2004年11月02日

山口県宇部市 山口大学 河原利江さん 2日目

今日は大学の外に出て、・・・といっても話題だけ外に出るのですが、私自身これまで調査させていただいたことのある宇部・小野田地域の煉瓦造の建物について少し紹介させていただきます。

旧小野田セメント徳利窯
 平成11年から5年間、研究テーマにさせていただいた旧小野田セメント製造会社の煉瓦造のセメント焼成用竪窯「徳利窯」の調査に実験にと奮闘する毎日でございました。その、徳利窯をまずご紹介いたします。この写真は保存調査が始まった当初の徳利窯の写真です。高さは18mぐらいありまして、写真のイメージよりも結構大きいです。煙突の部分は本当にお酒をつぐ徳利の形に似ているんです。
 小野田セメントは明治14年に誕生した日本初の民間セメント製造会社で、この徳利窯は明治16年に建設されたものです。当初はもう一回り小さかったのですが数回の改造を経て現存するような大きさとなりました。一応セメントの作り方を調べましたのでご紹介すると、粘土と消石灰を混ぜて乾燥させたものを原料とし、燃料の石炭と原料を窯の下側の四角い部分の内部に交互に層状に積み重ねていきまして、下から火を入れて1週間焼き続ける、といったような流れです。できた塊を粉砕してさらに寝かせること数ヶ月でセメントの出来上がりということです。積み重ねるのも、火入れから1週間見守り続けるのも、焼きだしのものを粉砕するのも、寝かせて待つのも、今から考えれば本当に大変な作業ですね。
 4年生の夏、先生に調査に連れてきていただき、この窯に出会ったときはなにか強く引き寄せられるような思いでした。現在も健全に太平洋セメント小野田工場の敷地内にそびえ立っておりまして、工場の様子とすぐ裏手の海を行く船を見守っております。一般公開されてますし、いつでも見ることができますよ。



次は宇部に戻ってまいりまして・・・

六角堂
 ちょっと聞くとお寺のお堂のようなイメージですが、正式名称は「桃山配水計量室」というそうです。この建物は宇部の市街地への給水量を計るための施設で、大正に建設されたものです。煉瓦造平屋建てで、六角堂と呼ばれていながら実は正八角形の建物です。不思議です。淡い桃色の煉瓦でできており、非常にかわいらしい概観です。今から4年前、煉瓦のモデュールの調査をさせていただきました。とても精度の良い煉瓦で造られています。
 この煉瓦は宇部の大正期の歴史の中でも重要な技術として知られている「桃色れんが」という煉瓦だそうです。通常の赤煉瓦は粘土を焼いてできておりますが、この桃色れんがは工場の産業廃棄物(スラグ)を利用した、無焼成のいわゆる日干し煉瓦です。北九州の八幡製鉄所でも大正時代にこのような煉瓦が生まれたということをその後の研究活動の中で知ったのですが、その煉瓦はなぜか青いんですよ。使う産業廃棄物によってかなり色合いが違うんですね。
 このれんがの作り方は、しっかりと宇部市の方が受け継ぎ続けていらっしゃっております。私も数年前、桃色れんが作りのワークショップに参加させていただいたことがあります。NPO琴芝ふぁんくらぶの方たちが主催された、宇部の桃色れんがを探索しようという、子供たちの生涯学習や街の人たちの文化への意識を高めてもらおうという行事でした。住宅地の細い路地にひっそりと残っている桃色れんがの塀を探して、宇部の街を歩いて回りました。私もこんなところは入ったことないなあという道を歩き、懐かしく穏やかな気持ち、また何があるんだろうというどきどきするような気持ちで、非常に有意義な1日を過ごさせていただきました。
 この六角堂は実はとんでもないところに建っております。なんと坂道のど真ん中に建っているんです。車が通るのも大変なくらい(大型の車は必ずこすると思うのですが)です。写真で言いますと、車は左側しか通れません。右側は二輪車専用といった感じです。これは、この建物の保存問題と絡んでいろいろとあったそうですが、現状のままここに残そうということでこのような状態になっているそうです。とても強い存在感を感じます。・・・でもちょっと車がこすった跡が痛々しい。ちなみにここは高台で宇部の夜景がきれいに見えるスポットとしても地元では有名だそうです。



さて、次は坂を駆け下りてさらに煉瓦造を探します。

宇部紡績株式会社 煉瓦塀
 宇部は明治から大正時代にかけて炭鉱・鉄工・電気・鉄道・セメント・窒素工業など、さまざまな産業が発達した場所ですが、もう一つ紡織(紡績)産業も発達しておりました。それが大正7年に創業した宇部紡織株式会社(後の宇部紡績株式会社)です。昭和に入ると戦時中の経営悪化で最終的には海軍の工場施設となりました。
 私が研究室の皆と煉瓦の調査に来た際には廃屋となった工場跡に長い煉瓦塀がどーっと続いているだけの状態でした。写真はそのころのものです。工場は相当大きなものであったようで煉瓦塀も敷地一周を取り囲むような形で残っておりました。さらにびっくりしたのは隣に立っている宇部市立図書館はなんとその煉瓦塀を一部建物の内壁に取り込んでいたのです。指導教官の先生と、これはすばらしいねと図書館の中に入って煉瓦塀を観察しました。



その頃既に、工場後の敷地に県営住宅が建設されるということで、煉瓦塀の保存問題についての議論で、最終的に敷地内に煉瓦塀をモニュメントとして残すという結果になっていました。その構造調査で来られていた調査員の方が煉瓦塀のコア抜き(強度試験をするための試験体採取)をしていらっしゃったのを覚えています。
 長い長い煉瓦塀は、現在小さく切断されモニュメントとなったり、敷地境界の塀として同様に残されたり、ベンチの足だったか、いろいろと活用されているそうです。住民の方たちが実際に大正時代から残る煉瓦塀に触れて過ごすことができるなんて、うらやましいなあと思いました。


今日はちょっと昨日よりさらに自分の趣味に走りすぎたかなあと思いますが、この当たりで失礼します。
 明日は文化の日ですね。宇部中心市街地は「宇部祭り」で、出店が並びおそらく歩行者天国などもできて、たいそうにぎやかになることでしょう。常盤公園では野外彫刻展が開催されているようです。宇部は彫刻の街とも言われています。明日は社会勉強に、何か見に行ってみようと思うのですが・・・まだ分かりません。
では明日また。




posted by LJ21 at 19:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 山口県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。