2007年07月29日

静岡県静岡市 山下綾子 7日目

今日は法事で、お昼は親戚の方たちと会食。
とてもおいしかったけれど、量が多い。晩御飯は食べなかったけれど、全くお腹がすかない…

場所は金沢市内の温泉。画家の竹久夢二もここで湯治をしていて、お向かいには夢二の記念館があります。

その奥には氷室があるみたいです。金沢では冬に氷を氷室に運び込み、7月に氷室開きをします。それにあわせて、7月1日に氷室饅頭を食べるのが習慣です。ただの酒饅頭だと思うけど、なんとなく楽しみで、ただお饅頭を食べるのとは違った気分です。小学生のときには給食にもちゃんと、ついてきてましたよ。
大学に入ってからは、その時期に金沢にいないので食べられないのが残念…
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ラベル:金沢市
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静岡県静岡市 山下綾子 6日目

今日は金沢の実家からの便りです。明日は法事なのです…

朝9時過ぎの新幹線に乗って、1時過ぎに金沢に着。駅で妹と待ち合わせて、不室屋のカフェでお昼ご飯♪ 

不室屋っていうのは140年前から続く、金沢のお麩屋さんです。ここのカフェが駅内にあるんです。私が食べたのは「ふやき御汁弁当」 お麩がいっぱい入ったお汁、お麩入りの治部煮、お麩の時雨煮… すっごくおいしかったです。ここのお麩は大好きなので、カフェも一度行ってみたい思ってました。うちのお節にも入ります。

特に有名なのは、「宝の麩」 お麩の中に菜っ葉やかわいらしい形の麩が入っていて、お湯を注ぐとぱーっと中身が出てくる、即席のお汁です。これが私は大好き!! 

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ラベル:金沢市 ひえ
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2007年07月27日

静岡県静岡市 山下綾子 5日目

今日はすごく暑いです。私の部屋はことさら… 窓を開けて、扇風機を最強にしても34度あります。ちなみにクーラーは使えません。リモコンの電池が切れてる上に、電池のふたが開かない…
でも、別につかなくたっていいじゃない、私は暑いのは割りと平気なんだから… と思って、そのまま生活してます。別に無理してるわけでもないし、逆に夏らしさを感じられていいです。
ただ寒いのはいけません… 北陸生まれ北陸育ちなのに… ストーブは毎年ガンガンつけてます。例え静岡であっても、ストーブなしの冬は耐え難い。

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ラベル:ひえ
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2007年07月26日

静岡県静岡市 山下綾子 4日目

今日はテストが一段落して、気分は晴れ晴れ。だけど、夜バイトから帰る直前に土砂降りに…
私はパン屋でバイトしてます。安くておいしい、私の自慢のお店です。店長は口うるさいことは言わないし、仕事をしながらいっぱい話しをしてくれる、けれど芯の通った人です。
「柔軟だけど、芯が通った人」は私のあこがれです。例えると脊椎動物かな… 私はかた〜いキチンでおおわれて、だけど中身が柔らかい甲殻類の仲間です。なので、目下の目標はイカになること。イカはスジが通ってますよね。できれば、ホタルイカに… ピカッと光る存在になりたいです。

話はずれましたが、今日の晩御飯はパン屋で売れ残ったパンと野菜スープ。気温が上がるとパンは売れにくいですね。

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ラベル:ひえ
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2007年07月25日

静岡県静岡市 山下綾子 3日目

今日は2時間半睡眠。 ちょうど花火大会の日だったので、友達としばらく公園で花火を見ながら現実逃避をしてました。明日もテストです…

今、大学近くの畑でスペースを分けてもらい、ヒエを育ててます。農家さんには嫌われがちですが、私は日々の成長が楽しみでしかたないです。

なんで嫌われるか、それは水田の一番やっかいな雑草が「イヌビエ」というヒエの野生種だからです。確かに、稲とイヌビエは本当にそっくりで、これを防除するのは大変そうです。

なぜろくに畑仕事も知らない私がヒエか…
出会いは2年前です。
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ラベル:ひえ 谷津田
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2007年07月24日

静岡県静岡市 山下綾子 2日目

実は明日からテストなのです。今晩は友達と集まって、お勉強会!!

母から「テスト陣中見舞い」と称してお菓子が届いたので、それをパクリパクリしながら勉強です。

私は母が作ってくれたクッキーが、売ってるものより好き!! 
別に特別お菓子が上手なわけでもないと思うけれど、私に昔から食べなれたこれがいちばん。
実家だと、焼かれたクッキーはたいがい一日で消えます。私と妹二人、それと父。夜は確かにあったのに、朝になったら空、という場合は父が犯人である場合が多いです。最近では、夜更かしをするようになった妹のケースも多いみたいですが。

ただ、静岡では食べるのは私だけなので自制心が必要です。これ以上太らないためにも…
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2007年07月23日

静岡県静岡市 山下綾子 1日目

はじめまして
静岡大学 農学部 人間環境科(3年)の山下綾子と申します。拙い文章ですが、一週間よろしくお願いします。
私は行動範囲はせまいですが、その中で日々感じていることをお話させていただきます。

ここに書かせてもらえることが決まってから、何を書こうかずっとずっと考えてました。ですが下書きしてみたら、やたら長くなってしまって… 結局、考えるのはやめて思いつきで書くことになりました!

今日は「野草カフェ」の話をしたいと思います。

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2007年07月22日

大分県日田市 伊東寿憲 最終日

とうとう最終日・・・

 もりちの一言に火がついて、またまた鮎で・・・

 鮎の友釣りはしません。もっぱら体力に任せた漁法しか、しちょらん、基本的に川に入るのが好きなもので・・・・

 津江漁協は、火振り漁が漁法で認められており、今の時期に渕を入札にかけます。
渕の上から、下までのたまりの部分を入札で競り落とします。ただし、火振りができるのは、2週間くらいの間に、ひとつの渕で2回が限度だったと思います。

 火振り漁とは、その名のとおり、夜になる前に渕の適当な場所に網を張り、日が暮れてから火(ライト)で鮎を驚かして、網で獲る漁法。

 その他、「ちょんがけ」というのをしたこともあります。細長い竹の中にハリスを通し、先には三又の掛け針をセット、川に潜り、鮎を引っ掛けて獲るという方法。

 他には、投網・・・丸く広がる網(釣具屋などで販売している。)を上手に丸くなるように投げ、ゆっくり引き寄せると獲れているという方法。
 だが、津江川では、大きい岩がごつごつしており、ゆっくり引き寄せても根がかりしてニッチもサッチも行かなくなる。
 このため、投げると同時に川に潜り、徐々に網を狭めていくというなんとも楽しい?獲り方となってしまう。

 この獲り方をすべて、小学生の時に・・・・体験した。
すごくよい環境で育ったとわれながら関心してしまう。

 ぜひ、自分の子供にも!と思う。

 少年期の貴重な体験が、地域を愛する心に育つのだと思う。
教育基本法の改正!
 ぜひ学校の授業で鮎のちょんがけを夏の体育で選択教科のひとつに加えていただきたい。
 「ちょんがけ」の道具をもって、
 「今日は学校で川に行ってくるね〜」
と元気よく家を出て行く未来があることを期待して、今週の私を締めくくりたいと思う。

 あっという間の1週間の今週の私でしたが、そのほとんどが少年期の出来事をつづってしまいました。
 いつもコメントいただいたもりちさん、あさださん、そして沢畑さん、津江の鮎、うなぎを食べたい時はぜひ事前に連絡してください。

 泊まりの準備もお忘れなく・・・

一週間ありがとうございました。
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2007年07月21日

大分県日田市 伊東寿憲 6日目

え〜い、食べ物の話でもう1日・・・

 今の時期、津江川の魅力といえば、うなぎともうひとつが鮎!!
中津江にとって欠かせない代物。

 津江川は、松原ダムや下筌ダムがあり天然の遡上鮎はいませんが、毎年5月頃に稚鮎を放流して、7月下旬に解禁となります。

 津江のおいちゃんは、「鮎は、大水が出ないとおいしくならん」という。
 鮎の主食は、石コケ、石の上に冬の間の泥や土がのったままだと、コケが生えにくく、鮎も太らんらしい。
 大水が出て、石が洗われ、きれいになったところに、日が照ると、きれいなコケが一斉に生え、鮎の食欲も一気に増進、急成長するらしい。

 ただし、大水が出すぎると鮎も流され不漁となる。

 だから、大水は出てほしいけど、出過ぎると困るというなんともいえないわがままを神様に頼まなければならない・・・

 毎年今の時期になると、今年の川情報が必ずどこからか流れてくる。いいらしい、小さいらしい、少ないけど大きいらしい、などなど・・・
 ちなみに今年はいいらしい。
(何がいいのか、量が多いのかそれはまったくわからず、ただ、いいらしい。)
 すごく、わくわくする情報・・・

 鮎は岩のり(石コケ)の香りが芳醇にただよう魚・・・だから香魚とも書くらしい。
 少しの塩で洗い、おなかの部分をしごいて、お尻からコケをだして、塩を胸ひれ、背びれ、尾っぽにだけつけて、(すでによだれがでてきた・・・)

 串でさし、炭火でじっくりと焼く・・・

 それを、頭からばくり!といただくのが最高にうまい。
骨もやわらかいし、背中の部分のゼラチン質のところが最高!

 鮎を塩洗いしてそのまま輪切りにし、氷水でしめて食べる「せごし」もうまい。

 塩焼きの鮎に、日本酒をひたひたにして飲む、鮎酒もうまい。

 梅雨の時期に蒸し暑く、川がコケくさいと感じるときがありますか?多くの人はいやなにおい、と思うかもしれないが、僕の頭の中では、その香りがそのまま鮎の香りとリンクして、無性に鮎を食べたくなる。

あるおじちゃんは、「鮎のたくさんおる渕は、においが違う」という。
 そんな体験、一生の内に一度でもいいから、あじわってみたい。
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2007年07月20日

大分県日田市 伊東寿憲 5日目

 もりちとの対話形式の今週の私だけど・・・

 うなぎは頭の眉間のところを、千枚とおしでこつんと刺し、片刃で頭から尻尾までサーと・・・なれば、すごく快感。いつもにゅるにゅるで四苦八苦すると。
 この技術を習得したつは、10年前頃。

 教育委員会の川遊びイベントがあって、子供たちは喜んで次々にうなぎを獲っては置いて、獲っては置いて・・・・

 漁協のおじちゃんたちも最初の10匹くらいは笑顔だったが、子供とさばく人の人数に多くの開きがあり・・・
 「こんくれ〜の人数でこの量をさばけるわけねーじゃねーか。!!」
 「お前もせんか!!」と、
 教育委員会からは子供がおぼれないように監視をしてくれと頼まれてきていた僕はいつの間にか、うなぎ処理班へ

 あの時、多くのうなぎを天国へ導いたおかげで今がある・・・

 うなぎの「かしばり」のことを書いたが、これは小学校低学年までだったかな?僕が「うなぎ獲り」で一番思い出に残っている方法は、「夜突き」だ。

 小学校の5、6年頃から、中学生の兄と父、3人で夜の9時頃から川に行き、水中用の懐中電灯でもぐりながら、うなぎをホコで突くか、うなぎバサミ(ギザギザ付の巨大なはさみ)を使い、獲った。

 今では、「夜突き」は禁止漁法(当時もだめだったのかも・・・)だし、夜に川に入るなど、とても今の学校や育友会が聞いたらどんな大騒ぎになるか、わからん。

 今は昼でも子供たちだけで川遊びしたらだめだって・・・
 1人で川遊びしていた僕からはなんとも寂しい感じがします。

 夜の川は、水が冷たい、めくらアブ(標準語?)もくるし、何しろおばけが出そうで怖い(小学生なので・・・)。
 カジカが大合唱の時はまだよかけどか、夜が遅くなるとカジカの声もなくなる。

 けど川に潜ると不思議・・・あまり怖くなくなる。

 うなぎは大きい岩などが重なり合っている巣屋から、よく水族館にいるウツボのような感じで、にょき〜と顔をだしている。

 色は青白くて、直接懐中電灯をあてるとびっくりして引っ込んでしまうので、

「あなたは見てませんよ〜横の石を見てるんだからね〜」
と独り言を言いながら、後ろからゆっくりと近づいて、ホコかはさみが届く距離まできたら一気に獲る!!

 こうして、捕獲したうなぎは、翌日の食卓に・・・

 大分県初出場でこの内容・・・なんか、本当にこんなこと書いてよかとやろうか。
 明日からは、現代に戻ってきます。

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2007年07月19日

大分県日田市 伊東寿憲 4日目

とうとうあれの日・・・
唯一の持ちネタが今日となった日にゃ。後の3日はなんにするか・・・

昨日のもりちのコメントをみればわかるが、ゲットした山ミミズを新聞紙にくるんで、ナイフで切る。新聞紙にくるむというのはつい最近知ったけど、別にくるまんでも切れるナイフであればスパッといく、 新聞でくるめば、色々と見る所が減るから・・・心も痛みも少なくていいのかもしらんね〜

 で、ミミズを小指位の長さにきり、鯉針につける。ハリスは頑丈なものを準備し(今は市販のセットを売っているのを見たことがある。世の中どんどん便利になる。)、道糸はたこ糸を使う。おもりは川原の石を使い自転車のゴムを輪切りにしたもので留める。

 ちょうど梅雨明けの今ごろから、8月中まで楽しむことができる。

 釣りの一種となる。このあたりでは『かしばり』といい。
夕方に川に仕掛けに行き、巣屋(昼間寝ているところ)と思われる近辺に投げ込み、川岸の石にくくりつけ、翌朝早くに引き揚げに行く。

 前の日に仕掛け、翌朝というのが実によか。夜寝る前にはどきどきして眠れず、翌朝早く引き揚げに行かんと、日が昇ると巣屋にもぐりこんでしまい、ハリスが切れることもある、必然的に睡眠時間が減ってくる。

 釣れていたら大喜びで跳ねて帰り、ぼうずの時は「早起きは三文の徳・・・」とつぶやきながら、目をこすり、がっくりと肩を落として帰る。

 釣れたあれを、引き上げる時には、グググッと重く、ニュルニュル〜とあがってくる。
 この感覚が最高!!これからの季節、スタミナを付けるために食べる物、土用の丑の日といえば?

 そうです。うなぎの登場!!


 当然、釣れたうなぎはじゅって(さばいて)、炭火をおこしている間に、たれを作り、炭火で焼いてからたれにジュッと入れる。
(よだれが出てきた・・・)

 たれにつけたのをもう一度、炭火の上に!!
骨も、一緒に焼いて、たれにジュッ!!

キョ〜!!辛抱たまらん!!

山ミミズ探しに行こう!!
 
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2007年07月18日

大分県日田市 伊東寿憲 3日目

昨日は鳩ご飯について、書き込みましたが・・・
これだけは言いたい!!鳩は鳩でも街中にいる鳩と山にいる鳩は親戚みたいなものではあるけどか、同じ品種ではありません。父曰く「あん鳥は臭くて喰えん!!」と・・・小さいころから言われてるので、町の鳩は食べ物ではなく、山の鳩は食べ物・・・という感じがある。

都会に行って、公園にいる鳩をみて「おいしそう」と思ったことは一度もない。町からきた人は、鳩ご飯と聞いて、鳩=公園にいる鳩となるから、「かわいそう」と言う人もおる。そんな人ばっかりかと思えば、森さんみたいに「食べたい!」と言ってくれる人がいる。

この言葉は本当にうれしい一言やった。町にもよか人がおる・・・と。


既にパックに入っているきれいな、牛肉や豚肉、鶏肉を毎日のように食べている人と、獲った鳩の羽をむしって、産毛を焼いて、じゅって(さばいて)・・・という過程を経て、食材となる食べ物と何が、違いがあるとやろうか??
と一時期考えたこともあるが、難しいことは考えないO型なので、そのままになっちょる。


 森さんから夏は、あれ、ですよね、あれ。という前振りがあるから、お待ちかねといきたい所だが、まずはあれの餌になる山ミミズから・・・

 山ミミズをご存知の方がおりますか?全長が30センチくらいになり、青紫色の、玉虫のように光沢があるあの巨大ミミズです。
 これを聞いただけでウゲッ!という人がおるかもしれんが、実物を見たらほんとにウゲッ!な生き物だ。

 梅雨時期の大雨が出た後などに、このミミズが側溝や道路に横たわった姿は実に貫禄がある。車で走っていてもすぐ発見でくる。
 このミミズを捕まえると、チュッおしっこを出す。
「このおしっこが目に入ると大変なことになる!!」と子どものころから言い伝えられているから、恐ろしくて直接持ったことがなかったが・・・
 これがあれの餌には一番いい!!ということになると話は別・・・手に持てるようになる。

人間とはなんと自分勝手な生き物だろうか・・・

明日はいよいよあれの登場!
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2007年07月17日

大分県日田市 伊東寿憲 2日目

本日は場所の紹介から・・・

 中津江村は、大分県の西端に位置しちょります。村の真ん中には九州最大の川、筑後川の最上流となる津江川が流れよります。

 車で西に5分行けば、福岡県矢部村、
 南に5分行けば熊本県小国町、
大分県庁には車で2時間半、福岡県庁には車で2時間ちょっと、熊本県庁には車で2時間弱とどこに行くにも2時間程度でついてしまうというすごく立地条件の良いところに中津江はあると。

 自然に囲まれて生まれ育った関係か親の育て方がよかったとかわからんけど、川と山にしょっちゅう出かけよった。


 これ以降の文を見て、おじちゃんかね〜と思われると困るので・・・
私は昭和48年生まれの今年34歳になるまだ青年です。(青年よね??中年??)


 山に出かけよったからといって、それで木の名前がわかるとか葉っぱの見分けがつくとかそんな知識は全くといっていいほどないから不思議・・・・ やまんもんなんとに知らん木ばっかりで、町んもんがきた時にいつも教えてもらよります。


 ただ家が百姓で、小学生の時分から冬になると父が猟にでるき、それに着いていって一緒に山を歩いたりした関係やろか?狸やテン、うさぎ、いのしし等の足跡とか獣道とかはわかると思う。(断言できないのは、この頃めっきり山を歩くことがなくなったき、年々自信がなくなっていく・・・)


 当時はポインター(鳥用の猟犬)とかビーグル(うさぎ用の猟犬)を飼っていて、犬と一緒に畑やたんぼを走り回った。父が撃った鳥を、「よーいドン」で取りにいったり・・・

 こんなことを活字に落とすと、本当に珍しい少年時代やったとかも・・・と少々不安になってきた。

 けどもう少しだけ・・・
 当然、猟にいって撃った獲物は、家に帰り父が“じゅって”(さばいて)食卓にのぼった。鳩にきじ、狸にウサギ、いのししに鹿、山鳥など様々な山の幸をいただいた。
 
 ウサギや鹿の刺身も食べたことがあるし、冬の鳩ご飯やきじご飯は、これはもお最高にうまい!

 鳩ご飯は我が家の冬の定番メニューだ!どこに行っても味わえない最高の味!!
おにぎりにしてもうまいし、冷えた鳩ご飯を茶漬けにしてもまたうまい。

 このことを、森さんに話すと目がぎらぎらと輝きだす。
「わたしも食べた〜い」と毎年話には登場するが、なかなか良いタイミングで遭遇することができない。
「一度でよいから食べさせて」と言われて今年で何年目だろうか・・・

今年の冬こそは、どうぞ召し上がれ・・・
ラベル:大分県 中津江村
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2007年07月16日

大分県日田市 伊東寿憲 1日目

「今週の私」には大分県から初出場ということで・・・。
せっかく地方からの書き込みなので、方言を交えながら書こうかと思います。読みづらいかもしれませんが、ご了承ください。

みなさんはじめまして、大分県日田市に住んじょる。伊東寿憲といいます。
生まれは中津江村、この地名を聞いて「あ〜」ち言う人が何人かおるかもしれん。次にカメルーンがキャンプした村っち言うたらもう少し「あ〜」ち言う人が増えるっちゃないかな?

2002年のサッカー日韓ワールドカッブでカメルーン共和国のキャンプ地になって、それで、到着がすごく遅れて連日のように報道された村です。


今週一週間ということで、村での出来事と、日常の何気ない会話をしていたところを森さん(色々お世話になっていて、今回の件も紹介してくれた方です。)がすごい食い付いてきた話などを、お伝えできたらいいな〜と思いよるから、よろしくお願いしちょきます。

今日は村の出来事から・・・

今、村では新たな騒動が起こりょります。

8月に大分市の九州石油ドームにカメルーンがやってくることが決まったのです。
サッカーの日本代表対カメルーン代表戦!!必然的に「こりゃ〜応援にいかにゃならんばい!!」「カメルーンが帰ってくるきね!!」とつい先日、7月6日に「カメルーン応援団」が結成されました。

坂本地球財団理事長(旧中津江村長 坂本 休)さんが、こげん言いよりました。「カメルーンと聞くと、私たちはときめきを覚える。」とすごく共感できる言葉でした。よか言葉やった。

この感情は多分、日本中の誰が聞いても多分わからんじゃろうと思う。その時に村におった人なら多分「うんうんわかる!」と共感してもらえると思う。それぐらい独特の感情がある。

今後、緑色の応援Tシャツを作ることや、応援の練習をすること、応援用国旗を作ること、九州石油ドームのアウェー席に約500名の応援団を結成することなどが計画にあげられている。

2002年の時には期待の新人と紹介された「エトー」が世界の「エトー」となって帰ってくるといううわさもある!本当にそうならますます大歓迎だ!


今からの1ヶ月・・・熱い中津江村が帰ってくる。
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2007年07月15日

東京都 向本圭太郎 最終日

今日は日曜日。
向本家では日曜日は朝ホットケーキを食べるのが習慣になっている。
今日もいつものようにホットケーキを作って、みなさんに向本家流ホットケーキをお披露目するはずが・・・。
ケーキの素がない。
そして外は大荒れの天気。
ということで、ご紹介できませんでした(涙)
なんたる失態。

今日の午前中は旅行業。
沖縄行きの安いチケットを求めて探し回るもうまくいかず。

午後は雨が大分小雨になってきたので、地元阿佐ヶ谷駅そばのカフェに行った。
今日はお客さんも少なくてよかった。
今年の6月から社会企業家養成講座なるものに通っている。
夏に鞆の浦プロジェクトをやると決めたものの、一度限りのイベントで終わらせたくなかった。何かしら、継続的に地元のためになるような活動をしたい。
そのためのヒントが得られたらと思い、この講座への参加を決めた。

2週間に1度2時間の講座が開かれる。
いろんなバックグランドを持った方々がいらっしゃる。
それぞれに夢をお持ちで、皆さんの夢を聞いているだけでも元気が出てくる。
それぞれの夢をいかに事業というスキームに落とし込むのか。夏の中間プレゼンに向けてがんばらねばいけない。

この事業化っちゅうのが難しい。
私も鞆の浦を元気にしたい!という夢を持ちながらも、何ができるのか、折に触れて考えていたのだが、ずっとアイディアが出ないでいた。

ところが、今日。
嵐の後のカフェで、きました!!(笑)
これいけるんじゃないかというアイディアが!!!
茂木先生流でいうアハ体験とはこのこと。
しかも、このアイディアは講座で皆さんに叩いてもらえる♪

って思わせぶりなことを書いて、内容を書かないのは大変失礼だと思いつつも。
もう少し、深く掘り下げていきたいのでここでは書かないことにする(笑)

広島県福山市鞆の浦。
ぜひ皆さん、注目していてくださいね。
そして、もし機会があればぜひぜひ一度訪れてみてください。
景色もよくてのんびりできるところです。

今日でブログも最後。
1週間ありがとうございました。

これからの私の目標は、もっともっと東京でたくさん勉強して、たくさんの方に出会って、その成果をいつか故郷やご縁のある場所に還元していけるような人間になりたいです。

最後になりましたが、このような貴重な体験の機会を与えてくださった浦嶋さん、きっかけを作ってくださった群馬県の熊川さん、ありがとうございました。



・・・最後に。
Non-Purpose〜首都圏のWA。最高の仲間たちです。
図1.jpg
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2007年07月14日

東京都 向本圭太郎 6日目

勝った♪勝った♪
おめでとう黒田!おめでとう100勝!
広島県人にとって、カープが巨人に勝つときほど気持ちのよいことはないのです(笑)

さて、土曜日。
夜になって少し雨が強くなってきた。台風の影響だろうか。
今朝は家で鞆の浦プロジェクトの資料作り。ずいぶん形になってきた。ホテルの数が足りるか心配だったのだが、今日お昼に現地NPO代表の松居さんより、新たに24名分確保できそうとの連絡が入る。全部で54人分確保できた(笑)・・・今度は果たしてこんなに来るのかという不安がよぎる・・・。
まぁなってみなきゃわからないので、取り越し苦労は止めるとしよう。

お昼は妻と一緒にフレッシュネスバーガー!を食べる。
荻窪にあるお店のオープンテラスが好きで、よく行く場所だ。
アメリカのキングサイズバーガーに比べるとかわいいなぁと改めて思う。

午後は一ツ橋大学へ。
最近多摩方面に行っていなかったので、駅の変化に驚く。
あっという間に高架化が進んでいた。

今日は、一ツ橋大学で進められているまちづくり授業についての報告会を兼ねた、「まちづくりフェスタ」があった。現在進められているプロジェクトについて、学生からの報告と大学の先生からこの授業に関してプレゼンがあった。

aa.JPG


取り組みとしては、一橋大学そばにある商店街の空き店舗を舞台に、大学生がカフェや地野菜の直売場、ホールでの市民講座の企画などまちづくりに関するプロジェクトを実施。それに対して大学は単位を与えるというものだ。

以前、商店街振興係いた際、この商店街を訪れいろいろとお話を聞く機会があった。
今日の発表を聞いて、2年前よりプロジェクトの数が増えていて、またそれぞれの活動が深まっていて驚いた。

今、東京都では25億円というお金を商店街振興のために使っている。
そのほとんどが、イベントに要する経費に対する補助金だ。
確かに、商店街のイベントは地域住民にとってメリットはある。夏の出店やくじ引き、○○セールというのはあった方がうれしい。また商店街にとっても、セールをやれば通常よりもお客さんが来る。その意味においてイベントに対する補助は商店街活性化に寄与しているといえる。

ただ、この補助金の使い方には大きな問題がある。
本当に停滞してしまっている商店街にとって、この補助金は延命措置でしかないということだ。
毎日お客さんが沢山来てくれるような商店街が、大きなイベントをやってさらにお客さんがくるのはいい。一方、いつもはお客さんが来なくてイベントをやるときだけお客さんが来るような商店街にとって、この補助金は真の意味での活性化でもなんでもない。
ただの延命措置に過ぎない。

本当に商店街振興を考えるとき、今必要とされているのは今日の一ツ橋大学と富士見台商店街のような関係なのではないだろうか。
つまり、一つ一つの商店街に対し、丁寧に振興策を考えることではないだろうか。
一律に条件を定めて補助金をばら撒くというやり方は、今の時代には合わないんだと思う。

これからの商店街振興において、役所に何を求めるのか?と私が聞いたとき、田中えり子さんから「役所には、地域のコーディネーターとしての仕事を求めています。」といただいた。
この言葉は一生大事にしていきたいと思う。

今は本当にいろんな方が地域で活動をされている。
私はそういう活動をされている方たちと、できるだけ多くの方とお知り合いになり、お友達になりたい。
そして、必要としている地域に、必要な方をおつなぎすることができたらいいなと思っている。

地域のコーディネーター。
そんな役人になっていきたいなぁ。


・・・もう恒例化してきましたが、今日の晩御飯♪今日は嫁さんがバンドの練習!でいなかったため自分で作りました。このゴーヤ思いのほかに苦かったです。

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2007年07月13日

東京都 向本圭太郎 5日目

今日はハナマル金曜日。
そしてもうすぐ、サッカー観戦♪
日本対UAE!!
ということで、早速ビールとつまみを用意。
アラスカで買った大好きなスナックを広げて観戦といきます。
アメリカってサイズがおかしいなって思うけど、スナックはお馬鹿なサイズ大歓迎。

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見てると幸せになります(笑)
アラスカのスーパーに行った際、ローカロリーとかオーガニックの商品がすごく目に付きました。
オーガニックはともかく。ローカロリーって。一番ローカロリーは量を少なくすることだと思いました(笑)

明日は一橋大学のオープン講座に行ってこようと思います。
2年前まで私は商店街振興の仕事をしていました。
役所に入るまえからとってもやりたかった商店街振興の仕事。
たった1年しかいれなかったんですが、とても思い出深い仕事でした。
商店街の仕事を通じて、区や市の担当者の方と仲良くなり、今でも時々お会いさせていただいています。
商店街を中心に活動をされているNPOの方、大学の先生、コンサルの方ともいろいろなネットワークを築けました。

国立の商店街に行ったときにたまたま出会った、「どんくに」編集長の田中えり子さん。すごく久しぶりだけど会えるかなぁ。
「どんくに」は国立を中心にしたまちの情報誌。
一時期休刊していたけど、最近復活されたとのこと。
どんくにHP http://group.shop-info.com/~donna/
明日うかがうのが楽しみです。

すみません。酔っ払ってきたのでこの辺で。

・・・この長さ。すごいっす。
b.JPG

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東京都 向本圭太郎 4日目

木曜日。
あっという間に週も後半。
今日群馬県庁の熊川さんが職場に遊びに来てくれた。都庁での会議の帰りだったそうだ。
熊川さんとは、私の大学の大先輩たちが開いている勉強会で前橋に合宿に行った際にお会いした。緑風街という市民で作ったお酒の解禁日に合宿で伺って、おいしいお酒を飲みながらいろいろとお話したのを思い出す。あのお酒うまかったなぁ。
非常に地元群馬を愛していらして、故郷を遠く離れて暮らす私には、熊川さんのご活躍が眩しくうつる。
ローカルジャンクションさんとの出会いも熊川さんを通じてだ。今度ぜひ秋にでも仲間と一緒にディープ群馬を堪能しに行きたいなと思う。

今日うれしい知らせがあった。
内閣府の浅野さんが今回の鞆の浦プロジェクトに参加してくださるとのこと。浅野さんとは今年に入ってお会いして、それ以来、非常にお世話になっている。
今年1月に初めてお会いしたときにアツく鞆の浦について語らせてもらってから半年。まさか半年後こんなプロジェクトができるとは思っていなかった。
「夢しか実現しない」
という言葉があるが、本当にそうだなぁと思う。
願い続ければ、思い続ければ、実現しないものはないんだなと思った。

浅野さんのお仲間にも声をかけていただけるとのことで、総勢30名を超えるツアーになりそうだ。参加者も首都圏の公務員から、群馬の熊川さんをはじめ、滋賀、西宮、福岡など各地からいろんな方が参加してくれる予定。それに調査に入る日本大学の学生が20名弱。総勢50名近い人間が外から鞆の浦を訪れることになる。
まさに昔の朝鮮通信使のような雰囲気になるのではないだろうか。
今年は朝鮮通信使来航400周年記念なのだというのには、何か運命を感じる。

・・・400年後。
日本各地から鞆の浦にアツい奴らが集まってくるなんて、きっと当時の人間の一人として思いつかなかっただろうなぁ(笑)
今から400年後。
鞆の浦はどうなっているんだろう。

・・・うちの晩御飯(笑)地のモノをご紹介しようと思うんですが、我が家のでごめんなさい。今日は嫁さんが休みだったため、やや豪華です!ちなみにメロンは広島県三原市産の地のモノです♪

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2007年07月11日

東京都 向本圭太郎 3日目

今日は水曜日。
私の勤める役所では、No残業Day。民間の会社ではこんなのあんまり考えられないと思うけど、役所ではこういう日があるんです。でも、週に1回くらい早く帰れる日があった方がいいと個人的には思います。特に役人は机の前にかじりついてばかりいないで、もっともっと現場に出るべきだと思いますし。
というわけで、今日はさっさと仕事を切上げて、職場の先輩方と一緒にビリヤードに行ってきました(笑)
ビリヤード。言ってしまえば球を突いて穴に入れるという単純なゲームですが、これまた奥が深いんです。今年5月から隣に座っている先輩に誘われて毎月1回プレーしていますが、毎回毎回とても大きな発見があります。
今日の発見は、「右手の力を抜く」こと。
今までは、すごく力んで右手を使っていましたが、今日ある瞬間にふっとひらめきました。右手は軽くグリップを握って、力を抜いて、まっすぐに球を突く。
すると入る入る!非常に調子がよくなりました。
これは仕事でも一緒だなぁと。俺が俺がと力んでてもうまくいかないことが多いんですよね。肩の力を抜いて、まっすぐ球を突けば、うまくいくこともあるのかなぁと思いました。
こんな気付きをもらえる、No残業Dayはやっぱり大事!!

最近の私は旅行業者と化しています。名づけて向本ツアー(笑)
昨日懸案だった、鞆の浦の新幹線チケット。おかげさまで何とかグリーン車で確保できそうです。よかったよかった。

この夏にもう一つプロジェクトを抱えています。
その名も「津堅島プロジェクト」
沖縄の裏、勝連半島の少し先に津堅島という小さな島があります。
人口400人ほどの小さな島ですが、非常に豊かな自然が残されています。
この島で昨年の秋からプロジェクトを始めました。
このきっかけを話すとすごーく長くなるんですが。かい摘んでご説明します。
私の都庁の大先輩(昨年退職されました)に木谷正道さんという方がいます。
木谷さんがこの津堅島を訪れたときに、非常に衝撃を受けたそうです。
この島は、経済的にはそんなに豊かではないけれど、すばらしい自然と、目のきらきらした子供たち、そして地域社会がきちんと残っている。何より住んでいる人たちが幸せそうだ。
翻って、自分(木谷さん)たちが関わってつくりあげてきた東京はどうか?自然環境は破滅的な状態にあり、うつ病の人間が増え、自殺者は3万人を超え、地域社会はボロボロになっている。確かに所得や消費は多いかもしれないが、とても幸せそうには見えない。
これから人類は、自然と経済成長の相克に悩まされるだろう。すべての国がアメリカのようになろうとしたらどうなるか?とても地球環境は持たないことは明白だ。
莫大な消費=幸せという方程式ではなく、消費レベルは低いが満足度の高い社会を目指す必要がある。そのモデルをこの津堅島でつくろう!ということで始まったのがこのプロジェクトです。

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昨年は、東京からいろんな背景を持った方が10数名津堅島に行って、現地の人たちと楽しく交流をしてきました。
木谷さんのコンサートあり、地元の小中学生と父兄の出し物あり、地元の名産物ありとすんばらしいツアーになったようです。
かく言う私は、事情で直前になって参加できなくなってしまったのですが、帰ってきた仲間が「まだ、心の整理ができない」と言っていたのがすごく印象的でした。
今年も8月の旧盆の時期に行く予定で、現在チケットの手配中という訳です(笑)

鞆の浦はお盆、津堅島は旧盆と、超ハイシーズンにいかに安く満足度の高いツアーを組めるのか!向本ツアーの腕の見せ所です(笑)がんばらねば!

・・・今夜の我が家の晩御飯です。
昨年6月に結婚しまして、今は妻と2人暮らしをしています。ご飯は早く帰った方が作ることになっています。といってもやっぱり頼ってしまうことが多いのですが。
今日はスタミナうどん。アナゴやとろろ、パプリカが入っていてとってもうまかったです。


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2007年07月10日

東京都 向本圭太郎 2日目

ぐぬぬぬ。
悩んでいるのです。といっても悩んでも仕方ないことに。

今年8月10日から、地元広島県福山市にある鞆の浦で、一つプロジェクトを始動させようと思っています。
その名も「鞆の浦プロジェクト〜東京通信使2007」です。

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鞆の浦という場所は、非常に歴史的にも古くから知られた場所です。古くは万葉集の中に、大伴旅人が鞆の浦を詠んでいます。
瀬戸内のちょうど中央に位置する鞆の浦は、九州から近畿へ抜けるため潮待ちの港として古くから栄えてきました。
朝鮮通信使が京都に向かう際にも、鞆の浦で潮を待ったといいます。そのとき、鞆の浦を訪れた朝鮮通信使は鞆の浦から見る眺めを「日東第一景勝」と賞し、非常に鞆の景色のすばらしさを褒めたそうです。
その他にも、坂本竜馬のいろは丸が紀州船とぶつかったのも鞆の浦の沖です。
お正月によく聴く宮城道雄の「春の海」は鞆の浦を舞台に作曲されました。
最近では、来年夏公開予定の宮崎駿監督の「崖の上のポニョ」は鞆の浦を舞台にしているといわれています。
などなど。
挙げればきりがないくらいに地域資源にあふれた場所です。

でも、みなさん、鞆の浦って知ってました?
おそらく知らない方がほとんどではないでしょうか。

これらの資源をうまく使えば、
もっともっと鞆の浦って魅力的なまちになるんじゃないだろうか。
もっともっと住んでいる人たちが幸せなまちになるんじゃないだろうか。
そのために、よそ者として少しでもお役に立てたらいいなと思い、今年「鞆の浦プロジェクト」を実施しようと思った訳です。
といっても、何をしていいのかわからないので、とりあえず今年はみんなでボランティアに行こうということになりました(笑)

東京の若手役人仲間を中心に、10数名で行ってきます。
現地では、日大の学生の皆さんと一緒にライトフェスタや福山藩蔵の壁塗りワークショップ、そして浜辺の清掃をしてくる予定です。
◆過去のライトアップフェスタの様子
http://www.sawasen.jp/tomonoura/tomonoura/topics-05/topics-05.htm
http://www.vesta.dti.ne.jp/~npo-tomo/schejule/Lightfes.html

って、さっき悩んでいたのは、鞆の浦(福山)までの新幹線チケットを旅行会社に手配してたら、普通の指定席は一杯でグリーン車じゃないと取れないと言われまして。。
どうしたものかと悩んでおったのです。
旅行業は難しいっす。

■日程:平成19年8月10日(金)から12日(日)まで
■内容:鞆の浦散策、ライトフェスタ、福山藩蔵壁塗りワークショップ、浜辺清掃、野外コンサートほか

今からでも参加大歓迎です。お近くに住んでいらっしゃる方、少しでも興味を持った方、詳細のチラシをお送りしますので、私までご連絡をばいただけると幸いです。

・・・瀬戸内の料理です。私の大好物を並べます。

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2007年07月09日

東京都 向本圭太郎 1日目

 みなさん、はじめまして!向本圭太郎(むかいもと けいたろう)と申します。今日は簡単に自己紹介をしたいと思います。
 現在、東京都庁に勤務しております。
 仕事は産業労働局総務部総務課文書係というところで仕事をしております。役所にお勤めの方ならともかく、文書係ってなんだよ!?って思われる方が多いと思います。
 役所で回される文書の審査、条例制定の際の文言や内容チェックや開示請求などの担当をしています。
 
 私は、生まれは広島県福山市。育ちは、福山市、呉市、広島市、府中市と広島県内を駆けずり回って大きくなりました。東京には大学から出てきました。
 
 昔から不信感を抱いていた役所をよりよくしたいという、高い志!を持って役所に就職。
役所に入って5年目になりましたが、なんだか変なご縁でいろんな人たちと出会うことができました。

 その一つが、毎月1回首都圏の若者と一緒に開いている、
Non-Purpse〜首都圏のWA(通称:ノンパ)です。
 もう21回も続いていますが、この勉強会を立ち上げたきっかけは、埼玉県庁の友人(男)との合コンでの出会いでした・・・。
Non-Purpose〜首都圏のWA:http://www.geocities.jp/nonpasyutoken/
 
 名前が「首都圏のWA」というだけあって、この勉強会を通じて、役所の外の方々との輪(ネットワーク)がどんどん広がりまして、今は仕事と同じくらいプライベートでの活動も楽しんでやっています。 
 
今週は、私が関わらせていただいているプロジェクトやその地域のご紹介をしつつ、書かせていただけたらと思っています。
 どうぞよろしくお願いします!


・・・私事ですが、先週アラスカに海外旅行に行ってきました。
アメリカ大陸の大きさを改めて実感した旅になりました。

この時期アラスカでは、サーモン釣りの解禁の時期です。
川という川には大きなキャンピングカーで、世界各国から釣り人が集まります。
アラスカのサーモン釣りのルールは非常に厳格なんだそうです。
まず、魚を釣るのにラインセンスを購入する必要があります。
また、川ごとに釣ってよい魚が決まっています。
そして、川ごとに使ってよい仕掛け(針など)が決まっています。
さらには、なんと釣りあげ方(ちゃんと口にくわえていないとダメ)まで決まっているそうです。
川には一般の釣り人の格好をした監視員がちゃんといて、不正がないか目を光らせているとのことでした。
1mはあろうかというサーモンを釣るには、事前の準備も大変なようです。。

ちなみに、海外の方々はサーモンを釣ってもイクラは食べないそうでして、川に捨てられたイクラを水鳥たちが食べている場面に何度か出くわし、悔しい思いをしたのは一生忘れないと思います。


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2007年07月08日

島根県飯石郡飯南町 有田昭一郎 最終日

それでは4、5,6日目に続き、私が参加している野研(野外体験産業研究会)の紹介をしていきます。今日は、ものづくり系ワークショップ等に関わるものを中心に。

ものづくり系ワークショップ「田園に過ごす小屋をつくる」
この1年間、野研は、木、竹、石、土、鉄など身近な素材を使った「田園に過ごす」をテーマにした建物づくり中心に活動を展開しました。その理由は、
@建物づくりは総合的にものづくりを体験できるプロセスであること、
A基本的な生活環境である住居空間づくりを体験することは次世代(子ども達)の育ちを考える上でも重要なプロセスであること・体験しなければ気づかないことがあること、
B野研のスタッフは、身近な素材を使うといっても、従来の「古民家」や、昔のライフスタイルに逆戻りすることをよしとせず、もっと現代のライフスタイル・空間認識・建築技術をいかしたあり様があると考えていること(但し、風景との調和は重視しています。ヨーロッパでは外見は風景と調和し、内装は超モダンということはよくありますよね。)
以下にその幾つかのシーンをご紹介します。

壁土を練る・小屋の改装・クドづくり(5日目に紹介した小屋を作ったプロセス)
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樹を切り倒す・柱をつくる(森づくりが専門のスタッフの指導で)
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樹が倒れるときの音はなんともいえずものすごいです。一歩間違うと大怪我するので参加者はものすごく真剣。

野研海外研修会
体験することに重きを置く野研は30〜40代の若手(?)でこの2年間ヨーロッパに調査研修に行っています。野外体験活動、デザイン、建築、森づくり、農業経済など様々なジャンルの人間が一緒に行くので多面的に発見があって面白いです。野外体験活動の人は言葉は分からなくても地図読み・情報収集能力が高くすぐ土地に順応します。デザインの人はいろんな物に見とれている間に2度迷子になりました。建築、森、農業の人間はその方面の写真しかとっていません。その一部を紹介します。
 
ロンシャンの教会(ル・コルビジュ作)
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コルビジュがフランスのロンシャン村に作った教会です。この教会を見る前にパリで建築家の解説つきて散々ゴシックやロマネスクの教会をみたのですが、ロンシャンの教会には驚きました。解説によれば、この建築家は、ゴシックやロマネスクの教会のもつ宗教建築としての空間構成(内部の形状、採光諸々)を分析・構造的に理解し、コンクリート・鉄筋など近代建築の建材を使って、機能する宗教的空間を再生したのです。確かに、18世紀に建てられた石組みのゴシックの教会と同じ雰囲気をもっていました。人間ってここまで理解を深め、ものづくりできるのかと、私が身をおく社会科学の論理とは、全く別の論理性をかいまみた気がしました。

スターブ・ビルケ
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ノルウェーのフィヨルド沿いに点在する木造教会です。世界遺産に登録されているものもありますが、別に周りを積極的に観光地化しているわけではなく、普通の教会として使われお墓には美しく花が生けられていました。お墓から少し離れた所にはベンチが置かれ、ゆっくりした時間が流れています。ここに来た人は心を静め、先祖から引き継がれている建物や風景は美しく・豊かなで大切なものだと改めて感じます。本来の遺産のあり方をみせられた気がしました。

ハイブリットなキッチン
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以前、北欧の囲炉裏→暖炉→薪ストーブ→キッチンストーブの進化についてご紹介しました。この後、北欧でもキッチンストーブはガスコンロやIHヒーターにとって変わられるのですが、結構、キッチンストーブとIH等を併用している人もいるようです。急がしいときは、IHと電子レンジでチーン、時間がある週末やバケーション時はキッチンストーブを使う。こんなハイブリッドなキッチンもこれからはありだなと思っています。

ヴァルス村の風景
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スイス・グラウビュッテン州のヴァルスという小さな山村へ行きました。ヨーロッパ全土から滞在客が来るリゾート地ですが、あるのは急傾斜な放牧地、点在する乾草小屋、石葺きの家屋・集落、温泉、地元料理レストラン、宿泊施設でした。普通に農業が営まれ、風景と調和する集落があり、それに気持ちよい滞在・宿泊施設、素敵なレストランが立地すば観光は成立するのだなと改めて思いました。(但し、電柱、奇抜な建物など風景を阻害するものがなく、家屋等の建物は石葺き・壁の色は逸脱したものがありません。また、スイスには優れた農地保全政策、地域交通など生活サポート対策、観光政策があります。)日本の里山風景のどこが特徴で、生活観光・観光の視点でみれば何が阻害要因なのか考える上で大変勉強になりました。当たり前になると気づけなくなるものが沢山あるのですね。
あと一つ、ヴァルス村には美しい風景を資源として活かす機能として、優れた温泉宿泊施設(フェルゼン・テルメ)がありますが、このことについてはまた機会がありましたらご紹介致します。興味ありましたらフェルゼン・テルメでネット検索してみてください。


以上で終わりに致します。かなり偏った内容になってしまいました。地域のこと、私の本業のこと、また機会があればご紹介させて頂きたく存じます。
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昨日は、地元飯南町の夏祭りでした(半夏まつりといいます)。花火が上がるので、子どもやかみさんと地べたに座って、ビールのみ、唐揚げ食べながら、ゆったりしました。こんな一時が一番幸せですね。

1週間、お付き合いいただきありがとうございました。
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2007年07月07日

島根県飯南町 有田昭一郎 6日目

それでは一昨日、昨日に続き、私が参加している野研(野外体験産業研究会)の紹介をしていきます。今日は野外活動に関わるものを中心に。

シャワークライミング(しまね自然の学校・野研実施)
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国立三瓶青年交流の家(島根県大田市)で実施された、野遊びの達人養成講座(ファシリテーション養成講座)の一コマ。講座の目的は、自然体験活動の指導者養成で、シャワークライミングを通し、「冒険」する子どもの目線を体験的に理解して頂くこと。最近、冒険が子ども達に大切だと川に子どもを投げ込んだりするプログラムもあるそうですが、今回のプログラムは逆に自分のやってない領域に挑戦するのがどんなに勇気のいることか認識するためのものです(もちろんビレーヤーがおり安全は確保しています)。参加者の方は、滝を登ったあと、滑ってロープで支えられた回数で、「1度死んだ」「3度死んだ」といっていました。
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このプログラムはビレーするスタッフにとってもすごく勉強になります。登る参加者の腰にロープがついていて、そのロープを滝の上で張って安全確保するのですが、ロープを引っ張りすぎると登っている人はロープに依存してきます、ゆるめ過ぎると危険です。張れているか張れてない状態がベストです。登っている方も“怖いけど挑戦している”のような状態の中で、常にロープが自分の動きに合わせピンと張られているのはかなり安心します。このようなプログラムでのビレーヤーとは、参加者の自立した挑戦をサポートする存在なのです。これって、サービス業、教師、公務員はじめ全ての職業がある意味そうかもしれませんが、サポートする仕事では最も大切なことではありませんか。また部下に対する上司、生徒に対する先生、弟子に対する師匠、色んな関係の中でも必要な認識だと思います。で、このようなプログラムでは、終わった後、参加者、指導者、ビレーヤー自分の感じたことを話し合います。これと同じことを理解して頂くプログラムに、ツリークライミングがあります。これも登る人とビレーします。
ツリークライミング 写真
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スノーキャビンプログラム(デザイン:土井周一氏)
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参加者が自分で雪洞をつくり宿泊し、屋外で食事するプログラムです。このプログラムは、今のところ、研修、レジャー(体験観光)、子ども対象の体験教育として行っています。
流れはおおよそ同じで、@雪を積み、踏み固め、山型にする、A中をくり貫き雪洞にする、B雪洞の底を平らにし防水する、です。“かまくら”と違うのは観音彫り構造で耐久性があり、天候にもよりますが一度作ると20日は持ちます。また雪洞には内部はー3度以下には下がらない、氷と違い雪の結晶間から空気が常に供給される等の特徴があり、宿泊が可能となります。かまくらは一晩すると天井が落ちたりするので危険ですので野外宿泊には利用できません。
 昨年、益田市匹見町という所で、民間の宿泊施設と連携してレジャーとしてプログラムを展開しました。参加者はカップルや友人グループ、家族連れで、皆スタッフのサポートを受けながら半日かけて雪洞をつくります。その後、レジャーですので、氷点下の屋外でたき火料理を召し上がって頂きます。面白いですよ。客観的に見ると、氷点下の雪原で一日中作業し、氷点下で食事をし、雪洞に宿泊するなど、かなり厳しい環境で結構しんどいことしているのですが、みんなとても満足されます。きっとみんな、つくることや極限体験、家族や友達との共同作業への欲求が本源的にあるのだと思います。「体験」プログラムには常にこのような発見があります。

明日は最後に野研の最近の活動の中心である、田園に気持ちよく過ごす小屋をつくるワークショップ等について紹介したいと思います。
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2007年07月06日

島根県飯南町 有田昭一郎 5日目

それでは昨日に続き野研(野外体験産業研究会)の紹介をしていきます。今日は倶楽部ハウスと「食」に関わるもの中心に。

野外体験産業研究会の活動拠点「たき火小屋」
P1030821.JPGワークショップで作ったもので、農機具小屋を竹、鉄、土、石等の素材をつかって改装しました。きっかけは、メンバーの1人が「僕、田園風景の中で結婚式したい」と言ったこと。それではやろうということになり、7〜11月までかけて小屋を改装し、結婚式場にしました。当日は、両家から親戚・友人が集まり約100人規模の式になりました。
それを更に改装して、クドやファイヤープレースをつけ現在のバージョンとなっています。

タマネギがつるされた風景のインスタレーション(野研代表 岡野正美氏作)
060621_2148~01.JPGタマネギがつるされている風景は美しいだろという主張。直売店舗やレストランにも設定したいとのこと。



可動式パン焼き釜(岡野正美氏作) 
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30分でパンが焼けます。薪でなく粗朶で焼きます。




クド(野研作・デザイン:岡野正美氏) 
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一回で20人分のご飯が焚けます。総学の時間など環境学習で使用)

薪を積み上げた壁(薪積みの風景のインスタレーション)(野研作、デザイン:岡野正美氏)
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薪積みの風景は美しだろうという主張。鉄枠でフレーミングしています。壁に十字が切ってあるのは結婚式の名残りである。純粋にデザイン)

竹の壁(野研作、デザイン:岡野正美氏)
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きまち石の庭(土井周一作)
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畑の野菜を使った昼飯風景(ベロニカの会作:野研ワークショップで)
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ベロニカの会は、別名、「田園に豊かに暮らす」を考える女性の会といい、野研のクラブハウスがある出雲市上津に暮らす30〜40代の女性グループです。クラブハウスを拠点に、自分達の世代が上津に豊かに暮らし子育てすることを真剣に試行錯誤しようと、いままで距離をおいていた畑で野菜をつくり、それを調理して食事会を開いておられます。野研のワークショップや研修事業で連携して、食事の調理及びサーブを担当して頂いています。

中山間地域の風景のインスタレーション(野研作、デザイン:土井周一、岡野正美)
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去年の8月10日に、島根県中山間地域研究センターで「中山間地域から持続可能な社会を考える」というシンポジウムがありました。全国から人が集まった大規模なシンポでしたが、野研はそこで「体験から中山間地域の可能性を考える」という分科会を代表と私で担当しディスカッションしましたが、目に見える形でも可能性を共有できないかと、センターの建物の外にレセプション会場をつくりました。薪の壁とタマネギのラックでパティションをつくり、バーカウンターとバーテンを設置しました。バーカウンターはもちろん薪積みを鉄のフレームで仕切ったもの。バーテンは野研メンバーのバーテン経験者(現職:鍛造作家)
調理とサーブはベロニカの会&野研

木立の風景のインスタレーション(野研・しまね自然の学校作、デザイン:土井周一)
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国立三瓶青年交流の家(島根県大田市)で、野遊びの達人養成講座(ファシリテーション養成講座)で展開された野外レストランの一コマ。講座の目的は、自然体験活動の指導者養成で、まず子ども達に自然の中で感じ取ってもらうものは何かを質的に理解してもらうために実施したものです。大人だと贅沢と感じてもらうために時にはこれだけの条件設定が必要ですが、トキメクものは子どもと同じです。木立に差し込む月の光、ランプに照らされた森、虫の音、みんなで談笑しながら頂く美味しい食事。こんなものが感じ取れる日常が子どもにあることが大切だと思いませんか。
 このあと、自然の中で子どもが行っている「冒険」について理解する目的でハードなシャワークライミングが待っているのですが(それはまた明日)

明日は、シャワークライミングや冬期の野外体験プログラム「スノーキャビン」についてお話しようと思います(予定)

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2007年07月05日

島根県飯南町 有田昭一郎 4日目

こんばんは。今日は少し私が事務局をしている野外体験産業研究会について紹介します。

略して「野研」
略して「野研」といってますが、「野犬?」といわれます。また、「おおげさだねー。」ともいわれます。多分、産業という文字がついているからでしょうけど、つけた意味がちょっと違います。これから述べるように野外での活動は「やる方」でも「サポートする方」でも発見が多いのです。だから常に、野外での活動から得られる体験を起点にしながら、いまのライフスタイルや暮らしている地域や社会や産業のあり様も考え直し、またあり方を具体的に提案もしていこうというのが野研のスタンスです。

しまね自然の学校
野研が深く関わっている団体に、しまね自然の学校という団体があります。野外活動を通した子どもの育ちのサポートを目的とし、月2回のペースでプログラムを実施していますが、この団体のスタンスは「見守る」です。毎夏、鷺浦という海辺での6泊7日のロングキャンプをしていますが、そのとき参加する子どもがしなくてはならないことは、自分でテントを張り、ご飯をつくることだけ、あとは自由です。その時間に子ども達は必ず海で泳いで遊ぶのか?否、全く海に入らないでひたすら海辺で拾った木片をナイフで削る子、砂浜の裏にある山の中に入っていく子など様々です。子どもは自由に自分のその時期の内的な欲求に従って行動しているのでしょう。そして、その内的な欲求に大人がどんなに考えても全部応えることのできる環境を整えることはできません。だから、大人にできるのは自然の中で遊ぶ子ども達のそれぞれの冒険を見守るだけ。かつては「見守り」は地域に普通にあったのですが、今の社会ではそれが必要かも、だけど最終的には、子どもの育ちのサポートをする存在が必要ない世の中になった方がいいのだろうなと考えながら、スタッフは活動しています。野研スタッフもこのプログラムに参加しています。

野研のテーマと提案する手段
しまね自然の学校との関わりを持ちながら、ここ1〜2年、野研のテーマは次第に固まってきました(なんていいかげんなんだろう)。「自然と関わり日々を暮らすことができる中山間地域こそ、子ども達(次世代)にとって豊かな環境である。彼らが自然と関わりながら育つことができる、暮らし、社会、産業のあり方を提案していく」というところです。
また、野研が提案する手段としているのは、体験を通した提案及び目に見える形での提案です。例えば、いくら中山間地域での暮らしは豊かだやら、身土不二・四里四方の考え方に基づき食と農のあり方を再構築する必要があるといっても、それを言葉だけで伝えるのには限界があると思います。(個人的には好きな言葉です)。だけど、美しい風景を眺めながら、すぐ目の前でとれた野菜を使った美味しい料理を一緒に楽しく食べる場面があれば、もっとよく伝わります。

ここで時間がきてしまいました。続きはまた明日。

野研開催のワークショップでつかうたき火小屋、食事など

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2007年07月04日

島根県飯南町 有田昭一郎3日目

今年から、私の職場で「自給・循環圏の構築」という新しい調査研究が始まりました。客観的にみても2020年頃までに食糧・エネルギー事情が大分悪くなるという前提の下、実際、自前の生産資源でどのくらい食糧・エネルギーは賄いうるのか、放置している農地の復元にはどのくらいマンパワー・コストがかかるかを測定し、具体的な自給圏像と推進手法(必ずしも生産・流通・購入のプロセスを前提としない)等を検討します。多分5年前なら、「こんなこと調査研究の対象にならない」と一蹴されていたでしょうが、こわい時代になりました。

いま改修している家は五右衛門風呂なのですが、暖房も薪ストーブを使うことを考えています。これだけ灯油の値段が高騰してくると、周りに雑木林が沢山ある中山間地域では、コスト的にも薪を燃料に使うのは魅力的です。もちろん、樹は自分で伐出しなくちゃならないし、薪割りもしなくちゃいけないので、人件費を考えると割高になるかもしれませんが、家の周りの林も手が入っていい塩梅になるし、運動だけすることができないズボラな私には調度いいやと思ってます。
 上の「自給・循環圏の構築」研究では、例えば、身近な樹を伐り・薪で暖房することが、一般的な都市的生活と比較して、コスト、物質循環、エネルギー効率、持続性等の点からどうか検証することになると思います。ただ、薪一つとっても、樹種・乾燥度合いで温度も火持ちも全く違うし、燃焼装置も性能がピンキリだから色んな前提が必要になるとおもいますが・・・

なぜ日本にオンドルがないのか
そういえば、知人達と薪を使った暖房について話していて、「なぜ日本には大陸のようなオンドルがないんだろう」という話になりました。オンドルはご存知の通り、床下に煙の通るトンネルをつくり煙の持つ熱で床を暖める仕組みになっています。煙のもつ熱を使い尽くす暖房は他の国にもあります。去年、事務局をしている野外体験産業研究会(また紹介します)のメンバーと北欧に研修旅行にいったのですが、その際、アパートに据えつけの薪をつかった暖房システムをみました。それは極太の土管が縦になっているような形で、下で火を焚くと、煙が土管のなかのパイプをぐるぐる回る仕組みです。少しでも煙の熱を利用しようとする意図がわかります。それに比べると日本の囲炉裏は熱効率はあまりよくなさそうです。私が知らないだけで日本にも煙の熱を暖房に使う技術があるかもしれませんが(教えてください)。

オンドル結論(仮説)
その話の中では次のように結論(仮説)となりました。
@大陸は日本ほど樹がふんだんになく貴重な資源である。よって限られた燃料で最大限熱を利用する技術が発達した(但しこれだと北欧の事例があてはまらない、気候が日本より寒く燃料が多量に必要であったため等は考えられるが)
A双方の国とも日本よりかなり寒い。だから少しでも熱を上手に使う技術が発達した
根拠不十分の推論なので、正解かどうか全く自信はありません。

アフリカに普及する日本のクド
ただ、生きる環境と熱を利用する技術の発達には少なくとも相関がありそうです。前に、新聞(どの新聞かすぐでてきませんが)に、いまアフリカのどこかの国で少しずつ日本のクド(石と土で組んだ料理用の炉)が普及してきているという記事が載っていました。遠方への薪とりがかなりの重労働らしいのですが、たき火と比べるとずっと熱効率が高く身近な素材でつくれるクドが導入され、必要な薪量を随分減らすことができ、労働負荷軽減にかなり貢献しているということです。アフリカの人口爆発は植民地時代以降のことで、もともと低い人口密度が低かった(1人当たりの資源量が多かった)アフリカ当該地では、たき火で十分で、日本のクドのような技術が生まれる必要がなかったのかもしれません。大陸や北欧と比較すると煙熱の利用が未発達な日本も、植民地時代前のアフリカと比較すると、燃料を効率的に利用する必要性があったとも考えられます。

以上、かなりあやふやな仮説が多いですが、これから本格的に情報を集めてみようと思っています。北欧のストーブの発達史は面白いですよ。囲炉裏→暖炉→ストーブ→キッチンストーブと進化していきます。また機会があれば書きます。
夏なのに暖房の話になり失礼しました。ではまた明日。
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2007年07月03日

島根県飯南町 有田昭一郎 2日目

5月から毎朝5時半に起きて7時まで家の修理をしています。今朝も早起きしました。
飯南町に住み始めて5年目、これまでアパートに住んでいましたが、3年目当たりからもう少し山奥に住んでみたいなと思い、色々当たっていましたが、ある日うちのかみさんが「面白い家があるよ」と言ってきました。たまたま見つけたようですが、どれどれと家族5人で見に行きました。

家を見て子ども達の第一声「千と千尋のところみたい」。となりのトトロのさつきとメイの家ならいいのですが、神隠しにあうのかよ、という感じです。基本的には趣のある家なのですが、屋根は一昨年の大雪で折れ、周りは草ぼうぼう、かつての畑は潰れたビニールハウスがススキと笹の原に埋もれています。う〜ん。

結局、要検討とし、他の家も当たってみようと伝手で町内に顔が広いおじさん(顔役さん)に頼んでいたのですが、そしたら紹介されたのがまたその家です。こんなこともあるのだなーと思って、一応中を見せてもらうことにしました。すると家の中は、最後の住人であるおじいさんが亡くなった時点から時が止まっていました。イスに掛けられたままのズボン、戸が開けられたままの水屋など、こうして家は突然空き屋になるのだなと思いました。

地元の顔役さん
 色々検討したのですが、結局、家を借りることにしました。自由に内装できること、周囲の田畑・雑木林を生活の範囲で使用できること、そして家を紹介して下さった顔役さんが同じ集落に住んでいることが大きな理由です。この方は山屋さん(木の伐出業)で、あちこちの山から木を伐り出されるので広く顔が繋がり、色々な情報を持ってられます。例えば、まだ使える耕耘機があるんだけど売りたい、家が空くので貸したい、ミツバチの箱を置かせてくれる所を探している、家のここの部分が壊れて困っているんだけどなど。本業は山屋さんなので、伐り出した丸太で板・柱を挽き、同じ集落の方と大工作業までされています。また商売されている方なので町外の方とも交流機会が多く、よい意味でなんの勝手も知らない私のようなよそ者の扱い方をよく知っておられます。
 最近、空き屋バンク制度があちこちで立ち上げられていますが、結局、システムとしてうまく機能するか否かはこのような地元の顔役さんとうまく関係できているかどうかなのでしょうね。

畑の復元
というわけで、まず5瀬ほどある畑の復元から始めました。ビニールハウスの周りの草を刈り、ハウスを解体します。そのあと笹を草刈り機でザックザックと刈り、長年積み重なった枯れ草と一緒に焼いていきます。開けた所でトラクターを入れてもらい根を切り、土を起こします。掘り起こされた根を集めてさらに焼きます。ほぼ2週間の作業でした。
こんな感じです↓
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家の修理は家具の移動から
 それでいま家の修理をしています。目指すは、外見はトタン葺き納屋、内装はアルバ・アアルト邸、グンター・アスプルンド建築なのですがその道のりは長い。
 家の修理に至るまで大きく2つの山がありました。1つ目の山は家具・調度の移動。大抵の空き家はそうだと思うのですが、家財道具は使った当時そのままで家の中に展開されています。結構、農家の方は物持ちでこれが大変! うちは片づけ始めてこりゃ大変だと思っていたら、大家さんが途中からやってくれたので大助かりでした。2つ目の山は畳の下の床です。借りた家は築40年で、栗材が使ってあり、壁も荒壁なので、構造はしっかりしていますが、土地が元田んぼでかなり湿気があがってきます。人が住んでいる間は窓を開けるので湿気が抜けるのですが、住まなくなると途端に湿気がこもります。それでこの家も畳の下の床(底板といいます)が半分以上腐っていました。
 こりゃいかんとばりばり底板をはいでいたら、えーい他の部分もと荒壁の上に張ってあったベニヤや石膏ボードの天井も落としてしまいました。壊すのは簡単で友人4人とやったら1日で終わり、家は柱だけになりすごくすっきりしたのですが、来る知り合いに「壊してんの?」と聞かれました
 床を剥いだら、ます床下に防湿シートを敷き重しの砂を引きますそこから毎朝、新たに床や壁や天井を貼るための下地づくりをし、もう少しで終わるかな?ということころです。
こんな感じです↓
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 実はもう一つ隠れた山があります。家の周辺の整理です。周囲の林の中に入ると結構使われなくなったテレビや瓦、家具などがそのままほかされていたりします。いずれ片づけようと思っています。それにしても最初は自分の敷地内とはいえ結構こういうことはおおらかだなと思っておりました。それで、知り合いともこの話しをしていたら、それは一概に捨てた者の責任とばかりはいえないという意見がでました。高度経済成長期に入る前も同じくほかす習慣はあったのだと。だけどその時は材料は木や藁や泥で屋外に置いておけば土にもどったのだと。だけど生活品は急速に樹脂やプラスチックに置き換えられていったのだと。そうかもしれません。長い間かけて自然との間に作られた生活習慣や行動習慣を急に切り替えるのは難しいですもんね。

昔の大工さんはすごい
下地づくりとは、床を水平に、壁を垂直に貼りつけるためのフレームを作っていく作業ですが、これが苦労しました。なんせ家に使われている柱で一つもまっすぐな柱がないのです。うねった柱をうまく組んで全体としては安定した構造体にしているのです。水平器もない時代どうやったのだろう?また、庄屋屋敷ではなく普通の田舎屋だったら普通のことなんでしょうが、ユーズド柱が結構利用されています。きっと他の家が何らかの事情で解体された場合など機会ごとに柱を集めているのでしょう。

とそんなことを考えながらトンテンカントンテンカンやっております。家の前の畑のキュウリやトマトがなりはじめました。それではまた明日。
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2007年07月02日

島根県飯石郡飯南町 有田昭一郎1日目

はじめまして。島根県飯南町に住んでいます有田昭一郎と申します。ご縁ありまして、今日から「今週の私」を1週間担当させていただくことになります。よろしくお願いします。

それでは、まず簡単に自己紹介をば。
昭和44年2月 熊本県熊本市生まれ、山口県山口市、大阪市を経て、島根県飯南町に住んでおります。飯南町は広島県との県境、中国山地のいちばん上の方にある人口6,000人の町で、標高が500m近くあるので、夏は涼しく、冬は雪が50cm以上積もります。この町で、かみさん、子ども3人(長男6歳、次男4歳、長女1歳)の5人で暮らしています。職場は、家から車で5分の島根県中山間地域研究センター、好きなことは家の修理・畑の開墾・料理かな? 野外体験産業研究会という任意団体の事務局もしております。

職場:島根県中山間地域研究センター
島根県に住んでいる理由も、「今週の私」を書いているのも、いまの仕事が結んだ縁ですので、まず職場をご紹介したいと思います。
島根県中山間地域研究センターは、中山間地域の振興を目的とした島根県の試験研究機関で、農業、鳥獣対策、林業、地域研究の4つのセクションで現在70名近くのスタッフがいます。簡単に説明しますと、農業は有機農法・エコ農法(水稲、大豆、野菜等)、林間放牧、キノコ、薬用植物、雑木林・竹等の資源化、鳥獣対策はイノシシ・クマ・サル等の対策、林業は育林・育林・病理・加工・流通等、地域研究は地域経営・土地利用・地域交通・資源を利用した産業振興です。

私は地域研究グループ(5名)に所属しており、直売・加工・飲食・道の駅・宿泊・体験交流等の分野での立ち上げや経営改善等をお手伝いしていますが、地域研究グループは島根県に加え中国地方中山間地域振興に関わる調査も担っており、近年は特に地域経営・産業振興、そして次に述べる土地利用等の案件にも関わっています。

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今日の仕事 『中山間地域の農林地・家屋等の所有と利用について』
 今日は朝から、広島市への会合で出張でした。会合のテーマは農林地・家屋等の所有と利用。昨年度当たりから地域研究グループで島根県西部の山村に調査に入ってますが、これから大変だぞと思う問題の一つは、農林地・家屋の利用の空洞化です。特に厳しいのは山林で、所有者の5割以上は近隣におらず、地籍は曖昧なまま、さらに境界線を知っている人は集落でも80歳以上のおじいさん1〜2人。あと10年してこの人達がいなくなれば、所有者でも自分の山の境界を知っている人はほとんどいなくなり、利用できない“塩漬け”状態の山林が多くでてくる可能性があります。農地、家屋等も確実に跡を追っています。みなさんの地域はどうでしょうか? 中国地方では近年、所有権と利用権を分け、利用したい方が利用しやすくできないかと制度的課題や方法についての検討が本格的に始まりました。よく“地域資源の活用”と言われますが、そのためには“資源を資源として利用できるような状態”にするところから始めないといけなくなりつつあります。もう少し早く手を打てて居ればと思うのですが、実態的に、次世代に資源を使える状態で残すことすらままならなくなりつつあり、急を要する作業です。この1〜2年はこの作業が仕事の中心点の一つとなりそうです。他の仕事のことも機会があれば書いていきます。

夕方、広島市から飯南町に帰ってきました。山と田んぼと畑と家からなる風景をみるとほっとします。しっかりと農林業が営まれている農山村は美しいです。人が暮らすにも、子どもが育つのにも贅沢な環境だと思います。上の男の子2人は、休みの日は1日中、近くの田んぼや農業用水路で魚とりやカエルとりしています。実はその田んぼが職場の無農薬実験圃場でカエルが特に沢山いるものだから田んぼにつっこんだりしており、担当の同僚から「害ガキ」と呼ばれています。でも泥だらけで帰ってくる子ども達をみるとなぜかほっとします。かみさんは悲鳴をあげておりますが・・・

では今日はこの辺で。明日はいま改修している自分の家や開墾(復元)した小さな畑のことを紹介しようと思います(予定)。

島根県中山間地域研究センターのHP

現在、里山プランナー(客員研究員)募集しております。ご興味ある方はこちらを閲覧下さい。

posted by LJ21 at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 島根県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月01日

月刊むすぶ編集長 四方哲 京都府京都市 最終日

最終回となりました。

1週間お付き合いいただきありがとうござました。

『月刊むすぶ』は読みにくい雑誌です。  

日ごろは玄米を食べているのですが、先月、白米を頂戴しました。それも『月刊むすぶ』の購読代として。久しぶりの白いお米がなぜかまぶしく見えます。確かに玄米より食べやすい。

同様、『月刊むすぶ』は食べにくい雑誌です。

1960年代から80年代の住民運動や市民運動の特徴は、「告発」型という特徴があったようです。そして直接参加することで自分自身の生き方さえをも問う。そんな辛気臭さがあったのかも知れません。そんな時代背景のもと誕生した『月刊地域闘争』→『月刊むすぶ』は、読みにくい雑誌です。

「読みやすい」ということは、消費しやすいという普遍性を持っているわけです。それは親切なのかもしれません。

確かに「安全な食を」という掛け声で始まった共同購入運動では、当初、泥付の大根が売られていました。でも今、そんな大根を配達するとクレームがくるそうです。そして多くの共同購入会は、生協や会社になりました。

闘うということ

1970年代に障害者解放運動が始まりました。川崎市では、車椅子の障害者が、バスを占拠します。なぜかというと、「車椅子は乗せられません」と運転手さんが言うからです。

もちろん会社が、私たちの社会がそう言わせるわけです。

これは明確な差別なわけです。

今は、そんなことはまずないでしょう。

一方、社会的な弱者に対する施策はそれなりに進んできました。これは事実です。

となると何が起こるというと、私たち自身が、賢くなり闘うことを忘れてしまいます。

告発すること、批判することは、ダサいこと、格好悪いことになってしまいます。

時代は何も変わっていない。

もう一度、生活の場から声を確かめる場として「月刊むすぶ」を育てていければと思っています。

住民運動の中から生まれた言葉で「スモッグの下でのビフテキより、青空の下の梅干がいい」というのがあります。確か鹿児島志布志の石油コンビナート建設反対運動からは発せられた言葉です。

この闘争が闘われて40年近くがたつと思います。そしていまスローライフ・フーズがお洒落になりました。

私たちはこの井戸を掘ったひとたちがいたことを忘れると、過去に復讐されるかも知れません。私たちはどんな場所に今いるのか、そんなことを考えることのできるきっかけをこの「月刊むすぶ」で提供できればと思っています。

1週間、お付き合いいただきありがとうございました。

今後ともよろしくお願いします。

ロシナンテ社 四方哲

ラベル:京都府 京都市
posted by LJ21 at 10:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 京都府 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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