2007年02月19日

沖縄県那覇市 眞喜志敦 1日目

今日は旧暦の1月2日。
那覇は一日どんよりとした曇り空でした。
少し肌寒い、といっても気温は20度近くあります。

皆さん、初めまして。共同売店ファンクラブの眞喜志(マキシ)と申します。
どういうめぐり合わせか「今週の私」を書かせていただくことになりました。
1週間、沖縄からいろいろお伝えしますので、よろしくお願いいたします。とはいうものの、「今週の私」の読者の皆さんが期待するであろう「青い海、青い空」のことは書けそうにないので、最初に謝っておきます。スミマセン!

参加予定者のリストでは「NPO法人エコ・ビジョン沖縄」の眞喜志と紹介していただいていますね。
エコ・ビジョン沖縄は、沖縄リサイクル運動市民の会という沖縄で20年以上活動してきた環境NPOを母体とするNPO法人です。
私はそこで主に、くいまーるプロジェクトという食品残渣の飼料化事業の担当としてお手伝いさせていただいていますが、実は今回、ローカルジャンクション21とのご縁のきっかけである「共同売店ファンクラブ」は、それとは全く関係がありません(^^

沖縄県の本島北部や離島を訪れたことのある方はご存知かと思いますが、集落ごとによく「○○共同店」「××共同売店」という名の店を見かけます。
今から101年前の明治36年、本島北部の奥という名の小さな集落で、地域住民の出資により共同で運営される店ができました。
それが共同店の第1号といわれる「奥共同店」です。

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奥共同店をきっかけに、大正時代から戦後にかけて各地で共同店が設立され、その後の太平洋戦争、米軍統治、そして日本復帰という歴史の荒波の中で、僻地の貧しい人々の暮らしを陰で支え続けてきました。
やんばる出身の父の言葉を借りれば「共同売店は生活のすべての中心」でした。
30年ほど前には沖縄全体で120店ほどあったといわれ、その後かなり減ったとはいえ、現在でも60〜70店ほどが運営を続けています。

共同売店ファンクラブ」は、共同売店(共同店)を応援しようと私が勝手に作ったものですが、
昨年10月に「共同店ものがたり」という本を出すことができ、その本を「LJ21事務局ドタバタ日記」で紹介していただいたのがきっかけで、ローカルジャンクション21を知りました。

.

実は、私が共同売店について調べる中で、その現代的意義について大きな示唆をいただいたのが結城登美雄先生でした。
まだ一度もお会いしたことはないのですが、現代農業別冊などに寄せられた文章を読み、沖縄の人たちにさえ忘れ去られようとしている共同売店を再評価している方がいることに驚かされ、
共同売店がなくなっていくのをただ黙って見ているのは、沖縄人として恥ずかしいと感じました。
ということで、調べたり回ったりしたことを少しずつブログに書いているうちに、沖縄大学地域研究所の宮城能彦先生をはじめ多くの方に出会い、季刊カラカラという雑誌に「共同売店散歩」というコラムを書かせていただくようになり、昨年、本を出版させていただくことができたというわけです。

これまでの説明だけで長々と書いてしまいました。
本当は私なんかが書くより、実際に共同売店に関わっている方の言葉を伝えた方がいいと思ってるんですが(^^
ということで最後に、国頭村の宇良(うら)という集落にある宇良共同店の服部さんご夫妻のブログを紹介させてください。

国頭村共同店誌「うららか うらから 〜沖縄本島ヤンバル国頭村 宇良共同売店発信♪〜」

オススメです。

明日はもう少し日記っぽいもの書きますね。


posted by LJ21 at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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