2006年07月28日

埼玉県所沢市 待井 聡 3・4・5日目

3日間、島での仕事と付き合いが忙しく、予想に反してブログにアップする時間がありませんでした。すみません。。
さて今日は式根の紹介をします。

式根島は新島のとなりにあり、伊豆七島の一つです。東京からだと竹芝客船ターミナルから大型船で8時間、ジェット船で2時間30分かかります。島は外周12km、人口約600人の小さな島です。島には幼稚園から小・中学校があり、校舎もとてもきれいです。水や電気はとなりの新島からケーブル等で引いていますが、かつては新島から運んできたり、島民出資で発電機を購入するなど大変な苦労をされたそうです。

開島百二十年を経たこの島は、かつて他の新島や神津島、あるいは八丈島などから移り住んできた人々によって創られてきました。近年では東京圏からの流入もあるようです。そのためか島の人々は元気で明るく、開拓精神も静かに感じられます。(もちろん他の島と同様、島民の高齢化が進み、シニアカー〔電動三輪車〕をよく見かけます。)
こうした背景を持つ式根には、島外民との象徴的な島づくりの歴史があります(個人の印象として)。この島の地鉈温泉は地を鉈で削ったような険しい場所にあり、明治34年頃までは陸からでなく、海からしか行くことができなかったといいます。しかし当時、この島の漁港建設に集められた下田の石工たちが、仕事の合間をぬってここに道を拓いていったそうです。温泉好きの石工たちだったのでしょう、島にあった魅力は島外民の視点を加えてさらに魅力的なものへと昇華されました。以前と比べ容易に温泉へと行くことができるようになった現在、ここを訪れた多くの人はこの温泉を称え、そこかしこの岩に名前を書き連らねてゆくようです。まさに”場”の芳名帳のように。


近頃私は、まちの魅力の源泉を、場を想う多くの人の行為の積み重ねなのではないかと思っています。かつてこうしたことがあった、こんなに凄かった、というコト・名前を伝え踏襲するだけでなく、今現在果たしてどのような行為がおこなわれているのか、どのように今と向き合われているのか、過程が営まれているか、という点こそが、まちの魅力を生々しく感じさせるように思います。先の話と直接関連したものではありませんが、ここ式根には今もそうした島民や島外民との協働による生々しい、素敵な魅力づくりがうごめいています。手作りの温泉「山海の湯」、こつこつと草花が植えられ伸ばされてきた名無しの湯道。奥山商店のアニイは、島のために大変努力されているそうですが、先日は「シニアカーレース」の話で大いに盛り上がりました。すごくやりたい! 他にも「くもらーず」や、「明日葉云々」と個人ブランドも生まれており、この式根には島を想う多くの人と行為が積み重ねられつづけています。

実は本日、式根を発ち東京→埼玉に着きました。
長雨でようやくの晴れ間も続き、今朝の奥山商店は大忙し。多くの方に短いお別れをし、船へと乗り込みました。思い出せば島の動脈のひとつである商店を経験し、港での荷降しから配達、果ては中学校の職場体験生「タクト君」との遭遇。そうそう、長雨のときは港近くで土砂崩れもありましたし、夜の温泉+海水浴+夜光虫発見もしました。

相変わらずディープな島体験をさせてもらいましたが、来る9月1日から10日には黒潮祭りがあるそうで、その通行手形を貰ったために再度式根へ行く予定です。

PS:式根のインジー、ウンバア、オジイ、オンバア、アニイ、アマニイ。お世話になりました。有難うございます。




posted by LJ21 at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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