2005年07月23日

新座市 谷合宜明【六日目】・「睡足軒」のこと

・7月23日
午前中は面白い出会いがありました。朝田さんと出会った樹木・環境ネットワーク協会の聚会(しゅうかい)に共に参加していた荻原東茂蔵さんが、昨日電話をくれて、私の近くで仕事をやってるから顔を出さないかと誘いがあったのです。雑木の会には籍を置いているが別の市(川越市)なので殆ど会ってないが、いつか庭師の資格をとって植木屋さんを開業したのでした。今日はその成果を見せてもらった次第です。キンモクセイなどの周りは彼の作品だというのでワンショットしました。



庭師・荻原さんは、雑木の会で私が樹木・環境ネットワーク協会の道具(みちぐ)まゆみさんからのグリーンセイバー情報をトスしたら受講してアドバンスの資格を取得と同時に庭師取得。三人の共通フィールドは聚会(しゅうかい)。
私と道具さんは同じ新座市の「環境2000」のグループ。



さて、睡足軒の話しです。新座市の昭和史話になりますが、明治8年長崎県に生まれた松永安左ヱ門(耳(じ)庵(あん))は近代になって「電力王」の異名を持ち、実業界で活躍する一方で、茶道にも造詣が深く、益田鈍翁、原三渓と共に昭和の三茶人として知られました。


松永安左ヱ門は、昭和13年に横浜三渓園で有名な原三渓の世話で、飛騨高山の茅葺の田舎家をここ(新座)に移築させて「田舎家の茶」を楽しみ、大炉を囲んで団欒する日々を楽しんでいました。こう書きながらも茶道のことはピンボケ、知ってるのは横浜三渓園くらいの私ではあります・・・ハイ。


昭和47年に松永安左ヱ門の菩提寺である平林寺に譲られて、平林寺はその田舎家を寮舎「睡足軒」として使用していました。平成14年に平林寺から「青少年の体験学習や市民の日本伝統文化の活動の場として有効利用してもらえれば幸い」と無償貸与されたのです。今では市民に「睡足軒」の名で開放されて茶会や散策の場で親しまれ始めました。三渓園には遠く及びませんが、市内外の憩いの場として大いにアピールかなと思っています。




posted by LJ21 at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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