2005年05月28日

新潟県上越市 NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部 中川幹太 5日目

私たちのNPOが9人のスタッフを抱えていられるのは、市などの委託事業があるから、といっても過言ではありません。
水道水源となっている森の価値を普及啓発する「くわどり市民の森」、廃校になった小中学校を利用し、小中学生を主な対象に山里の伝統技術などの環境教育プログラムを提供する「地球環境学校」、地域の用水を維持する土地改良区の事務、茅葺き古民家や体験農園の運営管理、その他多数あります。(写真は地球環境学校がフィールドとしている中ノ俣の棚田の風景)
17年度は、委託事業数10以上、委託総額4,000万円を超えています。
数字以上に重要なことは、委託事業担当のスタッフであっても、委託内容に縛られず、地域行事の支援、伝統文化の記録保存、環境美化活動への参加、地域観光資源の掘り起こしと事業化、農業振興と商品化・販売促進、地域自治政策の提案などをNPOのスタッフとして積極的に行います。
ちょっと見方を変えれば、私たちのNPOがちょっとした地域の自治事務所か、もしくは市の企画課のように機能しているようにも見えます。市の各課がばらばらに実施しようとする施策を、地域という「面」で取りまとめ、発展させる役割を果たしつつあるのです。
また、立上げからの4年間に、スタッフが積み重ねてきたソフトノウハウは膨大な量です。


予算に占める委託事業費の割合が多いことは、財源の多様性から言えば問題だといえますし、収益事業を拡大する努力もしています。
しかし、委託事業に「依存」しているかといえば、それは違います。
まず、精神的な面からいえば、理念に合わないことや納得できないことは、仮に市とけんかして委託事業がなくなるとしても、絶対にやらないのです。
私たちはこのような市との関係を、「右手で握手して左手で殴りあう関係」と呼んでいます。ですから、委託事業の方針や内容についても、決定までに徹底的にやりあいます。
また、実績と対価に関しては、専門性や情熱を持ち、地元との関係も非常に良く、相応の実績を積んでいるため、他にその事業を取って代わるNPOも事実上ないため、妥当に得られる対価であるとも考えられます。
あるいは、専門性を持ったスタッフが普通に家庭を持って継続的に関わっていける、ということを水準とすると、対価としては少ないともいえます。
先にも述べた、委託事業の中で私たちのNPOが積み上げてきた、ソフトノウハウという知的財産は誰のものか、またそれへの対価が妥当なのかどうかもこれから考えていかなければなりません。




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2005年05月27日

新潟県上越市 NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部 中川幹太 4日目

私たちの活動は多岐にわたっています。
茅葺き古民家の改修学校、森林・棚田保全のためのオーナー制度、作付けから収穫・調理までの農業学校、季節の散策、かんじき・わら細工作りなどの伝統技術体験など。
これらの活動を、私たちはボランティアでやっているわけではありません。
まず、自分が楽しいということが一番です。表現が軽くなってしまいますが、「趣味」となんら変わらないのです。
楽しくなければ続きませんし、活動において何かをせねばならないという義務感や正義感が強くなればなるほど、そのボランティアの対象に否定されたときに、「何でしてやってるのに、そんなことを言われなければならない」と必然的に感じてしまうでしょう。
要するに、それは自分が良かれと思ってやったのに、独善でしかなかったということになります。批判されたことに対する反感。これはまさしく独善そのものです。
だから、私たちは自己満足であると、自分が楽しいからやっているのだと最初から認識するのです。



また、ボランティアでできることは、崩壊の速度と比較すると、つめの先ほどでしかないのです。
一体どれだけの茅葺きを葺きなおせるか、どれだけの森や農地を守れるか。どうあがいたところで、自分が無力であることがわかるだけです。
輝いて見えるもの、価値があると感じたものを整理し、その価値を感じられる人にちゃんと見せられる「商品」を作っていく。
価値に対して対価を払ってもらい、経済の循環の中で対象を保全していくことが、人が幸せに、誇りをもって生きられることの最低条件でしょう。
その価値をよく理解した上で、集落全ての屋根を茅に葺きなおせば、それは何ものにも変えがたい価値へと変化し、産業へとつながっていくかもしれません。
どこまで馬鹿になって徹底的にやれるか、残すべき価値を経済と結び付けていくか、NPOの真価が問われています。


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2005年05月26日

新潟県上越市 NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部 中川幹太 3日目

私たちの事務所の隣に「横畑の門番」と呼ばれ、地元の人からもやかましいじいさんだと噂のおじいさんがいます。よそから来た山菜採りを追い払うことからそう呼ばれるようになったのです。
そのおじいさんは85歳になるのですが、せがれが街に出たため一人暮らしで、田畑の作業、井戸掘り、雪掘りなど、自分の生活に必要なことを一人でこなし、時には100kgを超える石を一人で運んでいるスーパーな人です。
私たちNPOのスタッフは、設立してから3年間(昨年まで)、そのおじいさんに度々怒鳴りこまれました。
「水路に石が落ちたので拾え」「雪を水路の上に捨てるな」「火をたきっぱなしでそばを離れるな」など、山の生活で放っておけば危険なことを経験の上から知っているため怒っていて、いちいちごもっともなのですが、説教が始まると1時間は覚悟しなければいけません。時には始末書も書かされました。
「おまんた(あなたたち)は山の生活を知らんすけ、こういうことをする。NPOなんて遊びにしか見えん」とよく言われました。
もちろん、危険が心配だから怒鳴り込むのですが、それ以上に、旅の者に対する不信感と排他的な感覚があったことも事実でしょう。
地域活性化を目的としている、第三セクターの温泉施設が今年で6年目を迎えるのですが、おじいさんはこれを今でも「悪の基地」といいます。
たくさんの人が訪れるようになり、山を荒らされることも増えたというのです。


私たちスタッフは、そのおじいさんを始め、地元の誰と接するときも、とにかく謙虚に学ぶことに勤めました。
その門番のおじいさんは昔の伝統文化や民具、写真などをとても大切にしていて、何やかんや言われながらも、教わることがたくさんあり、こちらが調べた資料などを持っていくととても喜ばれました。
その他、そのおじいさんの稲刈りの手伝い、雪掘りの手伝いなどを行ううちに、私たちとおじいさんは春の雪解けのように打ち解けあえるようになりました。
いかに組織の評判が良くても、全ての人に信頼されているわけではない。一対一の信頼関係でしかないことを思い知らされる出来事でした。
温泉施設も、その従業員が施設の外に出て粘り強い関係作りを行えば、いつの日か「悪の基地」ではなくなるときが来るかもしれません。
あるいは、そのクッション役をやるのが私たちNPOの役割かもしれません。


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2005年05月25日

新潟県上越市 NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部 中川幹太 2日目

私たちの活動の原点は、囲炉裏を囲んで一杯やることです。
そこから活動が生まれ、そして地元の者と旅の者の間に信頼関係が生まれるのです。
いや、そんなまじめくさった話より、飲むために活動しているといっても過言ではありません。

常勤スタッフは9名で北海道から長崎まで、日本全国から集まった、平均年齢が20代後半の若者たちです。
この土地で見るもの聞くもの触るもの、そして食べるもの、全てが新鮮(かつ、美味しい?)なのです。
よそからやってきた若者が興味本位で地元の昔話を聞き、それを実施していきます。


地元のじいさんばあさんは、「そんなことに興味を持つなんて近頃じゃ珍しいねえ。感心だねえ」といって、知っていること全てを惜しみなく教えてくれ、再現に協力してくれます。
汚くて、きつくて、劣等感さえ持っていた昔の伝統的な生活技術が、新聞やテレビのスポットを浴び、地元の人々は先生として主人公となる。
そこに生きる人全てが、「生きる」ということを教えてくれる先生なのです。誰もが先生になれるのです。

中ノ俣という集落で行われた「牛と田かき」という伝統技術の復活イベントは、「囲炉裏で飲む」「昔話を聞く」「とにかくやってみることになる」「大きな反響を得る」「次の活動につながる」「他の地域も刺激する」という、地域資源掘り起こしの活動上昇サイクルが始まった原点といっていい活動なのです。
それは少し前まで「ただの昔の代掻き」でしかなかったのですが・・・
牛と田かきの取組みは、4年目を向かえ、今年も5月29日(日)に行われます。
今、この村では、様々な地域資源が体験企画として、町に住む人の訪問の受け皿となり、産業化し、住人が増えつつあります。
http://homepage3.nifty.com/kamiechigo/


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2005年05月24日

新潟県上越市 NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部 中川幹太 1日目

はじめまして。
かみえちご山里ファン倶楽部の中川と申します。
今週は、新潟県上越市の西側の、とある村のお話です。

昭和30年まで9集落で形成される桑取村という村がありました。
水源の森から海まで、約13kmの長さの桑取川に沿って狭い谷が続いているのですが、その上流半分が桑取村でした。
昭和30年に直江津市に合併、昭和40年代に直江津市と高田市が合併して上越市に、さらに今年周辺の13町村が吸収合併される形で大きな上越市になったのですが、今でも村の人たちは自分たちの地域のことを「桑取」と呼ぶのです。
この先、どれだけ合併しようとも、何がどうなろうとも、自分たちの地域は「桑取」なのです。
村中が親戚のような、みんなが寄り添って生きている、そんな小さな村です。
冬は北から吹き付ける風が雪をそっとおいていき、村に残された老人に重労働を課します。



私がこの村にやってきたのは、4年前のことです。
兵庫の親元を離れて、3年ほど東京で環境NGOの活動をし、エネルギー問題の関係で柏崎に移住した私は、上越を訪れた際にこの村と出会ったのです。
都会育ちの私は、「ただの山」「ただの海」「ただの村」に見えるものから、たくさんの宝を発見するのです。
山の知恵、海山の幸、温厚な人々、千年の間この谷で暮らしてきた人々の喜びや悲しみの中から生み出されてきたたくさんの行事、目にするもの聞くもの全てがわたしのかちかんを変えていきました。
そんなことを一つ一つご紹介していきたいと思います。


posted by LJ21 at 09:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 新潟県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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