2006年08月27日

熊本県御所浦 野原大介 2日目

さて、2回目です。
まず、「シャーもらい」とはなにか。
「シャー」は御所浦の方言でおかずのことをいいます。つまりは「シャーもらい」とは「おかずもらい」ということです。
御所浦では、イワシ漁がさかんでした。
当時、イワシ漁は非常に漁獲の多い漁でした。多量に取れていたイワシを皆にわけていたということで、イワシ−おかずをもらう「シャーもらい」が大変多かったそうです。
もちろん「シャーもらい」はイワシだけに限らず、ご近所のおすそ分けのようなものに対しても使っている言葉です。

その「シャーもらい」をどのようにワークショップ絡めていこうかと考えていたのでした。
今の島のこども達の多くは「シャーもらい」という言葉を知りません。こども達と当時のことを知るおじいさんの話を聞いたり、こども達と当時の「シャーもらい」で使われていた竹籠をもって「シャーもらい」をしてまわるのはどうだろう、といったところでうまくやれないかと想像していたのでした。
ところが、今回は準備的にも日程的にも時間の制約があるということで、御所浦の協力者との打ち合わせの間に「シャーもらい」は来年にということになってしまいました。ざんねん。
IMG_3588.jpg

「シャーもらい」のワークショップは実行に至りませんでしたが、この過程には私の考える「ワークショップ」の特徴が現れている様に思います。
「ワークショップ」とは何かといえば、ワークショップの本来の意味は「作業場」ですが、それが転じて、何らかの形で技術者と依頼者の折衝の場としての意味で使い始め(最初は建築関係でこの使い方をしはじめたようです)このふたつの違う立場の関係で、なにかひとつのものを作り上げてゆくということです。
今では意味を拡げすぎ、どんなイベントも活動も、猫も杓子もワークショップと都合よく呼んでいるように感じます。
私の考えるワークショップとは、技術を持つ人から技術を持たない人への教える教わるといったような一方向的な関係ではなく、ある技術をもった人とそうでない人という関係はあっても双方向の関係のなかでものやことを作ってゆくことです。
どういうことかといえば、少し感覚的な例えに御所浦での2004年度のワークショップでは、今は使われていない櫓漕ぎの舟、伝馬船でこども達と島を3日間かけて海の道で巡るといったものでした。
このワークショップの中では私たちまたたび=アートの技術をもった人達と、御所浦の大人達=海の生活の技術をもった人たち、そしてこども達=技術をもっていない人たち(持っている子もいましたが)の3つの立場の関係がありました。
双方向の関係として考えれば、またたびと御所浦の大人達との間にはその技術の交換ということで簡単にその関係をみつけだすことができると思います。
では、またたびとこども達の間にはどのような、双方への動きがあったのでしょうか。
それは少し観念的な言い方になりますが、またたびのアートに対してこども達には風土といえばよいのでしょうか、御所浦の人々の関わり方の凝縮というか、島の環境そのものの中の心の動きがあったように思えます。
逆にいえば、都会のこどもを御所浦に連れて行って、この関係で島を舟で巡ることはワークショップでなくイベントだし、安っぽいツーリズムになってしまうのです。
都会のこども達が御所浦に来たのであれば、島に住む人々やその生活自体に触れることこそ、イベントごと、ワークショップより大切なことであり、むしろワークショップと呼べるものに近いのです。

「シャーもらい」の中止は、御所浦の大人達との折衝で生まれたもので、その過程は何かを作り上げる動きの中で相互に出てきたものです。そしてシャーもらいのワークショップは魅力的な内容に組んでゆけそうなので、次回に向けじっくりやっていくつもりです。
ワークショップは相互の価値観の交換と、その過程でじっくりと取り組めるものをが最良なのだと考えています。

勘違いをしていて、再来週にも仲間のブログがあります。
どうぞよろしくお願いします。




posted by LJ21 at 13:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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