2006年07月31日

ブログのお引越し

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

Doblogがこのところ機能不全に陥っており、大変ご迷惑をおかけしております。
ただいま、他のブログへの移行を準備中です。
そのため、今週1週間、お休みをいただきます。
来週からは、新しいブログで再開します。
URLは、近々、お知らせいたします。

ローカル・ジャンクション21事務局

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2006年07月30日

埼玉県所沢市 待井 聡 3,4,5日目

3日間、島での仕事と付き合いが忙しく、予想に反してブログにアップする時間がありませんでした。すみません。。
さて今日は式根の紹介をします。
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2006年07月29日

埼玉県所沢市 待井 聡 1日目

いま私は伊豆諸島の一つ、式根島に来ています。
きっかけは6月中頃、島のおばあ (おばちゃんと呼ぶと怒られるらしく、名前で呼ぶ。) たちが大変そうに木の刈り込みをしていたのを手伝い、さらに島内清掃まで駆り出されたことが始まりです。

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今回は、そのつてもあって一週間だけ島の店で働かせてもらっています。現在、私が働かせてもらっているのは、『奥山商店』という食品・雑貨・お土産を扱うお店です。
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2006年07月28日

埼玉県所沢市 待井 聡 3・4・5日目

3日間、島での仕事と付き合いが忙しく、予想に反してブログにアップする時間がありませんでした。すみません。。
さて今日は式根の紹介をします。

式根島は新島のとなりにあり、伊豆七島の一つです。東京からだと竹芝客船ターミナルから大型船で8時間、ジェット船で2時間30分かかります。島は外周12km、人口約600人の小さな島です。島には幼稚園から小・中学校があり、校舎もとてもきれいです。水や電気はとなりの新島からケーブル等で引いていますが、かつては新島から運んできたり、島民出資で発電機を購入するなど大変な苦労をされたそうです。

開島百二十年を経たこの島は、かつて他の新島や神津島、あるいは八丈島などから移り住んできた人々によって創られてきました。近年では東京圏からの流入もあるようです。そのためか島の人々は元気で明るく、開拓精神も静かに感じられます。(もちろん他の島と同様、島民の高齢化が進み、シニアカー〔電動三輪車〕をよく見かけます。)
こうした背景を持つ式根には、島外民との象徴的な島づくりの歴史があります(個人の印象として)。この島の地鉈温泉は地を鉈で削ったような険しい場所にあり、明治34年頃までは陸からでなく、海からしか行くことができなかったといいます。しかし当時、この島の漁港建設に集められた下田の石工たちが、仕事の合間をぬってここに道を拓いていったそうです。温泉好きの石工たちだったのでしょう、島にあった魅力は島外民の視点を加えてさらに魅力的なものへと昇華されました。以前と比べ容易に温泉へと行くことができるようになった現在、ここを訪れた多くの人はこの温泉を称え、そこかしこの岩に名前を書き連らねてゆくようです。まさに”場”の芳名帳のように。


近頃私は、まちの魅力の源泉を、場を想う多くの人の行為の積み重ねなのではないかと思っています。かつてこうしたことがあった、こんなに凄かった、というコト・名前を伝え踏襲するだけでなく、今現在果たしてどのような行為がおこなわれているのか、どのように今と向き合われているのか、過程が営まれているか、という点こそが、まちの魅力を生々しく感じさせるように思います。先の話と直接関連したものではありませんが、ここ式根には今もそうした島民や島外民との協働による生々しい、素敵な魅力づくりがうごめいています。手作りの温泉「山海の湯」、こつこつと草花が植えられ伸ばされてきた名無しの湯道。奥山商店のアニイは、島のために大変努力されているそうですが、先日は「シニアカーレース」の話で大いに盛り上がりました。すごくやりたい! 他にも「くもらーず」や、「明日葉云々」と個人ブランドも生まれており、この式根には島を想う多くの人と行為が積み重ねられつづけています。

実は本日、式根を発ち東京→埼玉に着きました。
長雨でようやくの晴れ間も続き、今朝の奥山商店は大忙し。多くの方に短いお別れをし、船へと乗り込みました。思い出せば島の動脈のひとつである商店を経験し、港での荷降しから配達、果ては中学校の職場体験生「タクト君」との遭遇。そうそう、長雨のときは港近くで土砂崩れもありましたし、夜の温泉+海水浴+夜光虫発見もしました。

相変わらずディープな島体験をさせてもらいましたが、来る9月1日から10日には黒潮祭りがあるそうで、その通行手形を貰ったために再度式根へ行く予定です。

PS:式根のインジー、ウンバア、オジイ、オンバア、アニイ、アマニイ。お世話になりました。有難うございます。


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2006年07月25日

埼玉県所沢市 待井 聡 1・2日目

いま私は伊豆諸島の一つ、式根島に来ています。
きっかけは6月中頃、島のおばあ (おばちゃんと呼ぶと怒られるらしく、名前で呼ぶ。) たちが大変そうに木の刈り込みをしていたのを手伝い、さらに島内清掃まで駆り出されたことが始まりです。
今回は、そのつてもあって一週間だけ島の店で働かせてもらっています。現在、私が働かせてもらっているのは、『奥山商店』という食品・雑貨・お土産を扱うお店です。



島の商店といっても都会の商店と扱っているものはそう異なるわけではないのかもしれません。例えば切手からカップラーメン、あるいは魚・名産品などなど・・・。ただその扱っているものに違いを見出すなら、その商品を誰が買ってゆくのか、あるいは誰が作ったのかを想像することが比較的容易なのだということです。特に弁当はその代表と言えるように思います。弁当は朝、パートのおばあたちがやって来て多くの商品を作り、店頭に出され、昼にいくつかの食卓へと提供されてゆきます。それは島の誰かが忙しいとき、食事を作れないとき、あるいは作った本人たちの食事として弁当作りの名人たちから店を介して島の人の手に渡ってゆくのです。
島の商店は、その店数や流通環境から都会の商店と比べて、その選択肢が少ないものの、扱う商品の中に、こうした個人と個人の補い合うような関係が成立しているように私は思うのです。こうしたことは都会の商店では難しいことでさえも容易に乗り越えた出来事が起きたりもしています。
例えば、オリジナルブランド発祥の店となったり、飲みの場となったり、はたまたタクシーもどきが出たりと、場に遭遇した個人と個人との間で成立した交換が、とても心地よく、また自然におこなわれています。島の人に言わせれば、もちろん不思議がられるかと思いますが、そんなことが何故、都会ではおこなわれないのかを考える人は少ないように思います。
と、まぁ、こんなよく分からないことを考えながら、式根島に来て4日が経ちました。私が帰るのは28日。帰りたくないなぁ。。


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2006年07月23日

千葉県浦安市 村田泰夫 5,6日目

岩手県の早池峰山に登ってきた。20日と21日に休みをとり、盛岡市郊外にいる友人に案内してもらった。あいにくの雨空で、東京の友人から「なぜ梅雨の真っ只中に山登りなんて」とあきれられた。

FI2621955_1E.jpg続きを読む
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千葉県浦安市 村田 泰夫 7日目

両モモの筋肉が痛い。木、金に休んで山登りした疲れが出てきた。
2年近く山に登っていなかったのに、少し張り切りすぎたのかもしれ
ない。久しぶりに自宅でのんびりし、たまった新聞を読んで過ごした。

 来月に入ると本格的な夏休みシーズンだが、今年は例年になく
忙しくなる。今年から農林公庫主催で、プロ農業者たちによる全国
規模の展示商談会を開くことにした。8月8日(火)、9日(水)の両日、
東京・有明のビッグサイトで開く「第1回アグリフードEXPO」である。

 展示商談会の趣旨をあらわすキーワードは「あくまでも国産に
こだわる」と、「農と食をつなぐ」である。

 不思議に思われる方が多いかもしれないが、これまで国産農産物に
的を絞った全国レベルの展示商談会は、開かれてこなかった。食料品
の大規模な展示商談会としては、毎年幕張で開かれる「フーデックス」
が有名だが、世界第2の経済大国である日本市場を狙った海外の食品
メーカーや政府機関の出展が目立ち、さながら「輸入農産物フェアー」
の様相を強めている。これが、国産に的を絞った展示商談会を立ち
上げることにした理由のひとつである。

 本来の狙いはもちろんビジネスマッチングにある。国産ブランドを担い、
魅力ある農産物づくりに取り組んでいる農業経営者や、地元産品を活用
したこだわりの食料品を製造している食品メーカーに、広域的な販路拡大
の機会を提供することである。

 7月上旬に出展者の募集を締め切ったところ、予定を大幅に上回る
260ブースの出展が見込まれることになった。私たちの狙いが当たった
ものと自画自賛したい気持ちだ。農林公庫の取引先には、日本農業の
担い手として期待される立派な法人経営の農業者が多く、そうした
法人が一同に会することになる。

 一方、規模は小さいが有機栽培に徹する「こだわり生産者」の出展も
ある。少量であっても高品質な国産農畜産物を探しているレストランの
シェフにも必見の展示商談会になると思う。

 これからの私たちは、開催日までの2週間余り、流通業の仕入れ
担当者(バイヤー)に多数来場してくれるよう、働きかける重要な仕事
が残っている。

 今年は初年度で、しかも開催までの準備期間が短く、思うように
いかなかった面もある。それでもなんとか第1回展示商談会を成功
させることで、開催の趣旨を全国の農業生産者に知ってもらいたいと
思っている。そして、次年度以降定着させ、「国産農産物を知るなら
アグリフードEXPO」といわれるようなメジャーな展示商談会に育てて
いきたい。

posted by LJ21 at 16:24| Comment(0) | TrackBack(1) | 千葉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

千葉県浦安市 村田泰夫 7日目

両モモの筋肉が痛い。木、金に休んで山登りした疲れが出てきた。2年近く山に登っていなかったのに、少し張り切りすぎたのかもしれない。久しぶりに自宅でのんびりし、たまった新聞を読んで過ごした。

来月に入ると本格的な夏休みシーズンだが、今年は例年になく忙しくなる。今年から農林公庫主催で、プロ農業者たちによる全国規模の展示商談会を開くことにした。8月8日(火)、9日(水)の両日、東京・有明のビッグサイトで開く「第1回アグリフードEXPO」である。

展示商談会の趣旨をあらわすキーワードは「あくまでも国産にこだわる」と、「農と食をつなぐ」である。
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2006年07月22日

千葉県浦安市 村田 泰夫 5、6日目

岩手県の早池峰山に登ってきた。20日と21日に休みをとり、盛岡市
郊外にいる友人に案内してもらった。あいにくの雨空で、東京の友人
から「なぜ梅雨の真っ只中に山登りなんて」とあきれられた。

 「梅雨明け十日という言葉を知らないの。梅雨が明けた十日間は
天候が安定し、山登りには絶好なんだよ」。そう返答したが、ことしは
まだ梅雨が明けていないから、友人は怪訝な顔をしていた。実は夏季
休暇の届けは、だいぶ前に出さざるを得なかった。平年の梅雨明けは
7月20日だから、20日と21日に休みをとったのである。

 梅雨明けが平年並みなら私の話もそれなりに根拠があったのだが、
九州や長野で土砂崩れで犠牲者が出たというニュースを盛岡の友人
宅で、複雑な思いで聞くことになった。もうひとつ、計算外のことが起きた。
盛岡の郊外では携帯電話が「圏外」になってしまうのである。そのため、
パソコンを旅先に持参したにもかかわらず、この報告も東京に帰った
22日に送信せざるを得なくなった。ごかんべん願いたい。

 早池峰は私がまだ大学生だった約40年ほど前から、あこがれていた
山である。山の名称も魅力的だが、なんといってもハヤチネウスユキソウ
(写真)を見たかった。エーデルワイスの名前で知られた可憐な高山植物
である。雨が降っても登りたかったのは、ちょうどいまがウスユキソウの
最盛期だからで、頂上からの眺望が悪くてもかまわなかった。

 友人の車で、ふもとの小田越へ。途中、紫波町を通過した。「あっ、
あさださんやうらしまさんが騒いでいた(すみません!)町だ」と思った。
そういえば、このあいだ、仕事でご一緒した増田寛也知事も「フルーツ
ランドといって、県内でも豊かな町です」と自慢していたことを思い出した。

 小田越から、蛇紋岩の岩場を急登することになるが、頂上まで途中
15分の休憩をはさんで、2時間10分で登ってしまった。ご一緒してくれた
友人も私と同じ年配で62歳だが、たいへんな健脚だ。頂上近くで行き
会った地元の自然監視員に感心された。最大の目的だったハヤチネ
ウスユキソウは、群落して咲いていた。登りは朝7時過ぎから行動を
開始したおかげで、雨には降られなかった。霧がたちこめ、冷たい風が
吹いて雨具をかぶらざるを得なかったが、まずまずの山行だった。

 下りの途中から、雨が降り出し、蛇紋岩がぬれて足場が滑べるのには
閉口したが、昼前にはふもとにおりてしまっていた。早池峰山の標高は
1917メートル。東北の山の特徴は信州・上越の山と比べて標高は低くても
高山帯の雰囲気をかもし出しているところにある。以前、秋田駒ケ岳に
コマクサを見に行ったことがあった。帰りに確か、黒湯温泉に一泊した。

 東北の山の魅力は、低山なのに高山植物をたやすく見られるのと、
ふもとに湯量の豊かな天然温泉があることである。今回は、友人宅に近い
岩手山のふもとにある網張温泉につかってきた。もちろん、掛け流しで、
体の芯からあたまるすばらしい温泉だった。



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2006年07月20日

千葉県浦安市 村田泰夫 4日目

19日に、「中山間地域フォーラム」の初めての運営委員会が開かれた。
このフォーラムは、7月1日に設立したばかりのNPO(非営利組織)で、中山間地域の再生支援のためのネットワークである。
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千葉県浦安市 村田 泰夫 4日目

19日に、「中山間地域フォーラム」の初めての運営委員会が開かれた。
このフォーラムは、7月1日に設立したばかりのNPO(非営利組織)で、
中山間地域の再生支援のためのネットワークである。

 東京・平河町の砂防会館で開かれた設立総会には、全国から200人
もの研究者、実務家、町村長ら行政担当者、一般市民が集まり、狭い
会場に入りきれないほどの盛況だった。発起人のひとりとしてこんなに
うれしいことはない。会長には農村計画学が専門の佐藤洋平・東大
名誉教授が選ばれた。

 「ちゅうさんかん」と打ち込むと、私のパソコンでは「中産間」と変換
される。でも、広辞苑には「中山間地域」という見出し語が載っている。
まだまだ一般的にはなじみのない言葉だが、少しずつ市民権を得つつ
あるということだろうか。

 中山間とは、もともと農林統計の専門用語である。農水省・統計
情報部は、日本の農業地域を「都市的地域」「平地農業地域」「中間
農業地域」「山間農業地域」の四つに分類している。そのうち、地形が
緩やかに傾斜し始め山地に至る「中間」と「山間」の両地域を合わせた
地域をいいあらわす言葉が「中山間」だ。日本の農地面積、農業生産、
農家戸数の約4割を占める。

 私たち日本人のふるさとであり原風景がそこに展開する農山村なの
だが、過疎化、高齢化のど日本農業の難しい問題がぎゅっと詰まった
地域でもある。そうした問題を取り上げる際に便利なので、「中山間」
という言葉が専門家や行政の間でよく使われるようになったのである。

 農業生産や地域社会の維持の上で多くの問題を抱えている地域で
あるが、同時に、美しい景観、豊かな自然、実りある農産物など、
さまざまな恵みに私たちに与えてくれる可能性のある地域でもある。
その秘めた潜在力を引き出し、地域の元気を取り戻すお手伝いが
できないか。そんな思いで発足したのが「中山間地域フォーラム」である。

 シンポジウム、ワークショップ、提言など、さまざまな活動が予定されて
いる。中でも私たちが力を入れようとしているのが「中山間地域再生
モデル地区」での支援活動である。特定の地域、集落に入り込み、
実証的な検討と具体的な助言や支援をしようというものだ。行政でも
ない、コンサルタント会社でもない、専門家と実務家の有志による
フォーラムの活動に期待してほしい。

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2006年07月19日

千葉県浦安市 村田 泰夫 3日目

きのうは、農林公庫で私の担当している広報部門のスタッフの送別会。
銀座の居酒屋でやった。スタッフの数は課長以下5人だが、この日は、
異動するスタッフの後任と、編集協力してくれている外部のスタッフ、
研修中の新人それに私の計9人が参加した。異動するのはベテラン
女性職員。働き者でずいぶん頼りになるスタッフだった。今後は支店
勤務になるが、きっと新しい境地を開いてくれることだろう。

 通常はスタッフ5人で、公庫の機関誌である「AFCフォーラム」(公庫
月報)、融資の顧客向けのPR誌である「アグリフード・サポート」、
公庫職員向けの社内報「Wa」の三つの雑誌を作成している。さらに、
随時記者クラブ向けに資料配布や記者会見を開くなどのマスコミ
対応をしている。

 異動する職員には、これまで社内報をおもに担当してもらった。実は、
社内報は今年に入ってから発刊し始めた。かなり前にはあったそうだが、
「ペーパーレスの時代だから」という理由で廃刊したそうだ。職場には
原則として職員ひとりずつにパソコンが貸与されている。社内のできごと
は、パソコンのメールなどを通じて伝えているので、紙で配布する社内報
は不要と判断したらしい。

 ばかげたことだと私は思った。外部から公庫に来て、最初に感じたことは
社内の風通しの悪さである。政策金融改革の嵐が吹きまくっている時期
でもあるから、社内に先行きに不安も渦巻いている。本店と支店との情報
格差も著しい。OBへの情報発信もない。そこで私は、紙ベースによる
社内報の復活を提案した。「つくる手間が大変」「作成する経費がもったい
ない」「配るのが面倒だ」などなど、一部に批判のための批判もあった。
しかし、発刊してみると、すこぶる好評である。

 私は、発刊に当たり、次のような趣旨のメッセージを職員に伝えた。

 「ITより逢いてぇ」。知人の発行する個人情報誌のキャッチである。公庫
の社内報にもこれを借用したい。いくらデジタル時代とはいえ、顔を付き
合わせた会合に勝るコミュニケーションの手段はない。仕事を終えた
後の居酒屋での一杯は、職場でのぎすぎすした人間関係を和らげて
くれる。公庫の職員には一体感が欠けている。改革に直面するいまこそ、
役職員が一丸となって職務に取り組む「火の玉集団」となるべきなのに、
各人がばらばらでは力が出せない。社内報は、あえて紙というアナログ
の手法を採用した。ぬくもりと息づかいの感じられる手段だと思うからだ。
「顔の見える」社内報の真骨頂は、作り手と読み手に強い連帯感をつくリ
あげるところにある。

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千葉県浦安市 村田泰夫 3日目

きのうは、農林公庫で私の担当している広報部門のスタッフの送別会。
銀座の居酒屋でやった。スタッフの数は課長以下5人だが、この日は、異動するスタッフの後任と、編集協力してくれている外部のスタッフ、研修中の新人それに私の計9人が参加した。異動するのはベテラン女性職員。働き者でずいぶん頼りになるスタッフだった。今後は支店勤務になるが、きっと新しい境地を開いてくれることだろう。
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2006年07月18日

千葉県浦安市 村田泰夫 2日目

昨年4月から、農林漁業金融公庫で理事として働いている。前職は新聞記者だから、いまの組織とは利害関係はまったくない。定年退職したが「隠居」の気分にもなれず、もう少し社会とかかわり続けたいな、と思っていた矢先、突然指名された。

しがらみのない立場で、農林公庫の改革のお手伝いをして欲しいということだと理解し、引き受けた。役所からの天下り役員の数を減らさざるを得ない事情もあったようだ。担当は経営改革全般だ。
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千葉県浦安市 村田泰夫 1日目

17日は「海の日」で祝日である。私にとって、土日や祝日は「休み」ではないことが多い。いまは農林漁業金融公庫で働いているが、前職であった新聞記者をしていたころから、「怠け者の節句働き」が習い性になっている。平日は人と会ったり酒を飲んだり、のんべんだらりと過ごしているため、締切に迫られてくると、世間の休日に出勤し、原稿書きに追いまくられるのである。
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千葉県浦安市 村田 泰夫 2日目

昨年4月から、農林漁業金融公庫で理事として働いている。前職は
新聞記者だから、いまの組織とは利害関係はまったくない。定年退職
したが「隠居」の気分にもなれず、もう少し社会とかかわり続けたいな、
と思っていた矢先、突然指名された。

 しがらみのない立場で、農林公庫の改革のお手伝いをして欲しいと
いうことだと理解し、引き受けた。役所からの天下り役員の数を減らさ
ざるを得ない事情もあったようだ。担当は経営改革全般だ。

 私は天下りではないし、前の会社との関係で気を使うこともない。私
が何か失敗をしでかせば私の信用と名誉に傷がついても、ほかに失う
ものはまったくない。それなら、思い切って改革の旗を振るか。そう
思って1年余りやってきた。職員の意識改革には少しはお役に立って
いると自負している。

 役員会は月に1回だが、総裁を除く役員6人が毎週集まる「役員
懇談会」が毎週火曜日に開かれる。きょうは、その日だ。テーマは、
統合後の組織のあり方について。農林公庫は平成20年10月に
中小企業金融公庫、国民生活金融公庫などと統合することになって
いる。小泉内閣の政策金融改革の一環で決まった。

 農林漁業者が必要とする資金を引き続ききちんと提供する役割を
果たすとともに、いかに効率のよい組織に変えていくか。それが、私
たちに課せられた課題である。ああでもない、こうでもないと議論を重
ねるうちに、もっともいい解を得たいと思っている。

 農林公庫の職員はみんなまじめだ。能力もある。しかし、その能力
を十分に発揮できていない人たちもいる。その人たちの努力不足も
あるが、その潜在能力を引き出し切れていない組織にも問題がある。
職員が明るく楽しく働ける職場環境をつくること。それが私の役目だ
と思っている。



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千葉県浦安市 村田 泰夫 1日目

17日は「海の日」で祝日である。私にとって、土日や祝日は「休み」
ではないことが多い。いまは農林漁業金融公庫で働いているが、前
職であった新聞記者をしていたころから、「怠け者の節句働き」が習
い性になっている。平日は人と会ったり酒を飲んだり、のんべんだら
りと過ごしているため、締切に迫られてくると、世間の休日に出勤し、
原稿書きに追いまくられるのである。

 17日は終日、農林公庫の機関誌に載せる原稿の仕上げに追わ
れた。今年の5月の連休に有機農業推進議連の視察団に同行して
見に行ったキューバの有機農業がテーマである。有機農業といえ
ば、飽食の先進国で普及している農法で、食料確保に追われて
いる途上国で普及しているはずがないというのが、私の先入観
だった。ところが、世界の農業関係者の中で、キューバは有機農業
の先進地として知られている。その秘密を伝えたくて、リポートを書く
ことにした。

 秘密というほどのことはない。窮余の一策で始めたのが、振り
返ってみれば世界のトップランナーに躍り出ていたというのが本当
のところだ。1990年ごろまでのキューバ農業は、農薬と化学肥料
を大量に使い、農場にはソ連製の大型農業機械が走る「近代的」
な大規模機械化農業だった。サトウキビやタバコ、コーヒーなどの
モノカルチャー(単作)農業で、砂糖などの輸出代金で工業製品や
日常の生活物資を輸入する国際分業が経済の基本構造だった。

 それが、1990年代初頭のソ連・東欧圏の崩壊で、キューバ経済
は壊滅的打撃を受けた。共産圏諸国からの経済支援がとまっただけ
ではない。農産物の輸出先を失い、見返りに輸入していた物資が
入ってこなくなったのである。特に深刻だったのが、国民の食料
確保である。

 農薬や化学肥料、それにトラクター用の燃料がなく農業生産は
半減した。そして、やむなく始めたのが有機農業である。当初は
原始的な生産への回帰だったが、いまやその技術的水準は高い。
しっかりしたバイオ技術に裏づけされているからである。

 日本の有機農業技術だって捨てたものではない。キューバと
遜色ないのではないか。でもキューバにあって、日本にないもの
がある。それは有機農業を推進し普及するのだという政府の
支援策であり、行政担当者や研究者の熱い思いである。



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2006年07月16日

東京都杉並区 楊英美 6、7日目

昨日は雷で電車が止まったり、ひょうが降っていたそうですが、皆さんご無事でしょうか。一週間色々と書かせていただいて、ありがとうございました。今日で最後となりました。
日本は多島圏であり、人が住んでいる離島は300近くあります。九州の熊本県には天草市というところがあります。無数の島々が浮かぶ美しい天草諸島に、60年代に天草五橋という5つの橋が架けられ、それまで様々な面で苦しんで来られた島民の方々の悲願がかなえられたそうです。しかし、その中で橋がかからなかった島がありました。それが、御所浦島、牧島、横浦島からなる御所浦町です。その後、御所浦島と牧島の間に橋が架けられ、現在は、御所浦島と横浦島の間の架橋工事が進行しており、さらに横浦島と天草半島(本土から橋でつながっているために半島となる)の間の架橋を実現させよう、というのが目標にされています。
天草や瀬戸内海のような、内海の島々にとって、架橋の是非を問うことは、恐らくとても重要な問題であると思います。そしてそのことによって、意見が割れもするでしょうし、架橋を経て、痛切な問題が多々生まれているのも事実です。
島で生活しているわけではないので、このことに関して意見を言うのは無責任になってしまう危険性がありますが、私は御所浦町が離島のままである方が良いと思っています。架橋工事にかかる莫大な費用や、環境への影響もさることながら、瀬戸内海に見る、架橋後の地域の急激な過疎化や、本土と比較された時に競争力のない島の生産業が衰退していく様は見たくない、と思ってしまうからです。橋が架かれば島民とはいえ、島内の生産品より安い本土の生産品を求めるようになるでしょう。
今の御所浦は、島内で自給自足し、家の戸に鍵をかけることなく、港には怪しい他所モノが入って来やしないかと目を光らすタクシー運転手がいて、電話一本でどこにでも馳せ参じる貸し切り船(海上タクシーのことを島の人はこう呼ぶ)があって、とてもとても面白いのです。御所浦の港に発着する船の量は、全国の港の中でも上位に入るそうです。便利さとは何か、これはシンポジウムのときにも話されたテーマですが、谷口氏は「川下ではなく、川上を見なさい」と、何度もおっしゃっていました。離島では公共事業がなければ食べていけないが、そのことによって漁業が不振に陥るという矛盾する仕組みを抜け出し、川下の便利さを求めるのではなく、そこにしかない豊かさを、島民が享受し続けて行かれるような仕組みを作っていけたら、と願うばかりです。
今後も御所浦ならではの面白さを追求していきますので、温かく見守っていただければ幸いです。拙文にも関わらずおつき合いくださいました皆様、本当にありがとうございました。また、ご意見、ご質問などいつでもお待ちしております。

楊 英美
http://mata-tabi.net




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東京都杉並区 楊英美 6,7日目

昨日は雷で電車が止まったり、ひょうが降っていたそうですが、皆さんご無事でしょうか。一週間色々と書かせていただいて、ありがとうございました。今日で最後となりました。

BTH2621949_1B.jpg日本は多島圏であり、人が住んでいる離島は300近くあります。九州の熊本県には天草市というところがあります。無数の島々が浮かぶ美しい天草諸島に、60年代に天草五橋という5つの橋が架けられ、それまで様々な面で苦しんで来られた島民の方々の悲願がかなえられたそうです。

しかし、その中で橋がかからなかった島がありました。それが、御所浦島、牧島、横浦島からなる御所浦町です。その後、御所浦島と牧島の間に橋が架けられ、現在は、御所浦島と横浦島の間の架橋工事が進行しており、さらに横浦島と天草半島(本土から橋でつながっているために半島となる)の間の架橋を実現させよう、というのが目標にされています。



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2006年07月15日

東京都杉並区 楊英美 4、5日目

暑い日が続いています。私の家は3年前にクーラーが壊れ、そのまま一家全員がクーラーのない夏を幾度か乗り越えています。最近ではすっかり慣れ、なぁんだ、昔の人だってクーラーなんかなくて生活していたじゃないか、と思ったのですが、昔は今ほど暑くなかったはずですね。環境のためクーラーを使わないようにしよう、と言うなら、クーラーを使わなくても暑すぎない環境を作りたいものです。家の裏にマンションが増える度、気温が上がる気がします。

昨晩、沖縄に移住した友人から突然電話がかかってきて、8月に沖縄から奄美に行く5日間のサバニレースに一緒に出てくれないか、と誘われました。サバニというのは、沖縄の漁に使われる伝統的な舟で、木の板を接いで作られるもので、帆がついており、長距離の航海でも耐えられるものだそうです。私はまだサバニを漕いだことがないので、不安は少しありますが、友人は、必要なのは情熱だけだ、と断言していたので、即OKしました。がんばります!

実は私は、天草で櫓漕ぎの伝馬船に出会って、たいへん魅了され、2004年に島の子どもたちと、伝馬船で自分たちの島をめぐるワークショップをやりました。伝馬船は昔、桟橋がない港で、大きな船と陸の間を、荷物や人を運ぶために使われていた艀舟で、漁にも使われます。舟の後ろに付けた一丁の櫓で、水を捏ねるように動かして進みます。櫂も使われ、こちらは櫓よりも難しいといわれています。今では漁船は全てエンジンが付いて速く進むようになったので、伝馬船で漁をする人は本当にわずかに残るのみとなっています。島の大人たちに聞くと、子どもの頃は伝馬船は最高の遊び道具だったとか。子どもだけで勝手に伝馬船を漕ぎ出して、波にひっくり返されて、どうにか泳いで帰ってきて、親に思いきり叱られた、という経験はみんなしているみたいです。今の30歳くらいの人を境に、その下の世代は伝馬船を漕いだことがほとんどありませんでした。船が速くて危ないから、島の子どもたちは、港で泳いで遊ぶことがなくなり、伝馬船も次第に姿を消したというわけです。
2004年のワークショップのために、小学一年生の子どもから、中学3年生まで20人の子どもたちと伝馬船を漕ぐ練習をし、みんな驚くなかれ、本当に上手に舟を漕ぐようになりました。伝馬船を漕いでいる時、その一双の舟の行く先や、乗っているみんなや、色んな物が、一人の手と、一本の櫓に委ねられていて、子どもが漕いでいる時の表情は、それらを担っている責任感で、誇らしげに輝くのでした。無事に航海を終えた時は、何ともたくましく成長していました。



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東京都杉並区 楊英美 4,5日目

暑い日が続いています。私の家は3年前にクーラーが壊れ、そのまま一家全員がクーラーのない夏を幾度か乗り越えています。最近ではすっかり慣れ、なぁんだ、昔の人だってクーラーなんかなくて生活していたじゃないか、と思ったのですが、昔は今ほど暑くなかったはずですね。環境のためクーラーを使わないようにしよう、と言うなら、クーラーを使わなくても暑すぎない環境を作りたいものです。家の裏にマンションが増える度、気温が上がる気がします。

FI2621948_1E.jpg

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2006年07月12日

東京都杉並区 楊英美 2日目

今年の4月から、ビオアイランドネットワークという会を立ち上げました。島と島をつないで、島だからこそできる取り組みを提案していくことを目指しています。立ち上げメンバーは5人で、これまで御所浦島で一緒に活動してきた人たちです。

BTH2621947_1B.jpg6月25日にはビオアイランドネットワーク第1回シンポジウムを東京で開催しました。スピーチは飯田哲也氏(エネルギーの研究者)、谷口正次氏(資源の専門家)、長嶋俊介氏(島の専門家)、石川直樹氏(冒険家)ら4名が行い、ディスカッション登壇者には実際に島の方が参加してくださり、御所浦島から三宅さん、崎田さん、瀬戸内海白石島からは原田さんが参加して下さいました。

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東京都杉並区 楊英美 2、3日目

今年の4月から、ビオアイランドネットワークという会を立ち上げました。島と島をつないで、島だからこそできる取り組みを提案していくことを目指しています。立ち上げメンバーは5人で、これまで御所浦島で一緒に活動してきた人たちです。

6月25日にはビオアイランドネットワーク第1回シンポジウムを東京で開催しました。スピーチは飯田哲也氏(エネルギーの研究者)、谷口正次氏(資源の専門家)、長嶋俊介氏(島の専門家)、石川直樹氏(冒険家)ら4名が行い、ディスカッション登壇者には実際に島の方が参加してくださり、御所浦島から三宅さん、崎田さん、瀬戸内海白石島からは原田さんが参加して下さいました。

実際にスピーチで話されたこと、ディスカッションで話されたことは、あまりにも多岐に渡り膨大な容量を必要とするので、ここでは省略しますが、シンポジウム開催の初めの目標として考えていた、島のことを、島の人と、島の外の人と、島に関心がある人とが、話をする場を作る、というのが達成できたことに、強い意味を感じました。島の外の人でありながら、島が好きになり、島で起こる問題を自分の問題として考え、何かしたいと思っている方がこんなにいらっしゃったのか、と驚きました。

島の方の話を、生で聞くことで、観念的になり過ぎず、本当に必要とされていることを、島の方と協力してやっていくべきとの思いに至りました。パネラーの長嶋氏がその場でご提案してくださり、第2回目のシンポジウムを、今年の秋に東京池袋で行われる「アイランダー2006」の前夜に開催しようという計画も持ち上がりました。第1回目のシンポジウムにもかかわらず、多くの方が聞きに来てくださり、終了後の懇親会でも引き続き熱い討論が繰り広げられ、内心わくわくしていました。

私は風を起こすことはできても、土になることはできないが、そのどちらもが必要なのだと、常に思っています。今は、シンポジウムの開催を経て、実際に御所浦島で、新しい事業モデルになりうる取り組みができないだろうかと、検討している最中です。

「今週の私」ということから、今週何をやっているかということを、書こうと思います。
先週や来週なら東京にいないところですが、今週は東京で生活しています。先月いっぱいでこれまで務めていた美術館を退職し、フリーター?ということでしょうか・・・。1日のほとんどは事務的な作業をやっています。急遽もらったデザインの仕事もこなしつつ。

島ではありませんが、御所浦と同じ天草市に昨年から住んでいる仲間の加藤笑平君が、「天草在郷美術館」を8月6日にオープンさせるので、DMデザインを請け負ったりしています。美術館といっても個人経営のギャラリー併設アーティストインレジデンスです。加藤君の場合、東京で育ち、フリーターをしながらアーティストとして活動していましたが、昨年秋にIターンして天草市佐伊津町というところに家を借りて、作品制作をしています。そして、家を開放して、美術館とすることで、ご近所の方に気軽に立ち寄ってもらったり、島外のアーティストを招いたり、天草の物産をふるまったりできる場を作ろうと思いたったということです。もうすぐオープン。うまくいくと良いな、と思います。

御所浦で予定している、会議、ワークショップのことについて、島の方にいろいろと相談の電話をしました。私は島の方と世間話をしている時が1番好きです。
※写真はシンポジウム。長嶋氏提供


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2006年07月10日

東京都杉並区 楊英美 1日目

はじめまして 楊英美と申します。「今週の私」を一週間やらせていただきます。よろしくお願いします。

FI2621946_1E.jpg まずは自己紹介から書こうと思います。アーティスト、26歳。私のテーマは地域とアイデンティティです。人と人との関わり、モノを作ったり、共同体でイベントを行う過程の中で生まれるコミュニケーション(異なる価値観が交流し、影響しあいながら変化、成長していく)を奮起させようとしています。具体的には、ある地域の中で、住民の方や子どもたちと行うアートワークショップを通じて、遊び、交流し、地域の文化に目を向ける活動をしています。
 
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東京都杉並区 楊英美 1日目

はじめまして 楊英美と申します。「今週の私」を一週間やらせていただきます。よろしくお願いします。
 まずは自己紹介から書こうと思います。アーティスト、26歳。私のテーマは地域とアイデンティティです。人と人との関わり、モノを作ったり、共同体でイベントを行う過程の中で生まれるコミュニケーション(異なる価値観が交流し、影響しあいながら変化、成長していく)を奮起させようとしています。具体的には、ある地域の中で、住民の方や子どもたちと行うアートワークショップを通じて、遊び、交流し、地域の文化に目を向ける活動をしています。
 
 私が3年前に出会った地域が、熊本県天草市御所浦町(旧天草郡御所浦町)というところで、人口3000人程度の、漁業や柑橘類の栽培を主産業とする小さな離島でした。ここで、小中学校に通う小さな友達を作り、一緒に遊び、島を巡ってたからものを探し、見つけたさまざまのことがらを自分達の手で作品にしました。この島にはたからものがたくさんありますが、一番のたからものは、もちろん子どもたちです。島という海に囲まれた環境の中で、自然を利用しながらも、時に自然は脅威となり得、彼らは身を守り、協力して生きて行かねばなりません。島の全ての人たちにとって、島で暮らすということは、互いの身を守りながら生きるということを意味しています。ですから、自分の子どもでも、そうでなくても、子どもたちを本気で叱り、育てようとしています。そんな島で私は、今の活動を始めるきっかけをもらいました。
 子どもたちとの活動を通して、彼らが見ている世界が驚くほど現実的であったり、未来を考えるものであったりすることにびっくりします。大人も子どもも、島の人も、島の外の人も、まずはお互いの考え、感じていることを知る、そういうきっかけになる活動を心掛けています。



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新潟県新潟市 関田隆弘 5日目

ごめんなさい!不覚にも・・・
金曜の午後から寝込んでました。
肺がくもっているらしいです。
みなさんも気を付けてくださいね!

ということで、もう後がつかえてますので、
まとめて最後の1回にさせていただきます。
依頼してくださった朝田さん、ホントにすみません・・・

最後は、新潟のレアものを紹介します。
私が地域政策課時代に出会った「これは・・・」という一品を、
私のモノサシで申し訳ないですが10点選んで紹介します。
順不同です。

(1)コンニャク・ニンニクみそ炒め
上越市(旧板倉町)
お客様用の定番メニューではないのですが、私が行くとつくってくださったもの。
手作りコンニャクのザラザラ感に、シマリのあるみそダレが絡み合う。
定番化を望んでいます。

(2)枝豆(サトウイラズ)
十日町市(旧松代町)
名前のとおり、とにかく甘い。そして大粒です。
普通の豆よりも栽培期間が長く、9月の台風シーズンにかかると、
水まわりに弱いので管理がたいへんなのだそう。無農薬です。
時期になると、道の駅でも手に入ります。

(3)サトウイラズの納豆
十日町市(旧松代町)
これが納豆か?という代物。大豆の味がしっかりしていて、香ばしい風味。
納豆ギライの人でもイケルと思います。
発酵に、無農薬の稲ワラを使っているというこだわりよう。

(4)サトウイラズの豆腐
十日町市(旧松代町)
京都の高級豆腐店で、1丁2,000円で出せるという代物。
おじゃましたときに、ちょうどサンプルが届いて、まんまとありついたのですが、これがまた濃厚な大豆の味わい。子どもだちが醤油かけずにパクついてました。
これはまだ地元生産できないようです。設備投資にもお金かかりますし。

(5)タケノコ炭焼き
柏崎市(旧高柳町)
有名な高柳の茅葺きの宿。ご主人とともに囲炉裏を囲んでいただきます。
何でもおいしいのですが、タケノコを代表選手に選びました。
煮物に使う孟宗筍(太いヤツ)ではなく、細いタケノコです。
皮付きのまま囲炉裏で焼いて、あの時は醤油たらして食べたのかな?
ほのかにトウモロコシのような甘みを感じます。

(6)タニシみそ漬け
上越市(旧浦川原村)
タニシといっても、清水で養殖したキレイなもので、臭みは感じません。
これは、おいしいというより食感とレアだから、ということで個人的には好きなんです。
(おししくないわけではないです、念のため)

(7)イワナ寿司
十日町市(旧松代町)
これも清水で養殖したキレイなものです。イワナは元々清流のものですが。
シメル工程で「どぶろく」使ってます。お米も無農薬です。
イワナのサイズが揃わないと、お客様用にが出せないので、そういう意味でも結構レアです。

(8)山菜天ぷら
魚沼市(旧入広瀬村)
これは何の変哲もなく、どうしようかと思ったのですが、やはりエントリーせざるを得ません。
どこにでもある、というなかれ!「山菜共和国」の名前はダテではなさそうです。
作り手や出し方、時期などでも違うのでしょうが、餅は餅屋だと感心した思い出があります。

(9)黒米ちまき
十日町市
自家製の古代米(黒米、無農薬)を使った手作りのちまきです。
お米だけゆずってもらって家でオコワにしても十分楽しめます。
県外のメーカーに出して餅などをつくってもらってるところもありますが、やはり手作りというだけでも価値を感じます。
すごい山奥の小さな集落なんですが、地域づくりも特産づくりも一生懸命です。

(10)柿の天ぷら
上越市(旧板倉町)
第一印象はシイタケの天ぷらでした。でも何かが違う??
聞いてみるまで素材がわからなかった一品です。
これも定番ではないですが、好き嫌いはありそうです。(私は好き)


地域の人たちとお付き合いしていた日々、仕事とはいえ仕事ではないような感じで、とっても自然体でいられた日々。
懐かしいです。
最後は何か一人でノスタルジーに浸ってしまいました。

1週間(たった5回でしたが・・・)ありがとうございました。
どこかでお目にかかれることを楽しみにしています。

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2006年07月07日

新潟県新潟市 関田隆弘 5日目

ごめんなさい!不覚にも・・・金曜の午後から寝込んでました。
肺がくもっているらしいです。
みなさんも気を付けてくださいね!

ということで、もう後がつかえてますので、
まとめて最後の1回にさせていただきます。
依頼してくださった朝田さん、ホントにすみません・・・

最後は、新潟のレアものを紹介します。
私が地域政策課時代に出会った「これは・・・」という一品を、
私のモノサシで申し訳ないですが10点選んで紹介します。
順不同です。
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新潟県新潟市 関田隆弘 4日目

恐るべし、田舎の食文化!

2日目にUDがらみで少し書いた「非常食」に関してもう少し。
新潟大学で出した冊子では、「食」に関して弱者となってしまう
人たちのことを考えた「非常食」のあり方(加工方法など)に
とどまらず、その備蓄・供給のあり方にも言及しています。

「非常食」というのは、他の救援物資(毛布、使い捨てカイロ、
紙オムツなど)と一緒に、ある一定の場所に保管されていて、
それが被災地に運搬される仕組みになっています。
もちろん、そういう体制をとっておくことは大事なのですが、
やはり「食」に関しては、食べれればいいというものではなく、
避難生活が長引けば長引くほど健康面での配慮が必要ですし、
今回のように被災直後に2晩路上や車の中で過ごすようなことになると、やはり、家庭や地域での備蓄というものも必要なのだと指摘しています。
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新潟県新潟市 関田隆弘 4日目

恐るべし、田舎の食文化!

2日目にUDがらみで少し書いた「非常食」に関してもう少し。
新潟大学で出した冊子では、「食」に関して弱者となってしまう
人たちのことを考えた「非常食」のあり方(加工方法など)に
とどまらず、その備蓄・供給のあり方にも言及しています。

「非常食」というのは、他の救援物資(毛布、使い捨てカイロ、
紙オムツなど)と一緒に、ある一定の場所に保管されていて、
それが被災地に運搬される仕組みになっています。
もちろん、そういう体制をとっておくことは大事なのですが、
やはり「食」に関しては、食べれればいいというものではなく、
避難生活が長引けば長引くほど健康面での配慮が必要ですし、
今回のように被災直後に2晩路上や車の中で過ごすようなことに
なると、やはり、家庭や地域での備蓄というものも必要なのだと
指摘しています。

ひるがえって、典型的な田舎の食文化をみてみると、どこの家庭でも
「備蓄」してるんですね。
「保存」です。
米にしろ野菜にしろ、山から採ってくる山菜にしろ、とれる時期があります。
それを加工して、食べられる期間を長くするのは先人の知恵ですね。
干したり、塩漬けにしたり。お米は玄米のままとっておく。
海の幸を山に持って来るには、昔は最初から「保存」の工程が
必要でした。
地震とは違いますが、今年の20年ぶりの豪雪で孤立した集落でも、
冬の備えとして「保存」していたものが、災害時の「備蓄」になったといえます。

それに、田舎に行くと、大きな器に、ど−んとオカズが出てくる。
これは、ある程度つくり置きしておいて、その時食べる分だけを
食卓に出す。さらに、銘々が自分の食べる分だけとりわけていただく、
という文化です。
つくり置いても、食中毒が出たという話は聞いたことがありません。
衛生面に特に気をつかっているようには見えませんが・・・
つまり、適した食材を、適した方法でつくり置いているにほかなりません。

こういった食文化。それに加え、隣近所との日ごろからの付き合い(助け合い)。
これらが中山間地域を襲った未曾有の大災害において、
被害を最小限にとどめた要因のひとつではないかと思います。

都会でもよく、カレーのつくり置きとか、パンの冷凍保存とかしていると
思いますが、あれは解凍する過程で衛生的でないといけません。
田舎の食文化、あなどれません!

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2006年07月06日

新潟県新潟市 関田隆弘 3日目

新潟の食ブランドって??

みなさんは、新潟と聞いてイメージするものって何ですか?
米、水、酒、雪、拉致、地震・・・こんなとこですか。
先日、新潟のリサーチ会社が行ったアンケート結果が発表されました。
青森から福井までの日本海沿岸7県の中で、「住んでみたい県」「行ってみたい県」「その県の魅力(自由回答)」を問うものでした。
住んでみたい、行ってみたいが上位だったのは意外(県庁職員としての本音)だったのですが、もっと驚いたのが、その県の魅力として挙げられたもの。
食に関してはもちろん、おいしいお米だとか海産物といった回答は多かったのですが、何が驚きかって、他県の結果と比べて決定的だったのが、「固有名詞」が出てこないんです。
お米にしても、せいぜいコシヒカリ。「魚沼コシ」とか出てきません。

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新潟県新潟市 関田隆弘 3日目

新潟の食ブランドって??

みなさんは、新潟と聞いてイメージするものって何ですか?
米、水、酒、雪、拉致、地震・・・こんなとこですか。
先日、新潟のリサーチ会社が行ったアンケート結果が発表されました。
青森から福井までの日本海沿岸7県の中で、「住んでみたい県」「行ってみたい県」「その県の魅力(自由回答)」を問うものでした。
住んでみたい、行ってみたいが上位だったのは意外(県庁職員としての本音)だったのですが、もっと驚いたのが、その県の魅力として挙げられたもの。
食に関してはもちろん、おいしいお米だとか海産物といった回答は多かったのですが、
何が驚きかって、他県の結果と比べて決定的だったのが、「固有名詞」が出てこないんです。
お米にしても、せいぜいコシヒカリ。「魚沼コシ」とか出てきません。

新潟に来られたことのある方は思い出してみていただきたいのですが、具体的に「これがおいしい」「あれがお奨め」「どこそこに行ってみるといい」といった話を聞いたことがありますか?
反対に、「だいたい何でもおいしい」「こんなもんしかないけど(特別変わったもんはない)」というリアクションには心当たりがあるのでは?
特に新潟市など、街のほうに来られた方は経験されていると思います。

実は私自身も、県外からお客さんが来られると頭を悩まします。
1泊で来られて、お酒を楽しみながら新潟のうまいものをつまみたい、とか、お酒を買って帰りたい(自分で飲みたい、贈り物にしたい)けど何がお奨めか、など。
お酒というのは好みがあるから奨めにくいという意味なので別として、「食」ですよね。

いや、あるんですよ、新潟固有のもの・全国にあまりないもの。
のっぺい(汁)、わっぱ飯、舞茸、ズワイガニ、甘エビ、ノドグロ焼き、佐渡寒ブリ、鮭の酒びたし、枝豆(黒埼茶豆、弥彦娘)、十全なす浅漬け、ジャンボ油揚げ、カキノモト(菊の花)等々。
同じ食材でも、特定の産地とか、加工している業者さんとか、食べさせてくれるお店とかで、「ココ!」ってのも出てくるわけですが、どうしてあまり知られてないんでしょう?というか、うまく発信されてないんですよね。
口コミとかはあるけれど、大勢に向けて発信されていない。発信されていたとしても、誰に向かって発信してるのか曖昧だから伝わらない。言い換えると「ブランド」になっていないということでしょうか。

新潟県では、農林水産物のブランド化戦略に取り組み始めました。
ですがですが、特に海産物なんか、どれだけおいしいかって想像できます?
海があるからおいしいでしょ?って、そりゃ、海があれば魚くらいいますわ。
日本海の冷たい荒波でもまれて、身がしまる・脂がのる、まあ、それはあります。
実は私たち新潟の人間も、本当においしい地元海産物って、あまり口に入ることがないんですよ。いいものはほとんど築地に送られて、高級料亭とかにまわっちゃうんです。
ブランド化戦略も、簡単に言えば「地元にたくさんお金を落とす(残す)」ための手段なので、要は知名度を上げてお金持ちにたくさん買ってもらおうと。そんなことしてたら、ますます地元にはまわってこないし値段も上がりますから、一生活者、地元グルマーにとってはありがたくないですね。

ということで(どういうことで?)、
新潟の海産物がお目当てであれば、漁師さんがやってる民宿
ごはんがお目当ての場合、農家民宿と銘打っていても、つくったものは全量農協出荷で、買ったお米を出しているようなところもあるようですので、リサーチが必要です。
ホント、おいしいごはんにありつくと、おかずいりませんもの。
ごはんがうますぎて、せっかくのお料理まで手がまわらない(胃袋が追いつかない)なんて、もったいない民宿もありますし。
私も新米を某所から入手すると、ごはんだけで一膳いっちゃいます。

ごはんと言えば私、タマゴごはんが大好きです。あつあつのご飯に生卵と醤油かけていただくやつ。
新潟の小さな温泉宿で、究極のタマゴごはんを食べさせてくれるところもあります。テレビで紹介されたこともありますよ。
我が家には、島根県から、タマゴごはん専用の醤油が届きました。地域の特産として開発したもので、注文してから3か月かかりましたよ。
新潟でどうしてこういうことやらないんでしょうね・・・

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2006年07月05日

新潟県新潟市 関田隆弘 2日目

今日のテーマは「食」とユニバーサルデザインです。

ユニバーサルデザイン(以下「UD」)ってご存じですか?
全ての人にとって使いやすいモノ・サービス・制度などをデザインすること、
というふうによく言われますが、これではバリアフリーと何が違うのか
わかりませんよね?
言葉がある以上何か意味があるハズですが、今のところUDのほうが
広い概念とだけ申し上げておきます。
今回は、「食」をUDで斬ってみることで、UD的な考え方に触れて
いただければと思います。
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新潟県新潟市 関田隆弘 2日目

今日のテーマは「食」とユニバーサルデザインです。

ユニバーサルデザイン(以下「UD」)ってご存じですか?
全ての人にとって使いやすいモノ・サービス・制度などをデザインすること、
というふうによく言われますが、これではバリアフリーと何が違うのか
わかりませんよね?
言葉がある以上何か意味があるハズですが、今のところUDのほうが
広い概念とだけ申し上げておきます。
今回は、「食」をUDで斬ってみることで、UD的な考え方に触れて
いただければと思います。

ここではUDそのものについて詳しくは書きません。
関心のある方はこちらをご笑覧ください。
(私が勉強会をやっていた頃の残骸です。「にいがたUD講」という
ーナーに、私なりの考え方を紹介しています。)

田舎料理って、実はUD的。
旬の素材を使った田舎料理って、カラダにやさしいものですよね。
中には、都会から子どもが来るからとハンバーグやエビフライ、
大人には山の中なのに海のお刺身とか、そういう「おもてなし」
もありますが、田舎料理は元来カラダにいいものです。
というのも、その土地の人たちがつくったり、とってきたりするものは、
安全かどうか、いつが食するに適しているか、保存の工夫など、
その当人たちが一番よく知っているからです。
それに、人間のカラダって、気候の変化と旬の食材とでバランスが
保たれているようなもの。
だったら、そのカラダにやさしいものを食する=健康づくりとして
打ち出しているかというと、あまり見かけませんね。

「うちはやってるぞ!」という声も聞こえてきそうですが、具体的に、
何がどうだから、どんな人にとってやさしい、といった情報を添えていますか?
なんとなく安全・安心志向という人には莫としたもので十分かも
しれませんが、例えば、病気で塩分やカロリーを控えなければいけないとか、
アレルギー体質であるとか、本気でダイエットしてるとか、そういう人にとっては、
具体的な情報が伴わないと動機付けにはならないでしょう。
いろんなところで結構取り組まれているのに、それが、それを必要としている
人たちに届いていないとすれば、それはやっていないと同じことだと思うのです。

きちんと情報を届けるというところに、UD的な意味合いがあります。
情報を届けることで、食事のことを気にして今までお出かけに躊躇していた
人たちが出かけることができるようになるんです。
また、戦後の食料不足を知っている都会暮らしの方々は、
食べきれないほどの量を敬遠する向きもあるといいますから、大盛は善という
発想も考えなおしたほうがよいかもしれませんね。

もう一歩踏み込んで、今度は調理や提供の仕方でもUD。
食材や調理の仕方などで要望があれば対応します、っていうやり方、
結構やっておられると思います。
新潟県のある農家民宿でも、お子様メニューはもちろん、離乳食・流動食、
きざみ食、スプーンを出すなどの対応をしています。
箸を使うのに困難がある人、口に入れる・かむ・のみこむといった動作に
困難がある人への対応です。
ハンディキャップって、何も手足の不自由さだけではないんですよね。
そのへんをわかっていらっしゃる。
このほか、薬効というと法律に触れる可能性もありますが、
気温が高いときには疲れをとるメニュー、サラリーマングループには
ストレス解消のメニューといった工夫もしています。

このように、大掛かりな改修工事をしてバリアフリーでございます、
というだけでなく、今日からでもできる取組がたくさんあるというのがわかります。
もちろん、その情報を発信するということが前提ですが、田舎の奥ゆかしさ(?)
でしょうか、やってるのに、やりますよって言わないんですよ。
やってますって言ってくれるだけで助かる人がたくさんいるということ、
わかってもらえたらなって思います。

UDの世界でも、東京も「食」をテーマにしたシンポジウムが開かれるような
時代になってきましたが、まだまだ、食器やパッケージの工夫といった、
見た目の障害への対応に終始するようなきらいがあります。
観光面ではUD的な発想がどんどん入っていく傾向にありますから、
グリーン・ツーリズムに代表される農業サイドからの取組がとりこまれていけば、
「食」に関してももっと広がっていくものと期待しています。

あっ、そうだ、もう1コ。非常時のUDについて。
新潟も大きな地震を経験して、「非常食」がやさしくないということに
気がつきました。
パッケージにしても中味にしても、決して物理的に食べやすいものではないです。
これに着目して、新潟大学が研究レポートをまとめたり、商品開発する
企業が出てきたりと、取組が進んでいます。

このように、できる人ができる範囲のこと、どんなにちっちゃくてもいいから
積み重ねていくことで、「より多くの人が自ら選択して行動できる」世の中
になっていくと信じています。

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2006年07月04日

新潟県新潟市 関田隆弘 1日目

はじめまして、こんにちは!

今回朝田さんにロックオンされました、新潟の関田と申します。
1週間よろしくお願いします。

前の職場になってしまうのですが、新潟県庁の地域政策課という
ところで仕事をしているときにLJにジャンクションされました。
きっかけは・・・もうスッカリ忘れてしまいました(失礼!)

こことのころ、日々あまり変化のない生活をしているものですから、
この1週間は、私が思ってること、みなさんに知っていただきたいこと
などなど、気分で書いていくことになりそうです。
仕事がらみのことも書きますが、あくまで関田個人のたわごとという
ことでお願いしますね!
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2006年07月03日

ガーナ国アクラ 小林英里子 6,7日目

今週もあっと言う間に週末がやって来ました。
7/1はRepublic Dayというガーナの祝日で、今年はそれが土曜にあたるため、月曜がその振替休日となったので、今週末は三連休です。やった!

と言うことで、久しぶりにお出掛けすることにしました。行き先はアクラから北へ2時間ほど行ったクロボという町と、そこから更に2時間ほど西に行ったベゴロという町です。

BTH2621939_1B.jpgクロボはビーズマーケットで有名な町です。そもそもこのビーズは、奴隷貿易時代に、奴隷と交換するためにベネチアやオランダで作られていたもので、悲しい歴史を持った文化と言えます。数百年前に作られたとても高価なもの(通称オールドビーズ)もあれば、そのレプリカとしてたくさん作られている手頃なものもあります。ガーナ人の女性は正装する時このビーズのアクセサリーを身に付けますが、体格の良い身体に大ぶりのビーズが本当に良く似合います。日本人には難しいですね・・・。色とりどりのビーズは見ているだけで楽しく、時間を忘れて見入ってしまうほどでした(写真参照)。

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posted by LJ21 at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ガーナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新潟県新潟市 関田隆弘 1日目

はじめまして、こんにちは!

今回朝田さんにロックオンされました、新潟の関田と申します。
1週間よろしくお願いします。

前の職場になってしまうのですが、新潟県庁の地域政策課という
ところで仕事をしているときにLJにジャンクションされました。
きっかけは・・・もうスッカリ忘れてしまいました(失礼!)

こことのころ、日々あまり変化のない生活をしているものですから、
この1週間は、私が思ってること、みなさんに知っていただきたいこと
などなど、気分で書いていくことになりそうです。
仕事がらみのことも書きますが、あくまで関田個人のたわごとという
ことでお願いしますね!

まずは今の仕事(震災復興支援課)の関係で、
中越地震って、まだやってるの!?

よく言われるんです。「もう終わったんじゃないの?」って。
遠くにいるとわかんないですよね。新潟市にいてもわからない。
でもみなさんに知ってほしいので、今どうなってるか、
簡単に紹介させてください。

地震から1年半たちました。11年前の阪神・淡路と同様の規模。
それほど話題にならないのは、被害者(特に死者)数と、
被害総額がケタ違いに少ないからだと思います。
考えてみればわかりますが、とんでもない過疎の山間地で、
人工の構造物もそんなにない場所ですから、数字や金額だけを
みれば何のことはないでしょう。

でも、中越地震が奪ったものは、お金には換算できない、
とてつもなく大切なものなのです。
LJ21に集っているみなさんならおわかりいただけると思います。
そう、地域で脈々と受け継がれてきた財産が、
都会のみなさんが、安全・安心・癒しなどをキーワードに、
物心両面で拠り所としてくださっている、その財産が、
一気に失われてしまったのです。
棚田ビューも、おいしいお米も、きれいな水も、
そして、それらを守り育ててきたコミュニティも、
一瞬にして・・・

例えば「山古志」。棚田や錦鯉が有名です。
集落が切り裂かれ、道路や棚田や養鯉池など生活の基盤が、
山とともに崩壊しました。
地域をはぐくんできた豊かな水も、暴君と化しました。
川がせきとめられ、行き場を失った水が学校を貫通し、
集落を水没させ、山古志だけで42個の天然ダムが生まれました。

全員が避難し、長岡市内で暮らしています。
全員といっても、たった2,000人です。
莫大な費用を投じて「形」を元通りにしたとしても、
そう簡単に失われたものは帰ってきません。
基盤を直すとともに、営みも回復していかなければならないのです。
たった2,000人といえども、この人たちの営みを全部回復・・・
というよりも、新たな営みをつくりだす、それは簡単にはいきません。
復旧工事にしても、「下」から順番にしかできません。
川を治め、生活道路をつくりなおし、作業道(農道など)を切って、
それからやっと山奥の田んぼです。棚田です。
田んぼの4割は来春の作付けも無理らしいです。
その棚田も、せっかく直しても(直せたとして)、維持していけるのか?
みなさんに恩返しできるのは、まだまだ先になりそうです。

でもでも、山古志の人たちは、ムラへ帰ろうと必死なんです。
帰るということは、そこで生業をたてるということを意味します。
地震前にも増して全国のみなさんの応援が必要です。
現地はまだ関係者しか入れない状態が続いていますが、
ムラでの生活が始まったら、ぜひ訪れていただきたいと思います。

「食」関係では、「やまこし道楽村」という会社ができました。
長岡市内の仮設住宅に居ながら、視察団の現地案内と
食事(田舎料理)の提供をしています。

このエネルギー、元気づけられますよね!


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2006年07月02日

ガーナ国アクラ 小林英里子6,7日目

今週もあっと言う間に週末がやって来ました。
7/1はRepublic Dayというガーナの祝日で、今年はそれが土曜にあたるため、月曜がその振替休日となったので、今週末は三連休です。やった!

と言うことで、久しぶりにお出掛けすることにしました。行き先はアクラから北へ2時間ほど行ったクロボという町と、そこから更に2時間ほど西に行ったベゴロという町です。
クロボはビーズマーケットで有名な町です。そもそもこのビーズは、奴隷貿易時代に、奴隷と交換するためにベネチアやオランダで作られていたもので、悲しい歴史を持った文化と言えます。数百年前に作られたとても高価なもの(通称オールドビーズ)もあれば、そのレプリカとしてたくさん作られている手頃なものもあります。ガーナ人の女性は正装する時このビーズのアクセサリーを身に付けますが、体格の良い身体に大ぶりのビーズが本当に良く似合います。日本人には難しいですね・・・。色とりどりのビーズは見ているだけで楽しく、時間を忘れて見入ってしまうほどでした(写真参照)。

ベゴロは山の中にある町で、アクラに比べるととても涼しく空気も綺麗なところです。ここで青年海外協力隊の村落開発普及員として活動している女性がおり、今回は彼女を訪ねて行きました。
ガーナは主要輸出産品の第3位に木材が入っているぐらい森林資源の豊富な国ですが、無計画な伐採や農地拡大、焼畑によって近年どんどん森林が減少している傾向にあります。そこでガーナ森林局が植林のプロジェクトを行っているのですが、農地をこれ以上拡大しなくても生計を保てるように代替手段を教えるのが、協力隊員としての彼女の仕事です。
彼女はまだガーナに来て半年なので、今は現地語を勉強しつつ(農村部では英語が通じにくいので)、農民の人たちから聞き取りをしながら彼らがいつどのような農作業をしているのか、年間の生活カレンダーを把握しようとしているところとのことでした。以前森林局ではかたつむりの養殖を代替手段として導入したのですが、きちんと世話をすることができず結局皆死んでしまったということがあったそうで、これまで農民たちがやってこなかった新しいことを導入する際には、その定着性、継続性を慎重に見定め、必要性を確認し合いながら行っていく必要があることを改めて感じました。違法伐採の問題も深刻で、なかなか思うように活動も進まない中、また生活環境も厳しい中で一人頑張っている彼女の姿に色々と考えさせられました。

最後になりましたが、これまで1週間お付き合い下さった皆様、本当にありがとうございました。またガーナのことについて伝える貴重な機会を下さった朝田さん、浦嶋さんに御礼申し上げます。



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2006年07月01日

ガーナ国アクラ 小林英里子 5日目

今日は2つの大きな会議に参加しました。

BTH2621937_1B.jpg一つは職業訓練分野の関係者を集めた会議です。ガーナには数多くの職業訓練学校があるのですが、それらは複数の省庁が管轄しているため、カリキュラムもまちまちであれば学校ごとで取得できる資格の種類も統一されていません。また一番の問題は、カリキュラムの内容が需要主導型でない、言い換えれば、職業訓練学校を卒業した人材が企業で求められるスキルを持っていないということです。これらの問題を解決するために新しい職業訓練の仕組みを作ろうという動きが現在起こっており、今日は主要関係者を集めて資格制度の見直しに関するディスカッションが行われました。


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posted by LJ21 at 04:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ガーナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ガーナ国アクラ 小林英里子 5日目

今日は2つの大きな会議に参加しました。

一つは職業訓練分野の関係者を集めた会議です。ガーナには数多くの職業訓練学校があるのですが、それらは複数の省庁が管轄しているため、カリキュラムもまちまちであれば学校ごとで取得できる資格の種類も統一されていません。また一番の問題は、カリキュラムの内容が需要主導型でない、言い換えれば、職業訓練学校を卒業した人材が企業で求められるスキルを持っていないということです。これらの問題を解決するために新しい職業訓練の仕組みを作ろうという動きが現在起こっており、今日は主要関係者を集めて資格制度の見直しに関するディスカッションが行われました。

二つ目の会議は、対ガーナ援助計画と今年度の要望調査について、ガーナ政府関係者へ説明するためのものです(会議の様子は写真参照)。「対ガーナ援助計画」というのは、日本(JICA)がガーナに対してどのような方針・計画で協力を行っていくかをまとめた文書です。「要望調査」というのは、今どのようなニーズがあり、それを解決するために今後どんな協力を行っていくか日本とガーナ政府とで話し合って要望をまとめる毎年恒例の作業のことです。ODAも伸び悩んでいる傾向にある中、予算をどのように効果的・効率的に使っていくか、本当の現場のニーズは何なのか、今日の会議だけでなく、これから時間をかけて考えていく必要があります。

話は変わりますが、先程、夜6時半到着のフライトで、Black Stars(ガーナのナショナル・フットボールチーム)がドイツから戻ってきました。テレビでは空港の映像が映し出されていますが、人で溢れかえっており誰が選手なのかさえよく分かりません。今日はメイン・ストリートを凱旋し、夜通しで祝勝会が開かれるようです。



posted by LJ21 at 04:11| Comment(2) | TrackBack(0) | ガーナ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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