2007年06月17日

新潟県十日町市松之山 田辺慎一 7日目

 今日で最後となります。機会をいただいたことに感謝しつつ、初日を含め2日もアップできなかったことを反省しつつの1週間でした。お誘いいただいたLJ21の朝田さんには、あらためてお詫びいたします。

 いつも何気に書き始めるのですが、振り返ってみると生き物のことばかりとなってしまいました。キョロロでの仕事は松之山の自然があってこそ、そして、私や家族の生活も、まわりの豊かな自然から数々の恩恵を受けています。

 豊かな自然やそこから私たち家族がいただく恩恵も、松之山に暮らす人々からのおすそわけ。今、そう感じる自分がいます。豊かな自然は、松之山のかけがえのない財産であることは間違いありません。しかし、それ以上に、その自然を利活用する術や知識をもつ地元のおじいちゃんやおばあちゃん、おとうちゃんやおかあちゃんたちこそが最大の財産。いつのころからか、そう感じるようになりなした。

 松之山には、森の仕事をこよなく愛する若き男がいます。彼は今年高校1年となりました。森林組合で働いていた彼のおじいちゃんには、チェーンソーの使い方や目立ての仕方、薪の割り方など、一から教えてもらいました。彼はいつも直球勝負、熱い男です。ナタの使い方や研ぎ方、チェーンソーの使い方などをとても楽しそうに話す彼を、かっこいいと感じます。

 キョロロは、地域振興の拠点となるべく奮闘の日々を送っています。地域振興には、よそもの、わかもの、ばかもの、の視点が重要との話を昨年聞く機会がありました。今回書かせていただいたブログは、よそものでわかもの(?)の私が、地域の視点を意識してつづったもの、と思います。地域には都会の視点も重要ですが、反対に現代の都会には地域の視点が重要と感じています。私は、地域のものでも都会のものでもありません。ばかものの視点も漠然としています。が、そんな研究員が、失敗しながらも、まず行動し、試行錯誤していけるキョロロに感謝しています。

 人の縁とは不思議なもの。今後もそんな縁に期待しつつ、終わりにいたします。ありがとうございました。
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2007年06月16日

新潟県十日町市松之山 田辺慎一 6日目

 松之山には、若きマムシハンターがいる。今年、中学3年になった彼は、小学生の頃すでに大人にひけをとらないハンターであったと聞く。キョロロに来て間もない頃その話を聞いて、また実際にその若きハンターに会って話をして、こりゃ自分でもとらなければならんなぁと漠然と思っていた。

 松之山で暮らし、キョロロで仕事をしていると、生き物について人生初めて経験することがなんと多いことか。見て、聞いて、嗅いで、触って、食べてと、まさに五感で感じることだらけだ。普通、ある生き物について、食べることまで経験することは少ない。マムシ、ハチの子、うさぎに関しては、それぞれで五感を使うこととなった。

 マムシに出会うときは、突然やってきた。昨年8月、ブナの芽生えを調べているときだ。がさがさしたので、またウサギかと思ったが...振り向いたとたん目と目があってしまった。彼(?)は逃げた。私はというと、正直なところ、めんどくさいと感じてしまった。疲れているし、暗くなる前に作業が終るかどうか焦ってもいて、森の奥で人里から離れているし、袋もないし。しかし、身体が勝手に追い始める。それからは、どうやって捕まえるかしか頭にない。彼は、ときどき止まっては威嚇する。

しゃー。

mamushi.jpg

とはいわなかったが、ほんとに聞こえた気がした。とぐろを巻いたとき、身体がえらく太くなっているのに気がついた。チャンスと思い写真に撮った。撮りながら、ハッと気づくとかなり近づいていた。危なかった。こんなことで噛まれたら、あまりにも情けない。彼は、また素早く動き出す。私は手ごろな枝を捜しながら追いすがる。先端が二股に分かれた枝を見つけた。勝負に出た。足で上半身のどこかを踏んで、一気に頭を押さえる。やったぜ。でもそこから手に取るまでが一番緊張した。頭は枝の下だが、うまく指が入らない。枝をゆるめるのは怖いし、でもそうしないと捕まえることができないし。悶々とした時が過ぎる。その後あっさり手づかみできたが、見ると彼の顔はかなりひしゃげていた。

mamushi2.jpg

思わずというか、当然というか、押さえる手にかなり力が入っていたようだ。でもしぶとく生きており、はじめてのマムシ捕獲は無事に終った。時計を見ると、30分ほど。短かったのか、長かったのか、感じとしてはどちらでもなく。その後は、ザックにマムシをいれ、ブナの調査を続けた。


 その約一ヵ月後。件のマムシを食べた。それまでは、浅めに水を張った2L焼酎のペットボトルに入れて、身体の老廃物を出させておく。皮のはぎ方や食べ方は教えてもらった。先生は、キョロロスタッフの一善師匠。これが心臓で、胆のう(いわゆる肝)で、と皮をはぎながら教えてくれる。さばき終わったマムシを見ていると、いきなり胆のうを飲み込む師匠。

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mamushi3.jpg

心臓はやる、と言われて、まだとっくんとっくんしている心臓をおし頂いた。口の中で転がして味わいながら、飲み込んだ。感想は特になし。内臓はフライパンでいため、塩を振って食べた。いためている内に油が出てきて、かなりジューシー。これはうまかった!

 今年の3月、野兎追いに参加した。打ち手さん8名、追い子さん12名。長くなるのではしょるが、打ちし損じたウサギが、なんとこちらに逃げてきた。そりゃっと捕まえて、耳を持ってぶら下げていたら、その内おとなしくなった。ふっと、気を抜いた瞬間逃げられた。逃げていく先には、地元の追い子さんがいる。捕まえると、すぐに近くの木の太い枝に頭の後ろを打ち付け、さっとまた歩き出す。反省。捕まえにきたのに逃げられるとは。はっきりと目に焼きつけた。
 
 夕方からの反省会には、ウサギ尽くしの料理が並ぶ。うさぎ汁、焼肉など、どれもおいしかったが、背肉の刺身は絶品だった。獣肉はいろいろと食べてきたが、これが文句なく一番。血抜きもしていないのに生臭くなく、たんぱくながらも滋味があり、やわらかくて、ウサギがこんなにうまかったとは。
 
 ハチの子を捕まえて食べるのは、キョロロに来る前も何回か機会があった。ので、省略。

 今、私にとってマムシやウサギは食べ物だ。外でマムシを見つけたら絶対にとってやる、と思っている。ウサギはかわいいだけでなく、おいしい生き物。背肉の刺身が頭に浮かぶ。

 いまのご時世、うまいものがたくさんある。しかも簡単に手に入る。別にマムシやウサギを食べなくても良いのです。ほんとにそう思う。しかし、自分の中で自然の見方が変わった、というか、「食べる」という視点がドカンっと強くなったことで、マムシやウサギなどに対する興味や関心が非常に大きくなった。自然は食べ物の宝庫。里山の自然は、特にそうだ。息子たちや娘にもぜひ食べてもらいたいし、できればその前に、探して、見て、聞いて、においを嗅いで、触ってというプロセスを経験してもらえればと思う。間違いなく、これらのプロセスを踏んで食べるのが一番、と実感しているのです。

 キョロロには、今年4月からカタツムリの研究者が加わった。カタツムリはうまいのか?一番うまいカタツムリは?料理法は?タニシもぜひ食べてみたい。松之山でカタツムリを食べたという話は聞かない。ここでの伝統や暮らしの知恵に学びつつ、カタツムリなど松之山の新たな食材の可能性を探るのも、キョロロの大事な使命。というか、機会あらばもれなく食べる。キョロロにいるとそうするようになってしまうのでした。
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2007年06月15日

新潟県十日町市松之山 田辺慎一 4日目

美人林.jpg
 松之山には、年間数万人もの人々が訪れるブナの森がある。その森の名は、美人林。ブナの立ち姿があまりにも美しいことから、誰ともなくそう呼ぶようになったとか。原生林ではなく、80年ほど前に伐採された後、自然のおもむくままに育ってきたブナ林だ。ブナは、たくさん種をつける豊作年が数年おきにやってくる。豊作年以外は、ほとんど種がならない。そもそも花が咲かない。美人林は、伐採される前年か数年前に豊作年があったと聞く。美人林の美しい所以は、整然と並んでいるほっそりとまっすぐに伸びたブナにある。伐採後たくさんの芽生えが一斉に光を求めて背比べをしていたら、現在の姿になったようだ。あまり知られていないが、美人林の奥のほうに、美人林よりも古いブナ林がある。私は、美熟女林とひそかに呼んでいる。

 ブナは、働き者だ。春になると、樹木の中で一番早く葉をつけ、秋には、一番遅くまで葉を残している。ブナ林は、緑のダムと呼ばれるほど、保水力が高いといわれる。保水力の定義もあり、科学的に信頼できるような広範に調べたデータはないようだ。昨年、ふと思いついてブナ林の地面に、落ちていた枝を刺してみた。ぶったまげた。ずぶずぶずぶずぶと刺さる刺さる。80cmくらい入ったはず。スコップでざくざく掘ると、地面から20cmくらいは、分解途中の落ち葉がミルフィーユのように重なっている。まさにスポンジ。見るからに吸水力は高そうだ。ブナ林を歩くとふかふかしてとても心地よいが、その真相みたり、の瞬間であった。面白いのでついついやってしまい、気がつくとブナ林を通る散策路のあちこちに枝がそそりたって...実は、今日もやってしまいましたが、今度からは抜いておかなくては。

 ブナはどんぐりをつけるブナ科の樹木で、ミズナラやクリも同じ仲間だ。ブナ科の樹木は22種あるが、その中でもブナの実はおいしい部類に入る。実際、生で食べてもなかなかおいしい。反対に、ミズナラのどんぐりは、あくが強くてとても生では食べられない。ブナの実が生でもおいしい秘密は、どんぐりが含むタンニンの量にある。タンニンは、渋味や苦味の成分であり、身近なものでは、お茶、ワイン、柿やアクが出る山菜などに含まれている。ブナの実は、まったくタンニンを含んでいないのです。

 ちなみに、ブナの芽生えも生で食べられる。松之山の人々は、このブナの芽生えを「ブナもやし」と呼んで、昔から食用として利用してきた。ゆでてわさび醤油で、あるいはゴマ油でさっといためて食べるなど、調理の仕方はいろいろ。子葉の部分に栄養がつまっているので、双葉が開く前までが食べ頃です。

 人が食べてもおいしいブナのどんぐりや芽生えは、他の生き物たちにとってもごちそうだ。どんぐりは、クマ、鳥、ネズミや様々な虫たちなどに食べられ、そして芽生えは、ウサギやネズミたちがこぞって食べている様子。ブナの身になってみれば、子どものブナが育たないのは大問題だが、そこはブナもやられっぱなしではない。前述したように、ブナは数年に一度しかどんぐりをつけない。この豊凶現象は、実は他の生き物に子どもが食べられないためにブナがわざとやっている、と考えられている。

 実際、豊作の年には、さまざまな動物たちの攻撃をすり抜けて、生き残るどんぐりの割合が増加する。一昨年、松之山ではブナの実が大豊作となった。昨春、ブナ林の地面は、芽生えの絨毯で覆われていて、足の踏み場がないとはこのことか、と思うほど。十年に一回といわれるこのチャンス。うおーし、いっちょやってやるか。昨年からキョロロの森でブナの芽生えの調査を始めた。合計3000本ほどのブナの芽生えの一本一本に、番号のついた針金をたてて、月に一回、生きてるいるか、枯れてしまったか、何に食べられたか、などを調べている。今は本数がかなり減って楽になったけども、最初は想像以上に大変だった。つらかった。一日中、カの攻撃を受けながら地面に這いつくばって、夢中で芽生えとにらめっこしていると気配が消えるらしく、すぐ後ろまでウサギがやってきても気づかない、なんてこともたびたびあった。

 他の調査例と比べると、昨年、ブナの芽生えが生き残る割合はかなり高い結果となった。まだ数年は調べる必要があるけども、豊作とかなり関係がありそうだ。人間を含め、動物は動いて逃げることができるけど、動けない木々たちは自ら「豊作年」をつくることによって、食べられないように逃げているのかもしれません。樹木と他の生き物たちとの関係は、考えれば考えるほど面白くなってくるのでした。調査やめなくてよかったぁ。
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2007年06月13日

新潟県十日町市松之山 田辺慎一 3日目

今日は生き物のお話です。

松之山は生き物の宝庫だ。
クロサンショウウオ

kurosan2.jpg 

モリアオガエル

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タイコウチ、シナイモツゴ、カジカガエル、トノサマガエルなど、他の地域では希少種や絶滅危惧種に指定されている生き物たちが、ここではごく普通に暮らしている。以前、水生生物の研究者に、モツゴやメダカをキョロロで飼育している生き物のエサにするときもあるといったら、予想通りとても驚かれた。また、反対に、地元の人に、これは絶滅危惧種でとても珍しいんですよ、といったら皆うへぇーという顔をする。
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posted by LJ21 at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 新潟県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月12日

新潟県十日町市松之山 田辺慎一 1・2日目

 人口3000人弱、65歳以上の方の割合は42%。平均積雪3.5m、棚田とブナ林に囲まれた世界有数の豪雪地、松之山。「森の学校」キョロロは、そんな地域の博物館として5年前に建てられ、私は、キョロロの研究員として、昨年の4月松之山にやってきました。
 人の縁とは不思議なもので、今、そのことを実感しながらこのブログを書いています。日付は12日になってしまいました。2日目となったこの文章を含め、残りの6日間、松之山でいただいたご縁に感謝しつつ、松之山のこと、キョロロのこと、そしてここでともに暮らす家族のことなどつれづれに書いていこうと思っています。
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2006年09月25日

十日町市中里地域 高橋剛(7日目)

大地の芸術祭を紹介してきた私のブログも、いよいよ今日が最後の7日目になりました。
(仕事と遊びから帰った後、寝る前にブログをアップしていたため日付をまたいでしまいまして、すみませんでした。)

今日は、大地の芸術祭を離れて、私の地域づくり活動において、影響を与えてくれた出来事のお話をしたいと思います。

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2006年09月24日

十日町市中里地域 高橋剛(6日目)

今日は空気が澄んでいて、星空がとてもきれいです。小さな星の輝きまで見えるので、星座が探しにくいほどの星空を見ることができます。写真に写すことができれば皆さんにも見せることができるのに!残念!!

さてさて、大地の芸術祭の紹介を中心に書きつづってきたこのブログもあと少しとなりました。モノゴトには100%ということはなく、それは大地の芸術祭でも同じことです。「一般的な目から見て」の大地の芸術祭で気がついたことを挙げてみたいと思います。

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2006年09月23日

十日町市中里地域 高橋剛(5日目)

みなさんこんにちは。
本日は作品の中から「大地のグルグル」という作品を紹介し、作品製作と集落の関わり方を突っ込んでお話したいと思います。

大地のグルグルは名古屋市のアーティストである芝裕子さんが東田尻集落のみなさんとともに作成したものです。鉄骨にワラを編んでできた渦巻状のトンネルをとおり、中心部にいくと田んぼが耕してある作品で、農の大切さとその時間の営み感じてもらうものです。
1721.JPG

芝さんは去年の夏から東田尻集落を何度も訪れ、作品について話し合いとしてきました。農を知らない芝さんは、集落の皆さんから農というもの、ワラというものを学ぶことからコミュニケーションをとっていきました。続きを読む
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2006年09月22日

十日町市中里地域 高橋剛(4日目)

気がつけば田圃のうえの青い空にトンボがたくさん飛んでいます。山々の緑はこれから赤やオレンジ、黄色と変化していきます。そして、雪が降ると白銀の世界となります。越後妻有は色だけでなく、匂い、音など全てで四季の変化を感じることができます。贅沢なことだと感じる今日この頃です。

さて、私のブログではこの地域で行なわれている「大地の芸術祭」をご紹介していますが、今まで文字ばかりで堅苦しくなってしまいましたので、本日はいくつかの作品を紹介したいと思います。


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2006年09月20日

十日町市中里地域 高橋 剛(3日目)

越後妻有(十日町市・津南町)は秋が訪れ、稲刈りが始まりました。日本で一番おいしいお米魚沼産コシヒカリの産地でもあります。
昨日は大地の芸術祭の概要をお伝えいたしましたが、今日は作品制作のプロセスと地域の元気づくりの仕組みをお話したいと思います。


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2006年09月19日

十日町市中里地域 高橋剛(1日目がなく2日目)

みなさんこんにちは。はじめまして。
私は新潟県十日町市中里支所の地域振興課自治振興係の高橋と申します。
十日町市は去年の4月に5市町村が合併してできた市です。私の係は、合併後の旧中里村の地域を今までの特色を活かしながら地域を元気にすることが仕事です。

このブログでは、私の仕事でもあります今年開催された「大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ」について紹介したいと思います!
(…と、張り切りつつも1日目をすっかり忘れていてすみません)

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2006年07月10日

新潟県新潟市 関田隆弘 5日目

ごめんなさい!不覚にも・・・
金曜の午後から寝込んでました。
肺がくもっているらしいです。
みなさんも気を付けてくださいね!

ということで、もう後がつかえてますので、
まとめて最後の1回にさせていただきます。
依頼してくださった朝田さん、ホントにすみません・・・

最後は、新潟のレアものを紹介します。
私が地域政策課時代に出会った「これは・・・」という一品を、
私のモノサシで申し訳ないですが10点選んで紹介します。
順不同です。

(1)コンニャク・ニンニクみそ炒め
上越市(旧板倉町)
お客様用の定番メニューではないのですが、私が行くとつくってくださったもの。
手作りコンニャクのザラザラ感に、シマリのあるみそダレが絡み合う。
定番化を望んでいます。

(2)枝豆(サトウイラズ)
十日町市(旧松代町)
名前のとおり、とにかく甘い。そして大粒です。
普通の豆よりも栽培期間が長く、9月の台風シーズンにかかると、
水まわりに弱いので管理がたいへんなのだそう。無農薬です。
時期になると、道の駅でも手に入ります。

(3)サトウイラズの納豆
十日町市(旧松代町)
これが納豆か?という代物。大豆の味がしっかりしていて、香ばしい風味。
納豆ギライの人でもイケルと思います。
発酵に、無農薬の稲ワラを使っているというこだわりよう。

(4)サトウイラズの豆腐
十日町市(旧松代町)
京都の高級豆腐店で、1丁2,000円で出せるという代物。
おじゃましたときに、ちょうどサンプルが届いて、まんまとありついたのですが、これがまた濃厚な大豆の味わい。子どもだちが醤油かけずにパクついてました。
これはまだ地元生産できないようです。設備投資にもお金かかりますし。

(5)タケノコ炭焼き
柏崎市(旧高柳町)
有名な高柳の茅葺きの宿。ご主人とともに囲炉裏を囲んでいただきます。
何でもおいしいのですが、タケノコを代表選手に選びました。
煮物に使う孟宗筍(太いヤツ)ではなく、細いタケノコです。
皮付きのまま囲炉裏で焼いて、あの時は醤油たらして食べたのかな?
ほのかにトウモロコシのような甘みを感じます。

(6)タニシみそ漬け
上越市(旧浦川原村)
タニシといっても、清水で養殖したキレイなもので、臭みは感じません。
これは、おいしいというより食感とレアだから、ということで個人的には好きなんです。
(おししくないわけではないです、念のため)

(7)イワナ寿司
十日町市(旧松代町)
これも清水で養殖したキレイなものです。イワナは元々清流のものですが。
シメル工程で「どぶろく」使ってます。お米も無農薬です。
イワナのサイズが揃わないと、お客様用にが出せないので、そういう意味でも結構レアです。

(8)山菜天ぷら
魚沼市(旧入広瀬村)
これは何の変哲もなく、どうしようかと思ったのですが、やはりエントリーせざるを得ません。
どこにでもある、というなかれ!「山菜共和国」の名前はダテではなさそうです。
作り手や出し方、時期などでも違うのでしょうが、餅は餅屋だと感心した思い出があります。

(9)黒米ちまき
十日町市
自家製の古代米(黒米、無農薬)を使った手作りのちまきです。
お米だけゆずってもらって家でオコワにしても十分楽しめます。
県外のメーカーに出して餅などをつくってもらってるところもありますが、やはり手作りというだけでも価値を感じます。
すごい山奥の小さな集落なんですが、地域づくりも特産づくりも一生懸命です。

(10)柿の天ぷら
上越市(旧板倉町)
第一印象はシイタケの天ぷらでした。でも何かが違う??
聞いてみるまで素材がわからなかった一品です。
これも定番ではないですが、好き嫌いはありそうです。(私は好き)


地域の人たちとお付き合いしていた日々、仕事とはいえ仕事ではないような感じで、とっても自然体でいられた日々。
懐かしいです。
最後は何か一人でノスタルジーに浸ってしまいました。

1週間(たった5回でしたが・・・)ありがとうございました。
どこかでお目にかかれることを楽しみにしています。

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2006年07月07日

新潟県新潟市 関田隆弘 5日目

ごめんなさい!不覚にも・・・金曜の午後から寝込んでました。
肺がくもっているらしいです。
みなさんも気を付けてくださいね!

ということで、もう後がつかえてますので、
まとめて最後の1回にさせていただきます。
依頼してくださった朝田さん、ホントにすみません・・・

最後は、新潟のレアものを紹介します。
私が地域政策課時代に出会った「これは・・・」という一品を、
私のモノサシで申し訳ないですが10点選んで紹介します。
順不同です。
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新潟県新潟市 関田隆弘 4日目

恐るべし、田舎の食文化!

2日目にUDがらみで少し書いた「非常食」に関してもう少し。
新潟大学で出した冊子では、「食」に関して弱者となってしまう
人たちのことを考えた「非常食」のあり方(加工方法など)に
とどまらず、その備蓄・供給のあり方にも言及しています。

「非常食」というのは、他の救援物資(毛布、使い捨てカイロ、
紙オムツなど)と一緒に、ある一定の場所に保管されていて、
それが被災地に運搬される仕組みになっています。
もちろん、そういう体制をとっておくことは大事なのですが、
やはり「食」に関しては、食べれればいいというものではなく、
避難生活が長引けば長引くほど健康面での配慮が必要ですし、
今回のように被災直後に2晩路上や車の中で過ごすようなことになると、やはり、家庭や地域での備蓄というものも必要なのだと指摘しています。
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2006年07月06日

新潟県新潟市 関田隆弘 3日目

新潟の食ブランドって??

みなさんは、新潟と聞いてイメージするものって何ですか?
米、水、酒、雪、拉致、地震・・・こんなとこですか。
先日、新潟のリサーチ会社が行ったアンケート結果が発表されました。
青森から福井までの日本海沿岸7県の中で、「住んでみたい県」「行ってみたい県」「その県の魅力(自由回答)」を問うものでした。
住んでみたい、行ってみたいが上位だったのは意外(県庁職員としての本音)だったのですが、もっと驚いたのが、その県の魅力として挙げられたもの。
食に関してはもちろん、おいしいお米だとか海産物といった回答は多かったのですが、何が驚きかって、他県の結果と比べて決定的だったのが、「固有名詞」が出てこないんです。
お米にしても、せいぜいコシヒカリ。「魚沼コシ」とか出てきません。

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2006年07月05日

新潟県新潟市 関田隆弘 2日目

今日のテーマは「食」とユニバーサルデザインです。

ユニバーサルデザイン(以下「UD」)ってご存じですか?
全ての人にとって使いやすいモノ・サービス・制度などをデザインすること、
というふうによく言われますが、これではバリアフリーと何が違うのか
わかりませんよね?
言葉がある以上何か意味があるハズですが、今のところUDのほうが
広い概念とだけ申し上げておきます。
今回は、「食」をUDで斬ってみることで、UD的な考え方に触れて
いただければと思います。
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2006年07月04日

新潟県新潟市 関田隆弘 1日目

はじめまして、こんにちは!

今回朝田さんにロックオンされました、新潟の関田と申します。
1週間よろしくお願いします。

前の職場になってしまうのですが、新潟県庁の地域政策課という
ところで仕事をしているときにLJにジャンクションされました。
きっかけは・・・もうスッカリ忘れてしまいました(失礼!)

こことのころ、日々あまり変化のない生活をしているものですから、
この1週間は、私が思ってること、みなさんに知っていただきたいこと
などなど、気分で書いていくことになりそうです。
仕事がらみのことも書きますが、あくまで関田個人のたわごとという
ことでお願いしますね!
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2006年07月03日

新潟県新潟市 関田隆弘 1日目

はじめまして、こんにちは!

今回朝田さんにロックオンされました、新潟の関田と申します。
1週間よろしくお願いします。

前の職場になってしまうのですが、新潟県庁の地域政策課という
ところで仕事をしているときにLJにジャンクションされました。
きっかけは・・・もうスッカリ忘れてしまいました(失礼!)

こことのころ、日々あまり変化のない生活をしているものですから、
この1週間は、私が思ってること、みなさんに知っていただきたいこと
などなど、気分で書いていくことになりそうです。
仕事がらみのことも書きますが、あくまで関田個人のたわごとという
ことでお願いしますね!

まずは今の仕事(震災復興支援課)の関係で、
中越地震って、まだやってるの!?

よく言われるんです。「もう終わったんじゃないの?」って。
遠くにいるとわかんないですよね。新潟市にいてもわからない。
でもみなさんに知ってほしいので、今どうなってるか、
簡単に紹介させてください。

地震から1年半たちました。11年前の阪神・淡路と同様の規模。
それほど話題にならないのは、被害者(特に死者)数と、
被害総額がケタ違いに少ないからだと思います。
考えてみればわかりますが、とんでもない過疎の山間地で、
人工の構造物もそんなにない場所ですから、数字や金額だけを
みれば何のことはないでしょう。

でも、中越地震が奪ったものは、お金には換算できない、
とてつもなく大切なものなのです。
LJ21に集っているみなさんならおわかりいただけると思います。
そう、地域で脈々と受け継がれてきた財産が、
都会のみなさんが、安全・安心・癒しなどをキーワードに、
物心両面で拠り所としてくださっている、その財産が、
一気に失われてしまったのです。
棚田ビューも、おいしいお米も、きれいな水も、
そして、それらを守り育ててきたコミュニティも、
一瞬にして・・・

例えば「山古志」。棚田や錦鯉が有名です。
集落が切り裂かれ、道路や棚田や養鯉池など生活の基盤が、
山とともに崩壊しました。
地域をはぐくんできた豊かな水も、暴君と化しました。
川がせきとめられ、行き場を失った水が学校を貫通し、
集落を水没させ、山古志だけで42個の天然ダムが生まれました。

全員が避難し、長岡市内で暮らしています。
全員といっても、たった2,000人です。
莫大な費用を投じて「形」を元通りにしたとしても、
そう簡単に失われたものは帰ってきません。
基盤を直すとともに、営みも回復していかなければならないのです。
たった2,000人といえども、この人たちの営みを全部回復・・・
というよりも、新たな営みをつくりだす、それは簡単にはいきません。
復旧工事にしても、「下」から順番にしかできません。
川を治め、生活道路をつくりなおし、作業道(農道など)を切って、
それからやっと山奥の田んぼです。棚田です。
田んぼの4割は来春の作付けも無理らしいです。
その棚田も、せっかく直しても(直せたとして)、維持していけるのか?
みなさんに恩返しできるのは、まだまだ先になりそうです。

でもでも、山古志の人たちは、ムラへ帰ろうと必死なんです。
帰るということは、そこで生業をたてるということを意味します。
地震前にも増して全国のみなさんの応援が必要です。
現地はまだ関係者しか入れない状態が続いていますが、
ムラでの生活が始まったら、ぜひ訪れていただきたいと思います。

「食」関係では、「やまこし道楽村」という会社ができました。
長岡市内の仮設住宅に居ながら、視察団の現地案内と
食事(田舎料理)の提供をしています。

このエネルギー、元気づけられますよね!


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2006年05月14日

新潟県岩船郡朝日村大字高根 鈴木信之 7日目

最終日となりました。

今日はどぶろく用の酒米高嶺錦の田植えをしました、田植えは30分くらいで終わりましたが、去年まで減反していた田んぼのためクロ付けや排水の整備非常に大変でした、一度荒らした農地はなかなか元に戻すのは大変なことを感じました、しかし、この中山間地では、これからじわじわと耕作されない田んぼが増えてくるようです。

田んぼの仕事は大変でしたが精神的には非常に解放されます、それより、言うことの聞かない、パソコンの前での仕事は精神的に本当に疲れますね。(よくわからないもので)

最後になりましたが、フロンティアクラブについてのお話しで締めたいと思います。
平成8年6月に、高根を愛する仲間が集い、楽しく暮らせる高根を作ろうということで、30代〜50代の40数名が集まって作った団体です。集落を知ろうから始まり、遊休農地の開墾、ひまわり畑の整備、イベント開催を重ねながら他地域との交流をし、ワークショップの開催、研修会、講演会の開催などを繰り返し廃校の利用計画をし、実際の食堂を開店し、それに伴いどぶろくの製造を開始しました。

あれこれ、事業を展開させてきましたが、早10年が経ちました。今までの事業を振り返り今後の方向性を見直す時期でもあります。記念誌作りも予定してます。この情熱を長〜く持ち続け、地道に継続してゆく事業、また新たなことにも挑戦してゆきたいと思います。是非、高根の遊びに来て下さい。学校の校庭につくった石窯でピザを焼いて、一緒に乾杯しましょう。

一週間誤字脱字とひどい文章にお付き合いくださいましたありがとうございました。
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2006年05月13日

新潟県岩船郡朝日村大字高根 鈴木信之 5,6日目

昨日はフロンティアクラブ総会でその後懇親会でおそくなりお休みしました。
おとといはIRORI会議の勢いでわがパートナーにIRORI報告をしてもらいました。(送信の関係で今日になったみたいです。)
今日は親戚の結婚式で朝7時にでかけ帰ってきてフロンティアのことを記書きましたが、送信がうまくいかずどこかに消えてしまいがっくりきて今日は気力がわきませんのでこれにて終わります。
鈴木
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2006年05月12日

新潟県岩船郡朝日村 鈴木信之 4日目

こんばんわ、疲れ気味の信之に代わりパートナー初登場です。
さっき書いたのにサーバー混雑していてあとで送信なんてことしてるうちに、消えてしまってがっかりです。どこへいったんでしょう私のコメント、ガックリです。
気を取り直し、再度トライです。

山のおいしさ学校食堂IRORIの紹介をします。少子化か合理化かよくわかりませんが、全国廃校ブームです。高根小学校もご多分に漏れず、123年の歴史に幕を下ろし、2000年3月閉校になりました。子供たちは10キロ離れた小学校までバス通学になりました。

1年2年と経つうちに、汚れた危険校舎となり、取り壊されるまでただそこにあるだけです。心のよりどころとして何とか残したい、活用する方法はないものか、と検討を重ね、2003年10月、食堂IRORIとして再生することができました。ここにいたる過程は、かなり苦労がありました。こんな山の中に食堂を作って、誰が来る?サルならいっぱいいるけど、とか、ろくな料理も出せないでお金をもらっていいものか、改修のお金はどうするか等など、できない理由は山ほど出ました。

なかなか話が前に進まない。こんな私たちの背中を押してくれたのは結城登美雄先生でした。たくさんの助言や事例を示し、私たちに勇気を下さいました。集落の多くの人たちの協力があって学校が食堂になりました。


教務室は食堂、校長室はそば打ち場、調理室は厨房に改修し、学校のイメージを残し黒板や椅子はそのまま使っています。料理は、新鮮な山菜、野菜を使った田舎料理、栽培したそばを石臼で挽き、手打ちそばとして、岩魚の塩焼き・燻製など、どれも手作りです。

スタッフは25人くらいで、主婦、働いてる女性や男性が兼業で関わっています。バイトの高校生もいます。料理係り2名、そば打ち係り1名、そばゆで・岩魚係り1名で交代でしています。営業日は、土日祝日で、11時30分開店、ラストオーダー2時30分です。平日でも10人以上で予約制で承っています。



廊下は直売場でもあり、山菜を採って持ってくるおじいちゃん、冬仕事に草履を編んだり、お手玉を縫ったお婆ちゃんのモノなどが売られています。お年寄りにはずーと元気でいて欲しい。毎日、家族のために食事を作り続けている主婦は、たまに学校に出て気分転換して、好きなこといいながら料理して、おいしいとほめられ、おまけにお小遣いがもらえる、こんないいことはない、と話しています。



山のおいしさをお客様に提供し、集落の人たちの技や力が学校に集まってみんなが元気になる。これがこの学校のコンセプトと思います。まだ、経営的な視点が欠けるせいか、収益はトントンから少しマイナスです。無駄が多いのかな?素人集団です。いまだにお金をもらうことにどこか抵抗を感じている。予想を下回るお客さんに余った料理は持ち帰り、今晩のおかずになることもしばしば・・・どなたかアドバイスお願いします。しかし、学校を通じて人と人との交流が始まりました。お金にならない部分のもっと付加価値のあるものも大切にしたいと考えています。



写真を載せたかったのですが、重くて遅いので割愛します。食堂IRORIで検索していただくと、学校が食堂に変わるまでの軌跡をご覧いただけます。
夫はすやすや眠っています。明日は登場できると思いますので、よろしくお願いいたします。

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新潟県岩船郡朝日村大字高根 鈴木信之 4日目

こんばんわ、疲れ気味の信之に代わりパートナー初登場です。
さっき書いたのにサーバー混雑していてあとで送信なんてことしてるうちに、消えてしまってがっかりです。どこへいったんでしょう私のコメント、ガックリです。
気を取り直し、再度トライです。

山のおいしさ学校食堂IRORIの紹介をします。少子化か合理化かよくわかりませんが、全国廃校ブームです。高根小学校もご多分に漏れず、123年の歴史に幕を下ろし、2000年3月閉校になりました。子供たちは10キロ離れた小学校までバス通学になりました。

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1年2年と経つうちに、汚れた危険校舎となり、取り壊されるまでただそこにあるだけです。心のよりどころとして何とか残したい、活用する方法はないものか、と検討を重ね、2003年10月、食堂IRORIとして再生することができました。ここにいたる過程は、かなり苦労がありました。こんな山の中に食堂を作って、誰が来る?サルならいっぱいいるけど、とか、ろくな料理も出せないでお金をもらっていいものか、改修のお金はどうするか等など、できない理由は山ほど出ました。

なかなか話が前に進まない。こんな私たちの背中を押してくれたのは結城登美雄先生でした。たくさんの助言や事例を示し、私たちに勇気を下さいました。集落の多くの人たちの協力があって学校が食堂になりました。
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2006年05月10日

新潟県岩船郡朝日村大字高根 鈴木信之 3日目

どぶろく仕込みを終えて家に帰ってきたばかりなので新鮮な話の方がいいと思いまして、3日目フロンティアクラブの10年にしようと思いましたが、予定変更でどぶろくの話にします。

昨年の3月に朝日村が構造改革特区の認定を受け、どぶろく製造ができるようになりました。今までであれば6キロリットル以上生産しなければ酒製造免許が取れなかったわけでいたが、特区認定により瓶1個でも製造免許が取れるようになったわけです。

 ただそれには2つの要件があり、食堂又は宿泊施設を経営してなければいけないことと、農業を経営してなければいけないということでした、その要件に私がちょうど当てはまり製造免許申請をしました、大そうな書類を付け税務署に5月に申請し何回かの聞き取りをされ製造免許を与えるにふさわしいか(?)審査され8月11日免許をもらうことができました。まじめな生活していることが証明されたようです。

そして、第1回目の仕込みが10月26日に行われました、そして繰り返すこと今日の仕込みで22回行いました。

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新潟県岩船郡朝日村大字高根 鈴木信之 2日目

2日目最初のお知らせは、本日は私の45回目の誕生日です。記事を作成後は家族(祖母、母、妻、長女長男、次女の7人家族です)での誕生会です。適当に記事を書き、誕生会をしたいと思いますのでよろしく(笑い)

 高根の今日は、25度と初夏を思わせる暑さでした。
 そのため山が急に目覚め、新緑がピカピカ光りまぶしい状況です。みどり、黄緑、赤と私はこの季節は秋の紅葉よりきれいだと思います。

今日は天気がよかったので、どこの家の庭先でも、ぜんまい干しが盛んに行われています。生ぜんまい10kgが干しあがると1Kgになります。今はぜんまいがたくさん栽培され山から折ってくる物は少なくなっています。
私も30才代は2時間以上、山を歩き50sのぜんまいを折り、またそれを担いで2時間近くかけ下ってきていましたが、5,6年前から行かなくなっています、そして肥満になりました(笑い)。

 また、今は田植え準備が大忙しの日々です、私は日中は、サラリーマンですので今日も仕事を終えてから7時近くまで田んぼの代かきをしてきました。来週からは高根も田植えがはじまってきます、田んぼに水が張られ水面がきらきらひかり、苗が植えられ2週間もすると田んぼ全体がみどりのじゅうたんに変わります。
これからが、高根の一番いい季節です。

今日は高根フロンテアクラブの十年を書こうと思いましたが、明日にします、明日またよろしく。
鈴木
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2006年05月09日

新潟県岩船郡朝日村 鈴木信之 2日目

2日目最初のお知らせは、本日は私の45回目の誕生日です。記事を作成後は家族(祖母、母、妻、長女長男、次女の7人家族です)での誕生会です。適当に記事を書き、誕生会をしたいと思いますのでよろしく(笑い)
 高根の今日は、25度と初夏を思わせる暑さでした。
 そのため山が急に目覚め、新緑がピカピカ光りまぶしい状況です。みどり、黄緑、赤と私はこの季節は秋の紅葉よりきれいだと思います。
今日は天気がよかったので、どこの家の庭先でも、ぜんまい干しが盛んに行われています。生ぜんまい10kgが干しあがると1Kgになります。今はぜんまいがたくさん栽培され山から折ってくる物は少なくなっています。
私も30才代は2時間以上、山を歩き50sのぜんまいを折り、またそれを担いで2時間近くかけ下ってきていましたが、5,6年前から行かなくなっています、そして肥満になりました(笑い)。
 また、今は田植え準備が大忙しの日々です、私は日中は、サラリーマンですので今日も仕事を終えてから7時近くまで田んぼの代かきをしてきました。来週からは高根も田植えがはじまってきます、田んぼに水が張られ水面がきらきらひかり、苗が植えられ2週間もすると田んぼ全体がみどりのじゅうたんに変わります。
これからが、高根の一番いい季節です。
今日は高根フロンテアクラブの十年を書こうと思いましたが、明日にします、明日またよろしく。
鈴木
 


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2006年05月08日

新潟県岩船郡朝日村大字高根 鈴木信之 1日目

初日から遅れました。会議があり、今帰って来て文章を考えています。
はじめまして、高根フロンティアクラブの鈴木信之と言います、今週1週間よろしくお願いします。
今日は、高根を知っている方は少ないと思いますので、少し紹介いたします。

新潟県の北のはずれの朝日村の中にある180戸、人口800名余り暮し、四方を山に囲まれた自然豊な環境にあり春は山菜採り、夏は渓流釣り、秋はきのこ狩りで賑わい、冬は雪にすっぽり覆われ(積雪1.5〜2.0M)、春の雪解け水を貯え静かな山村にかわります。

主な産業は、古くは林業でしたが、現在は近隣市町村で働く若者がほとんどで、農業林業は50〜60代がやっているのが現状です。
特産物としては、高根の雑排水の一滴も入らないコシヒカリ、天蓋高原の大根、アスパラなどの高原野菜、そして一番は豊富な山菜です。

交通手段は、公共交通としては新潟交通のバスが1日5往復だけです。
インターネット事情もアナログ回線のため写真を送ることができませんので下手な文章で想像ください。

明日からは、高根フロンティアの軌跡やら廃校を利用した食堂、どぶろく製造などを紹介していきたいと思いますのでよろしくお願いします。
posted by LJ21 at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 新潟県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新潟県岩船郡朝日村大字高根 鈴木信之 1日目

初日から遅れました。会議があり、今帰って来て文章を考えています。
はじめまして、高根フロンティアクラブの鈴木信之と言います、今週1週間よろしくお願いします。
今日は、高根を知っている方は少ないと思いますので、少し紹介いたします。
新潟県の北のはずれの朝日村の中にある180戸、人口800名余り暮し、四方を山に囲まれた自然豊な環境にあり春は山菜採り、夏は渓流釣り、秋はきのこ狩りで賑わい、冬は雪にすっぽり覆われ(積雪1.5〜2.0M)、春の雪解け水を貯え静かな山村にかわります。
主な産業は、古くは林業でしたが、現在は近隣市町村で働く若者がほとんどで、農業林業は50〜60代がやっているのが現状です。
特産物としては、高根の雑排水の一滴も入らないコシヒカリ、天蓋高原の大根、アスパラなどの高原野菜、そして一番は豊富な山菜です。
交通手段は、公共交通としては新潟交通のバスが1日5往復だけです。
インターネット事情もアナログ回線のため写真を送ることができませんので下手な文章で想像ください。
明日からは、高根フロンティアの軌跡やら廃校を利用した食堂、どぶろく製造などを紹介していきたいと思いますのでよろしくお願いします。

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2006年05月03日

東京都 三橋彩子 3日目

フリーのグラフィックデザイナーとなって放牧活動にも参加していくなかで、いろいろな人との出会いがありました。日本山村会議の実行委員として初対面したLJ21の朝田さんは、放牧の活動に共感してくれた方のひとりです。
 2004、2005年のニッポン食育フェアではLJ21ブースのディスプレイをやらせていただきました。私自身は、主に地域の観光マップの制作を担当させてもらいました。
 岩手県大船渡市盛町マップは資料を素材とした制作でしたが、群馬県片品村越本地区、岩手県水沢町、室根村マップの制作では現地取材の同行もさせていただきました。
 デザイナーを現地取材にも伴わせるのって、とても難しいことだと思うのですが、わたしたち放牧舎の活動姿勢を理解してくれ何とかやりくりをしてくれました、感謝です!

 明日は観光マップ制作のための現地取材について書きましょう。

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2005年11月19日

11月19日(土) 新潟県新潟市 「福島潟の漁」 小松隆宏 六日目

川舟  新潟は「水の都」です。大河「阿賀野川」と「信濃川」が日本海に流れ込む越後平野に位置し、かつては新潟市の市街地には堀がめぐり、周辺の村々へも舟を使って行き来できるようになっていました。もちろん福島潟の周りも水郷地帯で、水郷の乗り物として川舟が利用されていました。川舟は水深が浅いところにも漕ぎいれることができ、エンジンつきの舟と違って音も静かなので、自然への影響が少ない乗り物です。福島潟では自然保護のために、多くの人に関わっていただきたいと思っていますが、福島潟のオオヒシクイは警戒心が強い鳥で、やみくもに福島潟に舟が入るようになると、オオヒシクイ保護に影響がでる怖れがあります。舟から見る福島潟は、また違った趣があり、水の駅「ビュー福島潟」では、オオヒシクイがいない時期に、地元の知恵「川舟」を使った自然観察の方法を検討しています。


ヨウモツ小屋 福島潟を眺めると水面に、変わった小屋をご覧いただけます。この小屋は、「ヨウモツ小屋」といいます。ヨウモツ小屋は現在使われていませんが、展示用として地元の方に作っていただきました。昔は、この小屋まで川舟で行き、小屋の中で魚がくるのを待ち、群れてきた魚を網で捕っていたそうです。当時は、季節により潟で捕れる魚も異なり、時期により渡り鳥のように川を上っていく魚群、下る魚群がいたそうです


潟の漁 川舟を使った漁は、地元の方々が行っています。写真は刺し網漁に向かう地元の長谷川哲夫さんです。刺し網でフナやコイが捕れます。潟に網を張り、網の周辺にいる魚を追い込んで捕らえます。追い込み方は川舟の縁を、写真の右手で握っている木の小片で「タンタン、タンタン」と叩いて、水中の魚を驚かせて追い込みます。


フナ 福島潟には、「ヘラブナ」「ギンブナ」「キンブナ」と呼ばれるフナが捕れます。(研究者によると「キンブナはいない」という話も聞いているので分類学上にはまだ、明らかになっていないこともあるようです。)3種類のフナを比べると体型が違い、味も違います。福島潟のヒシも図鑑に書いてある種類よりも、地元の人は多く区別しています。研究も大切ですが、同時に地元の方々の、経験に基づいた分類も大切な福島潟を知るための情報だと実感します。写真は、ギンブナです。


環境と人間のふれあい館 ギンブナの写真は、水の駅「ビュー福島潟」の隣にある新潟県立環境と人間のふれあい館http://www6.ocn.ne.jp/~fure-i/で撮影させていただきました。無料の施設で、水について総合的に学べる施設です。福島潟にいる魚の展示も行っていますので、水の駅「ビュー福島潟」とあわせてご覧いただければと思います。


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2005年11月18日

11月18日 (金) 新潟県新潟市 福島潟の祭り「自然文化祭」 小松隆宏 五日目

福島潟自然文化祭実行委員会 写真は、福島潟自然文化祭実行委員会のメンバーで、ボランティア200名の代表をしています。福島潟自然文化祭は、地元の方々と水の駅「ビュー福島潟」が一体となって企画運営をしている福島潟で一番盛大なイベントです。今年は9000人の来場者に楽しんでいただきました。


食のシンポジウム 毎年「福島潟自然文化祭」を行っていますが、今年は「潟の食文化を考える」シンポジウムを開催しました。新潟市にある福島潟、佐潟、鳥屋野潟という「潟(かた)」と呼ばれる湿地には、水辺で培われてきた食文化があります。それぞれの潟端で暮らしてきた人に熱く語っていただき、食と農の応援団朝田くに子先生にコーディネートしていただきました。福島潟、佐潟、鳥屋野潟で暮らしてきた地元の方から、身にしょんだ(身にしみるくらい)潟に触れ、食を保ってきた潟端の食についてお話を伺い、郷土食の試食も行われました。潟の食文化の話を受けて朝田先生から「素材の味や手料理の美味しさをわかり、心のこもったものの意義をいかに伝えるか。」「かつては何を食べるか。今は何を選択するか、何がどう変化するかを考える事がテーマであり、大事な視点である」とまとめていただき、今後の潟の食について考えるシンポジウムとなりました。


オニバスを食べる 福島潟は、葉の直径が2mにもなる日本最大の水草「オニバス」の北限の自生地です。地元ではドンバスと呼び、太い茎の棘をとって味噌汁の具などに用いられて食べられていました。福島潟自然文化祭ではこのオニバスが入った「潟鍋」をボランティアの皆さんが作ってくれます。オニバスは、フキやズイキのような食感があります。




潟の楽校(かたのがっこう) 福島潟自然学習園で13の体験イベントも実施しました。ザリガニ釣りや川舟こぎ、鳥凧あげなど、多彩なイベントが行われました。



雁迎灯(かんげいび) 夜は、4000本のろうそくによる雁迎灯を灯した中での篠笛コンサートを開催しました。福島潟公園にろうそくによる雁の形が浮かび上がる幻想的な雰囲気の中、潟を渡る篠笛の音を楽しみました。来年も9月23日に開催します。是非、遊びにきてください。



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2005年11月15日

新潟県新潟市 初雁(はつかり) 小松隆宏 二日目

水の駅「ビュー福島潟」:私の勤務先の水の駅「ビュー福島潟」です。新潟県最大の潟湖の情報発信施設で福島潟の「おいたち」「オニバス」「オオヒシクイ」などの展示があります。屋上からは野鳥の楽園、植物の宝庫として知られている福島潟のパノラマ風景をご覧いただけます。新潟駅からは、JR白新線に乗り換えて20分の豊栄駅からタクシーで5分の場所にあります。


初雁:さて、タイトルの初雁ですが、皆様は雁(ガン、カリとも呼ばれる。)という鳥をご存知でしょうか。大型の渡り鳥で昔は全国に飛来していましたが、現在では絶滅のおそれがある鳥となっています。福島潟は雁の中で日本一大きいオオヒシクイの国内最大の越冬地で5000羽以上のオオヒシクイが訪れます。オオヒシクイは日本の天然記念物にもなっています。秋一番に渡ってくる雁を「初雁」といい古くから愛でられていました。写真のオオヒシクイは9月27日に渡ってきた初雁です。


コハクチョウの散歩:初めて福島潟を訪れる人は田んぼを普通に歩いているコハクチョウも驚かれると思います。


写真家 清水重蔵さん:次の写真は写真家の清水重蔵氏。福島潟のほど近く法花鳥屋に生まれ育ち、写真をとり続けて・・・年。一写真家であり続けたいという本人の願いをよそに、周りの友だちと郷土愛に燃える性格が災い?して、水の駅「ビュー福島潟」の館長をしています。


写真展:平成17年10月28日(金)〜11月3日(祝)まで銀座の富士フォトサロンで個展「竹くらべ」が開催されました。http://www.fujifilm.co.jp/photosalon/0510t.html#shimizu


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2005年11月14日

新潟県新潟市 福島潟から 小松隆宏 一日目

はじめまして。新潟市役所 自然指導員の小松隆宏です。水の駅「ビュー福島潟」に勤務しています。ローカルジャンクション21の朝田くに子さんに今年の9月23日に福島潟で開催された福島潟自然文化祭のコーディネーターとしておこしいただきました縁で「今週の私」コーナーに投稿させていただくことになりました。つたない文章ですが福島潟は素晴らしい所です。福島潟の自然と人をできるだけ紹介していきたいと思いますので1週間おじゃまいたします。(福島潟の皆様にも助けてもらうつもりです。)
福島潟:まずは福島潟の屋上からの景色をご覧ください。福島潟は193haあります。福島潟では220種類以上の野鳥、450種類以上の植物が確認され日本の自然100選などにえらばれています。
 ホームページもありますのでご覧になってみてください。http://www.pavc.ne.jp/~hishikui/


福島潟のヨシ:今日は福島潟に一番多い植物ヨシについて紹介します。屋上からの景色で茶色に見えるところはヨシが生えています。ヨシはアシとも呼ばれていますが、アシが「悪し」につながることから、アシを呼ばれるようになりました。始め良ければ・・・とゲンをかついで、ヨシの話からスタートします。
屋根の葺き替え:今日は福島潟の情報発信施設水の駅「ビュー福島潟」の休館日ですが、ヨシ葺き屋根の休憩施設「潟来亭(かたらいてい)」では屋根の葺き替えが行われています。今ではヨシ葺き職人が少なくなってしまいましたが、がんばってもらっています。



ヨシあし和紙:福島潟に生えるヨシを使った紙「ヨシあし和紙」作りに取り組むヨシあし和紙の会の皆さんも活動していました。ヨシには水を浄化する力がありますが、そのためにはヨシを使いながら管理する必要があります。ヨシあし和紙の会では、紙作りに用いながら、環境教育などに役立てるためにがんばっています。


雁晴れ:この福島潟で作られたヨシあし和紙をラベルに使ったお酒「雁晴れ」は福島潟の特産品。自分へのご褒美、仲間への激励に、是非お使いください。
鰍ワちづくり豊栄 観光協会とよさか21事務局http://www.toyosaka21.com/


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2005年06月12日

新潟県十日町市 鈴木邦俊 7日目

1週間のおつき合い大変ありがとうございました。いよいよ今日で私の担当も最後となりました。自己紹介が最後になりましたが、私は現在第三セクター株式会社なかさとで、旧中里村が設置した観光施設の管理運営に当たっています。ここ1〜2年間の地域の最大の課題は、やはり市町村合併にあったような気がします。当地の合併は圏域内のひとつの町が自立の道を選択しましたので、十日町市、川西町、松代町、松之山町、中里村の5市町村によるものとなりました。やっと合併という大きなハードルを越えることが出来た状態ですので、合併後を見据えた本当の地域づくりはこれからスタートすることになるのでしょうが、そのスタートを順調に切ることが出来るかどうかが、今を生きる私たちに課せられた課題となるように思います。


旧中里村は、人口6400人、集落数42集落でした。新しくできた十日町市は、約10倍の人口の64000人となりました。区域はかなり広くなりましたので、住民同士が集落名を聞いて、何処のどんなところにあるのかをお互いにイメージできるようになるにはもう少し時間がかかりそうです。そうした点では、地域内交流もしっかりやっていく必要があるのかもしれません。
今日の写真は、1点目がアートトリエンナーレ「大地の芸術祭」の作品です。作者はフィンランドのカサグアンデ&リンターラ建築事務所です。大地の芸術祭は来年三回目が開催されます。当初計画では3回開催が計画されていたところですので、これから来年にかけての取組が正念場となりそうです。存否両論でスタートした同芸術祭ですが、いよいよ最終回となり、真価が問われることになりそうです。



二点目は新潟県環境保全地域に指定されている小松原湿原です。高層湿原で多くの池塘も点在しています。中里地域にも優れた自然環境が数多くありますが、なかなかそれを活用できていないように思います。三点目が冬の最大のイベントである「雪原カーニバル」の雪原へのキャンドル30000本設置風景です。冬の時代の克雪・利雪イベントとして創設され、地域住民のボランティア参加で支えられてきたイベントであったと思います。地域づくりという点から考えると、当地にとってはいろいろな問題が見えてくる3枚の写真ではないかと思っています。
それでは1週間大変ありがとうございました。当地にお越しの際はお声掛けください。



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2005年06月11日

新潟県十日町市 鈴木邦俊 6日目

旧中魚沼郡中里村の関係では、二箇所で水力発電のための取水が行われています。第1のケースは旧国鉄時代につくられた信濃川発電所で、現在JR東日本さんが管理しています。JRさん所有の水力発電所としては国内唯一のものだと聞いています。ここでは信濃川の宮中取水ダムで取水をし、これを下流の小千谷までトンネルで送水して発電しています。ここで発電した電力で東京の山手線の電車を運行するのに必要な電力の80%が供給されているとのことですが、小千谷市にある発電設備に先の中越地震で被害があり、現在発電は休止状態になっているようです。取水後の信濃川が大河の面影も無いように枯れた状態になっていることから、周辺環境に与える影響も大きいとして信濃川をよみがえらせるための論議がされています。


第2のケースは東京電力さんが清津川で取水して発電を行っている東京電力清津川発電事業です。ここの発電では、湯沢発電所で発電をした後の水が、水系の異なる南魚沼郡の魚野川に放流されています。ここでは発電のために使用された水が清津川に戻されること無く水系の違う魚野川に流されるために、清津川に慢性的な水不足が生じ、環境破壊につながることが問題となっています。このケースでは平成17年の秋が水利権更新時期となっているために、旧中里村では更新反対をこれまで表明してきていたのですが、この先どのような決着となるのか地元住民は注目しています。


また、中里は送電線銀座となっています。原子力100万ボルト送電線が1ルート、同50万ボルト送電線が1ルート、そして通常タイプも走っています。景観から言えば、この送電線の存在は非常に問題ありというところなのでしょうが、「東京のしょも電気がいらんだんがしょうがねべ」というのが地域の声というところでしょうか。ただこれからの地域づくりには、景観対策が大きなテーマになっていることを考えると、この巨大な送電線の存在をどのように考えたらいいのか、仲間との論議のたびに「?ハテナマーク」が飛び交っています。今日のphotoは、1点目がJR宮中取水ダム、2点目が第2のケースの下流にある清津峡渓谷、3点目が送電線概観です。いよいよ明日で最終回となります。


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2005年06月10日

新潟県十日町市 鈴木邦俊 5日目

昨日の夜、蛍マップ作成の打合せ会がありました。中里のあちらこちらにも蛍が生息しており、時期になると小さな鑑賞会も行われているのですが、地域内全域のしっかりしたマップが作成されていないために、「せっかくだから作っておこうや」「全面公開するかどうかは別途検討することでいいんじゃないの」ということになり、今回有志が集まりました。
中里には「信濃川」「清津川」「釜川」「七川」の一級河川と数多くの二級河川がありますので、それに注ぎ込む小川や水路も数多くあります。ただ、ご多分に漏れずコンクリート三面張りの水路が多くなりましたので、蛍生息には不可欠とされているタニシやカワニナが住みにくくなっているようです。



今年はいつもの年より少し遅れているみたいなので、蛍を観察できるのはもう少し立ってからのようです。班編成を決めて、エリアごとにそれぞれの班が担当することになりました。デジカメとDVで撮影にも挑戦したいと思っていますが、どの写真も同じように見えてしまって、何処でとったかわからなくなるのではないかとやや不安のところです。
話し合いの中で、こんな会話がありました。
「○○メーカーの50ccのバイクのウィンカーを点滅させるのが、一番蛍が反応して光ってくれるって話聞いたことがあるんだけど本当?」
「あ、それって俺も聞いたことがあるよ」
「それ、本当らしいけど、蛍に強い光に反応させることで、蛍がすっかり弱ってしまうらしいよ」
「蛍が発する光は求愛行動でもあるのだから、他に強い光を見ると恋が成立しなくなってしまうんじゃないの」
保健センターの一角でそんな蛍談義がしばらく続きました。



便利さと自然環境との調和は、これからの大きな地域課題ですが、自然環境を大切にと口で言うのは簡単ですが、具体的に実行していくということになると、毎日の生活の中ではついつい便利さに流されてしまうことが多いので、結構大変なことだなと痛感している昨今です。今日の写真は1点目が清津川の桔梗原周辺、2点目が清津川清津大橋周辺、3点目が清津川倉俣周辺です。
明日は中里地域の抱える水問題です。



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2005年06月09日

新潟県十日町市 鈴木邦俊 4日目

今日掲載した写真は、各集落の秋祭りの写真です。中里には現在42集落があるのですが、これらの集落の秋祭りがお盆過ぎから次々と行われます。10年位前までは、同じ日にあることはほとんどありませんでしたので、毎日どこかの集落で祭りが行われているという状態だったのですが、ここ数年は同じ週末に行われることが多くなりました。当然ながら、行ったり来たりお呼ばれしあうことも少なくなってきているようです。これからご紹介する「からす踊り」は当地に伝わる郷土芸能です。各地域が元気の頃は、お祭りでは必ず踊られました。踊り方は丸く輪になって、その中の一人が音頭とりとして謡いますと、残りのものがそれを返していくという踊り方をします。手足の動作はいたって簡単ですが、この踊りの楽しみは音頭とりが歌う言葉にあったようです。こんな感じで唄います。


・ハアーはじまりました カラス踊りがひょこひょこと(音頭取りが謡う部分)
「ひょこひょこと カラス踊りがひょこひょこと」(「」は踊り子全員で返す部分)
・ハアーこの町の若い衆 カラス踊りを知らないか
「知らないか カラス踊りを知らないか」
・ハアー知らなきゃおせる 両手たたいて地を踏んで
「地を踏んで 両手たたいて地を踏んで」
・ハー踊りの中に 立ててよいのが雪洞だ
「雪洞だ 立ててよいのが雪洞だ」(以下返し方は上記同様ですがここでは省略します。)
・ハアー雪洞よりも たててよいのが酒樽だ
・ハアー酒樽よりも 立ててよいのが十七だ
・ハアー十七連れて 行こか野沢の温泉へ
・ハアー温泉場の二階で 十七お酌で飲んでみたい
・ハアー飲むのは良いが 後の勘定は誰がする
・ハアー誰にもさせぬ あとの勘定は俺がする



ちょっと長くなりましたが、こんなうたい文句が延々と続きます。伝えられているのが、80〜100節くらいあるようです。ちょっとした物語風になっていて、自作OKだったようです。音頭取りが駄目になるとこんな言葉で次の音頭取りにつなぎます。
・ハアー音頭取りゃ駄目だー 情けある方お頼みだ
新しく音頭取りをやる人がこんな言葉で引き継ぎます。
・ハアー頼みとあらばー 俺とかけましょ何処までも

しんしんと夜が更けるまで、若者たちの数少ない娯楽として踊られたようですが、今では多くの神社境内で、この歌声を聴くことができなくなりました。
明日は蛍マップ作成のお話です


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2005年06月08日

新潟県十日町市 鈴木邦俊 3日目

合併をして早2ヶ月、新市の体制もようやくはっきりしてきたようです。地域自治組織のあり方が合併後の周辺地域の趨勢を決するといわれていましたので、行政と民間協働で、中里地域の自治組織のあり方について模索しています。新市全体としては旧市町村ごとに地域協議会を設置し、新市計画の中の地域建設計画等について論議する段取りとなっています。中里地域ではこれと並行する形で、住民主体の学習・研究・実践の場をつくるための準備が進められています。


今年度は初年度でもあるので、これをまちづくり講座という形で進めていくことが検討されています。行政と地域協議会と住民主体の組織が一体となって地域づくりを進めていこうとしているのですが、どのような形で進めていったらよいのか具体的なことになると暗中模索の状態です。講演と地元学と事例研究の三本柱で進めたいとしています。皆さん方の取組事例を教えていただきたいものだと思っています。


このことについてご指導いただきたいと五月下旬、朝田代表、浦嶋事務局長、渋澤理事に当地にお越しいただきました。地域をさっと見ていただいて、お昼におそばを食べてもらって、役場で打合せをさせてもらったのですが、何をどう具体的にお願いしたらよいかもわからないままの打合せ会でしたのでいろいろとご迷惑をかけたのではないかと思っています。しかし地域の中のパワーだけで、地域のこれからの方向を見出していくことは不可能なようにも感じますので、皆さん方の力をお貸しいただきたいと切に切に願っているところです。明日は郷土芸能の「カラス踊り」についてです。


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2005年06月07日

新潟県十日町市 鈴木邦俊 2日目

中里には21体の道祖神があることが確認されています。道祖神とは、昔村々を疫病や悪霊から守るために、村のはずれの路傍に立てられた石像の神様です。その後の道路改良や区画整理事業などで、今では神社の境内に安置されているものも多くなっています。


道祖神(どうそじん)の本流は、男性と女性の二体が刻まれている双体道祖神と言われていますが、男性や女性のシンボルそのものをかたどった石柱のものもあります。二体仲良く並んでいるもの、手をつないでいるもの、その手が交互に相手方に延びているものとその形は様々です。この形からして、単に悪霊や病気を追い払うだけでなしに、安産や子供の守り神ともされていたようです。少子化や子供が多難な現代社会を見ると、子供を守ることができる、今の社会に適合した双体道祖神が必要なのかとも考えます。


双体道祖神はみんな少しずつ違います。ということは、画一的につくられたものでなく、いろいろな作者が自由に制作していたことが創造されます。そして長い年月それが集落、地域の中で残されてきました。学ぶべきは、そんな自分たちの地域は自分たちで守るという、地域社会の持っていた健全な息づかいなのかもしれません。
長い年月で、石の肌はかなり風化してきているものの、形がやっと伺い知れる程度のものから保存状態がまだ良好なものまで様々な状態にあり、まだまだ充分存在感を発揮してくれているようですが、受け手の人間の心の方にそれを受けとめる余裕がなくなりつつあるようにも感じます。明日は合併後の地域自治組織の現状報告です。



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2005年06月06日

新潟県十日町市 鈴木邦俊 1日目

みなさんこんにちは。新潟県十日町市の鈴木邦俊です。この3月までは中魚沼郡中里村だったのですが、市町村合併で十日町市となりました。ということで、生活の基盤はまだまだどっぷりと旧中里村の中にありますので、今週の私の舞台もその中に限定されてしまうことになりそうですがご理解を。
私の住んでいる地域は、新潟県の南端にあります。この地域の特徴としては、日本有数の豪雪地、日本有数の河岸段丘地、日本一おいしい魚沼コシヒカリ生産地、日本有数の着物産地等が挙げられます。



そんな自然環境が影響して、この地域の住宅新築は克雪住宅といわれるタイプが主流になってきています。克雪住宅には大きく分けて、融雪式、落雪式、耐雪式の三つがあります。専門的にはもう少し違った分類もあるのかもしれませんが、住民の中ではこんな区分の仕方が一般的です。融雪式は屋根に熱源を設置して、屋根の上で降った雪を融かすタイプです。落雪式は屋根勾配を急にして、そのまま屋根から滑り落ちさせるタイプです。当地域には、このタイプが一番多いようです。耐雪式は荷重に強い建物にして、そのまま雪を積もらせておくタイプです。これらに共通する仕様として建物の基礎部分を高くする高床タイプといわれる家が大変多くなっています。このタイプの家の普及で、家の中が冬でも明るくなったのですが、反面縁側でお茶を一杯などという風情がなくなってきているようにも感じます。19年ぶりの今年の豪雪ではこれだけ高床にしていても、落下した屋根の雪が軒下まで届きそうになりました。明日は道祖神についてお話します。


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2005年05月29日

新潟県上越市 NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部 中川幹太 6日目

今日は2日目で紹介した牛と田かきが行われました。
外に出たことが初めてのメス牛で、青空と多くの人を目にして興奮していました。初めての代掻き作業に困惑し、先導役の「鼻とり」の目を盗んで田んぼの外に出ようとしていました。
4年目の今年は、東京から写真を取りにきた人や、4年連続通っている人など、合計100名の方が訪れました。


また、主催団体のたき火会では、石引きという固い地盤の代掻きの方法なども今年初めて披露しました。
私たちの原点の活動と、私たちの活動はますます活力が増してきています。


posted by LJ21 at 19:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 新潟県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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