2006年09月27日

沖縄県竹富町 飯田泰彦 3日目

 今日の「素足で感じる竹富島ツアー」の参加者は5名。写真は「ゆがふ館」の前での記念撮影です。

《見習い・聞き習いの会》

昨夜は、午後8時30分から、アサイヤ(阿佐伊屋<屋号>)において、「ミーナライ(見習い)・シキナライ(聞き習い)の会」がありました。この会は毎週火曜日に有志が集い、テキストを読みながら、お互いに見習い・聞き習いして、竹富島を学ぼうというものです。この日の出席者は5名。少人数ながら内容の濃い学習会となりました。

テキストは、2005年3月に発行された『竹富町史 第10巻 資料編 近代T』。これは、喜宝院蒐集館(島の民俗資料館)の、上勢頭亨氏が収集した歴史資料を編集したもので、明治30年代の行政や島人の暮らしを知るうえで、欠くことのできない資料です。
現在はこのなかに収録されている「村日記」を読んでいます。昨夜は明治38年6月8日から7月12日までを読みました。

「村日記」によると、この期間の大きな出来事に、「春季原勝負」がありました。原勝負は、農業の奨励を目的に、春と秋に行われます。農業を含めた、生活全般にわたって、島の3集落が総力をあげて、優劣を競ったようです。

 明治38年春季原勝負は、成績調査の結果、1等は西組、2等は仲筋組、3等は東組でした。6月16日には「竹富村事務所」で賞品の授与式を行い、その後余興が行われたようです。
 その内容は、午後3時ごろ、仲筋の浜で舟漕ぎ競争があり、4時ごろ場所を清明御嶽に移し、踊りや狂言の余興がありました。5時過ぎに雨が降り出したので、あらためて竹富村事務所に座を構えて残りの芸能を演じたといいます。そして、散会したのは午後11時!
 8時間にも及ぶ祝宴からうかがえるのは、農業に関わる村と村の総力戦は、芸能にまで及んだということではないでしょうか。現在の竹富島の状況と重ね合わせてみると、面白いですね。
 しかし、「村日記」の記事からは、この日の舟漕ぎ競争の結果や、具体的な芸能の演目は、不明です。それだけに一層興味がひかれる内容です。

 ひとりで史料を読むのは難しいことですが、仲間とユンタクしながら、読みすすめていくのは楽しいものです。テキストをもとに、出てくる人名や地名などを確かめ、明治30年代の竹富島に思いをはせています。また、『竹富町史 第11巻 資料編』に収集されている、当時の新聞記事も参考になります。

話が脱線することもしばしばですが、先輩方の話には味があり、これまた学ぶことが多いのです。

《竹富の風》

竹富島には「種子取祭の芸能」や祭事でうたわれる歌謡、沖縄を代表する民謡として有名な「安里屋ゆんた」をはじめ、日々の営みのなかでうたわれてきた歌の数々が、現在進行形で息づいています。
NPOたきどぅんは、このような島の歌に焦点を当て、島の文化を継承することを第一の目的とし、かつ広く紹介しようとてうことで、CD『竹富の風』を制作しました。なかには、1年に1度しかうたわれない祭りの歌も収録されています。
『竹富の風』はその名の通り、竹富島の風まで伝わってくるようなCDです。台風13号のような大風はこりごりですが、心地よい「竹富の風」に吹かれてみませんか。

10月2日に、RBC(琉球放送)の番組「柳卓のシャキットアイ」で、『竹富の風』から数曲流れます。今日、RBCの番組ディレクターの女性から、打ち合わせの電話がありました。当日は、NPOたきどぅんの事務局長・阿佐伊孫良さんが、午前8時30分ころ電話で生出演し、曲目を紹介することが決定しました。
乞うご期待!


ラベル:竹富島 種子取祭
posted by LJ21 at 20:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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