2007年01月01日

LJ21事務局 朝田くに子 8年目のこんにゃくの味

あけましておめでとうございます

LJ21の本格稼動と同時に始まったこの「今週の私」が4年目に突入します。
ここまで続けてこられたのは、ご参加いただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました。

さて、4年目の今年は「食」に注目!
このコーナーでも、各地からご参加いただくみなさんにできるだけ食に言及していただくことをお願いすることにしました。

各地でおいしいものをご馳走になる機会が多く、私の舌は肥える一方です。
だって、どれもみんなその土地で採れた旬の農作物を丁寧に時間をかけて料理したものばかりですから。
そんな料理の中で一番最初に衝撃を受けたのがこんにゃくでした。

水俣の取材で吉本哲郎さんの家に滞在していたときのこと、お母様の静子さんの手作りこんにゃくを使った料理の数々に仰天しました。
もちろん、こんにゃく以外の料理もどれもおいしかったのですが、こんにゃくとは、ゴムみたいで味のないものだとずっと思っていたから。どうしてこんなものを食べるのかとも。

それが口にしたとたん、感触も味もすべてが違うのにびっくりして、
「吉本さん、おいしい〜!おいしいですぅ〜」と叫ぶ私。
「おお、おお、もっと泣け〜!ムフフフ」(吉本節で=ちょっとSっぽい)

滞在中の4日間に吉本語録の洗礼をさんざん浴び続けた半泣き取材のおかげで、帰りの飛行機の中で私は38度の知恵熱を出すにいたったのです。

「一般人って誰のことか?」
「へ?誰のことって?」

「石油が神様にならなかったのはなぜか?」
「ん・・・っと、なぜですかあ?」

「聞いたら答えがあると思うな(ボソッ、プイ!)」(やっぱりS!)

取材なのになぞかけばっかり…ぐすっ。
この吉本邸滞在がその後の私の運命を決定づけるとは、私自身知る由もなかったのでありました・・・。
やがて涙は血となり、肉となり、原稿が出来上がりました。この原稿が地元学テキストの編集を吉本さんに依頼されるきっかけとなり、農文協のKaiおじさんや結城登美雄師匠との出会いとなり、地域づくりなんて思いもかけなかった今に至る道筋になったというわけです。って、ものすごい端折り方でよくわかんないですよね。

とにかく、以来、すっかり手作りこんにゃくをはじめとする、地元の女性たちがつくる料理の虜になってしまいました。
それまでは、農業やメーカーの本物づくりの現場の話に夢中になっていたのですが、こんにゃくが「日本の生活技術」の奥深い世界に導いてくれました。

今日のごちそうさま
konnyaku.jpgそして、今年の我が家のおせち料理には、ついに手作りこんにゃくが登場!
ありがたいことに群馬県桐生市のMさんが、送ってきてくださったものです。
「今年のこんにゃくはうまいなあ」と80歳になる父も喜んでくれました。
母も「味の染みかたが違うわね」と。
 
水俣で手作りこんにゃくに出会ったのが1999年のこと。
手作りの本物の味に目覚めて8年目、それから先駆けること2年、私の原点ともいえる宮崎県綾町の故郷田實さんとの出会い以来、10年目の節目にあたる今年2007年の正月に食した桐生のこんにゃくの味は格別でした。

Mさん、ありがとう!



posted by LJ21 at 20:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。