2006年11月01日

山形県長井市 遠藤孝太郎 その3

みのりの秋 さわのはな

 そもそも私たちが在来種やら有機農業などに関わることになったのは1995年に山形生まれのおいしい米「さわのはな」に出会ったことがきっかけだった。友人の「さわのはな」が食べてみたいと言う言葉に軽い気持ちで作ったのだが、直販のルートに載せたところリピートの注文が殺到し次の年にはそれまでやっていた「はえぬき」「ササニシキ」「どまんなか」を圧倒してしまった。
 順調なスタートを切った「さわのはな」の栽培であるが1997年山形県の奨励品種から外されることとなり大きな危機を迎えた。奨励品種でなくなるということは価格が安くなるだけでなく、それまで農協系統を通じて供給されていた種子の流通が無くなることを意味する。その品種にとっては存亡の危機である。この状況を知った多くの農家から私たちのところに種子の確保を要請する声が寄せられた。その多くの農家に後押しされ以前から技術指導をしていただいている「さわのはな」の育種者鈴木多賀氏の協力を得て「さわのはな」という品種の存続、種子の栽培を始めた。
 食べるためのお米の栽培は何十年とやってきたが、種子栽培となるとまた違った技術と見極める力が必要になってくる。漫然と米を作り続けてきた訳ではないのだが鈴木多賀氏におんぶにだっこ状態での種子栽培がしばらく続いた。
conv0047.JPG 写真は「さわのはな」という品種を次の年に伝えるため先日行われた原々種の選抜の様子である。この選抜されたもののうち一穂が来年の基になるのである。
conv0040.JPG インターネットで「さわのはな」と検索すると実に多くのサイトが出てくる。そのほとんどが私たちの守っている種子を使ったものである。種子の供給を始めてからおよそ10年ほどが経過したがその供給量はほとんど変わっていない。10年前に自家用米としてだけ残っていた品種が今も変わらない面積に作り続けられているのには理由がある。それは「さわのはな」がおいしいことに加えて、いもち病などの病気に強く、少肥料で作ることが出来ることから有機栽培や減農薬での栽培に取り組む人たちが増えたことにある。おそらく「さわのはな」は早く世に出すぎた品種なのだと思っている。 
「さわのはな」について最新の情報は次回に続く。


posted by LJ21 at 19:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 山形県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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