
当然のことながら田畑を手伝います。
そうです野菜を作ることをしています。
スローフードとスローライフをしている自分の今週の私を
これから七日間を記入していきますね。
でもそうそう忘れていけないのは。
僕はスローフード&スローライフの反対の
 ファーストフード店長をしていました、ほんと!ファーストライフからの
 転身です。
そう何があっていま何をしているか、見て聴いてくださいね。

この時間は農業をしている時はすでに寝ていますが
明日は台風です農作業は休みになりますので今になっています。
またさっきまでは
加藤登紀子さんと登紀子さんの手作り料理(おいしかった卵料理)で
仲間といろんなことを語ってました。
南アフリカの差別の話、陶芸の話、
今後の仲間や自然王国のすすむべき話など。。。

その前には(夕方)台風がくるので草刈りを僕も含めて若い?3人で実施していました。
おっと、午後にはボカシ作りをおからと米カス、麻の実を混ぜ作りこれからの追肥
のための準備をしていました。
AMは自然王国に窯を作るための買出しです。

ほんと、日々勉強です。

僕の素顔はいろんな面があります。
今は鴨川にいますが、東京にもいますし、北信州いいやまにも行きます。
この3拠点で都市農村交流を自分自身でしています。

そう今が楽しくてしょうがないです。
では、明日に!
これからはファーストフードとスローフードを体験している
僕の物語です。始まり始まり〜。
ps:僕の愛称は「ちょうさん。」って呼ばれています。


登紀子さん。


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2005年07月24日

新座市 谷合宜明【七日目】・エコライフ講座(環境2000の)とオカリナのこと

7月24日
あっという間の7日間でした。私が市内で関わっているステージと関心事を全て、しかもぐだぐだ書かせて貰った感じです。
お付き合いしていただきまして本当にありがとうございました。

 今日、森に行ってオカリナを吹いてきました。
土笛(陶器)から出る音が樹木の葉に響くのが
いいみたい(上手な奏者なら)です。



あのー、今、力を入れている最大のステージがありまして、
いつ書こうかいつ書こうかとしている内に気がつくと最終日
になってしまいました。

 環境2000という2001年に立ち上げた環境保全のボラン
ティアグループです。メンバーは20人足らずでしたが徐々
に増えていまして、活動の柱は市内の町内会や
各種グループにエコライフ講座を実施していることです。
結構長い時間(1.5年)をかけてエコライフの冊子を完成させ、



現在は出前講座を実施中で市内60町内会の内1/3
を越える23町内会や交通安全母の会や中学の総合
的な学習の授業を行いました。

 埼玉県の環境賞に応募しましたら県民大賞を授賞
してしまいました。正直言ってホッとしました。出前講
座でよかったみたいだと。
 中央の男性が私、女性が道具(みちぐ)さん、右端が
県知事です。
道具さんは昨日、六日目に触れましたように環境2000
の立ち上げ当初からのメンバーでした。彼女が席上で
グリーンセイバーのPRなどもされた時点で「聚」のメン
バーへの案内がありまして、私はその会員になり聚会
に参加するようになりました。こうしてローカウジャンク
ション21でみなさまとお会いできているプロセスを考え
るとネットワークの力って大きいですね。



公民館の2Hrの高齢者学級で講座をやったときの話しです。
時間が長いので30分近く休憩をとり、リコーダやオカリナの
演奏を入れました。エコ講座のゴミの分別より休憩時間の
演奏の方が大いにもりあがりました。

講座とオカリナはマイペースで長く続けていくつもりです。
 本当に長い時間、お付き合いありがとうございました。
みなさまお元気で。
そして、朝田さんのこのページが栄えますように。 
 埼玉・谷合宜明



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2005年07月23日

新座市 谷合宜明【六日目】・「睡足軒」のこと

・7月23日
午前中は面白い出会いがありました。朝田さんと出会った樹木・環境ネットワーク協会の聚会(しゅうかい)に共に参加していた荻原東茂蔵さんが、昨日電話をくれて、私の近くで仕事をやってるから顔を出さないかと誘いがあったのです。雑木の会には籍を置いているが別の市(川越市)なので殆ど会ってないが、いつか庭師の資格をとって植木屋さんを開業したのでした。今日はその成果を見せてもらった次第です。キンモクセイなどの周りは彼の作品だというのでワンショットしました。



庭師・荻原さんは、雑木の会で私が樹木・環境ネットワーク協会の道具(みちぐ)まゆみさんからのグリーンセイバー情報をトスしたら受講してアドバンスの資格を取得と同時に庭師取得。三人の共通フィールドは聚会(しゅうかい)。
私と道具さんは同じ新座市の「環境2000」のグループ。



さて、睡足軒の話しです。新座市の昭和史話になりますが、明治8年長崎県に生まれた松永安左ヱ門(耳(じ)庵(あん))は近代になって「電力王」の異名を持ち、実業界で活躍する一方で、茶道にも造詣が深く、益田鈍翁、原三渓と共に昭和の三茶人として知られました。


松永安左ヱ門は、昭和13年に横浜三渓園で有名な原三渓の世話で、飛騨高山の茅葺の田舎家をここ(新座)に移築させて「田舎家の茶」を楽しみ、大炉を囲んで団欒する日々を楽しんでいました。こう書きながらも茶道のことはピンボケ、知ってるのは横浜三渓園くらいの私ではあります・・・ハイ。


昭和47年に松永安左ヱ門の菩提寺である平林寺に譲られて、平林寺はその田舎家を寮舎「睡足軒」として使用していました。平成14年に平林寺から「青少年の体験学習や市民の日本伝統文化の活動の場として有効利用してもらえれば幸い」と無償貸与されたのです。今では市民に「睡足軒」の名で開放されて茶会や散策の場で親しまれ始めました。三渓園には遠く及びませんが、市内外の憩いの場として大いにアピールかなと思っています。


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2005年07月22日

新座市 谷合宜明【五日目】・

7月22日【五日目】・野火止用水のこと
今日は野火止用水クリーン活動の打ち合わせがありました。毎年夏休み期間中に近くの中学生200人くらいとボランティア団体150〜160人が用水のクリーン活動をやります。我が雑木の会からも20人くらいが参加します。新座市には江戸時代に完成したという野火止用水が縦断しています。当初は玉川上水から分水して野火止を通り隣の市・志木市の新河岸川に流れ込んでいました。全長は24キロメートルで、東京の高度処理した下水道から一日9800立方メートル(9800トン)の清流が流されているのです。重要文化財に指定されているものですから、これからまち起しのためにも皆様にお知らせさせて頂きたいとおもいますので・・・お付き合いをよろしくお願いいたします。



時は江戸時代、江戸の人口増加による水不足を補うために幕府は老中松平伊豆の守信綱に多摩川から玉川上水を掘ることを許し、1654年に完成しました。信綱は、その功績により関東ローム層の乾燥した台地のため、生活用水にも難渋していた領内の野火止(新座市)に玉川上水の分水を許され、1655年に開削に成功し、野火止用水か完成しました。全長の落差は90メートル。さて、皆さんどのようにして掘って行ったと思いますか。記録が全くないそうで、想像になりますが、高低差をはかるために夜間に行われた提灯測量の推測図(右の写真)から私なりに考えてみました・・・。200メートル進んだら1メートル下げる。これを100回繰り返すと、20キロメートルで落差が100メートルになります。この提灯は水平をだすための高低補正に使ったのかしら・・・。「おーい、ゴンベイさん、提灯を下げてくれや」「へい、1尺下げましただ」
「うん、そこは1尺余計に掘れ」なんて感じかな。どなたか正解知ってますか〜ぁ。



現在の野火止用水をちょって紹介させてください。これは用水の脇が緑道になっている見せ場です。
平林寺の脇を流れるエリアも夏の此の時期には蛍の夕べが催されます。



景観ばかりではありませんで、用水沿道には県道が走っている関係で、ほこりやゴミが後を絶たないのです。これからの課題です。


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2005年07月21日

新座市 谷合宜明【四日目】・小中学生に語った新座市の自然のこと

7月21日
午前中はこれから仕掛ける公民館の環境講座の準備会の打ち合わせに行ってきました。20〜30人程度の受講生を広報で募って10月末から12月にかけて実施しようとするものです。さて、中身をどうするか。地球温暖化防止や省資源・省エネルギーを軸にして六コマばかりやろうということになりました。C.W.ニコルさんにもお願いできるといいね、なんて話が出てとにかく本気でお伺いをたてることにしました。無茶でしょうかね。頭の中が焦げそうです。
 本題は新座の自然の話しですが・・・。以前、小学校から雑木の会に依頼があって市内唯一の湧水エリアの緑地帯を子どもたちに案内したことがあります。地元では妙音沢と呼んでいるのです。湧水は、小尾根を挟んで大きく2箇所(大沢と小沢)に分かれており、湧き出し口から黒目川に落ちるまでが40〜50メートル足らずの短い距離なのです。サラサラの流れる水も、思わず、「ほ−」と嘆声が出るほどの水量(毎分1トン)なのです。リーフレツトに記された伝説「その昔、天から降りてきた弁財天が、村人に琵琶の秘曲を授けた」「弁財天の奏でる調べは片山の里に響きわたった」もむべなるかなのエリアです。
 子どもたちはこの水がどこから来るのか不思議そうでした。地下から湧いてくると思ってた子どもも大勢いました。又、貴重な植物、カタクリにお目にかかれるのもこのエリアの北側の斜面帯なのです。



写真は可憐に咲くカタクリの花。新座市では自生は妙音沢だけかな。ニリンソウ(写真)やイチリンソウもあちらこちらに・・・。この妙音沢一体を保全したいと言ってゴミ片付けやパトロールをやっているグループもあります。



昨年は中学校(二校)から雑木林に関する話しを総合的な学習のコマでやってくれとの依頼があり、あやふやなことではいけないとデータ(スライド)作りに真剣でした。
 これは教室で雑木林の成り立ちや有効性を伝えたときの写真です。



これは、会場が広い体育館で80人くらいに対して実施したときの写真です。会場が広すぎてお互いに集中力に欠ける感じがしました。思い思いのスタイルで聞いてもらったがどうだったろうか。現場ではなかったので映像で語った「萌芽更新・・」とはどういうものですか程度の質問しか出なかったと記憶してます。




子どもたちには・・皆さんに雑木林の良き理解者・・になってもらいたいことだと伝えました。この写真は新座市の私たち雑木の会で実踏した雑木マップ(緑が雑木林)です。年々減少する課題をどうすればよいのか、ソフト・ハード両面に亘って取り組んでいかなければならないと考えています。


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新座市 谷合宜明【三日目】・森の子くらぶのこと

7月20日午前中は市・環境対策課の仕掛けた不法掲示物撤去資格講習に出てきました。何でも、電柱とか歩道橋、信号機など私有地でない部分に勝手に貼ったり、くくりつけたりしてあるものを除去するには資格が必要とかで講習への呼び込みが我々(市の総合大学講座修了した者)にあったのでした。環境美化に少しは関与していこうということで27〜8人が受講して資格委嘱を受けました。実際にグループを組んで始まったらトラブルがありそうな領域の活動かも知れません。

午後は竹林の伐採のお手伝いを雑木の会メンバー6〜7人でやってきました。0.5haばかりの孟宗竹の荒れた竹林で、ところ狭しと林立していたので、終わってみても余り変り映えしないのです。数が多すぎて一日では無理ですね。市の焼却炉に捨てた量は1.5トンで運ぶのも大騒動でした。
今後、どなたでも竹材を必要とする方に差し上げます。

そうそう森の子くらぶのこと早くお知らせしようと思います。
 森の子くらぶはフィールドを学校教育林として小学校の子どもたちと雑木林や自然と親しむための教室を雑木の会が1年間任されて戸外授業を行うことは昨日お知らせしたとおりですが、今年は始まったばかりですので、昨年の画像を使って紹介します。
写真はサポータの説明を好奇心一杯で聞く子どもたち。



キャンプ。子どもたちで完成させたテント。これで今夜のねぐらが出来たゾ〜


夕食作り。僕がやるとさっさとニンジンを切る5年生の男の子


落ち葉掃き。私がやるとデカイ篭に挑戦する女の子。


落ち葉プールが完成。くい打ちも枯れ木の囲いもすべて彼らの自前。バンザーイの声を聞いてやってください。

 今年も同様のプランで2006年3月までお付き合いしま〜す。

今日はデータ送信がうまく作動せずイライラさせられました。




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2005年07月19日

新座市 谷合宜明【二日目】・雑木の会のこと

7月19日【第二日目】・雑木の会のこと
 昨日・今日と伊豆半島に行ってきました。果たして浄蓮の滝の滝つぼに立って落下口を見上げると石川さゆりの ・・・肩の向こうにあなた、山が萌える・・・のカラオケの画面とダブッてきました(はい、オーバーでした)。ワサビ沢もとうとうと流れる湧き水をたたえて青々したワサビの葉で緑一色でした。ワサビとカワニナとどちらが、より清流を好むのだろうか(教えてください)。
 さて、雑木の会のことでした。フィールド活動は月に1〜2度の超スローペースでやってます。市内の雑木林を借り受けて定番の活動をやってます。広さは1.3haですが、常時参加できるのが13〜15人(会員数は40人)ほどですから手ごろな広さと思っています。クヌギやコナラのある典型的な武蔵野台地の雑木林です。ただ、ここ30年くらいは人の手が入っていなかったようでエゴノキやシラカシ、ケヤキなども大きくなっています。いつの間にかアオキとかマユミなど、果てはシュロノキがあちこちで、いうところの極層林に近いかな。2001年に活動を始めたころはアズマネザサが密生していて野草はおろかタヌキも侵入できないほどの荒れ方でした。出来立ての若い雑木の会のメンバー(平均年齢:60才台)はこのアズマネザサの伐採に素手(鎌一丁)で立ち向かったのでした。来る日も来る日もササ刈りでした。130メートル先の道路を走るトラックの荷台のホロがチラリと見えたときは感激でしたよ。やった!これが、今思えば目標を一つにした我々の結束力を培う良いチャンスだったと思ってます。
 雑木の会ってどんな会?と問われた場合 「雑木の会は自然が好き 樹木・草木・小さな生きものたちが好き 身体を動かすことが好きな 人たちの集まりです そして武蔵野の雑木林をの面影を残す豊かな自然と共存した地域つくりを目指しています」 と答えるようにしています。新座市には市面積22平方キロメートルの5パーセントの雑木林が残っているだけですので、毎年消失していく姿にヒヤヒヤしながら踏ん張っているんです。
 ササが排除されると林床には陽が当たる、林立する樹木は見通しが利く。すぐさま植生調査をやりました。細かい話しはさて置き、翌年・翌々年の春には堰を切ったよに野草が噴出してきました。柔らかい緑の海の中に黄色やパープル、白の小さな花が挨拶してくれました。顔を出す種類が増えながらも、年によっては消長があるのは大変意興味深いものがあります。心残りなのは刈り取ったササに囲まれていたエゴノキの小木にウグイスの古巣発見したときでした。周りが明るくなってしまうと、もう再びと巣掛けはしないことを思うと・・・・でした。
 ササ刈りや植生調査の他に何があるかというと、今までにやってきたことをお知らせします。もう4年前になりますが市内の雑木林のマップを半年がかりで作りました。会員が手分けしてグループを組んで白地図に緑を入れていく作業でした。伊豆七島の新島とほぼ同じのエリアを四区分してやりました。そのお陰で市内の隅々の様子がシッカリ掌握できて明るくなりました。足で稼ぐということはすばらしいことでした。
 その他は定番のシイタケ作り、竹炭焼きなど・・・・は今でも続けています。ちょっと異色なのは小中学校の総合的学習のお手伝いでした。キッズバージョンへの取り組みは緊張しました・・・です。その影響か、今年は市の生涯学習課の依頼で小学校児童の土曜日の居場所作りの一環で、森の子くらぶと称して二フィールド(学校教育林)で子どもたちと雑木林や自然と親しむための教室を任されて楽しくやってます。戸外授業を志願した子どもたちだけあって元気がいいこと。振り回されています。子どもたちの成長が楽しみです。キャンプのプランはこれから立てますので、明日報告できると思います。



私たちのフィールド・きずなの森


ササの刈り取りに挑む


中学校の学習会の講師になりました


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2005年07月18日

新座市 谷合宜明 【一日目】埼玉県新座市からこんにちは!

7月18日
朝田さんとは樹木・環境ネットワーク協会の主催する「聚会(しゅうかい)」でお会いしました。タイトルは食育の話しでしたが、蜂蜜の話しに迫力があり、蜂の生態なども大変に面白く正にその座に溶け込んでしまいました。その日も私は雑木林の保全活動を早めに切り上げて新宿・曙橋にある講座の会場に出向きました。私の活動しているフィールドは埼玉県新座市なのです。ローカルジャンクション21のホームページを覗くと埼玉県ジャンルからの便りが零ではありませんか。あれっ、もしかしたら埼玉県の新座市なんてところ知ってる方が少ないだろうなと感じまして少々我がまちのPRにお付き合い頂けますでしょうか。
 この新座市とは埼玉県南西部にあって東京に隣接し、人口15万人、面積は22平方キロメートルの車では30分で走り抜けてしまうし小さなまちです。歴史的には、旧石器時代から古墳時代にいたるまで100ケ所余りの遺跡があるようです。えっ、戻りすぎですか。それでは近世に飛びます。江戸近郊地という政治的位置から川越藩主・松平伊豆守信綱による野火止台地の開発や、それに伴う野火止用水の開削が有名なのです。
ここまで書いて皆さんからの「・・・知らんな・・・」の声が恐ろしい。徐々に時代が下って昭和45年に新座市が誕生しました。私もこのときに東京から移り住み35年が過ぎました。スミマセン、ちっとも面白くないですよね。
 さて、私の新座をフィールドとしての活動のコマをお知らせしま〜す。
1.「雑木の会」
2.「森の子くらぶ」
3.「環境2000」
4.その他
雑木の会は2001年に立ち上げ、現在市内の1haの森を借用して40人くらいで雑木林の保全活動をやってます。森の子くらぶは市・生涯学習課からの依頼で小学校二校の学校教育林を使って48人の小学生の校外授業の面倒をみています。環境2000は市の総合大学講座を修了した仲間20人と2001年に立ち上げて市内町内会あちこちにエコライフの出前講座をやっています。その他では代表的なのが趣味のオカリナで25人くらいの仲間たちと月二回程度公民館で練習したり合宿したり友情出演したり楽しんでます。なんといっても、その他で使う時間の方が圧倒的に多い駆け出しのスロー活動者ではあります。
 初日・二日目の18日19日は伊豆半島を回ってきます。浄蓮の滝でも見て来ようかと思います。見所がありましたらご報告します。


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2005年07月16日

1週間、読んで下さって有り難うございました 柳沢泉 7日目

早いもので、今日で日記も最後になってしまいました。
1週間、読んで下さって有り難うございました。

私は今、企業組合の仕事&種苗の仕事と並行して、ベジタブル&フルーツ
マイスターとして、野菜と果物の普及のお仕事もしています。
NPO推進青森会議というNPOで、人材育成事業にも関わっております。
ローカルジャンクション21さんの活動にとても共感したのは、
21世紀は農村の時代がくると、私も常々感じていたからでした。
農業や林業が収入面でもちゃんと仕事として成り立っていればこその、
国の発展だと思うのです。
そしてそれは私たちにとっても、本当の意味で豊かな社会を
作っていくことに繋がることだと・・・・・

私の知っている農家さんは、みんな知恵と工夫を凝らして、いろいろなものを
作ってしまう達人ばかりです。正に百姓、百の仕事ができる人たち。
いつも本当にたくさんのことを教えて戴いています。
自然と共に暮らしてきた人は、強いです。

今流行のスローライフ、スローフード。
ほどほど・・・という価値観は、実は農村にこそあるのではないかと考えています。
地域と地域が交流して、価値観を共有したり、新しい価値観が生まれたり・・・
そんな楽しい地域づくりのお手伝いができたらいいなと思っています。

皆さんも、野菜や果物をたくさん食べて健康で楽しい毎日を送って下さいね。
そして機会がありましたら、ぜひ、青森にお越し下さいね。

それでは、またお目にかかれます日まで・・・・
ありがとうございました。


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青森のおとっとき紹介 柳沢泉 6日目

ほんずなし・・・・・とは、しょ〜もない、という意味です。
他に違う使われ方として、酔って前後不覚に陥ったときに
「ほんず落とした」と言います。

南部のほいどと津軽のえふりこき

青森県の太平洋側は南部藩 日本海側は津軽藩
お互い相手のことをこう呼び合っていました。

「ほいど」欲しがり ケチ
「えふりこき」ええ格好しい

アウガの市場の風景はこんな感じです。 
こういう小路が縦横に何本かあって、見て回るうちにわかんなくなって
しまうので要注意です。



手前にあるのがタラコ
奥は筋子

青森県民は塩辛い食べ物がダイスキ。
冬の間は畑仕事ができないので、野菜類はすべて漬物として
貯蔵をしています。
何でもかんでも塩分たっぷりの漬物にしてしまうので、行き着く先は
脳血管障害という人がとても多いです。
「脳梗塞」になることを津軽の人は、「あたった」と言います。
「わいはぁ〜、あすこのジサマ、最近見えないと思ったらあたったんだと〜」
お盆明けと正月明けは、ナゼだか新聞の訃報のお知らせがかなりのページを
占めます。
塩辛い漬物や魚を食べながら、日本酒ぐびぐび飲んでいるわけですから
血管だってイカレて当たり前です。



これはシャコ
青森では、「ガサ海老」と呼んでいます。
トゲトゲがすごいので、口の中を血だらけにして食べてます。

見るからに「コレ食べるの〜?」と思うようなものが好きなのが津軽の人。
なまこ・ほや・ふじつぼ・サメ・白子etc・・・・・
初めてこれらのものを口にしたときは、「おえ〜っ、有り得ない・・・・」と
思ったものでした。
ところが食べ慣れると不思議なもので、無性に食べたくなるときが
あります。
青森ゲテモノマジックとでも申しましょうか。




さて、真打ち登場です。
青森といえば、やはりホタテでしょう。
生きの良いホタテは、身が締まっていてとても甘いです。
ホタテの殻は、閉じるとなかなかこじ開けられません。
以前、髪の毛をくわえられてしまい、髪飾りのようにホタテをぶら下げて
しまう羽目に陥ったことがありました。
確か、ホタテマンというのが居たような・・・・・・

今日の青森は、久しぶりの晴天で陽射しも強く、夏を感じさせる一日でした。
まもなくねぶた祭りが始まります。
ねぶた祭りが終わると、いきなりお盆バージョン。
そしてお盆も終わると、秋風が吹き始めます。
お祭りでは皆、普段のモヤモヤを吹き飛ばすかのように跳ねまくります。
短い夏を惜しむかのように・・・・・・・



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2005年07月15日

青森のおとっとき紹介 柳沢泉 5日目

昨日の津軽弁講座は、レベル7の難しさだったかもしれません・・・・

どさ
ゆさ
なもな
わも

どこ行くの?
お風呂
貴方も行くの?
私も

こんな会話が実際交わされている青森って、ある意味すごいかも。

以前は北海道と本州を結ぶ、重要な交通機関だった青函連絡船。
今ではその役目を終え、青森港の中に係留されています。
船の横には、石川さゆりの「津軽海峡冬景色」の歌碑があります。
裸眼での視力が0.3と0.6の私ですが、何だか見えない世界も
なかなか味があると思い、運転のとき意外はメガネをかけていません。
この歌碑には、赤い大きなボタンが設置されています。
私は、てっきり「赤い財布がのっかってる!」と思い、思わず手を伸ばして
しまったことがありました。

そのボタンに触れると、「津軽海峡冬景色」が大音響で流れる仕組みに
なっていて、例のイントロが流れ出してきました。
せっかくなので、大声で思いっきり歌いました。
目が悪いと、たまにとんでもないことをしでかすことがあります。
人違いなんて日常茶飯事。
山にきのこ狩りに行ったときは、野うさぎの糞をきのこと間違えて指で
つまんで「めっけた〜♪」と喜んだことも・・・・・


この三角形のビルは、青森の物産館です。
お土産屋さんの集合体とでも申しましょうか・・・・・
でも、ここでお買い物をするのはあまりオススメいたしません。
ただ、展望台はお天気の良い日であれば、青森市内を一望できるのと
下北半島や津軽半島を望むことができるので一度は行かれてみるのも
よいでしょう。

手前に見える、横に細長いテント小屋は「ねぶた団地」です。
このテントの中は今、ねぶたの製作真っ最中。
太い針金で骨組みを作り、そこに和紙をはりつけていきます。
そして墨で輪郭を描いていき、最後に色を入れます。
ねぶた祭りは毎年、8月2〜7日の期間に開催されます。
この期間は、全国から観光客が青森県に来ますが、ツーリングのついでに
この時期に合わせて青森に滞在するライダーもたくさんいます。
駅前の公園などは、にわかキャンプ場に早がわり。
1年で一番街が活気付くときでもあります。


青森駅前にある「アウガ」の地下にある新鮮市場。

観光客の多くは、ここでお買い物をされているようです。
鮮魚を買うときの留意点は、氷をふんだんに使っているお店を選ぶこと。
ここの市場は、たらこや筋子の専門店だけでも数店入っているので、必ず
全部のお店を見てから決めることをオススメします。

とにかくねぶたの時期は大混雑。
あまりの混雑ぶりに、自分で買い物に行ったはずが、
いきなり店員に変身してお店を手伝ったこともありました。
そうやって無理やり「ご縁」を作って、後で買い物に行ったときにサービスを
してもらう・・・・という作戦に、味をしめております。

近年は、私の図々しさもかなり戦略的になってきたな・・・・と自負してます。
こんなことで喜んでいる自分は、何だか本当にほんずなしだな〜





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2005年07月14日

青森のおとっとき紹介 柳沢泉 4日目

全国でもっとも温泉地が多いのは北海道です。
以下、長野県・新潟県・青森県と続きます。
4日目の今日は「ランプの宿」で有名な、青荷温泉のご紹介です。

青荷温泉は、東北自動車道の黒石・弘前インターから車で
40分くらいでしょうか・・・・
深い谷にひっそりと佇む、一軒宿の温泉です。
この温泉のスゴイところは、夕方になると部屋には電気ではなくランプが
灯されるところ。
オジサンが一部屋一部屋、ランプを点けて回ります。
テレビもない、携帯も繋がらない、なのでひたすらお風呂に入り惰眠を
貪るのが、この温泉の一番の楽しみ方です。

お風呂は4ヶ所くらいあって、それぞれ趣きの異なる鄙びた温泉です。
ちょっとわかりにくいかもしれませんが、写真に写っているのも4ヶ所のうちの
ひとつです。ガラス張りなので、入っていると山から下山してきた人の姿が
ガラス越しで見えちゃう。
・・・・ってことは、向こうからこっちも見えるということか!?
冬季間も営業をしていますが、あまりに雪深いので、雪上車に乗り換えて
宿に向かいます。たとえ四駆であっても、自分の車で行こうものなら
遭難してしまう恐れあり。




中のお風呂の様子はこんな感じです。
ガラス張りなので、外の景色が見えるのがわかると思います。
でも、気持ち良いんですよ〜。
私たちはよく、「温泉会議」と称して、お風呂の中で会議をしてます。
とてもリラックスするので、強い調子で意見を主張することがなく
「そうだよね〜」「そういうこともあるよね〜」なんて、和やかムードで
話をすることができるんですよ。
一度お試しあれ。

温泉とひとことで言っても、巨大な温泉旅館やスパリゾートなど
実にさまざまな温泉がありますよね。
私が青森県でオススメする温泉は、どちらかというと源泉掛け流しの
ようなところが多いです。
食料を持参して、休憩用のお部屋を借りて(1000円くらいです)
一日中お風呂に入ったり出たり、横になったりと気ままに過ごしています。



ランプが並べられている光景です。
これだけの数が並んでいると、圧巻です。
夕食もランプの灯りの下でいただきます。
ちょっとした、闇鍋状態なのが面白いですよ。

私のオススメ温泉、青森版は

谷地温泉・古遠部温泉・青荷温泉・下風呂温泉・薬研温泉です。
あ〜、温泉行きたくなってきた。


どさ
ゆさ
なもな
わも

究極の津軽弁です。
これで会話になっているのです・・・・




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2005年07月13日

青森のおとっとき紹介 柳沢泉 3日目

さて、昨日の津軽弁の翻訳です。

いんげんがたくさん成ってるから
肥料を蒔いてから帰ろうよ
お風呂に入れれば、気持ち良いのにね〜
(畑仕事の帰り道の情景)


今日は、八甲田山へ行ってきました。
八甲田山は標高は高くはないものの、冬はとても厳しい気象条件に
なる山です。
青森市から車で約1時間で着きますが、その途中にあるのが萱の茶屋高原。
ここには「長生きのお茶」なるものがあります。

一杯飲めば三年長生きし
二杯飲めば六年長生きし
三杯飲めばなんとおどろいたことに
死ぬまで生きる

青森の人は、お茶っこ飲んだだげで、長生きするわけねぇーべな
などと言いながらも、萱の茶屋に行けば皆必ず飲んでいるから不思議。
こういう人を津軽弁で「命ほいど」と言います。



青森に温泉はたくさんあれど、人気なのがこの「酸ケ湯」(すかゆ)

ここにはなんと「千人風呂」という大きな混浴風呂があります。
入り口は男女別々ですが、中に入ると一緒になります。
一応衝立はあるので、洗い場とかは見えませんが、それでも入るには
かなりの覚悟が必要です。
冬は湯煙がたちこめるので、はっきりと見えませんが、夏になれば
視界すっきり。
私も昔、八甲田でのスキーの帰りに入ったことがあります。
B・W・Hが同じサイズの今では、とてもチャレンジする気になれませんが。
そのとき、うちの人は、わざわざコンタクトレンズをしたまま入って
おりました。コンタクトレンズを流してしまうリスクと、したままの場合に
得られる利益を考えた結果の選択でした。

ここの温泉は、三沢の米軍基地に勤務するアメリカ人が、八甲田で
スノーボードを楽しんだ帰りによく入りに来ます。
広い浴場の中は、英語&津軽弁が飛び交い、ちょっとした社交場に
なっています。

明日は、私のオススメ温泉情報をお届けします。



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2005年07月12日

青森のおとっとき紹介 柳沢泉 2日目

昨日の津軽弁、おわかりになりましたか?

明日も書きますね〜
月曜日です、頑張りましょう
じゃあね
 
・・・・・という意味でした。
 

今朝、そら豆を収穫しました。
100円ショップで買ったカゴに、こんなにいっぱい採れました。
そら豆スープ・お豆腐ときのことそら豆のあんかけ・そら豆の網焼きなど
いろいろとお料理に使えます。
そら豆は寒さに強い作物で、青森では2月頃にハウスの中にタネまきを
します。収穫は6月頃ですが、暑くなってくると段々と収穫量が少なく
なってきます。
そら豆のスープは、枝豆のスープより綺麗な緑色をしているのに、
家族は「うげ〜っ、エクソシストを思い出すぅ〜」と言って、なかなか
飲もうとしません。美味しいのにぃ・・・・・


山形のさくらんぼ農家が、さくらんぼの盗難に遭ったというニュースが
ありましたが、青森でも農作物の盗難が発生しています。



どこの誰が、どんな作物を植えていて、いつ頃収穫になりそうだか
ドロボーはちゃんとわかっているんですね〜。
知り合いの人が、あるとき自分の畑から茄子が盗まれているのを発見
しました。どうも夜中にこっそりと来て、盗んで行ったらしいのですが、
ひょんなことから犯人が見つかったそうです。
その犯人の家では、大きな漬物樽がいくつもあって、中には全部茄子の
漬物が漬けられていたそうです。
全部自分ひとりで食べる気だったんでしょうか?
それとも盗んだお宅に、漬物にして返すつもりだったのでしょうか?


トマト・きゅうり・モロヘイヤ・いんげん・えんどう・なす・ズッキーニ
これらは今日、収穫した野菜です。
葉っぱの匂い、土の匂い、風の匂い
そんな匂いの中にいると、身体の内部まで浄化されるような気分になります。


ささげ、ずっぱとなってるんだばって
じき、まいでから帰るべし
ゆっこさ入れば、あずましいべのぅ・・・





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2005年07月11日

青森のおとっとき紹介 柳沢泉 1日目

皆さん、はじめまして!

企業組合 あっぷるぴゅあ 代表理事をしております柳沢泉です。
面白そうだな〜と思って丸の内カフェで開催された「はちみつワークショップ」へ
ふらりと参加したのが、ローカルジャンクション21さんとの出会いでした。
そんなご縁で今週1週間、日記を書かせて戴くことになりました。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

ちょっと自己紹介
東京生まれの東京育ち・・・・なのに、なぜか今は青森県民です。
東京駅からも程近い、日本橋の某証券会社に勤務しておりました。
昔は株を売っていましたが、今は蕪のタネを売ってます。

青森といえば、りんご・ねぶた祭り・三内丸山遺跡・白神山地・ほたて・
大間の黒まぐろ・そして温泉・・・・と、見どころも沢山、美味しいものも沢山。
そんな中で、昔から地域の人の手によって連綿と作り続けてこられた地域の
「宝物」を全国の皆さんにご紹介したくて、企業組合を設立しました。

もともと家業が種苗店なので、作物の種蒔きの段階から収穫までの全てを
日々目にしております。天候不順や輸入野菜の増加など、農業に従事することは
リスクばかりが目立つ、現代の農業事情です。
そんな中でも、「みんなで農業をつくろう」を合言葉に、青森県の鯵ヶ沢町
(日本海側)で、青森県の在来種「毛まめ」の産地化に取り組み始めました。

毛まめ・・・・・って?


青森県の津軽地域で昔から愛されてきた枝豆です。
田植えが終わる5月の中旬頃に、農家のかっちゃ(お母さん)たちがタネを
蒔きます。なぜかとっちゃ(お父さん)は何もいたしません。

右の写真をご覧下さい。
全身が赤い毛でビッシリと覆われているのが、わかると思います。
これが「毛まめ」の名前の由来なのです。
大粒で栗のようにホクホクして、甘〜い「毛まめ」
これは青森県に昔からある、代表的な地域の宝ものです。
剛毛なので虫もあまり近寄って来れず、うまくいくと農薬をかけずに作れます。
口の中に直接入れて、じゅじゅ〜っと吸い出しながら食べるわけですから、
農薬をほとんど使用しないて栽培できるというのは、ポイント高いです。
青森に来て、この毛まめを初めて食べた時は、あまりの美味しさに唸って
しまいました。寒暖差のある青森だからこその味だと言えます。

鯵ヶ沢町には大きな風車が回っています。
この風車は、青森県民だけでなく全国の人たちが出資をして建設した
風力発電機で、名前を「わんず」と言います。
「わんず」とは、津軽弁で私たちのもの、という意味です。
私たちの風車の麓で、みんなで新しい形の農業を作っていこう!と昨年度から
毛まめに「風丸〜かぜまる〜」という名前をつけて、ブランド化に取り組んでいます。


日本全国には、それぞれの地域の宝ものがいっぱいあります。
そんな宝ものを少しずつ、手に入れることができたら・・・・
お金だけでは得られない、豊かさや幸せを感じることができるのではないかと
思っています。





今日の青森は、曇り空。
気温も17℃くらいと涼しいです。

来月の2〜7日に開催される「あおもりねぶた祭り」の準備で、夕方になると
岸壁沿いの倉庫や公民館などから、お囃子や太鼓の音が聞こえてきます。
跳人(はねと)といって、お囃子や太鼓に合わせて跳ねるのがねぶたの
楽しみ方ですが、私は一年ごとに足腰が弱ってきており、跳ねた翌日は
下半身がガクガクです。
7日の最終日は、夜になると海上運行といって、青森湾の中を船に乗せられた
ねぶたがゆらりゆらりと進む光景が見れます。
とても幻想的で、素敵ですよ。

皆さんもぜひ一度、お出かけください。
では、津軽弁でご挨拶・・・・・・・

まだ、あすた書ぐはんでおろ〜
月曜日だばって、けっぱれや
へばな


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2005年07月10日

東京都千代田区 MARUNOUCHI CAFE 薮田 7日目

夜の丸の内

昼間はにぎわってた仲通りも、ひっそりとして静かです。
でも、ショーウィンドーやビルの明かりは消えないので、
きらきらとしてきれいです。

お堀沿いの道に出れば、
お堀の水にビルの明かりが映って、さらにうつくしい。

今日はウォールギャラリー「GRUE展 森に入る」の初日でした。

MARUNOUCHI CAFEでは度々、2階を通常通り開放しつつ、
ギャラリーのように仕立てることがあります。

今回は、デザイナー山崎薫さんによる森のような作品です。
ちいさなかわいらしいデザイナーさんです。

夕方、みなさんがくつろいでいる中をぬって、
キャプションをつけていたのは、デザイナーさんご本人です。

今日はもう、MARUNOUCHI CAFEはおしまいです。
それでは、またあした。

そして、本日で、丸の内からの日記はおしまいです。
ありがとうございました。


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2005年07月09日

東京都千代田区 MARUNOUCHI CAFE 薮田 6日目

休日の丸の内

皇居のお堀沿いには林がつづき、休日になると、
芝生の上にシートを広げて、おべんとうを食べたり、読書したり、お昼寝したり。

しばらく行くと、「和田倉噴水公園」があります。
かなりダイナミックな噴水で、時間によって様子が変わります。
ちいさな子が、水の中に入って遊んでいました。

もっと歩いて行くと、大手門から「皇居東御苑」に入れます。
大手門から入って、入口でちいさなチケットをもらって下さい。
きれいに整えられたお庭で、夏でも木陰があってすごしやすいところです。

マルカフェ前を、さっき赤い2階建てバスが通りました。
休日は大人気です。45分くらいで皇居・銀座・丸の内をまわります。
屋根がないので、雨の日はレインコート着てたりします。
ガード下を通るときはスリリングで、かなり楽しいバスです。


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2005年07月08日

東京都千代田区 MARUNOUCHI CAFE 薮田 5日目

丸の内でお昼ごはん

画像は、すぐ近く「東京国際フォーラム」の中庭です。
お昼の時間になると屋台が並びます。

沖縄料理、カレー、タコス、オムライス、いろいろ。
テーブルも用意されるので、お外でランチをするには良いです。

仲通りを歩けば、いろいろとカフェやレストランがあります。
外からは見えなくても、ビルの中に入れば、大抵コンビニと、食べるところがあります。

ここ新東京ビルは、仲通りのビルの中でもご飯処は充実しています。
地下におりると、たくさんのお店があります。

よく行くのは、もうひとつのMARUNOUCHI CAFE。
同じ新東京ビル1階にある「MARUNOUCHI CAFE 倶楽部21号館」。

もとは銀行の金庫だった場所が、今は会員制のラウンジになっています。
窓がなく、昼間でも夜のような異空間です。

毎日違うランチが出されます。ここは「玄米ご飯」がおいしい。
つぶつぶした歯ごたえが良く、とても良く炊けています。

先日はグリーンカレーでした。辛いのが好きと言ったら、
さりげなく、辛く仕上げたものを出して下さいました。
富士額の美人のコックさん、すてきです。

みなさま、いつもおいしいごはんをありがとうございます。
いただきます。


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2005年07月07日

東京都千代田区 MARUNOUCHI CAFE 薮田 4日目

丸の内のたてもの

ななめお向かいには「明治生命館」があります。
重要文化財の立派な建物です。床にはアンモナイトが埋まっていました。

修繕工事が行なわれていて、最近外壁の覆いが取れました。
まぶしいほど真っ白になりました。

有名なレンガ造建築「東京駅」。見た目に美しいのですが、
なによりすてきなことが、今日も多くのひとに使われていること。

画像は、「日本工業倶楽部」です。好きなところは、
左に見える面の外壁。深みのあるとても良い色をしています。
なぜか右の面と、左の面が様子が異なります。

「丸の内八重洲ビル」も、古めかしい良いビルです。
地下のギャラリーが特別です。
入口が小さく、ひっそりとして、秘密の地下室のよう。

「帝劇ビル」の9階には出光美術館があります。
エレベーターで上がるのですが、右から2番目のエレベーターは、
ドアに扇の装飾が施してあります。

MARUNOUCHI CAFEのある「新東京ビル」もなかなかです。
内壁なんて、マーブル模様です。このまま大切に使っていったら、
とってもいいビルになるでしょう。

今日は雨の日。ビル管理の男性たちが、ビルの入口で作業を始めます。
きっちりと巻かれた大きなマットを丁寧に広げ、つなぎ目をテープで押さえます。
床が濡れぬよう、濡れた床で人が危なくないように。


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2005年07月06日

東京都千代田区 MARUNOUCHI CAFE 薮田 3日目

丸の内仲通り

大手町から丸の内を通って有楽町まで続く、
ビル間の通りが「丸の内仲通り」です。

通りには、文部科学省ビルや郵船ビルなど、オフィスがたくさんです。
アルマーニ、エルメス、イヴサンローラン、バカラ、ティファニー、
ソブリンハウスなど、きらびやかな店も並びます。丸ビルもこの通りにあります。
最近はセールのため、特にこの前の土日はたくさんの人でした。

お昼休みには「ランチョンプロムナード」のお時間です。
12時から1時まで、仲通りが歩行者専用道路になります。

両側に見える木は「ユリノキ」です。5・6月には、チューリップのような花を
つけると聞いたのですが、仲通りのユリノキは、なかなか花をつけません。

よく、カラスがとまってます。マルカフェによく来るカラスは、寄っても逃げず、
近くで見させてくれます。たっぷりとした体で、同じ長さに刈り揃えられた頭が
さっぱりとして、緑がかった黒い羽はつやつやとして、角度によって色を変えます。

たいへんに美しい鳥なんですが、
マルカフェテラス席で食べている人のご飯を狙うのは、困ります。


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東京都千代田区 MARUNOUCHI CAFE 薮田 2日目

MARUNOUCHI CAFE 2階の本だな



2階には本棚があります。新書古書問わず、国内外からセレクトした本を置いています。
「BOOKS @ MARUNOUCHI CAFE」と呼んでいて、
本を介して、感動や興味、知識を伝え、人とつながるようにとの思いがあります。

どなたでも自由に読め、誰かに伝えたいと思う本があれば寄贈をお受けしております。
みなさんと一緒につくりあげていく本棚です。

画像手前に積んである赤い本は、先日寄贈頂いた本です。
寄贈者の男性は、休日になると結構遠くから自転車で来られます。

ななめお向かいの明治生命ビル内の書店「富山房」さんからは、
「多少難有りで、売り物にはならないから」と、たくさんの絵本を寄贈頂きました。

少し前ですが、絵本1冊を持って、「子どもが大きくなったから」と、
九州から来られた方もいました。

そして昨日、赤い本を本棚に出すために、カバーを書けて、蔵書番号をつけて
という作業をしてくれたのが、慶応大学の学生さん。
「場のチカラ」プロジェクト という、地域コミュニティの中の集いの場を研究する一環として、
MARUNOUCHI CAFEをお手伝いいただいています。

同じビルにある京都のおもたせ屋さん、そこで働くひかえめな若い女性が、
毎日のように、本を読みに来てくださいます。

今日も、マルカフェはたくさんの人に支えられています。


posted by LJ21 at 09:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月04日

東京都千代田区 MARUNOUCHI CAFE 薮田 1日目

はじめまして。薮田と申します。
東京駅から歩いて8分くらいの「MARUNOUCHI CAFE」に勤めています。

ここはビルの中にあり、丸の内にお勤めの方や、丸の内を訪れる方に開放している
「公園」のような場所です。
丸の内エリアの交流の場を目指し、ここから文化を発信していこうとしています。

そのための取組みとして、イベントも行っています。
5月に行ったのは、皇居前の社民党ビル屋上での養蜂のお話。
企画・協力を頂いたのが、藤原養蜂場さんと、ローカルジャンクションさんでした。

そもそも「MARUNOUCHI CAFE」は、丸の内をもっとすてきな街にすべく、
三菱地所によってつくられました。

初代MARUNOUCHI CAFEが1998年に始まり、現在3代目。
三菱地所はオーナーとなり、私たち株式会社イデーが運営を引き受けています。

どうぞお越し下さいましたら、ソファでゆっくりくつろいでいって下さい。
入り口には牛がおります。夏なので、今は麦わら帽子をかぶっています。

丸の内はとても良い街です。特に今日は雨。
雨の丸の内は美しくて、大好きです。


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2005年07月03日

群馬県片品村 星野 学 7日目

早いもので私が記事を書くのも最終日となりました。今日は村のことについて思うことを書いてみたいと思います。
片品村に来る以前は、地域のことやイベントについて興味がなく、自分の知らないところで決まり、そして行われていくことがほとんどでした。地元の興味がなかったので、特別な愛着もなく、ただそこに生活していただけで、地域がどこであろうと関係なかったような気がします。
片品村に来てからは、世帯数が少ないこともあってか、必ずといっていいほど各家庭に役があるので、村づくりや地域づくりに半強制的に関わらざるを得ない状況でした。わずらわしさや何でこんなことをしなければいけないのかという思いもありましたが、この地域ではやらなければ、地域が村が回っていかないのだなと感じました。
わずらわしさを感じながらも地域のことに関わっていくと、地域の人たちの村への愛着を感じました。村が好きだから残り、村で生活していることって素敵だと思います。

私にとっては、地元学というものに触れることができたことも良かったと思います。地域の人たちと地元を回り、様々な伝説や昔話を聞けたことは自分にとって財産であり、後世へ残しておきたいことでもあります。地域のことを知れば知るほど興味がわき、自分自身が地域づくりにのめりこんでいく様子が不思議でした。(自分の意見や思想が地域の中で受け入れられたり反映されていくところは非常に面白いですね)
また、以前住んでいた地域にも様々な事柄があることに気づきました。(離れてみた初めてわかることも多いですね。片品村の人たちも一度村を離れてみると村のことがもっと好きになるかもしれないですね。)

若輩者の私に、このような機会を与えていただきましてありがとうございました。まだまだわからないことだらけで、上手く伝えられたのか心配ですが、非常に楽しかったです。もっと地域のことに興味を持って、積極的な地域づくりをしていきたいと思っています。近くに来ることがありましたら「片品村へきらっしゃい。」待ってます!!

posted by LJ21 at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 群馬県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

群馬県片品村 星野 学 6日目

今日はラベンダーの摘みとり会が行われました。私も花委員会の役員として参加しました。心配された天気も良く、たくさんの方に訪れていただけました。
今では、村内の方が楽しむ程度のものであったのですが、平成14年から新聞やインターネットを通じて宣伝したところ、村外からも多くの方に参加していただけるようになりました。
日ごろ見慣れている地元の方は、そこのあるものとして当たり前のように感じている気がしますが、村外から来る方にとっては、非常に興味深く喜んでもらえるんだなと感じました。村外の方が来ることによって、そこにあるものの価値に改めて気づかされた気がします。また、ラベンダーだけでなく、そこにある草花や山菜、風景、空気など普段何気なく思っているようなものにでさえ価値を感じてくれるんだな思いました。
地方は地方で都市部のような便利な生活にあこがれて、都市は都市で地方のようなゆったりとした生活にあこがれているような気がします。
私自身も町から片品村へ来たので、以前と今とでの生活のリズムの違いに戸惑った時期もありました。今では、日が昇ったら仕事をして、日が沈んだら家へ帰るという生活に慣れてきた気がします。限られた時間の中で、仕事の段取りをして効率よくこなしていくことへの楽しさや気持ちよさを感じています。


posted by LJ21 at 00:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 群馬県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月02日

群馬県片品村 星野 学 5日目

本日は・・・といっても日付が変わってしまいましたが・・・
埼玉県行田市にあるテクノ・ホルティ園芸専門学校に授業に行ってまいりました。私自身もここの卒業生で、3年間勤めていたこともあり、思い入れが強い場所であります。
授業は3年生の造園コースの学生に花の扱い方を教えています。
今回は1畳ガーデンを作るということで、各学生にテーマとコンセプトを考えてもらい作成しました。
この作品「道」というタイトルで、作品の中央に道があって、細い小道を抜けていくようなイメージで作られています。黄色をベースにススキやユキヤナギなど線の細いグリーンをうまく使っています。


斜めから見ると中央に道があるのが良くわかると思います。この角度から見たほうが作品の持ち味が出ていてきれいですね。


こちらの作品は、「風涼」です。やわらかな風と涼しさを表現したそうです。
やわらかさを表現するのに、ブルーの花やライムグリーンを使い、風を感じれるような背の高い植物を上手に使っています。
花の量は少ないのですが、銅葉、ライム葉、シルバー葉などカラーリーフを効果的に使うことで色合いも出てきます。今の時期は、雨も多く花が痛みやすいので、グリーンを上手に使って楽しめるように作ったほうが、きれいなときと汚いときの落差がなく、長く楽しめると思います。


斜めから見ると奥行き感も出ているのがわかると思います。180cm×90cmという消して広くない空間ですが、植物の使い方しだいで広くも狭くも見せることができます。
背丈のあるラインの植物をうまく使うと奥行き感がでやすいですね。


posted by LJ21 at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 群馬県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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