2004年07月14日

京都府京都市 濱崎加奈子 3日目

今日は祇園祭「宵々々山」ということで、夕方から四条通り(長刀鉾や月鉾などのたつ大通り)は歩行者天国。四条付近に行かずとも、浴衣を着た女性や子供たちがバス停でバスを待っていたりして、お祭の気配はここかしこに充満しています。
 祇園祭はお宮の祭と町衆の祭に分けられますが、どちらも、八坂神社(明治までは感神院、祇園社などと呼ばれ、牛頭天王を祭祀していました)を中心に執り行われます。この八坂神社から四条通をずっと西に向かい、桂川をこえれば松尾大社に行き当たります。都を、この渡来系の神々が東西からはさみ、悪霊をよせつけないようにした、と言われているのです。
 夕刻、市内から松尾大社のある西へと、車を走らせました。
 そう、祭と聞けば思わず足を祭へと向けてしまうものですが、祭をよそ目に喧噪を逃れ、その余韻を楽しむのもまた贅沢な気分を味わえるものです。
 鴨川が京の町のシンボルとすれば、松尾から嵐山に流れる桂川はまた、京の西の境として、平安の昔より人々に愛されてきました。電信柱も高層ビルもなく、ただ川が流れ、その向こうに、低い山々が連なる風景は、目蓋をとじれば、貴族が船を浮かべて遊んだ往時がよみがえるようで、私の好きな場所のひとつです。

この嵐山に、私共「伝統文化プロデュース 連」がしばしば集う会議場所があります。今日は、秋(9/30-10/17)に開催を予定している小鼓の展覧会に向けたスタッフ会議が行われました。
展覧会は、「華麗なる小鼓筒蒔絵の世界 -生田コレクション展- 」と題し、室町期から江戸初期にかけての小鼓筒(小鼓は、左右に皮を貼ってありますが、中心部分を「筒」といいます)40本余りを展示するものです。ただ、単に「展示」しただけでは面白くない、ということで、楽器としての側面にスポットを当てるべく、実際に展示品の音を聴く試みとしての「鼓筒聴きくらべ」、能楽鑑賞会、小鼓体験セミナー、小鼓製作にかかわる職人や演奏者の話を聞くフォーラム等を開催させていただく予定です。この時期京都にいらっしゃる方がおられましたら、是非とも足をお運び下さいますよう、よろしくお願いいたします。



さて、今日の会議の重点事項のひとつは、併設展「蒔菓子展-能楽を題材として-」についてでした。「蒔菓子(まきがし)」とは、能をはじめとする伝統芸能の曲目を菓子で表現したものですが、現在はあまり見られなくなりました。今回は、企画展にあわせて、能楽をテーマにした菓子を創菓し、展示することことになりました。小鼓展に花を添えるとともに、能楽の世界について知っていただくきっかけになればと考えております。
 写真は、スタッフが菓子を制作しているところ。作品になるかどうかわかりませんが、スタッフ自身が内容をよく知ることが大切と考え、今までに、数度にわたる菓子づくり講習および小鼓講習を開催してまいりました。蒔菓子は、茶道でいただく抽象的なお菓子とは異なり、具象的。また、組み合わせによる構成も可能とあって、想像だけは膨らみます。当日までに、どんな菓子がうまれるでしょうか?楽しみです。


ここで、展覧会のメインとなる「生田コレクション」について、少しばかりお話させていただきたいと思います。生田コレクションは、室町期から江戸初期にかけての小鼓筒88本を根幹とした大変貴重なコレクションです。所蔵者の生田さんの曾祖父、祖父にあたる生田秀氏、生田耕一氏が、明治大正期に蒐集されたわけですが、単に美術的な価値だけではなく、さまざまな筒作者の作品を蒐集するという、研究的視点をもっていらっしゃったことは、ことのほか重要です。筒を上からのぞくと、かんなで削った跡が見えるのですが、その芸術的な美しさといったら、言うに尽くせないものがあります。有名無名の作者たちが、自らの痕跡を残そうとでもしたのでしょうか。皮をはってしまえば見えない部分に、繊細かつ大胆な細工がほどこされているということに、何かエネルギーのほとばしりのようなものを感じてしまうのです。この「かんな目」を中心とした生田耕一氏の研究書は、鼓筒研究のバイブルとして、ますます価値を高めています。


当代の生田さんもまた、小鼓筒の研究の第一人者です。今回、生田さんがこの貴重なコレクションの公開に踏み切られたのは、研究の輪を広げたいという熱い思いをもっていらっしゃるからでした。秘蔵するのではなく、公開することで、いろいろな分野の方々から教示を受けたいとおっしゃっておられたのが印象的です。私は、展示により、若い研究者にも、鼓筒研究の道が開かれるのではないかと考えています。いや、鼓筒だけではなく、能楽をはじめとする芸能研究、また美術研究に大きな貢献をするものと思います。
 小鼓筒について知れば知るほど、小鼓の虜になっている自分がいます。筒そのものだけではなく、皮や調べ(麻紐)、筒にほどこされた蒔絵、音色についてなど、小鼓にまつわる優れた技術の数々について知ることは、日本文化について知ることではないかとも思えてきたりもするのです。
 日本文化は、京の町家と同じで、入口は狭いように見えて奥行がずっと深いというのは、まったく本当のことだと、身を持って感じております。




posted by LJ21 at 05:58| Comment(1) | TrackBack(0) | 京都府 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
濱崎さん <BR>今日もまた面白いお話をありがとうございます。<BR>さて、ちょっと気になったことを質問します。小鼓筒の調べ(麻紐)とありますが、これはこの小鼓筒のどこにどのように使われているのでしょうか?また麻紐以外に使われる繊維はありますか?最近、地域で古くからその土地に育てられてきた繊維にとても興味を持っています。<BR>(浦嶋)
Posted by LJ21事務局 at 2004年07月16日 01:20
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