2005年11月30日

福井県鯖江市 清水孝次 三日目

ハチミツのテイスティングが、最近、私の生業とする漢方薬局にて、しばしば開かれるようになりました。出張テイスティングも併せると、三重の赤目で開催された日本ミツバチの勉強会以降、20回を越えましたね。これがまた、なかなか盛り上がるんですね。ちなみに怒って帰られた方は、今のところ一人もいません。うちの家族は、あきれていますが。実は、年明けの三月頃から、NPO法人福井県フォレストサポーターの会のご協力をいただき、地域の子供たち向けの『しいたけ栽培のいろは=xを体験できるプログラムを準備していました。私も所属するピッコロの会では、循環型社会・共生社会のたいせつさを子どもたちに感じてもらうための事業を、今年でかれこれ13年続けているのですが、久々に赤目で、彼らの目線で彼らの興味を引き付け得る強い題材に出会えたというのが、素直な研修会での感想でした。フォレストサポーターの会の皆さんのミツバチ反応≠熄縺Xでした。近々、勉強会が開けそうです。


本日午前の部のテイスティングもすこぶる良好な反響をいただき、『今や、もう退路は断たれたの感あり』と自分に呆れつつ、ふとスタッフの顔が見たくなり、ここる≠ヨ。今週初めてのここる≠ナの昼食となりました。本日のランチの作り手はさんかくあたまのそよそよさん=B近所でパスタの専門店を営んでおられる奥様とそのお友だちのグループなんですが、毎月1回、季節感をたっぷりと味わせていただける、心のこもったいかにもここる≠轤オいお二人のお料理を提供していただいています。


で、今日の料理のテーマは、『木の葉のお皿のさといもごはんと、そよそよさんのおいしい冬じたく』とのことで、普段とても早食いなはずの私が、別人のようにゆっくりといただいているのは何故なのでしょうか。


帰りがけに、チーフからここる≠ノもクリスマスツリーがほしいとのリクエストをいただいてしまいました。考えてみれば、ここる¥奄゚てのクリスマス。ノーと言えない気弱な理事長はオンリー ワン≠フクリスマスツリーを、これから作るか見つけるかしなければならなくなりました。そう言えば近頃、いく所々で宿題をいただくというパターンの連続。少し、外出を控えなければいけませんね。


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2005年11月29日

福井県鯖江市 清水孝次 二日目

27日の日曜日、前代未聞のミニ運動会が、市内一番の小さな体育館にて開催されました。
主催は、コミュニティ カフェここる<Tポート委員会の皆さん方。赤白二軍に分かれた総勢三十数名の大選手団は、スポーツマンシップのもとで、二時間笑い転げて大粒の汗を流すという、とても不思議な運動会でした。知的障がいというハンディキャップを持つ二名の女性が主役のお店ここる≠ェスタートしたのは今から八ヶ月前のことでした。



収益の柱は、地元食材をフル活用した日替わりのふるさとランチ(税込み680円)。食に精通するボランティアのランチスタッフが自慢のふるさと料理や家庭料理を持ち寄り、専従スタッフと仲良く企画・調理してくださるここる方式≠ヘ、人情豊かな地方都市、鯖江のまさに真骨頂と自負しております。


ここる≠経営するのは、昨日ご紹介した特定非営利活動法人の鯖江市民活動交流センター。七年前に、旧図書館を改装し、当時全国的にも珍しい官設民営型のNPO支援センターとしてスタートしました。2年後には法人格を取得。現在50名の個人会員と20の団体会員に4名の専従職員が加わり、市民による市民のための施設利用に知恵をしぼり、毎日、汗を流しています。トイレ清掃から夜間管理に至るまで、その管理運営には徹底したボランティア方式が採用され、視察にこられる方々は必ずといっていいほど深いため息をもらして帰られます。


メインの施設管理業務と中間支援業務に加えて、当法人では実行委員会方式で様々な自主事業並びに市との協働事業を展開しています。その一つが先に紹介させていただいたコミュニティ カフェここる≠フ営業。この取り組みは、鯖江市が管理する多目的ホールの付属軽食レストランから、民間業者が撤退したことに端を発するものでした。鯖江市から当センターに、NPOによるレストラン再開の可能性≠問われ、種々の分野で活躍される市民・市民活動団体に声賭けをし、市民による環づくりワークショップ≠開催させていただいたのは、今からちょうど二年前のことでした。


現在、多い日には50食を超えるふるさとランチを食べていただき、100名を超えるお客様のご利用をいただいています。ユニバーサルデザイン、地産地消、食育などの地域から求められるここるの役割≠、今後より明確に情報発信する中で、市民のオアシス・元気づくりの応援団としての役割にも、一層の磨きをかけていきたいものです。


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2005年11月28日

福井県鯖江市 清水孝次 一日目

福井県、鯖江市の清水です。ヒョンなご縁から、今週の私≠フお仲間に加えていただくことになりました。日程調整が付かぬまま三週遅れで三重の名張にお邪魔し、そこでたまたま朝田さんが講師を勤められるイベントを知り、これを主催する里山の伝道師≠ノノーと言えずに居残ったのがご縁で、以来、ミツバチの飛ぶ季節の到来を待ちわびております。


福井では、この時期、お日様を日中ずっと拝めるような日は、週に1回あれば御の字。昼だか夜だかわかんないような、北陸の冬独特の鉛色の空が続くようになります。冬の訪れを告げる雪雷(ゆきがみなり)様も、先週あたりからとても元気になってきました。こんな中で、我が家の恒例行事、漬物用の大根引きが無事20日の日曜日に終了し、現在、軒先には美しき30余のおみ足がたらりとぶら下がっています。あと二週間もすれば、しわしわになり、漬け込みの作業が始まります。家庭菜園を始めて17年、完全無農薬の有機農法に切り替えてから丁度10年になりますが、目標としている形、大きさ、美しさに味わい、いずれの指標でも最高の評価がいただけました(*審査委員は家内と娘です)。


18個限定栽培の白菜の行き先は、コミュニティ カフェここる=Bここる≠ヘ、私が代表を務めさせていただいている(NPO法人)鯖江市民活動交流センターが、地産地消≠ニユニバーサルデザイン≠テーマに掲げて、今春に営業を始めたばかりの小さなお店です。収益の柱は、ふるさとランチ。安心安全な地元産素材を使った日替わりランチの特選素材として、清水さんちの白菜や大根を使ってもらえることは、作り手として最高の名誉=Aそこまで言うとちょっとうそ臭くなりますが、近々そう言ってもらえるお店になるような気がしています。


福井産こしひかりに完全自家製のおしんこは、これだけで毎日食べても絶対飽きのこない和食の原点。なんて価値観は、越前でしか通用しないかな。でも、うまいんですよね。
 ご挨拶代わりの私のブログ一日目は、農を楽しむ清水少年≠ニいうことでとりとめなく書かせていただきました。明日からは、ちょっとアカデミックな田舎の風を、全国の皆さんにお届けしたいと思っています。題して地方の時代・市民の時代の幕開け≠サれではまた、明日お会いしましょう。



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京都府京都市 島上宗子 六日目

こんばんは。
ITオンチと遅筆を自認する私が、果たして無事一週間「今週の私」をつとめられるのか、当初心配でしたが、なんとか遅れ遅れながらも最終日となりました。今日11月27日も、京都はまずまずのお天気。観光シーズンの週末、よかったですよね。
11月27日の私は一日部屋にこもり、コンピューターに向かい、たまった仕事の山を少しずつ減らす作業でした。

来週は、11月24日(三日目)にご紹介したティウィさんはじめPKPMのジャパンミッション一行が関西入りします。28日は「コミュニティサポートセンター神戸」、29日は神戸市長田区御蔵の「まち・コミュニケーション」、30日は「市民活動センター神戸」を訪問。12月1日はJICA大阪の研修所で「いりあい」(地域にねざした資源管理)に関するお勉強(島上が話題提供します)とこれまでの研修の振り返り、2日は滋賀県の仰木集落をコモンズ研究会&関西学院大学大学院の山本早苗さんが案内してくださいます。私も一部付き添いです。

12月3日には今度はAsia Forest NetworkのPeter Walpoleさんが来訪。一日目にご紹介したアミタ持続可能経済研究所で、持続研の方々、コモンズ研究会の三俣学さん(「今週の私」にすでに登場)らと議論の後、4日は滋賀県朽木を訪問します。12月6日に東京・早稲田で予定している「いりあい・よりあい勉強会」では、PeterさんにAFNの活動とともに、この京都・滋賀での交流の感想も話していただこうと思っています。
そんなこんなの来週の動きは、あいあいネットのブログでできるだけ報告していこうと思っています。ときどき覗いていただけたらうれしいです。



ということで、最終日は今私のパソコンのデスクトップを飾っている、インドネシアの子供たちの写真で締めようかと思います。2005年8月にFASID(国際開発高等教育機構)の仕事で訪ねた南スラウェシ州シンジャイ県のグヌン・ペラック村の女の子たちです。棚田がものすごくきれいな地域で(あんまりきれいに撮れていませんが、女の子たちが暮らす集落の棚田の写真もつけておきますね)、私は子供たちののびのびとまっすぐな瞳が大好きになりました。


では、一週間ありがとうございました。またどこかでお会いできるときまで。


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2005年11月27日

京都府京都市 島上宗子 五日目

こんばんは。
京都は今日もまずまずの晴天でした。京の今週末は秋の観光シーズンのピークのようで、すごい混みようです。昨日の夜、京都駅に着いたときも、バス停、いつもの3倍くらいの長蛇の列。バスも増発されているのか、すぐに来ましたが、もちろん混みこみ。でもほとんどの人が清水寺の付近でどっと降りていきました。夜間拝観、紅葉のライトアップのためですね。

写真は、京都駅に飾られた巨大なクリスマスツリー。11月の初めころから登場しています。その頃は、クリスマスなんてまだまだやん、と思っていたのですが、だんだんそうも思っていられなくなってきましたね。



全国から人の集まる京都にせっかくいるのだから、夜間拝観にいってみようかな、と思いながらも、あの人混み&渋滞を思うとどうも腰がひけていたら、今朝、東京の友人から京都に行くんだけど会わない?、とのメール。アメリカ交換留学時代の友人からです(今やその名残もなし、、、ですが、ワタシ、大学時代は英文科のアメリカ文化専攻でした)。メールや手紙で近況はときどき交換していましたが、なかなか会う機会がなく、顔を合わせるのはたぶん10数年ぶり。ということで、夕方から京都で会い、夜の紅葉を楽しむことになりました。

お互い認知できるんやろか、と思っていましたが、すぐにわかりました。彼女は、アメリカでずっと仕事をしてきて、今は外資系アパレル有名ブランドの日本支社のたぶんものすごく大切なポジション。かたや私は一言ではなかなか説明しにくい「あいあいネット」。昔の友人でなければ、なかなかこうして会うこともないのかもしれないなぁ、と思いながら、人生に恋に迷い悩んでいたあの頃(キホンテキには今もかな?)と、人生イロイロを実感していました。
河原町の「志る幸」でご飯を食べて(ゼンマイ煮の柔らかかったことぉ。白みそのお味噌汁もとっても優しいお味でした)、永観堂へ。



一日目でご紹介した大文字をはじめ、今年の東山はどうも紅葉のメリハリがないなぁ、と思っていましたが、永観堂は真っ赤、赤、朱、黄、、、のバリエーションがきれいでしたよ。人でいっぱいでしたが、清水寺・高台寺方面よりは渋滞にもならず、紅葉の息づき、まずまず感じとることができました。(カメラが途中で電池切れ。十分ご紹介できないのがザンネン)

ということで、今日は京の夜景とチョット昔話のご紹介となりましたね。それでは、また明日。


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2005年11月25日

京都府京都市 四日目 島上宗子

こんにちは。東京はポカポカといいお天気です。
今日は夕方まで事務所で仕事をして京都に戻る予定なので、11月25日の私は「あいあいネット」の事務所を少しご紹介しようかと思います。



「あいあいネット」は、2004年春頃から構想しはじめ、トヨタ財団の研究助成が受けられたことを機に、2004年秋から本格始動しています。事務局を担う中心メンバーのほとんどは東京在住。2005年6月には高田馬場に小さな事務所を借りました。JR高田馬場駅から徒歩3分程度の便のいいところです。地下鉄東西線の高田馬場駅7番出口からだと、(私の足で)150歩ほどで事務所の入り口に到着します(スターバックスと7番出口の路地を入って、すぐ左に曲がって、またすぐ左に曲がる)。東京の繁華街のど真ん中、といえるのですが、路地を入ると生活感あふれる一角で、事務所も木造二階建てのアパートの一室です。


机もイスもコンピューターもプリンターも電話もなんにもないところからのスタート。メンバーの人脈を使ってかき集められそうなものはかきあつめ、最低限必要なものだけ(中古・新品)購入。欲しいものリストを壁に大きく貼っていたら、いろんな「差し入れ」もあり、だんだん事務所らしくなってきました。


昨日の勉強会の席で、FASID(国際開発高等教育機構)につとめる杉原まゆみさんが差し入れてくれたのが、「i-i Net」の看板。タンザニアに出張にいかれたときのお土産です。タンザニアでティンガティンガと呼ばれる絵にあしらわれた、かわいらしい看板です。


いぐさのお座布団も杉原さんの差し入れ(のっかっているのは休憩用ヒツジの枕)。LJ21のお二人には扇風機、朝田さんにはガスファンヒーター、キーコーヒーの方にはコーヒーメーカー、かみえちご山里ファン倶楽部の方にはイチョウの木のまな板、などなど、たくさんの方にいろんな差し入れをいただきました(ありがとうございました!)。事務所整備も、名称に違わず、いりあって、よりあって、まなびあって、進めていけたらなぁ、と思っている私たちです。

、、、と書いているうちにだんだん日が暮れはじめてきました。そろそろ仕事を片付けて、京都に戻らないと! 今日もとりとめなくなりましたが、それではまた明日。


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京都府京都市 三日目 島上宗子

こんばんは。
昨日の11月23日は勤労感謝の日、ということで(?)、「今週の私」もお休みさせていただきました。ということで、11月24日の私、です。

今日11月24日はお昼から東京入り。11月は東京−京都の往復が多い月で、これで4往復目(JRさんに貢献しすぎかなぁ)。今回は、あいあいネットが主催する「いりあい・よりあい勉強会」のための上京です。

「いりあい・よりあい勉強会」は昨年の11月からはじめてこれで通算八回目になります。「森と人、共生のかたちをさぐる」と「コミュニティとは何か」の2シリーズを中心に、毎回早稲田奉仕園で開いています。今回は、JICA(国際協力機構)の研修事業で3週間ほどの予定で日本に派遣されたインドネシアからの6人を招いての勉強会。6人は、「市民社会の参加によるコミュニティ開発(通称PKPM)」というJICAプロジェクトに参加している人たちで、中央政府職員、地方政府職員、NGO活動家と職業はさまざま。通常なら(インドネシアでは特に)あまり顔を合わせることがなさそうな人たちがゴチャゴチャ一緒になってプロジェクトを進めているのがPKPMの面白いところです。勉強会では「コミュニティ開発のパラダイム転換を目指して〜インドネシア・PKPM運動〜」というテーマで、インドネシア国家官房庁の職員ティウィさんを中心に、それぞれの現場での取り組みを話してもらいました(写真はティウィさん)。


PKPM関係者の日本への派遣、JICAの研修の一環ではありますが、受け身で研修を受講するのでなく、積極的に日本に「調査に行くんだ」との考えから、PKPM関係者の間では「ジャパンミッション」(日本調査団)と呼ばれています。あいあいネットの長畑さんがJICAの短期専門家としてこのPKPMに関与している関係から、あいあいネットもこのジャパンミッションの受け入れに協力することになりました。今週末からは神戸、滋賀でのフィールド訪問・調査などがはじまります(詳細はあいあいネットのブログを覗いてみてくださいね)。


勉強会の後は、高田馬場駅近くのあいあいネットの事務所に場所を移して二次会。「日本ではこういう勉強会には参加者が参加費を払うの?」「へぇー、みんな自腹なんだぁ」「(参加費を徴収している)受付の写真撮ってくればよかったぁー」とワイワイ語り合う6人。インドネシアではこういった勉強会やセミナーは、援助機関や政府からの資金で開かれるものがほとんど。参加費は常に無料、参加者には交通費やちょっとしたお小遣いまで支給されることが多いので、驚いたようでした。見聞きすることから、なんでも吸収するぞぉ!、との意気込みが伝わってきて、今週末からのフィールド訪問が楽しみです。


ということで、毎度のことながら深夜12時近くまでおしゃべりをして「いりあい・よりあい勉強会」は終了。一日目にも書きましたが、第九回目は「アジアの森と日本の山村をつなぐ〜AFN常務理事ピーター氏を迎えて〜」と題して12月6日に開催しますので、関心のある方、ぜひいらしてくださいね。

posted by LJ21 at 08:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都府 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月22日

京都府京都市 島上宗子 二日目

今日は、朝からずーっと家にこもりっぱなしでコンピューターとにらめっこの一日でした(まだ人とろくに会話もしてへんのんちゃうかな?)。報告書が終わらなくて頭はストライキ状態。今日はもうなんもよう書かんわぁ、と思っていたら、朝田さんから関西弁で書いてみたら、とのメール。お、それええかも、ということで、今日は若干関西弁まじりで書かせていただきます。

私、生まれは福岡大牟田なんですが、二歳の時に東京に転居。幼稚園から高校卒業まで大阪で育ちました。その後、東京、千葉、京都、インドネシア、、、と転々とし続けているんですが、やはり成長期をすごした大阪が一番どっぷりしみこんでいるようです。はじめは「あかん」の意味もわからず戸惑う状態で、幼稚園児ながら、なんか変、と感じていたのを覚えています。小学校に入ったら、標準語で書かれた教科書を関西弁なまりで読める先生・友達をすごいなぁ、と思ってみていたのですが、子供の習得力というのは大したもので、すぐにそれもできるようになってしまいました。とはいえ、ウチの母は私よりも長い間大阪に住んでいるのに、いまだ関西弁をマスターできず、標準語なので(生まれは九州ですが、少女時代を北海道、東京で過ごしたせいでしょう)、私は、家では標準語モドキ、外では関西弁のバイリンガルで育ってきました。新幹線に乗って東京に近づくと自動的に標準語モードとなり、逆に名古屋を過ぎて関西に入ると関西弁モードに切り替わります。コトバというのは、人の態度・姿勢にも影響を与えるようで、私は関西弁で話をしたほうが、どうも、人に声をかけやすい、近づきやすい感覚をもってしまいます。


私がこの4年あまり通っているインドネシアのスラウェシは、もちろん関西弁が通じるわけではないのですが、なぜだか、体(態度・姿勢)が関西弁モードに切り替わるように感じる地域です。「え、ほんと?」と相槌をうっていたものが、「え、うそぉ!ホンマァ?」と叫んでしまいそうになる、といったら、伝わるでしょうか、、。同じインドネシア語でも、関西弁に近いリズム、イントネーションを感じ、人の態度も総じて開放的、ノリがよくて能天気(かなりの偏見かな、、、)。2年あまり前に国際協力銀行の仕事で南スラウェシ、東ヌサ・トゥンガラ、西カリマンタン、中部ジャワの4州で農村小規模金融の調査に参加したのですが、そのとき、どの州でもほぼ同様の過程をへて調査を実施したにもかかわらず、一緒に仕事をしたインドネシア側の調査者の人たちのノリは4州4様でした。やはりこのときも南スラウェシは総じて「関西的」であったように感じました。(写真は南スラウェシの調査チームのメンバー)

今日はこんな独断と偏見たっぷりの書きなぐりで皆さん、ごめんなさい(関西弁はどうも苦手、という方もごめんなさい)。でも、頭を少し関西弁モードにしたおかげで、スイスイ書けました。脳みそも少しリラックスできました。明日は仕事も進んで、もう少し、まともなことが書けるいい一日にしたいと思います、、。ほな。




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2005年11月21日

京都府京都市 島上宗子 一日目

はじめまして。「いりあい・よりあい・まなびあいネットワーク」略して「あいあいネット」の島上宗子(しまがみもとこ)です。朝田さん、浦嶋さんとは、2年あまりのおつきあいになるかと思うのですが、はじめての「今週の私」です。これから一週間、どうぞよろしくお願いします。「いりあい・よりあい・まなびあいネットワーク」について書き出すと長くなってしまいそうなので、一週間の私の生活を通して、断片的にでもお伝えしていくことができたら、、、と思っています。(マメには更新できていませんが、あいあいネットのブログ、覗いてみていただけるとうれしいです。それから、あいあいネットの仲間・長畑誠さんが昨年12月の「今週の私」でより詳しく触れているのでこちらもあわせてどうぞ、、。)

「あいあいネット」の事務所は東京・高田馬場にあるのですが、私はこの10年あまり京都に暮らしていて、必要に応じて上京する生活です。といっても、この数年、年の半分はインドネシアで過ごす仕事・生活スタイルが続いているので、「京都に(日本に?)暮らしています」とはいいきれない感じではありますが、、。

今日の京都は秋晴れ。私が暮らすアパート(下宿?)の屋上からは、大文字山がくっきりみえます。まだちょっと紅葉には早い感じですね。夏の送り火のときは、まさに特等席なのですが、インドネシアにいることが多くって、指折り数えるほどしかみれていないかな、、。

今日はポカポカ日差しの中、部屋にこもってコンピューターに向かっていたのですが、夕方から、アミタ持続可能経済研究所(持続研)でのセミナーに出かけました。左京区の家から中京区の持続研までは自転車。京都はとにかく自転車でどこでもいけてしまうのが、離れられない理由の一つかもしれないです。碁盤の目の街ですから、毎回違う路地を通っても迷うことはほとんどなく、あらぁ、こんなところにこんなモノが、、という発見がたくさんあります。今日は時間がなかったので、通りなれた道沿いの風景を少しだけご紹介します。


鴨川の東岸、荒神橋の近くにきたところで、京大の東南アジア研究所の図書館をカシャ。大学院時代、お世話になった図書館です(東南アジア地域研究なるものを勉強していました)。「京都織物会社」「明治廿年創立」と刻印のある、歴史ある建物です。時々、映画の撮影に使われていたりします(刑務所から出所してくるシーンが多いのだな、なぜか)。


それから、向かいの荒神橋を渡って、


御所を通り抜けて(街のど真ん中の景色とは思えないですよね)、


アミタ持続可能経済研究所に到着。
持続研は、町家を改築したなかなかステキな佇まい。中では主に20代から30代の若い研究員の皆さんがバリバリ仕事しています。今日のセミナーは、持続研の研究員中尾友一さんの「森づくりと家づくりをつなぐ〜安曇川森と家づくりの会の活動〜」のお話と、滋賀県庁の職員でもあり、一級建築士でもあり、湖北古民家再生ネットワークなどで活躍されている清水安治さんの「懐かしい未来をつくる〜地域資源を活かす古民家再生〜」のお話でした。お二人のお話に、分断されていたものをつなぐことでこんなに活き活きとした動きが生まれるんだ、ということを再実感。20名程度の参加者がいたのですが、ほとんどが若い学生・院生さんでびっくり。こういう話題への若者の関心の高さの表れか、持続研の若いパワーの表れか、、。セミナーの後、研究所内の囲炉裏端で交流会が持たれたのですが、写真を撮るのをすっかり忘れてしまって、ザンネン。

あいあいネットは東京を拠点とした活動を続けてきたのですが、関西でも少しずつ拠点・ネットワークづくりをしていけたらなぁ、と考えています。12月3〜4日には、アジア・フォレスト・ネットワーク(AFN)のピーターさんが関西にこられるので、京都と滋賀県朽木での交流を計画しています。そんなこんなのあいあいネットの取り組みを東京での「いりあい・よりあい勉強会」でとりあげます。11月24日はインドネシアからのゲストを招いてインドネシアの地域づくり、行政との協働に関わるお話、12月6日は、AFNのピーターさんにアジアの森・山村をつなぐ相互交流・ネットワーキングの経験と意義について話していただきます(詳細は上記のブログ、ご参照のほど、、)。東京方面にお住まいの方で関心をもたれた方、ぜひご参加いただけたらうれしいです。

、、ということで、初日からまとまりのないまま、最後は強引に勉強会の宣伝でしめてしまいましたが、また明日もどうぞよろしくお願いします。




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2005年11月20日

今週の私にご参加いただいた方々

今週の私のこのコーナーは、NPOローカル・ジャンクション21(LJ21)の事務局が、各地で出会った方々にお願いして、1週間だけ日記を書いていただくというものです。
2004年1月から始まりました。
当初は、参加者の方にメールで文章と画像データをお送りいただき、事務局がLJ21のホームページにアップしていましたが、2004年5月からブログを採用し、現在に至っています。

これまでの参加者リストは、LJ21のホームページにある下記のリストをご覧ください。
リストから、それぞれの担当の方の日記にアクセスできます。

2004年のリスト
2005年のリスト
2006年のリスト

2005年11月19日

11月20日(日) 新潟県 「市嶋さん」 小松隆宏 七日目

市嶋さん NPO法人ねっとわーく福島潟の会長さんです。本業はお箸の専門店ですが、映画やまちづくり活動などなど語れば尽きることのない幅の広さ、本当の本業は何なんでしょうか・・・。いずれ謎を解き明かしたいと思います。最後の締めは市嶋さんの原稿です。


● タイトル:『 Sleepy Lagoon 』 NPO法人「ねっとわーく福島潟」
会長 市嶋彰

 “潟”を英訳すると“lagoon”といい、多くは汽水湖を意味する。なんとここちよい響きだろう。かつて私の若かりし頃「スリーピー・ラグーン」という名曲があり、いつの間にか、熱帯の海で砂州に囲まれ、青々とした水を湛えた細長い汽水湖を勝手に思い描いていたことを思い出す。



福島潟も、かつてここが海だった頃を思い浮べれば、その歴史的なスケールの大きさに胸がときめく。阿賀野川が上流の山岳地帯から運んできた土砂が堆積し、砂丘を形成し、
堰きとめられた海水が徐々に淡水に満たされ、気の遠くなるような時間のなかで塩分が薄められていったに違いない。



私たちが自然というものに接する時、また目のあたりにそれを見る時、必ずしやそこで
営まれて来た自然そのものの歴史と人間の関わりという意味での歴史に思いを馳せなくて
はならないだろう。なぜならば、現在は過去によってもたらされ、現在は未来への責任を
負っているからに他ならない。



歴史という事実は、まさに歴然としてそこに存在し、いかなる事象にも左右されること
なく、その存在はゆるぎないはずである。ところが、歴史は忘れられ揑造され、時間とともにゆがんでいく宿命を負っている。だからこそ、そこに必要なのは伝承であり、人という歴史の担い手なのだ。でなければ、歴史は途絶えてしまうのを待つことになる。
 “潟”と関わることは、自分自身が歴史の中のひとこまを担うことになる。潟を未来へ
つなぐために私たちのできることは、その覚悟なしでは見えてこない。“眠気をさそわれる
ような潟“のたゆたいに身をゆだねながら福島潟の未来を夢見てみようではないか。


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11月19日(土) 新潟県新潟市 「福島潟の漁」 小松隆宏 六日目

川舟  新潟は「水の都」です。大河「阿賀野川」と「信濃川」が日本海に流れ込む越後平野に位置し、かつては新潟市の市街地には堀がめぐり、周辺の村々へも舟を使って行き来できるようになっていました。もちろん福島潟の周りも水郷地帯で、水郷の乗り物として川舟が利用されていました。川舟は水深が浅いところにも漕ぎいれることができ、エンジンつきの舟と違って音も静かなので、自然への影響が少ない乗り物です。福島潟では自然保護のために、多くの人に関わっていただきたいと思っていますが、福島潟のオオヒシクイは警戒心が強い鳥で、やみくもに福島潟に舟が入るようになると、オオヒシクイ保護に影響がでる怖れがあります。舟から見る福島潟は、また違った趣があり、水の駅「ビュー福島潟」では、オオヒシクイがいない時期に、地元の知恵「川舟」を使った自然観察の方法を検討しています。


ヨウモツ小屋 福島潟を眺めると水面に、変わった小屋をご覧いただけます。この小屋は、「ヨウモツ小屋」といいます。ヨウモツ小屋は現在使われていませんが、展示用として地元の方に作っていただきました。昔は、この小屋まで川舟で行き、小屋の中で魚がくるのを待ち、群れてきた魚を網で捕っていたそうです。当時は、季節により潟で捕れる魚も異なり、時期により渡り鳥のように川を上っていく魚群、下る魚群がいたそうです


潟の漁 川舟を使った漁は、地元の方々が行っています。写真は刺し網漁に向かう地元の長谷川哲夫さんです。刺し網でフナやコイが捕れます。潟に網を張り、網の周辺にいる魚を追い込んで捕らえます。追い込み方は川舟の縁を、写真の右手で握っている木の小片で「タンタン、タンタン」と叩いて、水中の魚を驚かせて追い込みます。


フナ 福島潟には、「ヘラブナ」「ギンブナ」「キンブナ」と呼ばれるフナが捕れます。(研究者によると「キンブナはいない」という話も聞いているので分類学上にはまだ、明らかになっていないこともあるようです。)3種類のフナを比べると体型が違い、味も違います。福島潟のヒシも図鑑に書いてある種類よりも、地元の人は多く区別しています。研究も大切ですが、同時に地元の方々の、経験に基づいた分類も大切な福島潟を知るための情報だと実感します。写真は、ギンブナです。


環境と人間のふれあい館 ギンブナの写真は、水の駅「ビュー福島潟」の隣にある新潟県立環境と人間のふれあい館http://www6.ocn.ne.jp/~fure-i/で撮影させていただきました。無料の施設で、水について総合的に学べる施設です。福島潟にいる魚の展示も行っていますので、水の駅「ビュー福島潟」とあわせてご覧いただければと思います。


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2005年11月18日

11月18日 (金) 新潟県新潟市 福島潟の祭り「自然文化祭」 小松隆宏 五日目

福島潟自然文化祭実行委員会 写真は、福島潟自然文化祭実行委員会のメンバーで、ボランティア200名の代表をしています。福島潟自然文化祭は、地元の方々と水の駅「ビュー福島潟」が一体となって企画運営をしている福島潟で一番盛大なイベントです。今年は9000人の来場者に楽しんでいただきました。


食のシンポジウム 毎年「福島潟自然文化祭」を行っていますが、今年は「潟の食文化を考える」シンポジウムを開催しました。新潟市にある福島潟、佐潟、鳥屋野潟という「潟(かた)」と呼ばれる湿地には、水辺で培われてきた食文化があります。それぞれの潟端で暮らしてきた人に熱く語っていただき、食と農の応援団朝田くに子先生にコーディネートしていただきました。福島潟、佐潟、鳥屋野潟で暮らしてきた地元の方から、身にしょんだ(身にしみるくらい)潟に触れ、食を保ってきた潟端の食についてお話を伺い、郷土食の試食も行われました。潟の食文化の話を受けて朝田先生から「素材の味や手料理の美味しさをわかり、心のこもったものの意義をいかに伝えるか。」「かつては何を食べるか。今は何を選択するか、何がどう変化するかを考える事がテーマであり、大事な視点である」とまとめていただき、今後の潟の食について考えるシンポジウムとなりました。


オニバスを食べる 福島潟は、葉の直径が2mにもなる日本最大の水草「オニバス」の北限の自生地です。地元ではドンバスと呼び、太い茎の棘をとって味噌汁の具などに用いられて食べられていました。福島潟自然文化祭ではこのオニバスが入った「潟鍋」をボランティアの皆さんが作ってくれます。オニバスは、フキやズイキのような食感があります。




潟の楽校(かたのがっこう) 福島潟自然学習園で13の体験イベントも実施しました。ザリガニ釣りや川舟こぎ、鳥凧あげなど、多彩なイベントが行われました。



雁迎灯(かんげいび) 夜は、4000本のろうそくによる雁迎灯を灯した中での篠笛コンサートを開催しました。福島潟公園にろうそくによる雁の形が浮かび上がる幻想的な雰囲気の中、潟を渡る篠笛の音を楽しみました。来年も9月23日に開催します。是非、遊びにきてください。



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2005年11月17日

11月17日(木) 新潟県新潟市 「滝澤さん」 小松隆宏 四日目

滝澤さん 今日は、NPO法人ねっとわーく福島潟の滝澤美枝子さんから「食」についての原稿をいただきました。今年9月23日に福島潟で開催した自然文化祭では、シンポジウムの担当をしていただきました。このシンポジウムは「潟の食文化」をテーマに開催し、ローカルジャンクション21の朝田くに子さんにコーディネーターを務めていただきました。滝澤さんは、水の駅「ビュー福島潟」内のミュージアムショップ「ビューショップ」の担当もされていますのでブログをご覧いただいている皆様もぜひお越しください。水の駅「ビュー福島潟」の1階で滝澤さんの笑顔に出会えるかもしれませんよ。
では、滝澤さんの原稿を紹介します。


潟の恵み 「食と花の新潟」をきっかけに、私の「食」はと考えてみました。若いときは何も考える事無く美味しいものが食べたい、ただそれだけでした。そして結婚して子供が生れてからは、子供の成長に合せて、子供が喜んで食べてくれるものそんな単純なことしか考えていませんでした。
最近は、報道の影響と思いますが、身体に良いもの悪いものなどなど考える事を覚え、自分に合った良い食生活をしたいと思いつつ、まだ美味しいものが食べたい自分がいます。
 ここ2年ほど前から「ねっとわーく福島潟」に関わってからは、50有余年生きてきて初めて口にした食べ物「潟の恵み」がたくさんあります。
ヒシの実・ハスの実・オニバスの茎、それにマコモの通称クロンボー(黒穂菌)とかいうこれが意外と美味しい。(マコモの茎に出来、見た目ゴマ入りのチーズのようなもったりとした菌なのです。)



モクズガニ・ザリガニ これは私にはちょっと食べられませんでした。(残念!)
ハスの実は見た目蜂の巣のようで、蜂の子のような種を食べるのです。これは疲労回復、滋養強壮に効くと言う事で美味しくいただきました。
ヒシの実は、私を食べないでとでも言わんばかりに、トゲトゲの硬い鎧のような殻に覆われていますが、軽く塩茹でをして食べるとこれは栗かと思うばかりの美味しさにビックリ。
そして、オニバスの茎を食べるには大変、これも自分防衛でしょうか、これでもかと言わんばかりにトゲトゲが痛い、ゴム手袋をして蕗の皮をむくようにしてむきます。火を通すと生の時とはうって変わって鮮やかなグリーンに変身します。
こんな楽しい「潟の恵み」を知らなかった私が、今経験した食味は良い意味でかなりのカルチャーショックでした。



オニバスの花 「食と花の新潟」のもうひとつの“花”も、私の知らない花が潟の中にたくさん咲いていました。代表的な花がオニバスの花、薄紫とピンク色の入混じった小さく可愛いのにトゲトゲの花、葉の大きさに比べて小さくてちょっと物足りなさを感じるのは私だけでしょうか。


ガガブタの花 花びらが白くてギザギザがありフワフワした感じの、名前がちょっと気の毒なガガブタ。オモダカとヘラオモダカややこしい。水辺に咲く花は白い花が多いのかしら、白い花は、なぜかはかなく淋しく思えるが、潟の中ではしっかり自己主張して咲いているのです。
 これからも、自分流のアンテナを出し、福島潟を楽しみ、そして、いいなーと思うその時をつかまえて絵を描き、福島潟に来てくれた方に、“又来たいわ”と言っていただける会話をしたいと思っています。



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2005年11月16日

11月16日(水) 新潟県新潟市 「福島潟の一日」 小松隆宏 三日目

オオヒシクイの横顔 今日は、福島潟の野鳥を紹介します。第1回で紹介したオオヒシクイの横顔です。大好物は、ヒシの実です。皆さんはヒシの実をご存知でしょうか。池や沼に生える水草で秋に菱形の硬い実をつける植物です。福島潟にはたくさんヒシが生えています。そのヒシが大好物なので「ヒシクイ」という名前がついています。


正面の顔です。今度はオオヒシクイの顔の正面です。福島潟には遠隔操作があるカメラが設置されているので、ドアップで写真がとれます。くちばしのオレンジ色がオオヒシクイの特徴です。このくちばしで噛まれると青あざができるくらい強い力を持っています。




オジロワシ 今日の朝初飛来したオジロワシ。羽を広げると2mにもなる猛禽類です。福島潟ではカモを襲って食べています。今日はテレビ局の方が福島潟に大勢訪れ、夕方のニュースで新潟に冬の訪れを伝えるオジロワシの飛来が放映されました。通常オオヒシクイは、オジロワシに狙われませんが、弱って単独でいるとオジロワシに襲われることもあります。家族の絆が強いオオヒシクイは、猛禽類を警戒するためにも家族が集まって行動しています。




ヘラサギ 白い鳥はヘラサギです。ヘラのようなくちばしが特徴です。ヘラサギは「サギ」という名がついていますが、「トキ」に近い鳥です。東日本では珍しい鳥です。オオヒシクイたちも珍しがっているのでしょうか。


今日は、オジロワシの取材対応で一日中、福島潟の観察をしていました。朝から曇り空で雨が降ったり止んだりの天気でしたが、雲の切れ間から日が射したときには、きれいな二重の虹を見ることができました。夕方は、オレンジの光の中に、ハクチョウやオオヒシクイが佇んでいました。今日は、オジロワシやヘラサギ、そして虹と夕景と素晴らしい一日でした。


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2005年11月15日

新潟県新潟市 初雁(はつかり) 小松隆宏 二日目

水の駅「ビュー福島潟」:私の勤務先の水の駅「ビュー福島潟」です。新潟県最大の潟湖の情報発信施設で福島潟の「おいたち」「オニバス」「オオヒシクイ」などの展示があります。屋上からは野鳥の楽園、植物の宝庫として知られている福島潟のパノラマ風景をご覧いただけます。新潟駅からは、JR白新線に乗り換えて20分の豊栄駅からタクシーで5分の場所にあります。


初雁:さて、タイトルの初雁ですが、皆様は雁(ガン、カリとも呼ばれる。)という鳥をご存知でしょうか。大型の渡り鳥で昔は全国に飛来していましたが、現在では絶滅のおそれがある鳥となっています。福島潟は雁の中で日本一大きいオオヒシクイの国内最大の越冬地で5000羽以上のオオヒシクイが訪れます。オオヒシクイは日本の天然記念物にもなっています。秋一番に渡ってくる雁を「初雁」といい古くから愛でられていました。写真のオオヒシクイは9月27日に渡ってきた初雁です。


コハクチョウの散歩:初めて福島潟を訪れる人は田んぼを普通に歩いているコハクチョウも驚かれると思います。


写真家 清水重蔵さん:次の写真は写真家の清水重蔵氏。福島潟のほど近く法花鳥屋に生まれ育ち、写真をとり続けて・・・年。一写真家であり続けたいという本人の願いをよそに、周りの友だちと郷土愛に燃える性格が災い?して、水の駅「ビュー福島潟」の館長をしています。


写真展:平成17年10月28日(金)〜11月3日(祝)まで銀座の富士フォトサロンで個展「竹くらべ」が開催されました。http://www.fujifilm.co.jp/photosalon/0510t.html#shimizu


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2005年11月14日

新潟県新潟市 福島潟から 小松隆宏 一日目

はじめまして。新潟市役所 自然指導員の小松隆宏です。水の駅「ビュー福島潟」に勤務しています。ローカルジャンクション21の朝田くに子さんに今年の9月23日に福島潟で開催された福島潟自然文化祭のコーディネーターとしておこしいただきました縁で「今週の私」コーナーに投稿させていただくことになりました。つたない文章ですが福島潟は素晴らしい所です。福島潟の自然と人をできるだけ紹介していきたいと思いますので1週間おじゃまいたします。(福島潟の皆様にも助けてもらうつもりです。)
福島潟:まずは福島潟の屋上からの景色をご覧ください。福島潟は193haあります。福島潟では220種類以上の野鳥、450種類以上の植物が確認され日本の自然100選などにえらばれています。
 ホームページもありますのでご覧になってみてください。http://www.pavc.ne.jp/~hishikui/


福島潟のヨシ:今日は福島潟に一番多い植物ヨシについて紹介します。屋上からの景色で茶色に見えるところはヨシが生えています。ヨシはアシとも呼ばれていますが、アシが「悪し」につながることから、アシを呼ばれるようになりました。始め良ければ・・・とゲンをかついで、ヨシの話からスタートします。
屋根の葺き替え:今日は福島潟の情報発信施設水の駅「ビュー福島潟」の休館日ですが、ヨシ葺き屋根の休憩施設「潟来亭(かたらいてい)」では屋根の葺き替えが行われています。今ではヨシ葺き職人が少なくなってしまいましたが、がんばってもらっています。



ヨシあし和紙:福島潟に生えるヨシを使った紙「ヨシあし和紙」作りに取り組むヨシあし和紙の会の皆さんも活動していました。ヨシには水を浄化する力がありますが、そのためにはヨシを使いながら管理する必要があります。ヨシあし和紙の会では、紙作りに用いながら、環境教育などに役立てるためにがんばっています。


雁晴れ:この福島潟で作られたヨシあし和紙をラベルに使ったお酒「雁晴れ」は福島潟の特産品。自分へのご褒美、仲間への激励に、是非お使いください。
鰍ワちづくり豊栄 観光協会とよさか21事務局http://www.toyosaka21.com/


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2005年11月11日

青森県青森市 上野茂樹 5日目

こんにちは/こんばんは。

本日は、お酒そのものより、酒米のことから。
青森県が力を入れて売り出しているお酒に「華想い」があります。これは酒米の名前なのですが、「豊盃」とは違って、この酒米を使うと例えば「菊駒 華想い」と表記されたり、あるいは「華想い」というシールが貼られたりして、お酒の名前そのものにはなっていません。
「華想い」は吟醸酒専用の酒米で、これに「華想い」専用の酵母を使って、お酒が作られます。しかも、県内限定生産ということになります。他の県のメーカーが「華想い」を使ってお酒を造ることができないようにしているようです。
2003年から本格的にデビューしました。デビューの時は、青森市内のホテルで、県内の各酒造メーカーが「華想い」を使って製造したお酒を並べて、展示・試飲会を大々的に開催しました。私も行きました。申し込みのハガキを出して、招待券をもらっていきました。
出品したすべてのメーカーのお酒を試飲したのですが、もちろん、同じ米と同じ酵母を使ったからといって、同じ酒ができるわけではありません。それぞれに特徴が出てきます。
その時の私の印象は、3点ありました。
ひとつは、初めて使う米なので、使いあぐねているのではないか、あるいは、吟醸酒ということもありますが、腕の違いが露骨に出るということ。もう一つは、辛口のお酒を造っているメーカーが、わりとまろやかな味を出していること。そして、吟醸酒でありながら、冷やすより、常温に近い方が良い味が出ているようなこと、でした。

特に2点目。辛口の酒というと、私としては、十和田市の「鳩正宗」や弘前市の「じょっぱり」とかがまず第1に浮かぶのですが、そのお酒が「華想い」を使用すると、柔らかい味になっていました。特に「鳩正宗」の「華想い」には、えっ!という、「あそこがこんな味を!」というくらい感動し、それからたまに「鳩正宗」を飲むようになりました。

あれから2年。今年はどんな味を出してくれるのか、楽しみです。
その時その時の味も大切ですが、何年間かけて味の変化を追うことも、また楽しみといえると思います。

ではでは、また明日。
今週はまだ、お酒(日本酒)を飲んでいない私(-_-;)。



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2005年11月10日

青森県青森市 上野茂樹 4日目

こんにちは/こんばんは。

本日は仕事で、五所川原市にある津軽金山焼に行ってきました。
津軽金山焼は五所川原の土をこね、アカマツで焼いて作られる焼き物で、アカマツの灰が自然釉となって、赤茶色、茶色、赤紫色、黄金色、灰色など、様々な色を生みます。青森の自然が作り上げた器のひとつといってもいいと思います。
この青森の器に青森の食材を使った料理を組み合わせて売りだそう、という事業を紹介する広報番組の収録に行ってきたのでした。
さて、この津軽金山焼は、生活に密着した器を多く作っているのですが、もちろんその中にも盃があります。
この盃には、どんな日本酒が似合うであろうかと想像しながら、取材をしていました。(正確に言うと、取材を確認=監視していました。)

そうです。
それはもちろん濁り酒です。茶に白ということで、色彩的にもぴったりです。

濁り酒で一番美味しいのは、もちろん、農家の方が作る自家製の「ダグ」と呼ばれる、どぶろくです。
でも、なかなか手に入らないので、醪がはいったままのお酒が販売されています。漉す前の状態のお酒です。こういうお酒は「生きている」ので、開栓時に注意しないと、シャンペンのように吹き出して、大変なことになることもあります。
また、完全に漉さないで、少々醪が混じった状態で販売されているお酒もあります。

前者で有名なのには、つがる市(旧稲垣村)の「明ケ烏」というお酒があります。最近は飲みませんが、飲んだときに舌にぴりぴりとくる感じは何とも言えません。後者には、七戸町の「かすみにごり酒 雪中八甲田」があります。ほかにもあるとは思うのですが、試したことがあるのはこの2つです。

普通の盃は、中が白いので、白い酒を入れてもあまりおもしろくありませんし、甘酒のような感じがします。甘酒を私はのめません。
目でお酒を楽しむということも、またもう一つの楽しみといえるのではないでしょうか。
こんな楽しみも、偏見がなせるわざかも知れません。

ではでは、また明日。



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2005年11月09日

青森県青森市 上野茂樹 3日目

こんにちは。

青森は初雪がありました。
昨日から風雨強く、大荒れの日となっています。台風が来ているような感じです。
そして、急に寒くなりました。一挙に最高気温が10度ぐらい下がっています。

そんな季節になると、新酒の仕込みが始まります。

独断と偏見に満ちた、青森のお酒の紹介。本日は、弘前市の「豊盃」。津軽地方のお酒です。
「豊盃」は、もともと酒米の名前です。酒米の名前を酒の名前につけたので、他の蔵では「豊盃」を使ったお酒を造らなくなったそうです。

さて、この「豊盃」は、「菊駒」とちがって、濃厚というか、芳醇というか、でも飲みやすいお酒です。ただ、私としては、飲み続けることができない。美味しいけれど、飲み飽きしてしまうお酒です。強いお酒という人もいるかもしれません。
でも、先日飲んだ「豊盃ひやおろし」は、私が知っていた「豊盃」とは異なり、まっすぐな酒というか、一定の太さを持って口に入り、そのまま入っていってしまうお酒です。飲み飽きしません。そのため、4合瓶を飲み終えたあと、1升瓶を購入しました。ひやおろしは、蔵で一夏越させたお酒のことをいいます。
時間がたつと、お酒は変わりますが、うまく変わる場合とうまく変わらない場合があります。この場合、とてもうまく変わったというか、熟成されたというか、とにかく、久々に感動しました。

この蔵は、兄弟で杜氏を務めています。まだ若いので、これからにも期待できます。上手になっていくのが、手にというか、口で感ずることができます。
お酒は毎年違います。成長している作りもあれば、堕落していく作りもあります。
成長していくのは、蔵の努力もありますが、飲み手の方もしっかり見つめていかなければなりません。

さて、「豊盃」にもいろいろな食べ物があいますが、「菊駒」と比べると、濃い味のものがお酒と戦うようでおもしろいと思います。津軽地方のは濃い味つけが多いのでこのようなお酒が出てきて、県南は薄味なので「菊駒」のようなお酒がでると感じています。こんなところにも、青森県内の地域差が現れていると言えます。

ではでは、また明日。

写真がなくてすみません。


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2005年11月08日

青森県青森市 上野茂樹 2日目

こんにちは。
現在青森は強い雨です。

独断と偏見に満ちた、青森のお酒の紹介。皆さんご存知の有名なお酒ももちろん登場するかも知れません。
初日の本日は、私が生まれ育った県南地方(青森県は青森市・弘前市を代表とする津軽地方、八戸市に代表される県南地方、むつ市に代表される下北地方に大きく分けられます。)のお酒を紹介します。

それは、五戸町で作られている「菊駒」。県南は馬の産地なので、酒の名前にも馬を意味する「駒」をつけています。ほかには、七戸町の「駒泉」が有名です。
さて、この「菊駒」はあっさりというか、すっきりというか、とても飲みやすいお酒です。私は実家に帰ると、必ず「菊駒」を飲みます。それも純米酒の「菊駒」。純米酒の「菊駒」には、いわゆる「金ラベル」と「銀ラベル」と地元で呼ぶ、2種類があります。精米の度合いで違いをつけています。
近年まで地元の杜氏さんが務めていたのですが、高齢のため引退し、現在は地元の方々がその技を受け継ごうと努力しています。引き継いだときは、若干味に変化があったのですが、最近は上手になったことを実感させる作りになってきたように思います。
「菊駒」に合う食べ物は、いろいろあります。すっきりした味なので、どんな食べ物にも合うと思いますが、地元の馬刺しや八戸で取れた新鮮な海産物を私としては好みます。至福の時です。

この「菊駒」の蔵元は、ほかにも「五醸」という地元限定(五戸町・新郷村の酒屋さんのみの販売)の純米吟醸酒やプライベートブランドの「十」(とう:純米吟醸)や「粋」(すい:吟醸)なども作っています。こちらも、美味しいです。
ここの蔵のお酒は、はずれがない。といっても過言ではないでしょう。

広報という仕事は、広報番組の制作で県内色々なところに行けるはずなのですが、デスクワークも多く、なかなか取材に行くことができません。お酒は、それが醸されたところで、そこで取れたものや作られたものを肴に楽しむのが一番ですが、そんな下心が見え見えなのか、なかなか出張の機会がとれません。ストレスがたまります。そんなときは、「あそこで、あの酒を、あの肴をつまみにして飲んだら、幸せだろうなあ」と想像しながら、少しだけのお酒で辛抱している私です。

ではでは、また明日。


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2005年11月07日

青森県青森市 上野茂樹 1日目

初めまして。
青森県青森市に住んでいる、上野茂樹(うわの しげき)と申します。
よろしくお願いいたします。

ここに登場することになったきっかけは、去る9月16日に青森市内の某所で、「風丸くらぶ」主催の「風丸の集い」に朝田さんがゲストで出席され、私がその司会をしていたことにあると思います。
(「風丸クラブ」や「風丸の集い」は、こちらをごらんください。)あるいは、これまで登場した柳沢さんや張替さんの「今週の私」をご覧ください。

なぜ、私が司会をしていたかというと、私は「大人の部活動」とも呼んでいますが、私はいくつものNPOに所属していて、そのうちのひとつのメンバーとして、与えられた役割であったわけです。

さて、私はいくつものNPOに所属していますが、NPOでご飯を食べている訳ではありません。たまに、NPOの活動でお酒を飲むことはありますが。
トップページにもありますが、私は、税金でご飯を食べています。つまり、公務員をしています。食べさせてもらっていると行った方が適切かもしれません。県の広報を担当していて、県の事業やできごとを県民に知らせることが主な仕事です。

そのあたりのことはさておいて、仕事のことを書いても退屈だと思いますし、皆さんを楽しませることができるようなNPOの経験が毎日あるわけではありません。(週末以外ほとんどありません。せいぜい打合せのみかな。)
それで、どんなことを書いて興味を持続してもらおうかと呻吟した結果、独断と偏見に満ちた、私の大好きな青森県のお酒の紹介をしようということにしました。

以前は、毎日のようにお酒を飲んでいたのですが、好きなものを長く楽しむために、休肝日を積極的に取るようにしてから、あまり飲んでいません。(別に身体を悪くしたわけではありません。)
かつて飲んだ酒の味を思い出したりしながら、そのお酒の味と相性の良い食べもののことをお伝えできればと考えています。そのために、今週は、ちょっとお酒を飲み過ぎるかなと心配しています。

その合間に、公務員の仕事の一断面でもお示しできればと考えています。
よろしくお願いいたします。
本日は、顔見せということで、失礼いたします。
では明日。

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2005年11月06日

東京都足立区 佐野憲一朗 7日目

朝,ニワトリの鳴き声で目が覚める。

今日の仕事は里道の草刈だ。人が安全に山に入り,自然を楽しむためには,里道が必要である。しかし放っておくと草が生えてくるため,定期的に人が草を刈らなければならないのである。エンジン付きの草刈機を持ち,ボランティアたちは進んでいった。自分よりも高く立ちはだかる熊笹を,ばっさばっさと刈ってゆく。狭くて暗い里道は,みるみるうちに日の光が差し込む明るい道となった。

途中で休憩を取る。エンジン音が消えてた里山は静まり返り,冷たいお茶が体にしみわたる。深呼吸をしてほっとする。


腹が減っては戦はできぬ。昼休みにはエコリゾート本館へ戻る。エコリゾートのレストラン季楽では,旬の素材を使った健康料理がならぶ。裏の畑で取ってきたばかりの野菜がふんだんに使われている。材料は冷蔵庫ではなく,裏の畑から引いてくる。

ボランティアらと,デイサービス利用者のおじいさん,おばあさん達は,とびきりの笑顔でご飯をほおばる。こんなに食べたら太っちゃうわと言いながらも,もう一口。おいしい食べ物は健康なからだを作るのはもちろん,心までも健康にする。


午後は木の伐採をする。雑木林に多いクヌギやコナラなどの落葉広葉樹は,伐採してもその切り株からまた若い芽が生えてくる。これは萌芽更新と呼ばれ,若くて強い木を育てるのに必要な作業である。人間に搾取されながらも里山が残ってきたのは,萌芽更新のためである。

まず倒木をチェーンソーで運びやすい大きさに切る。それを道まで運び上げて,作業車で運び出す。


運び出した木はさらに小さく切り,エンジン付き薪割り機で割り,薪にする。刃がゆっくりとスライドし,丸太にメリメリと食い込んでいき,最後にパキッと割れる。スイッチを押す指1本で割れるので,デイサービスの利用者の方々も一緒に作業をすることもある。手元にある斧も使ってみるが,初めのうちは丸太に当てるのすら難しい。

こうして作った薪は,エコリゾート本館のストーブ「ペチカ」のための燃料として使う。この薪がないと,冬が越せないのである。


日が暮れてきたら道具を片付ける。暮れなずむ帰り道では,バッタやトンボと出会うこともしばしば。クモの巣除けのために持っていた枝を差し出すと,その先にチョンと降りてきて羽を休める。心を癒してくれる贅沢な時間だ。

仕事の後は,炭酸風呂の大浴場で体の疲れも癒し,夜が更けるまで,グラスを片手に語り合うのであった。


これは,赤目の森を訪れた,とあるボランティアの1日です。私も休みの時に時々,赤目の森へ行ってこのような生活をし,元気になって帰ってきます。


こうしてボランティアが育てた里山には,多くの人々が訪れます。
地元の赤目小学校の児童たちは課外授業に訪れ,四季の移り変わりを知り,自分の住む場所の素晴らしさを感じます。デイサービス利用者の方は,自分の生まれ育った原風景に囲まれて若返ります。地元の人は,里山総合講座に参加して森の恵みを知ります。各地の行政職員やNPOの関係者もここを訪れ,自分の取り組みへのヒントを見出します。国際ワークキャンプで訪れる外国人ボランティアはもちろん,日本の若者たちも日本の伝統的な生活とその英知を発見します。こうして,里山は多くの人を育んでいます。

里山は,単なる環境問題の範囲に留まることはありません。里山は人間の生活の場であるため,福祉,教育,文化,食など,人間に関係するあるあらゆる分野とつながっているものなのです。赤目の里山でも,それらのつながりを大切にし,里山保全の枠を超えた,総合的な「里山」活用事業に取り組んでいます。

そういう点に私は魅力を感じ,赤目の里山で活動を行っています。

その魅力は赤目の里山を訪れてもらうことなしに伝えることは難しいですが,赤目の里山に来るきっかけとなるようなウェブサイトを作ろうと,今日は1日家でパソコンに向かって作業を行なっていました。
最終日は意外にも地味な1日でしたね。


この1週間お付き合いいただきありがとうございました。自分の生活から何を伝えようかを考えることで,自分自身の生活を顧みることができました。
この機会を作って頂いた,ローカルジャンクション21の皆さん,そして最後まで読んで下さった皆さんに,心から感謝いたします。


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2005年11月05日

東京都足立区 佐野憲一朗 6日目

こんばんは。このブログも残すところあと2日になりました。ではさっそく,本日の私を紹介致します。


今日の午前中は,母校の中学校へ行ってきました。私の母校では,学校週五日制が導入された時から,地域の協力のもとで「土曜スクール」という取り組みを行なっています。在校生の希望者を対象として,PTAが中心となり,第1・第3土曜日に勉強会や茶道教室・老人ホーム訪問,調理実習や科学実験,漢字検定・数学検定講座などを実施しています。お母さんたちが調理実習で活躍したり,地元の和菓子屋さんがお茶菓子を持ってきて茶道を教えてくれたりと,地域の人たちの協力で成り立っています。私は開始当初から勉強会を担当をしています。

勉強会では,生徒たちは各自で教材を用意し,教室で自習を行います。友達と相談したり,私のような大学生のサポーターと相談しながら,理解を深めていくというものです。しかし,周りに友達がいる中での自習というのは結構難しいもので,ついおしゃべりに夢中になり,1年生などは仕舞いには走り回ったりしてしまいます。
今日の土曜スクール勉強会は普段と少し異なり,数学検定対策講座を行いました。私は準2級を受ける生徒の担当で,生徒はみな3年生でした。本番の試験と同様に120分の模擬試験を解いてもらい,その後解説をするという形式です。さすが受験を控えた3年生,120分の試験とその後の解説まで,真剣な顔つきで熱心に取り組んでおり,最高学年は静かながらも存在感を示していました。

学校は週五日制になりましたが,共働きの家庭では,土曜日に子どもが1人になる家庭もあるといいます。土曜スクールの生徒に話を聞くと,休みの日の午前中は寝て過ごすことも多いそうです。部活や習い事をしていない生徒の居場所として,土曜スクールのような楽しく有意義な時間が過ごせる場が必要であると思います。




午後は,「地球交響曲(ガイアシンフォニー)第二番」という映画を見に,池袋にある立教大学へと行ってきました。この映画の話は以前から知り合いに薦められており,今回大学祭で環境系のサークルが自主上映をすると聞き,足を運びました。

映画の中では,知恵と優しさに満ちた日本のおばあちゃんイルカと共に泳ぐ冒険家地球外の生物へ向けてメッセージを送り続ける天文学者チベット仏教最高指導者のダライラマの4人の生き方が描かれています。
それぞれの人が語る言葉を聞くたび,私はハッとしていました。同じ言葉を私が語っても全く意味がないでしょう。経験に裏打ちされて出てくる言葉からは,論理で語るよりも強い説得力を感じました。
おばあちゃんは,四季の移り変わりに合わせ,自然と共に生きていたし,冒険家は心身共にイルカになりきっていた。天文学者は自分が生きている間に答が出ない問いを解こうとし,ダライラマは切に平和と共存を願っていた。4人の生き方はどれも全く異なったものですが,それぞれ魅力的で,人間らしさを強く感じました。

見終わってから,どうして監督はこんなにもバックグラウンドの違う4人を一緒に描いたのか,私の心を打つこの4人の共通点とは何だろうかと,ずっと考えています。もうしばらく余韻に浸りながら,考えてみたいと思います。

このシリーズの他の作品も,ぜひ観てみたいです。


明日の最終回もよろしくお願い致します。


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2005年11月04日

東京都足立区 佐野憲一朗 5日目

本日は大学へ行って講義に出席し,研究を行いきましたが,いつも同じことを書くのもつまらないので,最近の悩みとそれについて思う事についてお付き合い頂きたいと思います。


近頃,大学を卒業したらどのような仕事に就こうかと考える機会が多くなってきています。同年代の友達は就職活動を終えたり,社会人として働いている人もかなり増えました。1年前には皆それぞれ自分の進路選択に悩んでいたのを思い出します。いよいよ私も悩む番が回ってきたようです。

私は中学生の時に電子工作やコンピュータに興味を持ち,将来は電気関係の仕事に就きたいと思っていました。高専の学校見学に行き,そこに進学して電気を学びたいと親に言いましたが,大学という選択肢も提案され,その後,普通科高校から現在の大学へ進学することになりました。

念願の大学生になり,電気工学をかじり始めて1年経った頃,慕っていた大学3年生の友人に,私が言いました。「僕は前々から電気をやりたいと思って電気工学科に入学したから,今の勉強は楽しんでいるし,大学生活も充実していると思う。でも,同じクラスの友達は得意の数学と物理で受験できるなら,どの学科でも良かったと言っている。今の勉強も,特に興味を持っているようにも見えないし。彼は楽しんでいるんのかな?」友人は,「大学で過ごす時間だけが生活の全てじゃないよ。その友達だって,大学以外の場所で自分の夢をかなえようと頑張っている場合だってあるんじゃない?」と言いました。
その時の私は,そんな事もあるかもなと思いつつ,いまいちイメージを持てていませんでした。


それから時が経て,大学2年の冬に,赤目の森で「やまおやじ」と会って色々な話をしたことがありました。自分の持つ多くのものを投げ出してまで,赤目の里山を守っているやまおやじの話からは,その強い信念とやりがいが感じられました。そして,これほどの信念を持って仕事をしている人がいたんだと気づかされました。現在,育てる会の理事として様々な人々とお会いする機会が増え,収入は少ないけれど,自分が本当にやりたい事,やるべき事を職業として選択し,活躍している人々がたくさんいるという事を知りました。

その一方で,実際には自分には大切にすべきものがあって,自己実現のためだけに行動する事ができない人々が,世の中の大多数であることも見えてきました。家族のために,どうしても辛い仕事を頑張らなければならない人もいますね。そんな中で,本業をきちんとこなしつつ,NPOや市民活動等に精力的に関わっている人もたくさんいることがわかりました。例えば主婦とNPOのスタッフ,メーカーの技術者と里山保全の活動など,どちらも手を抜くことなく両立させている人もいます。大切なものを守りつつ,自分の生きがいも得られる,こうした生き方ができる人に私は憧れるようになりました。

こうした人々と関わり,働き方を見る機会を得て,今,いざ自分はこれからどのような仕事に就こうかと考えると,悩み,迷うことがずっと増えました。この迷いのため優柔不断に見られたり,周りの人に迷惑をかけてしまったりする事もありましたが,この時期にいろいろな人の生き方を見て迷い悩めることを,幸せに思っております。

大学1年のときに友人に言われた言葉の意味が,最近わかってきたように思います。
ところで,その友人は大学の単位はうまく集めて,当時はレストランのバイトをぎっしり入れていたようです。その後海外の料理学校で料理を学び,現在はレストランで働いていると聞いています。


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2005年11月03日

東京都足立区 佐野憲一朗 4日目

今日は文化の日でお休みなので,家でゆっくりと秋のひと時を楽しんだ方も多いのではないでしょうか。

●大学へ●
大学は休講なので,少し寝坊をして,ゆっくりと朝食を食べました。今週は月曜日に大学をサボったことですし,大学へ行って研究を進めることにしました。昨日の帰り際に私の指導教員の先生と話をして,1つヒントをもらっていたので,ちょっと試したいとも思っていたのです。

昨日は真っ暗な中での写真だったので,今日は昼間のイチョウ並木を貼っておきますね。



午前中は良い天気だったのに,午後からは天気が悪くなってきました。私の居室のある建物は10階立てで,最上階まで上るとかなり良い景色が広がります。

今日は実験はできませんでしたが,コンピュータ上のシミュレーションでは良い結果が出たので,明日に早速試したいと思っています。ちなみに,実験室で1人で実験しないように注意をされています。誤って感電したら誰も助けられませんから。


●六本木ヒルズへ●
せっかくの休みなのでこれだけで終わるのもつまらないので,レオナルド・ダ・ヴィンチ展に行くことにしました。ダ・ヴィンチ直筆のノートが公開されており,以前に友達に一緒に行こうと誘われていたのですが,日程調整がうまく行かなかったため,保留していたものです。
場所は六本木ヒルズでした。定期券の範囲で行けるのですが,まだ1度しか行った事がありません。


●自然への思いを伝える子どもたちの写真展●
ヒルズには着いたものの,展覧会の会場がわからず迷っていると,写真展をやっていたのでちょっと寄ってみました。小中学生がデジカメで撮った写真を展示してありました。ダンゴ虫とか,カマキリとか,みんな思い思いのものを撮っていました。中でも,公園とか山とか,緑が多い場所で撮影された写真が多かったです。そのような場所は,子どもの好奇心をくすぐるような小動物や植物がたくさんあるのでしょう。

自分も,赤目の里山を歩いていると,ここにある写真のように,あっ!と思うような一場面に遭遇することもあるなと思いながら,見ていました。


●レオナルド・ダ・ヴィンチ展●
目的のダ・ヴィンチ展では,直筆のノート「レスター手稿」が展示されていました。緻密な図と細かな時で書き込まれた説明書きは,500年前に書かれた物とは信じ難いほど詳細に観察され,描き,書かれています。ダ・ヴィンチの残したこの資料は,後の科学技術の発展に大きな貢献をしたのではないかと思います。


自然科学の文献等に書かれていることは,基本的には,その通りの装置を組み立て,指示通りに動かせば,誰でも再現が可能であるのが特徴ではないかと思います。また逆に,再現可能なように書かれた論文が良いものだとされます。今日行ったダ・ヴィンチ展でも,手稿に書かれている実験装置を,手稿の記述を元に再現して展示をしてあるものもいくつかありました。

特許を取る場合は別として,新しく発明された科学技術は,文字で記されて,複写されれば,世界中の誰もが利用できるようになります。ある人が生み出した技術は,文献を取り寄せれば,発明した人の労力や使った資金に比べて格段に少ない資源で,自分でも再現できます。たとえその発明者が亡くなったとしても,文献に残されていれば,その成果は次の世代に引き継がれます。こうして科学技術の交換と共有をしながら,様々な人が関わって少しずつ積み重ねられたものの集大成が,現在の学生が学ぶ工学であり,社会で工業製品などに応用されているテクノロジーです。

自分もその技術の積み重ねに少しでも貢献したいと思いながら,それを励みに多くの研究者が今日も研究をしているのでしょう。


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2005年11月02日

東京都足立区 佐野憲一朗 3日目

今日の東京は素晴らしい青空が広がっていました。
今日は大学の講義は1つも無かったので,研究に取り組んでいました。


右の写真は実験風景です。本当は装置も写したかったのですが,まだ公開できる状況ではないので私の後ろに隠れて写っていません。ごめんなさい。

自分で組み立てた実験装置が壊れないよう,細心の注意を払いつつ動かしていきます。動作させても大抵は思ったとおりに動きません。挙動からその原因を考え,装置に修正を加えます。そしてまた動作させ,修正して・・・という事を繰り返していきます。


今日の実験は思いのほかうまく行き,調子に乗っていたらあっという間に夜になってしまいました。これじゃあブログを書くネタが無いなーと思いつつ,帰り際にキャンパスの風景を撮ってみました。イチョウ並木です。銀杏はたくさん落ちていますが,まだ葉は緑のままです。もう少し経つと,落葉で道一面が黄色くなります。私の好きな場所の1つです。


こちらが大学のシンボルである本館です。関東大震災の直後に再建された建物ですが,今もまだ現役です。


このような大学生活を送っている私が,縁もゆかりも無かった名張市の里山保全に関わるようになったのは,大学1年生の夏です。「大学の夏休みは2か月もあるのか。長いなー。何かやる事ないかな?」と思いながらインターネットを見ていると,国際ワークキャンプという情報にたどり着きました。国際ワークキャンプとは,NPO法人NICEが主催しているボランティアプログラムで,世界各国の若者たちが,10名程度のグループで2週間生活を共にしながら,泊り込みでボランティア活動をするという事業です。これはオモシロそうだと思い,早速資料請求をして,申し込みました。その時の私の受け入れ先が,赤目の里山を育てる会だったのです。

その後国際ワークキャンプに毎年のように関わるようになり,今に至っています。冬と夏の年2回開催され,育てる会の里山保全活動の中核を担う,大変重要な事業です。ワークキャンプで赤目の森を訪れた若者達は150名を超え,その中からは強力なサポーターとして育てる会の活動を支えている人が数多くいます。


私の周りにも,普段できないようなちょっと変わった経験をして,自分の可能性を広げたいという学生はたくさんいます。夏休みや春休みなどまとまった期間に,海外旅行で異文化を経験したり,企業のインターンシップに参加したりといった手段はかなり一般的な方法になりました。それに並んで,ボランティア活動についても大学内で話を聞く機会が増えてきています。
インドネシアの工科大学の大学生は,大学で学んだ知識を社会へ還元するために,実務経験を兼ねたボランティアがカリキュラムに含まれていると聞いた事があります。そこまでの専門性は要求されませんが,ワークキャンプの取り組みは,経験を積みたいという若者のニーズと,若者の協力を得たい非営利団体のニーズの両方を同時に満たす,非常に興味深い事業だと思っています。
社会の皆さん,学生をもっと利用してみてはどうでしょうか。


posted by LJ21 at 23:43| Comment(4) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月01日

東京都足立区 佐野憲一朗 2日目

こんばんは。今日から11月に入りましたね。カレンダーの絵も変わりました。

今日からは東京に帰り,日常の生活に戻りました。私の本職は大学院生で,電気電子工学を専攻しています。そこで,今日は大学生活を中心に書きつづっていこうと思います。

●午前中の講義●
バスを降りて直接大学へ行ったため,今日はいつもよりも早く大学に着きました。研究室の自分の机でブログの編集とメールのチェックを行った後,講義へと向かいました。写真は私の雑然とした机の様子です。いい写真が無くてすみません。

1時限目は,モーターの解析に関する講義です。モーターは電気の中でも歴史のある分野で,美しく構築された理論があります。留学生も多く,講義は英語と日本語で行われます。

2時限目は研究室のセミナーがありました。私の所属している研究室では,自分の行っている研究の途中経過を,ちょうどこのブログのように,数人ずつのリレー形式で数ヶ月に1回発表します。今日は私の担当でした。
私は,半導体スイッチを用いて電力変換を行う研究をしています。より小型で高効率の変換器を開発するのが使命です。昔のファミコンのコンセントについていたゲンコツが,携帯の充電器のように小さく軽くなったのは,この道の先人の努力の成果です。今皆さんがお使いのパソコンの中にも,こうした変換器がたくさん入っています。
私の取り組んでいる研究からも,社会で使ってもらえるような成果が生まれることを楽しみに,日々研究に励んでおります。


●昼休み●
昼ごはんは,大学生協で売っている弁当を買って,研究室で食べる事が多いです。私の大学の大学院生の多くにとって,大学生活の拠点は研究室です。


●午後の講義●
3時限目は持続可能開発工学の授業です。地球規模で起こっている人口問題,エネルギー問題,森林破壊,水不足等に,どのように関わっていけばよいのかを,ディスカッションを通じて考えていくというものです。講義は英語で行われ,アジア各国から来た留学生は積極的に意見を交換し合います。英語でというのは辛いのですが,私も毎週恐る恐る参加しています。
このような形式の授業は,私を含め日本で教育を受けた理系の学生(私は他の分野はあまり知りません)には経験が少なく,厳しいものに感じるのではないかと思います。
工学の分野では近年留学生の数が増えており,英語で開講される科目も徐々に増えてきているようです。

授業から研究室へ帰り,研究をしましたが,昨晩はあまり寝心地が良くなかったために疲れを感じ,早めに帰宅しました。

●離れていてもつながる関係●
赤目の里山を育てる会の会員の多くは,都市部の住民です。理事である私も東京に住んでいると,時間的にも金銭的にもなかなか赤目の森まで出向いて作業することができません。
しかし,インターネットを利用することで,離れていながらも理事やボランティアたちは赤目の里山とつながっています。

私はコンピュータの利用に慣れているため,ウェブサイトの管理や,理事会・ボランティアの間のメーリングリストの管理,事務局のIT環境の整備などを担当しています。これらの仕事は,パソコンとインターネット環境さえあればできるので,自分の趣味と兼ねて楽しみながらやっています。普段は一同に会するのが難しい理事も,メーリングリストでは頻繁に情報交換をしています。

例えば今日は,インターネット電話で事務局長と話をして,その後,育てる会のウェブサイトについての提案をメーリングリストに流しました。
他にも,育てる会の里山保全で大きな役割を担っている事業の1つである,ワークキャンプ事業の学生ボランティアたちも,メーリングリストや掲示板を活用して活発に意見交換をしています。

顔を見ないでパソコンに向かって話ばかりしていると,時にはつまらない思い違いなどをして時間を浪費する場合もありますが,インターネット技術は育てる会のサポーターの間の距離を,確実に短くしてきました。

posted by LJ21 at 23:45| Comment(4) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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