2005年11月19日

11月20日(日) 新潟県 「市嶋さん」 小松隆宏 七日目

市嶋さん NPO法人ねっとわーく福島潟の会長さんです。本業はお箸の専門店ですが、映画やまちづくり活動などなど語れば尽きることのない幅の広さ、本当の本業は何なんでしょうか・・・。いずれ謎を解き明かしたいと思います。最後の締めは市嶋さんの原稿です。


● タイトル:『 Sleepy Lagoon 』 NPO法人「ねっとわーく福島潟」
会長 市嶋彰

 “潟”を英訳すると“lagoon”といい、多くは汽水湖を意味する。なんとここちよい響きだろう。かつて私の若かりし頃「スリーピー・ラグーン」という名曲があり、いつの間にか、熱帯の海で砂州に囲まれ、青々とした水を湛えた細長い汽水湖を勝手に思い描いていたことを思い出す。



福島潟も、かつてここが海だった頃を思い浮べれば、その歴史的なスケールの大きさに胸がときめく。阿賀野川が上流の山岳地帯から運んできた土砂が堆積し、砂丘を形成し、
堰きとめられた海水が徐々に淡水に満たされ、気の遠くなるような時間のなかで塩分が薄められていったに違いない。



私たちが自然というものに接する時、また目のあたりにそれを見る時、必ずしやそこで
営まれて来た自然そのものの歴史と人間の関わりという意味での歴史に思いを馳せなくて
はならないだろう。なぜならば、現在は過去によってもたらされ、現在は未来への責任を
負っているからに他ならない。



歴史という事実は、まさに歴然としてそこに存在し、いかなる事象にも左右されること
なく、その存在はゆるぎないはずである。ところが、歴史は忘れられ揑造され、時間とともにゆがんでいく宿命を負っている。だからこそ、そこに必要なのは伝承であり、人という歴史の担い手なのだ。でなければ、歴史は途絶えてしまうのを待つことになる。
 “潟”と関わることは、自分自身が歴史の中のひとこまを担うことになる。潟を未来へ
つなぐために私たちのできることは、その覚悟なしでは見えてこない。“眠気をさそわれる
ような潟“のたゆたいに身をゆだねながら福島潟の未来を夢見てみようではないか。




posted by LJ21 at 15:39| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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