2004年10月23日

福岡県大野城市 竹島真理 10月第3週6日目

今日は自由の森の友達と電話でずい分ゆっくりしゃべりました。

 日田市には10年前にスタートした「自由の森大学」(http://www.coara.or.jp/~jiyumori/)という市民大学があります。20歳代から60歳代まで約30人のボランティアスタッフでつくる実行委員会が運営しており、地元出身のジャーナリスト筑紫哲也氏が学長を務めています。私も8年前からスタッフをしていますが、「自由の森がなかったら、私の人生は味気ないものになっていただろう」と思うぐらい、スタッフ仲間の人間関係は濃く、みんながいるおかげで辛いときも乗り越えてきたし、うれしいときはみんなに祝福してもらってきました。ここには、私の大切な友達がたくさんいます。

 ものづくりが仕事の人も多いです。ウイスキー樽でもテーブルや椅子を作るベテラン家具職人の河津元治さん、農林業に精を出している穴井邦彦さん、少ない予算でも最大限工夫して住み心地の良い家を建ててくれる一級建築士の梶原文夫さん、「消しゴムはんこ」を作らせたら日田で右に出る者のいない木下裕子ちゃん(純銀粘土でアクセサリーを作るインストラクターでもあります)…一人ひとりの特技を紹介するとこのスペースでは足りません。


この写真は日田市源栄町皿山に江戸時代から続く民陶「小鹿田焼」です。左は窯元で自由の森大学アドバイザーでもある坂本茂木さんが私たちの結婚祝いに下さったご飯茶碗。右は若き窯元の後継者でスタッフ仲間の黒木昌伸さんのお宅で昨年秋に買ったお皿で、黒ちゃんのお父様の作です。どちらも我が家の毎日の食卓になくてはならないお茶碗で、持ちやすく、使いやすく、料理を引きたててくれます。福岡に住んでいると、日田にいるとき以上に、食卓に小鹿田焼があるとほっと心が和みます。
 
 小鹿田焼は皿山の土を谷川の唐臼でついて陶土にし、蹴ろくろで成形し、天日に干し、薪をくべた登り窯で焼いて作ります。「とても売れていたバブルのころ、効率の良い電気ろくろを入れようと試みた人がいたけれど、電気ろくろでたくさんの器を成形しても、庭先で天日干しできる量には限りがあるので、電気ろくろを入れるのは取り止めた」という話を先日、茂木さんがしておられました。小鹿田焼は小鹿田の自然とともにあります。


これは日田市の隣にある日田郡天瀬町の広報紙「広報あまがせ」です。作っているのは町の広報マンで、自由の森大学スタッフでもある小関憲治さんです。表紙の写真が良いでしょう。高塚地蔵尊の玄関口、豊後中川駅に入る久大本線の一両列車。4月号なので、桜や菜の花がきれいです。憲ちゃんの撮る写真や記事からは、ふるさと天瀬への愛情が伝わってきます。
 町内の五馬地域で毎年10月に行われる秋祭り「くにち」で神社に奉納される杖楽「くにち楽」を、子どもたちの練習風景から本番当日までずっと取材して「くにち楽を通して、人々は地域の結び付きをより強固なものにして、次の世代に伝えている」とまとめた昨年11月の特集号は、大分県の広報コンクールで特選に選ばれました。



天瀬に住む人はもちろんのこと、ふるさとを離れて読んでいる町出身者の方も、この広報紙を毎月楽しみにしておられるはず。裏表紙には好評企画である天瀬の「今昔風景」。町民や町出身者の提供する昔の写真と現在の景色が載っています。

 天瀬町は来年3月、日田郡の他の町村と一緒に日田市に編入合併されます。合併しても天瀬町の風景も人々の暮らしも変わらないでしょう。でも、人口約6500人の小さな町だからこそ、地域に根差した広報マンだからこそ作ることのできる、町民一人ひとりの顔が見えるような広報紙は、これからどこへ行くのか。

 天瀬町は今、五馬くにちの真っ盛りです。




posted by LJ21 at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 福岡県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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