2007年09月30日

Shop人にやさしく 山田泰久 in 群馬

今日は実家のある群馬での様子です。

9月29日(土)
今回の帰省は、今月初めに生まれた4人目のおい(めいがもう一人で計5人)の顔を見るためです。ちなみに、山田家の家族・親族はほとんど群馬在住なので実家に帰ればだいたいの家族・親戚にすぐ会うことが出来ます。

ちなみに、山田家は群馬・高崎にある、根っから(!?)の農家です。

IMGP8989.JPG
これが実家の建物です。築120年以上!。
高崎周辺の典型的な農家の作りです。
昔の群馬といえば「養蚕」、2階が蚕部屋になっていました。昭和50年代くらいまで普通に2階で蚕を飼っていました。
が、この家も、今はありません。残念ながら、ただ今建て替え中です。

そして、これが山田ファームです。
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2007年09月29日

Shop人にやさしく 山田泰久 3日目

今日は普通に休みです。
土日は、たまーに、出張に行ったり、セミナーに参加したり、仕事のこともあります。あと、東京朝市に出店したり!
本日はこれから群馬の実家に帰る予定です。

でも、実家にはパソコンがないので、帰る前に朝から「今週の私」を更新しているわけです。
本日は、少しだけ福祉のお話しを。

皆さんもご存知だと思いますが、2006年4月に障害者自立支援法という法律が施行されました。この法律の趣旨を山田なりに簡単にまとめると、障害のある人が普通に暮らしていけるように、本人、家族、福祉・教育関係者、行政、地域住民、いろんな人が一緒に考えて、がんばっていこうというものです。
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2007年09月28日

Shop人にやさしく 山田泰久 2日目

今朝は、職場に7時に出勤です。
なぜそんな早いかというと、@朝型人間ということと、A職場で朝食を食べるためです。

ちなみに、これが今日の朝食メニューです。
IMGP2405.JPG


シリアルとヨーグルトです。
真ん中のカップは、信楽青年寮という障害者施設で作っている信楽焼きのマグカップです。手作りの味わいぶかいカップですよね。こんなステキな商品を紹介するのが、今の山田の主な仕事の一つのブログ「Shop人にやさしく」です。
そして、このシリアルがなかなか美味しんです!

そのまま食べられる穀物たち

玄米 ひえ りんご ひまりの種
すべて国産


先週末開催された東京朝市アースデイマーケットで、購入したものです。ちなみに、購入したお店は・・・

もちろん「風土倶楽部」です。
Shop人にやさしくmeets風土倶楽部in 東京朝市、これが物語の始まりでした。続きを読む
ラベル:風土倶楽部
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2007年09月27日

東京都港区 山田泰久 1日目

はじめまして、山田泰久と申します。
「今週のわたし」といいつつ、既に木曜日なってしまいました・・・。

さて、簡単に自己紹介をします。
群馬出身、東京在住で、現在、日本財団というところで働いています。
公益・ボランティア支援グループ福祉チームに所属しています。
日本財団は競艇の売上げを財源に公益活動を推進していますが、海洋、公益・福祉、国際協力の各分野で主に助成活動(資金援助)を行っています。

山田の所属している福祉チームは、全国の高齢者施設や障害者施設の施設整備や地域のNPO法人やボランティア団体に対する支援を行っています。
その中で、山田は障害者福祉の分野を主に担当しています。

ところで、この写真の商品、ご存知ですか?
cocowine01.jpg


実はこのワイン、栃木県足利にあるココファーム・ワイナリーという知的ハンディのある人達が作っているんです。ここのスパークリング・ワインは、2000年の沖縄サミットの歓迎晩餐会の乾杯に使われたそうです。


というように、障害者福祉施設の中には、いろいろステキな商品を作っていたり、お店をやっているところがあります。
日本財団での業務の中で、そんなステキなものに出会うと、みんなに紹介したくなってしまうわけです。
そこで、そんなステキな商品を紹介するブログを業務の一環としてやっています。まずは、ぜひご覧下さい!
Shop人にやさしく


ところで、「今週のわたし」を任されてみたものの、普段は赤坂にある職場にいますので、変化のない一週間になりそうです。月に2〜3回、地方に出張に行って、ステキな商品の発掘をしていますが、今週はその予定もなしです。なんとかがんばって、変化のある日記を書いていきたいと思います。


さてさて、ここまで読んで、皆さん、ローカルジャンクション21と山田の繋がりは?、と思ったことでしょう。正直、接点はありませんでした、この4月までは。
続きはまた明日。

Shop人にやさしく 山田
ラベル:福祉
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2007年09月23日

出足快調!

9月22日(土)
映画はシネツイン1という広島のミニシアターでは
老舗の映画館で今回、初めてのお付合いとなる。
私はこれまで映画館で上映した作品は、
いわゆる「原爆」ものだった。
本来私がやってきた「民俗」的なテーマの映画を
映画館でやること自体初めてである。
無謀な試みなので最初映画館側も心配されていたようだが
この一週間でメディアの対応もよく前評判もあがってきていた。

1日、二回15:00と20:40の上映で今日は合わせて81人の方に集まっていただいた。
やはり初回に集中し、盛況なスタートとなった。

swaki-te.jpg

映画に登場した職人の沢木さん、(写真)かやぶき研究会の上田さんも立ち寄ってくださった。
お客さんの中に建築事務所の方もこられ
「いやあ、おどろきました。住まいというのは暮らしの根幹から
 生まれてくるんですね。」という意味のようなことを仰り
かなり「参りました」みたいなことを言われていた。
やはりプロからみても「伝統」にはかなわないってとこか。

9月23日(日)
本日は、昨日の二回分の動員を1回目だけで越えてしまった。
また今日は映画の主役である職人・石井さんにも来ていただいた。

.

どんどん集まっていただいてぜひとも「広島かやぶき文化」を感じて欲しい。まず地元人が足元をよく知ることから「文化」は生まれるし
継承されていくのだから…

今、上映の舞台挨拶を続けながら考えた。
「広島」という地は、「出稼ぎ」と「移民」で
成立してきた部分が大きいような土地柄と思う。
「炭坑・左官・石工・イワシ漁…」出稼ぎは大きな文化だ。
それはほとんど記録にも残されていない。
しかしその記録こそ急務である。
今後の私のテーマだ。

これから夜の会の舞台挨拶行ってきます。

この映画、これから全国各地にもぜひとも上映していきたい。
でもちょっと他地域の映画館では無理かな。
自主上映会を開いてくださる方、
ご興味がある方、ぜひご連絡お待ちしております。

私のHPからメールできます!

よろしくお願いします!
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いよいよ公開開始!

9月20日(木)
『藝州かやぶき紀行』公開直前のため作品を
スタジオでチェックして音や絵のつなぎなどを微調整。
映画は3月に完成したのだが、
劇場から公開用にはもっと短くとの要望があったため
最初のバージョンより8分ほど切っている。
しかし、改編版の方がより洗練され
言いたいことが、ほぼ全力投入できたと思う。

9月21日(金)
18:20NHK広島局にて「お好みワイド」に生出演。
映画の公開を記念して
「☆特集 茅葺き職人の技を後世に」
という特集を組んでくれた。
とてもありがたいことだ。

この番組のDアナウンサーが映画を観てくれて
大変、関心を示され13分近く使って放送してくれた。
映画の主役でもある茅葺き職人・石井さんも東広島市から同時中継。
かなり大掛かりな番組にしてくれた。
明日の公開の反響になればよいのだが。

聞き手になってくれたアナウンサーのお二人が
とても話しやすい方だったので、気負いなく話せた。
しかし生で見る女性のIアナのお美しさに少々ドギマギ。


9月22日(土)
午前中、県民文化センターの展示品を撤去。
公開記念の展示会へも相当な数来ていただいた。
おそらく2週間で1000人近く来てくれたようである。

さていよいよ初公開の日だが、
上映の様子は明日まとめて書くことにする。
とりあえずは盛況でありました。

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2007年09月20日

おひさしぶりです

B5-friyer-mini3.jpg大変、おひさしぶりです。
広島でドキュメンタリーの映像作家やってます青原さとしです。
2004年の6月にも日記書かせていただきました。

このたび新作映画『藝州かやぶき紀行』を完成させたこともあり
LJ21のAさんにご案内いたしましたら
ドタバタ日記と風土倶楽部にいち早くご紹介していただきました。
それと同時にAさんは、「3年ぶりだから『今週の私』に再登場なさい!」とのお誘い。

引き受けましたと、軽い返事をしたのはいいが
その後、映画の公開が近づくにつれ忙殺の毎日。
申し訳なくも3日も遅れて書かせていただきます。

私は、この3年間、故郷・広島に居を構え
『雪国木羽屋根物語』『望郷−広瀬小学校原爆犠牲者を探して』
そして今回の『藝州かやぶき紀行』と続きます。
詳細は以下をご覧ください。

『土徳の世界』


さて日記なんでこれまでの3日間をざっと書いておきます。

9月17日(月)NHKラジオ第一に早朝7:30に起こされ電話で生インタビュー
ローカル放送だが、『藝州かやぶき紀行』の思いなどを
話した。聞き手のアナウンサーが前の日から熱心に
リサーチしていたのでとても話しやすかった。

9月18日(火)
朝9:00広島県民文化センターにて地元TV局TSSから取材を受ける。この県民文化センターでは、現在映画の公開を記念して展示会を開催している。(ブログ参照)若いディレクターでちょっと心配な聞かれ方。お昼「いいとも!」の前の時間のニュースで無事放送された。
所用を済ませ、家でHPの原稿書きと静止画像製作。

9月19日(水)
知り合いのお寺さんへ前売チケットのセールス。快く購入していただいた。そのまま映画に出演された広島在住の炭坑研究家・石井出和子さんに久しぶりのご挨拶。相変わらず元気がいい。
「映画のチラシコピーしてみんなに誘っているわよ!」
昭和30年代まで広島の茅葺き職人は、炭坑地帯にも出稼ぎに行っており、それが広島坑夫とも密接なつながりをもっている。石井出さんは、そのことを映画制作中にご教示いただいた方である。

HPがやっと更新UP、デザイナーのセンスもあり
なかなか出来栄え!






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2007年09月16日

鹿児島県南さつま市笠沙町 松山智恵 7日目

 今日は笠沙町の奥の「野間池」という集落の敬老祝賀会にバンド演奏でおよばれでした。
         野間池

 集落のほとんどが漁業を生業としている集落で、集落の婦人部が手料理で敬老対象者を歓迎するのが慣例で、昨日からの仕込みと今朝は7時前から集まって段取りした、本当に心のこもった豪華な食事でした。

        敬老会メニュー 天然ぶりとたかえび刺身、白身魚フライ、季節の野菜ひき肉あんかけ、お赤飯、酢の物、ほか


幾代さん  ソーラン

 地域の人による舞踊や大漁旗はっぴをまとったソーラン節など
 余興が盛りだくさん
                    バンド演奏
 私たちも懐メロや音楽レクリエーションで出演してきました

 65歳以上人口の「高齢化率」笠沙町は45%あまりです。これは10人笠沙人がいたら4・5人は65歳以上、実際は70歳前後でしょう。他の5・6人はというと40〜60歳、ほぼ60歳に近い状況です。笠沙は高齢者の町なのです。
 高校を卒業するとほとんど町外・県外に出て行くことが多く、出た先で生涯の地を選ぶことが多いようです。いわゆる「若い子」はほとんどいません。だから子どもも年々劇的に少なくなっていて、町内の3つの小学校ではあと2・3年したら完全複式学級に近い状態です。

      仲間たち 笠沙で一緒に活動する心強い仲間たち

 でも笠沙の人々はたくましく元気です。

 年齢を重ねるということは誰にでも絶対に平等です。
京都に住んでいたときの、私の中の高齢者のイメージは「保護されるべきもの」でしたが、笠沙にきて変わりました。
 たくましく強く、本当にいろんな知恵を、何があってもどうにかしちゃう強さと力は、今のうちに教えてもらって習得して次代につながなきゃと思います。
 NPO南さつまの活動、自然体験は「生きる知恵を次代へ」の事業として、また音楽活動は地域の人々と一緒にわかりあい元気付けることを目的としています。地味で小さいことだけど、少しずつ自分たちのできる範囲で続けていこうと思います。

       ゴマの花 ゴマの花

 元気のもと、おいしい「しおっ」にゴマを仲間入りさせようと、今年ゴマ作りにチャレンジしました。残念ながら7月の台風で壊滅しましたが、来年またチャレンジします。





  
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鹿児島県南さつま市笠沙町 松山智恵 6日目

   無人販売所

鹿児島には県内ほぼ全域に「無人販売所」が存在します。
自家菜園や規格外品のお野菜を持ち寄って「1品100円」で販売するのですが店番を置かず、無人で運営するのです。
 笠沙町は漁業を主とするエリアと農業を主とするエリアが半分くらいづつ存在していて、私たちが住む「農業エリア」では移住してきた当初、食べきれないお野菜は「限られた関係」の中で消費されていました。もらうときは単一のお野菜があちこちで重なって、食べきるのにも困るほどでした。もったいないなぁという思いと、「せっかく作った作物をよりいい条件で、喜んで買っていく人に提供できないものか」という思いを地元の「農業系自主活動グループ きんよう会」とともに形にしたのが「きんよう館」でした。

前からみたきんよう館   きんよう館 「へちま」も食べます。

 9人の仲間がいろんな技と材料と知恵を持ち寄り、自力で建設しました。
 解体する建物から許可をもらってサッシつきの窓や扉、骨組み、収納庫などを集め、行政に掛け合って補助金を申請し、毎日夕方5時からそれぞれの仕事終了後現場へ集まっての建設作業が3ヶ月続きました。

きんよう館 横 横から見ると? 「カステラみたい」といわれます。

 建設中は「誰がお金を出して買うものか」「運営が成り立つのか?」と心配の声もあったのですが、できてからはあっという間に笠沙の重要な「農産物直売所」として町のシンボル的な存在になりました。
 
よ〜くみてみると荒廃していた畑が立派な野菜畑や花畑に変わっていて、そこの作物はきんよう館で「売れっ子」になってました。


 鹿児島の人は「性善説」で生活しているようです。
恥ずかしがりやさんが多く、初対面や外部から来た人にはどう対処していいのかわからないようですが、慣れてくると本当に親身に接してくれます。
 
移住してきたときは、笠沙の言葉をやさしく通訳してもらい、頭の中で標準→関西弁に変換して考えていたので、いろいろと誤解や思い違いもありました。でもできるだけ夫婦一緒にいろんな人の所へ行ったり行動し情報交換して、笠沙の人たちにも受け入れてもらえるようになり、とても居心地よく暮らしています。今では鹿児島弁もそのままの感覚で心に入ってきます。
 でもヒアリングのみで、鹿児島弁で話すのはまだまだです。

         工房からの景色 塩工房からの眺め。どんなに忙しく「やばい」状況でもこの景色が心を落ち着けてくれます。

   台風がそこまで来ていて、工房の「台風のかまえ」をどの程度までするのか夫婦で迷っていましたが、「明日の敬老会も予定通り行う」という笠沙の奥の「野間池地区」の判断を聞き、入り口だけ木を打ち付けて帰ることにしました。
ラベル:直売所 南さつま
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2007年09月15日

鹿児島県南さつま市笠沙町 松山智恵 5日目

今日は朝から晴れ。昨日までの雨で湿っていた薪もやっと乾いたので、夫は薪割りをしながら塩炊きです。

薪 材木を薪割り機の寸法に切断します。

  薪割り機@ 以前は「日本昔話し」のように斧で
割っていたのですが、中古の薪割り機を手に入れました。ものすごい騒音ですがスピードは大幅UP!田舎っていろんなものが存在します。


薪割り機A 薪割り機B

 午後、NPOの事業打ち合わせのため、南さつま市の中心部「加世田」へ。秋の風を感じようと窓を開けて車の運転をしていたら、確かに「夏の終わりの臭い」堆肥のなんともいえぬ臭いがしてきました。

 堆肥 早期水稲の収穫・稲藁の処理が終わると、堆肥を振ってすきこむ作業がこの地域一帯で始まります。
 来年3月の田植えに向けて、今から土づくり。それまでに作物を作ったり、土地を休ませたり、場所によっていろいろみたいです。


 打ち合わせを終えて工房へもどると、仲のいい漁師さんが天然ぶりを持ってきてくれてて、昨日発生した台風の心配や海のことなど、夫と話をしてました。

 
笠沙にもどるとき、この景色が見えてくると「かえってきたぁ」とほっと落ち着きます。                
        越路 大浦町「越路浜」の風景

 
   温暖化の影響

 ここ数年、海の季節が変になってるようです。魚の取れる旬の時期がずれてたり、突拍子もない時期になっていたり。冬でも夏の魚「マンビキ(シイラ)」が捕れたり、8月初旬から「秋太郎(バショウカジキ)」が捕れるなど、なんか不気味です。
 素もぐりが得意の左官屋勇さんも「海の中はもっと変。ここは沖縄か?とおもうほど、熱帯の魚が泳いでるぞ。10年ほど前には考えられんことが起こってる」とディープな笠沙弁で話してました。

 そういえば今年の2月、笠沙では一年で一番寒い時期、私もはりきって白菜の塩漬物を作ったときでした。父が作った無農薬白菜6個に、贅沢にも「笠沙のしおっ」をたっぷり2キロ近く、それに昆布と鷹の爪をていねに白菜の葉の間にいれていい感じで漬かっていました。
 「真冬にしてはぽかぽか過ごしやすいな」と油断してたら漬物も醗酵して腐る寸前に。言いようのないショックを受けました。
 「むっちゃおいしい白菜漬け」への情熱・労力と材料ロスはかなり痛かったけど、このまま笠沙は冬がなくなって「常夏」になってしまうのか?という不気味な不安の方が大きかったです。

            海水 笠沙の海水

 記録尽くしの猛暑にもなれて、暖かい冬が「あたりまえ」になったら怖いことだけど、実際それが現実になってきています。

 今年の冬もめげずに「むっちゃおいしい白菜漬」チャレンジします。
  
 
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2007年09月14日

鹿児島県南さつま市笠沙町 松山智恵 4日目

  今日は一日曇り、時々小雨。
 こんな天気の日は塩の乾燥がいまいちなので、たまっている事務や工房の上の畑の野菜の世話などに精を出します。

     おくら  力強いおくらの花

                           畑

 あまりの夏の暑さと塩作りの忙しさに、草ぼうぼうの畑になっちゃいました。

にらの花
 日中はまだまだ痛い暑さが続いても、にらはすっかり’秋’
 花がたくさん出てきたので、つぼみを積んで夕食の一品に。


掻揚げ@ シメジ、たまねぎと一緒に掻揚げにしました。

                  掻揚げA
揚げたてを「笠沙のしおっ」とすだちで。ビールによくあいます。


 京都から一緒に連れてきた月下美人がいつの間にかつぼみをつけていました。
 京都にいた頃は葉がどれほどたくさん茂っても、ぜんぜんつぼみがでなかったのに、笠沙に来て3年目の6月に初めて花が咲き、その後毎年3・4回は咲くようになりました。

月下美人@

笠沙に来たばかりの頃、目を開けているのに「もしかして目が開かなくなったのか!?」と思うほど夜が真っ暗なことに驚きました。
「夜が真っ暗すぎて、危ないよね」という私の言葉に、「外灯をつけると虫がたくさん寄ってくるし、そもそも夜に外出する必要もないし、早く寝て日の出とともに働けばいい」と返ってきて、はっとしました。

 そうか、夜は暗かったんだ。京都や大阪では夜が明るいのが普通だったけど、それは都会だけの「ものさし」だったのかぁ。

 今では工房から自宅へ帰ってきて車から降りた後、夜空を眺め、星の
輝きや月の様子、風のにおいなどを夫と一緒に分析?して「明日は晴れそうね」と予報もどきをしてから家に入ります。
 
本当に星がたくさんで、天の川も絵に描いたかのようにくっきり見えます。こんなことなら小学校の頃もっと星座をおぼえてたらよかったなぁと思います。

                   月下美人A
 真っ暗な夜の中に、気高く甘〜い香りとともに咲く日が楽しみです。
   

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2007年09月13日

鹿児島県南さつま市笠沙町 松山智恵 3日目

 今日は「しおっ」の出来上がりの作業でした。

    塩のできあがり  できたての塩です。
    
 
平成10年に移住してから、夫はひょんなことから「船大工」に弟子入りし、独立して仕事をしてたのですが、「せっかく人間らしい暮らしを目指してここに来たのに、プラスチックまみれで体力的にあと何年もつか不安だし、笠沙の自然と共生した’ものづくり’をしたい」と考えていました。

    黒瀬の海   笠沙町黒瀬海岸からの海 
      

 NPO南さつまの原点は「食いしん坊」でした。

いつも一緒に活動しているメンバーが「おいしい地鶏をみつけた」「活きのいいひらめが手に入ったぞ」「塩トマトはマジでうまい」などの情報を仕入れては我が家で「試食会」と称し「飲ん方」(鹿児島弁で「のんかた」飲み会・宴会のこと)を催していろんなことを熱く語っていました。

 回を重ね、NPO法人を設立・活動を始めた頃、「そのままでもおいしい食材や鮮度のいい物を、さらに引き立てるのは’塩’だ」ということにいきつき、平成17年9月にメンバーと一緒に工房建設着工、翌18年4月「しおっ」試作完成・6月製造販売を開始しました。

   工房建設  工房から「手づくり」

 これを機に私たち夫婦の本業は「塩づくり」となり、工房は「塩の製造」とともにNPOをはじめいろいろな活動の「拠点」になりました。

   塩釜 平釜で塩炊き


      建設中の体験受入れ 
平成18年3月。まだ壁のない工房で「自然体験」実施。昼食風景です。
 メニューは「天然ぶり刺身」「自分で収穫した生らっきょうの酢味噌和え」「らっきょうと畑の野菜とたかえびの掻揚げ天」「はがま炊きご飯と特製ポークカレー」「こぶ高菜つけもの」ほか。 
 
   

    

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鹿児島県南さつま市笠沙町 松山智恵 2日目

今日は久しぶりに小雨模様の一日でした。

 この夏から仲間たちと「笠沙旬感セット」という物を企画し、県外に住む南さつま市出身者の方々を中心に販売をしてみました。
      07.9.12 003.jpg

 「種籾」のことだけで2時間は語っている誠さんの「早期水稲1.2キロ」、「海のことならおまかせ」海男の喜久男さんの「手作り干物」、
私たちの「笠沙のしおっ」 地元の元気な高齢者がつくる「新鮮お野菜」
 これらを送料込み3000円で企画し、今日受注分の発送を終了しました。

 移住してすぐの頃は、「生産者ももっと自分たちで工夫して販売ルートを確立すればいいのになぁ」と思っていました。
 でもこちらで生活し、様々な人と交わり、信頼できる仲間ができ、
自分たちも生産者側になったとき、それは難しいことだとわかりました。
 
   丘からの笠沙です。
  丘からの笠沙
  

心を込めて、「よりいいものを、自分にうそをつかずに、消費者に喜んでもらえるものを」と朝から晩までやっている中で、わかっているけどとても販促までは手が回らないという状況です。実際は。

 でも少しづつでも時間をやりくりして、既存の流通ルートだけに頼るのではなく「お互いの息遣いや顔の見える(想像できる)関係」を作り育てて、心からうれしくなるような、「心にも届くものづくり」を続けていこうと、昨夜も仲間たちと「だれやめ」をしながら語っていました。


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2007年09月11日

鹿児島県南さつま市笠沙町 松山智恵 1日目

 まずは 自己紹介を。

 平成10年4月に夫婦で京都から鹿児島県笠沙町(現在は南さつま市笠沙町)に、「人間らしい暮らし」を目指して移住しました。
 私は根っからの大阪人、夫は京都人です。私の両親の出身地が笠沙町だったので、海の美しさと芋焼酎のルーツ、杜氏のふるさとの地笠沙に
何も考えず根性だけで移住してきました。

07 夏 043.jpg

NPO法人 NPO南さつま
鹿児島県薩摩半島の西南、南さつま市笠沙町で平成17年7月に認証。
自然体験と生バンド演奏を主な手法として、地域の活性化・元気作り支援を目的に活動しています。
 
続きを読む
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2007年09月09日

宮崎県高千穂町 高千穂観光協会 飯干記章 7日目

今日は、僕の住む向山地区
の学校の運動会でした。
僕の通った向山南小中学校は、併設校です。
僕が通っていた頃は、児童数は、70人くらいいたんですが、
今は9人です。来年は6人という話でした。
児童数が少ないため、地区の運動会としての機能も兼ねており、
色々な方が参加します。
今年は高校生が試験や部活動の大会出場などで出れなかったため、
しわ寄せが色々なところに来てました。
ちなみに僕も全体の半分ぐらい出ました。

きつかったー。筋肉痛。

風呂に入って一杯のんで寝ましたよ。ぐっすりと。

s-070630_2050~01.jpg
ラベル:宮崎県 高千穂町
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2007年09月08日

宮崎県高千穂町 高千穂観光協会 飯干記章 6日目

観光地のマナーってあると思うんですよね。
先日の台風で、高千穂峡に上がったゴミです。

s-070715_1009~01.jpg

人の手で一生懸命片付けるんですが、
やっぱり無理な量というのはあります。
これがこのまま川下の町へと行くのかと思うと。
海へ流れ出るのかと思うと。

s-070715_1013~01.jpg

高千穂峡だけの問題ではないな、と。

捨てるなら持ち込むな。

持ち込むなら持って帰れ。

まさかとは思うけど、地元の業者が汚してるとかはないよね・・。
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2007年09月07日

宮崎県高千穂町 高千穂観光協会 飯干記章 5日目

現在台風の被害で約2年運休を中止している
高千穂トロッコ鉄道を
再び走らせるために
僕の友人たちが奔り回っています。
今日も、たくさんののぼりを作って
色々な町内の店を回っていました。
年内一杯まで期限は延びた様なのですが、
いまだ目処は立っていません。
町内でも意見は色々です。僕自身は、
是非走って欲しいと思っています。
観光協会という立場でなく、いち個人として。

s-tetudo.jpg

高千穂は自分の子供と遊ぶ時、町外に出ることが
ほとんどです。そんな親子のためにもね。

僕の子供ができた時に一緒に乗れたら
楽しいだろうなあと思います。

がんばれ、斉藤 藤木!!!!

高千穂トロッコ鉄道を
再び走らせるために。

ラベル:宮崎県 高千穂町
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2007年09月06日

宮崎県高千穂町 高千穂観光協会 飯干記章 4日目

僕は、ライムスターというラッパーが大好きなのです。
最近、pod cast にはまってまして、「ウィークエンドシャッフル」という
ライムスターのウタマル師匠が出てるpod castが特にお気に入りです。
その中で、いつも[X BOX]の話が出てきます。
「[X BOX]を持ってないやつの気が知れない。」と。

だんだん欲しくなってきました。

買っちゃいました。

僕もいいたいです。

「[X BOX]を持ってないやつの気が知れない。」

注:[X BOX]についてワカラナイ方は、そのまま検索して
調べてみてください。いいですよ。
ラベル:宮崎県 高千穂町
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2007年09月05日

宮崎県高千穂町 高千穂観光協会 飯干記章 3日目

高千穂峡内観光売店にて、ギャラリーを開設しておりますです。

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先月は日之影町在住の廣島さんという方の作品展示を行いました。
この方はスミソニアン協会から、「A Basketmaker in Rural Japan]
という本まで出ている方です。近く日本語版が出るということなので
要チェキです。
観光協会内での交渉が一月かかった本当に苦労した作品展でした。
日之影町観光協会・商工会の皆さん、特に山根さん、本当に有り難うございました。
お客様も大変喜ばれていましたよ。
Yo。

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次回開催予定は「刈り干きり」です。刈り干きり唄・労働食について紹介したいと思
います。
ラベル:宮崎県 高千穂町
posted by LJ21 at 00:13| Comment(1) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月04日

宮崎県高千穂町 高千穂観光協会 飯干記章 2日目

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消防訓練も終わり、いよいよ神楽の練習が始まります。
去年帰省してから、また神楽を舞うようになりました。
去年は彦舞という舞をふくめ、4番舞いました。
彦舞は、神楽の中で、2番目の舞になるのですが、
神楽宿についてから数えると最初の神楽です。
 神楽を始める前に場を清めるという意味があるそうです。
 面様は猿田彦となります。
和舞は非常に難しく、呼吸や間の微妙な取り方でうまい人とそうでない人の差が出てきます。

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僕は神楽が好きです。まだまだへたくそですが。
今年は笛も練習します。
ラベル:宮崎県 高千穂町
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2007年09月03日

宮崎県高千穂町 高千穂観光協会 飯干記章 1日目

今年の夏は、スタードームと高千穂峡内での体験メニューに振り回されました。

スタードームは国見ケ丘というところに建てました。

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Npo法人 天岩戸自然学校の工藤鉄平君 監修のもと、観光協会職員で手伝いながら建てました。
モノ自体は非常に好評で、特に日よけをつけたのが良かったです。

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国見ケ丘の「雲海茶屋」では、しいたけ茶を無料で振舞っているのですが、このスタードームでお茶を楽しまれる方も多かったです。風がいい塩梅で吹いて、気持ちいいですよ。

今年のは撤去しましたが、意外に好評だったので、来年また作ろうと思っています。

体験メニューは、高千穂峡内で色々やりました。陶芸・神楽面彩色・水鉄砲・・・。

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大変でしたが、子供たちの喜ぶ姿、写真をとるお母さん、子供にせがまれ悪戦苦闘するお父さんたちの姿、職人のようなおじいちゃんたちの姿を見ると「やってよかったな」とほんとに思いました。

広島から来られた家族連れのお客様からはお礼の手紙を頂き、「高千穂が好きになりました。」と書いて頂いていたのが非常にうれしかったです。

今後もできたら続けたいと思っているのですが・・・。

観光地を使って遊んでるわけじゃないですよ。けっして。

ラベル:高千穂町
posted by LJ21 at 19:28| Comment(1) | TrackBack(0) | 宮崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月02日

東京都 高石洋行 7日目(最終日)

(その7:皆さんへ“これだけは伝えたいこと”)続きを読む
posted by LJ21 at 06:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月01日

東京都 高石洋行 6日目

(その6:国の進んでいる方向)

 @これまでの歩みを踏まえ新たな方向に転換
 近代の日本では、明治維新、第二次世界大戦を契機に社会・経済システムを大きく変化させて時代の変化に対応してきました。今の時代は、環境問題、社会問題等、多くの難題を抱えておりこれまでのシステムでは対応が難しくなってきています。そのため、これからの時代に対応したシステムに変化させるべく、様々な制度改革を進めようとしています。なぜ、それらの取り組みがスピーディに行われないのか・・・、今までは、欧米という先例がありそれを参考に制度を構築していけば良かったのですが、今の日本が抱えている問題と同じ状況にある国は他にありません。そのため、試行錯誤を繰り返しながら取り組まざるを得ない状況です。

 A日本国としての独立した考えを持つ
 これまでは、国際社会に対してはっきりとした主張をしてこないことが多く(余計な摩擦を避けるためだったと思います)、結果として他国から誤解を受けることや受けかねないといったことがありました。これからは、他国追従型でなく自らの主張した上で諸外国と関係を築いていくことを目指しています。もちろん、他国と意見が対立する場合が出てきますが、国際社会の中でも重要な位置を占めている国であることを考えると当然の責務だと言えます。

明日は、最終日なのでこれだけは皆さんに理解してもらいたいことを書かせて頂きたいと思います。
posted by LJ21 at 19:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東京都 高石洋行 5日目

(その5:この国がおかれている状況(国外))
 @先が見通せない世界情勢
 テレビや新聞報道にあるように世界では人口増加、エネルギー問題、産業革命に匹敵する(私の個人的見解ですが)情報革命等、これまでとは比較にならないぐらいのスピードで変化を続けています。また、日本周辺の国々においても中国、韓国を始め東アジア諸国の経済成長、軍備拡張、エネルギー資源確保に向けた活動、食生活の欧米化による食料消費量の拡大等々、これから世界がどのような方向に進んでいくのか見通せない状況にあります。
水資源やエネルギー資源の壮絶な争奪合戦、食料の深刻な不足、貧困や格差による紛争や内戦の拡大等、予期せぬ問題がいつ起こるかも分かりません。
  これらのあらゆることを想定して対策を講じることは不可能ですが、何が起きても最低限の私たちの生存を確保するだけの準備だけはしておく必要があります。それは、国全体としてのものから災害時の避難用品を揃えておくといった個人ごとの取組みのものまで幅広くあります。

 A日本国や日本人としての考え方や世界観を求められている
 これまでの日本は国際社会に対して考え方を明確に主張することなくアメリカと歩調を合わせるスタンスで関わって来ていました。それは、“直接的な表現はしない、相手の行動や表情から真意を汲み取る、お互い譲り合って妥協点を探す”といった日本人の民族性が現れていたと思います。しかし、国際社会は様々な国や人がそれぞれの背景を抱えており、その中では、はっきりと考え方や主張を伝えないと誰も理解してくれません。これからは、日本としての考え方や理念に基づいた主張や行動を示すことが求められています。
 大事なことは、これは外交官や政治家だけの仕事でなく国民一人一人の責務です。それは海外での仕事や外国の方と関わる機会だけでなく、選挙によって考えや主張を世界に向けて発信することが非常に大切です。

 明日は、この国の進んでいる方向についてご紹介致します。
posted by LJ21 at 00:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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