2006年05月31日

山口県田布施町 大津久美 2日目

今日も五月晴れのいい天気です。本日は5月30日<ごみゼロ>の日だそうです(笑)!

 朝課外の前にちょこっとだけ日記を書いておこう(現在7:00AM)!!

 田布施農業高校はとてものどかな田舎にあります。牛も羊も山羊もいて、たまに園児が遠足にきます。そんな田布施農業高校はURL http://www.tabuse-a.ysn21.jp/でアクセスできます。実はあまり頻繁に更新していないため、古い情報もありますが、今後鋭意努力して更新しますので、ぜひ一度のぞいてみてください。

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(本校HPのトップです)
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2006年05月30日

山口県田布施町 大津久美 2日目

今日も五月晴れのいい天気です。本日は5月30日<ごみゼロ>の日だそうです(笑)!

 朝課外の前にちょこっとだけ日記を書いておこう(現在7:00AM)!!

 田布施農業高校はとてものどかな田舎にあります。牛も羊も山羊もいて、たまに園児が遠足にきます。そんな田布施農業高校はURL http://www.tabuse-a.ysn21.jp/でアクセスできます。実はあまり頻繁に更新していないため、古い情報もありますが、今後鋭意努力して更新しますので、ぜひ一度のぞいてみてください。
(本校HPのトップです→)



では、本題の祝島です。
 祝島は山口県熊毛郡上関町の南端から10数q沖合、瀬戸内海周防灘に浮かぶ周囲12kmの小さな島です。人口も年々減少し、かつて海の要衝として栄えていた頃には3000人あまりだったのが、現在では500人余となっています。
 交通はもちろん船です。柳井市柳井港から連絡船が1日3便、所要時間65分、最終寄港地(四代)からは15分で運行しています。

 この島の独特の文化や雰囲気は船を降り立った瞬間に分かります。練塀(ねりへい)と呼ばれる家々の連なりです。漆喰で塗り固められた石造りの建物が横列しており、その家並みは圧巻でさえあります。これを多くの研究者が「迷路のごとき練塀」と形容していることが頷けます。



なぜこのような家並みとなったかというと、実は歴史はそれほど古くありません。江戸時代末期1800年代前半に、この地を大きな二度の火災が襲いました。その復興のさいに防火、さらに防風・防潮といった対策のために完成したようです。


 島を歩くと、穏やかな潮の香りとむせかえるような緑に包まれて、久しく忘れていたぽっかりとした気分になりました。
 車はほとんど走っていません。
 背後から音がして、無意識に車をよけようかと振り向くと、それは数十m向こうから木や葉や草を凪ぎながら向かってくる風の音で、自然の音の他はただ静かな空間がそこにはありました。

 島の空気を直接お届けできないのが残念です。


 明日は、祝島の特産、不思議な果実コッコーについて聞いていただきたいと思っています。



posted by LJ21 at 18:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 山口県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月29日

山口県田布施町 大津久美 1日目

BTH2588109_0B.jpg

はじめまして。
 山口県の東部にある農業高校、山口県立田布施農業高等学校に勤務しています大津久美と申します。実は日記も3日と続いたことがないので、少し緊張しています(^^;)
今週1週間よろしくお願いします。

 ”なぜ農業高校?”と思われる方もいらっしゃるかもしれませんので、まずはその説明をさせてください。

 農業高校に限らず専門高校には”課題研究”という科目があり、生徒がグループで卒論を仕上げていきます。
 私の専門は農業土木なのですが、数年前から地域づくりに興味を持ち、2001年〜2005年までの4年間は棚田の研究を続け、中山間地農業の活路はどこにあるのか、を生徒と模索していました。そのときに地元とNPO法人が協力して地域づくりフォーラムが開かれ、その場でLJの方とお知り合いになりました。

 グリーン・ツーリズムの手法の中で私たちは地元の在り方ばかりを検討してきましたが、来訪者の視点で地域を捉えなおすことの必要性を説かれたことで、目から鱗の気持ちでした。あって当たり前である地元の地物や風習、そして住民の空気をどうやって来訪者に伝えていくか、またそれをどういう方法で外部発信していくのか・・・。

 2006年〜2007年はちょっと浮気をしまして、防災(とくに砂防)についての研究をし、豪雨時の災害情報の発信について検討しました。学校周辺地域の約40ほどの土砂崩れ危険箇所(と私たちが判断した)斜面について、一つ一つ危険雨量を算出し、その情報を紙データで地域に配布し、ゆくゆくはHPをたちあげてリアルタイムに危険予測ができるようにしたいと考え・・・ていた矢先に転勤が決まり、現在に至ります。

 そして今年度、本校と同じ熊毛郡にある上関町”祝島”という離島について、地域活性化を最終目標において研究を進めています。

 今週1週間でぜひ皆様にもこの”祝島”というユニークな島の魅力について、わずかなりとお伝えできたらと思っています。併せて農業高校っておもしろそうだなぁ、なんて思っていただければ幸いです(^_^)/。


<本日の私>
 今週1週間は危険物取扱者試験受験者の朝課外。

 週明けから3・4・5・6限続けて授業だ!やだなぁ(あれっ?)と思っていたら日課変更で3・4・6になってました。ラッキーです。
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山口県田布施町

はじめまして。
 山口県の東部にある農業高校、山口県立田布施農業高等学校に勤務しています大津久美と申します。実は日記も3日と続いたことがないので、少し緊張しています(^^;)
今週1週間よろしくお願いします。

 ”なぜ農業高校?”と思われる方もいらっしゃるかもしれませんので、まずはその説明をさせてください。

 農業高校に限らず専門高校には”課題研究”という科目があり、生徒がグループで卒論を仕上げていきます。
 私の専門は農業土木なのですが、数年前から地域づくりに興味を持ち、2001年〜2005年までの4年間は棚田の研究を続け、中山間地農業の活路はどこにあるのか、を生徒と模索していました。そのときに地元とNPO法人が協力して地域づくりフォーラムが開かれ、その場でLJの方とお知り合いになりました。

 グリーン・ツーリズムの手法の中で私たちは地元の在り方ばかりを検討してきましたが、来訪者の視点で地域を捉えなおすことの必要性を説かれたことで、目から鱗の気持ちでした。あって当たり前である地元の地物や風習、そして住民の空気をどうやって来訪者に伝えていくか、またそれをどういう方法で外部発信していくのか・・・。

 2006年〜2007年はちょっと浮気をしまして、防災(とくに砂防)についての研究をし、豪雨時の災害情報の発信について検討しました。学校周辺地域の約40ほどの土砂崩れ危険箇所(と私たちが判断した)斜面について、一つ一つ危険雨量を算出し、その情報を紙データで地域に配布し、ゆくゆくはHPをたちあげてリアルタイムに危険予測ができるようにしたいと考え・・・ていた矢先に転勤が決まり、現在に至ります。

 そして今年度、本校と同じ熊毛郡にある上関町”祝島”という離島について、地域活性化を最終目標において研究を進めています。

 今週1週間でぜひ皆様にもこの”祝島”というユニークな島の魅力について、わずかなりとお伝えできたらと思っています。併せて農業高校っておもしろそうだなぁ、なんて思っていただければ幸いです(^_^)/。


<本日の私>
 今週1週間は危険物取扱者試験受験者の朝課外。

 週明けから3・4・5・6限続けて授業だ!やだなぁ(あれっ?)と思っていたら日課変更で3・4・6になってました。ラッキーです。



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2006年05月28日

岩手県岩泉町 モーとんふぁみりー 穴田佐和子 最終日

1週間のお付き合い、大変有難うございました。
今日が最終日です。

写真を撮り、文を考える事。
これは大変ながらも楽しい作業でした。

こんな機会を下さった、ローカルジャンクションの浦嶋さんに感謝です^^

横浜でのスローフードフェアで声をかけて頂きました。

岩泉のような山の中にいると、あまりにも平穏過ぎる毎日に自然に、この
ままうずもれてしまうんじゃないかなんていう感情に襲われたりもします。

1日中他人と会わないこともしょっちゅう。
時には理解できない言葉や、地元の人との意識の違いに戸惑う事もまま
あります。

ですが、自分なりにもう一度噛み砕いてここを見て、綺麗な景色や空気
そして様々な食材の宝庫だと改めて思います。



こうして、改めて文章にしたり、イベントで外に出て人と会ったり外から
自分達の住んでいる所ややっている事を見て気づく事もあります。


スローフード協会の活動も初めはあまり乗り気じゃなく、グルメなお金
持ちの人達の集まりかしら〜なんて失礼な事を思っていたものですが
友人に誘われお手伝いしているうちに、どんどん引きこまれていってい
る自分がいます。


去年は帯広で行なわれたリーダーズ会議にも初めて参加させていただ
き、スローフード協会の産みの親とも言えるカルロペトリーニ会長にも
お会いしました。
カルロさんの、「食は文化だ。その地域の食を大事にする事によって
その地域の食だけではなく、農業、景観、文化すべてを守ることになる。」
「すべての人に美味しい物が良いものではない。その地域の中ではぐくま
れる食こそ地域性、多様性という面からおいても大切なのだ。」
という話にそうだ〜そうだ〜と頷いてしまいました。




岩泉で行なわれた、母校農大の教授小泉武夫先生の講演会でも、
CWニコルさんの話でも、それぞれ語り口語り方は違うものの、自然を敬
びこの景観を作ってる農業、食、そして文化を大切にする。

そのことが私達にとっても私達の大切な子供達の未来の為にも必要な事
なんだよと、同じ理想像を語っているように感じました。


もう1人、「スローフードな人生!」そして「スローフードな日本!」の著者の
島村菜津さん。
彼女のこの「スローフードな人生!」はスローフード運動なるものを初めて
日本に紹介した本です。
島村さんも何度も岩泉に足を運んでくださっています。


私より年上なのにこんな事を言っては失礼ですが、
とってもチャーミング!!な方です。
ベリーショートで、おしゃれで、気さくで、姉御的な存在の菜津さんはいつお
会いしてもとっても生き生きとした女性です。
目をキラキラさせながらイタリアではね〜とか、このワインはね〜・・・とそれ
はそれは面白く、物語でも聞かせてくれるように話してくれる素敵な姉さんな
のです。

良い意味おおらかで、いつもモーとんの事を、
「ムートン!ムートン!」(羊ですかぁ〜???)
などと言っていましたが(笑)


いろいろな出会いに、感謝感謝!




岩泉の写真と、つたない文章。。
楽しんでいただけたでしょうか〜?




いつかどこかでお会いできたら幸いです(。^-^。)


それでは。


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2006年05月27日

岩手県岩泉町 モーとんふぁみりー 穴田佐和子 最終日

1週間のお付き合い、大変有難うございました。
今日が最終日です。

写真を撮り、文を考える事。
これは大変ながらも楽しい作業でした。

こんな機会を下さった、ローカルジャンクションの浦嶋さんに感謝です^^

横浜でのスローフードフェアで声をかけて頂きました。

岩泉のような山の中にいると、あまりにも平穏過ぎる毎日に自然に、この
ままうずもれてしまうんじゃないかなんていう感情に襲われたりもします。

1日中他人と会わないこともしょっちゅう。
時には理解できない言葉や、地元の人との意識の違いに戸惑う事もまま
あります。

ですが、自分なりにもう一度噛み砕いてここを見て、綺麗な景色や空気
そして様々な食材の宝庫だと改めて思います。

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岩手県岩泉町 モーとんふぁみりー 穴田佐和子 6日目

暖かい日が続きます。

FI2583256_0E.jpg

先日はついに32度を記録。今年1番の暑さとなりました。
しかし、翌日の朝には4度に逆戻り。
体調管理が難しい気温差です。

岩泉は今の時期1回ものすごく気温が上がります。
県内でも最高気温が何日も続く事もあります。

そして梅雨が来るとまた一気に寒さがやってくるのです。

BTH2583256_1B.jpg

東京のむしむしした梅雨と違って涼しく過ごしやすいのですが、まだまだ
ストーブがしまえません。
夏には夏で海から湿った空気がやって来る、ヤマセという霧が発生します。

この霧がまた幻想的な風景を作り出します。続きを読む
posted by LJ21 at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 岩手県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岩手県岩泉町 モーとんふぁみりー 穴田佐和子 6日目

暖かい日が続きます。

先日はついに32度を記録。今年1番の暑さとなりました。
しかし、翌日の朝には4度に逆戻り。
体調管理が難しい気温差です。

岩泉は今の時期1回ものすごく気温が上がります。
県内でも最高気温が何日も続く事もあります。




そして梅雨が来るとまた一気に寒さがやってくるのです。

東京のむしむしした梅雨と違って涼しく過ごしやすいのですが、まだまだ
ストーブがしまえません。
夏には夏で海から湿った空気がやって来る、ヤマセという霧が発生します。

この霧がまた幻想的な風景を作り出します。


我が家は、広大な面積の岩泉町の中でも端の方の山間部にあります。
だいたい町の中心商店街から車で30分。仕事場の工房までは車で約
15分。ちょっとした買出しや、病院、大きな本屋さんには一山越えて約
1時間かけて隣の宮古市まで出かけます。

どこに行くにも森林浴。

山々の木漏れ日の中のドライブはなかなかいいものです。

家は大体小川に沿って建っています。
道もずっと川のそばを走ります。
アユや岩魚、山女など渓流にはたくさんの魚が泳いでいます。






月に何回か、子供を持つお母さん達が集まって岩泉の雑穀を使った料理
教室をやっています。
つぶつぶな雑穀を使った料理なので、つぶ研。

これまたIターンの、東京から来た女性が中心になってやっています。

雑穀は岩泉では昔から食べられていた食材。
昔貧しかったこの地域の人たちは痩せた土地でも簡単に栽培のできる、アワ
やひえ、きび、高きびなどを作り常食してきました。
山に生えるどんぐりや栃の実なども上手に利用してきました。



それから町には電気が通り、道が舗装され、車が入りだんだんとよそから
物が入ってくるようになると自休自足的な暮らしをしていた人達も生活のス
タイルを変えるようになり、同時に食生活も変わってくるようになりました。

今、雑穀などのヘルシーな食材が注目をあびてきていますがまだまだおじ
いやん、おばあやんの世代の雑穀のイメージは雑穀=貧しさという意識が
あります。自分は好きなんだけれども雑穀を栽培している事は知られたく
ない。そう言う方もいます。

東京で雑穀の料理講習を受けてきた彼女の作るあわやひえなどの料理・
おやつはそういう昔ながらの食べ方とはまた違ったイメージ。
どちらかというとおしゃれなカフェなんかで出されてもおかしくないような
美味しくヘルシーな新しい雑穀のイメージなのです。

ご飯などに混ぜ込んだり昔ながらの食べ方も好きですが、岩泉に住む若
い女性から広がりつつある、この岩泉に豊富にある食材を使った新しい
流れが今1つの形になりつつあって楽しみです。




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2006年05月26日

岩手県岩泉町 モーとんふぁみりー 穴田佐和子 5日目

今日も良いお天気です。

やはり暖かいというのは良いものです。
春になり暖かくなると断然元気になります。
下手すると10月から5月まで雪が降ることもあるこの地域の寒さだけが
何よりも私は苦手です。



今日は行者にんにくを採りました。
この方は近所のおばぁーやん。(ここの人たちはそう呼びます)

とってもかわいいおばあちゃんなんだけれども、カメラを向けたら照れてそっぽを
むいてしまいました。残念。


山菜のピークはゴールデンウィーク頃です。
フキノトウから始まり、こごみ・こしあぶら・行者にんにく・たらの芽・ウド・
ウルイ・しどけ・・・と続きます。

今は山菜はほとんど終わり、フキの葉がぐんぐんすごい勢いで伸びてい
っています。

これは秋田フキ。
誰かが植えたみたいです。

自生しているものはもっとずっと小さいです。




絶景ポイントの1つ。

この町の中には私の中の絶景ポイントがいくつかあるのです。

そのうちの1つ。

山々が幾重にも重なって見えます。




最後に

岩泉商店街の夕暮れ。

夜7時で半分以上のお店のシャッターが閉ります。


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岩手県岩泉町 モーとんふぁみりー 穴田佐和子 5日目

BTH2581861_0B.jpg

今日も良いお天気です。

やはり暖かいというのは良いものです。
春になり暖かくなると断然元気になります。
下手すると10月から5月まで雪が降ることもあるこの地域の寒さだけが
何よりも私は苦手です。

今日は行者にんにくを採りました。
この方は近所のおばぁーやん。(ここの人たちはそう呼びます)

とってもかわいいおばあちゃんなんだけれども、カメラを向けたら照れてそっぽを
むいてしまいました。残念。

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2006年05月25日

岩手県岩泉町 モーとんふぁみりー 穴田佐和子 4日目

今日の作業はまず、昨日作ったポークジャーキーの真空。
7時間スモークと乾燥をくりかえしたお肉はあめ色に変わり透明に透
き通ってきます。
お醤油と三温糖、みりん、にんにく生姜の純和風味です。
美味しくできあがってまんぞく。
半端な切れ端を持って帰って今晩のおつまみとします。

BTH2579103_0B.jpg

思いどうりにいかない事もしょっちゅうですが、こうしてある程度満足が
いくものができるととたんに嬉しくなります。

ちなみに、ウチには一応レシピーなるものはありますが、その日その
時の肉の状態、気分により、少しだけレシピ―をいじってやります。
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posted by LJ21 at 20:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 岩手県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岩手県岩泉町 モーとんふぁみりー 穴田佐和子 4日目

今日の作業はまず、昨日作ったポークジャーキーの真空。
7時間スモークと乾燥をくりかえしたお肉はあめ色に変わり透明に透
き通ってきます。
お醤油と三温糖、みりん、にんにく生姜の純和風味です。
美味しくできあがってまんぞく。
半端な切れ端を持って帰って今晩のおつまみとします。

思いどうりにいかない事もしょっちゅうですが、こうしてある程度満足が
いくものができるととたんに嬉しくなります。

ちなみに、ウチには一応レシピーなるものはありますが、その日その
時の肉の状態、気分により、少しだけレシピ―をいじってやります。





ポークジャーキーを作るのは実をいうと久しぶりです。
今年に入ってから、初めて牛をまるごと1頭買いました。
地元の牛、短角牛です。
この牛肉を使ってひたすら短角牛ジャーキーばかりをつくっていました。

短角牛とは、黒毛和種・無角和種・褐毛和種に引き続く日本短角種という
れっきとした日本和牛の1種なのです。
もともとこの地域にいた南部牛とイギリスから取り寄せたショートホーン種を
かけ合わせて産まれたと言われています。




実は私は、地元の食材を広める為に、スーローフード協会の支部である
スローフード岩手の活動も行なっています。

今回、世界が認めるなくしてはならない貴重な食材=味の箱舟(アルカ)
にこの日本短角牛が認定されました。
本部のイタリアではすでに500以上もの食材が認定されていますが、日
本では9品目認定されています。
その内の1品目が日本短角牛。もう1つも岩泉町の食材、安家地大根です。
これは外側が真っ赤な美しい綺麗な大根です。

なぜ、短角牛がこのアルカに認定されたかというと、この地域のいろいろな
姿が見えてきます。
もともと短角牛は足腰が丈夫で子育てが上手だった為、地形の激しいこの
山岳地帯での放牧に適し、山々を駆けずりまわって暮らしてきました。
この地域の古い民家は南部曲がり屋と言って、Lの字に曲がった作りをして
います。
このL字の、日当たりのよい方に短角牛など家畜を飼育していたのです。
夏山冬里という飼い方で、ちょうどハイジのお話のように、春になったら山に
登り冬になったら里に帰っていました。
とても大事に育てられていました。



今や日本の畜産はアメリカなどの輸入の肉がたくさん入ってきたことによ
って値段が下がり、小さな農家はものすごい勢いで姿を消しています。
そして、今残っている日本の畜産も、元を正すとそのエサとなる飼料のほ
とんどが外国から輸入される穀物に頼っている状態です。

ですがこの短角牛は、地元で採れる飼料だけで生きる事が可能なのです。
死ぬまで牛舎につながれている牛より遥かに健康的な牛なのです。

ですが問題もあります。
短角牛は赤身の多い肉質なため、その肉の価値をはかる格つけの評価が
とても低いのです。
よって黒毛和種などと比べどうしても取引される値段は安くなってしまいます。
また、地域の農家の高齢化などによって飼育頭数はどんどん減っていってし
まっているのです。


今日もまた岩泉の山々に夕日がさしました〜。

写真を撮るようになって、空と山ばかり眺めております。

岩泉の自然の豊かさ、空気の透明さに改めて感動しています。

見ようとしなければ見えないものってたくさんあるのですね・・・。

町の面積が東京23区+横浜市よりも大きくて、そのうちの94%が森林な

自然にうずもれてしまいそうなこの町や

消えていってしまいそうな貴重な食材や

そんなもの達を支えている人達に

光があたりますよ〜に・・・


posted by LJ21 at 03:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 岩手県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月24日

岩手県岩泉町 モーとんふぁみりー 穴田佐和子 3日目

今日はまず、ポークジャーキーを作るために漬け込んでおいたお肉をスモークハウスへ
投入。

1枚1枚丁寧にならべます。


その後昨日作って冷やしておいたソーセージの袋つめにとりかかりました。

手伝いに来てくれている、鈴木久美子さん。
まったく顔が見えませんが・・・。

彼女も去年Iターンでこの町にやってきた仲間です。


全部真空袋つめできたら、袋ごとお湯で殺菌をしてもう一度冷却。
最後にシールを貼ってお化粧してあげます。
これはほうれん草いっぱいのほうれん草ソーセージ。

これからの時期は、青ものがたくさん採れます。

次回は人気の行者にんにくソーセージを作ろうと思っています。

その前に、山に入って行者にんにくを採って来なくてはなりません。。


ソーセージは常に6種類くらいは作っています。
お便りを付けて、完成ー!
こうやって会員の皆さんにお届けできる状態になるのです。
結構手間がかかってます。

お便りには、手描きのイラストや日々の思い、ソーセージのお話など、きままに
いろんなことを書きます。

このお便りが結構ファンが多いので、毎月頭を悩ませながらも徹夜で1日で描き
あげます。

毎月1回発行、かきつづけて約10年 

何とこの間100号を達成しました。

感無量〜。


posted by LJ21 at 13:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 岩手県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岩手県岩泉町 モーとんふぁみりー 穴田佐和子 3日目

今日はまず、ポークジャーキーを作るために漬け込んでおいたお肉をスモークハウスへ
投入。

1枚1枚丁寧にならべます。

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その後昨日作って冷やしておいたソーセージの袋つめにとりかかりました。

手伝いに来てくれている、鈴木久美子さん。
まったく顔が見えませんが・・・。

BTH2576333_1B.jpg

彼女も去年Iターンでこの町にやってきた仲間です。

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2006年05月23日

岩手県岩泉町 モーとんふぁみりー 穴田佐和子 2日目

今日はソーセージを作りました。
モーとんふぁみりーでは20種類くらい有るスパイスを独自のレシピで配
合してソーセージを作ります。
以前は結着剤というお肉とお肉をくっつける役割を持つ添加物(りん酸塩・
これが噛んだ時にパリッ!と言う食感を出します)
を入れてほとんどのソーセージを作っていましたが、最近ではうちのソー
セージは無添加のものが主流になりつつあります。
これも時代のニーズなのでしょうか?
私がはじめた当初は無添加のものなど邪道だとまで言われた時代で、な
かなか美味しい無添加ソーセージもありませんでした。
ですが、皆さん普通に売られているソーセージのパッケージの裏に書かれ
ている原材料欄の多さを見たことがありますか?
だいたい10行近く書かれているでしょうか。
その中で自分が普段目にする事が出来るものはどれくらい有るのでしょう
か?
私はまずソーセージを作る時の匂いが嫌いでした。
何でだろう?この匂いは???

まず、大手スパイスメーカーの作るミックススパイスをやめました。
ミックススパイスにはその中にもうすでに様々なスパイスが調合されており
それさえ混ぜれば簡単に様々な種類のソーセージを作る事が出来ます。
ですが、ここに何が混ぜられているかがわからない。
はっきり言って、詳細は企業秘密なわけです。
そしてここに混ぜられている添加物はキャリーオーバーと言い、自分のソ
ーセージのラベルにはその中に使われている添加物の名前を記入しなく
てもよい事になっています。

私は、その時技術的にも最低限必要と思われたりん酸塩を単独で取りよ
せミックススパイスをやめました。
これで何故か臭いと思った匂いはなくなりました。




これは、ソーセージを練るサイレンとカッターという機械。

ミンチにした新鮮なお肉・背脂肪・天日塩・調合したスパイスを混ぜ込み
ます。
荒引きソーセージを作る場合にはほとんどこのボウルを回さず、後は手
で練りこみます。

1つソーセージを作るときに大事な事があります。

それは、作るときに気持を入れる事です!

ホントです。
いくらどんなに同じレシピ―で作っても、出来あがったソーセージを自分
の頭の中に出来るだけ鮮明にイメージし、そのイメージどうりになるよう
に意識するのです。
用はおいしくな〜れ!おいしくな〜れ!と魔法をかけると言ったところで
しょうか???
これがきちんとできないと、何故か美味しいソーセージは出来ません。

これって料理人の方なら理解してもらえるんじゃないかな?
機械的にこれとこれを入れて、次はこーして…なんてやってもダメなんで
すよね。


これは、お手伝いしている我が家の娘。


私は一応畜産学科を出ていますが、専門は家畜飼養学でそっちの方の
勉強しかしていませんし、卒業後ハム屋さんに勤めたわけでもありません。

モーとんふぁみりーは岩泉町の農家8件が集まってできたサークル「岩泉
畜産加工研究会」が始まりです。
当時自分達の育てた豚や牛を正当な価格で購入してもらいたいと思った
農家が、「じゃあ加工でもやってみようか。」と研修に行き作り方を習い
農作業が終わった夜に集まって手で肉をこね、ソーセージを作りました。

その当時学生だった私は、一緒にその作業を手伝い初めて大学の学園
祭で自分達で(手伝って)作ったソーセージを焼いて売りました。
今から思えばその当時のソーセージなんてボロボロで形も悪くよく皆買っ
てくれたなあ〜なんて思ったりしますが。とっても楽しかった。そしてとって
も美味しかった。。

卒業が決まりさてどうしようかな?
と考えていた時に、養豚家の高橋さんから
「町の施設にハム工房を作ってもらえる事になった。おまえ、やってみな
いか?」と声をかけられました。

面白そう!

単純に私はそう思いました(笑)
今考えると、簡単に決めちゃったなあ〜なんて思いますが、こうして大変ながらもハ
ム職人として生きる道をくれた高橋さんをはじめサポートしてくれたたくさ
んの岩泉の方々には本当に頭が下がります。

一言にIターン、田舎暮らしと言いますが、こういう所に住むとしみじみと
人って1人では生きられないんだなあ〜と感じます。
支え支えられて初めてここでの生活は成り立ちます。
(私は今でも支えられてばっかりですがね・・・。)



今日は、うまく魔法がかかった様でとっても美味しいソーセージができ
ました!
バージョンアップしたノーマルソーセージと新作の荒引きチョリソソーセ
ージです。
両方とも原材料は、肉・背脂肪・天日塩・スパイスだけですがパリっとし
て満足なできあがりです。

今週は連れ合いが、千葉のハム屋さんに研修に行っている為私とお手
伝いに来てくれているパートの女の子の2人だけでやっているのでちょ
っと重労働です。

では、また明日。







岩泉の新緑。

青々とした緑が日、1日と濃くなり

もこもことした山々の茂みが

わさわさと大きくなっていきます

今が最高の季節です


posted by LJ21 at 23:54| Comment(3) | TrackBack(0) | 岩手県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岩手県岩泉町 モーとんふぁみりー 穴田佐和子 2日目

今日はソーセージを作りました。
モーとんふぁみりーでは20種類くらい有るスパイスを独自のレシピで配
合してソーセージを作ります。

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以前は結着剤というお肉とお肉をくっつける役割を持つ添加物(りん酸塩・
これが噛んだ時にパリッ!と言う食感を出します)
を入れてほとんどのソーセージを作っていましたが、最近ではうちのソー
セージは無添加のものが主流になりつつあります。
これも時代のニーズなのでしょうか?

私がはじめた当初は無添加のものなど邪道だとまで言われた時代で、な
かなか美味しい無添加ソーセージもありませんでした。
ですが、皆さん普通に売られているソーセージのパッケージの裏に書かれ
ている原材料欄の多さを見たことがありますか?
だいたい10行近く書かれているでしょうか。
その中で自分が普段目にする事が出来るものはどれくらい有るのでしょう
か?
私はまずソーセージを作る時の匂いが嫌いでした。
何でだろう?この匂いは???

まず、大手スパイスメーカーの作るミックススパイスをやめました。
ミックススパイスにはその中にもうすでに様々なスパイスが調合されており
それさえ混ぜれば簡単に様々な種類のソーセージを作る事が出来ます。
ですが、ここに何が混ぜられているかがわからない。
はっきり言って、詳細は企業秘密なわけです。
そしてここに混ぜられている添加物はキャリーオーバーと言い、自分のソ
ーセージのラベルにはその中に使われている添加物の名前を記入しなく
てもよい事になっています。

私は、その時技術的にも最低限必要と思われたりん酸塩を単独で取りよ
せミックススパイスをやめました。
これで何故か臭いと思った匂いはなくなりました。続きを読む
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2006年05月22日

岩手県岩泉町 モーとんふぁみりー 穴田佐和子 初日

はじめまして。
岩手県の沿岸岩泉町でハムソーセージ屋をやっています穴田
と申します。いわゆるIターンでして、連れ合いといっしょに今か
ら10年前に都会からここに移り住みました。

「なぜここに住んでるの?」というのはよく聞かれる質問。
22歳のその当時、あまり深くは考えなかったと言うのが本音な
のでありますがそのきっかけは、大学時代、将来青年海外協力
隊や海外の国際協力をするNGOなどに行くことを目指す人の集
まった「アジア・アフリカ研究会」というサークルに入った事がすべ
ての始まりでした。

今この地域でお世話になっている養豚家高橋真二郎・雅子さん
がサークルのOB・OGでありIターンの先駆者でもあったのです。
代々、このサークルに入ると
「海外に行って人様に農業を教える前に自分が日本の農業をし
っかりと学べ!」という高橋さんの言葉の元、新入生が入るとす
ぐに洗礼のように
「岩手に行け!そこで働け!」とまるで獅子が我が子を谷から突
き落とすかのごとく送りこまれるわけです。

当然、都会で「農業をやってみたいわ〜」なんて軽く考えていた10
代の若者にとっては豚を1000頭近くも飼う農家の生活なんてもの
は想像に絶するほど体力的にも精神的にもきついわけです。

しかし、そのきつい中にも農業をやる喜びや楽しさ、本物に触れる
感動なんて物があったりしてだんだんと生き生きしてくる。
そして都会に戻った時に逆カルチャーショックを受けてしまうのです。




そして、ここには地域という物がある。まだ、結いと呼ばれる共同
システムが残っているのです。

学生達がわらわらと作業に来ると、学生の手伝いなんて労こそあ
ってもほとんど功にはならないのですが、地域の人達が集まって
きて「よくきたよくきた」ともてなしてくれる。

何度も何度も通っていると、次第にはうちとけ更に仲良くなっていき
農家の方々が私の好みの銘柄の酒まで持参して来てくれて夜な夜
な呑みながらいろんな話しをしてくれたのです。

新興住宅地で暮らし、およそ何不自由なく平平凡凡と暮らしていた
私にとってはそれはもう刺激的でした。生活観あふれる魅力的な田
舎でした。

そんなこんなで、えいやっ〜!と大学卒業すると同時にやはり同じ
サークルでここに来ていた連れ合いと一緒に住みつき、
アレ??と思ったら10年経ってしまっていた・・・・と言う訳なのです。



今日はここまで。。


岩泉の夕暮れ。

ここは空気が透明でとても空が高く澄んでいます。
特に朝焼け、夕焼けは日本一!と勝手に思っています。
見とれてしまうくらい綺麗です。


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岩手県岩泉町 モーとんふぁみりー 穴田佐和子 初日

はじめまして。
岩手県の沿岸岩泉町でハムソーセージ屋をやっています穴田
と申します。いわゆるIターンでして、連れ合いといっしょに今か
ら10年前に都会からここに移り住みました。

BTH2572454_0B.jpg

「なぜここに住んでるの?」というのはよく聞かれる質問。
22歳のその当時、あまり深くは考えなかったと言うのが本音な
のでありますがそのきっかけは、大学時代、将来青年海外協力
隊や海外の国際協力をするNGOなどに行くことを目指す人の集
まった「アジア・アフリカ研究会」というサークルに入った事がすべ
ての始まりでした。

今この地域でお世話になっている養豚家高橋真二郎・雅子さん
がサークルのOB・OGでありIターンの先駆者でもあったのです。
代々、このサークルに入ると
「海外に行って人様に農業を教える前に自分が日本の農業をし
っかりと学べ!」という高橋さんの言葉の元、新入生が入るとす
ぐに洗礼のように
「岩手に行け!そこで働け!」とまるで獅子が我が子を谷から突
き落とすかのごとく送りこまれるわけです。

当然、都会で「農業をやってみたいわ〜」なんて軽く考えていた10
代の若者にとっては豚を1000頭近くも飼う農家の生活なんてもの
は想像に絶するほど体力的にも精神的にもきついわけです。

しかし、そのきつい中にも農業をやる喜びや楽しさ、本物に触れる
感動なんて物があったりしてだんだんと生き生きしてくる。
そして都会に戻った時に逆カルチャーショックを受けてしまうのです。

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2006年05月14日

新潟県岩船郡朝日村 鈴木信之 7日目

最終日となりました。今日はどぶろく用の酒米高嶺錦の田植えをしました、田植えは30分くらいで終わりましたが、去年まで減反していた田んぼのためクロ付けや排水の整備非常に大変でした、一度荒らした農地はなかなか元に戻すのは大変なことを感じました、しかし、この中山間地では、これからじわじわと耕作されない田んぼが増えてくるようです。
田んぼの仕事は大変でしたが精神的には非常に解放されます、それより、言うことの聞かない、パソコンの前での仕事は精神的に本当に疲れますね。(よくわからないもので)
最後になりましたが、フロンティアクラブについてのお話しで締めたいと思います。
平成8年6月に、高根を愛する仲間が集い、楽しく暮らせる高根を作ろうということで、30代〜50代の40数名が集まって作った団体です。集落を知ろうから始まり、遊休農地の開墾、ひまわり畑の整備、イベント開催を重ねながら他地域との交流をし、ワークショップの開催、研修会、講演会の開催などを繰り返し廃校の利用計画をし、実際の食堂を開店し、それに伴いどぶろくの製造を開始しました。あれこれ、事業を展開させてきましたが、早10年が経ちました。今までの事業を振り返り今後の方向性を見直す時期でもあります。記念誌作りも予定してます。この情熱を長〜く持ち続け、地道に継続してゆく事業、また新たなことにも挑戦してゆきたいと思います。是非、高根の遊びに来て下さい。学校の校庭につくった石窯でピザを焼いて、一緒に乾杯しましょう。
一週間誤字脱字とひどい文章にお付き合いくださいましたありがとうございました。

posted by LJ21 at 19:25| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新潟県岩船郡朝日村大字高根 鈴木信之 7日目

最終日となりました。

今日はどぶろく用の酒米高嶺錦の田植えをしました、田植えは30分くらいで終わりましたが、去年まで減反していた田んぼのためクロ付けや排水の整備非常に大変でした、一度荒らした農地はなかなか元に戻すのは大変なことを感じました、しかし、この中山間地では、これからじわじわと耕作されない田んぼが増えてくるようです。

田んぼの仕事は大変でしたが精神的には非常に解放されます、それより、言うことの聞かない、パソコンの前での仕事は精神的に本当に疲れますね。(よくわからないもので)

最後になりましたが、フロンティアクラブについてのお話しで締めたいと思います。
平成8年6月に、高根を愛する仲間が集い、楽しく暮らせる高根を作ろうということで、30代〜50代の40数名が集まって作った団体です。集落を知ろうから始まり、遊休農地の開墾、ひまわり畑の整備、イベント開催を重ねながら他地域との交流をし、ワークショップの開催、研修会、講演会の開催などを繰り返し廃校の利用計画をし、実際の食堂を開店し、それに伴いどぶろくの製造を開始しました。

あれこれ、事業を展開させてきましたが、早10年が経ちました。今までの事業を振り返り今後の方向性を見直す時期でもあります。記念誌作りも予定してます。この情熱を長〜く持ち続け、地道に継続してゆく事業、また新たなことにも挑戦してゆきたいと思います。是非、高根の遊びに来て下さい。学校の校庭につくった石窯でピザを焼いて、一緒に乾杯しましょう。

一週間誤字脱字とひどい文章にお付き合いくださいましたありがとうございました。
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2006年05月13日

新潟県岩船郡朝日村 鈴木信之 5,6日目

昨日はフロンティアクラブ総会でその後懇親会でおそくなりお休みしました。
おとといはIRORI会議の勢いでわがパートナーにIRORI報告をしてもらいました。(送信の関係で今日になったみたいです。)
今日は親戚の結婚式で朝7時にでかけ帰ってきてフロンティアのことを記書きましたが、送信がうまくいかずどこかに消えてしまいがっくりきて今日は気力がわきませんのでこれにて終わります。
鈴木


posted by LJ21 at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新潟県岩船郡朝日村大字高根 鈴木信之 5,6日目

昨日はフロンティアクラブ総会でその後懇親会でおそくなりお休みしました。
おとといはIRORI会議の勢いでわがパートナーにIRORI報告をしてもらいました。(送信の関係で今日になったみたいです。)
今日は親戚の結婚式で朝7時にでかけ帰ってきてフロンティアのことを記書きましたが、送信がうまくいかずどこかに消えてしまいがっくりきて今日は気力がわきませんのでこれにて終わります。
鈴木
posted by LJ21 at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 新潟県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月12日

新潟県岩船郡朝日村 鈴木信之 4日目

こんばんわ、疲れ気味の信之に代わりパートナー初登場です。
さっき書いたのにサーバー混雑していてあとで送信なんてことしてるうちに、消えてしまってがっかりです。どこへいったんでしょう私のコメント、ガックリです。
気を取り直し、再度トライです。

山のおいしさ学校食堂IRORIの紹介をします。少子化か合理化かよくわかりませんが、全国廃校ブームです。高根小学校もご多分に漏れず、123年の歴史に幕を下ろし、2000年3月閉校になりました。子供たちは10キロ離れた小学校までバス通学になりました。

1年2年と経つうちに、汚れた危険校舎となり、取り壊されるまでただそこにあるだけです。心のよりどころとして何とか残したい、活用する方法はないものか、と検討を重ね、2003年10月、食堂IRORIとして再生することができました。ここにいたる過程は、かなり苦労がありました。こんな山の中に食堂を作って、誰が来る?サルならいっぱいいるけど、とか、ろくな料理も出せないでお金をもらっていいものか、改修のお金はどうするか等など、できない理由は山ほど出ました。

なかなか話が前に進まない。こんな私たちの背中を押してくれたのは結城登美雄先生でした。たくさんの助言や事例を示し、私たちに勇気を下さいました。集落の多くの人たちの協力があって学校が食堂になりました。


教務室は食堂、校長室はそば打ち場、調理室は厨房に改修し、学校のイメージを残し黒板や椅子はそのまま使っています。料理は、新鮮な山菜、野菜を使った田舎料理、栽培したそばを石臼で挽き、手打ちそばとして、岩魚の塩焼き・燻製など、どれも手作りです。

スタッフは25人くらいで、主婦、働いてる女性や男性が兼業で関わっています。バイトの高校生もいます。料理係り2名、そば打ち係り1名、そばゆで・岩魚係り1名で交代でしています。営業日は、土日祝日で、11時30分開店、ラストオーダー2時30分です。平日でも10人以上で予約制で承っています。



廊下は直売場でもあり、山菜を採って持ってくるおじいちゃん、冬仕事に草履を編んだり、お手玉を縫ったお婆ちゃんのモノなどが売られています。お年寄りにはずーと元気でいて欲しい。毎日、家族のために食事を作り続けている主婦は、たまに学校に出て気分転換して、好きなこといいながら料理して、おいしいとほめられ、おまけにお小遣いがもらえる、こんないいことはない、と話しています。



山のおいしさをお客様に提供し、集落の人たちの技や力が学校に集まってみんなが元気になる。これがこの学校のコンセプトと思います。まだ、経営的な視点が欠けるせいか、収益はトントンから少しマイナスです。無駄が多いのかな?素人集団です。いまだにお金をもらうことにどこか抵抗を感じている。予想を下回るお客さんに余った料理は持ち帰り、今晩のおかずになることもしばしば・・・どなたかアドバイスお願いします。しかし、学校を通じて人と人との交流が始まりました。お金にならない部分のもっと付加価値のあるものも大切にしたいと考えています。



写真を載せたかったのですが、重くて遅いので割愛します。食堂IRORIで検索していただくと、学校が食堂に変わるまでの軌跡をご覧いただけます。
夫はすやすや眠っています。明日は登場できると思いますので、よろしくお願いいたします。

posted by LJ21 at 00:16| Comment(1) | TrackBack(0) | 新潟県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新潟県岩船郡朝日村大字高根 鈴木信之 4日目

こんばんわ、疲れ気味の信之に代わりパートナー初登場です。
さっき書いたのにサーバー混雑していてあとで送信なんてことしてるうちに、消えてしまってがっかりです。どこへいったんでしょう私のコメント、ガックリです。
気を取り直し、再度トライです。

山のおいしさ学校食堂IRORIの紹介をします。少子化か合理化かよくわかりませんが、全国廃校ブームです。高根小学校もご多分に漏れず、123年の歴史に幕を下ろし、2000年3月閉校になりました。子供たちは10キロ離れた小学校までバス通学になりました。

BTH2550006_0B.jpg

1年2年と経つうちに、汚れた危険校舎となり、取り壊されるまでただそこにあるだけです。心のよりどころとして何とか残したい、活用する方法はないものか、と検討を重ね、2003年10月、食堂IRORIとして再生することができました。ここにいたる過程は、かなり苦労がありました。こんな山の中に食堂を作って、誰が来る?サルならいっぱいいるけど、とか、ろくな料理も出せないでお金をもらっていいものか、改修のお金はどうするか等など、できない理由は山ほど出ました。

なかなか話が前に進まない。こんな私たちの背中を押してくれたのは結城登美雄先生でした。たくさんの助言や事例を示し、私たちに勇気を下さいました。集落の多くの人たちの協力があって学校が食堂になりました。
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2006年05月10日

新潟県岩船郡朝日村大字高根 鈴木信之 3日目

どぶろく仕込みを終えて家に帰ってきたばかりなので新鮮な話の方がいいと思いまして、3日目フロンティアクラブの10年にしようと思いましたが、予定変更でどぶろくの話にします。

昨年の3月に朝日村が構造改革特区の認定を受け、どぶろく製造ができるようになりました。今までであれば6キロリットル以上生産しなければ酒製造免許が取れなかったわけでいたが、特区認定により瓶1個でも製造免許が取れるようになったわけです。

 ただそれには2つの要件があり、食堂又は宿泊施設を経営してなければいけないことと、農業を経営してなければいけないということでした、その要件に私がちょうど当てはまり製造免許申請をしました、大そうな書類を付け税務署に5月に申請し何回かの聞き取りをされ製造免許を与えるにふさわしいか(?)審査され8月11日免許をもらうことができました。まじめな生活していることが証明されたようです。

そして、第1回目の仕込みが10月26日に行われました、そして繰り返すこと今日の仕込みで22回行いました。

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posted by LJ21 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 新潟県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新潟県 鈴木信之 3日目

どぶろく仕込みを終えて家に帰ってきたばかりなので新鮮な話の方がいいと思いまして、3日目フロンティアクラブの10年にしようと思いましたが、予定変更でどぶろくの話にします。
昨年の3月に朝日村が構造改革特区の認定を受け、どぶろく製造ができるようになりました。今までであれば6キロリットル以上生産しなければ酒製造免許が取れなかったわけでいたが、特区認定により瓶1個でも製造免許が取れるようになったわけです。
 ただそれには2つの要件があり、食堂又は宿泊施設を経営してなければいけないことと、農業を経営してなければいけないということでした、その要件に私がちょうど当てはまり製造免許申請をしました、大そうな書類を付け税務署に5月に申請し何回かの聞き取りをされ製造免許を与えるにふさわしいか(?)審査され8月11日免許をもらうことができました。まじめな生活していることが証明されたようです。
そして、第1回目の仕込みが10月26日に行われました、そして繰り返すこと今日の仕込みで22回行いました。
仕込み手順は、水22gに麹が7.6kg、乳酸20ml、酵母アンプル1本をいれたタンクに、きれいに磨いだ米12kgを蒸して、それを30℃まで冷まして仕込みます仕込温度が21℃、次の日には15℃くらいになりその温度を保ちながら10日〜14日間管理します、それで出来上がりです。
22回の中では温度がうまく上がらなく酢ぱっ味が少し強いどぶろくもありましたが、現在まで一滴のどぶろくもあますところなく販売しました。
わたしのどぶろくを一度飲みにいらしてください。
最後に、どぶろくのエピソードひとつ話して今日の報告を終わります。
2,3年前私の祖母(91歳)が昔ながらの作り方で、内緒でどぶろくを作ったらしいそれをペットボトルにいれて軽くふたをしておいたのに、母はどぶろくのことをよく知らずきつくふたをして冷蔵庫にしまって置いたらしい。
 祖母が夜中に少し眠れないので、そのどぶろくを飲もうとし、ふたを開けたら天井までどぶろくが吹き上げ全身どぶろくだらけになり、こっそりと着替え何もなかったように片付けておいたが、しばらくした天井にしみが現れそのことが判明した。
どぶろくを、飲むときは充分気をつけましょう。
鈴木


posted by LJ21 at 20:00| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新潟県岩船郡朝日村大字高根 鈴木信之 2日目

2日目最初のお知らせは、本日は私の45回目の誕生日です。記事を作成後は家族(祖母、母、妻、長女長男、次女の7人家族です)での誕生会です。適当に記事を書き、誕生会をしたいと思いますのでよろしく(笑い)

 高根の今日は、25度と初夏を思わせる暑さでした。
 そのため山が急に目覚め、新緑がピカピカ光りまぶしい状況です。みどり、黄緑、赤と私はこの季節は秋の紅葉よりきれいだと思います。

今日は天気がよかったので、どこの家の庭先でも、ぜんまい干しが盛んに行われています。生ぜんまい10kgが干しあがると1Kgになります。今はぜんまいがたくさん栽培され山から折ってくる物は少なくなっています。
私も30才代は2時間以上、山を歩き50sのぜんまいを折り、またそれを担いで2時間近くかけ下ってきていましたが、5,6年前から行かなくなっています、そして肥満になりました(笑い)。

 また、今は田植え準備が大忙しの日々です、私は日中は、サラリーマンですので今日も仕事を終えてから7時近くまで田んぼの代かきをしてきました。来週からは高根も田植えがはじまってきます、田んぼに水が張られ水面がきらきらひかり、苗が植えられ2週間もすると田んぼ全体がみどりのじゅうたんに変わります。
これからが、高根の一番いい季節です。

今日は高根フロンテアクラブの十年を書こうと思いましたが、明日にします、明日またよろしく。
鈴木
posted by LJ21 at 10:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 新潟県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月09日

新潟県岩船郡朝日村 鈴木信之 2日目

2日目最初のお知らせは、本日は私の45回目の誕生日です。記事を作成後は家族(祖母、母、妻、長女長男、次女の7人家族です)での誕生会です。適当に記事を書き、誕生会をしたいと思いますのでよろしく(笑い)
 高根の今日は、25度と初夏を思わせる暑さでした。
 そのため山が急に目覚め、新緑がピカピカ光りまぶしい状況です。みどり、黄緑、赤と私はこの季節は秋の紅葉よりきれいだと思います。
今日は天気がよかったので、どこの家の庭先でも、ぜんまい干しが盛んに行われています。生ぜんまい10kgが干しあがると1Kgになります。今はぜんまいがたくさん栽培され山から折ってくる物は少なくなっています。
私も30才代は2時間以上、山を歩き50sのぜんまいを折り、またそれを担いで2時間近くかけ下ってきていましたが、5,6年前から行かなくなっています、そして肥満になりました(笑い)。
 また、今は田植え準備が大忙しの日々です、私は日中は、サラリーマンですので今日も仕事を終えてから7時近くまで田んぼの代かきをしてきました。来週からは高根も田植えがはじまってきます、田んぼに水が張られ水面がきらきらひかり、苗が植えられ2週間もすると田んぼ全体がみどりのじゅうたんに変わります。
これからが、高根の一番いい季節です。
今日は高根フロンテアクラブの十年を書こうと思いましたが、明日にします、明日またよろしく。
鈴木
 


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2006年05月08日

新潟県岩船郡朝日村大字高根 鈴木信之 1日目

初日から遅れました。会議があり、今帰って来て文章を考えています。
はじめまして、高根フロンティアクラブの鈴木信之と言います、今週1週間よろしくお願いします。
今日は、高根を知っている方は少ないと思いますので、少し紹介いたします。

新潟県の北のはずれの朝日村の中にある180戸、人口800名余り暮し、四方を山に囲まれた自然豊な環境にあり春は山菜採り、夏は渓流釣り、秋はきのこ狩りで賑わい、冬は雪にすっぽり覆われ(積雪1.5〜2.0M)、春の雪解け水を貯え静かな山村にかわります。

主な産業は、古くは林業でしたが、現在は近隣市町村で働く若者がほとんどで、農業林業は50〜60代がやっているのが現状です。
特産物としては、高根の雑排水の一滴も入らないコシヒカリ、天蓋高原の大根、アスパラなどの高原野菜、そして一番は豊富な山菜です。

交通手段は、公共交通としては新潟交通のバスが1日5往復だけです。
インターネット事情もアナログ回線のため写真を送ることができませんので下手な文章で想像ください。

明日からは、高根フロンティアの軌跡やら廃校を利用した食堂、どぶろく製造などを紹介していきたいと思いますのでよろしくお願いします。
posted by LJ21 at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 新潟県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新潟県岩船郡朝日村大字高根 鈴木信之 1日目

初日から遅れました。会議があり、今帰って来て文章を考えています。
はじめまして、高根フロンティアクラブの鈴木信之と言います、今週1週間よろしくお願いします。
今日は、高根を知っている方は少ないと思いますので、少し紹介いたします。
新潟県の北のはずれの朝日村の中にある180戸、人口800名余り暮し、四方を山に囲まれた自然豊な環境にあり春は山菜採り、夏は渓流釣り、秋はきのこ狩りで賑わい、冬は雪にすっぽり覆われ(積雪1.5〜2.0M)、春の雪解け水を貯え静かな山村にかわります。
主な産業は、古くは林業でしたが、現在は近隣市町村で働く若者がほとんどで、農業林業は50〜60代がやっているのが現状です。
特産物としては、高根の雑排水の一滴も入らないコシヒカリ、天蓋高原の大根、アスパラなどの高原野菜、そして一番は豊富な山菜です。
交通手段は、公共交通としては新潟交通のバスが1日5往復だけです。
インターネット事情もアナログ回線のため写真を送ることができませんので下手な文章で想像ください。
明日からは、高根フロンティアの軌跡やら廃校を利用した食堂、どぶろく製造などを紹介していきたいと思いますのでよろしくお願いします。

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2006年05月07日

東京都東大和市 三橋彩子 7日目

土曜の夜、放牧の1人から萱野茂さんがお亡くなりになったことを知らせる電話がありました。
 彼女の一報ではじめて知った私は返す言葉がしどろもどろでした。
 つい先月の放牧舎ミーティングで、「今年こそは萱野さんに会いにゆこうよ」と盛上がっていたばかり。「萱野さんにまだ何もお返ししてないね」といいながら。
 19951996年、二風谷で資料館の民具整理やアイヌ模様を描いたブラインド制作をしていました。こちらがアイヌ民族や文化について学ばせていただくという立場だったんですが、東京に帰る折、萱野さんは私たちにお礼を包んでくれました。そのお金は関わった人数分に割って私の手元にもきたのですが、どうしても使うことができず、記録写真のアルバムにはさんで今もそのままにしてあります。
 「いつか萱野さんに関わる事につかおうっと」と思っていた2500円。数日後に二風谷行く交通代に使う以外に今は考えつきません。
 自分が一番悩んでいた時に会った手足の長いおおきなアイヌの人。いろいろな二風谷の景色を見せてくれたアイヌの人。今だ信じられないけれど御冥福をお祈りしなくてはいけません。

★今日の出来事★
GWらしいこともなかったので、何となくドライブ。
その後はいつもどおりのトレーニング。淡々とした日々です。

posted by LJ21 at 02:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東京都 三橋彩子 7日目

土曜の夜、放牧の1人から萱野茂さんがお亡くなりになったことを知らせる電話がありました。

 彼女の一報ではじめて知った私は返す言葉がしどろもどろでした。
 つい先月の放牧舎ミーティングで、「今年こそは萱野さんに会いにゆこうよ」と盛上がっていたばかり。「萱野さんにまだ何もお返ししてないね」といいながら。

 19951996年、二風谷で資料館の民具整理やアイヌ模様を描いたブラインド制作をしていました。こちらがアイヌ民族や文化について学ばせていただくという立場だったんですが、東京に帰る折、萱野さんは私たちにお礼を包んでくれました。そのお金は関わった人数分に割って私の手元にもきたのですが、どうしても使うことができず、記録写真のアルバムにはさんで今もそのままにしてあります。

 「いつか萱野さんに関わる事につかおうっと」と思っていた2500円。数日後に二風谷行く交通代に使う以外に今は考えつきません。
 自分が一番悩んでいた時に会った手足の長いおおきなアイヌの人。いろいろな二風谷の景色を見せてくれたアイヌの人。今だ信じられないけれど御冥福をお祈りしなくてはいけません。

★今日の出来事★
GWらしいこともなかったので、何となくドライブ。
その後はいつもどおりのトレーニング。淡々とした日々です。
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2006年05月06日

東京都東大和市 三橋彩子 6日目

LJとのお付き合いは、個人としては地図制作の仕事が多いのですが、放牧舎員が複数で関わっていたのは2004、2005年、東京国際フォーラムでひらかれた「ニッポン食育フェア」の時でした。ブースのディスプレイ担当をさせていただいたんですが、LJ側の発想がけっこう大胆なんです。2004年は干物の魚をブースの端から端までぶらさげたい! 2005年は餅花を両側からしだれ桜のように飾りたい! などなど、重さのある材料を2日間固定させるのをどうしようか試行錯誤でした。でも当日はモチーフとして華やかだったのか、どちらもTVカメラの被写体になって放送されてました。「いいもの少しだけおすそわけ」コーナーの商品もこだわっただけあって、殆ど品切れになってましたし(私自身も相当買いました)、達成感のある仕事をさせてもらえたと感謝しています。

★今日の出来事★
毎週土曜は西立川と新所沢で3コマサルサを教えます。
西立川で初級と中級を教えた後、愛車のマーチ・コレットに乗って新所沢へドライブ!
家に帰るのは24時ちかくです。
インストラクター3年目にしてようやく生徒が満足してくれるレッスンを提供できるという自信がでてきました。

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東京都 三橋彩子 6日目

LJとのお付き合いは、個人としては地図制作の仕事が多いのですが、放牧舎員が複数で関わっていたのは2004、2005年、東京国際フォーラムでひらかれた「ニッポン食育フェア」の時でした。

ブースのディスプレイ担当をさせていただいたんですが、LJ側の発想がけっこう大胆なんです。2004年は干物の魚をブースの端から端までぶらさげたい! 2005年は餅花を両側からしだれ桜のように飾りたい! などなど、重さのある材料を2日間固定させるのをどうしようか試行錯誤でした。でも当日はモチーフとして華やかだったのか、どちらもTVカメラの被写体になって放送されてました。

「いいもの少しだけおすそわけ」コーナーの商品もこだわっただけあって、殆ど品切れになってましたし(私自身も相当買いました)、達成感のある仕事をさせてもらえたと感謝しています。

★今日の出来事★
毎週土曜は西立川と新所沢で3コマサルサを教えます。
西立川で初級と中級を教えた後、愛車のマーチ・コレットに乗って新所沢へドライブ!
家に帰るのは24時ちかくです。
インストラクター3年目にしてようやく生徒が満足してくれるレッスンを提供できるという自信がでてきました。
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2006年05月05日

東京都東大和市 三橋彩子 5日目

昨日は一日中外に出ていたため、日記をさぼってしまいました。。

 LJとのお仕事の話しのつづきでしたね。
 現地調査にも同行させてもらって制作をするというのは、デザイナーにとってはとても嬉しいことです! 特に地図は、写真や文章だけではどうしてもよみとれない、その場の空気や生活臭こそ制作のうえで必要だと思うのです。対象とつながること、は放牧舎は大切にしているのですが、そのことを同じように大切に思ってくれるLJのような依頼主は多くは有りません。
 なので、群馬県片品村(http://www28.cds.ne.jp/~localj/map/katashina.html)や岩手県室根村(http://www28.cds.ne.jp/~localj/map/kugiko.html)のマップ作りはほんとうに楽しい仕事でした。地元学のエキスパートである朝田さん、浦嶋さんの話もうかがいながら、地元の方と触れ合えるので(そして地元のお料理も頂ける!)やはり資料だけで作ったものよりも、仕上がりによりリアルがあると思います。地図と実際の場所の感覚に差があることって結構ありませんか? それって実際はデザイナーは現地に行っていないことが多いのではないかな、と思うのですが、さて…?

★今日の出来事★
入稿データ発送や、パソコンのメンテナンスなど、事務的なことを済まして
夜は福生の基地内でラテンバンドの生演奏があるというので、スポンサーを見つけ
遊びに行きました! 何とメキシコ料理タダで食べ放題、いいのかな?!
DJタイムは久々にパートナーとフリーダンスを楽しみました。


posted by LJ21 at 01:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東京都 三橋彩子 5日目

昨日は一日中外に出ていたため、日記をさぼってしまいました。。

BTH2539334_0B.jpg LJとのお仕事の話しのつづきでしたね。
 現地調査にも同行させてもらって制作をするというのは、デザイナーにとってはとても嬉しいことです! 特に地図は、写真や文章だけではどうしてもよみとれない、その場の空気や生活臭こそ制作のうえで必要だと思うのです。対象とつながること、は放牧舎は大切にしているのですが、そのことを同じように大切に思ってくれるLJのような依頼主は多くは有りません。

 なので、群馬県片品村や岩手県室根村のマップ作りはほんとうに楽しい仕事でした。地元学のエキスパートである朝田さん、浦嶋さんの話もうかがいながら、地元の方と触れ合えるので(そして地元のお料理も頂ける!)やはり資料だけで作ったものよりも、仕上がりによりリアルがあると思います。地図と実際の場所の感覚に差があることって結構ありませんか? 
それって実際はデザイナーは現地に行っていないことが多いのではないかな、と思うのですが、さて…?

★今日の出来事★
入稿データ発送や、パソコンのメンテナンスなど、事務的なことを済まして
夜は福生の基地内でラテンバンドの生演奏があるというので、スポンサーを見つけ
遊びに行きました! 何とメキシコ料理タダで食べ放題、いいのかな?!
DJタイムは久々にパートナーとフリーダンスを楽しみました。
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2006年05月03日

東京都東大和市 三橋彩子 3日目

フリーのグラフィックデザイナーとなって放牧活動にも参加していくなかで、いろいろな人との出会いがありました。日本山村会議の実行委員として初対面したLJ21の朝田さんは、放牧の活動に共感してくれた方のひとりです。
 2004、2005年のニッポン食育フェアではLJ21ブースのディスプレイをやらせていただきました。私自身は、主に地域の観光マップの制作を担当させてもらいました。
 岩手県大船渡市盛町マップは資料を素材とした制作でしたが、群馬県片品村越本地区、岩手県水沢町、室根村マップの制作では現地取材の同行もさせていただきました。
 デザイナーを現地取材にも伴わせるのって、とても難しいことだと思うのですが、わたしたち放牧舎の活動姿勢を理解してくれ何とかやりくりをしてくれました、感謝です!

 明日は観光マップ制作のための現地取材について書きましょう。

★今日の出来事★
 連休ですが、夫は朝から仕事に行きました。。。
私はサボっていた風呂掃除をしてスッキリ。
連休明けの入稿データをつくりました。そのほかはゴロゴロ。。
夕方夫が帰ってから、少し仮眠をして
夜のトレーニングに集中するために、車で20分のダンススタジオへ。
コンペティションの振付や練習を2時間ほどこなす。
帰宅、就寝。

posted by LJ21 at 15:10| Comment(1) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東京都 三橋彩子 3日目

フリーのグラフィックデザイナーとなって放牧活動にも参加していくなかで、いろいろな人との出会いがありました。日本山村会議の実行委員として初対面したLJ21の朝田さんは、放牧の活動に共感してくれた方のひとりです。
 2004、2005年のニッポン食育フェアではLJ21ブースのディスプレイをやらせていただきました。私自身は、主に地域の観光マップの制作を担当させてもらいました。
 岩手県大船渡市盛町マップは資料を素材とした制作でしたが、群馬県片品村越本地区、岩手県水沢町、室根村マップの制作では現地取材の同行もさせていただきました。
 デザイナーを現地取材にも伴わせるのって、とても難しいことだと思うのですが、わたしたち放牧舎の活動姿勢を理解してくれ何とかやりくりをしてくれました、感謝です!

 明日は観光マップ制作のための現地取材について書きましょう。

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posted by LJ21 at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 新潟県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月02日

東京都 三橋彩子 2日目

さて、「『萱野茂のアイヌ語辞典』」の挿絵を描くため集まった学生たちは、北海道沙流郡二風谷のアイヌコタンへ何度となく足をはこびました。萱野茂の資料館の民具整理や博物館のスケッチ、聞き取りを繰り返し挿絵は描かれていきました。

 この時のメンバーで1999年には自主制作集団「放牧舎」をたちあげます。その名前は「柵にとらわれることなく、自由奔放に飛びまわる小鳥たちのいる〈エリア〉」の意を含め付けられた名称です。
 私たちの制作活動の基本は、地域に根付く生活文化にあります。
 『絵を描く』ことを拠り所にしながら、 地域の人々に話を聞き、そこに暮らす人々の中にある豊かな知識に刺激され、 それらをひたすら学ぶことが放牧舎の原点です。
 そして、学んだことから新たな『何か』を生み出していくことを目標に活動しています。

 私自身は卒業後、杉並区のデザイン事務所で4年間働き、退職する前後から、長野県南信濃村の霜月祭の記録、岐阜県白川郷荻町の合掌屋根の吹き替えの記録に参加しました。現地では皆何かを発見しようと、朝早くから町を歩き、スケッチし、写真をとる。人の話を聞く。記録作業の後、夜遅くまで記録ノートをつける。炊事洗濯は当番制。私は朝がよわいのですが、ほかの舎員が薄暗いうちから布団から起きだして支度をしているのを見て、「私もなにか発見しなきゃ」とあわてて起きたものです。おかげで放牧活動ではいつも寝不足でした(笑)。
 大学のどの授業よりも、サークル活動よりも、放牧の活動が私の観察力を鍛えてくれたように思います。

 明日は放牧舎とLJとの関わりについて書こうと思います。

★今日の出来事★
朝、神保町の出力センターにオンライン入稿をして、昼過ぎに神保町の某所でリーフのプレゼンテーションをする。おおむね気に入ってくれたよう。
恵比寿の治療院でたまっていた懲りをとってもらう、至福。。。
書店などで資料を物色、収穫はなし。
夜から六本木のサルサレッスンを受けにいく。
その後、銀座でインストラクターをしている女友達とイントラトークをして、サルサクラブへ流れる。
帰宅、就寝。

posted by LJ21 at 14:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東京都 三橋彩子 2日目

さて、「『萱野茂のアイヌ語辞典』」の挿絵を描くため集まった学生たちは、北海道沙流郡二風谷のアイヌコタンへ何度となく足をはこびました。萱野茂の資料館の民具整理や博物館のスケッチ、聞き取りを繰り返し挿絵は描かれていきました。

 この時のメンバーで1999年には自主制作集団「放牧舎」をたちあげます。その名前は「柵にとらわれることなく、自由奔放に飛びまわる小鳥たちのいる〈エリア〉」の意を含め付けられた名称です。

 私たちの制作活動の基本は、地域に根付く生活文化にあります。
 『絵を描く』ことを拠り所にしながら、 地域の人々に話を聞き、そこに暮らす人々の中にある豊かな知識に刺激され、 それらをひたすら学ぶことが放牧舎の原点です。
 そして、学んだことから新たな『何か』を生み出していくことを目標に活動しています。
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posted by LJ21 at 00:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月01日

東京都 三橋彩子 1日目

はじめまして。東京生まれ&育ちの三橋彩子と申します。
私はいつも2種類の名刺を持ち歩いています。ひとつはグラフィックデザイナー 三橋彩子。もうひとつはサルサダンサー・インストラクター Ayaです。「一体どっちがやりたいんだ、お前はァ!」と叱られてしまいそうですが、今のところどちらかの職業を辞めることは考えていません。
どちらも私にとって大切な大好きな職業なのです。

「今週の私」というタイトルですから、毎日の出来事を綴るのがよいのでしょうが、私の場合はLJや日本の各地とのかかわりについて過去を遡りながら、書いていきたいと思います。

今日は私が学生の時の話しです。

 1995年当時、私は武蔵野美術大学3年生でした。この頃の私は将来に対し、無知ゆえの漠然とした不安をかかえていました。ほとんど衝動的に、民俗学の教鞭をとっていた相澤韶男教授の教授室のドアをたたくと、先生は「知人の本が出版されるのだけど、そのなかの挿絵を学生に頼もうと思っている」とさっぱりとした顔で言われました(相澤教授は同大学建築科卒で、当時民俗学の教鞭をしていた宮本常一の教えをうけ日本の古い町に執着していった私の恩師です。福島県南会津下郷町大内を国重要伝統的建造物群保存地区選定に導いた第一人者ともいえます)。

 それは1996年7月10日発行になる「『萱野茂のアイヌ語辞典』」という598頁の辞典のことでした。「アイヌ語。。アイヌ…?」言葉の意味がまるで分かりませんでしたが、今の自分から抜け出したいという想いから挿絵スタッフとして参加を希望しました。

 集まった生徒たちは視覚伝達デザイン、建築、美術科、油彩科、彫刻科…と、普段交流のない科ばかりで新鮮でした。挿絵は資料を見ながら描くのかと思ったら、モチーフを実際に目にするために北海道に行きなさいと言われ、びっくりしたのを覚えています。「見なければ始まらない」といった風に淡々と。
 のちに放牧舎となる仲間たちは、こんなふうにして出会いました。

「見て、始める」という私の仕事に対する姿勢もここから学んでいったものです。

★今日の出来事★
A4/カラー/3折のリーフの色確認のためKita(夫でありダンスパートナー)と新宿の出力センターへ行く。
待ち時間の間、新宿「DISK UNION」でサルサ新譜を物色するが、収穫はなし。
出力を受取り後、バレエ用品店「チャコット」でKitaが新しいシューズを購入。
一応連休気分を味わおうと、千疋屋パーラーで1300円のフルーツ盛り合せを食べてみる。20時をまわっていたので総菜屋でおかずを買い、『巧名が辻』の録画を観ながら夕食(夜食?)。
いつものサルサトレーニングを済ませ就寝。



posted by LJ21 at 12:31| Comment(1) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イタリア ウンブリアから 朝田今日子 7日目

午後、隣近所のカポッチ家の女の子、ジュリアが庭に咲いているふじとリラの花束を持って来てくれた。この間彼女の家で会った時に「わあー、いい香り」と言ったから持って来てくれたのだと気づく。14歳のジュリアには、私たち一家が日本に滞在する時にドッグシッターを頼む。動物に対する愛情と責任感は並々ならぬもので、安心してまかせられるのだ。 

自著の「オリーブオイルのおいしい生活」に彼女の話を書いたことがある。そこには、一家が豚の解体をする時、9歳の彼女が豚の目玉を転がして遊んでいたということを書いた。それはただの気持ち悪いびっくり笑い話の中に、両親が行なう豚の解体を通して彼女と食べ物に対する密接な関係を書きたかったのだ。 

ジュリアの家では10種類以上の鳥、ヤギ、ウサギなどたくさんの家畜を飼っている。何年か前、彼女が泣きはらした目で庭に座っているところを通りかかった。「どうしたの?」と聞くと、かわいがっていた子ヤギをお父さんが夕食用に絞めたという。その時はどう慰めたらいいのか言葉を失ってしまった。



彼女の動物好きは自分の子供の頃を思い出す。マンション暮らしで動物を飼えなかったが、近所の犬や猫の世話も一手に引き受け、近くにあった宮崎大学の農学部(4歳から4年間を九州の宮崎県で暮らした)の馬小屋に入り浸り、頭にワラをつけて歩いていた。あとから母親に聞いたのだが、「今日子ちゃんてちょっと匂うのよね」と近所で言われていたそうだ(笑)。しかし大好きな動物と自分の食べているカツやとりの唐揚げとは結びついていなかった。 

泣いているジュリアを見た時、彼女のような環境にいたら菜食主義になるのではと思ったが、今の所、いつもおいしそうに肉料理を食べている。動物は心底かわいがる。そこが彼女と食べ物の健全な関係を表しているように思う。(菜食主義が不健全と言っているわけではないよ) 

田舎に暮らすようになって、自分の食べているものは何からできているのか考えるようになった。以前もそりゃあちょっとは考えていたが、実際に畑や野で採れるもの、家畜を解体して作る料理は、素材の味を最大限に活用し、ごちゃごちゃと余計なものを入れなくなった。マヨネーズもケチャップもウスターソースもブイヨンも、変なサラダドレッシングも、もう何年も買ったことがない。私にとってはおいしいものを食べてうれしいと思うことは、自然との関わりを密接にしているのだ。


1週間お付き合いくださいまして、ありがとうございました。また、新しい場で書く機会を与えて下さった私と同じ名字の朝田くに子さん、どうもありがとうございました。 


posted by LJ21 at 09:35| Comment(1) | TrackBack(0) | イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東京都 三橋彩子 1日目

はじめまして。東京生まれ&育ちの三橋彩子と申します。
私はいつも2種類の名刺を持ち歩いています。ひとつはグラフィックデザイナー 三橋彩子。もうひとつはサルサダンサー・インストラクター Ayaです。「一体どっちがやりたいんだ、お前はァ!」と叱られてしまいそうですが、今のところどちらかの職業を辞めることは考えていません。
どちらも私にとって大切な大好きな職業なのです。

「今週の私」というタイトルですから、毎日の出来事を綴るのがよいのでしょうが、私の場合はLJや日本の各地とのかかわりについて過去を遡りながら、書いていきたいと思います。

今日は私が学生の時の話しです。

BTH2528673_0B.jpg


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posted by LJ21 at 00:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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