2005年07月22日

新座市 谷合宜明【五日目】・

7月22日【五日目】・野火止用水のこと
今日は野火止用水クリーン活動の打ち合わせがありました。毎年夏休み期間中に近くの中学生200人くらいとボランティア団体150〜160人が用水のクリーン活動をやります。我が雑木の会からも20人くらいが参加します。新座市には江戸時代に完成したという野火止用水が縦断しています。当初は玉川上水から分水して野火止を通り隣の市・志木市の新河岸川に流れ込んでいました。全長は24キロメートルで、東京の高度処理した下水道から一日9800立方メートル(9800トン)の清流が流されているのです。重要文化財に指定されているものですから、これからまち起しのためにも皆様にお知らせさせて頂きたいとおもいますので・・・お付き合いをよろしくお願いいたします。



時は江戸時代、江戸の人口増加による水不足を補うために幕府は老中松平伊豆の守信綱に多摩川から玉川上水を掘ることを許し、1654年に完成しました。信綱は、その功績により関東ローム層の乾燥した台地のため、生活用水にも難渋していた領内の野火止(新座市)に玉川上水の分水を許され、1655年に開削に成功し、野火止用水か完成しました。全長の落差は90メートル。さて、皆さんどのようにして掘って行ったと思いますか。記録が全くないそうで、想像になりますが、高低差をはかるために夜間に行われた提灯測量の推測図(右の写真)から私なりに考えてみました・・・。200メートル進んだら1メートル下げる。これを100回繰り返すと、20キロメートルで落差が100メートルになります。この提灯は水平をだすための高低補正に使ったのかしら・・・。「おーい、ゴンベイさん、提灯を下げてくれや」「へい、1尺下げましただ」
「うん、そこは1尺余計に掘れ」なんて感じかな。どなたか正解知ってますか〜ぁ。



現在の野火止用水をちょって紹介させてください。これは用水の脇が緑道になっている見せ場です。
平林寺の脇を流れるエリアも夏の此の時期には蛍の夕べが催されます。



景観ばかりではありませんで、用水沿道には県道が走っている関係で、ほこりやゴミが後を絶たないのです。これからの課題です。




posted by LJ21 at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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