2006年05月01日

東京都 三橋彩子 1日目

はじめまして。東京生まれ&育ちの三橋彩子と申します。
私はいつも2種類の名刺を持ち歩いています。ひとつはグラフィックデザイナー 三橋彩子。もうひとつはサルサダンサー・インストラクター Ayaです。「一体どっちがやりたいんだ、お前はァ!」と叱られてしまいそうですが、今のところどちらかの職業を辞めることは考えていません。
どちらも私にとって大切な大好きな職業なのです。

「今週の私」というタイトルですから、毎日の出来事を綴るのがよいのでしょうが、私の場合はLJや日本の各地とのかかわりについて過去を遡りながら、書いていきたいと思います。

今日は私が学生の時の話しです。

 1995年当時、私は武蔵野美術大学3年生でした。この頃の私は将来に対し、無知ゆえの漠然とした不安をかかえていました。ほとんど衝動的に、民俗学の教鞭をとっていた相澤韶男教授の教授室のドアをたたくと、先生は「知人の本が出版されるのだけど、そのなかの挿絵を学生に頼もうと思っている」とさっぱりとした顔で言われました(相澤教授は同大学建築科卒で、当時民俗学の教鞭をしていた宮本常一の教えをうけ日本の古い町に執着していった私の恩師です。福島県南会津下郷町大内を国重要伝統的建造物群保存地区選定に導いた第一人者ともいえます)。

 それは1996年7月10日発行になる「『萱野茂のアイヌ語辞典』」という598頁の辞典のことでした。「アイヌ語。。アイヌ…?」言葉の意味がまるで分かりませんでしたが、今の自分から抜け出したいという想いから挿絵スタッフとして参加を希望しました。

 集まった生徒たちは視覚伝達デザイン、建築、美術科、油彩科、彫刻科…と、普段交流のない科ばかりで新鮮でした。挿絵は資料を見ながら描くのかと思ったら、モチーフを実際に目にするために北海道に行きなさいと言われ、びっくりしたのを覚えています。「見なければ始まらない」といった風に淡々と。
 のちに放牧舎となる仲間たちは、こんなふうにして出会いました。

「見て、始める」という私の仕事に対する姿勢もここから学んでいったものです。

★今日の出来事★
A4/カラー/3折のリーフの色確認のためKita(夫でありダンスパートナー)と新宿の出力センターへ行く。
待ち時間の間、新宿「DISK UNION」でサルサ新譜を物色するが、収穫はなし。
出力を受取り後、バレエ用品店「チャコット」でKitaが新しいシューズを購入。
一応連休気分を味わおうと、千疋屋パーラーで1300円のフルーツ盛り合せを食べてみる。20時をまわっていたので総菜屋でおかずを買い、『巧名が辻』の録画を観ながら夕食(夜食?)。
いつものサルサトレーニングを済ませ就寝。





posted by LJ21 at 12:31| Comment(1) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
三橋さん一週間ありがとうございます。萱野さんのお話をしてくださった週に訃報を聞き、驚いています。萱野さんのご冥福をお祈りいたします。しかし、民俗学との出会いが、萱野さんのアイヌ語辞典の挿絵づくりというのは、とても贅沢な経験と言えるでしょうね。そこが原点とは、この日記を読んで知りました。<BR><BR>さて、立川でやっているサルサの拠点の宣伝もしちゃってくださいねー。楽しみにしています。
Posted by LJ21 うらしま at 2006年05月07日 09:53
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