2005年05月22日

日光国立公園 小沢晴司 7日目

おはようございます。日記も最終日となりました。
右写真が6日目のブログで紹介した猛毒のシャグマアミガサタケです。今年5月初め、日光のきのこに精通した埼玉のA先生夫妻に同行して奥日光をたずね、生まれて初めてその異形と対面しました。
来々週、日光パークボランティアによる自然観察会があり、今日はその下見で私たちの事務所の日光地域担当レンジャーも、奥日光のきのこ発生地の近くまででかけていたと思います。

きのこは、私にとって気になる存在で、前任地のインドネシアでの業務にも役立ちました。
ジャワ島西部最大の熱帯林「ハリムン山」を舞台にしたJICAのプロジェクトに2年間派遣され、山村の経済裨益等を目的としたエコツーリズム活動推進に携わりました。
光るきのこを探している写真家と友人になり、ハリムンの森でその大規模な発生地を確認しました。「光るきのこ」は、この森への誘客を図るキャッチコピーのひとつとなりました。
この友人は、私に、ジャカルタ市内でダンスや合唱を楽しむ仲間も紹介してくれました。


ジャカルタに、在留邦人中心に結成された「B&B」という混声合唱団があります。15年の活動期間中様々な団員の入れ替わりがありましたが、帰国者の一部は引き続き「東京B&B」として都内で練習や演奏会を続けています。私もインドネシアに暮らした2年間お世話になり、帰国後もたまに顔をだします。
今年2月末、練習の後の料理店で、インドネシア駐在時からお世話になっていた先輩から思いがけない話をききました。「昨日旧友の出版祝賀会があった。与那国の援農活動を書いた本だ。」その言葉に、20年前の学生時代、試行錯誤していた思い出がよみがえりました。



黒潮洗う琉球列島最西端に与那国という島があります。同じ八重山群島の主島石垣島より台湾の方が近い亜熱帯の島です。私がそこを訪ねたのはサトウキビ刈りの援農隊参加のためでした。大学2年目の秋、留年が決まり、モラトリアムもあり、宗教に触れつつ思索と労働で過ごしたいとの思いから半ば放浪するようにたどりつきました。農家に住み込んでの3ヶ月の作業を通じ、島の自然と農的生活に魅了されました。(注:右写真は首里城からの那覇市です。)
援農隊は、北海道の農家を主に様々な人達で構成されていました。ベビーブーム世代のアウトロー的人生経験者も見受けられ、その一人から本州でも草刈十字軍という過酷な労働があると聞き、翌年、林業の勉強を兼ね活動舞台の富山に向いました。富山でリーダーとして十字軍の活動を指揮していたのが沢畑さんでした。
今年3月半ば、ローカルジャンクション主催の研究会で彼が講師として上京するのを聞き、私も丁度別用で上京する日程があり、会に同席したのが縁で「今週の私」を書かせていただくことになりました。
(この脈絡の紹介で、今日は話題を次々に跳躍させてしまいました。読みにくい点がありましたことお詫びいたします。)




皆様、今週一週間おつきあいくださりありがとうございました。機会がありましたら日光、足尾に是非おでかけくださいますよう。
お目にかかれる時を楽しみにしております。




posted by LJ21 at 07:38| Comment(1) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
朝田様 浦嶋様 このたびはお声がけくださりありがとうござました。<BR><BR>沢畑様 いつもありがとうございます。ご活躍をお祈りいたします。<BR><BR>小沢晴司
Posted by 小沢晴司 at 2005年05月23日 18:46
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草刈十字軍の夏
Excerpt: 毎年夏になると、各地の若者が富山県に集まってくる。2週間、県内4カ所の山に入る。 一人一日5程度のスギの造林地の下草を刈る。寝食から作業まで自主管理の合宿だ。三十度を越す暑さ。体が痛い。アブやハチにも..
Weblog: 利休の茶室日記
Tracked: 2005-08-12 21:20

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