2007年07月01日

月刊むすぶ編集長 四方哲 京都府京都市 最終日

最終回となりました。

1週間お付き合いいただきありがとうござました。

『月刊むすぶ』は読みにくい雑誌です。  

日ごろは玄米を食べているのですが、先月、白米を頂戴しました。それも『月刊むすぶ』の購読代として。久しぶりの白いお米がなぜかまぶしく見えます。確かに玄米より食べやすい。

同様、『月刊むすぶ』は食べにくい雑誌です。

1960年代から80年代の住民運動や市民運動の特徴は、「告発」型という特徴があったようです。そして直接参加することで自分自身の生き方さえをも問う。そんな辛気臭さがあったのかも知れません。そんな時代背景のもと誕生した『月刊地域闘争』→『月刊むすぶ』は、読みにくい雑誌です。

「読みやすい」ということは、消費しやすいという普遍性を持っているわけです。それは親切なのかもしれません。

確かに「安全な食を」という掛け声で始まった共同購入運動では、当初、泥付の大根が売られていました。でも今、そんな大根を配達するとクレームがくるそうです。そして多くの共同購入会は、生協や会社になりました。

闘うということ

1970年代に障害者解放運動が始まりました。川崎市では、車椅子の障害者が、バスを占拠します。なぜかというと、「車椅子は乗せられません」と運転手さんが言うからです。

もちろん会社が、私たちの社会がそう言わせるわけです。

これは明確な差別なわけです。

今は、そんなことはまずないでしょう。

一方、社会的な弱者に対する施策はそれなりに進んできました。これは事実です。

となると何が起こるというと、私たち自身が、賢くなり闘うことを忘れてしまいます。

告発すること、批判することは、ダサいこと、格好悪いことになってしまいます。

時代は何も変わっていない。

もう一度、生活の場から声を確かめる場として「月刊むすぶ」を育てていければと思っています。

住民運動の中から生まれた言葉で「スモッグの下でのビフテキより、青空の下の梅干がいい」というのがあります。確か鹿児島志布志の石油コンビナート建設反対運動からは発せられた言葉です。

この闘争が闘われて40年近くがたつと思います。そしていまスローライフ・フーズがお洒落になりました。

私たちはこの井戸を掘ったひとたちがいたことを忘れると、過去に復讐されるかも知れません。私たちはどんな場所に今いるのか、そんなことを考えることのできるきっかけをこの「月刊むすぶ」で提供できればと思っています。

1週間、お付き合いいただきありがとうございました。

今後ともよろしくお願いします。

ロシナンテ社 四方哲

ラベル:京都府 京都市
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2007年06月30日

月刊むすぶ編集長 四方哲 京都府京都市 6日目

本が売れない

「月刊むすぶ」は、そう簡単に売れる雑誌ではありません。

そこで各地の集会なんかへ行商に出かけます。たとえば産廃問題。関連の特集号や他社の関連本を並べます。集会の始まる前、中休み、終わり際に「産廃問題を取り組む住民運動の報告をのせています」と声を張り上げるのです。視線が合う、買って!買って!光線を発射。ついでにチラシも手渡す。

とにかく交通費プラスぐらいは稼がなくては!

書店では社会問題の本は売れないという。ロシナンテ社は、とにかく直接の関係を大切にして生き延びてきました。

仲井富さんのこと

仲井さんに初めてあったのは1995年の秋ごろだした。小柄な老人。1950年代から全国の住民運動の現場を回ってきた。生まれは岡山。一番最初の現場は、砂川闘争らしい。ボクなんかにとっては、もう伝説の話だ。戦後、米軍の基地に土地を取り上げられようとするのに対して地元民が立ち上がる。その反対闘争だ。

当時、権力の表現を文字通り暴力であったそうです。対する住民の武器は己の肉体のみ。工事を始めるため、敵はまず警察力で排除にかかります。座り込む住民をごぼう抜きです。流血もあります。

住民闘争のそんな現場を歩いてきた富さんはいいます。

「男はだめだね。お金をドガンと詰まれると、手が札束を掴んじゃうもの」

「そこへいくと女の人はお金では心は動ごかされないね。これまでの生活を大事にするね」

そんな仲井富さんの連載が、「月刊むすぶ」に載っています。是非、ご購読をよろしくお願いします。 バックナンバーのタイトル閲覧できます。

京都の夏

暑い。蒸し暑い。連日、30度超。座っているだけで汗をかく。

祇園祭もその昔、夏場に流行る疫病退散の祭りと聞いています。

京都は盆地で湿地帯だったからでしょう。

この時季、よく冷えてわらびモチを軽トラで売り歩く声がたまに流れてきます。家と家とが密集しているお家では、すだれやよしずが涼を誘います。

北のほうへいけば、まだマクワウリを作っている農家もあります。最近のメロンなんかに比べると素朴な味わいでボクは好きです。

暑い暑い夏が過ぎていきます。

ロシナンテ社が、誕生してこの夏で37年になりました。現在、専従は私一人です。決して商業ベースにはなりません。本当にコンビにで売れるようなレイアウトでもありません。読みやすい内容でもありません。それでも、各地の決してマスコミが十分に取り上げないような課題を取り上げてきました。1冊、1冊を売ってご飯を食べてきました。

この「今週の私」もあと一日、最後までよろしくお付き合いくださいませ。
ラベル:京都府 京都市
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2007年06月29日

月刊むすぶ編集長 四方哲 京都府京都市 5日目

6月28日。

 いつもは、本の行商、集金、お話を聞いて回るなどで出歩いているのですが、今週はあまり仕事場を離れることはありません。夏場、外回りは中々つらいものです。まず暑い。特に関西の暑さは、まとわりつくように全身を包みます。

 京都市内の中心部に残る古いお家は、俗にゆう「うなぎのねどこ」です。奥行きを長くして風の通り道を作ります。そして外からは見えないところに小さな庭があります。今はどこの家にもクーラーがありますが、これがまた蒸し暑さを増加させます。

 夕方、印刷所に原稿・版下を届けるため自転車で走っていました。今、東山区の一番、南にいます。ここは、ちょっと行くと映画「パッチギ」の撮影があった地域です。在日韓国・朝鮮人の人達がおおぜい住んでいます。その地区の隣が同和地区になります。関西的な事情というのは、この同和問題をどう捉えるのかという点です。人権を考える市民運動の一つの分岐点になってきました。

 自転車で川端通を北上していきます。塩小路→七条→五条→と進みます。四条川端の南側にあるのが歌舞伎で有名な南座です。高校のとき、一度、見学会で入ったことがあるだけ。入り口にあるお店のニシンそばは美味しいらしいが食べたことはない。このあたりから東は八坂神社、西は四条大宮にかけてが京都で一番の繁華街になります。

 四条川端を過ぎると次は京阪三条が見えてきます。京阪電車の駅があって三条通に面しているから京阪三条といいます。京都の旧市街は碁盤の目のようになっています。X軸とY軸が縦横にあるようなものです。だから四条河原町といえば、四条通と河原町通が交差した場所を指します。

 三条京阪から少し走ります。京都大学が見えてきます。そして出町柳につきます。ここの北側にあるのが下鴨神社。ここの糺の森は、世界遺産です。

shikatasan2.jpg
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ラベル:京都府 京都市
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2007年06月28日

月刊むすぶ編集長 四方哲 京都府京都市 4日目

先月末まで中京区という京都のど真ん中で仕事をしていました。よく京都の町は碁盤の目のようになっているといわれますが、中京・上京・下京というあたりが方眼紙のような区割りになっています。「室町六角上る」などと表示するエリアがこのあたりになります。

今度、引っ越したところは、東山区の南の端になります。映画「パッチギ」の舞台になったところのそばです。

「パッチギ」で描かれたのは、在日朝鮮・韓国人に対する差別問題でした。古都・京都はその歴史ゆえに部落差別や在日の問題を根深く抱え込んでいます。

shikatasan.jpg新しい仕事場の近くに豊国神社があります。豊臣秀吉を祀った神社です。その鳥居の前に耳塚があります。その昔、秀吉の朝鮮侵略の際、敵の首を持ち帰るのが大変だからというので耳や鼻をそぎ落とし、塩漬けにして持ち帰ったそうです。その供養等です。

観光都市・京都といわれますが、私たちの歴史にはかならずもうひとつの事実があることを忘れていけないと思うのです。

華やかに見えることがらもちょっと視点を変えれば違ってきます。

私たちの生活と歴史は違うもの、身近なものとしては中々、過去の出来事を体感することは難しいとは思います。


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ラベル:京都府 京都市
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2007年06月27日

月刊むすぶ編集長 四方哲 京都府京都市 3日目

6月26日。
朝から事務作業。台帳の整理、請求書を用意する。

「本の行商」

行商をして北海道から沖縄まで回りました。

その際、交通費と宿を安く上げる必要があります。

宿 

どんな街にも1000円前後から3000円までの安宿はあります。

旭川

10年ほどまえ「大規模林道問題全国ネットワーク」の集りで

出かけました。

夕方、札幌を出発。夜、8時頃JR旭川駅前着。

(さぁどうしよう)

(あの辺がにおう!)

本を入れた段ボール2箱をキャリーに積んで前進。

簡易宿泊所の看板を発見。

「あの〜一泊いくらですか?」

「泊まれますか?」なんて聞かない。

こちらは、泊めろ!と思っている。

「1500円」とおばさん。

中へ入る。

蚕だなのような二段ベットが並んでいる。

きっとご同輩だろうおじさん二人が酒盛りをしている。


秋田

8年前。

戦争責任を問う証言集会で行商。

集会が終わり、駅前をぶらぶら。

(うん、こっちだ!)

駅から数分。

(におうぞ、におうぞ!)

(あった!)

名古屋駅前のサラリーマンホテルのような部屋。

一泊2000円。

2畳半ほどの部屋にベットとテレビがあるだけ。

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ラベル:京都府 京都市
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2007年06月26日

月刊むすぶ編集長 四方哲 京都府京都市 2日目

6月25日。
今日は月曜。土日と東京。宇井純を偲ぶ会に参加。
会場で本を売っていました。夜行バスで帰社。早朝、着。

今日は支払の日。午後から信州から知人が訪ねてくる。

話は変わりますが、先月の末、仕事場を変わりました。それで今日の夕方、机を一つ買おう思って何軒かお店を見て回りました。京都駅から西へ自転車で10分ほどのところにある量販店に入りました。
「いらっしゃいませ!」
広い店内から声が飛んできました。お客はボク一人。ある種の威圧感が漂っている。

「何をお探しですか」

「ちょと見せてください」

奥へ進む。少し離れて30代と思しき店員が説明しながらつく。このプレッシャーの掛け方、なかなか巧いと感じた。

売るという行為には実にいろんなスタイルがあります。

「月刊むすぶ」は、書店ではほとんど販売していません。まず売れない。ならばどうやって広めてきたか?

@全国に約1500人・団体の定期購読者がいます。

Aそして書き手の方やいろんな課題に取り組む方々のお力を借りて広めます。

Bもうひとつ、あります。それは行商です。集会を渡り歩くのです。

 つまりロシナンテ社の「月刊むすぶ」の広め方は、「直接」が基本です。確かに媒体としては弱いです。私たち市民運動系に近い「週刊金曜日」や「世界」で実売数は多分、2〜3万冊前後だと思います。こちらは、一ケタ下の2千部いくかいかないぐらい。でも負け惜しみではないですが(?)、出るところへ出れば、現場ではそれなりの浸透力はあります。37年出し続けてきたというのはそれなりにエライことなのだと感じるときはありますね。

 マスメディアは、情報流通産業です。お金になるテーマしか取り上げません。インターネットは、度々個人のむき出しの感情が飛び交います。そしてその仮想現実感のような世界ゆえの不健康さが生まれてきます。ロシナンテ社の仕事はこれらの世界の対極にあるのかもしれません。

お昼から信州の知人達と2時間半ほど京都の町を歩いた。観光スポットでは決して紹介されない小さなお寺や神社が結構あることに気がついた。これら寺社仏閣はその周辺の人達が永い時間をかけて守ってきた共同体の要(かなめ)なんだろうなと感じられる。多分、こういった場・空間に私たちの原点、健やかで決して変わらない人間らしさとどうしようもない私たちの差別性が同居しているのかもしれない。

 梅雨の時期から夏が終わるまで、京都はとにかく高温と湿度で、一年で一番過ごしにくい季節です。

今年もクーラーなしでがんばるぞ!



ラベル:京都府 京都市
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2007年06月25日

月刊むすぶ編集長 四方哲 京都府京都市 1日目

むかし、「月刊地域闘争」という雑誌がありました。
(いまは、「月刊むすぶ」という誌名です)
昨年、亡くなった宇井純さんや各地の住民運動の担い手達に突き動かされ、1970年、創刊されました。
申し遅れましたが、私は、この雑誌を出し続けることのみを業としていますロシナンテ社の四方哲(しかた・さとし)といいます。
よろしくお願いいたします。

創刊されたころ、私はまだ小学5年生。
だから当時のことは何も知りません。
1984年からこの仕事をさせていただいています。
1970年代は、いろんな場で政治が身近なものであったのだと思います。そして高度経済成長の結果、全国各地に公害問題、被害が深刻化していった時代でもありました。本当に暴力的な被害が、地域住民を襲っていました。そして社会的少数者に対する差別はより露骨であった面もあります。とことん痛みつけられ、踏みにじられ、そしてその苦しみの中からようやく住民・市民が、立ち上がり、闘い始めるのです。

水俣病をはじめとする当時の社会的運動の歴史を振り返ると「闘争」という言葉の意味が伝わってくると思います。
大企業はとことん傲慢で、行政はとにかく責任逃れ。被害者がポツンと残され悲惨な生活を強いられていたのです。

でも見落とさないでください。この現実は一向に変わっていません。国家はどこもでも権力を振りかざし、市民・住民を管理・支配しつづけていることを、大企業はどこまでも自分さえよかったらと考えていることを。

この現実を少しでも良くするには、私たち一人ひとりが、とにかく声を出し続けること、参加することが大切なのだと思います。まぁこういう中から「月刊地域闘争」=ロシナンテ社はスタートするのです。

故・宇井純さんは、お会いする度に「食べれていますか?」と声をかけてくださいました。 この雑誌はなかなか売れません・・・
お金になりにくいということは・・・大変なことです。

「伝えること」「情報」などには、その時代の雰囲気や欲求というものが大きく作用するのだと思います。民衆?大衆?市民?とにかく私たちはとっても我がままで移り気で自分勝手です。それはインターネットの世界を覗けば一目瞭然。そんな世間に少数派の声をネットワークすることがロシナンテ社の生業(なりわい)です。とにかく儲かりません。

確かに今、環境問題は社会的に認知され、地球温暖化といえば誰もが少しは関心を持っている課題にはなりました。でも・・・この根っ子には、公害被害者の叫びがあったことを忘れてはいけないと思うのです。

世間のメインストリームになる前のささやかな問題提起の場が、ロシナンテ社なのです。そんな中でどうやって生き抜いてきたか、そんなロシナンテ社の日常を今週、お伝えできたらと思っています。


ラベル:京都府 京都市
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2006年06月11日

新任「京都観光・コンベンション室長」青柳良明の喜怒哀楽 7日目

BTH2621865_0B.jpg

○「裸の大将」後継者
みなさん、芦屋小雁(あしやこがん)さんをご存じだろうか。
故芦屋雁之助さんの弟であり、裸の大将放浪記の後継者となる人だ。

今回、京都におられる小雁さんが新「裸の大将放浪記」を公演されることとなった。

僕は、ご縁があって小雁さんの個展を見に行き、そこで小雁さんにお目にかかるった。
そのときに「裸の大将放浪記」京都公演と、小雁さんが雁之助さんのはまり役であった山下清画伯の役を引き継ぐことをお聞きした。並々ならぬ決意であったとのこと。

誰もが「山下清さん=雁之助さん」と思っている訳だから、その役を引き継ぐことは大きなチャレンジ。だが、雁之助さんの遺志を継ぐには小雁さんしかいないと多くの人が感じていたことと思う。
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ラベル:観光 京都府
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新任「京都府観光・コンベンション室長」青柳良明の喜怒哀楽 7日目最終追加

京都舞鶴のレンガ倉庫群。「男たちの大和」など映画ロケにも使われています。
「バルトの楽園」もそうですね。みなさんのお越しをお待ちしています。ではまた。


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新任「京都府観光・コンベンション室長」青柳良明の喜怒哀楽 7日目最終日

○「裸の大将」後継者
みなさん、芦屋小雁(あしやこがん)さんをご存じだろうか。
故芦屋雁之助さんの弟であり、裸の大将放浪記の後継者となる人だ。

今回、京都におられる小雁さんが新「裸の大将放浪記」を公演されることとなった。

僕は、ご縁があって小雁さんの個展を見に行き、そこで小雁さんにお目にかかるった。
そのときに「裸の大将放浪記」京都公演と、小雁さんが雁之助さんのはまり役であった山下清画伯の役を引き継ぐことをお聞きした。並々ならぬ決意であったとのこと。

誰もが「山下清さん=雁之助さん」と思っている訳だから、その役を引き継ぐことは大きなチャレンジ。だが、雁之助さんの遺志を継ぐには小雁さんしかいないと多くの人が感じていたことと思う。

その公演初日が6月30日。実は僕の誕生日でもある。偶然の一致かも知れないが、「新裸の大将放浪記」誕生が僕の誕生日でもある。京都の人間として是非、この誕生を応援したいと思う。「小雁倶楽部」という小雁さんの会社から「青柳さん経由なら割引します。」という嬉しいお便りが届いた。

このブログの読者のみなさんにも是非ともご覧いただきたいので、今回の割引をプレゼントしたい。
公演内容とチケットの申し込み方法は次のとおり。ご家族、友達、知り合い、同僚の方にも割引が適用できる。多くの人にもお知らせを。

■「新裸の大将放浪記」6月30日(金)18時半、7月1日(土)11時・15時の3回公演
■会場:京都会館第2ホール。(京都市左京区岡崎公園内)
■後援 京都府・京都市・京都新聞社・KBS京都・京都CF

■ブログ読者・お友達・知り合い割引
 ●価格 A席 一般7000円を特別価格5500円
 B席 一般6000円を特別価格4500円
 二階席 一般4000円を特別価格2000円 
 ●いづれも指定席・税込み

■お申し込み方法:小雁倶楽部へ直接メールでご連絡ください。
 「京都青柳のニュースで知った」とメールに書いておいてください。
 小雁倶楽部 メール info@kogankurabu.com
 小雁倶楽部 TEL 075−411−3456
 ●ご連絡のあった方に対して、小雁倶楽部様からご案内をいたします。

○日記が終わる
今日は最終日。よくぞここまでやれたものだ。
小学校の頃から日記は「3日以上書いてはいけない」という家訓に従い今日まで生きてきたが、とうとう家訓に背いてしまった。

新しく出来たセクションは京都の観光を所管するところ。京都市内の観光は飽和状態に近いが、京都市内以外の地域はまだまだお宝が沢山ある。
日本海に面した丹後、宮津、天橋立、舞鶴。温泉、食べ物、歴史、ロマン、滞在型リゾートなど新しい魅力がどんどん生まれている。
地球デザインスクールが参加型公園づくりにガンバッテいる。
中部の福知山、綾部は城下町やグンゼ発祥の地としても知られる。
茅葺きの里で知られる南丹の美山町。名勝瑠璃渓が控える園部。
丹波大納言と言えば京丹波町。小豆や大豆のブランドとして有名。
亀岡は保津川下りのスタート地点。明智光秀ゆかりの地。

山城地域は源氏物語とお茶の里で知られる宇治。
永谷園発祥の地宇治田原町、時代劇撮影で知られる八幡市流れ橋。
天王山のある大山崎は大河ドラマのレギュラー。
山背古道が走る城陽市、井手町、山城町、木津町は奈良時代から文人往来の地。
井手町の玉川さくら堤はテレビにも良く出る。

関西文化学術研究都市も京都南部。未来とハイタッチ出来る町。
奈良時代に一時都があっ「恭仁京」は京都加茂町。わずか5年の幻の都だが、かつてここは首都であった。和銅開宝鋳造の地もある。
司馬遼太郎の小説「梟の城」の舞台でもある笠置町も京都南部。
ああ、書き出せばきりがない。
京都に来られる方は、京都市以外の力にも触れてほしい。
穴場情報やアドバイスは僕におまかせ。
京都府商工部観光・コンベンション室 
電話075−414−4835までご遠慮なく。
又は、このブログにメッセージを頂戴いただければ、京都府の見所をご案内できる。

このブログに参加出来て楽しい一週間だった。またお目にかかる日まで。



雪景色の天橋立


夕暮れの京都・いいですねぇ


花灯路。京都東山の夜を演出します。


天橋立です。松明がともされます。


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2006年06月10日

新任「京都観光・コンベンション室長」青柳良明の喜怒哀楽 6日目

○スポーツと市民とまつり
ドイツでワールドカップ開幕。寝不足の季節となりそう。
京都にはJ1のチームがある。「京都パープルサンガ」というチーム。
昨年はJ2。今回昇格はしたが、成績が芳しくない。

京都という土地はあまりスポーツで熱狂的にはならない。
密かに応援するチームはあっても、市民が一体となって・・・というのはまずないだろう。仮にプロ野球チームが出来ても同じだと思う。府民上げて応援・・・は、ないと思う。

京都は不思議なところ。関西だが、巨人ファンが多い。
阪神ファンと会話しても阪神の悪口は言わないで、「そやねぇ」とやんわり、
肯定とも否定ともとれないつかみ所のない会話でその場をのりきる。
京都人の返事は「良く意味がわからない」と言われる。

「考えておく」という返事は、「ノー」 ということ。
「また、電話する」は「多分電話しない」。
「へぇ、おおきに」は「構わないでちょうだい」というニュアンス。
だが、夏の風物詩「祇園祭」は京都市民が「自分たちの祭り」と誇りを感じている数少ないもののひとつ。
宵山の人並みに押されて、自由のきかないそぞろ歩きが楽しい。

今日は畑に行ってニンニクとスナックエンドウ、タマネギを収穫してきた。
家の中にタマネギとニンニクの複雑な匂いが充満している。
これではドラキュラも入れまい!?

昨日の「間人」わかった人はおられるだろうか。

BTH2619665_0B.jpg
ラベル:観光 京都府
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新任「京都府観光・コンベンション室長」青柳良明の喜怒哀楽 6日目

○スポーツと市民とまつり
ドイツでワールドカップ開幕。寝不足の季節となりそう。
京都にはJ1のチームがある。「京都パープルサンガ」というチーム。
昨年はJ2。今回昇格はしたが、成績が芳しくない。

京都という土地はあまりスポーツで熱狂的にはならない。
密かに応援するチームはあっても、市民が一体となって・・・というのはまずないだろう。仮にプロ野球チームが出来ても同じだと思う。府民上げて応援・・・は、ないと思う。

京都は不思議なところ。関西だが、巨人ファンが多い。
阪神ファンと会話しても阪神の悪口は言わないで、「そやねぇ」とやんわり、
肯定とも否定ともとれないつかみ所のない会話でその場をのりきる。
京都人の返事は「良く意味がわからない」と言われる。

「考えておく」という返事は、「ノー」 ということ。
「また、電話する」は「多分電話しない」。
「へぇ、おおきに」は「構わないでちょうだい」というニュアンス。
だが、夏の風物詩「祇園祭」は京都市民が「自分たちの祭り」と誇りを感じている数少ないもののひとつ。
宵山の人並みに押されて、自由のきかないそぞろ歩きが楽しい。

今日は畑に行ってニンニクとスナックエンドウ、タマネギを収穫してきた。
家の中にタマネギとニンニクの複雑な匂いが充満している。
これではドラキュラも入れまい!?

昨日の「間人」わかった人はおられるだろうか。


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2006年06月09日

新任「京都観光・コンベンション室長」青柳良明の喜怒哀楽 5日目

梅雨に入ったようだ。
今日は、天橋立で有名な京都府宮津市に出張した。
「丹後の宮津」として歌にもなっているが、ここへ来るときは
「弁当を忘れても傘を忘れるな」と言われるくらい天候が変わりやすい。

丹後には日本屈指の難解地名がある。
「間人」という地名がそれだ。
このブログを読んだ人で
この「間人」が読めた方はブログにメッセージを送ってほしい。
正解の方には「心から拍手」を送りたいと思う。

さて、やはり「雨」の出迎えを受けて丹後の宮津に到着した。
もともとは城下町。
今はその面影がほとんどない。地名に「大手橋」などがある。

丹後宮津藩の江戸屋敷は現在の財務省のあたりと言われる。
宮津の人は知らないが財務省の地主であった訳だ。
昨日は「鴨」を紹介するのを忘れていた。
BTH2617203_0B.jpg平安神宮一番のイケメン(「池面」!)鴨くんだ。
よろしく御願いしたい。


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新任「京都府観光・コンベンション室長」青柳良明の喜怒哀楽 5日目

梅雨に入ったようだ。
今日は、天橋立で有名な京都府宮津市に出張した。
「丹後の宮津」として歌にもなっているが、ここへ来るときは
「弁当を忘れても傘を忘れるな」と言われるくらい天候が変わりやすい。

丹後には日本屈指の難解地名がある。
「間人」という地名がそれだ。
このブログを読んだ人で
この「間人」が読めた方はブログにメッセージを送ってほしい。
正解の方には「心から拍手」を送りたいと思う。

さて、やはり「雨」の出迎えを受けて丹後の宮津に到着した。
もともとは城下町。
今はその面影がほとんどない。地名に「大手橋」などがある。

丹後宮津藩の江戸屋敷は現在の財務省のあたりと言われる。
宮津の人は知らないが財務省の地主であった訳だ。
昨日は「鴨」を紹介するのを忘れていた。
平安神宮一番のイケメン(「池面」!)鴨くんだ。
よろしく御願いしたい。


京都長岡天満宮の拝殿。菅原道真公ゆかりの地。
御利益がある。


京都岡崎の疎水回廊。連休中には疎水めぐりの舟が運航される。
水鳥の目線というのも楽しい。


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2006年06月08日

新任「京都観光・コンベンション室長」青柳良明の喜怒哀楽 4日目その2

京都岡崎にある平安神宮庭園風景。池の鴨が楽しそう
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京都岡崎の疎水から臨む東山の新緑。ええどすえ。
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新任「京都府観光・コンベンション室長」青柳良明の喜怒哀楽 4日目その2

京都岡崎にある平安神宮庭園風景。池の鴨が楽しそう。


京都岡崎の疎水から臨む東山の新緑。ええどすえ。


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新任「京都観光・コンベンション室長」青柳良明の喜怒哀楽 4日目

京都の新緑が美しいこの季節、是非「岡崎公園」界隈に行ってほしい。

平安神宮があるところと言えば「ああ、あそこ」と思い浮かばれる方も多いのではない

だろうか。京都には明治時代に疎水が完成している。
夏場の渇水時期でも、琵琶湖からの水の恵みが疎水を通じて送られてくる。
京都では滅多に断水がない。これは本当にありがたい。
平安神宮の庭園は回遊式庭園であり、春はしだれ桜、初夏は菖蒲、秋は紅葉。池に遊ぶ鴨が楽しそうだ。

明日は宮津に出張。宮津と言えば「天橋立」が有名。日本三景のひとつだが、最近の子供たちは日本三景を知らないようだ。下の娘は中学生だが「日本三景知ってるか?」と聞くと「日本3K?」「キツイ、キモイ、キタナイやろ?」と言っていた。
どうも日本語が通じていないようだ。親として反省シテイマス。

京都の北部にも新しい滞在型観光名所が誕生した。舞鶴の農業公園。
日本版クラインガルテンという感じだ。舞鶴は「岸壁の母」で有名。
そのことも娘に聞いたところ、「知ってるで、完璧の母やろ!パーフェクトや!」と。
娘たちは実に楽しく暮らしている。
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新任「京都府観光・コンベンション室長」青柳良明の喜怒哀楽 4日目

京都の新緑が美しいこの季節、是非「岡崎公園」界隈に行ってほしい。

平安神宮があるところと言えば「ああ、あそこ」と思い浮かばれる方も多いのではない

だろうか。京都には明治時代に疎水が完成している。
夏場の渇水時期でも、琵琶湖からの水の恵みが疎水を通じて送られてくる。
京都では滅多に断水がない。これは本当にありがたい。
平安神宮の庭園は回遊式庭園であり、春はしだれ桜、初夏は菖蒲、秋は紅葉。池に遊ぶ鴨が楽しそうだ。

明日は宮津に出張。宮津と言えば「天橋立」が有名。日本三景のひとつだが、最近の子供たちは日本三景を知らないようだ。下の娘は中学生だが「日本三景知ってるか?」と聞くと「日本3K?」「キツイ、キモイ、キタナイやろ?」と言っていた。
どうも日本語が通じていないようだ。親として反省シテイマス。

京都の北部にも新しい滞在型観光名所が誕生した。舞鶴の農業公園。
日本版クラインガルテンという感じだ。舞鶴は「岸壁の母」で有名。
そのことも娘に聞いたところ、「知ってるで、完璧の母やろ!パーフェクトや!」と。
娘たちは実に楽しく暮らしている。

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2006年06月07日

新任「京都観光・コンベンション室長」青柳良明の喜怒哀楽 3日目

昨日は祇園祭と鱧。そして百坪の畑の話をした。

鱧は実は高級魚である。京料理で口に運ぶことは相当な覚悟がいる。
みなさんにもっと食べていただきたいが、調理も難しいので「家庭の味」という訳にはいかない。お許しを。

さて、百坪の畑は、近々ニンニクが収穫できそうだ。
週に一回くらいの手入れでは「葉っぱもの」は難しい。
従って、ジャガイモ、タマネギ、里芋、ショウガ、枝豆、にんじん、ゴボウ、サツマイモをメインとして栽培している。冬場は、大根、ネギ、ワケギも。
失敗も多いがチャレンジのしがいがある。

明日から、天気が崩れるという予報。雨はうれしい。
畑の水やりが要らないから。
忘れていた、青ジソもアクセントに植えている。
菊とコスモスも回りを賑やかしてくれる。

京都市内は「町家」で食事をすることがブーム。
最近そういうお店が増えてきた。喫茶店を含めると200くらいある。
だけど、町家は維持管理が大変なので手放す人が多く、
空き家もあちこちにある。
取り壊されてマンションに変身する姿を見るのは京都の人間として哀しい。
観光活用もあるが、このブログをご覧になった方から活用提案がもらえるとうれしい。

観光担当になってつくづく思うこと。観光振興は「地域づくり」そのもの。
地域の人が望むまちづくりが、観光客・訪問者にも居心地が良い。
最近のテーマは「安心・安全」だろう。
この取組の先進事例があれば是非アドバイスがほしい。

お願い続きとなった。夜はまだ長い。
ラベル:町家 観光 京都府
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新任「京都府観光・コンベンション室長」青柳良明の喜怒哀楽 3日目

昨日は祇園祭と鱧。そして百坪の畑の話をした。

鱧は実は高級魚である。京料理で口に運ぶことは相当な覚悟がいる。
みなさんにもっと食べていただきたいが、調理も難しいので「家庭の味」という訳にはいかない。お許しを。

さて、百坪の畑は、近々ニンニクが収穫できそうだ。
週に一回くらいの手入れでは「葉っぱもの」は難しい。
従って、ジャガイモ、タマネギ、里芋、ショウガ、枝豆、にんじん、ゴボウ、サツマイモをメインとして栽培している。冬場は、大根、ネギ、ワケギも。
失敗も多いがチャレンジのしがいがある。

明日から、天気が崩れるという予報。雨はうれしい。
畑の水やりが要らないから。
忘れていた、青ジソもアクセントに植えている。
菊とコスモスも回りを賑やかしてくれる。

京都市内は「町家」で食事をすることがブーム。
最近そういうお店が増えてきた。喫茶店を含めると200くらいある。
だけど、町家は維持管理が大変なので手放す人が多く、
空き家もあちこちにある。
取り壊されてマンションに変身する姿を見るのは京都の人間として哀しい。
観光活用もあるが、このブログをご覧になった方から活用提案がもらえるとうれしい。

観光担当になってつくづく思うこと。観光振興は「地域づくり」そのもの。
地域の人が望むまちづくりが、観光客・訪問者にも居心地が良い。
最近のテーマは「安心・安全」だろう。
この取組の先進事例があれば是非アドバイスがほしい。

お願い続きとなった。夜はまだ長い。

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2006年06月06日

新任「京都観光・コンベンション室長」青柳良明の喜怒哀楽 2日目

京都ではいよいよ祇園祭の話題が出てくる季節。
昨日は長刀鉾の稚児が決まったということで職場でも話題となっていた。

祇園祭りは7月1日から始まる。有名な「山鉾巡行」は祭りの中間地点。
7月月末まで毎日のように沢山の行事が続く。
僕の小さい頃は、17日の山鉾巡行だけでなく、24日にも「後の巡行」があり、期間中に2回の巡行が楽しめた。

今は、17日の巡行1回だけとなり、後の巡行は「花傘巡行」という新しい巡行に変わった。これも祇園らしい巡行で楽しめる。
京料理にはこの時期「鱧(はも)」が出る。
好き嫌いは別として、京都に住む僕にとって、鱧が出ると「夏」の始まりを感じる。

と、こんな話題を書いてると実に楽しい。
昨晩は12時まで仕事。今週もきつい一週間になりそう。先週は土日に仕事。
趣味の「畑」はそろそろタマネギの収穫。ジャガイモがそれに続く。サツマイモの苗も心配だ。百坪ほどの畑を借りて、一人で世話をすると結構ハードだ。でも土を感じ、風を受けて、作物と向き合うとき、命が繋がっていると感じる。

祭りと同じく、農作物も季節の使者。喜怒哀楽どれも楽しい。
posted by LJ21 at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都府 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新任「京都府観光・コンベンション室長」青柳良明の喜怒哀楽 2日目

京都ではいよいよ祇園祭の話題が出てくる季節。
昨日は長刀鉾の稚児が決まったということで職場でも話題となっていた。

祇園祭りは7月1日から始まる。有名な「山鉾巡行」は祭りの中間地点。
7月月末まで毎日のように沢山の行事が続く。
僕の小さい頃は、17日の山鉾巡行だけでなく、24日にも「後の巡行」があり、
期間中に2回の巡行が楽しめた。

今は、17日の巡行1回だけとなり、後の巡行は「花傘巡行」という新しい巡行に変わった。これも祇園らしい巡行で楽しめる。
京料理にはこの時期「鱧(はも)」が出る。
好き嫌いは別として、京都に住む僕にとって、鱧が出ると「夏」の始まりを感じる。

と、こんな話題を書いてると実に楽しい。
昨晩は12時まで仕事。今週もきつい一週間になりそう。先週は土日に仕事。
趣味の「畑」はそろそろタマネギの収穫。ジャガイモがそれに続く。サツマイモの苗も心配だ。百坪ほどの畑を借りて、一人で世話をすると結構ハードだ。でも土を感じ、風を受けて、作物と向き合うとき、命が繋がっていると感じる。

祭りと同じく、農作物も季節の使者。喜怒哀楽どれも楽しい。

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2006年06月05日

新任「京都観光・コンベンション室長」青柳良明の喜怒哀楽 1日目

○日曜日の夜と月曜日の朝
日曜日の夜のテレビ番組は実に哀しく感じる。「サザエさん」が始まると、どうも心底喜べない。「明日の段取りは・・」など、余計なことが頭にボウフラの如く湧いてくる。

6月1日に人事異動があり、「観光・コンベンション室長」の辞令を頂戴した。僕は京都府庁に勤務する地方公務員。
公務員の仕事の範囲は広い。異動すれば「転職」したのと同じくらい質の違う仕事を担当する。その日から「プロ」の顔をしてあれこれと動き回る。今回の仕事は「観光」がメイン。京都の観光ということは「何でも知っている」ように見られてしまうが、案外、地元の僕たちが知らない名所が多く、首都圏の人たちに「教えて」もらうことが多い。

清水寺、金閣寺・・数えるほどしか行ってない、京料理の美味しい店・・そんな高いお店には行けない・・などなど。ああ、これから勉強だなあ。
月曜日の朝、朝刊を見る紙面がこれまでと違ってきたことに気づく。「地域のおもしろさ」を追いかけ回している。

「観光京都」そう、京都という地域は、清水さんや金閣さんだけじゃない。北は日本海、南は奈良県・三重県の県境。そんなところには「舞妓さん」はいない。でも、魅力あふれる地域が展開していることだろう。
そんな魅力を発見していきたい。
新任「観光・コンベンション室長」が京都を走り回る。
京都は30度近い暑さ。これも京都だなあ。
ラベル:観光 京都府
posted by LJ21 at 14:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都府 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新任「京都府観光・コンベンション室長」青柳良明の喜怒哀楽 1日目

○日曜日の夜と月曜日の朝
日曜日の夜のテレビ番組は実に哀しく感じる。「サザエさん」が始まると、どうも心底喜べない。「明日の段取りは・・」など、余計なことが頭にボウフラの如く湧いてくる。
6月1日に人事異動があり、「観光・コンベンション室長」の辞令を頂戴した。僕は京都府庁に勤務する地方公務員。
公務員の仕事の範囲は広い。異動すれば「転職」したのと同じくらい質の違う仕事を担当する。その日から「プロ」の顔をしてあれこれと動き回る。今回の仕事は「観光」がメイン。京都の観光ということは「何でも知っている」ように見られてしまうが、案外、地元の僕たちが知らない名所が多く、首都圏の人たちに「教えて」もらうことが多い。
清水寺、金閣寺・・数えるほどしか行ってない、京料理の美味しい店・・そんな高いお店には行けない・・などなど。ああ、これから勉強だなあ。
月曜日の朝、朝刊を見る紙面がこれまでと違ってきたことに気づく。「地域のおもしろさ」
を追いかけ回している。
「観光京都」そう、京都という地域は、清水さんや金閣さんだけじゃない。北は日本海、
南は奈良県・三重県の県境。そんなところには「舞妓さん」はいない。でも、魅力あふれる地域が展開していることだろう。
そんな魅力を発見していきたい。
新任「観光・コンベンション室長」が京都を走り回る。
京都は30度近い暑さ。これも京都だなあ。

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2006年03月03日

近畿大阪・京都 小沢晴司 5日目

職場は大阪城のすぐ近く、大川に沿った天満橋にあるOMMビルの中にあります。
春はビルから眺める川沿いの桜が見事と聞いてますし、夏の天神祭のときは、船徒御などのプログラムを目の前で見ることができる立地と聞きました。
大阪の都心で働きながら大阪を味わえるだろうことに加えて、せっかく近畿圏で働くので、世界中から年間5000万人の観光客がやってくるという京都に住む欲張りをすることにしました。

BTH2361827_0B.jpg鴨川の流れ。そこに架かる橋から望む北山の山紫。中心街に残る古い町並み。人の心が安らぐ風景がそこかしこに残る京都は、仕事上のストレスもきっとときほぐしてくれるだろうと想像していました。




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ラベル:大覚寺
posted by LJ21 at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都府 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

近畿大阪・京都 小沢晴司 5日目

職場は大阪城のすぐ近く、大川に沿った天満橋にあるOMMビルの中にあります。
春はビルから眺める川沿いの桜が見事と聞いてますし、夏の天神祭のときは、船徒御などのプログラムを目の前で見ることができる立地と聞きました。
大阪の都心で働きながら大阪を味わえるだろうことに加えて、せっかく近畿圏で働くので、世界中から年間5000万人の観光客がやってくるという京都に住む欲張りをすることにしました。
鴨川の流れ。そこに架かる橋から望む北山の山紫。中心街に残る古い町並み。人の心が安らぐ風景がそこかしこに残る京都は、仕事上のストレスもきっとときほぐしてくれるだろうと想像していました。



右上写真は京都の鴨川で、右写真は嵯峨野の大覚寺です。
この町でのいろいろな出会いも楽しみにしていました。
京都御苑や東山できのこ観察をするグループへの参加(きのこは趣味の一つで、前任地の日光でもきのこを楽しむことができました。)や、旧友との再会、神社仏閣のお祭り見物や活動への参加などなど。
明後日の日曜、大阪で華道の先生方主催の風景に関するシンポジウムがあるので出かけてきます。これも、以前からお世話になっていて、今、京都の大学でも活躍中の観光デザイン等が専門の先生を通じたご縁で、私達の事務所も後援団体として名を連ねています。日曜の日記で報告できればと思っています。



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2005年11月28日

京都府京都市 島上宗子 六日目

こんばんは。
ITオンチと遅筆を自認する私が、果たして無事一週間「今週の私」をつとめられるのか、当初心配でしたが、なんとか遅れ遅れながらも最終日となりました。今日11月27日も、京都はまずまずのお天気。観光シーズンの週末、よかったですよね。
11月27日の私は一日部屋にこもり、コンピューターに向かい、たまった仕事の山を少しずつ減らす作業でした。

来週は、11月24日(三日目)にご紹介したティウィさんはじめPKPMのジャパンミッション一行が関西入りします。28日は「コミュニティサポートセンター神戸」、29日は神戸市長田区御蔵の「まち・コミュニケーション」、30日は「市民活動センター神戸」を訪問。12月1日はJICA大阪の研修所で「いりあい」(地域にねざした資源管理)に関するお勉強(島上が話題提供します)とこれまでの研修の振り返り、2日は滋賀県の仰木集落をコモンズ研究会&関西学院大学大学院の山本早苗さんが案内してくださいます。私も一部付き添いです。

12月3日には今度はAsia Forest NetworkのPeter Walpoleさんが来訪。一日目にご紹介したアミタ持続可能経済研究所で、持続研の方々、コモンズ研究会の三俣学さん(「今週の私」にすでに登場)らと議論の後、4日は滋賀県朽木を訪問します。12月6日に東京・早稲田で予定している「いりあい・よりあい勉強会」では、PeterさんにAFNの活動とともに、この京都・滋賀での交流の感想も話していただこうと思っています。
そんなこんなの来週の動きは、あいあいネットのブログでできるだけ報告していこうと思っています。ときどき覗いていただけたらうれしいです。



ということで、最終日は今私のパソコンのデスクトップを飾っている、インドネシアの子供たちの写真で締めようかと思います。2005年8月にFASID(国際開発高等教育機構)の仕事で訪ねた南スラウェシ州シンジャイ県のグヌン・ペラック村の女の子たちです。棚田がものすごくきれいな地域で(あんまりきれいに撮れていませんが、女の子たちが暮らす集落の棚田の写真もつけておきますね)、私は子供たちののびのびとまっすぐな瞳が大好きになりました。


では、一週間ありがとうございました。またどこかでお会いできるときまで。


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2005年11月27日

京都府京都市 島上宗子 五日目

こんばんは。
京都は今日もまずまずの晴天でした。京の今週末は秋の観光シーズンのピークのようで、すごい混みようです。昨日の夜、京都駅に着いたときも、バス停、いつもの3倍くらいの長蛇の列。バスも増発されているのか、すぐに来ましたが、もちろん混みこみ。でもほとんどの人が清水寺の付近でどっと降りていきました。夜間拝観、紅葉のライトアップのためですね。

写真は、京都駅に飾られた巨大なクリスマスツリー。11月の初めころから登場しています。その頃は、クリスマスなんてまだまだやん、と思っていたのですが、だんだんそうも思っていられなくなってきましたね。



全国から人の集まる京都にせっかくいるのだから、夜間拝観にいってみようかな、と思いながらも、あの人混み&渋滞を思うとどうも腰がひけていたら、今朝、東京の友人から京都に行くんだけど会わない?、とのメール。アメリカ交換留学時代の友人からです(今やその名残もなし、、、ですが、ワタシ、大学時代は英文科のアメリカ文化専攻でした)。メールや手紙で近況はときどき交換していましたが、なかなか会う機会がなく、顔を合わせるのはたぶん10数年ぶり。ということで、夕方から京都で会い、夜の紅葉を楽しむことになりました。

お互い認知できるんやろか、と思っていましたが、すぐにわかりました。彼女は、アメリカでずっと仕事をしてきて、今は外資系アパレル有名ブランドの日本支社のたぶんものすごく大切なポジション。かたや私は一言ではなかなか説明しにくい「あいあいネット」。昔の友人でなければ、なかなかこうして会うこともないのかもしれないなぁ、と思いながら、人生に恋に迷い悩んでいたあの頃(キホンテキには今もかな?)と、人生イロイロを実感していました。
河原町の「志る幸」でご飯を食べて(ゼンマイ煮の柔らかかったことぉ。白みそのお味噌汁もとっても優しいお味でした)、永観堂へ。



一日目でご紹介した大文字をはじめ、今年の東山はどうも紅葉のメリハリがないなぁ、と思っていましたが、永観堂は真っ赤、赤、朱、黄、、、のバリエーションがきれいでしたよ。人でいっぱいでしたが、清水寺・高台寺方面よりは渋滞にもならず、紅葉の息づき、まずまず感じとることができました。(カメラが途中で電池切れ。十分ご紹介できないのがザンネン)

ということで、今日は京の夜景とチョット昔話のご紹介となりましたね。それでは、また明日。


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2005年11月25日

京都府京都市 四日目 島上宗子

こんにちは。東京はポカポカといいお天気です。
今日は夕方まで事務所で仕事をして京都に戻る予定なので、11月25日の私は「あいあいネット」の事務所を少しご紹介しようかと思います。



「あいあいネット」は、2004年春頃から構想しはじめ、トヨタ財団の研究助成が受けられたことを機に、2004年秋から本格始動しています。事務局を担う中心メンバーのほとんどは東京在住。2005年6月には高田馬場に小さな事務所を借りました。JR高田馬場駅から徒歩3分程度の便のいいところです。地下鉄東西線の高田馬場駅7番出口からだと、(私の足で)150歩ほどで事務所の入り口に到着します(スターバックスと7番出口の路地を入って、すぐ左に曲がって、またすぐ左に曲がる)。東京の繁華街のど真ん中、といえるのですが、路地を入ると生活感あふれる一角で、事務所も木造二階建てのアパートの一室です。


机もイスもコンピューターもプリンターも電話もなんにもないところからのスタート。メンバーの人脈を使ってかき集められそうなものはかきあつめ、最低限必要なものだけ(中古・新品)購入。欲しいものリストを壁に大きく貼っていたら、いろんな「差し入れ」もあり、だんだん事務所らしくなってきました。


昨日の勉強会の席で、FASID(国際開発高等教育機構)につとめる杉原まゆみさんが差し入れてくれたのが、「i-i Net」の看板。タンザニアに出張にいかれたときのお土産です。タンザニアでティンガティンガと呼ばれる絵にあしらわれた、かわいらしい看板です。


いぐさのお座布団も杉原さんの差し入れ(のっかっているのは休憩用ヒツジの枕)。LJ21のお二人には扇風機、朝田さんにはガスファンヒーター、キーコーヒーの方にはコーヒーメーカー、かみえちご山里ファン倶楽部の方にはイチョウの木のまな板、などなど、たくさんの方にいろんな差し入れをいただきました(ありがとうございました!)。事務所整備も、名称に違わず、いりあって、よりあって、まなびあって、進めていけたらなぁ、と思っている私たちです。

、、、と書いているうちにだんだん日が暮れはじめてきました。そろそろ仕事を片付けて、京都に戻らないと! 今日もとりとめなくなりましたが、それではまた明日。


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京都府京都市 三日目 島上宗子

こんばんは。
昨日の11月23日は勤労感謝の日、ということで(?)、「今週の私」もお休みさせていただきました。ということで、11月24日の私、です。

今日11月24日はお昼から東京入り。11月は東京−京都の往復が多い月で、これで4往復目(JRさんに貢献しすぎかなぁ)。今回は、あいあいネットが主催する「いりあい・よりあい勉強会」のための上京です。

「いりあい・よりあい勉強会」は昨年の11月からはじめてこれで通算八回目になります。「森と人、共生のかたちをさぐる」と「コミュニティとは何か」の2シリーズを中心に、毎回早稲田奉仕園で開いています。今回は、JICA(国際協力機構)の研修事業で3週間ほどの予定で日本に派遣されたインドネシアからの6人を招いての勉強会。6人は、「市民社会の参加によるコミュニティ開発(通称PKPM)」というJICAプロジェクトに参加している人たちで、中央政府職員、地方政府職員、NGO活動家と職業はさまざま。通常なら(インドネシアでは特に)あまり顔を合わせることがなさそうな人たちがゴチャゴチャ一緒になってプロジェクトを進めているのがPKPMの面白いところです。勉強会では「コミュニティ開発のパラダイム転換を目指して〜インドネシア・PKPM運動〜」というテーマで、インドネシア国家官房庁の職員ティウィさんを中心に、それぞれの現場での取り組みを話してもらいました(写真はティウィさん)。


PKPM関係者の日本への派遣、JICAの研修の一環ではありますが、受け身で研修を受講するのでなく、積極的に日本に「調査に行くんだ」との考えから、PKPM関係者の間では「ジャパンミッション」(日本調査団)と呼ばれています。あいあいネットの長畑さんがJICAの短期専門家としてこのPKPMに関与している関係から、あいあいネットもこのジャパンミッションの受け入れに協力することになりました。今週末からは神戸、滋賀でのフィールド訪問・調査などがはじまります(詳細はあいあいネットのブログを覗いてみてくださいね)。


勉強会の後は、高田馬場駅近くのあいあいネットの事務所に場所を移して二次会。「日本ではこういう勉強会には参加者が参加費を払うの?」「へぇー、みんな自腹なんだぁ」「(参加費を徴収している)受付の写真撮ってくればよかったぁー」とワイワイ語り合う6人。インドネシアではこういった勉強会やセミナーは、援助機関や政府からの資金で開かれるものがほとんど。参加費は常に無料、参加者には交通費やちょっとしたお小遣いまで支給されることが多いので、驚いたようでした。見聞きすることから、なんでも吸収するぞぉ!、との意気込みが伝わってきて、今週末からのフィールド訪問が楽しみです。


ということで、毎度のことながら深夜12時近くまでおしゃべりをして「いりあい・よりあい勉強会」は終了。一日目にも書きましたが、第九回目は「アジアの森と日本の山村をつなぐ〜AFN常務理事ピーター氏を迎えて〜」と題して12月6日に開催しますので、関心のある方、ぜひいらしてくださいね。

posted by LJ21 at 08:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都府 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月22日

京都府京都市 島上宗子 二日目

今日は、朝からずーっと家にこもりっぱなしでコンピューターとにらめっこの一日でした(まだ人とろくに会話もしてへんのんちゃうかな?)。報告書が終わらなくて頭はストライキ状態。今日はもうなんもよう書かんわぁ、と思っていたら、朝田さんから関西弁で書いてみたら、とのメール。お、それええかも、ということで、今日は若干関西弁まじりで書かせていただきます。

私、生まれは福岡大牟田なんですが、二歳の時に東京に転居。幼稚園から高校卒業まで大阪で育ちました。その後、東京、千葉、京都、インドネシア、、、と転々とし続けているんですが、やはり成長期をすごした大阪が一番どっぷりしみこんでいるようです。はじめは「あかん」の意味もわからず戸惑う状態で、幼稚園児ながら、なんか変、と感じていたのを覚えています。小学校に入ったら、標準語で書かれた教科書を関西弁なまりで読める先生・友達をすごいなぁ、と思ってみていたのですが、子供の習得力というのは大したもので、すぐにそれもできるようになってしまいました。とはいえ、ウチの母は私よりも長い間大阪に住んでいるのに、いまだ関西弁をマスターできず、標準語なので(生まれは九州ですが、少女時代を北海道、東京で過ごしたせいでしょう)、私は、家では標準語モドキ、外では関西弁のバイリンガルで育ってきました。新幹線に乗って東京に近づくと自動的に標準語モードとなり、逆に名古屋を過ぎて関西に入ると関西弁モードに切り替わります。コトバというのは、人の態度・姿勢にも影響を与えるようで、私は関西弁で話をしたほうが、どうも、人に声をかけやすい、近づきやすい感覚をもってしまいます。


私がこの4年あまり通っているインドネシアのスラウェシは、もちろん関西弁が通じるわけではないのですが、なぜだか、体(態度・姿勢)が関西弁モードに切り替わるように感じる地域です。「え、ほんと?」と相槌をうっていたものが、「え、うそぉ!ホンマァ?」と叫んでしまいそうになる、といったら、伝わるでしょうか、、。同じインドネシア語でも、関西弁に近いリズム、イントネーションを感じ、人の態度も総じて開放的、ノリがよくて能天気(かなりの偏見かな、、、)。2年あまり前に国際協力銀行の仕事で南スラウェシ、東ヌサ・トゥンガラ、西カリマンタン、中部ジャワの4州で農村小規模金融の調査に参加したのですが、そのとき、どの州でもほぼ同様の過程をへて調査を実施したにもかかわらず、一緒に仕事をしたインドネシア側の調査者の人たちのノリは4州4様でした。やはりこのときも南スラウェシは総じて「関西的」であったように感じました。(写真は南スラウェシの調査チームのメンバー)

今日はこんな独断と偏見たっぷりの書きなぐりで皆さん、ごめんなさい(関西弁はどうも苦手、という方もごめんなさい)。でも、頭を少し関西弁モードにしたおかげで、スイスイ書けました。脳みそも少しリラックスできました。明日は仕事も進んで、もう少し、まともなことが書けるいい一日にしたいと思います、、。ほな。




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2005年11月21日

京都府京都市 島上宗子 一日目

はじめまして。「いりあい・よりあい・まなびあいネットワーク」略して「あいあいネット」の島上宗子(しまがみもとこ)です。朝田さん、浦嶋さんとは、2年あまりのおつきあいになるかと思うのですが、はじめての「今週の私」です。これから一週間、どうぞよろしくお願いします。「いりあい・よりあい・まなびあいネットワーク」について書き出すと長くなってしまいそうなので、一週間の私の生活を通して、断片的にでもお伝えしていくことができたら、、、と思っています。(マメには更新できていませんが、あいあいネットのブログ、覗いてみていただけるとうれしいです。それから、あいあいネットの仲間・長畑誠さんが昨年12月の「今週の私」でより詳しく触れているのでこちらもあわせてどうぞ、、。)

「あいあいネット」の事務所は東京・高田馬場にあるのですが、私はこの10年あまり京都に暮らしていて、必要に応じて上京する生活です。といっても、この数年、年の半分はインドネシアで過ごす仕事・生活スタイルが続いているので、「京都に(日本に?)暮らしています」とはいいきれない感じではありますが、、。

今日の京都は秋晴れ。私が暮らすアパート(下宿?)の屋上からは、大文字山がくっきりみえます。まだちょっと紅葉には早い感じですね。夏の送り火のときは、まさに特等席なのですが、インドネシアにいることが多くって、指折り数えるほどしかみれていないかな、、。

今日はポカポカ日差しの中、部屋にこもってコンピューターに向かっていたのですが、夕方から、アミタ持続可能経済研究所(持続研)でのセミナーに出かけました。左京区の家から中京区の持続研までは自転車。京都はとにかく自転車でどこでもいけてしまうのが、離れられない理由の一つかもしれないです。碁盤の目の街ですから、毎回違う路地を通っても迷うことはほとんどなく、あらぁ、こんなところにこんなモノが、、という発見がたくさんあります。今日は時間がなかったので、通りなれた道沿いの風景を少しだけご紹介します。


鴨川の東岸、荒神橋の近くにきたところで、京大の東南アジア研究所の図書館をカシャ。大学院時代、お世話になった図書館です(東南アジア地域研究なるものを勉強していました)。「京都織物会社」「明治廿年創立」と刻印のある、歴史ある建物です。時々、映画の撮影に使われていたりします(刑務所から出所してくるシーンが多いのだな、なぜか)。


それから、向かいの荒神橋を渡って、


御所を通り抜けて(街のど真ん中の景色とは思えないですよね)、


アミタ持続可能経済研究所に到着。
持続研は、町家を改築したなかなかステキな佇まい。中では主に20代から30代の若い研究員の皆さんがバリバリ仕事しています。今日のセミナーは、持続研の研究員中尾友一さんの「森づくりと家づくりをつなぐ〜安曇川森と家づくりの会の活動〜」のお話と、滋賀県庁の職員でもあり、一級建築士でもあり、湖北古民家再生ネットワークなどで活躍されている清水安治さんの「懐かしい未来をつくる〜地域資源を活かす古民家再生〜」のお話でした。お二人のお話に、分断されていたものをつなぐことでこんなに活き活きとした動きが生まれるんだ、ということを再実感。20名程度の参加者がいたのですが、ほとんどが若い学生・院生さんでびっくり。こういう話題への若者の関心の高さの表れか、持続研の若いパワーの表れか、、。セミナーの後、研究所内の囲炉裏端で交流会が持たれたのですが、写真を撮るのをすっかり忘れてしまって、ザンネン。

あいあいネットは東京を拠点とした活動を続けてきたのですが、関西でも少しずつ拠点・ネットワークづくりをしていけたらなぁ、と考えています。12月3〜4日には、アジア・フォレスト・ネットワーク(AFN)のピーターさんが関西にこられるので、京都と滋賀県朽木での交流を計画しています。そんなこんなのあいあいネットの取り組みを東京での「いりあい・よりあい勉強会」でとりあげます。11月24日はインドネシアからのゲストを招いてインドネシアの地域づくり、行政との協働に関わるお話、12月6日は、AFNのピーターさんにアジアの森・山村をつなぐ相互交流・ネットワーキングの経験と意義について話していただきます(詳細は上記のブログ、ご参照のほど、、)。東京方面にお住まいの方で関心をもたれた方、ぜひご参加いただけたらうれしいです。

、、ということで、初日からまとまりのないまま、最後は強引に勉強会の宣伝でしめてしまいましたが、また明日もどうぞよろしくお願いします。




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2004年07月18日

京都府京都市 7日目 濱崎加奈子

祇園祭は昨夜クライマックスを迎え、後は疫神祭やあとの祭等を残すのみとなりました。京都では、祭の日に鯖寿司をたべるのを習慣としていますが、この鯖を古く日本海の小浜より京の都へと運んだ道は「鯖街道」と呼ばれています。三千院や寂光院で有名な大原の奥、この鯖街道(旧道)を北へ車で数分はいったところにもまた、私たちがしばしば集う場所があります。小浜から鯖を運んできて、都まであとひとふんばりと、最後に足をとめ、しばし旅の疲れをいやした場所。阿弥陀寺という寺のふもと近く、寂光院の裏山にあたります。ここは、茶室のある庵になっていて、しばしば、遠方からのお客様をお招きし、お茶のおもてなしをさせていただいております。
 今日も、京都の知人2名が東京のお客様2名をご案内する形で、茶会が行われました。


茶会といえば、ちょっと身構えられることが多いのですが、お茶をいただきながら親交を深める場と考えてよいと思っております。数百年の歴史ある芸道ですので、形式や決まりももちろん沢山あり、奥深く、それを追求するのはとても面白いことだと思います。でも、私たちは、とにかくお客様がどのようにすれば一番くつろいでいただけるかを考え、できる限りフレキシブルに対応させていただいているつもりです。今日のお客様も、あまりお茶に親しんでいない方々のため、茶室にいる時間をなるべく短く、ポイントだけに絞って構成してみました。
 通常の茶会ならば、茶室にはいり、ごはんに汁、向付(酒肴)、煮物碗(メインディッシュ)、八寸(酒肴)、時に焼物などもあって、その間に酒のやりとりがあったりして、その後、主菓子(生菓子)をいただき、いちど席を立って外に出ます(路地にしつらえられた腰掛待合で席が改められるのをしばし待ちます)。その後、再度お席にはいり、濃茶をいただき、干菓子に薄茶をいただきます。この間、4時間程度の時間を要するのです。ここまですれば、とても充実したお茶の時間を過ごすことになるのですが、初めての方々にとっては、ちょっと大変です。そのため、私たちは、しばしば、これらの過程のいくつかを省き、簡略バージョンで臨みます。今日は、汁、向付、八寸と酒のやりとり、主菓子と濃茶、干菓子と薄茶、というように構成してみました。そうすれば、1時間ほどで茶室から出ることができます。その後、私たちがアジア部屋と呼ぶ別室にてゆっくりと軽いお食事をいただきながら歓談することにしました。


写真は、八寸のメニューです。手前が海の物として、アナゴの干物。向側が山の物として、一晩出汁に浸した小おくら。これを酒肴として亭主と客との間でお酒のやりとりが繰り広げられます。その他、汁碗はじゅんさいとしんじょう(夏なので赤味噌ベースの汁)、向付には鱧(はも)のたたきにいたしました。
 茶会といえばお茶とお菓子しか連想されないことが多いですが、実は、お食事をいただき、お酒もたっぷりいただくこともできます。茶会のもよおされる時間により、いろいろな決まりごともありますが、勝手な言い方をすれば、朝ごはん(朝茶事)、昼ごはん(正午の茶事)、ごはんの後(飯後の茶事)、夜ごはん(夜咄)、等々と考えてもいいのかもしれません。


お床は、茶会の中心テーマを決めるものですが、お客様のご嗜好を予想し、仏的なものと季のものとのとりあわせといたしました。花は高野槙とほおずきです。お床のものとしては珍しいように思いますが、お客様には喜ばれました。ここでは詳しいお道具の説明は省きますが、茶会は、テーマに添って道具を組み合わせることにより、亭主の伝えたいメッセージをお客様にお送りすることができます。言葉ではなく、しつらえや食事、お菓子、道具のひとつひとつによって、お客様と会話していると考えていいように思います。
 いままで、さまざまな方々をお招きしてきましたが、茶会の後は、席を同じくしたメンバーが、とても仲良くなるように思います。あまり親しくなかった人も、茶室から出て来た後は、打ち解けて、心を通わせているように思えます。とくに、外国の方々は、顕著だと思います。同じものを食べ、同じ器でお茶をいただき(お濃茶は1碗を全員でまわし飲みします)、狭い場所で同じ時間を共有することで、とくに何か突っ込んで話合いをするわけでもないのに、何かお互いに理解しあえたような気持ちになれるから不思議なものです。
 茶会の場には、日本人の、人と人との間のコミュニケーションのあり方における知恵が凝縮しているように思えます。


私たち伝統文化プロデュース連は、伝統文化を知っていただくためのイベントのコーディネイト、茶会、研究会、海外への日本文化発信などを行っております。
 一週間、拙い文章におつき合いいただきありがとうございました。どこかでお目にかかれますことを楽しみにしております。どうもありがとうございました。

 伝統文化プロデュース 連 濱崎加奈子
 http://www.ren-produce.com


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2004年07月17日

京都府京都市 濱崎加奈子 6日目

今日は一日、先日お話した小鼓展のチラシの打合せです。朝は休日返上の編集担当スタッフと打合せ。気がつけば、祇園祭の山鉾巡行は終わっていて、今年は巡行を見ることは叶いませんでした。毎年見ることはできると思いつつ、次は来年なのだと思うと、ちょっとさみしい気持ちもします。会議は午後一度解散し、ふたたび夜に集合しました。集合場所は、上七軒(かみしちけん)。
 京都には花街が5つありますが、上七軒は、京都でいちばん古い花街(かがい)で、北野天満宮の東門前に位置しています。今は南門が今出川通りという大通りに面しているため、南が正面のように思われていますが、本来は東門が正門でした。古くは、今出川通りも、今の上七軒の通りのことをいったようです。上七軒にも、有名な祇園と同じように、芸妓さん舞妓さんがいる「お茶屋さん」が何軒かあります。今日の会議場所は、上七軒名物の「ビアガーデン」で行うことになりました。
 上七軒のことを少し申し上げますと、発祥は室町後期、北野天満宮造営の折の余材で七軒の茶店を作ったことに端を発すると言われ、豊臣秀吉公が千利休らと「北野大茶湯」を行ったことでも有名です。街のマークである「つなぎ団子」は、大茶湯の折に秀吉公に茶店で出していた団子が気に入られ近畿一円の団子商い権をいただいたことから由来しているとか。今でも、踊りの時期(花街では、年に2度、春と秋に踊りの会があり、京都内外から沢山のお客様がお見えになります)や天満宮の梅苑の折には、夏柑糖で有名な菓匠による「七軒団子」をいただくことができます。


ビアガーデンの歴史は古く、昔は他の花街でもやっていたようですが、今や上七軒のみとなりました。7、8月の2ヶ月間、浴衣姿の舞妓さん芸妓さんに出会えるとあって人気です。この時期京都にいらした方は、一度足を運んでみてください。文字通り「ガーデン」で行われており、なかなかに風情があります。
 上七軒も、私の活動に関わりがあります。
 京都で学部時代を送った私は、ここ上七軒のお茶屋さんでお手伝いをさせていただいていました。歌舞伎が好きで南座に通っていた頃、同じく歌舞伎好きの舞妓さんと知り合い、そのご縁で紹介していただきました。ちなみに、彼女とはいろいろな意味で意気投合し、現在、連の活動も一緒に手伝ってくれています。
 さて、上七軒にある一軒の小さなお茶屋さんに、週2度ほど、店の番や手伝いをしていました。私にとって、店のお母さん(女将さんのことです)は京都のお母さんのような存在です。花街には、古い習慣がたくさん残っていて、私の京都学は、ほとんどここ「上七軒大学」で学びました。そう、お茶屋のお母さんは、上七軒のことを「大学」と呼ぶのです。まったくそのとおりで、世の中のことも京都のことも知らない私に、いろいろなことを教えて下さったのです。そういえば、昔は、大学の教授が学生を連れてお茶屋さんに来たそうです。そんな京都の大学のよき風習は今や見られなくなりました。
 歴史をひもとけば、花街は、文化発祥の地でもありました。芸能や文学、ファッションの流行をも生み出して来ました。そんな花街の文化を伝えるため、昨年夏は上七軒でフォーラムを開催させていただきました。花街は遠くて近いもの。もっと親しんでいただければと思っています。


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2004年07月16日

京都府京都市 濱崎加奈子 5日目

いよいよ宵山を迎えた今日、四条界隈には屋台が立ち並び、どの通りも浴衣の人であふれていました。ここ数年、浴衣を着る人が増えたのは嬉しいことだと思っています。10代20代の女性の浴衣柄も麻の葉や縞などの古典柄がほとんどで、色も涼やかなものが多いように思います。それに加え、今年目立ったのは、男性の浴衣姿です。去年までは甚平姿がだったのに、今年は浴衣をちゃんと着ているのには驚きました。帯の結び方もさまざまに工夫されていて、なかなかに楽しめます。
 写真は、これから人が多くなるという午後6時の長刀鉾の前です。明日はいよいよ、鉾が動きます。それを、じっと待っているように思えるのは私だけでしょうか。
 十数年前、初めてこの長刀鉾が動いたの見た時のことを思い出します。じつは、「ただ動くだけじゃないの」と内心思っていたのですが、動かされた瞬間、思わず「山が動いた!」と思いました。神の棲む山の、地鳴のように感じられたのです。その存在の巨大さに、しばし見愡れてしまいました。
 通りに鉾より高い建物がなかった時代のことを思えば、さらに想像は豊かなものになります。屏風絵には、鉾の先が雲上に突き出ている様子が描かれていますが、当時の人々にとって、あの絵は「真実」だったのではないかと思えてくるのです。1100年の昔、疫病が流行った時、神泉苑に66本の鉾を立て、疫病退散を祈ったという、鉾。その神なる力は、現代にも生きているのでしょうか。



さて、祭となれば、恒例の行事がつきものです。考えてみれば、京都は年中、どこかで祭や行事が行われているように思われます。今日宵山の日は、祇園さんのお献茶の日と決まっています。祇園・八坂神社を中心に、10席あまり、釜がかけられます(決められた団体によりお茶席が催されます)。私も、祇園・万亭(一力茶屋)のお席に出かけました。
 万亭さんのお茶席は、祇園の舞妓さんがお運びをしてくださるのが楽しみのひとつです。たくさんのお客さまがいらっしゃるので、あまりゆっくりとはできないのですが、しばし優雅なひとときを過ごすしました。
 先日、パリとリスボンの茶会の様子をご披露しましたが、今日お邪魔させていただいたような席は、大寄せと言って、一席にたくさんの人たちが一緒する茶会です。しばしば、お点前も省略されます。それでも、お道具や席の雰囲気を楽しむことができます。茶会は、本来、亭主がお客様のことをよく知っていて、その方々の顔を思い浮かべながら、その方々のために道具を選び、料理を作り、菓子の意匠を考える、というのが基本だと思います。ただ、これが芸能の面白いところで、不特定多数をお客とする大寄せにも需要があり、今やむしろこのような形の方が多いのではないかと思われます。日曜日にまた違ったスタイルの茶会を予定しています。お楽しみに。



街中を歩きまわったので、町家カフェでひと休み。近年、町家を改装したレストランやカフェが急激に増えました。町家および町の景観を保存すると同時に、よりくつろげる空間でお茶をいただくことができるのは嬉しいことです。でも、町家はどうしてくつろげるのでしょうか。柱や梁の材の古さ、完全密閉空間ではないこと、そして、ほんのわずかな歪み。風が通り、ぽっかりと気の抜ける場所と時間があるのかもしれません。生活の快適さや便利さとうまくバランスをとるのは難しいかもしれませんが、古さの長所を取り入れた生活スタイルが、いま生み出されようとしているように思えます。友人の建築家は、家を町家風に改造する仕事を手がけました。見かけだけではなく、住み心地の良さを考え、あえて町家風に改築したそうです。面白い考え方だと思います。どうか、町家カフェが一過性の流行に終わりませんように。もっともっと進化した形が生まれていきますように。



さて、宵山の夜もまた恒例の行事があります。祇園祭の山鉾の中で、ただひとつ、鴨川を渡ることを許された鉾があります。それは、長刀鉾です。宵山の夜、長刀鉾町の囃子方だけが鴨川を渡り、八坂神社でお囃子をお納めします。これが、深夜0時頃。それから、祇園町を練り歩きます。一般の方々にあまり知られていない、長刀鉾の町衆だけのお祭です。
 ひとつのお祭にも、さまざまなコミュニティが幾層にも複雑に折り重なっているのだなとつくづく感じさせられます。


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2004年07月15日

京都府京都市 濱崎加奈子 4日目

祇園祭宵々山にあたる今日7月15日は、毎年、八坂神社で今様謌の奉納を行っています。これは、「伝統文化プロデュース 連」の活動ではなく、「日本今様謌舞楽会」の行事なのですが、私共メンバーは、この今様の会にほぼ全員行事に参加しており、今様のWEB事務局も担当させていただいております。
 昨日お話しました嵐山ですが、今様の会もまた嵐山に集いの場(道場)をもっています。ここ数日の間に3度ほど通いました。というのも、偶然なのですが、本年11月にポルトガルでの今様公演が決定しているからです。一昨日触れましたように、ポルトガル帰りの私は、今様の会の代表(家元)にポルトガルについて報告し、11月公演の舞台構成やツアーについて等、細かい打合せをさせていただいております。今様の公演は、11月27日(カスカイス市)、28日(リスボン市)に決定しています。どちらも素晴らしい劇場なので、機会があればぜひいらしてください。ツアーも募っております。


今様の会についてですが、連の活動および私の京都生活と深く関わっていますので、少しお話させていただきたいと思います。
 もともと、伝統文化に縁のなかった私ですが、京都に憧れ、京都で学部時代を送ることになり、伝統文化について知ることになりました。歌舞伎が大好きになり、南座(もとは古い歴史をもつ歌舞伎芝居小屋)でアルバイトをしたり、素人顔見世(12月の歌舞伎興行の後、京の旦那衆が役者さんたちに特訓を受け、歌舞伎の舞台に立つことがありました)に出演したりと、文字通り歌舞伎にハマってしまったことで、入口が開かれてしまったようです。東京・歌舞伎座にも足繁く通うようになったある日、東京からの芝居帰りの新幹線の中で隣合せた方に今様のことを聞きました。そんな偶然のきっかけでこの会について知り、嵐山にある今様道場に通うようになりました。
 日本今様謌舞楽会は、平安後期に流行した歌謡である「今様」について研究するとともに、今様について研究され、本会を設立した先代桝井泰山が復興した今様の節を保存、当代が白拍子舞などの研究をつみ、京都を中心に全国の社寺で奉納をしている団体です。今様については、記録が少ないため、はっきりしたことはわかっておりません。ましてや、白拍子との関係となると、ますますわからないことが沢山あります。ですから、いま私たちが行っている今様のやり方が、平安時代そのままかといえば、そうではないと思います。でも、当時の装束を来て、文献から想像されることを実践しつつ、さらに、自分たちのアイデアで現代に生きる今様を再興することは、とても面白いし、意義深いと感じています。
 私が初めて今様の舞台に立ったのは、祇園祭の奉納だったように記憶しています。提灯のともる八坂の能舞台で、白拍子舞を舞う。それはそれは、心ときめく瞬間でした。
 もともと神社や寺が大好きな私は、今様をきっかけに、京都の社寺に行かせていただく機会を多くもつようになり、京都についてより深く知るようになりました。(写真は、今様謌舞楽会のメンバーです。)


昨年は、今様の会にとって節目の年だったこともあり、家元の長年の夢を叶えるべく、連のメンバーが活躍いたしました。それは、「15日連続今様歌合せ」というものでした。毎年、10月に1日だけ行ってきた今様の歌合せですが、平安後期、後白河院が15夜にわたり「今様合(いまようあわせ)」を行ったという記録があるのです。いつかは、史実により近い「15日間」を実現しよう、と思っていたところを、昨年ようやく開催が実現しました。
 史実によれば、「今様合」の行われた場所は今の三十三間堂のあたり、法住寺殿というところだったのですが、昨年は、15日間、毎日違う場所で開催いたしました。第1日目が賀茂別雷神社(上賀茂神社)、2日目が八坂神社、3日目が今熊野観音寺…そして最後は平安神宮で締め括りました。平安時代および後白河院に因んだ場所ばかりです。
 おおまかな次第は、当日「題」が発表され、歌人が左右にわかれ、即興で今様(基本は七五×4節)を詠み、1番づつ勝敗を決し、優れた歌に白拍子が舞をつけるというもの。といっても、今様専門の歌人なんて世の中にそうそうおりません。知人に声をかけ、110名ばかりの「にわか」歌人が出演しました。今様は、高度な専門性もあるかもしれませんが、即興性に面白さがあり、和歌のようにじっくりと練られたものばかりではなく、率直に言葉を並べたというものがかえって良しとされることが多いように思います。そういう意味では、にわか歌人とはいえ、どこにも引け目はなく、皆が楽しく参加できて、大成功に終わりました。そして、今様の輪が広がったことは、とてもよかったと思っています。みなさんも、平安装束を身にまとってみませんか?とても楽しいですよ。
 伝統文化といえども、歴史に対するより深い探究心に加え、常に新しい試みをしていくことが大事だと考えています。伝統は「創造」するものである、と思います。それは、決して遠いところにあるものではなく、私たち自身が作りあげていくことのできるものだと思います。誰もが、創造することのできるもの。
 伝統文化にまったく関わりのなかった頃の私は、伝統というものにどこか憧れながらも、何か遠いもの、一段自分のいる位置よりも高いもの、と決めつけていたように思えます。だから、伝統の素晴らしさ、楽しさを知ってしまった今、「こんなにも面白いよ!」と、より多くの方々に伝え、また、一緒にまなんでいきたいと心から願っています。


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2004年07月14日

京都府京都市 濱崎加奈子 3日目

今日は祇園祭「宵々々山」ということで、夕方から四条通り(長刀鉾や月鉾などのたつ大通り)は歩行者天国。四条付近に行かずとも、浴衣を着た女性や子供たちがバス停でバスを待っていたりして、お祭の気配はここかしこに充満しています。
 祇園祭はお宮の祭と町衆の祭に分けられますが、どちらも、八坂神社(明治までは感神院、祇園社などと呼ばれ、牛頭天王を祭祀していました)を中心に執り行われます。この八坂神社から四条通をずっと西に向かい、桂川をこえれば松尾大社に行き当たります。都を、この渡来系の神々が東西からはさみ、悪霊をよせつけないようにした、と言われているのです。
 夕刻、市内から松尾大社のある西へと、車を走らせました。
 そう、祭と聞けば思わず足を祭へと向けてしまうものですが、祭をよそ目に喧噪を逃れ、その余韻を楽しむのもまた贅沢な気分を味わえるものです。
 鴨川が京の町のシンボルとすれば、松尾から嵐山に流れる桂川はまた、京の西の境として、平安の昔より人々に愛されてきました。電信柱も高層ビルもなく、ただ川が流れ、その向こうに、低い山々が連なる風景は、目蓋をとじれば、貴族が船を浮かべて遊んだ往時がよみがえるようで、私の好きな場所のひとつです。

この嵐山に、私共「伝統文化プロデュース 連」がしばしば集う会議場所があります。今日は、秋(9/30-10/17)に開催を予定している小鼓の展覧会に向けたスタッフ会議が行われました。
展覧会は、「華麗なる小鼓筒蒔絵の世界 -生田コレクション展- 」と題し、室町期から江戸初期にかけての小鼓筒(小鼓は、左右に皮を貼ってありますが、中心部分を「筒」といいます)40本余りを展示するものです。ただ、単に「展示」しただけでは面白くない、ということで、楽器としての側面にスポットを当てるべく、実際に展示品の音を聴く試みとしての「鼓筒聴きくらべ」、能楽鑑賞会、小鼓体験セミナー、小鼓製作にかかわる職人や演奏者の話を聞くフォーラム等を開催させていただく予定です。この時期京都にいらっしゃる方がおられましたら、是非とも足をお運び下さいますよう、よろしくお願いいたします。



さて、今日の会議の重点事項のひとつは、併設展「蒔菓子展-能楽を題材として-」についてでした。「蒔菓子(まきがし)」とは、能をはじめとする伝統芸能の曲目を菓子で表現したものですが、現在はあまり見られなくなりました。今回は、企画展にあわせて、能楽をテーマにした菓子を創菓し、展示することことになりました。小鼓展に花を添えるとともに、能楽の世界について知っていただくきっかけになればと考えております。
 写真は、スタッフが菓子を制作しているところ。作品になるかどうかわかりませんが、スタッフ自身が内容をよく知ることが大切と考え、今までに、数度にわたる菓子づくり講習および小鼓講習を開催してまいりました。蒔菓子は、茶道でいただく抽象的なお菓子とは異なり、具象的。また、組み合わせによる構成も可能とあって、想像だけは膨らみます。当日までに、どんな菓子がうまれるでしょうか?楽しみです。


ここで、展覧会のメインとなる「生田コレクション」について、少しばかりお話させていただきたいと思います。生田コレクションは、室町期から江戸初期にかけての小鼓筒88本を根幹とした大変貴重なコレクションです。所蔵者の生田さんの曾祖父、祖父にあたる生田秀氏、生田耕一氏が、明治大正期に蒐集されたわけですが、単に美術的な価値だけではなく、さまざまな筒作者の作品を蒐集するという、研究的視点をもっていらっしゃったことは、ことのほか重要です。筒を上からのぞくと、かんなで削った跡が見えるのですが、その芸術的な美しさといったら、言うに尽くせないものがあります。有名無名の作者たちが、自らの痕跡を残そうとでもしたのでしょうか。皮をはってしまえば見えない部分に、繊細かつ大胆な細工がほどこされているということに、何かエネルギーのほとばしりのようなものを感じてしまうのです。この「かんな目」を中心とした生田耕一氏の研究書は、鼓筒研究のバイブルとして、ますます価値を高めています。


当代の生田さんもまた、小鼓筒の研究の第一人者です。今回、生田さんがこの貴重なコレクションの公開に踏み切られたのは、研究の輪を広げたいという熱い思いをもっていらっしゃるからでした。秘蔵するのではなく、公開することで、いろいろな分野の方々から教示を受けたいとおっしゃっておられたのが印象的です。私は、展示により、若い研究者にも、鼓筒研究の道が開かれるのではないかと考えています。いや、鼓筒だけではなく、能楽をはじめとする芸能研究、また美術研究に大きな貢献をするものと思います。
 小鼓筒について知れば知るほど、小鼓の虜になっている自分がいます。筒そのものだけではなく、皮や調べ(麻紐)、筒にほどこされた蒔絵、音色についてなど、小鼓にまつわる優れた技術の数々について知ることは、日本文化について知ることではないかとも思えてきたりもするのです。
 日本文化は、京の町家と同じで、入口は狭いように見えて奥行がずっと深いというのは、まったく本当のことだと、身を持って感じております。


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2004年07月13日

京都府京都市 濱崎加奈子 2日目

京都市内もその昔は路面電車が走っていたそうですが、リスボンの町には、いまでも堂々と路面電車が走っています。京都では、今や公共の乗物と言えば、バスと東西に走る地下鉄ですが、バスは定刻に乗れた試しがありませんし(つまり、いつも遅れている)、地下鉄も、多くの文化財が眠る京の地面を掘り返しては、町家の井戸水を涸らしていて、決して手放しに喜ばしい存在と言うわけではありません。
 リスボンの路面電車は、とてつもなく非効率的で、車両も小さければ、ポイント切替も手動。交叉路で運転手さんが降りてはガッチャンとレバーを切替えます。その間に、九官鳥を肩にのせたお姉さんや犬を連れたアコーディオン少年が横切ったりします。電車の本数は多く、いつも満員でにぎやか。観光客が主かと思えばそうでもないようです。急勾配の斜面をガタガタと登るケーブルカーもあって、乗れば5分の距離ですが、買物袋にタマネギをいっぱい詰め込んだ老婦人や、ステッキを携えた黒帽子の紳士が、駅員に定期パスを見せて乗り込んできます。ケーブルカーもまた、地元の足なのでした。


ところが、リスボンが前近代的な古い町かと思えば、それだけではありません。近代的なビル群もあれば、オフィス街もあります。ヨーロッパ一といわれる巨大ショッピングセンターもあります。でも、古い町並の中いる限り、ビル群はまったく視界にはいらないのです。ビルという存在を忘れ、中世そのままの世界に迷いこんだような、そんな錯角をおこさせてしまいます。それぞれの街が見事に区分けされ、景観が保存されているのでした。
 町を歩いて印象的だったのが、市場の2階。古本売場と小さなイベントペースがあり、吹抜けロビー壁面には、市場の歴史たる、古い時代の物売の男たち・女たちの絵や写真が掲げられていました。市場自身は、東京の築地のような威勢のよさはありませんが、歴史を大切にし、誇りをもって、静かに、確かな歩みで歴史を刻もうとしているように思えました。


こんな町の一角に、つい最近まで宮殿だったというホテルがあります。未だかつてない盛り上がりを見せたユーロサッカー2004決勝戦の前々夜、このホテルので、レセプションが行われました。その会場の一隅の「庭」が、私たちの茶会の舞台でした。


昨日に引き続き、「寄せ集め」の道具立てをご披露いたしましょう。
 風が強くて、茶杓も蓋も何もかも吹っ飛んでしまうこと、また、お客様のリクエストにより、変則的な点前を強いられておりますが、ご寛容のほどを。パリとは違い、「何でも揃う町」というわけではない為、道具集めには苦労いたしました。風炉は、パリのような見立てではなく、できる限り「日本的情緒」を演出するという指示のもと、オーソドックスさを求め、普通の風炉釜をさがしました。ポルトガルに風炉釜が3つあるという情報を得、そのうちの1つをお借りすることに。花入は、よく見えないかもしれませんが、ようよう見つけた竹の蝋燭立をひっくり返して使いました。オーソドックス…とつぶやきつつ、サッカー準決勝を観戦し、少々興奮気味だった私たちは、ホームセンターで仕入れた長板に、ユーロ参加国の旗を描いてしまいました。
 そうそう、「茶室」は、日本好きのドイツ人がどこからか竹を仕入れて来て、組み立ててくださいました。かねて指示していたものとはかなり違ってましたが、結果、面白いものになったのでは。壁面をなしている白布は、透明感をもたせることで、白昼シルエット効果を狙ったのですが、単なる白布でがっかり。でも、強い風が白布を翻らせ、大航海時代の帆船を想像させ、茶室が船になった!と楽しい気分を味わうことができました。


最初は遠巻きに見ていたお客様たちも、次第に茶室の廻りをウロウロ。覗いては去り、また覗きにやってくるという有り様でしたが…日が暮れるにつれ、茶室の周囲を人々が取り囲むようになり、150名あまりの方々が、ワインを片手に生菓子を食べ、薄茶を飲んでくださいました。パーティーもおひらきになる頃には固定のフアン(!)ができていて、点前座に座り込んで動かない人や、友人を次々に連れて来てくださる方もいらしゃって、はるばる来てよかったと思いました。
 パリではお茶が流行っているそうですが、まだまだポルトガルでは「異国文化」のようです。抹茶を見るのも初めてという方がほとんどでした。
 日本の茶道は、南蛮文化の大きな影響を受けています。食べ物全般の嗜好も非常によく似ていると思います。市場では、さんまやいわし、太刀魚など、日本の魚屋さんと少しも変わらない品揃えに驚かされます。お菓子の種類も豊富で、パリや香港などを除けば、美しい形に仕上げたり、繊細な味の変化を楽しんだりするところなど、他の国々にはあまり見られないのではないかと思われます。
 でも、日本がポルトガルの影響を受けていること、よく似ている面をもっていることを、ポルトガルの方々はあまりご存知ないように思いました。
 何だか、外国旅行記になってしまいました。明日は京都に戻ろうと思います。


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2004年07月12日

京都府京都市 濱崎加奈子 1日目

はじめまして。「伝統文化プロデュース 連」の濱崎と申します。一週間、どうぞよろしくお願いいたします。
 唐突ですが、この2週間、ポルトガルのリスボンとパリで茶会をさせていただき、昨夕、帰国いたしました。関西空港から乗合バスで京都に向かったわけですが、市内にはいったとたん、京の町は祇園祭まっただ中であることを思いだしました。いえ、決して忘れていたわけではないのですが、例年ならば、徐々に祭モードに入っていくところが、いきなり祭の中に飛び込んだ!という感触でしょうか。暑さとけだるさで流れが堰止められたような京の町中にあって、辻々から、どこからともなく、祭を前にした、そわそわ-さわさわ、とした空気が伝わってきます。それもそのはず。「鉾立て」の日だったのです。通りを一筋すぎる毎に、まだ骨組み状態の、鉾や山が立てられていました。
 京都の人にとって、祇園祭は、格別のものであるように思います。千年あまり都がおかれていたことで、貴族文化が発達し、宮中儀礼に端を発した祭も数々ありますが、京都中を文字どおり祭一色に染めるのは、やはり、この庶民の祭たる祇園祭だと思います。
 もともと神戸出身の私ですら、毎年、この時期に聞かれる「コンチキチン」のお囃子を聞けば、「ああ、この季節になったんだな」と感じるから不思議です。少し先のことになりますが、8月の送り火(大文字)を見れば、夏の終わりをしみじみと感じ、「日本人でよかった」と思ってしまうのも、面白いことです。
 とまれ、祭には、元来どの土地の人間であるかに関わりなく、先祖代々連綿と伝えられてきた、私たち自身の「歴史」が刻まれているのでしょう。年に一度、自分自身の中の歴史を感じる時間。祭の起源たる、農耕や宗教的意味合いを失いつつある現代にあっても、年に一度、「1年」という時間の流れを実感する意味はことのほか大きいと思います。それは、自らもまた、循環する生命の一として位置されることを再確認する時間でもあると思います。
 祇園祭は今週末にクライマックスを迎えます。おいおい、レポートさせていただきたいと思いますが、今日は、夜の鉾町を歩いたので、写真をお送りします。撮影者がよくないので申し訳ないのですが、寝静まった町の闇に浮かぶ長刀鉾の、祭の日をじっと待つ様子を思い描いていただければ幸いです。


話は変わりますが、せっかくですので、リスボンとパリでの茶会の様子を少しお話しさせていただきたいと思います。今日は、時系列とは逆に、パリ茶会から。
 7月6日の夜。といっても、夏のパリは夜10時頃、ようやく陽が沈みはじめます。そんな、まだ空の蒼い一夜、七夕にあやかり、「パリ・コスモガーデン銀河の茶会」と題して30数名をお招きしました。
 場所は、パリ市内中心部にある、現代アート作家の黒田アキ氏のアトリエ。2階が天文学者のお宅とあって、彼の協力も得て、2階を待合(まちあい)兼2次会パーティー会場とし、1階のアトリエは、ちょっぴり厳粛な空気をただよわせた茶室に仕立てました。…と、簡単に書きましたが、準備は少しばかり大変でした。
 茶会に要するすべての道具をパリまで運ぶことは不可能に近いですし、それに、すべて日本から持っていったのでは、日本での茶会と同じことです。今回は、道具をできる限り、パリで調達することにしました。え?パリで調達?? しかも、お茶のためにしつらえられた道具ではなく、できる限り、日常品の中から探し出す。もちろん、パリで茶道具をさがすことはさほど難しいことではないと思うのですが、それはやめよう、という暗黙の了解のもと、私たちは町にくり出しました。
 そして、揃えられた道具の一部が、写真のとおりです。釜と茶碗(この1碗のみ持参)、茶筅、茶杓は日本から持参しました。長板(黒田氏の作品と同じ青で塗っていただきました)、水指(ガラス製のものに、葉を蓋にしました)、風炉(白い陶器製のもの)、五徳(見えないのですが、風炉の中で釜を支えてます)が、現地で揃えられたものです。



それから、茶入(手前の袋に入っている)は、写真では見えないのですが、アンティークのインク壷を茶入に見立てたもので、日本からこの茶会のために渡仏した友人(点前をしている女性)が持参。ちなみに、この方がまとっている青い着物は、黒田氏の絵の色そのままに日本で染めた無地の着物に、茶会の数日前、黒田氏がアトリエで筆を入れた作品。この茶会ののための1度きりの着物は、アトリエの中でピタッとはまり、茶室は舞台なのだなあと感じさせられました。
 こんなふうに、茶会の前日に道具から食材から、細かい演出に用いる品々まで買い求め、アトリエにある作品群を移動させ、茶会のスペースを確保。かねて注文しておいた1畳台を、お茶を点てる点前座と、客の座す客座にし、ともかくもアトリエが茶室に変身したのは、当日、お客様がいらっしゃる数時間前のことでした。



茶会は、いつも思うのですが、パズルのようなものだと思います。そこに居合わせた人、場所、モノ、お客として来た人々、それらすべてが、絶妙なタイミングで、ピタッピタッと嵌められいく。場所とモノと人とが、一回限りの物語を創造する。私たちはこれを、まさに、レヴィ=ストロースの「ブリコラージュ」(そこに寄せ集められたもので、神話は構築される、という理論)であるといつも話しています。ありきたりの言葉ですが、「一期一会」ということを実感させられるのです。
 そして、こんな茶会の思想のなかに、日本人の、コミュニケーションのありよう、コミュニティのあり方、文化の構築の仕方のさまざまが見えてくるように思われます。時に、現代生きる私たちに対し、何かヒントが隠されているようにも思えてきます。茶会は、人と人との間に生みだされた文化の代表のようなものだと思います。単にお茶をいれて飲むだけなら5分とかからないのにね、と自笑しつつ、茶会の後は、なぜか満ち足りた気分になるのは、なぜなのでしょうか。
 そんなことを考えつつ、次回は、リスボンでの茶会について、お話させていただきたいと思います。
(日付が変わってしまい、申し訳ございませんでした。)



posted by LJ21 at 03:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 京都府 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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