2004年06月02日

青原さん 3日目

●6月1日(火) 晴れ 富山県東砺波郡城端町大窪
昨日に引き続き、勤行、法話、上映が続く。まるでマラソンのようだ。もともと上映は、昼と夜の二回だったが、この日の朝、石川県の小松市や、富山県の上市町など車で2時間以上かかる遠方からこられたお客さんが多かったので、朝も上映することになった。
大福寺の総代長の加藤平次郎さんが、今日も元気よく「お賽銭お願いします」と賽銭カゴを参詣者に差し出す。この竹製の柄の長い賽銭カゴは、参詣者から賽銭を徴収するための道具で、勤行や法話、上映の前後にかならずタイミングよく出される。これは、浄土真宗大谷派寺院の独特な習慣のようで、私は、本願寺派(西本願寺系)出身だが、このような習慣はない。よく真宗僧侶の説教が、落語や浪曲などの文化の源流であるといわれるが、この賽銭カゴを見ているとそれを彷彿とさせる。なにか微笑ましさすら感じる。



お客さんの中には、昨日も来て頂いた方が、何人もおられる。映画を二回も三回もご覧になってくれているのである。「何回か観ることで映画がよく理解できました」とか「お父さんの法話を聞いているようでまた観に来ました」とかありがたい感想をいただいた。朝の回が終って次の回の準備をしていると本堂の中に一人ポツンと座ってお弁当を食べているおばあさんがいた。次の回も続けてご覧になるようだ。そのおばあさんは、私のところに近寄ってこられた。そしておもむろに「これをとっておきなさい」と500円玉をポンと渡された。やはり僧侶と芸能者は、同類であることを確信した。


夜19時・最終回。さすがにお客さんの数は減り、15,6人であったが、この会のお客さんは、城端別院や岐阜県高山市の別院の方など僧侶の方々が多く集まられた。私が民族文化映像研究所時代にお世話になった上平村教育委員会の道宗氏もこられ、非常になつかしい思いがした。
この回は、お客さんの人数が手ごろだったので、上映終了後、車座になってそれぞれが映画の感想や意見を言ってくれた。「土徳こそ、ご本尊であり村の氏神であると思った」「映画の中で青原さんのお父さんが『土徳はなくなる』と言われ広島の話だけど自分の地域のことを思わずにはおられなかった」「私は百姓やっておりますけど、家におると孫とも話の接点がなく、土徳の継承をこれからどうやっていけばいいのか考えさせられた」「浄土真宗地域の土徳は、真宗だけではなく村に真宗以前から伝わるお祭りなど様々な文化があって土徳を土徳たらしめていると思う」「私はいまの年になっても父親と対話することがなく、今日の映画は自分の父親と話をしているような気がした」どの方々もみな一同にこの作品を「自分の問題」として受け止めていただいたようである。自分の身と心を考えることこそが、「土徳」を「土徳」たらしめていくのではないかとあらためて思った。
これまで日本各地で拙作を上映してきたが、これだけ長い時間かけてお客さんと対話ができる上映会はなかったように思う。これは素朴な道場の気風を残す大福寺だからこそ実現したのであろう。本当に有意義な上映会だったと思う。




posted by LJ21 at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 広島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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