2004年10月24日

福岡県大野城市 竹島真理 10月第3週7日目

新潟県の地震、本当に驚きました。新潟の皆様に心からお見舞い申し上げます。早く余震がおさまることを祈っています。

 自然災害は本当に恐ろしいですね。人間の知恵は、このような被害を可能な限り、どう食い止めるか―温暖化の解決も含めて―にこそ、全力を傾けて注ぐべきです。イラクに自衛隊を派兵したり、軍事的に“強い日本”を与党も野党も熱病のように求めることにうつつを抜かしている間に、台風や地震によって私たちの生活は脅かされています。「自然との折り合いをどうつけて暮らしていくのか」を足元から点検し直すことが、政治にも企業にも個人にも求められています。


川の乏しい福岡市は渇水と隣り合わせの都市です。私の住んでいる大野城市も事情は同じで、蛇口の水にとても気を使います。私は最近、洗濯物をすすぐときに、お風呂の残り湯を使って手洗いすることが増えたのですが、そんなとき、清水で洗濯物を洗っていた祖母たちのことを思い出します。
 
 私の実家の周囲には地元で「井川」と呼んでいる清水が何ヵ所もあって、今も野菜洗いや大きめの洗濯物を洗うときなどに使われています。井川は、上の段、中の段、下の段と、水の流れの順に三段に分かれていて、泥の付いた野菜や洗濯物は下の段で洗い、野菜の仕上げ洗いは中の段で、上の段は昔は飲み水にしていたので、物を洗ってはいけない場所です。毎年七夕のころ(日田では旧暦の8月)には、水神様に捧げるナスを、誰かかれかが井川の上の段に浮かべています。
 
 ここでは「洗いよりますか?」(洗っていますか?)と声を掛け合うのが挨拶代わりです。幼い私は祖母の背中におんぶされながら「洗いよりますか」と一人前の挨拶をしていたので、「この子は口から先に生まれた」と近所のおばあちゃんたちから言われていました。
 
 祖母たちの世代は母たちの世代以上に、この井川をよく使っていました。毎日夕方になるとここで米を研ぐおばあちゃんもいて、子どものころの私は井川で魚捕りをしながら、そのザルの中の手の動きを見ていました。今のように便利な時代とは違って、井川で洗い物をする生活は冬は特に大変だったでしょうが(でも清水の水は夏冷たく冬温かいですよ)、井川の回りにはいつも会話がありました。

 私にとって、洗濯物を手ですすぐ時間は、明治生まれの祖母たちと自分を重ね合わせている、結構楽しいひとときです。


この一週間の日記の連載は、自分の暮らしを虫眼鏡で見つめ直す貴重な機会でした。結びにちょっと、宣伝させて頂きます。
 雑誌「現代農業11月増刊『なつかしい未来へ』」(農文協)が先日発売されました。巻頭には結城登美雄先生は『みんなの気持ちが集まる場所さえあれば「小さな村」には希望がある』という文章を書いておられます。
 
 私も大分県由布院温泉のむらづくりリーダー、中谷健太郎さんのインタビューと、福岡県の離島、姫島の記事を書かせて頂いています。中谷さんは「むら」の人にも「まち」の人にもぜひ読んで頂きたい、「村のいのちを都市の暮らしへ」というお話をして下さっています。姫島は店が一つしかなく、しかもそれは全戸で共同出資した購買店。皆さんが温かくて、初めて行くけど「なつかしい」島です。私はこの島の人々に出会って「民主主義や住民自治は外国に学ぶものではなく、日本の田舎には昔からあったものなのだ」と気づかされました。
 
 「森の新聞」の森千鶴子さんも、吉井正澄・前水俣市長へのインタビューや宮崎県高千穂町の浅ケ部地区の記事を書いており、とても読み応えがありますよ。
 皆様に読んで頂けるとうれしいです。

 それでは、この日記を読んで下さった皆様、どうもありがとうございました。





posted by LJ21 at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 福岡県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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