2006年12月05日

秋田県北秋田市 2日目 鈴木奏子 「つながり」

 おはようございます。今日もしっかり雪の降った阿仁です。
 昨日の「阿仁の自然や文化、暮らしや食生活などと密接な関係にあるはず・・・」から続きます。

 仕事で旧阿仁町の町史など歴史や文化の本に触れていると、マタギでも鉱山でも必ず、「食」へつながっていくことに気づきました。

 たとえば・・・

 *マタギでは、
・狩猟で捕った熊を煮込んだ「熊なべ」を食べます。(ここでは阿仁の文化として捉えてください)
・秋田の料理と言えば「きりたんぽ」ですが、実は、マタギたちがごはんをつぶして棒につけて焼いて食べていた携行食糧を、やまどりやきじの鳥鍋と煮込んだものが始まりと言われています。

*鉱山では、
・ヨロケ(けい肺)になって動けなくなった鉱夫が、沢に転落して死んでいた馬を食べたところ、元気になったということから、鉱夫たちは馬肉を食べるようになりました。
 ↓
 当時の鉱山社会では動物の肉を食べる習慣はなかったため、食べるためには合法的な理由がなければなりませんでした。そこで!思いついたのが、方位を十二支であらわす言い方で、『馬は南』であることから、『南向(なんこう)』だとしました。阿仁鉱山は南北に主要鉱山が並んでいることと無関係ではないという解釈もあるようです。このことから、阿仁では馬肉の煮込みや鍋のことを、「なんこう(なんこ)鍋」と言い、山菜などを入れて煮つけにしても食べています。

 馬肉の煮つけ.jpg
 馬肉の煮つけ

 これらは一部ですが、「食」は様々なことに関係していて、「食」を知ることは文化を知ることになりますね。背景を知ることで物の深みが増し、「ほほー、なるほどー」こういう感じがたまらなく私は好きなのです。

 自然からの授かりものである、山菜やきのこ類が阿仁は豊富で昔から今も続く大切な食材です。
 このような食材を使った伝統料理や家庭で食べられている料理を囲みながら、地域の人たちが交流する場として、平成17年2月に「食の祭典in阿仁」を開催しました。このことは、このホームページの「食の地元学」に詳しく載っているので、そちらをご覧いただきたいと思いますが、簡単に紹介します。

 阿仁公民館に勤務していた渡辺幸子さんが中心となって地元の方々と一緒に開催し、地元の女性の方々が、各自料理を持ち寄ってみんなで試食をしたり、結城登美雄先生のお話を聞いたり、根子地区に伝わる正月のお膳を紹介したりして、食を通しての楽しい交流が行われました。阿仁の伝統料理や食材を工夫した料理など約100品が並びました。

 私も参加しましたが、料理の豊富さ、参加者の笑顔、女性のいきいきとした姿、食の話に盛り上がり尽きない話題に、食って人とのつながりなんだなあと感じました。食は可能性を秘めている。

 「観光」と「食」は切っても切れない関係。そして、どーにかして食の祭典を続けていくことはできないものか。こんなことを感じながら、月日は流れ、ちょうど昨年の12月、年の暮れも押し迫る中・・・。今回の食の祭典は観光課がやります!!明日へつづく♪


posted by LJ21 at 09:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 秋田県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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