2006年07月04日

新潟県新潟市 関田隆弘 1日目

はじめまして、こんにちは!

今回朝田さんにロックオンされました、新潟の関田と申します。
1週間よろしくお願いします。

前の職場になってしまうのですが、新潟県庁の地域政策課という
ところで仕事をしているときにLJにジャンクションされました。
きっかけは・・・もうスッカリ忘れてしまいました(失礼!)

こことのころ、日々あまり変化のない生活をしているものですから、
この1週間は、私が思ってること、みなさんに知っていただきたいこと
などなど、気分で書いていくことになりそうです。
仕事がらみのことも書きますが、あくまで関田個人のたわごとという
ことでお願いしますね!
まずは今の仕事(震災復興支援課)の関係で、
中越地震って、まだやってるの!?

よく言われるんです。「もう終わったんじゃないの?」って。
遠くにいるとわかんないですよね。新潟市にいてもわからない。
でもみなさんに知ってほしいので、今どうなってるか、
簡単に紹介させてください。

地震から1年半たちました。11年前の阪神・淡路と同様の規模。
それほど話題にならないのは、被害者(特に死者)数と、
被害総額がケタ違いに少ないからだと思います。
考えてみればわかりますが、とんでもない過疎の山間地で、
人工の構造物もそんなにない場所ですから、数字や金額だけを
みれば何のことはないでしょう。

でも、中越地震が奪ったものは、お金には換算できない、
とてつもなく大切なものなのです。
LJ21に集っているみなさんならおわかりいただけると思います。
そう、地域で脈々と受け継がれてきた財産が、
都会のみなさんが、安全・安心・癒しなどをキーワードに、
物心両面で拠り所としてくださっている、その財産が、
一気に失われてしまったのです。
棚田ビューも、おいしいお米も、きれいな水も、
そして、それらを守り育ててきたコミュニティも、
一瞬にして・・・

例えば「山古志」。棚田や錦鯉が有名です。
集落が切り裂かれ、道路や棚田や養鯉池など生活の基盤が、
山とともに崩壊しました。
地域をはぐくんできた豊かな水も、暴君と化しました。
川がせきとめられ、行き場を失った水が学校を貫通し、
集落を水没させ、山古志だけで42個の天然ダムが生まれました。

全員が避難し、長岡市内で暮らしています。
全員といっても、たった2,000人です。
莫大な費用を投じて「形」を元通りにしたとしても、
そう簡単に失われたものは帰ってきません。
基盤を直すとともに、営みも回復していかなければならないのです。
たった2,000人といえども、この人たちの営みを全部回復・・・
というよりも、新たな営みをつくりだす、それは簡単にはいきません。
復旧工事にしても、「下」から順番にしかできません。
川を治め、生活道路をつくりなおし、作業道(農道など)を切って、
それからやっと山奥の田んぼです。棚田です。
田んぼの4割は来春の作付けも無理らしいです。
その棚田も、せっかく直しても(直せたとして)、維持していけるのか?
みなさんに恩返しできるのは、まだまだ先になりそうです。

でもでも、山古志の人たちは、ムラへ帰ろうと必死なんです。
帰るということは、そこで生業をたてるということを意味します。
地震前にも増して全国のみなさんの応援が必要です。
現地はまだ関係者しか入れない状態が続いていますが、
ムラでの生活が始まったら、ぜひ訪れていただきたいと思います。

「食」関係では、「やまこし道楽村」という会社ができました。
長岡市内の仮設住宅に居ながら、視察団の現地案内と
食事(田舎料理)の提供をしています。

このエネルギー、元気づけられますよね!


posted by LJ21 at 08:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 新潟県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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