2007年09月16日

鹿児島県南さつま市笠沙町 松山智恵 6日目

   無人販売所

鹿児島には県内ほぼ全域に「無人販売所」が存在します。
自家菜園や規格外品のお野菜を持ち寄って「1品100円」で販売するのですが店番を置かず、無人で運営するのです。
 笠沙町は漁業を主とするエリアと農業を主とするエリアが半分くらいづつ存在していて、私たちが住む「農業エリア」では移住してきた当初、食べきれないお野菜は「限られた関係」の中で消費されていました。もらうときは単一のお野菜があちこちで重なって、食べきるのにも困るほどでした。もったいないなぁという思いと、「せっかく作った作物をよりいい条件で、喜んで買っていく人に提供できないものか」という思いを地元の「農業系自主活動グループ きんよう会」とともに形にしたのが「きんよう館」でした。

前からみたきんよう館   きんよう館 「へちま」も食べます。

 9人の仲間がいろんな技と材料と知恵を持ち寄り、自力で建設しました。
 解体する建物から許可をもらってサッシつきの窓や扉、骨組み、収納庫などを集め、行政に掛け合って補助金を申請し、毎日夕方5時からそれぞれの仕事終了後現場へ集まっての建設作業が3ヶ月続きました。

きんよう館 横 横から見ると? 「カステラみたい」といわれます。

 建設中は「誰がお金を出して買うものか」「運営が成り立つのか?」と心配の声もあったのですが、できてからはあっという間に笠沙の重要な「農産物直売所」として町のシンボル的な存在になりました。
 
よ〜くみてみると荒廃していた畑が立派な野菜畑や花畑に変わっていて、そこの作物はきんよう館で「売れっ子」になってました。


 鹿児島の人は「性善説」で生活しているようです。
恥ずかしがりやさんが多く、初対面や外部から来た人にはどう対処していいのかわからないようですが、慣れてくると本当に親身に接してくれます。
 
移住してきたときは、笠沙の言葉をやさしく通訳してもらい、頭の中で標準→関西弁に変換して考えていたので、いろいろと誤解や思い違いもありました。でもできるだけ夫婦一緒にいろんな人の所へ行ったり行動し情報交換して、笠沙の人たちにも受け入れてもらえるようになり、とても居心地よく暮らしています。今では鹿児島弁もそのままの感覚で心に入ってきます。
 でもヒアリングのみで、鹿児島弁で話すのはまだまだです。

         工房からの景色 塩工房からの眺め。どんなに忙しく「やばい」状況でもこの景色が心を落ち着けてくれます。

   台風がそこまで来ていて、工房の「台風のかまえ」をどの程度までするのか夫婦で迷っていましたが、「明日の敬老会も予定通り行う」という笠沙の奥の「野間池地区」の判断を聞き、入り口だけ木を打ち付けて帰ることにしました。


ラベル:南さつま 直売所
posted by LJ21 at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 鹿児島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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