2006年10月01日

沖縄県竹富町 飯田泰彦 7日目

〇10月1日(日)

《結願祭の準備》

八重山地域のキョンギン(狂言)を見渡したとき、竹富島の結願祭で演じられる「芋掘り狂言」のように、祭祀当日の供物を整える場面が、よく題材としてとりあげられます。

供物は、海の幸・山の幸だけでなく、芸能も神への捧げものであることに、あらためて気づきます。このことは、新城島の「儀式ユンタ」にもうたわれています。だからこそ、念入りなフクミ(仕込み、リハーサル)が行われるのでしょう。

kechigan2.jpg結願祭の会場である、清明御嶽で演じる前に、アリンジャ(有田屋)に集合し、再び当家の座敷で演じるのです。このときは、化粧・着付けを済ませ、本番と同じ出で立ちで演じます。


kechigan.jpgところで、化粧や着付けは、徐々に役柄へ入っていく、儀式のようなものです。「芋掘り狂言」で乙女に扮する二人が、ブラジャーを持参しているのを見たとき、役作りにかける情熱を感じました。衣裳を着けると、やはり演技も光ります。



また、祭事を運営するというのは、芸能だけでなく、供物の準備、配膳係、受付、進行、衣裳係などなど、諸事万般にわたります。

私は祭事の始まりを告げる役を仰せつかいました。軽トラックの荷台に、太鼓を打つ人とペアになって乗り込み、銅鑼を打ち鳴らしながら、西集落、東集落、仲筋集落の順でまわりました。
銅鑼・太鼓の音を聞いて、屋敷から飛び出してくる人、窓から手を振る人、作業をしながら横目で「わかった」と合図をする人など、反応はさまざまでした。しかし、「肝ドンドン」する、胸の高まりは同じなのでしょう。それは、表情が物語っていました。みんないい顔をしていましたよ。

祭事では、竹富島の「うつぐみの心」(一致協力の精神)が、もっともあらわれます。それは単に心をひとつにするということではなく、それぞれの個性に応じたシクブン(役割)を果たして成り立つものなのです。

残念ながら、本番は仕事の都合上、芸能を見ることはできませんでした。しかし、銅鑼を打ち鳴らしながら、私の気分も高揚し、ちょっとした満足感を得ました。

《貝の話》

午後から、松竹昇助さんが、お孫さんを2人連れて、ゆがふ館へやってきました。
松竹さんは民具づくりの名人で、藁やサミ(月桃)、クバの葉などを素材にして、さまざまなモノをつくり出します。「こんなのは昔、みんなやってたよ」と、さらりと言いますが、出来上がったモノの美しさに、見惚れることしばしばです。

松竹さんは最近、珍しい貝をよく持ってきてくださいます。おかげで展示室も充実してきました。

P1010059.JPG先日は「ホッカルミナー(イトマキガイ)」を寄贈していただきました。ホッカルミナーは、ホッカル(琉球アカショウビン)が鳴くころまで、近海の浅瀬に群生しています。ちなみに、ホッカルは、ウルズン(初夏)を告げる、夏鳥として知られています。

ホッカルミナーの命名には、2つの説があります。ホッカルの鳴き始める季節になると、ホッカルミナーが分散する性質からとの命名説と、貝殻の内側の赤みを帯びた色がホッカルを連想させるという説です。
前者はウルズンになると、水もぬるむことから、海水温との関係により、ホッカルミナーは分散するのではないかと考えられています。
しかし、どちらも言い得ているような気がしますね。

ホッカルミナーは、『竹富島方言集』(辻弘/著)にも記録されていますが、「ミナー」とは竹富島で貝のことを言います。
ところで、巻貝を表す漢字に「蜷」「螄」「蠃」などがあり、どれも「ニナ」と訓読みします。辞書『大言海』によると、「ニナ」は、「ミナ(実魚)」の転訛だと考えられます。
だから、ホッカルミナーの「ミナー」も、日本古語に通じる言葉であるということが想定できるのではないでしょうか。面白いですね。

kechigan6.jpg今日は松竹さんから、貝口がギザギザになっている、トサカガイを寄贈していただきました。鶏のトサカに似ていることからの命名だそうです。




《十五夜祭》

kechigan3.jpg kechigan4.jpg
kechigan5.jpg

無事に結願祭を終えることができましたが、10月6日には十五夜祭がやってきます。十五夜祭では、3集落からカチラ(旗頭)が出され、綱引が行われるのも見物です。

このとき、東集落では「宝船」という、十五夜祭でかつて演じていた芸能を復活させます。芸能の復曲という、特別な場に立ち会えるのは幸運です。

「宝船」は、9月29日に行われた「ユーンカイ(世迎い)」でうたう、神歌「とぅんちゃーま」をうたいながら、「世」を満載した、宝船を迎えるという内容の芸能です。「宝船」のユニークなところは、ユーンカイでは不可視の(見ることのできない)「世」を、もどいて視覚化したところにあるのではないでしょうか。ここには玻座間村の狂言「世曳」と同じ発想があります。
乞うご期待!

 また、祭祀のなかには、十五夜の月を愛でるだけでなく、雲のかかり方によって、来る年の豊凶を占う意味もあったようです。
つまり、月が昇天して地上に現れるとき、雲がかからずに照り輝いたときは豊作、雲がかかったときは凶作ということです。


 この1週間、「ローカルジャンクション21」のコーナーで、竹富島のことをお伝えしてきました。振り返ってみると、言葉の足りない報告でした。また、肝心なシャッターチャンスに、カメラを持っていなかったり、と反省点も多々あります。そのうえ、慣れない電子メールの通信に四苦八苦しましたが、たいへんいい経験をさせていただきました。
 スタツフのみなさま、ありがとうございました。

現在、花開く竹富島の芸能文化が、かつての農村生活から生まれてきたことを思うと、自然を注意深く見つめて生活を営んできた、先輩方の言葉を、しっかりと聞いておきたいと思います。

みなさん、竹富島へお越しの際には、ぜひ「ゆがふ館」へお立ち寄りください。
コンパクトにまとまった竹富島の概要を、ゆったりとした空間で知ったあと、各自の関心でもってプランを立て、海や町並みへ足を運ばれてはいかがでしょうか。

 何度も繰り返しますが、10月下旬には、島最大の祭祀・種子取祭があります。28日(第7日目)・29日(第8日目)は、間断なく芸能が奉納されるので、観光客のみなさんも見学しやすいことでしょう。
では「竹富島で会いましょう」!

 1週間ありがとうございました。



posted by LJ21 at 15:05| Comment(4) | TrackBack(0) | 沖縄県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
飯田さん、1週間お疲れ様でした!
わかりやすくて、とても楽しく
読めましたよ♪
乙女を演じる情熱、すごいですね!!
石垣島のみるく祭りは見たことあるのですが、この竹富島の種取祭りも見てみたいです。行きたいな〜竹富島♪
Posted by sumako at 2006年10月04日 00:30
sumakoさま。
ぜひぜひ竹富島にいらしてください。
それでは「竹富島で会いましょう」!
Posted by 飯田泰彦 at 2006年10月06日 08:51
飯田さん
はじめまして。1週間おくれて日記を拝見しました。昨年うかがったゆがふ館の展示がとてもよかったです。素足のツアーも参加し、竹富のおじいとおばあとお話ができて楽しかったです。CDも買いました!八重山好きなのです。いつか種子取祭り見たいです!そっと熱く応援させていただきます。
Posted by かわかみ at 2006年10月12日 19:57
前略、かわかみ様。
コメント誠にありがとうございます。
いよいよ種子取祭の時期です。
島では連日、奉納芸能の稽古で、
盛りあがってきました。
ぜひ種子取祭をお訪ねください。
Posted by 飯田泰彦 at 2006年10月13日 18:58
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