2007年06月02日

北海道佐呂間町 安永淳 4日目

ロバート・キヨサキ氏の「金持ち父さん貧乏父さん」を読んだことがあります。
最近「格差社会」とか言われているようですがずっと以前から、金持ち父さんはいました。

各地には篤農家といわれる人がいて、人望を集めていました。
学校の先生は偉いに決まっていました。
今では井戸端会議の話し声が電脳の海をアッという間に広まり、世論を動かしてしまいます。

情報の格差が貧富の格差の大きな原因のひとつだったと思います。
情報格差が少しだけ狭まり、情報発信の手段も多様化・簡便化しました。

さて、我が町の話に戻りたいと思います。
佐呂間には三種類の道があります。
(動物や人間の)足が作った道。人の手が作った道。機械が作った道です。二番目は開拓の道です。ほんの百数十年前のことです

佐呂間町は、サロマ湖の漁業と酪農の町です。以前は林業も盛んだったようです。
しかしここ数年、離農する人が増えています。
夏の間、乳牛を放牧するための公共牧場も数箇所ありますが、トップファーム前の公共牧場は数年前に閉鎖されました。
今週の日曜日には、その土地に漁業者が植林をします。数年続いているそうです。

トップファームは、今年30ヘクタールの離農地を取得しました。一部は第二牧場用地として利用しますが、残りはデントコーンを作付けします。牛の飼料となるサイレージを作るためです。
今までも農協の斡旋で町内50ヘクタール分を契約栽培していましたが、今後は出来るだけ自作地を増やす計画です。当然、農協や運輸会社や建設会社などが組織するコントラクター組合など地元の力を借りなければなりません。

大昔、私たちの祖先は、家族のため、集落のため一粒でも多くの実り、一匹でも多くの漁獲のために知恵や工夫を重ねてきました。それが、現代の科学の礎となっていると思います。
ただ、忘れてはならないのは、先人の知恵や工夫は長い時間をかけて積み重なっていったと言うこと。それらの成果の伝わる時間もゆっくりであったということです。

ただ、私たちは、後戻りはできません。先人の思いを忘れずに、現代の術を利用して、家族のため集落のため、豊作と大漁を目指すのです。


posted by LJ21 at 18:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 北海道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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