2005年03月23日

神奈川県湘南台 乗竹 亮治 3日目

僕はどうのこうの言ってアメリカを愛している。

 スローフードに取り組んだり、行き過ぎたグローバリゼーションに警鐘を鳴らす方のなかには、アメリカを目の敵みたいに言うひとがいるが、忌み嫌ったところで、アメリカが消えてなくなるわけではないし、いい意味でも悪い意味でも強大なその帝国的国力はゆるぎないものなのだから、いちいち嫌っていても仕方がないし、リアリティーがない気がしてしまう。
 
 それよりも、程よく付き合いながら、もしアメリカに問題があるようならば、的確な助言を与えるほうが、人情というものだ。

 さて、スターバックス増殖中のニューヨークだが(最近は、その波もだいぶ収まったらしいが)、世界各国の料理が一同に介すのも、またニューヨークである。

 よく日本人は、海外の文化を受容するのがうまい、というが、それは自惚れで、アメリカ人の受容力にはかなわないように思える。

 「うまいんであれば食ってやろうじゃないか」。そのハングリー精神が今のアメリカを築いてきた。今週のTime Out誌には、「串焼き」が数ページに及んで特集されていた。(ニューヨーカーが読む雑誌は主に3つで、1.New York 2.New Yorker 3.Time Out である。3番目が一番、若者向けというか、斬新というか、軽いというか、それでいてひねくれているというか、というような誌面)。

 串焼きである。焼き鳥でも、寿司でもなく、串焼きである。アスパラとシュリンプの串だとか、温野菜の串withワサビだとか、そんな串焼きがでかでかと特集されている。

 ここ数年で、また一段と、日本料理はアメリカに受け入れられたと思う。
 
 特にニューヨークでは、店のバリエーションも様々に増えた。ロウアー・マンハッタンの超高級レストランNobuやNobu Next Doorなど、ザガットに偉そうに載るような店から、リトル・トーキョーとも近頃では言われるようになった、セント・マークス・プレイスの焼き鳥屋や大衆居酒屋まで、広く受け入れられている。

 特にお勧めは、純日本料理ではなく、少しアメリカナイズされた日本料理のなかで、センスのよいものである。例えば、ご批判もあるかと思うが、アボカドを寿司のネタにしたのは、これはすごい発想力ですぞ。

 とりわけ、セント・マークス・プレイスのRestaurant Dojo(レストラン ドージョー)は、イチオシである。え?なんでこんなものが一緒になるの?という取り合わせのメニューなのだが、これが安くて美味い。ピタの中に、肉じゃがとレタスが詰まっていたり、ヒジキと豆腐のサンドウィッチがあったり、という感じ。まず、普通に日本で暮らしていては、思いつかない目からウロコ的な取り合わせなのだ。日本人の客よりもアメリカ人の客のほうが多いように思える。うどんの上にも、なんかスゴイものが乗っかっていた気がする。

 そういえば日本で先日、寿司屋にいた子供が、「やっぱりこれが美味い」とか言いながら、ツナマヨ巻きなどという軍艦を頬張っていた。

 「ホンモノの日本料理」だとか「純日本料理」などというものは、ひとつの陽炎のようなものだと、あらためて思う。





posted by LJ21 at 00:41| Comment(0) | TrackBack(0) | N.Y | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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