2006年02月28日

近畿大阪・京都 小沢晴司 2日目

今日は私たちの事務所と、きんき環境館とで連携して情報発信をするメールマガジンの発行予定日。
毎月第4火曜の発行予定で、近畿圏の環境に関する情報の交流を目的に先月1月から始まったものです。

近畿地方環境事務所は、全国に7つ設置された環境省の地方機関のひとつで、国立公園保護、野生生物、廃棄物対策、地球温暖化、環境教育、市民とのパートナーシップといった環境分野に関する総合的な対応をしていくことを目的に、それまで全国に配置されていた11の自然保護事務所(旧国立公園管理事務所)や9つの環境対策調査官事務所を統合したものです。これらの取組みを効果的に進めるため、地域自治体、企業、市民活動等との連携が大切で、その情報交流のための事務所としてきんき環境館は1年前に大阪城近くのOMMビル5階にオープンしました。
メールマガジンの配信登録は無料です。こちらのアドレスを是非チェックしていただければと思います。
BTH2351125_0B.jpg写真は、本日のメールマガジンでご案内しようとしている情報の一つ、3月開催予定の岸和田市での自然再生に関するシンポジウムの舞台、神於山(こうのやま)です。関西国際空港や淡路島を見晴らす絶好の展望地でもあります。

それにしても今日は会議や打ち合わせが続きました。和歌山県で取り組んでいるエコツーリズムの推進に関すること、奈良県大峰山系で進める山岳歩道の整備に関すること、奈良県大台ヶ原の自然再生に関することなどなど。
事務所ではいくつのものプロジェクトが並行して動いているので、地域のたくさんの関係者と共通理解を作り、自然環境保全や地域作りにつながる動きを進めるため必要なプロセスであることは間違いないのですが。

環境省の自然環境分野のレンジャーは、もっと地域の自然をみて歩き、地域で生活する方々の話を聞いて、現場に一番近くて新しい情報を得るようにしなければならないと思いながら、一方で、これまでの担当者が時間をかけ、その基盤から少しづつ積み重ねて得た課題の理解もありますので、その整理についてアイデアをまとめ、また地域に還元して作業を進めることも大切です。会議や打ち合わせも疎かにすることはできません。

そのジレンマをうめるということでもないのですが、現地での手となり目となり耳となる私たちの業務のサポート役として昨年度からアクティブレンジャー制度が導入されました。私たちの事務所では来年度に向けて管内山陰海岸国立公園で1名を新規採用する予定で、明日はその面接日です。よい仲間を得たいと思っています。

posted by LJ21 at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 大阪府 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

近畿大阪・京都 小沢晴司 2日目

今日は私たちの事務所と、きんき環境館とで連携して情報発信をするメールマガジンの発行予定日。
毎月第4火曜の発行予定で、近畿圏の環境に関する情報の交流を目的に先月1月から始まったものです。
近畿地方環境事務所は、全国に7つ設置された環境省の地方機関のひとつで、国立公園保護、野生生物、廃棄物対策、地球温暖化、環境教育、市民とのパートナーシップといった環境分野に関する総合的な対応をしていくことを目的に、それまで全国に配置されていた11の自然保護事務所(旧国立公園管理事務所)や9つの環境対策調査官事務所を統合したものです。これらの取組みを効果的に進めるため、地域自治体、企業、市民活動等との連携が大切で、その情報交流のための事務所としてきんき環境館は1年前に大阪城近くのOMMビル5階にオープンしました。
メールマガジンの配信登録は無料です。以下のアドレスを是非チェックしていただければと思います。
http://www.kankyokan.jp/merumaga/
写真は、本日のメールマガジンでご案内しようとしている情報の一つ、3月開催予定の岸和田市での自然再生に関するシンポジウムの舞台、神於山(こうのやま)です。関西国際空港や淡路島を見晴らす絶好の展望地でもあります。

それにしても今日は会議や打ち合わせが続きました。和歌山県で取り組んでいるエコツーリズムの推進に関すること、奈良県大峰山系で進める山岳歩道の整備に関すること、奈良県大台ヶ原の自然再生に関することなどなど。
事務所ではいくつのものプロジェクトが並行して動いているので、地域のたくさんの関係者と共通理解を作り、自然環境保全や地域作りにつながる動きを進めるため必要なプロセスであることは間違いないのですが。

環境省の自然環境分野のレンジャーは、もっと地域の自然をみて歩き、地域で生活する方々の話を聞いて、現場に一番近くて新しい情報を得るようにしなければならないと思いながら、一方で、これまでの担当者が時間をかけ、その基盤から少しづつ積み重ねて得た課題の理解もありますので、その整理についてアイデアをまとめ、また地域に還元して作業を進めることも大切です。会議や打ち合わせも疎かにすることはできません。
そのジレンマをうめるということでもないのですが、現地での手となり目となり耳となる私たちの業務のサポート役として昨年度からアクティブレンジャー制度が導入されました。私たちの事務所では来年度に向けて管内山陰海岸国立公園で1名を新規採用する予定で、明日はその面接日です。よい仲間を得たいと思っています。


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2006年02月27日

近畿大阪・京都 小沢晴司 1日目

近畿地方環境事務所につとめております小沢と申します。
今週は大阪・京都からレポートをお届けします。

昨年春は栃木県日光市におり、日光国立公園の仕事などについて報告しましたが、昨秋、大阪に転勤となりました。初めて住む関西で、仕事等を通じて感じたことを書いてみたいとおもます。

今日は午後からアユモドキという貴重なドジョウの仲間の保護に関する会議が京都市内で開催されました。
昔、近畿中国地方の一部に生息していたといわれるアユモドキは、今は、関西では桂川などの一部にしか残っていません。
会議は京都府や亀岡市、関係する研究機関や行政機関が集まって、この魚を保護し、地域作りにまでつなげる様々な情報を交換しようとするもので当所のベテラン野生生物担当課長がネットワーク作りに取組み、昨年夏に引き続いて2回目になります。

BTH2348518_0B.jpgアユモドキはヒゲを生やした愛らしい顔をしていて、前進、後進、急速上昇などヘリコプターのようなおもしろい動き方をするのだそうです。今日はその保護に長く取り組んでこられた京都大学岩田先生はじめ、亀岡市役所の担当者、水生生物センターの研究者などのスライドを拝見しました。
桂川に住むアユモドキの保護を通じて、周辺の農業地域や河川の整備、市民活動などがうまくつながっていき、よりよい地域デザインが生み出されることを願ってやみません。
写真は昨年秋の亀岡市や京都大学岩田先生による桂川調査の時のものです。

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近畿大阪・京都 小沢晴司 1日目

近畿地方環境事務所につとめております小沢と申します。
今週は大阪・京都からレポートをお届けします。
昨年春は栃木県日光市におり、日光国立公園の仕事などについて報告しましたが、昨秋、大阪に転勤となりました。初めて住む関西で、仕事等を通じて感じたことを書いてみたいとおもます。
今日は午後からアユモドキという貴重なドジョウの仲間の保護に関する会議が京都市内で開催されました。
昔、近畿中国地方の一部に生息していたといわれるアユモドキは、今は、関西では桂川などの一部にしか残っていません。
会議は京都府や亀岡市、関係する研究機関や行政機関が集まって、この魚を保護し、地域作りにまでつなげる様々な情報を交換しようとするもので当所のベテラン野生生物担当課長がネットワーク作りに取組み、昨年夏に引き続いて2回目になります。
アユモドキはヒゲを生やした愛らしい顔をしていて、前進、後進、急速上昇などヘリコプターのようなおもしろい動き方をするのだそうです。今日はその保護に長く取り組んでこられた京都大学岩田先生はじめ、亀岡市役所の担当者、水生生物センターの研究者などのスライドを拝見しました。
桂川に住むアユモドキの保護を通じて、周辺の農業地域や河川の整備、市民活動などがうまくつながっていき、よりよい地域デザインが生み出されることを願ってやみません。
写真は昨年秋の亀岡市や京都大学岩田先生による桂川調査の時のものです。


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2006年02月26日

宮崎県川南町 河野英樹 6日目

今日は、今から役場で会議の後、昼からは宮崎県庁で打合せと終日デスクにいません。
また夜は、4月からの地区の世話役(役員)選考会(焼酎を飲みながらでしょう)がありますのでまともな書き込みができません。
従いまして本当に簡単ですが、これをもちまして川南からの最後のメッセージとさせていただきます。
本当に1週間ありがとうございました。これからも川南町をよろしくお願いします。
機会がありましたら、ぜひ川南においでください。

追伸
昨日行われました講演会についてひとこと。
先生の話の内容はすごく参考になりました。
横石先生ありがとうございました。


posted by LJ21 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宮崎県川南町 河野秀樹 6日目

今日は、今から役場で会議の後、昼からは宮崎県庁で打合せと終日デスクにいません。
また夜は、4月からの地区の世話役(役員)選考会(焼酎を飲みながらでしょう)がありますのでまともな書き込みができません。
従いまして本当に簡単ですが、これをもちまして川南からの最後のメッセージとさせていただきます。
本当に1週間ありがとうございました。これからも川南町をよろしくお願いします。
機会がありましたら、ぜひ川南においでください。

追伸
昨日行われました講演会についてひとこと。
先生の話の内容はすごく参考になりました。
横石先生ありがとうございました。
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宮崎県川南町 河野秀樹 5日目

今日は、午後から「豚(トン)・珍(チン)・感(カン)トリーかわみなみ合衆国:農業農村活性化フォーラム」が行われる。
川南町認定農業者協議会(会長:日高昭彦氏)が主催して毎年開催されるこの大会は、今回で8回目を数える(よく続くなー)。

BTH2345380_0B.jpg講師は、先日このブログに紹介させていただいた徳島県上勝町鰍「ろどり代表取締役副社長の横石知二さんである。
演題は「人が輝き商品が生きる」
何と素晴らしいタイトル!川南のなかにもそういう人物、商品ができてくるといいなあ。
おっと、午後0時に宮崎空港に到着されるのでそろそろお迎えに上がらなければならない。時間がない!

実は、先週から講演会やイベント、視察研修などがぶっ続きであわただしすぎる。
あさってからは、福岡県宗像市の鐘崎漁協(安永組合長)に研修に行くことになっており(当然、森ち先生にもごあいさつを!)、その準備などバタバタなのである。
安永さーん、森さーん。2月28日(火)はよろしくお願いします。

続きを読む
posted by LJ21 at 10:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宮崎県川南町 河野英樹 5日目

今日は、午後から「豚(トン)・珍(チン)・感(カン)トリーかわみなみ合衆国:農業農村活性化フォーラム」が行われる。
川南町認定農業者協議会(会長:日高昭彦氏)が主催して毎年開催されるこの大会は、今回で8回目を数える(よく続くなー)。
講師は、先日このブログに紹介させていただいた徳島県上勝町鰍「ろどり代表取締役副社長の横石知二さんである。
演題は「人が輝き商品が生きる」
何と素晴らしいタイトル!川南のなかにもそういう人物、商品ができてくるといいなあ。
おっと、午後0時に宮崎空港に到着されるのでそろそろお迎えに上がらなければならない。時間がない!

実は、先週から講演会やイベント、視察研修などがぶっ続きであわただしすぎる。
あさってからは、福岡県宗像市の鐘崎漁協(安永組合長)に研修に行くことになっており(当然、森ち先生にもごあいさつを!)、その準備などバタバタなのである。
安永さーん、森さーん。2月28日(火)はよろしくお願いします。




本町の認定農業者協議会が、川南ではじめて「地元学」に取り組んだ。
そして、今もなお川南に学び続けている。
このメンバーらが今まで調べた結果を以前まとめたものがあったので紹介する。
また、この協議会は、写真のような風景をこれから残していくために表彰制度をつくった。これもあわせて紹介したい。

<これまで調べた農村・漁村川南の結果>
県の中央部に位置する川南町は、東は黒潮あらう日向灘をのぞみ、西は木城町、南は高鍋町、北は日向の歌人「若山牧水」のうたった「尾鈴山」の麗峰を仰ぎ、都農町と境している。町域の大部分は標高50メートル前後の台地で、中央を平田川(へだがわ)が貫流し日向灘にそそぎ、この川の両側に広がる唐瀬原、国光原の両台地は戦後における日本屈指の大開拓地である。

田んぼは少ない。町の北境を流れる名貫川(なぬきがわ)と、町の中央を流れる平田川の川沿いをはじめ、戦後、町外の小丸川(おまるがわ)から引いた幹線水路(昭和26年頃開通)沿いにしか田んぼがない。畑のある風景が川南である。
一方で漁村の風景もある。明治16年頃に、漁業専業者を本格的に「通浜(とおりはま)地区」に移住させようと日向市細島地区から3氏の家族を勧誘したことが今日の川南漁港の基礎をつくった。
このように、川南には「海」、「川」、「大地」、「山」、そして少しばかりの「まち」のくらしがある。
川沿いを中心に古くからある「土着農民」の集落と、明治から終戦後にかけて畑作地域を中心につくられた「外来農・漁民」の集落が混在する町。常に耕し続けてきた町。日本の合衆国「川南」である。


 イメージづくりのためにやっていること(その1)
「子共たちに伝えたい村の風景」表彰制度
(1)審査期間
平成16年9月1日から平成17年8月31日(1年間)
(2)対象
 農山漁村を対象に、自治会など慣例的にまとまった活動をしている集落
 (3)審査基準
@自然素材以外のものが目立たないこと →ケバケバしい建物などがないこと。
A通学路、神社などの清掃を年に3回以上やっていること。
B用水路などの管理をしていること。
C地区の人たちがいっしょに楽しむ行事があること。
D水のゆくえを説明できる人がいること。
E鎮守の森があること。
F地区の景観を守るための約束事があること。
以上、7つの項目のうち、5項目以上やっていて、そのなかに特徴的な活動があること。

☆ 表彰:<平成17年9月、認定農業者協議会総会にて受賞式を行った。>

☆ 効果:表彰されたことで改めて自分たちの地域の良さを再発見するきっかけになった。また、後継者不足や高齢化率の高さが問題となっているこの地域の人々が、住んできたことへの自信を取り戻しつつある。さらに、マスコミに取り上げられたことで、町内外からここに直接訪れたい、などの反響が出てきている。次は、経済につながる仕掛け、仕組みを創っていく。

 イメージづくりのためにやっていること(その2)
ふるさとの川の清掃から・・・(きれいな川はたくさんの人を呼び込むはず、との発想)
この活動は、当研究会メンバーらが「近くの川(黒鯛川)を昔のようにきれいにして子供達に遊ばせよう!いや自ら(平均年齢32.5歳の男達)が遊びたい!!」と本年5月中旬からスタートとさせた活動である。
開始から約5ヵ月が経過。徐々に参加者も増えはじめ周辺住民との協働作業として定着してきている。毎週土曜日の朝6時から約2時間、台風以外は休むことなくやっている。
また、この活動に刺激されて町内の別の川(高森川)でも同様の活動がはじまった。

3 これからの展開(やっていくこと)
・ 荒れた竹林や雑木山の樹木を活用し炭づくりを行っていく。
・ この炭を水質浄化のために各排水溝などに設置する。
・ 炭づくりは、地元の高齢者(その技術や炭窯を持つ人々)、やってみたい人達に依 頼する。
 炭づくり、という昔の産業復活?新たな産業創出?へつなげる。
・ 炭づくりが進むことで荒れている山に人が入り、計画的間伐で美しい里山の風景を 創る。
・ きれいな川をはじめ、里山の風景やその自然を楽しみに外から人が訪れる。生活の 旅=「グリーン・ツーリズム」のはじまりとなる。
・ このような地道ながらも本物の取り組みの中から「自然にやさしい町、きれいな農村 風景の町」というイメージがつくられ物が売れていく。経済もついてくる。そう信じてい ます。
・ 他に、地元企業の皆さんと一体となって川南のイメージをつくりたい。それぞれが持 つ強み、たとえば売り方、買い方、技術などを結集して地域全体で川南を考え、創る 仕組みを構築していきたいと考えています。
 具体的な計画については・・・・・秘密です。






posted by LJ21 at 09:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月25日

宮崎県川南町 河野秀樹 4日目

川南町の中央を流れる「平田川(へだがわ)」支流のひとつ、「黒鯛川(くろたいがわ)」の清掃活動を昨年5月から、職場の同僚である、渡部好文君、甲斐玲君たちとやるようになりました。

毎週土曜日の朝6時から約2時間。
最初はこの3人でやっていたのですが、趣旨や目的(後ほど説明)に賛同した他の役場職員(米田正清くん、谷講平くん)や認定農家(日高昭彦さん、橋口裕二さん)をはじめ、友人や川南ラグビークラブのメンバー、周辺住民の渡辺さん(元郵便局の職員)などと協働して取り組むようになりました。
また、この活動が新聞に紹介されてから、町内に流れる別の川「高森川」でも周辺住民による清掃活動が行われるようになりました。

この清掃活動をやろうとしたきっかけは、地元学の「あるものさがし」をしている中、私たちが子どものころ毎日遊んだこの川で、今の子どもたちがまったく遊んでいなかったことに気づいたことからでした。
なぜなんだろう?とその様子を見に行ったところ、子どもが(人が)寄りつける状態でありませんでした。
雑草や樹木が生い茂っていたことに加え、川の水がお世辞にもきれいだとはいえませんでした。だから自然と、人が川から離れて行ったのではないか・・・?
であれば、再び子どもたちが川に近づける環境を、ここで昔遊んでいたいた先輩(私達)が整えてあげるべきではないか、と考え行動しました。
さらに、多くの住民が川に近づきはじめることで、自分たちが出す生活排水に注意するようになったり、家畜糞尿を適正に処理しないまま川に放流する悪質な畜産農家の行為を撲滅させることができるのではないか、とも考えてのことでした。
これらが少しずつでも改善されていけば、「清らかな川が流れるまち川南」が生まれるのではないでしょうか。
効果は少しずつですが現れてきています。

町内を流れる川がきれいになれば、それだけでも地域のイメージづくり、イメージアップが図られるはずです。清らかな川の水で育つ安心安全な農畜産物の生産をはじめ、「川が育てたおいしい海の水産物」などの山、大地、川、海をつないだ地域全体のブランド化ができてくるのではないか、と信じて私達は川に寄り添い続けています。
今はとても寒いですが。

BTH2342481_0B.jpg写真は、やっている川掃除と関係ありません。
町内の山手にある集落(旭ケ丘)の渡辺さん(みかん生産農家)のお宅です。
山から湧き水を引いてつくった食材などの洗い場です。


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posted by LJ21 at 08:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宮崎県川南町 河野英樹 4日目

川南町の中央を流れる「平田川(へだがわ)」支流のひとつ、「黒鯛川(くろたいがわ)」の清掃活動を昨年5月から、職場の同僚である、渡部好文君、甲斐玲君たちとやるようになりました。
毎週土曜日の朝6時から約2時間。
最初はこの3人でやっていたのですが、趣旨や目的(後ほど説明)に賛同した他の役場職員(米田正清くん、谷講平くん)や認定農家(日高昭彦さん、橋口裕二さん)をはじめ、友人や川南ラグビークラブのメンバー、周辺住民の渡辺さん(元郵便局の職員)などと協働して取り組むようになりました。
また、この活動が新聞に紹介されてから、町内に流れる別の川「高森川」でも周辺住民による清掃活動が行われるようになりました。

この清掃活動をやろうとしたきっかけは、地元学の「あるものさがし」をしている中、私たちが子どものころ毎日遊んだこの川で、今の子どもたちがまったく遊んでいなかったことに気づいたことからでした。
なぜなんだろう?とその様子を見に行ったところ、子どもが(人が)寄りつける状態でありませんでした。
雑草や樹木が生い茂っていたことに加え、川の水がお世辞にもきれいだとはいえませんでした。だから自然と、人が川から離れて行ったのではないか・・・?
であれば、再び子どもたちが川に近づける環境を、ここで昔遊んでいたいた先輩(私達)が整えてあげるべきではないか、と考え行動しました。
さらに、多くの住民が川に近づきはじめることで、自分たちが出す生活排水に注意するようになったり、家畜糞尿を適正に処理しないまま川に放流する悪質な畜産農家の行為を撲滅させることができるのではないか、とも考えてのことでした。
これらが少しずつでも改善されていけば、「清らかな川が流れるまち川南」が生まれるのではないでしょうか。
効果は少しずつですが現れてきています。

町内を流れる川がきれいになれば、それだけでも地域のイメージづくり、イメージアップが図られるはずです。清らかな川の水で育つ安心安全な農畜産物の生産をはじめ、「川が育てたおいしい海の水産物」などの山、大地、川、海をつないだ地域全体のブランド化ができてくるのではないか、と信じて私達は川に寄り添い続けています。
今はとても寒いですが。

写真は、やっている川掃除と関係ありません。
町内の山手にある集落(旭ケ丘)の渡辺さん(みかん生産農家)のお宅です。
山から湧き水を引いてつくった食材などの洗い場です。



「地域のイメージをつくる」ために急がず休まずボチボチのことしかできていません。
が、必ず30年先には「あーー!あの川南!!」と言われるようになります。

由布院でも、黒川温泉の南小国町にしても、大山町や小布施町も、すぐ結果が出たわけじゃありません。
本物のもの、人、をじっくり磨きながらあそこまでなったはずです。
川南の住民が元気に、住んでいることに誇りが持てるように努力します。

写真は川南地元学の第一人者「米田正清」くんです(写真左、右は私の住む集落の村田のおばちゃんです)。

彼は、毎週土曜日の朝8時30分から「商工会青年部の中村昭人くん」と<商店街の地元学>を行っています。
これから川南が熱くなります。要チェック!!



posted by LJ21 at 07:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月24日

宮崎県川南町 河野秀樹 3日目

2006年2月24日(金)午前5時30分から、この「今週の私」を作成し始め、完成まで辿り着いたかと思いきや、全ての文章と写真を誤って消えてしまいました。
しばらく自分のやったことに呆然としておりました・・・。
ようやく立ち直りはじめたので、また頑張ってみます。

写真は、今度の日曜日(2月26日)に本町認定農業者協議会主催によります
「農業・農村活性化フォーラム」の打合せ風景です。
普段では見られない神妙な表情(失礼)で、資料に目を通す、川南町役場農林水産課:横尾剛課長、渡部好文君、甲斐玲君です。(写真、左から)

BTH2340014_1B.jpg今回で8回目を迎えるこのフォーラムは、徳島県上勝町鰍「ろどり代表取締役副社長の横石知二先生をお招きして講演会を開催します。
料理の脇役「つまもの」に着目し、地元に掃いて捨てるほどあった「葉っぱ」を特産品に仕上げ、地域経済と地域住民の元気をつくった仕掛け人の横石先生。
あるもの(葉っぱ)とあるもの(地元のおばちゃん)を組合せ、新しいもの(「つまもの」)をつくった成功事例。
この方から学ぶことで、これからの川南の可能性を探してみたいです。
演題は「人が輝き商品が生きる!」
とても楽しみです。

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posted by LJ21 at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宮崎県川南町 河野英樹 3日目

2006年2月24日(金)午前5時30分から、この「今週の私」を作成し始め、完成まで辿り着いたかと思いきや、全ての文章と写真を誤って消えてしまいました。
しばらく自分のやったことに呆然としておりました・・・。
ようやく立ち直りはじめたので、また頑張ってみます。





写真は、今度の日曜日(2月26日)に本町認定農業者協議会主催によります
「農業・農村活性化フォーラム」の打合せ風景です。
普段では見られない神妙な表情(失礼)で、資料に目を通す、川南町役場農林水産課:横尾剛課長、渡部好文君、甲斐玲君です。(写真、左から)

今回で8回目を迎えるこのフォーラムは、徳島県上勝町鰍「ろどり代表取締役副社長の横石知二先生をお招きして講演会を開催します。
料理の脇役「つまもの」に着目し、地元に掃いて捨てるほどあった「葉っぱ」を特産品に仕上げ、地域経済と地域住民の元気をつくった仕掛け人の横石先生。
あるもの(葉っぱ)とあるもの(地元のおばちゃん)を組合せ、新しいもの(「つまもの」)をつくった成功事例。
この方から学ぶことで、これからの川南の可能性を探してみたいです。
演題は「人が輝き商品が生きる!」
とても楽しみです。





先週の金曜日(2月17日)に、お隣の自治体「都農町(つのちょう)」や「JA尾鈴」と合同で企画した「尾鈴地域農漁村活性化講演会(硬い名前だなあ)」に、「地元学」西の横綱「吉本哲郎」先生をお招きしました。(すいません、今週の私なのに)
「地域内にあるものをつないで、3つの元気、3つの経済をつくる 水俣の事例から」という演題でお話いただきました。
参加者である役場職員や農協職員からは、「いい話しをしてもらった、早速実践してみようや!」と、前向きな意見が出ていました。
が、講演会後の懇親会で焼酎が入ってからの発言のため、どこまで本気なのか怪しいものですが・・・。


吉本先生との出会いは2004年の6月、地元新聞社である「宮崎日日新聞社」主催による講演会で講演をされたことからでした。
このお話に衝撃を受けました。
それからしばらくたった9月に、上司であった三角博志さん(当時、役場企画商工課課長補佐)とともにアポイントもとらずに水俣市役所へ。
お忙しい?ところにも関わらず、また突然の私たちの行動に対しても先生は怒られず、逆に貴重なお話をしてくださいました。
それからこれまで大変お世話になっております。

「調べる、考える、つくる」の繰り返し!頑張ります。



posted by LJ21 at 08:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月23日

宮崎県川南町 河野英樹 2日目

一日目に本町の紹介をすることを忘れていましたので簡単に説明を。
川南町の位置は、宮崎県の東側(太平洋に面している)でちょうど真ん中付近。人口は17,400人程。面積は約90kuと、人口も面積も小さな、小さな自治体です。
なお、詳細は役場HPをご覧ください。本当に簡単すぎた説明でした。すいません。

さて、今日は、仕事で川南町漁業協同組合(年間取り扱い高、約23億円)に向かう途中に、町の中央を流れる「平田川(へだがわ、と呼びます)」の橋の上から身を乗り出す危険な行動をしているおじちゃんを発見したので、注意がてら「何をしてるんですかー?」と声をかけてみました。
このおじちゃんは、近くにある「高森(たかもり)」という集落に住む「瓜生(うりゅう)」さんという方。ではいったい何をしていたのかというと「鯉の引っ掛け釣り」をしておられました。「引っ掛け釣り」とは餌などをつけない釣りのことです。仕掛けは竿とテグスに三本針だけのシンプルかつ原始的な仕掛け。それ(三本針)を鯉など大型の魚が通りそうな所に仕掛け、針の上を魚が通ったら一気に竿を引き上げる、という漁法?で獲物を狙っていた最中のようでした(海釣りではボラなどを釣るときにこの辺ではしています)。
隣でしばらくこの釣りを見ていましたが、水が濁っており魚の姿が見えません・・・。前述のように、魚が針の上を通った(確認した)上で成り立つ釣り方ですので今日はムリそうな雰囲気(私とおじちゃんの二人の間になんともいえない空気が漂いました)。
そんな中おじちゃんから一言、「今日は釣れんじゃろ。いやこれからしばらくは釣れん。田植えのための代かきがはじまりだしたから水の濁りがでてくるとよ。じゃから釣れん」と。
この発言は、九州以外の方ならびっくりしたのではないですか?すごい発言でしょ。もう川南では田植えの準備がはじまっているんですよ。2月22日のことです。
実際、この川の濁りは田んぼから流れてくる土のようでした。
最後に「もし、魚(鯉)が釣れたらどうするの?」と聞いたところ、「自宅の池で養い、客が来たときなどに食べさせる」とのこと。「おれもいつかこの家の客になりたい」などと思いつつおじちゃんとお別れしました。








午後3時20分に目的地の「川南町漁業協同組合」に到着。
ちょうどセリの真っ最中です。ここの市場は夕方3時からセリがはじまります。
なぜこの時間帯にセリが行われるかというと、福岡や関西、関東(ほとんどが築地)で行われるセリに再びかけられるために、間に合うように、と逆算した結果からです。
水揚げされたそのほとんどが町外に出荷される川南の魚たち。大消費地の都会でおいしく食べてもらっているのだろうか?などと考えてしまいますが・・・。
ここの漁協で水揚げされる魚種の数は年間約100種類程。

町内に残った鮮度ビチビチ魚たちは、夕方の町内のスーパーや魚屋に並びます。つまり各家庭の夕食に登場します。
または、居酒屋さんや料理店で獲れたて魚や牡蠣、貝などを川南では存分に味わえることができるのです。
「川南には天然のイケスがある」などと称して自慢する人もいます。まさしくその通りですよ。
このブログをご覧の皆様、ぜひ、川南にいらしてください。きっと「食」することだけは満足していただけるはずです。





セリが行われているすぐ隣で、魚をさばいているおばちゃんをパチリ。
このおばちゃんの魚さばきはとても丁寧で、いつも感動しています。
お名前は一政光江(いちまさみつえ)さんといいます。
昔から原付バイクで町内の各家々を行商される方で、私の実家も私が小さい頃からお世話になっています。
魚の販売を通して、町内に住む「浜の民と丘の民」をつないでくれる大事な仕事をしてくださる光江おばちゃん。
このような、漁協のヨコで魚を加工して売っている女性たちが他に3,4名おられますが、跡を継ぐ後継者がいないのが現実です。
どうすればいいのでしょうか?

いま、このことをも含めて川南の一次産業(農業・漁業)に携わる者たちがこれからどうすれば地域が元気になるのかを考えはじめています。また、違いを認め合い、近づくために、お互いのあるもの(くらし方、つくり方、買い方、売り方)をまず調べ、整理ようと動き始めています。そして、出てきた「あるもの」と「あるもの」を組み合わせて新しいあるものを創っていこうとしています。

素材の宝庫?川南。明日は農業に行ってみましょう。



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2006年02月21日

宮崎県川南町 河野秀樹 2日目

一日目に本町の紹介をすることを忘れていましたので簡単に説明を。
川南町の位置は、宮崎県の東側(太平洋に面している)でちょうど真ん中付近。人口は17,400人程。面積は約90kuと、人口も面積も小さな、小さな自治体です。
なお、詳細は役場HPをご覧ください。本当に簡単すぎた説明でした。すいません。

BTH2337224_0B.jpgさて、今日は、仕事で川南町漁業協同組合(年間取り扱い高、約23億円)に向かう途中に、町の中央を流れる「平田川(へだがわ、と呼びます)」の橋の上から身を乗り出す危険な行動をしているおじちゃんを発見したので、注意がてら「何をしてるんですかー?」と声をかけてみました。

このおじちゃんは、近くにある「高森(たかもり)」という集落に住む「瓜生(うりゅう)」さんという方。ではいったい何をしていたのかというと「鯉の引っ掛け釣り」をしておられました。「引っ掛け釣り」とは餌などをつけない釣りのことです。仕掛けは竿とテグスに三本針だけのシンプルかつ原始的な仕掛け。それ(三本針)を鯉など大型の魚が通りそうな所に仕掛け、針の上を魚が通ったら一気に竿を引き上げる、という漁法?で獲物を狙っていた最中のようでした(海釣りではボラなどを釣るときにこの辺ではしています)。

隣でしばらくこの釣りを見ていましたが、水が濁っており魚の姿が見えません・・・。前述のように、魚が針の上を通った(確認した)上で成り立つ釣り方ですので今日はムリそうな雰囲気(私とおじちゃんの二人の間になんともいえない空気が漂いました)。
そんな中おじちゃんから一言、「今日は釣れんじゃろ。いやこれからしばらくは釣れん。田植えのための代かきがはじまりだしたから水の濁りがでてくるとよ。じゃから釣れん」と。
この発言は、九州以外の方ならびっくりしたのではないですか?すごい発言でしょ。もう川南では田植えの準備がはじまっているんですよ。2月22日のことです。

実際、この川の濁りは田んぼから流れてくる土のようでした。
最後に「もし、魚(鯉)が釣れたらどうするの?」と聞いたところ、「自宅の池で養い、客が来たときなどに食べさせる」とのこと。「おれもいつかこの家の客になりたい」などと思いつつおじちゃんとお別れしました。



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posted by LJ21 at 14:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宮崎県川南町 河野秀樹 1日目

はじめまして。
宮崎県川南町の河野英樹(かわのひでき:写真、表彰状を持っている男)と申します。
「今週の私」を担当することとなり不安な気持ちでいっぱいですが、やったことしか、やろうとすることしか、話せない!と開き直り明るく書いて行きたいと思います。
皆さんどうぞよろしくお願いします

BTH2331693_0B.jpgさて、今週のスタート日曜日(2月19日)に、宮崎県社会人ラグビー7人制大会が開催され、私が代表を務める「川南ラグビークラブ」が2年連続で優勝を果たしましたので、
1日目は、このラグビーの話題からさせていただきます。スポーツネタなのでこのブログで登場することがかなり少ない(いや、全くない)と思いますが、あえてチャレンジさせていただきます。

通常、ラグビーは1チーム15人でするスポーツなのですが、同じ広さのグラウンドを使って7人で行う大会も年に1回あるのです(相当疲れます)。
実は15人制においても、昨年11月に開催された第31回全九州クラブラグビー選手権大会で宮崎県勢としては23年ぶり(23年前もウチのクラブが優勝)の九州制覇を果たすなど、九州ラグビー界では少しは有名なチームなのです(自分で言ってしまった)。
人口18,000人にも満たない小さな自治体「川南町」の中に、九州ナンバーワンの取組、成績、組織が存在することは珍しいのではないかと考えています。

私は、この人相や体格が一見恐そうな若者たちと、30年先の川南町を「地元学とラグビーを通して、強く!賢く!面白く!」しようと本気で頑張っています。
その取組としては、地域に流れる川の清掃や、地元商店街の地元学、各集落のあるもの探し、練習場や試合場でのゴミ拾いやトイレ清掃、通学時の早朝交通安全立ち番指導など、住民の皆さんに喜んでいただける活動をやり続けようと、ぼちぼちながらも進めています。
クラブ運営を、単なる「強さだけの追求」に留まらせないこと、有り余るパワーやエネルギーを地域の活性化につなげる仕組みや活動に整えることで、私たちの存在価値を高めて行きたいとも考えています。
これをきっかけに川南のラグビーもよろしく御指導ください。


川南町には山、川、大地、そして海(漁港)もあります。農業粗生産額では九州で6番目(約188億円:平成15年産)の農業と漁業が盛んな町です。
しかし、問題もあります。よく言われるのが@どこにあるのかよくわからない。A地域のイメージがない。などです。
そんな川南町の現状や魅力(あればの話しですが)、暮らし方など皆さんに知っていただくために少しでもお届けできたら、と考えています。
慣れないこと(ブログへの書き込み)ですが、どうか大きな心でおつき合いください。

posted by LJ21 at 12:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宮崎県川南町 河野英樹 1日目

はじめまして。
宮崎県川南町の河野英樹(かわのひでき:写真、表彰状を持っている男)と申します。
「今週の私」を担当することとなり不安な気持ちでいっぱいですが、やったことしか、やろうとすることしか、話せない!と開き直り明るく書いて行きたいと思います。
皆さんどうぞよろしくお願いします

さて、今週のスタート日曜日(2月19日)に、宮崎県社会人ラグビー7人制大会が開催され、私が代表を務める「川南ラグビークラブ」が2年連続で優勝を果たしましたので、
1日目は、このラグビーの話題からさせていただきます。スポーツネタなのでこのブログで登場することがかなり少ない(いや、全くない)と思いますが、あえてチャレンジさせていただきます。

通常、ラグビーは1チーム15人でするスポーツなのですが、同じ広さのグラウンドを使って7人で行う大会も年に1回あるのです(相当疲れます)。
実は15人制においても、昨年11月に開催された第31回全九州クラブラグビー選手権大会で宮崎県勢としては23年ぶり(23年前もウチのクラブが優勝)の九州制覇を果たすなど、九州ラグビー界では少しは有名なチームなのです(自分で言ってしまった)。
人口18,000人にも満たない小さな自治体「川南町」の中に、九州ナンバーワンの取組、成績、組織が存在することは珍しいのではないかと考えています。

私は、この人相や体格が一見恐そうな若者たちと、30年先の川南町を「地元学とラグビーを通して、強く!賢く!面白く!」しようと本気で頑張っています。
その取組としては、地域に流れる川の清掃や、地元商店街の地元学、各集落のあるもの探し、練習場や試合場でのゴミ拾いやトイレ清掃、通学時の早朝交通安全立ち番指導など、住民の皆さんに喜んでいただける活動をやり続けようと、ぼちぼちながらも進めています。
クラブ運営を、単なる「強さだけの追求」に留まらせないこと、有り余るパワーやエネルギーを地域の活性化につなげる仕組みや活動に整えることで、私たちの存在価値を高めて行きたいとも考えています。
これをきっかけに川南のラグビーもよろしく御指導ください。


川南町には山、川、大地、そして海(漁港)もあります。農業粗生産額では九州で6番目(約188億円:平成15年産)の農業と漁業が盛んな町です。
しかし、問題もあります。よく言われるのが@どこにあるのかよくわからない。A地域のイメージがない。などです。
そんな川南町の現状や魅力(あればの話しですが)、暮らし方など皆さんに知っていただくために少しでもお届けできたら、と考えています。
慣れないこと(ブログへの書き込み)ですが、どうか大きな心でおつき合いください。






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2006年02月20日

鳥取県鳥取市 家中 茂 6日目

19日は那覇で、全国竹富島文化協会の「星砂の島」文化講演会が開催されました。
全国竹富島文化協会は10年前に結成され、竹富島の島民、出身者(郷友会)、これまで調査等で来島した方々などが幅広く参加しています。
年に1回、那覇と竹富島で講演会やシンポジウムを開催し、島の歴史や文化を学ぶとともに、これからの島のあり方について考える場となっています。また、機関誌『星砂の島』を発行し、重要無形民俗文化財の種子取祭で演じられる芸能の台本も編集、出版しています。




この数年は、テーマとして「衣」「食」「住」を順に取りあげ、昨年は「うつぐみと町並み」というテーマで、私も講演することになりました。「うつぐみ」というのは竹富でよくつかわれる言葉で、一致協力するという意味で、「結い」などと近いですが、島独特の意味合いもあるようです。何ごとにつけても「うつぐみの心で」といわれます。
今年のテーマは「伝統文化と経済」。よく、文化と経済は別物として、ときに対立するものとして語られる場合が多いですが、しかし、文化こそが経済を創り出すのであるし、また、経済を抜きにして、とくに民衆芸能や文化は成り立たないということを考えようという話題設定です。




19日の那覇の講演会では、種子取祭において重要な役割を担う家の方が「世襲制」ということについて、また、竹富島憲章及び町並み選定20周年を記念して、その意義について話がありました。会場には80名ほどの島出身の方が集まられ、熱心に聴いていました。

竹富では、3月4日に鳥越皓之さんが「島立てと世渡り」というタイトルで講演されます。その講演要旨を、できれば全文掲載したいくらいなのですが、ご紹介できないのが残念です。私は、鳥越皓之さんから、生活論について、環境社会学でいうと「生活環境主義」について学びました。




1987年から2年間、石垣島で家族で暮らしたときに見聞きした、島の寄り合いで語られていたことがらについて表現するのにどうすればよいのかわからずにいたときに、鳥越さんの「所有論から環境権へのアプローチ」という論文を読んでびっくりしました。率直に言って、アカデミズムの人がなぜ、これほどに深いところで人々の思いを把握することができるのか、しかも、論文という形式で表現できるのか、ということに驚かされたのです。
聞けば、日本には村落社会研究という独自の学問の形成があり、それは、さかのぼれば、民俗学(新国学と称していた)、国学、そして歌論にまでたどることができるというのです。

それまで、私は、水俣の一人芝居、砂田明さんの勧進公演のお手伝いで旅をしてきていたのですが、石牟礼道子さんの『苦海浄土』を原作とした、その現代夢幻能『天の魚』で生み出される演劇空間のありようや、あるいは、宮本常一の『忘れられた日本人』に出てくる「対馬にて」の村の寄り合いにながれている時間のありようをつかみとる学問の系譜が日本にはあることを知りました。
「住民に信を置く」という立場をとる、実践の学の系譜です。


那覇のお気に入りのカフェです。


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鳥取県鳥取市 家中 茂 5日目

渡嘉敷島からです。
今日2月18日は、渡嘉敷、座間味、阿嘉・慶留間の3つのダイビング協会が一堂に会し、「慶良間海域保全連合会」設立へむけて準備会を立ち上げた歴史的な日となりました。これから3月のうちに、座間味島、阿嘉島と会合を重ねていきます。

慶良間の海は、前にもお話しましたように、沖縄島周辺のサンゴ礁が再生するには不可欠なところです。慶良間のサンゴが産卵し、それが潮に運ばれ、沖縄島周辺へとたどりつきます。

とくに座間味のダイビング業者の活動が注目されるのは、漁協と協力し、自主的にルールを定めて、サンゴ礁のオーバーユースを回避しようとしてきたことです。最重要ポイントを定めて、サンゴを食べるオニヒトデ駆除にも取り組んできました。ラムサール条約登録も、このような活動が評価されてのことだといえます。





しかしながら、現在、いちばん大きな問題となっているのは、沖縄島側のダイビング業者が慶良間海域にやってくることです。
慶良間のサンゴ礁をつかう沖縄島側の業者は160ほどといわれています。座間味と渡嘉敷の業者だけでも50を超えるのに、さらに沖縄島側の業者を加えればどうなるでしょうか。
かろうじて座間味のダイビング業者の保全活動によって維持されている慶良間のサンゴ礁はオーバーユースのために、もたないということになります。あるいは、ダイビングの安売り競争によって座間味のダイビング業者が廃業に追い込まれたとしたら、オニヒトデを駆除する者がいなくなってしまうのです。




サンゴ礁という(観光)資源を、どうやって公平に分配するとか、そのための合意形成をいかにするか、という議論が一方にあります。しかし、その前に、そもそも沖縄島周辺のサンゴ礁が壊滅状態で再生もできない状態に陥ってしまっている、ということ自体が大きな問題でしょう。
このような状態を放置したままで、入込客数だけを増やそうとする沖縄県の観光政策がはたして妥当なのかということが問われているといえます。今回の「慶良間海域保全連合会」設立の動きも、そのような問題提起として受けとめるべきでしょう。



渡嘉敷は初めてでした。
そこで、会合の翌日の朝、船の出るまでの間、渡嘉敷の集落のなかを歩きました。
最近通っている座間味とはずいぶんと印象が違います。島はたとえ近いところにあっても、それぞれに固有な空間があるのですね。

琉球王国時代の船頭の屋敷跡の石垣が残っています。精巧な石積みです。もちろんサンゴです。


集落のうしろに出ると、水田が拡がっていました。もう田植えが済んでいました。
それから、田芋も。


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鳥取県鳥取市 家中茂 6日目

BTH2329508_0B.jpg19日は那覇で、全国竹富島文化協会の「星砂の島」文化講演会が開催されました。
全国竹富島文化協会は10年前に結成され、竹富島の島民、出身者(郷友会)、これまで調査等で来島した方々などが幅広く参加しています。
年に1回、那覇と竹富島で講演会やシンポジウムを開催し、島の歴史や文化を学ぶとともに、これからの島のあり方について考える場となっています。また、機関誌『星砂の島』を発行し、重要無形民俗文化財の種子取祭で演じられる芸能の台本も編集、出版しています。

この数年は、テーマとして「衣」「食」「住」を順に取りあげ、昨年は「うつぐみと町並み」というテーマで、私も講演することになりました。「うつぐみ」というのは竹富でよくつかわれる言葉で、一致協力するという意味で、「結い」などと近いですが、島独特の意味合いもあるようです。何ごとにつけても「うつぐみの心で」といわれます。

BTH2329508_1B.jpg今年のテーマは「伝統文化と経済」。よく、文化と経済は別物として、ときに対立するものとして語られる場合が多いですが、しかし、文化こそが経済を創り出すのであるし、また、経済を抜きにして、とくに民衆芸能や文化は成り立たないということを考えようという話題設定です。


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2006年02月19日

鳥取県鳥取市 家中茂 5日目

BTH2329226_0B.jpg渡嘉敷島からです。
今日2月18日は、渡嘉敷、座間味、阿嘉・慶留間の3つのダイビング協会が一堂に会し、「慶良間海域保全連合会」設立へむけて準備会を立ち上げた歴史的な日となりました。これから3月のうちに、座間味島、阿嘉島と会合を重ねていきます。

慶良間の海は、前にもお話しましたように、沖縄島周辺のサンゴ礁が再生するには不可欠なところです。慶良間のサンゴが産卵し、それが潮に運ばれ、沖縄島周辺へとたどりつきます。

とくに座間味のダイビング業者の活動が注目されるのは、漁協と協力し、自主的にルールを定めて、サンゴ礁のオーバーユースを回避しようとしてきたことです。最重要ポイントを定めて、サンゴを食べるオニヒトデ駆除にも取り組んできました。ラムサール条約登録も、このような活動が評価されてのことだといえます。

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2006年02月17日

鳥取県鳥取市 家中 茂 4日目

閑話休題

鳥取には、いままで見慣れなかった魚など市場に並んでます(もちろん、鳥取の方には見慣れた魚ですよね)。
昨日の地産地消の勢いでちょっとご紹介。


賀露という港に、‘かろいち’というマーケットができています。そこで見かけた、山陰ならではの海の幸の紹介。
‘ばば’とは‘どぎ’とか、耳慣れぬ見慣れぬ魚が並びます。有明海も特有の魚がいますよね、‘わらすぼ’とか。もちろん、‘あげまき’‘うみたけ’そし‘むつごろう’。‘えつ’なんていうのも、なかなか粋な食べ方をするものです。関西では、瀬戸内海の魚が来るものだから、色彩豊かな‘ベラ’の仲間が三宮あたりの店には並んでいます。‘はも’なんて食すのは京都ぐらいでしょう。あれを料理に仕立てるのも文化かかな。



というわけで、鳥取に来て初めて見るものも多いし、これまで滅多にみないものが市場に並んでいます。春には‘貽貝(いがい)’、これの小さいのは吸い物の出汁として絶品ですが、大きいものは、蒸してムシャムシャ食べると最高。ムール貝です。

夏には、岩牡蠣。いまでは夏に出回る牡蠣として、鮨屋などで馴染みになっているかもしれません。この夏、この海のミルクというのをたくさんいただきました。ワカメなども、みなさん海辺によって自分で拾って来るみたいです。水雲も(‘もずく’と読みます)天然物が好まれています(ちなみに、いま日本中に出回っているもずくの9割以上が沖縄の養殖だそうで、みなさん、沖縄の海人を支えるためによろしくお願いしますね)。

鰈(かれい)も季節によって違うものがでてきますし、つくづくと海のなかにも四季があるのだと実感いたします。‘はたはた’や‘ばい貝’も落としてはならぬものですね。



今日は午後から雪になりました。数日前、ご紹介した湖山池には青い空が拡がっていたのですが、今日は雪。どんよりと曇った空も、墨絵ふうで趣があります。‘白兎海岸’をご紹介します。そう、あの‘因幡の白ウサギ’の白兎です。




松葉ガニやモサ海老(この‘モサ海老’というのも、こちらに来て初めて食しますが、甘海老よりもずっと美味です。見た目はその名の通り‘猛者’なのですが)などを底引きで捕ります。この底引きの海域が、島根県で話題になった‘竹島’周辺の水深300mあたりのところのようです(賀露の‘カニッコ館’の資料にはそう示してありました)。

松葉ガニの雌は、シーズンに100円〜300円で出ています。とても美味しいのですが、その時期に、同じカニの雄の松葉ガニは、1万数千円〜2万円。それから、松葉ガニが脱皮したばかりだという若松葉は、1千数百円の値段で動いています。この辺の資源管理や市場の値段設定はどういうバランスになっているのでしょう。結構うまくいってるのかな。美味しいモサ海老がみんな子持ち(緑の卵を抱えている)なのも気にしつつ、刺身でも焼いても吸い物でも美味しい海老です。

というわけで、今日は閑話休題。明日の夜は、渡嘉敷島で、ダイビング協議会の人たちと‘合宿’です。


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鳥取県鳥取市 家中茂 4日目

閑話休題

BTH2321659_0B.jpg鳥取には、いままで見慣れなかった魚など市場に並んでます(もちろん、鳥取の方には見慣れた魚ですよね)。
昨日の地産地消の勢いでちょっとご紹介。

BTH2321659_1B.jpg賀露という港に、‘かろいち’というマーケットができています。そこで見かけた、山陰ならではの海の幸の紹介。
‘ばば’とは‘どぎ’とか、耳慣れぬ見慣れぬ魚が並びます。有明海も特有の魚がいますよね、‘わらすぼ’とか。もちろん、‘あげまき’‘うみたけ’そし‘むつごろう’。‘えつ’なんていうのも、なかなか粋な食べ方をするものです。関西では、瀬戸内海の魚が来るものだから、色彩豊かな‘ベラ’の仲間が三宮あたりの店には並んでいます。‘はも’なんて食すのは京都ぐらいでしょう。あれを料理に仕立てるのも文化かかな。

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鳥取県鳥取市 家中 茂 3日目

今日は午後から、鳥取県主催で「地産地消フォーラム−これからの直売所に何が求められるか」がありました。岡山県美星町の「星の郷青空市」の張谷和弘さんが基調講演をされ、そのあと、「鹿野おもしろ市場」の原田伸幸さんらによるパネルディスカッションがもたれました。会場にはJA関連の直売所にかかわる女性たちの姿も多くみられました。

鹿野のおもしろ市は平成元年の設立で、すでに17年が経ち、当時働き盛りの人たちも高齢化している。この人たちの智恵や経験をいかすような取り組みができないだろうか、という問題提起がなされていました。平成なんてつい最近に入ったとばかり思っているうちにもう17年も経っているのですよね。20年振りだねと、このところよく人に会うようにもなりました。

有機農産物流通や産直運動、直売ふれあい市など、大きな社会変化のなかでどのような位置づけの変化が起きているのでしょう。張谷さんも、19年間やってきて、年間40万人の人が訪れるようになったが、近年は売上が横ばいで、青空市の登録料や手数料の見直しなど、大きな転換点を迎えていると話されていました。



来週の木曜日は、ローカルジャンクション21の朝田くに子さんを鳥取にお招きします。トットリ・アフトビア協会主催の食育フォーラムで「風土とFOODが出会うとき−食がつなげる人と地域」というお話をしていただきます。鳥取市の農業振興課からグリーンツーリズムの取り組みの相談があったのがきっかけでした。グリーンツーリズムというのもよくわからない言葉ですが、農村らしいライフスタイルを創り出すこと、たんに食料生産の場所として農村を位置づけるのではなくて、人々の暮らす場所としてとらえたときに見えてくることなどを大切にして、ゆっくり考えていけばよいのではないかと思います。

そこで、朝田さんに来ていただいて、食からつながる人々の輪というようなテーマのお話をしていただこうを思いました。どうしても経済のことがあるから、次のこと次のことを考えなくてはいけないのですが、それでも、いまの時がいまであることをもっと大切にすること、このときを十全に楽しむことによって世界が拡がるというような時の流れを知っていること、そういうことがこれからもっと大切になってくるのでしょう。物を知らない者の発想かもしれませんが、命につながること、食につながることはきっとそういう側面を抜きには語れぬところがあるのでしょう。

話は飛びますが、鳥取は民芸の町でもあります。鳥取駅から歩いてすぐのところに、吉田章也の始めた鳥取民芸美術館があり、その横に、たくみ民芸店、たくみ割烹と軒を並べています。


ウィンドウの左にあるのは、青谷の山根窯の焼き物、右の方が沖縄の読谷のやちむんです。沖縄にいるときには日常の食器はずいぶん、やちむんで揃えましたが、こちらに来てからは、この山根窯にひかれて、工房にもお訪ねしたりします。朝田さんも今度ご案内いたしましょう。生活の質を楽しむ、大切にする暮らしの伝統というものが、この山陰の地にはあるように思えます。


ところで、大学はそろそろ卒業シーズン。昨日は、地域学部の前身の教育地域科学部政策課程の卒論発表会がありました。中心市街地活性化、景観保全、観光まちづくりなどに関するテーマも多く、学生たちが熱心に報告していました。春にはフレッシュな門出です。声援をおくりましょう。


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2006年02月16日

鳥取県鳥取市 家中茂 3日目

BTH2319399_0B.jpg今日は午後から、鳥取県主催で「地産地消フォーラム−これからの直売所に何が求められるか」がありました。岡山県美星町の「星の郷青空市」の張谷和弘さんが基調講演をされ、そのあと、「鹿野おもしろ市場」の原田伸幸さんらによるパネルディスカッションがもたれました。会場にはJA関連の直売所にかかわる女性たちの姿も多くみられました。

鹿野のおもしろ市は平成元年の設立で、すでに17年が経ち、当時働き盛りの人たちも高齢化している。この人たちの智恵や経験をいかすような取り組みができないだろうか、という問題提起がなされていました。平成なんてつい最近に入ったとばかり思っているうちにもう17年も経っているのですよね。20年振りだねと、このところよく人に会うようにもなりました。

有機農産物流通や産直運動、直売ふれあい市など、大きな社会変化のなかでどのような位置づけの変化が起きているのでしょう。張谷さんも、19年間やってきて、年間40万人の人が訪れるようになったが、近年は売上が横ばいで、青空市の登録料や手数料の見直しなど、大きな転換点を迎えていると話されていました。


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2006年02月15日

鳥取県鳥取市 家中茂 2日目

BTH2316038_0B.jpg鳥取へ来る前、沖縄では、島々の自然と人の暮らしのありようをテーマに訪ね歩いていました。4年間、那覇にいたあいだに通ったのは主に竹富島です。赤瓦の屋根と白砂の道で知られ、年間30万人が観光に訪れる島ですが、その町並みの美しさは、祭祀を維持するために島に住み続けようしてきた人々の日常の暮らしが(つまりは願いが)集積して形をなしたものであることを知りました。それから、ダイビングで有名な座間味(慶良間)にも。先々週の1月30日は旧暦の正月で、この座間味を訪ねていました。


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鳥取県鳥取市 家中 茂 2日目

鳥取へ来る前、沖縄では、島々の自然と人の暮らしのありようをテーマに訪ね歩いていました。4年間、那覇にいたあいだに通ったのは主に竹富島です。赤瓦の屋根と白砂の道で知られ、年間30万人が観光に訪れる島ですが、その町並みの美しさは、祭祀を維持するために島に住み続けようしてきた人々の日常の暮らしが(つまりは願いが)集積して形をなしたものであることを知りました。それから、ダイビングで有名な座間味(慶良間)にも。先々週の1月30日は旧暦の正月で、この座間味を訪ねていました。




旧暦正月2日には、漁民が「初おこし(ハチオコシ)」の祝いをします。1年の航海の安全と豊漁を祈願してのことでしょう。昼過ぎに漁協組合の人々が集まって、新年の挨拶をし、やがて漁船のうえでも祈願をしたり、漁民の家々を訪ねまわります。といっても、現在、漁業を専らにしているのは、この座間味のなかでも阿嘉島に2名ほどしかいません。いまサンゴ礁の海に多く出ているのは、ダイビングショップを営んでいる人たちです。


この座間味で、人々とサンゴ礁の海とのかかわりは、時代に応じて変遷してきました。琉球王国時代は、中国との貿易の進貢船の船頭として活躍しました。その傍らに私貿易もしたのでしょう、財を築きあげた面影は、慶留間島の高良家住宅にみることができます。ただし、多くの家屋は沖縄戦のなかで灰燼に帰し、また、本土復帰後の生活の変化のなかで、台風に強いコンクリート家屋とブロック塀に変わりました。


明治に入ってからは、慶良間節の名で知られる、カツオ漁と鰹節産業の地として栄えました。座間味は沖縄の鰹節の発祥の地でもあるのです。しかしまた、戦後の社会変化のなかで鰹節産業が衰え、いよいよ島に何の仕事もなくなったときに、1980年代からダイビングという新たな産業がやってきたのです。

こうして、島を取り巻く社会条件の変化のなかで、同じサンゴ礁でありながら、その資源としての意味あいが変わってきます。かつては、カツオ漁につかう生き餌の小魚たちの棲息場所が、いまはダイビングスポットとして案内されることになります。

沖縄の漁民(海人ウミンチュ)の追い込み漁業(潜水漁業)を支えた身体技術が、ダイビングインストラクターの才能として開花したのです。このように時代に応じて位置づけが変わるサンゴ礁資源ですが、一方、その海に対する感謝の念や海に生きる民としての誇りは現代においても再確認され、生き続けているということができます。


昨年末ラムサール条約に登録された、この座間味(渡嘉敷とあわせて慶良間海域)のサンゴ礁には特別な意味があります。1972年の「本土復帰」以降、開発が進展するなかで、埋立や護岸工事、赤土流出、オニヒトデ大発生、海水温暖化による白化現象などによって、沖縄のサンゴ礁は瀕死の状態に陥っています。そのような沖縄沿岸のサンゴ礁が再生するには、健全な海域のサンゴが産卵し、それが潮にのって寄り来たって着床し、芽生え育たなければなりません。このサンゴの卵の供給ができる唯一残されたサンゴ礁こそ、慶良間海域のサンゴ礁なのです。

ところが、ここも慢性化したオニヒトデの大発生によっていつ全滅してもおかしくない状態です。ここが全滅したら、あとは八重山など他のサンゴ礁域からもってくる他はありません。このような状況のなか、座間味のダイビング業者の人たちは、オニヒトデ駆除の活動を毎日のようにおこなっています。

自然を守るということは同時に自分たちの生活を守るということでもあって、そこには建前と本音の使い分けはありません。サンゴ礁の海を持続的に利用するために、海を閉じたり(保護区の設定)、アンカーを投げずにブイに係留したり、潜ったりなど、自主的にルールをつくって自らに規制を課しています。そのことが、いまのこの島の人々の海への感謝と自らの誇りの姿なのです。サンゴに生かされ、サンゴを生かす、未来を展望する生き方の源基があるように思われます。



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2006年02月14日

鳥取県鳥取市 家中 茂 1日目

はじめまして、家中と申します。去年の4月から鳥取に来ています。昨年度、鳥取大 学にあらたに地域学部が創設され、そこで住民組織やNPOについて担当することになりました。学部創設2年目からの赴任です。

去年の3月までは、沖縄にいました。那覇にある沖縄大学の地域研究所というところです。専攻は、村落社会学、環境社会学で、政策を考えるう えで、生活の立場から住民の創意工夫に着目する、ということをしています。生まれは東京 です。

私のいま住んでいるのは、鳥取大学から徒歩でも15分ほどの教員宿舎ですが、そこから、湖山池という湖が見えます。池という名前のついた湖としては日本でいちばん大きいと か。池と湖の違いはないそうで、もし仮に、琵琶湖が琵琶池という名であれば、それがいち ばん大きな池ということになります。



元々はこのあたりいったい砂丘地帯で、かつては「嫁殺し」といわれるほど水を畑に運ぶのに苦労をしたそうです。現在ではすっかり耕地化され て、その面影はないようにみえますが、しかし、自給用の野菜をこしらえていても、その周 囲に麦を植え、風除け、砂除けとしているのに気づきます。麦の穂を刈った後にも、茎を野菜の周囲に残してあったりします。

水の面を眺めているのはなんとも心和むものです。四季の移ろいがよくわかります。 この湖山池はなかなか風情があると思って見ています。朝、よく舟が出ています。どうみてもレジャー用の舟ではないようで、きっと湖の魚か海老を捕っているのでしょう。

鳥取の飲 み屋さんに行くと「湖山海老」というのがでてきます。かき揚げふうにしてとても美味し い。手長海老もいるそうです。湖の南側には吉岡温泉があり、そこで冬の間だけ鯰料理が食べ られるそうです。3年ほど前、琵琶湖の菅浦で鯰料理をいただきました。刺身、蒲焼き、鍋 等々。

目の前のこの湖から捕れた鯰の味をみるのを楽しみにしています。他にも、いまでは あまり市場には出回らないらしい、シラウオやシジミも捕れるそうです。今日は満月かな。 月影が輝く湖も素敵です。夏には、午前中、大学生の操るヨットが湖面に拡がっている時もあります。



そうそう、冬のいちばん寒い、大寒の日の前後に、鮒を捕ります。「いしがま 漁」といって、この湖にしかない珍しい漁で、3メートルほどの水深のところに湖底から石を 積み、寒いときにその石積みのなかの穴に鮒が集まる習性を利用した漁です。

今年は、1月21日。ちょうど車で湖岸を回り、三津という集落のところに来たところ、舟から鮒を揚げる人たちに出会いました。これが、「いしがま漁」だ!と思いました。

先週の土曜日に、鳥取市の委託研究の発表会があり、そのなかで、小学生たちが「いしがま漁」体験を発表してくれました。その舟の手配を手伝うなど、地域学部の霜田稔さんの研究室では、学生や地域の人たちが出入りして、この湖山池の自然再生に取り組んでいます。



今日は、午後から大学で、鳥取県庁の企画部と地域学部教員との意見交換会がありま した。10いくつかの政策課題をとりあげて、互いに議論を出し合あうというものです。

鳥取県は、片山県知事という改革派の知事がいて、いろいろと活発に活動しています。昨年も、 文化経済学会、鳥取自立塾、自治体学会、地域学会、学びぴあ、など、いろいろな企画がありました。そこで、片山知事の話を聞く機会が何度もあったのですが、なかなか明瞭な論理立てで、地方分権、地方自治を語っており、ずいぶん感心しました。

鳥取県全体で60万人。 鳥取市は合併して20万人。人口は少ないですが、それだけに、いくつか動きがあるとそれが連鎖していく可能性があるかもしれません。こういう地方行政上の改革が一方にあって、鳥取大学も、教育学部をすっかりと改組転換して、地域学部を創ったといえます。地域政策学科、地域教育学科、地域文化学科、地域環境学科で構成されています。高い建物がなく、落 ち着いたキャンパスです。キャンパスのなかに前方後円墳があるなんていうのもおつなもの ですね
季節がよいときは、学生が毎晩、芝生でバーベキューなどしています。


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2006年02月13日

鳥取県鳥取市 家中茂 1日目

はじめまして、家中と申します。去年の4月から鳥取に来ています。昨年度、鳥取大学にあらたに地域学部が創設され、そこで住民組織やNPOについて担当することになりました。学部創設2年目からの赴任です。

去年の3月までは、沖縄にいました。那覇にある沖縄大学の地域研究所というところです。専攻は、村落社会学、環境社会学で、政策を考えるう えで、生活の立場から住民の創意工夫に着目する、ということをしています。生まれは東京です。

BTH2312717_0B.jpg私のいま住んでいるのは、鳥取大学から徒歩でも15分ほどの教員宿舎ですが、そこから、湖山池という湖が見えます。池という名前のついた湖としては日本でいちばん大きいと か。池と湖の違いはないそうで、もし仮に、琵琶湖が琵琶池という名であれば、それがいち ばん大きな池ということになります。

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2006年02月12日

埼玉県羽生市(加須市) 雨読晴耕村舎(糧工房) 後藤雅浩 6日目

最後までコメントありがとうございました。

(新規なかたちで原点がえりしながら農業に
 次の方向性を模索しようと・・・)
 どこキンさんより
http://www.docodemokitchen.jp/


個人の生活レベルでも社会的なレベルでも
農業など第1次産業と呼ばれるものに次の時代
の方向の鍵を見るのです。
社会的レベルについて言うと都市に集中した
人口を分散させていくことが環境をはじめとする
諸問題を解決するための前提になるんでないか
と考えています。分散させることのメリットを
より大きくするのに農業などのもつ知恵は
大きく働きます。







「田園型社会への移行」ということが
環境をはじめとする社会問題解決の前提に
あるように考えています。
今、この北埼玉の地ではどのような生活が
できるのかを探っています。
なにか子供たちに元気を与えることができ
るようなライフスタイルや社会をめざしてゆ
きたいものです。

それではまたどこかでお会いできることを!


posted by LJ21 at 06:09| Comment(4) | TrackBack(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

埼玉県羽生市 雨読晴耕村舎(糧工房)6日

最後までコメントありがとうございました。

新規なかたちで原点がえりしながら農業に次の方向性を模索しようと・・・
どこキンさんより
http://www.docodemokitchen.jp/

BTH2304792_0B.jpg個人の生活レベルでも社会的なレベルでも農業など第1次産業と呼ばれるものに次の時代の方向の鍵を見るのです。
社会的レベルについて言うと都市に集中した人口を分散させていくことが環境をはじめとする諸問題を解決するための前提になるんでないかと考えています。分散させることのメリットをより大きくするのに農業などのもつ知恵は大きく働きます。

BTH2304792_1B.jpg「田園型社会への移行」ということが環境をはじめとする社会問題解決の前提にあるように考えています。
今、この北埼玉の地ではどのような生活ができるのかを探っています。
なにか子供たちに元気を与えることができるようなライフスタイルや社会をめざしてゆきたいものです。

それではまたどこかでお会いできることを!

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2006年02月11日

埼玉県羽生市(加須市) 雨読晴耕村舎(糧工房) 後藤雅浩 5日目

今日はにんにく畑の草削りや母屋と離れの
間に3坪の寝室小屋をつくる段取りに。
アメリカから来られたマイク・チェン博士の弾
くピアノを聴きながらの作業。


今日もコメントありがとうございます。

(やぎのユキちゃんの現在) 園児さんより

餌の関係や管理の関係もあり現在、彼女は
雨読晴耕村舎の敷地におります。
糧工房の敷地に彼女とその子供達用の囲
いと小屋ができたらまた移そうと思います。
糧工房の敷地は畑、果樹、作業小屋など
春から総合的につくってゆきます。
堆肥づくりや土作り、無農薬栽培や畑管理
など関心のある方が参加できるようにする
のもいいかな、と考えています。興味がある
ようでしたら連絡先を書いて下記まで
糧工房FAX0480−68−5892


また「都会での小さな食べられる庭づくり」
についてのミニレクチャーをやる予定が
あります。(入場無料ですがスペースが
小さいので10人くらいまでです。)

日時 2/21 pm7:00〜pm8:00くらいまで
場所 埼玉・住まいの会 事務所
 さいたま市大宮区桜木町1−1−11
 棚沢ビルペントハウス
問い合わせ 平日 午後1時〜5時
 telfax 048−657−0144
 或いは048−565−4364(後藤まで)




パネラー 
 橋本健一(小さな食べられる庭実践者)
後藤雅浩(雨読晴耕村舎)
右の写真は橋本邸庭でのトマト収穫風景

内容 ・小さな庭を「食べられる庭」にするには
 ・土作り 
 ・家庭の生ゴミなどの堆肥化、雨水利用
 ・間作、混作、連作障害回避、立体的な庭利用
 などなど



posted by LJ21 at 09:53| Comment(1) | TrackBack(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

埼玉県羽生市 雨読晴耕村舎(糧工房)5日

BTH2302069_0B.jpg BTH2302069_1B.jpg

今日はにんにく畑の草削りや母屋と離れの間に3坪の寝室小屋をつくる段取りに。
アメリカから来られたマイク・チェン博士の弾くピアノを聴きながらの作業。

今日もコメントありがとうございます。

やぎのユキちゃんの現在
園児さんより

餌の関係や管理の関係もあり現在、彼女は雨読晴耕村舎の敷地におります。
糧工房の敷地に彼女とその子供達用の囲いと小屋ができたらまた移そうと思います。
糧工房の敷地は畑、果樹、作業小屋など春から総合的につくってゆきます。
堆肥づくりや土作り、無農薬栽培や畑管理など関心のある方が参加できるようにするのもいいかな、と考えています。興味があるようでしたら連絡先を書いて下記まで
糧工房FAX0480−68−5892

また「都会での小さな食べられる庭づくり」についてのミニレクチャーをやる予定があります。(入場無料ですがスペースが小さいので10人くらいまでです。)

日時 2/21 pm7:00〜pm8:00くらいまで
場所 埼玉・住まいの会 事務所
 さいたま市大宮区桜木町1−1−11
 棚沢ビルペントハウス
問い合わせ 平日 午後1時〜5時
 telfax 048−657−0144
 或いは048−565−4364(後藤まで)

パネラー 
 橋本健一(小さな食べられる庭実践者)
後藤雅浩(雨読晴耕村舎)
右の写真は橋本邸庭でのトマト収穫風景

BTH2302069_3B.jpg内容 ・小さな庭を「食べられる庭」にするには
 ・土作り 
 ・家庭の生ゴミなどの堆肥化、雨水利用
 ・間作、混作、連作障害回避、立体的な庭利用
 などなど


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2006年02月10日

埼玉県羽生市(加須市) 雨読晴耕村舎(糧工房) 後藤雅浩 4日目

今日も建築の現場に行ったり、”糧工房お菓子
研究会”でライ麦クッキーを焼いたり、動物達の
世話をしたり、お客さんを迎えたり・・・という一日

右の写真はやぎのユキちゃんの食事風景です。
敷地に自生する樫や楠、竹、シュロなどの常緑
樹を枝おろししたらその葉っぱは彼女に平らげて
もらいます。残った枝は釜戸の焚きつけに使い
ます。お腹には5月出産予定のベイビーが。



今日もコメントありがとうございます。

(糧工房の設計コンセプト・工夫している点)
伊豆の先っぽさんより

なんか「ゆるーい」感じにすることがコンセプトでしょうか
太陽光線利用も人工の”ソーラーパネル”みたいな高
価なものを使わずにつる性のニガウリやらひょうたんや
朝顔なんかの植物”ソーラーパネル?”を使いました。
またこのあたりは湿地帯なので屋根裏に乾燥室を設け
ました。普通、日本のような気候でトップライトを使うの
は問題があるのですが乾燥室(兼断熱空間)と割り切
ると利用できることを発見いたしました。




(レンゲ昭和30年代の28.8%)
LJ21あさださんより

さっそく日本養蜂はちみつ協会のHPを
チェックしてしまいました。
http://bee.lin.go.jp/new/info_list.html
日本の養蜂の歴史など面白いですね。
それにしてもまだ28.8%も残っている、
ことでも驚いています。伊豆の先っぽさ
んのところのようなまちぐるみの取り組
みがなされているところがあるからなん
かな、と思った次第です。

(右の写真は「ゆるーい」お店に近所の
おばちゃんたちがパンを買いに来てく
ださっている去年の夏の風景)



(チャレンジ!)
ゆうちゃんより

今日はお菓子研究会でジンジャークッキー
を6種類レシピを変えて焼いてみました。
地元のお菓子づくり愛好家の御婦人達と
その先生もおみえになりあーでもないこー
でもないとワイワイやりました。ひとつの
商品をみんなでつくりあげる・・・・・・
これもチャレンジなんでしょうね!


posted by LJ21 at 02:27| Comment(1) | TrackBack(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

埼玉県羽生市 雨読晴耕村舎(糧工房)4日

今日も建築の現場に行ったり、”糧工房お菓子研究会”でライ麦クッキーを焼いたり、動物達の世話をしたり、お客さんを迎えたり・・・という一日

BTH2299112_0B.jpg左の写真はやぎのユキちゃんの食事風景です。敷地に自生する樫や楠、竹、シュロなどの常緑樹を枝おろししたらその葉っぱは彼女に平らげてもらいます。残った枝は釜戸の焚きつけに使います。お腹には5月出産予定のベイビーが。

今日もコメントありがとうございます。

糧工房の設計コンセプト・工夫している点
伊豆の先っぽさんより

BTH2299112_1B.jpgなんか「ゆるーい」感じにすることがコンセプトでしょうか
太陽光線利用も人工の”ソーラーパネル”みたいな高価なものを使わずにつる性のニガウリやらひょうたんや朝顔なんかの植物”ソーラーパネル?”を使いました。
またこのあたりは湿地帯なので屋根裏に乾燥室を設けました。普通、日本のような気候でトップライトを使うのは問題があるのですが乾燥室(兼断熱空間)と割り切ると利用できることを発見いたしました。


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タグ:羽生市
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2006年02月09日

埼玉県羽生市(加須市) 雨読晴耕村舎(糧工房) 後藤雅浩 3日目

朝、3:50糧工房着一次発酵の状況はぎりぎり。
成型してホイロに入れ2次発酵その間に夕方焼く
分を仕込む。工房内を整理しているうちに一次発
酵完了でオーブンに入れて焼く。出来上がりをも
って自宅へ。Kトラックの中は焼きたてのパンの
香りでいっぱい。6:30からの朝食に間に合
った!

今日もコメントありがとうございます。

(ジンジャークッキーは完成?)
手づくりやさんから http://tedukuriya.jugem.jp/

今日も午後から”糧工房お菓子研究会”でレシピをいろいろ
いじっています。一応、本などを参考に基本形はできたので
すが、油の種類や割合(バターにするかオリーブオイルにす
るかはたまた使わないでできないか)や糖分の種類や割合
(蜂蜜とテンサイ糖の配合比)や香辛料(シナモンやグローブ)
の使用不使用などをいろいろ試しています。今の段階ででき
たものをいろいろな方に試食してもらい御意見を伺っています。
そして最終的なレシピの完成と販売の目標を3月においてい
ます。

手づくりやさんからいただいたお菓子が素敵でした。パンも
是非、食べてみたいです。










(蜜源植物、レンゲのすきこみとレンゲ後の蜂君たち)
LJ21あさださんから http://www28.cds.ne.jp/~localj/

レンゲを田んぼの裏作として緑肥にする農法は昔からあるよう
です。ただ米の食味や稲作のスケジュールなどもろもろの要素
がからみ採用する農家が非常に少ないのが現状です。逆に
あさださんのデータ、30年前に較べてまだ70%も残っているん
だ!と驚いた次第。羽生のこのあたりではほとんど見かけませ
ん。老人達の話では昔は一面、レンゲだったそうですが・・・
積極的に花の風景を楽しんだり蜂蜜をとることも考えてさらに
それにあわせた稲作の技術も高まらないかなー、と年々思いな
がら七転八倒しています。
蜂たちなのですが実は自分ではまだ飼っていません。レンゲの
時期だけ蜂君たちに来ていただいております。このあたりはまわ
りがほとんど水田なのでレンゲ以後のまとまった蜜源がまだない
のです。雨読晴耕村舎の敷地(約6反)や糧工房の敷地(約1反)
の庭づくりに”蜜源植物”という視点も入れて計画しているところで
す。右の写真はその候補のひとつブラックベリーです。(今は剪定
して丸裸ですが)この地方にあっていて無理なく作れる植物を
リストアップしています。



(1日目の写真 農業と建築) KYさんより

一日目の写真は糧工房です。工作の素人が
時間をあまりかけずにしかも頑丈に建物をつくる
ことができないかな、ということを試すために
ど素人の若者2人と農作業の合間を縫ってセル
フビルドで昨年つくってみました。仕口など骨組
みの接合部分の加工は精度がでないと建物の
強度に深刻な影響を与えるので材木はほとんど
加工せずに組める金物を考案してみました。
(特許出願中!)と、偉そうなことを書きましたが
実際に来ていただくとわかるのですがやはり素
人工事のあばら家です。保健所の営業許可が
おりたときは3人で祝杯をあげたものです。
(建物の仕上げにはインターンシップ研修に来た
ものつくり大の学生さんたちにも加わってもらい
ました。)


農業と建築ですがもともとは建築畑にいました。
農業は縁遠いものだったのですがいろいろな
問題を解決するヒント、鍵のようなものがココに
ありそうだ、と感じ飛び込みバタバタしています。


右は今の畑の様子とバックに雨読晴耕村舎の森と
母屋がちょこっと写っています。

畑ではニンニクパンやバジルソースなどの材料になる
ニンニク、ラッキョ、、玉ねぎなどがこの寒さに耐えて
がんばってくれています。もう1回草をとって追肥をすれ
ば6月に収穫できそうです。


”なまけもの”でないらしい”なまけもの倶楽部”さんに
http://www.sloth.gr.jp/

食育フェアは大変でしたがいろいろなかたと出会えて
よかったです。




posted by LJ21 at 07:20| Comment(3) | TrackBack(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

埼玉県羽生市 雨読晴耕村舎(糧工房)3日目

BTH2296393_0B.jpg朝、3:50糧工房着一次発酵の状況はぎりぎり。
成型してホイロに入れ2次発酵その間に夕方焼く分を仕込む。工房内を整理しているうちに一次発酵完了でオーブンに入れて焼く。出来上がりをも
って自宅へ。Kトラックの中は焼きたてのパンの香りでいっぱい。
6:30からの朝食に間に合った!

今日もコメントありがとうございます。

ジンジャークッキーは完成?
手づくりやさんから http://tedukuriya.jugem.jp/

今日も午後から”糧工房お菓子研究会”でレシピをいろいろいじっています。一応、本などを参考に基本形はできたのですが、油の種類や割合(バターにするかオリーブオイルにするかはたまた使わないでできないか)や糖分の種類や割合(蜂蜜とテンサイ糖の配合比)や香辛料(シナモンやグローブ)の使用不使用などをいろいろ試しています。
今の段階でできたものをいろいろな方に試食してもらい御意見を伺っています。そして最終的なレシピの完成と販売の目標を3月においています。

手づくりやさんからいただいたお菓子が素敵でした。パンも是非、食べてみたいです。

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2006年02月07日

埼玉県羽生市(加須市) 雨読晴耕村舎(糧工房) 後藤雅浩 2日目

コメントありがとうございます。
(明治時代は何をしていたところでしょう?)
このあたりの大地主だったようです。当時の"地主”というのが
地域の中でどうゆう役割をしていたか、これは面白いテーマかも
しれません。小作人たちのつくった米を集め米相場をヨミながら
売るという商社のような機能もあったようです。近所の古老に聞くと
「ここんちに奉公することは近在の若い衆のあこがれだった」とも。
会社のような機能もあったんでしょうか。いろいろな文化人が滞在
した、という記録もあるようです。地域の文化や教育的な役割も
担っていたかもしれません。
それも今は昔。「ここんちの若い人は小作人をやっている」と老人
達は可笑しそうに話しています。

「モンキー」とポーズしているのはその小作人のこせがれです。




(天然酵母のパンが・・・・)
糧工房の天然酵母のパンは地元の青年(平川君)が焼いてくれています。
おいしい、という評判でたくさんのお客さんが来てくださるようになりました。
先日は地域の中学生が総合学習で平川君指導のもと素晴らしいパンを焼いて
いました。開店して半年しかたっていないのになんという幸せな日々でしょう!
農閑期の今、僕も新商品の開発のためパンとクッキーを少々焼いています。
のりのりさんも遊びにいらしてくださいね!

右は今のレンゲの状況です。根っこを掘ってみると空気中の窒素分を貯めはじ
めているのか根瘤が出来ています。




(計算とかデザインとかを超えて・・・・)
田園での環境と向き合うとき都市で言われるデザインよりかなりお腹にずっしり
くるところでの勝負になるように感じています。
右一番上の写真は今の私の田んぼの状況です。
藁の霜よけの下にレンゲとスズメノテッポウ
、菜の花などが冬場のふりそそぐ太陽光線を利用しています。
右に5月の蜂の箱を置く頃の写真も入れてみます。田園の風景は詩的で美しくドラマ
チィックに変っていくだけでなく生産や生活という意味を細部にわたってもってい
ます。
田んぼから米だけでなく、蜂蜜が採れるなんてなんて素晴らしいことでしょう!

右の写真の右のほうに見えている背の高い草はパン用のライ麦です。


なんだかこうして3ヶ月後の田んぼの状況を見ると
うきうきしてきます。

今日は明日の早朝焼くパンの仕込みをしました。
1次発酵はだいたい12時間。4時ごろ糧工房に
行き、成型、2次発酵。夕方焼くパンの仕込み。
そして焼成。そのパンをもって家に帰り朝食です。


posted by LJ21 at 18:42| Comment(4) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

埼玉県羽生市 雨読晴耕村舎(糧工房) 後藤雅浩 2日目

コメントありがとうございます。

(明治時代は何をしていたところでしょう?)
BTH2292024_0B.jpgこのあたりの大地主だったようです。当時の"地主”というのが地域の中でどうゆう役割をしていたか、これは面白いテーマかもしれません。小作人たちのつくった米を集め米相場をヨミながら売るという商社のような機能もあったようです。近所の古老に聞くと
「ここんちに奉公することは近在の若い衆のあこがれだった」とも。
会社のような機能もあったんでしょうか。いろいろな文化人が滞在した、という記録もあるようです。地域の文化や教育的な役割も担っていたかもしれません。
それも今は昔。「ここんちの若い人は小作人をやっている」と老人達は可笑しそうに話しています。

「モンキー」とポーズしているのはその小作人のこせがれです。

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タグ:羽生市
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2006年02月06日

埼玉県羽生市(加須市) 雨読晴耕村舎(糧工房) 後藤雅浩 1日目

私は埼玉の北部、利根川の流域にある羽生市で
兼業農家をしている後藤と申します。
雨読晴耕村舎というのは私達家族が住んでいる
屋敷の明治時代からの屋号です。
農地は1haくらいの規模で米や野菜を作っていま
す。昨年の夏、農産物の加工所兼店舗”糧工房”
をつくりました。のどかな田園地帯の中にあるこの
店で赤しそジュースやバジルソース、発芽玄米餅、
ブラックベリージャム、天然酵母パン、ジンジャー
クッキーなどなどをつくり販売しています。
雨読晴耕村舎


自己紹介が順序だててうまくできないのでこれくらい
にします。どのような方がたがこのブログを読んでお
られどのようなことに興味があるのか?を知りたいの
でコメントなどで質問や感想などを寄せていただける
と幸いです。


さて今日は1月のニッポン食育フェアでお会いした
地球デザインスクールの豊田玲子さんが訪ねてき
てくださいました。C.A.T.のような大きなスケールでの持続可能な
環境づくりを目指す地DSに対して雨読晴耕村舎で
は何をしようとしているのか?ということも話題にな
りました。



posted by LJ21 at 22:30| Comment(4) | TrackBack(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

埼玉県羽生市 雨読晴耕村舎(糧工房) 後藤雅浩 1日目

BTH2289992_0B.jpg私は埼玉の北部、利根川の流域にある羽生市で兼業農家をしている後藤と申します。
雨読晴耕村舎というのは私達家族が住んでいる屋敷の明治時代からの屋号です。農地は1haくらいの規模で米や野菜を作っています。昨年の夏、農産物の加工所兼店舗”糧工房”をつくりました。のどかな田園地帯の中にあるこの店で赤しそジュースやバジルソース、発芽玄米餅、ブラックベリージャム、天然酵母パン、ジンジャークッキーなどなどをつくり販売しています。

自己紹介が順序だててうまくできないのでこれくらいにします。どのような方がたがこのブログを読んでおられどのようなことに興味があるのか?を知りたいのでコメントなどで質問や感想などを寄せていただけると幸いです。


さて今日は1月のニッポン食育フェアでお会いした地球デザインスクールの豊田玲子さんが訪ねてきてくださいました。C.A.T.のような大きなスケールでの持続可能な環境づくりを目指す地DSに対して雨読晴耕村舎では何をしようとしているのか?ということも話題になりました。



タグ:羽生市
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2006年02月05日

鹿児島県霧島市 千葉しのぶ 6日目 2月5日(日)

今日の事

外出の予定のない日曜日でした。午前中は本当にゆっくり身の回りのことをしていました。お昼前にお隣より「作ってみたので食べて」と、ヨーグルトゼリーを頂きました。お皿にはいちご・いちごの葉・バナナ、ゼリーの上には、ブルーベリージャムがのせてあります。あんまりきれいだったので、写真を撮りました。

お皿をお返しする時、その写真をはがきとカードにプリントして差し上げたら喜んでいただいたて、私もうれしかったです。



霧島の子どもと大人のための食育プログラムの事

私たちが通年通して行なって活動です。幼児〜高齢者まで「霧島の食の現状」を検討して10のプログラムを用意して、いろいろな団体や学校などで利用してもらっています。

小学校や幼稚園の家庭教育学級。クラスの親子レクレーション。スポーツ少年団の学習会。学校保健委員会・高齢者大学など。現在1400人の方々が受講されています。小学生で言えば、町内の92パーセント。町全体では約25パーセント。

写真は小学1年生の親子レクレーションで「箸の使い方や食器の扱い方」を受講している様子。はしの使い方がうまくいかないと、骨付きの魚が上手に食べられないようです。その後の調理実習では「さんま」を焼いて、試食します。皆苦手なようです。19人の子どものうち、きちんとした箸づかいできるお子さんは2人でした。


高齢者の健康教室で依頼されることもあります。
自分より年上、皆さんお元気で頑張っていらっしゃる方ばかり。こちらが健康のコツをおうかがいしなくては、と恐縮しながらのお話です。調理では皆さんと一緒に普段の生活で馴染みのある食材・調味料。調理法で、楽しくすすめていきます。

早く煮えて柔らかい「早煮昆布」を使って、薄切りの豚肉と渦巻状に播いた昆布巻きは「食べやすい」「おいしい」「簡単」と評判がよかったようです。何はともあれ「若い人と一緒にするのが楽しくて」!という声が多いです。


この1日があるから残り364日が面白い

大好きな言葉です。

小さな地域で暮らしていると、その人間関係の窮屈さに、遠慮のない好奇の目に、凝り固まった価値観にたじろんでしまうことがあります。
私はこの活動を始めるまで、この霧島に暮らす人たちを、特別に「素晴らしい」と思ったことは無かったような気がします。

でも、今は「ここに生きる人に学びたい」と思っています。結城登美雄先生の言葉です。限られた条件の中でどう工夫し、生活を高めようとしてきたのか、土地に刻まれた生き方・暮らし方を学びたいと思っています。

今年も「霧島・食の文化祭」をする予定です。イベントは非日常です。しかしこの非日常は日常のためにあります。日常に何が必要か気付くためにあります。この霧島にこんな生活があり、一皿の料理に言葉に出来ないような「愛」や「思いやり」「心意気」「家族の歴史」がある、ということをもっと伝えたいと思っています。

これからも、たとえ未熟であっても「霧島で霧島」の活動でいきたいと思っています。

写真は今日家の庭で撮影した「梅のつぼみ」です。立春も過ぎ、寒さの中にも春の芽吹きを感じる頃となりました。

たくさんの方の応援を頂きながら活動できることに心から感謝しております。
ありがとうございました。








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鹿児島県霧島市 千葉しのぶ 6日目

今日の事

BTH2286442_0B.jpg外出の予定のない日曜日でした。午前中は本当にゆっくり身の回りのことをしていました。お昼前にお隣より「作ってみたので食べて」と、ヨーグルトゼリーを頂きました。お皿にはいちご・いちごの葉・バナナ、ゼリーの上には、ブルーベリージャムがのせてあります。あんまりきれいだったので、写真を撮りました。

お皿をお返しする時、その写真をはがきとカードにプリントして差し上げたら喜んでいただいたて、私もうれしかったです。

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タグ:霧島市 食育
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2006年02月04日

鹿児島県霧島市 千葉しのぶ 5日目

今日の事

BTH2283850_0B.jpg親戚のお葬式に、車で1時間半の「樋脇」という所まで行って来ました。
叔父のお嫁さんのお母さんにあたる方です。89歳でした。お元気な頃は、5月になると「あくまき」をいただいていました。

普通のあくまきは、灰汁に浸した餅米を竹の皮に包んで、灰汁を薄めた湯でぐらぐら煮ます。一時間くらいで、きれいなあめ色の「あくまき」が出来ます。竹の皮をはずして、切って、黄粉をまぶして食べる、ものすごく美味しい郷土料理です。灰汁も作る人によってこだわりがあって、木灰だったり、大豆の収穫後の鞘や茎を焼いて使うこともあります。

この方のあくまきは、餅米の中に生の落花生を入れてあるのです。孟宗竹の大きな皮を使って、持つとずっしりと重いあくまきでした。美味しかったなぁ。

写真は昨年12月の「霧島・食の文化祭」の家庭料理大集合に出品されたもの。男性です。写真はスタッフのアマチュアカメラマンのMさんの撮影です。

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鹿児島県霧島市 千葉しのぶ 5日目 2月3日(金)

今日の事

親戚のお葬式に、車で1時間半の「樋脇」という所まで行って来ました。
叔父のお嫁さんのお母さんにあたる方です。89歳でした。お元気な頃は、5月になると「あくまき」をいただいていました。

普通のあくまきは、灰汁に浸した餅米を竹の皮に包んで、灰汁を薄めた湯でぐらぐら煮ます。一時間くらいで、きれいなあめ色の「あくまき」が出来ます。竹の皮をはずして、切って、黄粉をまぶして食べる、ものすごく美味しい郷土料理です。灰汁も作る人によってこだわりがあって、木灰だったり、大豆の収穫後の鞘や茎を焼いて使うこともあります。

この方のあくまきは、餅米の中に生の落花生を入れてあるのです。孟宗竹の大きな皮を使って、持つとずっしりと重いあくまきでした。美味しかったなぁ。

写真は昨年12月の「霧島・食の文化祭」の家庭料理大集合に出品されたもの。男性です。写真はスタッフのアマチュアカメラマンのMさんの撮影です。




節分でした

炒り大豆で豆まきしました。小さいころは落花生でするものだと思っていました。
昨年、初めて大豆を育てました。霧島町教育委員会と一緒に「大豆100粒運動」に参加しました。

7月下旬に町内の大人子ども30人くらいで種まき。「土が熱いよー」の声の飛び交う中、1000平方メートルの農園に一粒一粒植えました。1歳のお子さんもお母さんと一緒に植えていました。

その後の中寄せ、草取りと順調に成長したのですが、花が咲いたあとに台風が直撃し、全部倒れてしまいました。

写真はMさん撮影の「大豆の花」、見たときはあまりのかわいらしさに感動しました。「こんにちはー」って言っているみたいです。


大豆の収穫

台風後は何とか立派な鞘をつけ、途中枝豆で頂いたりしながら、何とか11月中旬収穫することが出来ました。昔ながらの方法で、引き抜き逆さにしておいた大豆を「めぐり棒」と言う、棒の先に小さな数本の棒が、回転でクルクルまわるようになっている道具を使います。リズム良く、打ち付けて鞘をはずします。

じいちゃん、ばあちゃん達も手伝ってくれましたが、最小の力で最大の力を発揮する技を目の当たりにして、スタッフも子どもたちもしばし呆然。その後は「唐箕」で大豆と鞘をきれいに分け、乾燥。その後の選別作業もうんと時間もかかり、それだけでも「自給率5%」の意味が分かります。


子ども味噌汁カフェ

収穫した大豆でスタッフで味噌を作り、豆腐も作ってもらい(豆腐も作りたかったのだけど時間がなく、今回は霧島の豆腐やさんに作ってもらいました)「霧島・食の文化祭」で子どもたちと一緒に1日限りの「こども味噌汁かふぇ」をオープンしました。

味噌汁は「呉汁」「きのこ汁」「霧島黒豚汁」の三種類。一杯100円。いりこは「愛林館」から購入した水俣のもの。とても美味しいので、いりこもそのまま入れています。

写真は呉汁。スタッフのお母さんに美味しい呉汁を作られる方がいてその方の作り方をまねしました。

「今週の私」も終盤ですね。


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2006年02月02日

鹿児島県霧島市 千葉しのぶ 4日目 2月2日(木)

今日の事

午前中、長女の厄払いに霧島神宮へ行って来ました。高二で17歳ですが、数え年だと19歳、初めての大厄です。入試関係で授業がなく良かったです。節分を明日に控えていることもあり、7.8組合同となりました。

ところで、霧島では10年前に「霧島神楽」が復活しています。90年前に途絶えた神楽を、一座15分程度、セリフも分かりやすくしています。私も設立時からのメンバー。写真は第3座「岩戸開き」岩戸を開かれた天照大神が光の中舞っているところ、恥ずかしながら私です。


午後からは車で1時間の大口市へ。大口ふれあいセンターで「菊池養生園」の竹熊宜孝先生の講演。2時間近くの講演は「医学とは養生法を知っておくこと」「命の勉強をどっかでせんといかん」「食育の基本的な考え方はおなかの中に命が宿った瞬間から・・・」「子どもの命になる食べ物はしっかりと日本のものを」時間オーバーとのことで質疑応答はなし。もう少しお話聞きたかったのに・・・残念。




大口の街中を抜けるとほとんど山と田園。小高い岡になっているところの風景が素敵だったので少し写真を撮りました。栗野というところです。


昭和18年の霧島の大晦日

昨年の食の文化祭で高崎さんという79歳の方の発案で再現された食卓です。
準備は全てお任せしました。

ちゃぶ台の上には「年重(としかさ)」・・・ついた残りの餅にあんこをまぶしたもの。ぶえん(生の魚のこと、無塩)の煮付け、そうめんの吸い物、煮しめなど。当時としてはものすごいご馳走だったとのこと。

食の文化祭ではこんなばあちゃんが何人もいて、そばずいを作ってくれたり、おにぎりをにぎってくれたり、田植え団子を作ってくれたりするんです。


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鹿児島県霧島市 千葉しのぶ 4日目

今日の事

午前中、長女の厄払いに霧島神宮へ行って来ました。高二で17歳ですが、数え年だと19歳、初めての大厄です。入試関係で授業がなく良かったです。節分を明日に控えていることもあり、7.8組合同となりました。

BTH2278608_0B.jpgところで、霧島では10年前に「霧島神楽」が復活しています。90年前に途絶えた神楽を、一座15分程度、セリフも分かりやすくしています。私も設立時からのメンバー。写真は第3座「岩戸開き」岩戸を開かれた天照大神が光の中舞っているところ、恥ずかしながら私です。


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タグ:霧島市 食育
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2006年02月01日

鹿児島県霧島市 千葉しのぶ 3日目

今日の事

今日は午前中は横川町(合併で同じ霧島市内に)の保健センターへ。8時半に出発し車で30分。
現在開催中の町主催「らくらくヘルシー塾」の準備で、参加者に記入してもらった「お食事メモ」を基に簡単なアドバイスをまとめていく、というもの。保健センターも今日は事業がないのでみんな落ち着いて仕事している様子、ここのセンターはいつもとても和やか。

12時過ぎにそこを辞し、いったん帰宅。入学試験の関係で在宅中の高2の娘と昼食。同じく在宅中の中2の次女は、鹿児島市内に友達と映画を見に行ったとのこと。

午後二時からは霧島町内の「神の湯」という温泉センターで「健康相談日」。毎週水曜日の午後に、看護師による血圧測定があり、隔週で私の栄養相談も。と言っても大体はそこに来るお年寄りとのサロンみたいなもの。

BTH2275356_0B.jpgTさんというお年寄りにとても人気のある看護師さんと一緒に、お年寄りと楽しくお話します。常連のお年よりは、この時間に合わせて、顔を出し、血圧や体脂肪をはかったりした後も、私たちの横に座って世間話に、歌にお茶に。一人暮らしの方も多く、たくさん話して帰っていきます。私はここに来るばあちゃん、じいちゃんたちが好きで、一番楽しい時間かも。「昨日新聞見たよー!」と声を掛けてくれたのもうれしいことです。
写真は常連の方。

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タグ:食育 霧島市
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鹿児島県霧島市 千葉しのぶ 3日目 2月1日(水)

今日の事

今日は午前中は横川町(合併で同じ霧島市内に)の保健センターへ。8時半に出発し車で30分。
現在開催中の町主催「らくらくヘルシー塾」の準備で、参加者に記入してもらった「お食事メモ」を基に簡単なアドバイスをまとめていく、というもの。保健センターも今日は事業がないのでみんな落ち着いて仕事している様子、ここのセンターはいつもとても和やか。

12時過ぎにそこを辞し、いったん帰宅。入学試験の関係で在宅中の高2の娘と昼食。同じく在宅中の中2の次女は、鹿児島市内に友達と映画を見に行ったとのこと。

午後二時からは霧島町内の「神の湯」という温泉センターで「健康相談日」。毎週水曜日の午後に、看護師による血圧測定があり、隔週で私の栄養相談も。と言っても大体はそこに来るお年寄りとのサロンみたいなもの。

Tさんというお年寄りにとても人気のある看護師さんと一緒に、お年寄りと楽しくお話します。常連のお年よりは、この時間に合わせて、顔を出し、血圧や体脂肪をはかったりした後も、私たちの横に座って世間話に、歌にお茶に。一人暮らしの方も多く、たくさん話して帰っていきます。私はここに来るばあちゃん、じいちゃんたちが好きで、一番楽しい時間かも。「昨日新聞見たよー!」と声を掛けてくれたのもうれしいことです。
写真は常連の方。




霧島たべもの伝承塾の事

毎月1回のペースで開いている郷土料理の教室です。
今までに「あくまき」「豚味噌」「けせんだんご」「苦瓜料理」「へちま料理」「霧島の盆料理」「こんにゃく」「げたんは」を地域の方に教えてもらっています。

レシピを準備しないのが特徴。各自書き取りながら、わからないところは聞きながらの面白い教室です。

今月が「こっぱ団子」の予定。さつま芋を切って干し芋を作り粉にして作った「芋粉」とさつまいもを使った昔ながらの霧島のおやつです。70代の方に教わります。その方が先月の「食の文化祭」に出されていた郷土菓子です。写真はその時のもの。


横川山ヶ野の盆・正月の覚書

昨年秋に横川町のKさんに、「ちょっとみてください」と、ある巻物を渡されました。
そこにはこの方が体験した、50年前の盆のしたくの様子が3メートルの巻物に8月7日から8月15日まで順をおって、お母さんのつぶやきと共に描かれていました。

「すごさ」を感じ「正月の準備も描いてください」と、その場で頼み込みました。
出来あがった巻物は4メートルになっていました。

「貧乏だったから思い出がたくさんある」とkさん。女手一つで5人の子を育てたお母さんへの感謝の結晶のようでした。写真は正月の朝枕元にそろえてあった「まり・赤い鼻緒の下駄・田尾」


大晦日の台所の様子「近所から匁単位でわけてもらった豚肉に薄塩をしてつるし」「すり鉢には塩数の子が戻してあり」「ざるには一週間前から仕込んでおいた大豆もやし」。

「一夜飾りはするもんじゃなか」と言いながらも、ギリギリまで仕事をして30日にしか餅をつけなかったため、まだ柔らかいお供え餅を床の間に飾る様子も描かれています。

ちょうど今夜Tさんより電話がありました。今年の食の文化祭にもお願いしますと言ったら、「子どもの頃の遊びをかいてみようかなぁ」とのこと。楽しみです。


posted by LJ21 at 21:34| Comment(4) | TrackBack(0) | 鹿児島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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