2006年07月18日

千葉県浦安市 村田 泰夫 1日目

17日は「海の日」で祝日である。私にとって、土日や祝日は「休み」
ではないことが多い。いまは農林漁業金融公庫で働いているが、前
職であった新聞記者をしていたころから、「怠け者の節句働き」が習
い性になっている。平日は人と会ったり酒を飲んだり、のんべんだら
りと過ごしているため、締切に迫られてくると、世間の休日に出勤し、
原稿書きに追いまくられるのである。

 17日は終日、農林公庫の機関誌に載せる原稿の仕上げに追わ
れた。今年の5月の連休に有機農業推進議連の視察団に同行して
見に行ったキューバの有機農業がテーマである。有機農業といえ
ば、飽食の先進国で普及している農法で、食料確保に追われて
いる途上国で普及しているはずがないというのが、私の先入観
だった。ところが、世界の農業関係者の中で、キューバは有機農業
の先進地として知られている。その秘密を伝えたくて、リポートを書く
ことにした。

 秘密というほどのことはない。窮余の一策で始めたのが、振り
返ってみれば世界のトップランナーに躍り出ていたというのが本当
のところだ。1990年ごろまでのキューバ農業は、農薬と化学肥料
を大量に使い、農場にはソ連製の大型農業機械が走る「近代的」
な大規模機械化農業だった。サトウキビやタバコ、コーヒーなどの
モノカルチャー(単作)農業で、砂糖などの輸出代金で工業製品や
日常の生活物資を輸入する国際分業が経済の基本構造だった。

 それが、1990年代初頭のソ連・東欧圏の崩壊で、キューバ経済
は壊滅的打撃を受けた。共産圏諸国からの経済支援がとまっただけ
ではない。農産物の輸出先を失い、見返りに輸入していた物資が
入ってこなくなったのである。特に深刻だったのが、国民の食料
確保である。

 農薬や化学肥料、それにトラクター用の燃料がなく農業生産は
半減した。そして、やむなく始めたのが有機農業である。当初は
原始的な生産への回帰だったが、いまやその技術的水準は高い。
しっかりしたバイオ技術に裏づけされているからである。

 日本の有機農業技術だって捨てたものではない。キューバと
遜色ないのではないか。でもキューバにあって、日本にないもの
がある。それは有機農業を推進し普及するのだという政府の
支援策であり、行政担当者や研究者の熱い思いである。





posted by LJ21 at 09:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 千葉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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