2007年08月06日

熊本県天草市御所浦町 小室勇樹 3日目

お見合い企画の2日目を書きます。
御所浦島は内海の島です。要するに瀬戸内海のような場所にあるので、波が非常に穏やかで、なおかつ九州本土との距離も近いのです。
そのためか、御所浦島の海上交通網はかなり好条件なものがそろっています。
定期船、海上タクシーが御所浦港を5分、10分おきに出た入ったりしています。
そういうのが理由というのは、違うかもしれませんが、女性の帰宅時間がかなりまちまちなものになり、当初の予定だった物をキャンセルし、イルカウォッチングをした後、御所浦港周辺でごはんを食べたりしてすごし解散という風になりました。

港で5〜6回の船を見送り、お見合い企画を修了しました。
またアンケートなどを集会しまして、今回の企画の証紙報告をビオアイランドネットワークのブログにも載せる予定です。
また秋口か春先に同様の活動ができるよう、思案していきたいと思います。
ラベル:お見合い 御所浦
posted by LJ21 at 02:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月03日

熊本県天草市御所浦町 小室勇樹 1日目

はじめまして、小室勇樹と申します。
まずは自己紹介からします。
島根県隠岐ノ島町出身で、今は日本の離島のまちづくりの応援のための活動を東京、熊本などを中心に行っています『ビオアイランドネットワーク』という活動をしています。

主な活動は
シンポジウムの開催
島のHP、パンフレット作成
ワークショップ
島での調査活動
島のスローフード物産展など
島の応援になることであれば、幅広く行っています。

今週は(土)(日)、熊本の御所浦島という場所でお見合い企画(島の青年団と本土からの女性と)というのをやります。
とてもまじめな企画です。
本当は今日すでに熊本へ入っているはずでしたが、台風5号の影響で、足止めを受け、まだ東京です。
参加者は、島の青年団の方が15名、本土からの女性の参加者が15名です。
この「今週の私」このお見合い企画のレポートをしたいと思います。



ラベル:御所浦
posted by LJ21 at 01:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月27日

熊本県御所浦 野原大介 2日目

さて、2回目です。
まず、「シャーもらい」とはなにか。
「シャー」は御所浦の方言でおかずのことをいいます。つまりは「シャーもらい」とは「おかずもらい」ということです。
御所浦では、イワシ漁がさかんでした。
当時、イワシ漁は非常に漁獲の多い漁でした。多量に取れていたイワシを皆にわけていたということで、イワシ−おかずをもらう「シャーもらい」が大変多かったそうです。
もちろん「シャーもらい」はイワシだけに限らず、ご近所のおすそ分けのようなものに対しても使っている言葉です。

その「シャーもらい」をどのようにワークショップ絡めていこうかと考えていたのでした。
今の島のこども達の多くは「シャーもらい」という言葉を知りません。こども達と当時のことを知るおじいさんの話を聞いたり、こども達と当時の「シャーもらい」で使われていた竹籠をもって「シャーもらい」をしてまわるのはどうだろう、といったところでうまくやれないかと想像していたのでした。
ところが、今回は準備的にも日程的にも時間の制約があるということで、御所浦の協力者との打ち合わせの間に「シャーもらい」は来年にということになってしまいました。ざんねん。
IMG_3588.jpg

「シャーもらい」のワークショップは実行に至りませんでしたが、この過程には私の考える「ワークショップ」の特徴が現れている様に思います。
「ワークショップ」とは何かといえば、ワークショップの本来の意味は「作業場」ですが、それが転じて、何らかの形で技術者と依頼者の折衝の場としての意味で使い始め(最初は建築関係でこの使い方をしはじめたようです)このふたつの違う立場の関係で、なにかひとつのものを作り上げてゆくということです。
今では意味を拡げすぎ、どんなイベントも活動も、猫も杓子もワークショップと都合よく呼んでいるように感じます。
私の考えるワークショップとは、技術を持つ人から技術を持たない人への教える教わるといったような一方向的な関係ではなく、ある技術をもった人とそうでない人という関係はあっても双方向の関係のなかでものやことを作ってゆくことです。
どういうことかといえば、少し感覚的な例えに御所浦での2004年度のワークショップでは、今は使われていない櫓漕ぎの舟、伝馬船でこども達と島を3日間かけて海の道で巡るといったものでした。
このワークショップの中では私たちまたたび=アートの技術をもった人達と、御所浦の大人達=海の生活の技術をもった人たち、そしてこども達=技術をもっていない人たち(持っている子もいましたが)の3つの立場の関係がありました。
双方向の関係として考えれば、またたびと御所浦の大人達との間にはその技術の交換ということで簡単にその関係をみつけだすことができると思います。
では、またたびとこども達の間にはどのような、双方への動きがあったのでしょうか。
それは少し観念的な言い方になりますが、またたびのアートに対してこども達には風土といえばよいのでしょうか、御所浦の人々の関わり方の凝縮というか、島の環境そのものの中の心の動きがあったように思えます。
逆にいえば、都会のこどもを御所浦に連れて行って、この関係で島を舟で巡ることはワークショップでなくイベントだし、安っぽいツーリズムになってしまうのです。
都会のこども達が御所浦に来たのであれば、島に住む人々やその生活自体に触れることこそ、イベントごと、ワークショップより大切なことであり、むしろワークショップと呼べるものに近いのです。

「シャーもらい」の中止は、御所浦の大人達との折衝で生まれたもので、その過程は何かを作り上げる動きの中で相互に出てきたものです。そしてシャーもらいのワークショップは魅力的な内容に組んでゆけそうなので、次回に向けじっくりやっていくつもりです。
ワークショップは相互の価値観の交換と、その過程でじっくりと取り組めるものをが最良なのだと考えています。

勘違いをしていて、再来週にも仲間のブログがあります。
どうぞよろしくお願いします。


posted by LJ21 at 13:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月23日

熊本県御所浦 野原大介 1日目

2ヶ月に渡り隔週で「またたび」のメンバーがローカルジャンクション21のブログを担当させていただきましたが、最後の週を私、野原大介が勤めさせて頂きます。
拙文ですが、一週間お付き合いくださいますようお願いします。

いま私は「またたび」の活動で、熊本県の御所浦町という離島に滞在しています。
「またたび」とは主にこどもたちとワークショップを行うグループで、若手の建築家、デザイナー、芸術家、研究者など様々なジャンルを専門とするメンバーで構成されています。(詳しくはホームページをご覧ください)

御所浦町はまたたびの活動のはじまりの場所で、毎夏の活動も今年で4年目になります。(私の参加は3年目)

今夏のワークショップは御所浦で行われてきた「シャーもらい」をテーマにしようということになり、今週末の26、27日本番に向けて準備をしています。

このブログでは、「シャーもらい」とはなにか、またそもそも「ワークショップ」とはなにか。そして、実は私の専門はアートなのですが「アート」との関係。
それらをリアルタイムで進行する当日への準備と絡めながら書けたらと思っています。

06-02-09_12-13.jpg

質問等ありましたらお寄せください。
それでは次回。

posted by LJ21 at 15:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月20日

熊本県菊池市 武藤計臣 一日目

みなさん始めまして、「やまあい村」です。
と申しましてもどなたもご存じないと思いますが・・・。アハハ
熊本県の菊池市という所の山の中で細々と百姓をやっております。
名前は武藤計臣(ムトウケイシン)と申します。これから1週間、
どうぞよろしくお願い致します。
ここの日記にお邪魔をするきっかけは、私の農場から2km程の所に
地元の中学校の廃校跡地を利用した施設(水源交流館)がありまして、
NPO法人「きらり水源村」という組織が運営を致しております。
私もその中での理事(名前ばかり)の1人なのですがそこで先般、
地元学の勉強会の中で蜜蜂の調査を行った際にローカルジャンクション
の浦島さんにお世話になったのがきっかけです
はてさて、これから25日(日)まで何を書こうか?などと今頃に
なって腕組みしておりますが、ま、拙い日記になる事だけは間違い
ありません。どうぞ、ご勘弁くださいね。
私の農場の仕事は 稲作、林業(椎茸)、果樹(梅、栗)、野菜
(少量全般)、を無農薬で栽培。それと放牧の養豚、養鶏(自然卵)
の生産などをやっております。
労働力は私、つれあい、息子、の3人。それと時々、助っ人で構成
されておりますが“あまり働かない?”ためかいつも仕事に追われて
おります。
そんな毎日の紹介になるかと思いますが、なにとぞよろしくお願い
致します。
それでは第一日目はこのへんで。

追伸、生意気にも拙いホームページを開かせて頂いております。よろしかったら
 お暇の折に覗いて頂ければ嬉しいです。








雑草処理の仕事中のヤギたちです。


posted by LJ21 at 09:38| Comment(3) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月20日

南阿蘇村 吉田愛梨 6日め

最高の陽気で、ついつい「休憩時間」が長い1日でした。
椅子に座って庭でお茶を飲むと、復帰できなくなるんです。日差しを浴びるのって、こんなに幸せなんだなぁ…

耕太が野菜の種を植えていると、隣のおじちゃんが手伝い始めました。奥さんを亡くして一人暮らしの彼は、野菜作りの名人。彼の指導を受けて植えたら、元気な野菜が育つかな!?周りにたくさんこんな「先生」がいます。百姓ならぬ百笑3年目の私たちですが、こうした先生や先輩方に囲まれて、日々いろいろ学習しています!




午後、近所の高校生が遊びに来ました。ずっと英語を教えていたのですが、この春で卒業する彼女は、4月から他県の短大生。いちご農家の長女なんだけど、農家を継ぐ気は「今のところ」ないんだそう。でも、私たち夫婦があんまり「楽しい、楽しい」って言ってやっているものだから、少しは関心が出てきたみたいです。しめしめ。明日は菜の花プロジェクトのイベントが福岡であるので、一緒に行くことにしました!

夕方、漬物用に大根をいっぱい取ってきて、庭を流れている水路で洗いました。冬の間はツライこの仕事も、暖かければ大丈夫。ちょっと変わったお漬物でも、漬けてみようかな。大根はそろそろ使い切ってしまわないと、スカスカになってしまうのだそう。ばあちゃんにそう言われ、慌ててたくさん抜いてきた次第です。


posted by LJ21 at 07:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月19日

南阿蘇村 吉田愛梨 5日目

今日は精米の日。
無農薬米をつくっている我が家は、玄米の状態で保存しておき、毎月精米をしてお客さんに送っています。ちょっとしたおまけと手紙を添えて。精米したてのお米って、おいしいんです。ついついご飯がすすんでしまいます。

今日はそんな極上のお米があるので、友人達を呼んでホームパーティーをしました。持ち寄り形式にしたら、なんとも豪華な食卓になりました。今日来てくれたのは、新聞記者のU夫妻と、竹アーティストの中林夫妻。簡単生活という工房には、竹細工の日用品はもちろん、竹でできた様々な作品があって、とっても面白いんです。この間は大分県の竹田市で、中林夫妻がワークショップを開きました。竹で骨組みを組んで、ススキのブロックを積み、それに土を塗って壁にするんです。アートイベント用ですが、家だって建てられるんです。うちが農家民宿をするときは、草と竹でつくろうかな…
阿蘇って、芸術家がけっこういるんです。


posted by LJ21 at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月18日

南阿蘇村 吉田愛梨 4日目

今日は雨。1日中、雨。昨日植えた種が流れていないといいけど…。
春一番と重なって、軽い台風のような天気でした。

「晴耕雨読」
これって、多くの人が憧れながら、なかなか実現できないことの一つではないでしょうか。我が家はまさしく晴耕雨読。別に自慢してるわけじゃないです。でも、幸せだなぁと心から感じています。雨の日は、朝ご飯の後にエスプレッソを入れる。そしてゆっくりとした時間を楽しんでから、本を読んだりパソコンで仕事をしたり。そして息抜きにはダーツをしたりピアノを弾いたり。そんな我が家の「百笑生活写真館」も覗いてみてください。






農作業のない日は、着物を着ています。私のおばあちゃんやひいおばあちゃんが着ていた着物。引き取り手がいないので、ほとんど全部もらってきました。桐箪笥を7竿も持って引っ越してきたもんだから、どこのお姫様が嫁に来たかと思われたほどでした(笑)。

夕食は、隣に住んでいる耕太(旦那)のおじいちゃん夫婦&おじさんと一緒に。80歳から晩酌を始めたおじいちゃんのエピソードは尽きないのですが、あの時代の農家は本当にすごい。ローカルジャンクション21の事務局のお二人とは「地元学」を生んだ吉本さんとの会食でお会いしたのですが、おじいちゃんとおばあちゃんと過ごす時間は、私たち夫婦にとって「地元学」の授業そのものです。おじいちゃんやおばあちゃんの「知恵袋」をできるだけ引き継ぎたいと思い、できる限りご飯を一緒に食べています。


posted by LJ21 at 00:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月17日

南阿蘇村 吉田愛梨 3日目

今日はポカポカ春の陽気でした。阿蘇に住み始めてから、春が来るのが前より待ち遠しくなりました。九州といっても阿蘇は高原。実はかなり寒いんです。

寒いと、体もよく動くようになります。人も外に出てきます。「こんなに人がいたっけ?」と思うくらい、田んぼや畑で人を見かけるようになります。
我々はというと、午前中はあんまり天気がいいので、テーブルを庭の真ん中に出して、日向ぼっこ。私たちは農閑期になると、語学や専門知識を活かした「副業」をしています。普段はパソコンで作業をするのですが、今日は「打ち合わせ」などと称して、庭でお茶を飲みながら延々と過ごしていました。目下やっている仕事は、「バイオマス情報ヘッドクオーター」というホームページの海外情報提供です。



お昼ごはんも、もちろん庭で。外で食べると、何でもおいしく感じますよね!

食後に「薫炭」と呼ばれる籾殻の炭(写真)を作っていると、隣に住んでいる旦那の「ばあちゃん」が、菜園の手伝いをしてくれといってきました。選ばれたのは耕太(旦那)。ジャガイモを植えたので、土をかぶせて畝を作って欲しいんだそうです。すると今度は「じいちゃん」がやってきて、去年台風で折れた竹を運び出すから手伝って欲しい、と。耕太が引っ張りだこなので、私は家のお掃除。窓を全開にして、掃いたゴミはそのまま庭へ。これが、田舎のいいところ。

夕方から、隣町の中学生が英語と数学を習いに来ました。「百姓」というのは、本当に何でも屋さんなのです。百姓を名乗るには半人前の私たちは、自分たちのことを「百笑」と呼んでいます。農業って、いいですよ〜っ!


posted by LJ21 at 08:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月15日

南阿蘇村 吉田愛梨 2日目

今日は、「九州米粉食品普及推進セミナー」とやらに参加してきました。率直な感想。「あれじゃぁ米粉は普及せんなー」。

昨日も書きましたが、我が家は「おあしす米」という無農薬のお米を作っています。

お米を作り始めて思うのですが、稲って棄てるところが無いんです。ほんとは。お米はもちろん、ワラや籾殻にもそれぞれ使い道があって、日本は本当に循環型社会だったんだなぁと改めて感じます。ワラは牛のエサにもなるし、牛舎に敷いて堆肥にもなります。籾殻は炭にすれば土壌改良材になるし、ワラ同様牛舎に敷くこともできます。玄米を白米にするときに出るヌカだっていろんな用途があることは皆さんご承知の通り。

砕けたお米や小粒のお米を粉にすると、「上新粉」ができます。これ、なんにでも使えるんです。天ぷらの衣やホワイトソース、ケーキやクッキーだって焼けます。こうなると、「どうしても小麦じゃなきゃいけない」ってことはないわけです。日本は今や田んぼの4割を「減反」していますが、お米や米粉の用途が増えれば、農家はもっとお米を作ることができるのに、と思うわけです。

我が家の前の水田を見ていると、「やっぱり日本は米だなぁ」と思わざるを得ません。


ま、そんな風に「米粉」からいろんなことを考えたわけです。でも行政が企画するセミナーは、どうも生真面目すぎて面白みが無い。それもまたよし、ですけどね。米の生産者としては、「こんなにいろんなことできるのよ〜」と前向きにアピールしていきたいものです。

帰宅して夕ご飯を作るために食材を採りに出ました。すると、しいたけが出てきていて、幸せな気分になりました。外出前にお米をといでおくのを忘れたので、夕飯はスパゲッティでした。これじゃ米粉が普及しないはず!?いえいえ、米農家だってパスタくらい食べますよ。食後は薪ストーブの前でウィスキーを一杯。やめられません、この生活。


posted by LJ21 at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

熊本県南阿蘇 吉田愛梨さん 1日目

はじめまして、吉田愛梨(えり)といいます。
実名は大津愛梨。夫婦別姓を目指して旧姓を使っています。ドイツ生まれの東京育ち。夫とは東京の大学で知り合い、結婚後すぐに二人でドイツの大学院へ進学。2002年の秋に帰国し、2003年の4月から南阿蘇で農業をしながら、冬場は環境に関わる仕事をしています。九州バイオマスフォーラムというNPO法人の理事長なんかしています。

さて、自己紹介はこれくらいにして、今週は南阿蘇の生活をちょっとだけお届けしたいと思います。農作業もぼちぼち始まっていますが、まだ農繁期というほどでもない。ウォーミングアップ中ってとこです。

ほんとは昨日の晩にアップしなければいけなかったのですが、すっかり忘れていました。ごめんなさい。
昨日は、ジャガイモを植えました。メークインと男爵。晴れてはいたけど、風が吹くとちょっと肌寒いくらい。夫と交代でクワを振り、4列も植えました。「そんなに植えて、どうすると?」と近所の人に笑われました。



我が家は、築120年を越す古民家を借りて住んでいます。
冬の間はキツかったけど、それももうすぐ終わり。どうにか薪が足りて、ホッとしています。薪割りは夫の仕事。前は炊事や洗濯をしてくれないと不満なこともありましたが、薪割や家の修繕をしてくれるようになってから、それぞれの分担ができ、円満にやっております。

そうそう。昨日は田んぼに撒く肥料が届きました。うちは無農薬のお米を作っているので、肥料も有機質のものばかりです。赤牛も飼っていますから、その糞尿でできた堆肥もあります。もうすぐ肥料を撒いて、畔塗りして、代掻きして、田植えの準備をします。良かったら、我が家のHPも覗いてください。
です。それでは今週1週間、よろしくお願いします。

ERI


posted by LJ21 at 09:50| Comment(0) | TrackBack(1) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月20日

七日目 松本里実 熊本県水俣市桜野園

春はドキドキの季節です。

 今日は、最終日ということで、何を書こうかずっと考えていたのですが、梅の花ももう終わりかけ、春が近づく今日この頃の、私の心境でも書いてみようかと思います。

そう、春が近づくというと、お茶の木も冬眠から目覚め、新しい葉を出す準備をしているのではないかと思います。となると、お茶摘みも近いわけです。お茶時期は、昔手摘みでしていた頃に比べればその比ではないでしょうが、とても慌ただしく過ぎていきます。お茶の葉の出方や大きさ・色が摘み時を決めますが、摘期を逃してはいけません。協同で使っているお茶工場の段取りも考えつつ、とにかく体調を崩さないように、摘んでいきます。
 お茶園は3町歩(3ヘクタール)あって、何ヶ所かに分かれているので、順々に摘めるようにはなっていますが、急に暖かい日が続いたりすると、次々と葉が大きくなり、徹夜になったり、雨でもお茶摘をしたりします。
・・・と、お茶のつくり方はご存知ない方が多いかと思うので簡単にご説明すると、摘んできた新芽を、葉の中の酸化酵素の働きを抑えるために熱を加えます。蒸して針状に揉み乾燥させれば煎茶、丸い形にしあげれば玉緑茶、釜で炒れば釜炒り茶になります。また、酸化酵素の働きを生かすようにすれば、葉をしおらせたり、揉んだ後静置したりして発酵させ、ウーロン茶、さらに発酵が進めば紅茶になります。
 今年はどんなお茶がとれるだろうか、虫や霜は大丈夫だろうか、様々な心配がありますが、新芽の萌黄色に包まれたお茶園はとても美しいものです。そして、その茶園の合間からのぞく不知火海が、なんとも言えずまたきれいで、この景色が大好きです。
 今日は、内容とは異なりますが、娘が箸で一生懸命ご飯を食べている所の写真です。一週間お付き合いいただいた方、どうもありがとうございました。今は育児でなかなか外に出られませんが、早く皆さんにお会いできることを、楽しみにしています。



posted by LJ21 at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月19日

六日目 松本里実 熊本県水俣市桜野園

出仕事夫
 私たちは、もうじき結婚4年目を迎える夫婦です。お茶畑での仕事は、春から初夏のお茶摘、剪定と年間通じての草取り、肥料ふりなどが主ですが、冬はある程度まとまった時間ができます。夫は、結婚するまではずっと、この冬に「出遊び」をしてきました。なぜか、人脈だけはとても広いので、東京や岩手の陸前高田、北海道、その他海外まで、ひょこひょこ人のつてを辿って出かけていました。そして、一宿一飯の恩義を忘れずに(!)美味しいものをいっぱい食べさせてもらってきたそうです。
 「お茶は楽だから、冬はどこそこ行けるから」との言葉にのせられて結婚したものの、そんなに現実は言葉どおり行きません。結婚してから、我が家のお茶事情も紆余曲折し、「桜野園」(我が家の屋号)として小売業を一部始め、再出発することになりました。
 そして、今度夫がはまったもの(!?)それは、冬の出仕事です。これまた東京を始め、お茶を置いていただいている店舗を、点々と試飲販売してまわります。お客様に出会えること、お話できること、お茶を実際に飲んでいただけること、それは何よりの活力です。ホテルに泊まっていたら、完全に赤字になってしまうので、そんな時は「出遊び」時代から培ってきた友達の家に転がり込んでいます(本当に、この方々のおかげです)。
 皆さん、どこかで会いましたら気軽に声をかけてください。元気が出ます!



posted by LJ21 at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月18日

五日目 松本里実 熊本県水俣市桜野園

ラベルを貼って、また貼って〜♪
 私は、大学を卒業してすぐに、この松本家に嫁いできました。社会に出て働いた経験はアルバイトだけですので、小売業を始めた当初は、わからないことばかりでした。例えば、納品書と請求書の書き方や、違いすら良く分かりませんでした。今考えれば、笑ってしまうようなことばかりですが・・。
 そんな私がした、「桜野園」の最初の大きな仕事は、お茶のパッケージを考えることでした。最初に売り出したのはほうじ茶でした。この名前をつけるとき、さんざんいろんな名前を考えて夫に相談しましたが、結局「ほうじ茶にしたら」(!)という感じでした。でも、私は夫の留守に、勝手に「一福ほうじ茶」と名づけてラベルを作ってしまいました。



その後も、お茶の種類を増やす予定だったので、次々ラベル作りを迫られたわけですが、当時妊娠し気分が不安定だった私は、紹介していただいたプロの方と一緒に、作成していくことにしました。そんな経緯でできた、愛すべき私たちの作品なわけですが、これもいまだに手作業で、「桜野園」のスタンプを押し、袋に貼っています。
だいぶ達者になってきた子供と格闘しながら、今日もラベルを貼りました。



posted by LJ21 at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月17日

四日目 松本里実 熊本県水俣市桜野園

美味しいものには、勝てません
 今日は、イチゴがあったので、イチゴ大福を作ってみました。大きなイチゴだったので、大福も自然と大きくなって、その名の通り、大きな幸せ♪お腹もふくれる大福になりました。美味しいものは大好きだし、美味しいものができたら嬉しくて、誰かに食べて欲しい、それもとびきり美味しそうに食べてくれる人に・・・(ここは余分ですが)。美味しいものは、誰をも笑顔にするし、感動さえさせます。食べることって、当たり前だけど、すごく偉大!そんなことに気づかせてくれたのは、次のような経験でした。
 一人暮らしをしていた時に、なぜかご飯が美味しくない、確かに自分の腕も悪いけど、、でも、一緒に食べてくれる人がいたら、それだけでひと味もふた味も違う。農家にお手伝いに行った時に、今までになく身体を動かして汗をかいて、ご飯を食べたらとーっても美味しい。美味しさは、ペコペコのお腹がつくるんだ!あとは、逆に食べる意欲もない、作る意欲もない、そんな時は、ちょっと心と体の具合が悪い。
 最後に、これは子供が教えてくれたこと。私は、母乳で子どもを育てていますが、特に小さい時は、ひたすらおっぱいと眠ることの繰り返しです。おっぱいで私とこの子はつながっている、そのおっぱいは、食べ物と水とつながって、食べ物と水は、おお!大地とつながっていました。
 ここからはひそかな夢で、あまり人には言っていませんが、この地域で豊かにある食材で加工品をつくって、お茶とセットで販売できるようにしていきたいと将来的には考えています。そんな手仕事が、自分のやりがいに、人との関係に、そして懐にも(!)、桜野園風に言えば「花ひらく」ようになっていけばいいなと思っています。


posted by LJ21 at 18:41| Comment(1) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月16日

三日目 松本里実 熊本県水俣市桜野園

オカネはなくとも・・・
 今日は、水俣市役所の方から、インタビューを受けました。何のインタビューかというと、私もメンバーである「みなまた元気村女性会議」の取り組みの一つの、「もやい通貨」について、通信に載せたいので、ということでした。
 この「もやい通貨」は水俣の地域通貨で、現金ではなく、助けあいや支えあいの対
価(気持ち)として、この通貨をやりとりします。
例えば今までに私は、メンバーの方に、お茶のラベル貼りをお願いしました。逆に、「おいしいお茶の入れ方教室」やパソコンへの原稿入力などを、お願いされました。こんなふうに、「ちょっと忙しくて、誰かに頼みたい」「手が足りない」時、あるいは自分はできないけれど、あの人はこんな特技をもっているからお願いしたい、という時に、その「ありがとう」の気持ちを、この通貨でお返しするわけです。自分が頼まれれば、逆にその通貨をいただきます。その相手は、メンバーの誰でもよいのです。
 少し話は変わりますが、「もやい通貨」は助け合いのやりとりです。私たちは、他にお金をかえさない楽しいやり取りとして、「物々交換」もします。知合いの方に、お茶と手づくりの品を交換してもらいます。また、力を貸してもらったかわりに、お茶でお返しをします。私は、こちらに嫁いできた結果、生産者の仲間入りをしたわけですが、この物々交換は、とても贅沢でおいしいくて!豊かだなあ〜と感じます。なんだか田舎に住んでいると、お金はなくても何とかなる(まあ、あったほうがいいけれど・・・)と思えるのは、土地や人とのつながり(やりとり)が、元気に生きている証拠なのかなと思います。



posted by LJ21 at 23:43| Comment(1) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月15日

二日目 松本里実 熊本県水俣市桜野園

人間接着剤!
 今日は、イリコ漁をしながら、冬には甘夏やパール柑をつくっている、杉本さんの
ところに、売り物にはならないミカンをいただきに行きました。杉本さんは、すべて
無農薬でミカンを作っています。私たちの、大事な仲間であり、人生の大先輩です。
 さて、このいただいたミカンですが、これを東京や熊本でジャムを作っている方に
送ります。九州はミカンどころですから、「傷物などで、安心なミカンがあれば欲し
いのですが」、と声がかかったからです。
 夫をはじめ、松本家は人が喜んでくれることをするのが大好きなので、自分たちの
縁をたどって、今回のように陰ながら応援しています。私たちも、本当に本当に、い
ろんな方との出会いに支えられて今がありますので、そんな出会いを、ほかの方にも
橋渡ししたいと思っています。そういうことが、運良く実ってきたこともあります。
そんな夫のことを、私達の仲人である、熊本の旬の家庭料理のレストラン「ティア」
の社長である元岡さんは、「人間接着剤」と名づけてくれたようで、これを先日聞い
た時には、大笑いしてしまいました。ちょっとかっこつけですが、お茶づくりと、出
会いの橋渡しは、ずっとライフワークにしていきたいと思っています。


posted by LJ21 at 23:09| Comment(1) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月14日

一日目 松本里実 熊本県水俣市桜野園

おいしいお茶にな〜れ 
私たち家族は、熊本県水俣市で無農薬のお茶をつくっています。今日の午前中は、ほうじ茶の袋詰を夫と二人でしました。家族で小さく経営していますので、紅茶とほうじ茶の袋詰は、少しずつ手作業で行っています。
 我が家の「一福(いっぷく)ほうじ茶」は、初冬に摘んだ番茶が原料で、夏に太陽をいっぱい浴びて大きくなり、初冬の寒さにあたって茶葉自体にほんわか甘みを含んだお茶です。決して、上品で高級なお茶ではないのですが、飲んでほっと一息つける、身体にもすっとなじむやさしいお茶になってほしいなあ〜と願いを込めて名づけたお茶です。



そんなわけで、時々写真のような太い茎も混じっています。私たちは、縁起のよいといわれる茶柱と同じように、「これ当たりだね」といって、そのまま入れています(でも、あんまり長いと、袋を突き破ってしまうくらい堅いです。)
 やっぱり、自分の分身みたいなものですから、おいしいお茶にな〜れ、と思いながら、皆さんに無事に届くことを願いながらしています。



posted by LJ21 at 22:54| Comment(1) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月06日

わずかな余裕

今日は、10時から出勤しました。朝のうちは、とくに用事もないので、これからマラソン大会の準備で忙しいし、休める時には少しでも休んでおかないと疲れます。

10時からは、市街地の子供会がうどん打ち・豆腐つくり体験に来たので、ちょこっとスローフードや身土不二のお話。もちろん子供相手だから噛み砕いて。

山羊の調子が良くないので、獣医を捜すところから今日の仕事は始まり。これまで何回か見てもらった市内のSさんは入院中、もう一つの動物病院は山羊は見ない。知り合いの農家に電話をかけても、その二つ以外はご存じない、ということで、とりあえず探索はとぎれました。

昼過ぎに味噌の仕込みが終わったので、しし鍋マラソンの参加賞用に熟成を早めるため、市内の別の味噌屋さんへ運び、30℃の部屋に置いてもらいました。

愛林館に戻って、不知火オレンジの通販のメールを発送し、また獣医探し。平日ならば、農協や農業共済組合に電話をかければすぐにわかるのですが、今日はどちらも休みです。牛を飼っている農家は不在、普段愛林館で肉を買っている店(自分で牛も育てている)は知らず、以前鹿を飼っていた農家はSさんに見てもらっていて、隣の大口市の稲作農家は不在、もう一つの稲作農家は知らず(そりゃ稲しか育てない農家だから知らないだろうなあ)、栗野の知り合いには連絡が取れて町内の獣医を紹介してもらったけど今日は休みだし、水俣まで往診は無理と断られ、友人の農協Y理事に電話をしたら農協職員のK氏を紹介してくれ、彼が教えてくれた電話番号でようやく出水のY獣医がつかまりました。でも、今日は休みを取っているということで無理は言えず、明日に来てくれることに。

その後、不知火の注文メールがいくつか入ってきたので、お返事を出したり。助手のKさんには、しし鍋マラソン大会の賞品の米の袋詰めをしてもらいました。うちの大会は区分が39あって、3位までが入賞です。エントリーのない区分を差し引いても、105人が入賞するという、参加者に優しい大会です。でも、配るお米も105kgあるということで、結構な量です。お米はもちろん除草剤も農薬も使わない合鴨米。ヒノヒカリで、とってもおいしいのです。

そういう私の1週間でした。今週も忙しかったけど、これが普通。

posted by LJ21 at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月05日

お葬式

昨夜のお通夜に続き、今日はお葬式。妻は小組(隣組のことです)の女性陣として8時から愛林館へ。昨日作った煮しめの他に、白和え、キンピラ、にゅうめんなどを作っていたようです。もちろん精進料理です。

私は10時頃ゆっくりと出て、お葬式の受付係。香典を預かり、記帳して、記念品を進呈するのですが、外なので寒かったです。思ったよりもヒマで、ヒマを持て余したおじさんが結構大きい声で冗談を言ったりするもので、弔問客にもよく聞こえていたに違いありません。私も冗談に付き合わないわけには行きませんが、一応小声でしゃべるだけの気は遣いました。

お葬式は1時から始まり、2時に出棺。そういう時間帯に設定したので、香典を持ってきた後で「お斉(とき)をどうぞ」(お葬式の食事はこう言われます)とご案内もしました。愛林館はこの会場になっていたわけです。献立は上記のものにご飯と味噌汁。希望者にはビールも焼酎も出ますが、昼間から飲んでいる人は少なかった模様。

出棺の後は香典と参列者名簿を親族に渡して仕事は終了。愛林館で軽く飲んで終わりです。妻はちょっと体調が良くないので、朝からの「せしかい」(人のお世話をすることを水俣弁で「せしかう」(動詞・五段活用)といいます)で疲れていましたが、隣組の70代のおばちゃんたちは元気いっぱい。仕事が忙しくない時には、こういう地域の連帯作業も悪くはありません。

その後は酔った頭で事務作業に挑戦しましたが、無理とあきらめました。

写真は、お葬式が終わって愛林館に帰ってきた男衆(おとこし)と片づけ中の女衆(おなごし)。


posted by LJ21 at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

助成金申請、広告依頼、村丸ごと生活博物館、お通夜

今日は朝9時から市役所(車で20分)で、水俣芦北振興財団の助成金申請に関する聞き取りがありました。愛林館の来年度の活動の一部について、財団の助成金がほしいと申請をしていて、担当の県職員に対して事業を説明しました。詳しく書きたいところですが、こういう場合は申請が実現してからでないと何とも言えません。。。愛林館の11年目を飾る記念イベントを考えているのですが。。。

愛林館に戻り、味噌作りのおばちゃんと打ち合わせ。今日は米を蒸して、麹菌を混ぜて発酵糟に入れます。明日は大豆を煮て、明後日には発酵後の麹とまぜて樽に入れてとりあえずできあがり、という予定。今年は大豆が不作で、近所産の大豆では足りなくなってしまい、久しぶりに熊本県産の大豆を買いました。

同時に、今夜のお通夜の打ち合わせ。近所で不幸があって、今夜はお通夜。亡くなったばあちゃん(戸籍上は98才だが実際は100才)の遺言で、葬儀屋ではなくて自宅での葬式。私も小組(隣組のことです)の一員なので、お通夜の受付係をするべきところを、後述の村丸ごと生活博物館の受付があったもので、パスさせてもらった。妻は昼から野菜を切ったりだしを取ったり煮染めを作ったり。小組の仕事は性別役割分担がきっちりできています。愛林館の台所はしし鍋マラソンを控えて加工が忙しく、加工所の一角を使っていただくことになりました。

午後は溜まった手紙の山を片づけて、ようやく3時過ぎに外出。しし鍋マラソンのパンフの広告依頼で市内を回りました。経営者とお会いできたところは快諾。そうでないところはご検討を依頼しました。「新聞やテレビで見るとよく頑張っているようだから、広告も協力をしましょう」と励まされて嬉しかったです。

6時過ぎに帰宅し、夕食を済ませて7時からお通夜。とりあえず普通の弔問客としてご挨拶をしました。同じ小組の皆さんは受付係です。そこに謝って、村まるごと生活博物館の生活職人と生活学芸員の書類つくりのために愛林館へ。途中から甘酒とどぶろくのふるまいになりました。うちの地区も人数も揃って、いよいよ2/24には認定式への運びとなりました。

それが終わってから、お通夜が終わった後の小組の皆さんの集まりに参加。愛林館の働くアウトドアの絵地図を貼ってある部屋だったので、入って行ったら「説明してくれ」と言われました。こういう反応は嬉しいですね。その後10時まで焼酎。昭和6年生まれの爺ちゃんの夜這いの話などを聞いて、お通夜にもかかわらず結構な盛り上がり。爺ちゃん曰く「40代で早く亡くなったわけではなくて、100才まで生きた人のお通夜だから、ぜひ我々もあやかりたいものだ。素晴らしい逝き方をほめる面もあるのだ。」そうかも知れません。

posted by LJ21 at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月04日

往復220km、軽トラックの旅

今日は、熊本大で非常勤講師の日。「主題科目」という昔の教養課程に当たる部分で、「地方自治の展望と課題」というでかい名前の授業を毎週(同じことを違う学生相手に2回繰り返す)しています。後期の授業も終わり、今日は試験でした。

相手はほぼ1年生なので、まずは全体的な心構えとして、「人の話はしっかりと耳を傾けて、理解して、疑え。特に偉そうな人、権力、マスコミを疑え。」といったことを言いまし
た。次に、地方自治も国政も、主権者は国民であること。大学1年生は選挙権がない半人前ですが、選挙の棄権は何をされても文句は言いませんという白紙委任だから、絶対にいかんぞ、とも。あとは、なるべくタイムリーな話題を取り上げました。1週間の新聞記事を教材にして、新潟の地震、三位一体改革、市町村合併、水俣病、川辺川ダム、地域通貨、グリーンツーリズムなどを話題にしました。ちょうど知り合いの若者が新潟の被災地にボランティアに行ったので、そいつをつかまえてしゃべってもらったのですが、印象に強く残ったようです。

さて、試験問題は次の通り。
1:あなたの出身地の市町村名と、今回の市町村合併でどのような動きがあるかを書いて下さい。
2:あなたの出身地では、今回の合併(または合併しないこと)でどのようなメリットがあ
るかを書いて下さい。
3:あなたの出身地では、今回の合併(または合併しないこと)でどのようなデメリットが
あるかを書いて下さい。
4:2025年に、あなたはどのような地域社会で生活をしたいですか? 個人的なこと、
地域とのつながりについて、あなたの考える理想像を書いて下さい。実現可能性は無視して、とにかく理想を考えて下さい。
5:その理想をかなえるためには、どのような問題を解決する必要がありますか?

熊大の後は、私の故郷である西合志町の「独立行政法人九州沖縄農業研究センター」にN氏を訪ねました。耕作放棄された棚田の除草試験のために、山羊をお借りするためです。今回お借りするのは何回かお産をしている雌で、現在も妊娠中。お腹が大きいので双子かも、ということでした。

山羊の運搬のために、今日は往復220km(5時間)を軽トラックでドライブ。高速もど
うにか80kmで走ってくれて助かりました。2/12に車検が切れたらもう捨てることに
なっている車なので、ちょっと心配でもありましたが、無事帰りました。ラジオが壊れているので、一人無言でのドライブはヒマで困りますね。。。

山羊は、夏の間は順調に草むらを退治してくれましたが、冬は餌をやらねばなりません。昔は常緑樹の枝や竹をやっていたという話を聞いていたので、誰にそれを頼もうかと気が重かったのですが、N氏に聞いたところ、干し草を買えばいいということでした。買うなんで考えたこともなかった!素人の取り越し苦労でした。今回は急遽なので輸入干し草で間に合わせることになりますが、来年は国産でどうにかするよう考えてみます。


posted by LJ21 at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月02日

総会屋活動

2/20には、愛林館最大のイベント、久木野しし鍋マラソン大会を開催します。申し込みは先日締め切りましたが、昨年の390人から420人へと増えました。周辺のマラソン大会を見ると、減っているところも多いようですから、不景気の中、上等です。

マラソン大会の運営はもちろん参加費が主収入ですが、皆さんからいただく広告費も大きな割合を占めています。先週にお願いの手紙を出して、今日は実際に会社に伺ってお願いしてきました。「毎年のことなので」と快諾してくださる皆さんばかりで、助かりました。

午後は、県環境センターの今後を考える会議。いくつかアイディアを出してきました。時期はわかりませんが、いずれ指定管理者制度を導入することになるそうです。3月頃にならないと、来年度の体制が決まらないので、具体的なアイディアみなでは至らず。

今朝も、外は真っ白。積雪5cmといったところでした。今夜も寒いから、明朝も白くなっているかも。雪はいやだなあ。。。

posted by LJ21 at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月01日

雪道のドライブ 熊本県水俣市 沢畑亨

昨日の昼間から雪がちらついていましたが、今朝起きると周囲は真っ白。積雪は5cmほどありました。雪国の人にはお笑いでしょうが、南国ではこれだけ雪が降ると社会は麻痺します。今日は勤めを休んだ人が続出しているはずです。

朝、愛林館よりも数十m高い集落へ行ってみましたが、写真の通りで、積雪15cmでした。私の車はスタッドレスタイヤですから、雪の上は結構走ります。急ブレーキや急ハンドルを切ってみましたが、スピードが遅いとあまりスリップもしませんね。魔法のようです。

さて、今日は県内の旧砥用町(先頃合併して美里町に)で講演をしてきました。町内の加工などをしている女性を集めての研修会です。年4回の研修で、私が最後ということです。私は地域おこしマイスターでもありますが、今回はこの制度で呼ばれました。農業に関するグループであれば、登録された地域おこしマイスターを呼ぶことができるという制度です。私は日当をもらいますが、それは県から来ますから、グループの懐はいたまないわけ。私が他のマイスターを呼ぶことも結構あって、活用させてもらっています。

話の内容は、愛林館の活動を説明しながら、身土不二、森林と棚田の公益性、二酸化炭素固定としての炭焼き、イベントのしかた、といったところについて説明したはず。小さい成功を繰り返して活動を育てましょう、仙台の結城さんの始めた食の文化祭をぜひ当地でも、といったことも話しました。今回のお相手は私の歳以上の女性。笑わせようと思ったポイントでは大体笑いが起きたと自負しております。話の内容も大事ですが、笑いの回数も大事です。

帰りは雪のせいか3号線が渋滞し、大変疲れました。うちの近くでは道路が圧雪状態で、ノーマルタイヤでは帰宅できなかったと思います。スタッドレスタイヤの威力を満喫した一日でした。



posted by LJ21 at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月31日

先週の私

水俣市の山間部、久木野地区にあるむらおこし施設「愛林館」の沢畑です。昨年2月以来の登場になりました。前回は、途中で出張に行きましたが、コンピュータを持って行かなかったので、日記が三日坊主になりました。数多い執筆者の中でも三日坊主は私だけでしょう。えっへん。

今日は月曜で愛林館は休み。私も休みのはずでしたが、午前中は愛林館に出かけて、助手K(熊大OG。私の熊大の授業を聞き、私の人柄に惹かれて愛林館にアルバイトに来るようになった、という建前。)に麦ふみの指示をしました。現在、愛林館で預かっている棚田に小麦を栽培中で、10cmくらいの高さ。麦を踏んで分けつを促進する作業が麦ふみですが、足で踏むのも大変な面積(棚田10枚25アール)なので、管理機のタイヤで踏んでもらいます。あと1日かなと思ったけど、もう終わった由。

他に、在宅で仕事上の書類を書いてメールで送ったり。その間に仕事の電話は入って来るし、全然休みじゃないな。

さらに、夜は現在進行中の「村まるごと生活博物館」のための会議。地元の人が十数人集まり、改めて制度の説明と、先行事例の頭石(かぐめいし)地区からK氏に来てもらって実際の話を聞きました。

さて、先週はローカルジャンクション21のお二人主催の会議などなどに行って、水曜から金曜は東京におりました。水曜夜は、三鷹のレストラン「雑多楽や」で食話会。写真を見せながら、棚田の働きやお米について話しました。宇根さんの本を読んだりして考えた、私なりの棚田の働きは下のようなことです。
1:米の生産
2:水源涵養、洪水調整
3:水田生態系
4:森林を守る山村住民の生活の基盤

何を食べようかなと迷ったら、日本のお米を食べてね、というのが東京の消費者へ言いたかった点です。安い食糧は輸入できても、景色や赤トンボや森のはたらきは輸入できないのですから。

ローカルジャンクション21では、他に「むらまち工房」設立の会議もしました。私の立場からは、むらまち工房に参加しているおかげで、年間2、3回東京にタダで出て来れて、私の講演会を開いてくれて(講演料はこの際タダでもいいや)、水俣についての展示と販売ができて、さらに通販の顧客が増えていくというのが理想かな。もちろん、私の上京によってローカルジャンクション21もカネが儲かる。それにどれくらい近づけるか、今後こちらからも協力は惜しみません。

ローカルジャンクション21は都市側の問屋となって、小さいロットの物流と販売拠点を作り都市の顧客へ私たちのモノを販売して行ければいいですね。もちろん、物流だけでなく情報や人も交通整理をしましょう。

さて、木曜の夜も、「LJサロン」ということで、再度写真を見せながらのお話をしました。
昨日同様、久々に会う友人との再会があり、メール交換だけの親友との初対面もあり、大変楽しい会でした。でも、その親友が泥酔したので疲れました。私が泥酔したわけではないけれど、皆さんごめんなさい。

愛林館URL 
私設URL

posted by LJ21 at 16:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月30日

熊本県熊本市 福本 建明 7日目 8月29日(日)

本ローカル・ジャンクション21のページにも紹介されている「地元学」。
 私も感化され、まず「我が家の地元学」からやってみるため、今日はカメラを首から下げて、サワリ部分だけチョット行動に移してみました。

 写真は、我が家の全景です。農業用水と田んぼに囲まれた家です。上空から見ると、水の上に浮かんでいるようです。


我が家の庭です。先祖代々樹木が好きなせいか、たくさんの樹木があります。
 マキ、マツ、モミジ、マサキ、モチノキ、ツゲ、ヒイラギ。


我が家は、稲作と農業資材屋を経営しているため、家で食べる野菜の一部は、この家庭菜園で作ります。
 現在は、ネギ、ヒトモジ、ヤマイモ、オクラが生えてます。
 しかし、雨がここ2ヶ月くらい降っていないため、畑はカラッカラ。


築60年の小屋(古屋)です。
 中に入ると、太さ40数pの大黒柱や梁を見ることができます。
 現在でも、トラクター等農業機械や道具、肥料の置き場、米倉庫として使っています。
 また、ツバメの巣も20数個あり、年間数家族のツバメが巣立って行きます。


明日、熊本市を直撃するとの天気予報が出たため、急いで雨戸を閉めているところです。
 築40年の純木造住宅、サッシ、雨戸も木製なため、閉めるのに一苦労でした。


 これで、私の日記を終わります。平凡な一週間だったので(いつも平凡)、読まれた方はつまらなかったこととお察し申し上げます。
 また、日記を書き慣れていないため、少々掲載が遅れて申し訳ありませんでした。

 何かありましたら、下記までメールいただけたら幸いです。
 fukumoto-t@pref.kumamoto.lg.jp





posted by LJ21 at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

熊本県熊本市 福本 建明 6日目 8月28日(土)

今日は、私が住んでいる熊本市海路口町(旧天明町)を散歩しました。
 人口1万人の小さな町なのに、面積は3q×6qと広いため、散歩にはミニバイクが一番です。本当は通勤のように自転車がいいのですが、暑くて、きつくて。
 さあ出発します。


我が町は、有明海に注ぐ、緑川、白川、加勢川、天明新川、内田川、千間川が通り、かつ、農業用水路が隈無く走っているため、川に沿ってバイクを走らせました。
 本当は、カヌーで散歩をしたいところですが、乗れなくて残念!
 写真は、海に出る漁船をつないでいる天明新川の河口「サンゾウイシビ」地区です。(漢字で書けなくてすみません)
 以前、我が家も漁業(海苔養殖)を営んでいた頃は、ここに船をつないでいました。


「サンゾウイシビ」の500m上流にある「松の木堰」です。築40年が経ち、風景に融け込んでいます。
 地元では、天明新川の水量を調節し、農業用水に川の水を送りやる重要な堰です。



この写真は、天明のパナマ運河「中無田閘門(なかむたこうもん)」です。
 加勢川(写真手前)から緑川(写真奥)に(または逆)船が出る場合、この閘門(ゲート)で仕切られた運河のなかで、水位を調整し、安全に船を送り出します。
 まさに「パナマ運河」と同じ役割を担っています。
 
 私は恥ずかしながら、地元人の知恵の結集である`天明のパナマ運河`を30歳になるまで知りませんでした。この知らなかったことが、私が地元をバイクでまわるきっかけになりました。


有明海に注ぐ緑川の河口に広がる葦の群落です。
 葦は、昔は茅葺き屋根等に使っていたのでしょうが、今はうなぎ等の川に住む小動物の住み家になる以外何にも使っていません。
 壮大な風景です。一度見に来てください。


posted by LJ21 at 10:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

熊本県熊本市 福本 建明 5日目 8月27日(金)

全国農業青年交換大会当日。
 まず、鍋松原海岸近くの建物で、全国からの参加者を前に「環太平洋浄化300年計画」総裁の炭やき師 溝口秀士さんのオモシロ炭やき談義。
 「木や竹だけでなく人間も炭にできます。参加者のなかで、死んだら炭にしてもらいたい人はいませんか?炭になって水や空気の浄化、土壌改良に永久に協力してみませんか?」



今日は、今夏最高の38度。超炎天下での海岸炭やきでした。
 しかし、参加者は熱心に聴き入っていましたし、たくさんの質問を受けました。


天気が良かったので、予定より早く2時間弱で出来上がりました。
 進行の関係で早く炭窯を開けたいので、水をかけて窯を冷やし、炭を取り出しました。
 写真のとおり立派な竹炭が出来上がりました。また、松ぼっくりや木の実を使った飾り炭も綺麗でした。
 参加者はこの後、この出来上がった炭を麻袋に入れて、海岸の隅に括り付けました。
 「炭やきによる海の浄化」の小さな取り組みですが、藻場が増え、小さな魚、カニ、貝が増えて、豊かな海をつくります。
 団体の名前のとおり300年かけてゆっくり太平洋を浄化していきます。乞うご期待!


炭やきの後、参加者全員(約80人)で地引き網を引きました。(費用5万円)
 1時間かけて、ゆっくりゆっくり力を合わせて引きました。
 結果は、まずまず。シイノフタ、コノシロ、グチ、ハダラ、エビ、タイ、イカ、カニ、エイなど100キロくらいとれました。



これは、先程地引き網とれたシイノフタを煮付けにしてみました。
 内蔵などはとらず、そのまま、醤油、砂糖、酒で煮込みます。
 とれたて新鮮ということもあり、とてもおいしくいただきました。


posted by LJ21 at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

熊本県熊本市 福本 建明 4日目 8月26日(木)

今日は、午後から休んで、明日から始まる「全国農業青年交換大会」で行う炭やきの予行練習のため熊本県北部に位置する玉名郡岱明町に行きました。

 写真は、岱明町自慢の海岸「鍋松原海岸」です。1.5kmにも及ぶ有明海に面する海岸には、大小の黒松が並び、まさに「白砂青松」そのものです。
 
 この綺麗な海岸で炭やきを行います。



この炭やきは、大会主催者から、私が事務総長をつとめる「環太平洋浄化300年計画」(1日目の日記参照)へ依頼があり、炭を使った農業を実践している岱明町の若手農業者と一緒に炭やきをしながら、全国からの参加者と交流を図るものです。

 写真は、明日の本番に向けて炭やきの予行練習をしているところです。
 ガソリンスタンドからもらったオイル缶を炭窯、ホームセンター購入したトタン板を煙突にして、海岸に穴を掘って窯を埋め込み、流れ着いた流竹木を材料に2時間程でやき上げます。
 景色はいいけど、暑いのなんの。



予行練習がうまくいき、夕方からはメンバーで飲み会になりました。
 かんぱ〜い。
 気温35度の猛暑の海岸で、火を使う炭やきをしただけにビールのうまいこと。
 また、有明海でとれたアジ、タイ、イカ、ビナ等々刺身のおいしいこと。
 ビールおかわり。


posted by LJ21 at 10:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月26日

熊本県熊本市 福本 建明 3日目 8月25日(水)

今日は、お昼時間の散歩について書いてみたいと思います。
 県庁(本庁)の仕事は、デスクワークがほとんどのため、運動不足解消になるかな?と思って、散歩を始めました。(ダイエットの意味もあったけど、なかなか痩せない。)
 ただし、この日の気温は35度。灼熱の街中をタオルとデジカメ(この日記を書くため)を握って汗を拭き吹き歩きました。

 この写真は、県庁から歩いて10分の水前寺の電車通りです。写真の中の黄色いものが路面電車です。熊本市中心地を観光するなら、この路面電車が最高です。電車の色や新旧などさまざまなタイプがありますが、どれも熊本の街の色に融け込んでいます。



今日の散歩は、熊本市民の安らぎの場、「江津湖」へ歩きました。
 この写真は、江津湖に行く住宅街の道路です。夏休みだけあって、真っ黒なちびっ子たちが帽子も被らず元気よく自転車で行き交っています。


歩き始めて20分。江津湖到着です。湖の周りには散歩するための道路が整備されています。平日、休日ともウォーキング、ジョギング、散策、水浴びなどたくさの人が安らぎをもとめて集まります。


この写真も江津湖です。
 阿蘇の伏流水が湧く湖は、とても綺麗で、貸しボートを漕ぐも良し、野鳥を観察するのもいいでしょう。

 おっと、現在午後0時30分すぎ。昼休みは1時まで。帰りは急いで歩かないと、午後の始業時間までに昼ごはんが食べられない!



現在午後0時50分。県庁の私の机に帰ってきました。始業10分前です。やっと昼ごはんに間に合いました。
 この写真が私の今日の昼ごはんの「若松の350円弁当」です。コロッケ半分、こんにゃく、大根、人参の煮物、すき焼き、にがうりにみそ汁が付いてこの値段。とっても安い。
 この日は、7〜8分で食べ上げました。 
 ごちそうさま。


posted by LJ21 at 15:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

熊本県熊本市 福本 建明 2日目 8月24日(火)

今日は終日デスクワーク。
 私の担当のひとつである松くい虫防除事業(松林の枯れを防ぐ事業)の今年度予算の中間とりまとめを行いました。
 写真は、熊本県庁本館10階のみどり推進室で仕事をしているところ。机は全員重厚な木製、また、服装はノーネクタイで仕事をしていいのですが、室温は28度設定のため、クーラーのパワーが低く、暑くて暑くて。
 担当事業の現地調査のため、なるべく地方の現場に行きたいのですが。

 下記の写真で、今年度の松くい虫防除事業箇所の一部を紹介します。
 熊本県内には、まだまだ綺麗な松林が残っているところがあります。
 また、県の計画でも「白砂青松」の地域づくりをすすめています。



この写真は、熊本県内の島嶼地域になる上天草市松島(天草2〜5号橋付近)でヘリコプターから松くい虫に効く薬剤を散布しているところです。
 現在でも約200haの松林があり、海を背景に見る松林は、絶景です。


この写真は、阿蘇郡南小国町の瀬の本(黒川温泉近く)の松並木通りでトラックの荷台から特殊な機械で薬剤を散布しているところです。
 阿蘇の草原風景を背景に、道の両側に松林が並んでおり、これまた絶景ポイントです。


この写真は、阿蘇郡白水村の各集落の神社(約20カ所)に残る松の大木です。神社の御神木であると同時に集落のシンボルツリーにもなっています。
 阿蘇有数の湧水量を誇る白川水源などの水源めぐりと一緒に、松の大木も見て行ってください。


この写真は、上天草市龍ヶ岳の樋ノ島地区(天草上島の不知火海に浮かぶ島。橋が掛かっている。)の松林です。田舎の小さな漁港近くにある樋ノ島神社の参道、境内に松が生えています。


posted by LJ21 at 13:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月25日

熊本県熊本市 福本 建明 1日目 8月23日(月)

みなさん、こんにちは。気軽な気持ちでこの日記(今週の私)を引き受けてしまって、今、とっても後悔しているところです。今までに登場した方々の日記を読むにつけ、自分に、そんなに人に話せるおもしろいネタってあったっけ。と大変恐縮しています。
 気取らず、自然に書いていきますので、平凡な1週間になるとは思いますが、何とぞ最後までお付き合いくださいませ。

 それでは、まず、自己紹介から。
 私は、普段は、熊本県庁森林整備課みどり推進室に勤める33歳の地方公務員です。地域づくり活動で、海岸に流れ着く木、竹を材料や燃料にして簡単な炭やきを行い、出来上がった炭を海や河川に設置して、炭の持つ浄化能力で300年かけて環境保全を図る活動等をしている団体「環太平洋浄化300年計画」の事務総長もしています。
 住んでいるところは、阿蘇から流れる白川と九州山地から流れる緑川に挟まれた熊本平野の南西部にあたり、有明海に面した半農半漁のムラ、熊本市海路口町(合併前は、飽託郡天明町)です。

 写真は、出勤するために自宅から自転車で出発するところです。自宅から県庁までは、約20qあります。自転車とバスで約1時間30分かけて通勤します。
 現在、午前8時50分。それでは、安全運転で「行って来ま〜す」チリンチリン。

 



有明海に面した干拓地(室町時代から少しずつ干拓されたらしい)なので、海抜0mの田んぼが一面に広がります。建物は、集落単位でチラホラあります。こんな街灯も少なく自然いっぱいの田んぼ道を、毎日、カエルの声を聴きながら通っています。


快適通勤自転車は、田んぼ道から千間川(せんげんがわ 白川の支流)の塘沿いの道に入りました。この川は、田んぼに水を引く重要な川で、干拓工事のなかで人の手によって造られました。
 なお、この道を夜の帰宅時に通っていると、春から夏の満月の日など特に亀に出くわします。今年もすでに5度程見かけました。
 自然の風に吹かれながら、低い目線でゆっくり行ける自転車は、最高です。
 少し汗をかきますけど、みなさんも通勤の足にどうぞ。おすすめします。


自宅から約4q行った並建交差点です。少しだけ街の臭いがしてきましたね。ここで、自転車の旅は終わりです。
 自転車を八百屋の駐車場隅に置いて(田舎では、勝手に置いても店主から文句は言われない。ただし、時折この店で買い物することが大事。)、路線バスに乗ります。
 熊本駅や熊本城近くを通るコースで、1時間10分の道のりをバスに揺られて通勤しています。ちなみに料金は、500円です。
 このバスに乗る客のなかでは、私が最長距離の乗客だと自負しています。


現在、午前9時20分。熊本県庁到着です。バスは正門前で降ろしてくれます。(ちなみに私の始業時間は9時30分から)
 県庁前プロムナードは、イチョウの大木が整然と並び、秋には紅葉がとても綺麗です。どうぞ、紅葉シーズンには、お寄りくださいませ。おいしい銀杏の実もたくさん落ちていますから。
 さて、今日は月曜日、今週も「県民の幸せのために務める`変`差値の高い幸務員」としてがんばります。



posted by LJ21 at 10:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年07月11日

熊本県水俣市袋 遠藤邦夫さん 六日目

7月10日土曜日 晴れ
 私は休日に昼寝をするのが大好きなのです。「寝るより楽はなかりけり」とは親父のセリフだけど、子どもの頃は寝るのがあまり好きではなかった。だって寝ている間は遊べないし、死んでるようなものだから。大人になってみると寝ることは確かに一つの快楽だと悟った。
 夜、能不知火の運営委員会があった。いよいよ8月28日の本番に向かって、各部門の報告、座席券のこと、冊子の進行状況、さまざまな作業のこと。中でも最大の決定は、能が始まったら入場はお断りするってことだろう。雨の場合の文化会館のこと、晴れの場合の親水護岸のこと、座席の区分のこと、一方でサービスに差異が生じないようにしながらも、開演時間で閉鎖は譲れないとなった。緒方正人曰く「不知火が演じられる場は結界の中なので、始まったら入れないのが当然だ」「いかなる理由があろうとも始まったあとには入れない。例外はない」「たとえ石牟礼道子でも入れない!」一同大笑い。交通渋滞、子どもの不調、パンクした、交通違反、券を忘れて取りに帰っていた等々、「その場所、その時間に立ち会うとは、それほどの緊張感を求められているのだ」と。能不知火に来られる方はくれぐれも時間厳守していください。
写真は能不知火のWS後の懇談会。正面の三人ならんだ右端が緒方正人さん。

 最後の日記なので、私が勤めている(財)水俣病センター相思社について少々宣伝をします。相思社は1974年に設立されたました。最初の構想では主に一次訴訟(水俣病については相思社ホームページを参照 http://www.soshisha.org)の患者たちの憩いの場や共同作業の場としてあったのですが、実際には未認定患者運動の基地としての活動がメインとなります。
 1989年に相思社の主なる事業収入の甘夏販売における不正が、甘夏事件として問題となり、それまでの運動体としての相思社は小さくなり、「水俣病を伝える」活動に重点が置かれるようになります。不正販売としての甘夏事件についてはここでは述べませんが、私は甘夏事件が起きた最大の理由は、水俣病患者と支援者のいびつな関係にあると考えております。当時の甘夏販売の手数料は1kgあたり10円でした。これは当時としてもも破格で、相思社は何度も値上げを生産者=患者に訴えました。ところが生産者の中のには「なんで支援者が患者からお金を取ろうとするのか?」と言う人がいて、それに対してキチンと説明できませんでした。甘夏販売は純然たる商行為でしたが、相思社自身が水俣病患者の存在を販売に使っていたので、この理不尽な論理を批判できませんでした。支援者と患者はお互いにもたれ合う関係でしかなかったのです。
 これを適正な関係に取り戻そうとしたのが、検討委員会答申でした。そもそも支援者という立場は、1969年に一次訴訟が始まったときに熊本告発が打ち出した「義により助太刀いたす」という義勇兵=ボランティアの姿勢でした。しかし、時代が変わり、運動が推移し、それぞれの生活が変わり、社会的立場も変わったにもかかわらず、患者−支援者関係が不変であったことこそ、運動的に言えば退廃というほかありません。今や患者−支援者という関係で水俣病事件に関わろうとすることは、己の立場を何も考えていないと思います。そしてその時に見えている水俣病がいかなるものであるのか、形而上化された架空のものではないでしょうか?
 何か最後は演説になってしまいましたが、私は闘争としての水俣病事件一幕は終わり、関わっている人々それぞれがどの様な問題として水俣病事件をとらえ、どの様に表現してくのかが問われているのだと思っています。その意味で「水俣病が終わっていない」というだけでは全く不十分で、何が終わっていないのか、どうすれば終わるのか、終わりがないとはどういう意味なのか等々の議論をすることが必要です。
 運動系の人たちは「終わらない」がスタンスになると信じているのでしょうが、それは時代からすればマニアックなスタンスの墨守でしかありません。いかんどうもヒトを批判して自身のスタンスにするのが直っていない! 私は「暮らしの中の水俣病」というテーマ立てから、住民自治の形成をどうするのかを最近の課題としています。詳しくは機関誌ごんずいをお読み下さい。
 ではまた。



posted by LJ21 at 09:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年07月10日

熊本県水俣市袋 遠藤邦夫さん 五日目

7月9日晴れ時々曇り
 相思社30周年記念の座談会を、出版社に売り込む企画書の書き直しをしていた。昨日水俣フォーラムの実川さんから、「あれじゃあ出版社は口説けないよ。彼女を口説いたときのラブレターのような調子で、読んだらその気になるような文章にしなくては」と気楽な調子で電話がきた。そらそうだろうけど、こっちとしては来週は一週間出張で出ているし、あれでどうにかならないかなって思っていたのに、あっさり否決されてしまった。それで捻りハチマキで(うーん語りが古いなああ)、えいやっと書き上げた。私はもともとじっくり考えて考えて文章を書かない! ザッと書いて直すところは直すけれど、練り直して最初に書いたものより良い物が出来ると信じていない。まあ自慢できることかどうか知らないけれど私はそうなのだ! メールで送って、信じられないことに水俣フォーラムではメールチェックをしないので、メールを送ったらいちいち「送ったよ」と電話しなくてはいけない。実川氏曰く「じっくり考えて書きましたか?」「いいえ、速攻で書きましたがあれ以上の文章はできないよ」「そらしかたがないわな、すぐ見れないので後でみとくよ」「来週いないのでできれば日曜日までにケリをつけたいんだけどなあ」「なんとかするよ」てな調子で、自分的には一件落着(おいホントかよ)。

夜は「グリーンスポーツの存続を求める会」に出席した。グリーンスポーツは水俣市西浦の国有の魚付き林だ。そこを水俣市が借りて、キャンプ場やフィールドアスレティックができるようにしている。水俣市もご多分にもれず経済難で、赤字施設を清算しようとしている。そういえば昨年は水俣湾に浮かぶ恋路島を売り飛ばす話があったけれど、それも保留のままだし、またGSを国に返却しようとしている。確かに1600万円の経費で50万円の収入では合わないとは思う。この問題は、一つは現在の管理者の水俣市振興公社が振興と言いながら、振興になることは何もしていない! ただ漫然と管理していること。もう一つは「存続を求める」と言いながらも、それは決して水俣市に同じようにやれと言っているわけではないこと。
写真は、手前の集落が茂道、その向こうの左右に拡がった照葉樹林がグリーンスポーツのある西浦半島。


民間で受け皿を作って、行政と民間と企業でそれを支援する体制を作ろうとしている。だから大事なことは代案を作ること。事業計画、助成金の確保、収支、組織等々を検討中です。
 GSの海岸はとても楽しい。この海岸には漁師たちが名前を付けている。ここなシラト海岸。他にもなまこ瀬、坊主がハンド、湯ノ花、洗濯場等々、漁師たちは使いかたやその場所の特性で名付けしたようだ。

 今日の夕食は娘のリクエストで茶漬け。しかし茶漬けだけではあんまりなので、ナスとバラ肉の煮物、キビナゴの干物、キュウリの塩もみ、妻だけ卵スープ。と、簡単な夕食だった。というのはその子がバレエのレッスン日で帰りが遅いし、私は会議の出かけるので一人で食べてという変則な夕食でした。



posted by LJ21 at 15:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年07月09日

熊本県水俣市袋 遠藤邦夫 四日目

7月8日木曜日 晴れ時々曇り時々雨
 今日は、来年の3月に教育旅行でやってくる正則高校の打ち合わせに、杉本水産の加工場を訪問した。栄子さんは資料館の語り部でいなかったが、杉本肇さんがいたので資料を渡して、8月の下見の時のお願いをする。肇さんは今朝獲ったカタクチイワシの12センチくらいになったタレの乾燥作業をしていた。このサイズになると出荷しても価格が安く、もうみんな獲っていないとのこと。脂がのって乾燥しにくいとのこと。でもダシをとると良い味がでるらしい。肇さんはバラ(カタクチイワシをその上に並べて乾燥させる75センチ四方の木製の道具)にならんだタレをひっくり返して、良く乾燥するように次々とバラを始末していた。私はそれを猫のようにつまんでは、おいしいねと言いながらたべていた。天気の良い日には天日乾燥するのだが(写真は少し前の、栄子さんと雄さんのチリメンの乾燥作業風景)、猫や烏や果ては人間までやってきてはつまみ食いをするのだが、栄子さんは「チリメンは人間の分だけじゃなくて、猫や烏の分もあっでなああ」と語る。


水俣市内のお店にはらせてもらうポスターをもらいに、青果市場の奥にある能不知火の事務所に行った。事務局長の金刺さんと事務局員の魚住さんが仕事をしていた。能不知火は石牟礼道子さんが書いた新作能で、今年8月28日に水俣湾埋立地の親水護岸で奉納する。予定していた1200の席はすでに完売となっており、あとは当日にむけての準備に邁進中。水俣病事件は闘争の時代はすでに終わり、新たな舞台は水俣病を多様な表現で意味を伝え・活用(役に立たせる)していく時代となっていると考えている。だから水俣で2001水俣ハイヤ節生まれたり、能不知火が行われたり、一方では環境学習や村丸ごと生活博物館(エコミュージアム+グリーンツーリズム+地元学)が、展開されていることは偶然ではない。


昼飯を妻と待ち合わせておいて、ほっとはうすで食べた。妻はこの3月までほっとはうすに勤めていたが諸般の事情でやめて、初めて訪れることになった。木曜日は喫茶のみが営業している。家の近所に住む山添友江さん(通称ともえどん)が今日の担当だった。行って見ると近所でガソリンスタンドを経営している、相思社のアドバイザー委員でもある小柳さんがピラフを食べ終わったところ。連れの女性が子どもさんから電話を受けて、「え、なに、早飯大会?」「ちがう、ハイヤ節大会」、一同大笑いしてしまった。この後妻は栄子さんに誘われて、早飯大会ならぬ2001水俣ハイヤ節を第一小学校で教えに行くのでしした。

 昨日の夕食は、何も考えていなかったので急遽御お手がるな手巻き寿司。巻き込むモノは、Gコープのマグロ・金糸卵・納豆・キュウリ・しそだけ。キュウリもみ(中華風味付け)とみそ汁。しかし、その子は目先が変わった食事はよく食べる。毎日こんなふうに食べてもらいたいものだ。夕食後に北海道の友だちから夕張メロンがとどいた。娘はあまりメロンが好きではないので関心がなさそう、妻は腹一杯なのでこれまた関心をしめさず。ごめんね小川さん、ワガママな家族で。


posted by LJ21 at 09:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年07月08日

熊本県水俣市袋 遠藤邦夫さん 三日目

7月7日 曇り時々晴れそして雨
 今日はスタッフが交代でおこなっている水俣病歴史考証館の当番の日だ。朝一で考証館の掃除をして、天窓を開けておく。なにしろ考証館は貧乏な財団が運営しているものだから、空調がない。あるのは扇風機とうちわだけ。だから冬は寒いし夏は暑い。ほとんど我慢大会のようなものだ。それでも訪れて暮れる見学者がおり、もうしわけないと思いながらも、そう思うモノだからつい熱が入って説明が長時間となり、悪循環(?)となってしまう。
 昼からJICAの人たちがやってきた。30分しかないので、説明はまず「1961年、坪谷の一軒の漁師の庭先」写真パネル。庭先で獲ってきた魚をみんなで分けているが、男の姿がそこにはない。大黒柱だった漁師たちは、すでに水俣病にかかって病院やすでに鬼籍に入っている。この写真を私は気に入っているが、とても残酷な写真といえるだろう。1959年には熊本大学医学部が、水俣病の原因はチッソ工場の排水に含まれるメチル水銀が魚介類を汚染して、それを食べた人がかかる病気、であることを解明している。しかしながらチッソも監督していた国も何らの対策を施さないので、人々は魚を食べ続け水俣病にかかっていった。
 だから裁判所が何と言おうが、国がのらりくらりと責任逃れをしようが、水俣病に関してチッソと国が適切な対応をしなかったことは明白なことだ。この時期に国の責任がないと主張することは、国はなかったというに等しい。いかん水俣病の話になると盛り上がってしまう。日記だっだよね。
 写真は水俣病歴史考証館に陳列されている猫実験の小屋




7月7日は、水俣病センター相思社初代理事長田上義春さんの命日だった。夜、田上家を訪れお焼香をさせてもらう。その後義春さんの思い出話に花が咲いた。奥さんの京子さんと娘さんのゆりさんが代わる代わるに思い出を語ってくれた。
 水俣病の補償金の話は家では一切しなかったこと。私が聞いた限りではあるが、補償金のことを話してくれた患者はほとんどいない。「田舎ではなあ、そん金をどぎゃんして使うかが問題たい。みんな見とっでなあ」。被害補償なわけだから、それを本人がどう使おうと勝手と思うのは近代人である。見られているということは、それは注意しなければいけないことだというのが、田舎の暮らしの不文律だ。
 その農園には飲料水がなく、京子さんや子供たちが運んでいた。義春さんに言わせると「水の大事さを子どもたちにも教えるためだ」と、このとき母と娘は声をそろえて「でも義春さんはいっちょん運ばなかった」と。
 義春さんは夢が大きかった人だったと、京子さんが語ってきれた。西浦のところを農園にして、家族や身よりのない人も一緒に畑を作ったり、一緒に暮らしたいなあとと語っていたとのこと。でもそれは実現しなかったと言われたが、形を変えてすこしずつだけれど実現しているように私は思った。
 写真は義春さんが二度目の脳梗塞を起こした後、明水園に入っていたが本願の会と熊本県の調印式に出席されたところ。右側の水色のチョッキが義春さん、後ろが京子さん、その左後ろがゆりさん。

 定番と言っておきながら夕食メニューを忘れた。まいどおなじみのGコープの冷やし中華。ハムがないからもらったさいぼし、金糸卵(水俣の山奥で平飼養鶏やっている友だちから毎週届けてもらっている。10個350縁)、家庭菜園で大きくなってウリと見まごうキュウリの千切り、ちょっとしなびたミニトマト。デザートは娘の友だちのKAZUのお母さんがくれたスイカ。こう見ると我が家の食卓はずいぶんともやいモノが多いなあ。ラッキー!


posted by LJ21 at 08:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年07月07日

熊本県水俣市袋 遠藤邦夫さん 二日目

7月6日火曜日 晴れ時々曇り
 物忘れがひどくなり、特に近い記憶がまるでダメ。これでは「紀恵さん私はまだ朝飯食べさせてもらっていないよ」となりかねないと心配しています。妻紀恵の学習成果によると、「それは脳みその海馬という部分が老化で萎縮しているからだね」と教えてくれた。「そうかそらしかたがないよな」と、意味のない安心を得ました。それでこうした日記を書くと昨日何したのかなあと考えるようになり、海馬の訓練になる(?)と密かに思っています。

 なんだこれは、文章が消えた! 40行も書いてたのに消えてしまった。長文のメールを書いているとよくあるんだよなこれが。気を取り直して書こう。

 火曜日は一日中、座談会の直しやアドバイザー委員会の議事録を作成していたんだ。この座談会は相思社30周年(何故か終焉と変換されてしまう。まずいではないか)を記念して水俣病と水俣の未来を語ってもらおうと企画した。なかなか豪華メンバーで、司会が熊大の丸山定巳さん、メンバーが水俣市役所というより地元学で有名な吉本哲郎さん、水俣病患者家族で漁師をしている杉本肇さん、京都精華大学の嘉田由紀子さん、水俣病や水俣の話ばかりでなく、昭和30年代論や相思社の行方についても厳しく語ってもらった。座談会記録をできれば書店売りの書籍になるように出版社に売り込み中です、乞うご期待。

 ここまで書き直して前書いていたことを思い出した。この「今週の私」ってコーナーは何だろうって。浦島さんがこの前水俣に来たときに、「うちのホームページに今週の私ってコーナーがあるんですよ。遠藤さんも書いて下さい」と頼まれたんだった。文章書くことが好きな私は二つ返事で「いいよ」と言ったんだが、はたして何を書けばいいのか? ローカルジャンクションだからローカルなニュースを書けばいいのか、はたまた何を書くのかで人物を「こいつは使えるな。こいつは使えないな」と見定めようとしているのか(何のためにだよ!)、はたまた楽しければそれでいいやといういい加減な姿勢のあらわれなのか、私の心は千々に悩むのであった。ほとんどルーシュンが阿Q正伝を書いたときのように、うーん本当かよ。

 そして話は定番の夕食メニューに飛ぶ。もらったナスとグリーンコープのニンジン(大きな声ではいえないけれど、Gコープの野菜で家が気に入ってるのはニンジンくらいなもの)と同じくGコープの豚バラ肉(これはお奨め)の味噌炒め、先日講演に行った甲賀郡人権センターの人に送ってもらったさいぼし(馬肉の薫製)と、妻が友だちと一緒に作っている菜園でできたキュウリの塩もみ、それととーふとタマネギのはいったすまし汁、おっとご飯は友人が水俣の山奥でアイガモ除草で作った無農薬米。こう書いてみると家ってけっこう有機な家庭(???)じゃん。ごちそうさま。

写真は少し古いけど、娘その子が小学校に入ったとき。その娘もいまは小学校3年生になって、すっかり理性のある(そうでもないときも、ままあるが)人間となってしまって、私としては少々つまらない。


posted by LJ21 at 09:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年07月06日

熊本県水俣市袋 遠藤邦夫 1日目

7月5日月曜日 曇り
本当は昨日から職員旅行で甑島に行っている予定でしたが、台風7号が接近していたため、東シナ海は大波でフェリーが出ませんでした。それで日曜日は中止するのもシャクなので、日帰り旅行で球磨川沿いにある鍾乳洞の球泉洞見学と、一勝地の温泉センターかわせみに行ってきました。

あっ、今週の日記担当の遠藤邦夫です。
とりあえず簡単な自己紹介をいたします。1949年岡山県生まれ、1987年水俣に来ました。現在は妻と子ども一人の三人暮らしです。仕事は(財)水俣病センター相思社に勤めています。相思社は知っている人は知っているが、知らない人は知らない(当たり前か)1974年に設立されたNGOです。設立された当時はNGOというよりは、AGO(Anti−Goverment−Orgnizetion)でしたが、様々なことがあって現在は地域の中での役割をどう見いだすのかが主眼になりつつあります。写真は水俣案内の一こまです。こんな仕事もしてるんです。相思社の大事な収入源の一つです。

ここから日記風にいきます。もともと職員旅行は一泊二日の予定だったので、今日月曜日は休みとなりました。朝9時過ぎ、寝ている新入職員のTさんを無理矢理起こして囲碁をしました。どちらもへボなので口は激しく争うのですが、局面はぼけた進行でしたが、Tさんの大きな石が死んでしまい、私が勝ちました。
昼からは娘(小学校3年生)の授業参観に妻と行きました。国語(なんで国語なんだよな、日本語じゃないのかと思ってしまうあたりが、左翼なムードを我ながら残していると思う)の授業でした。我が娘はというと、はきはきと唱和せずだらだらとかつ斜に構えて授業を受けていました。その後の保護者懇談会は今回はパス。もともと私はイリイチの徒だから学校教育にはあまり信をおいていないのだが、現実には娘が通っているというアンビバレントな状況で、いつも現実方針は妻のいいなりになっている。
夜は妻と娘はバレエのレッスンでおでかけ、私は夕食を作って待つ身なのです。今日の献立は、石エビの唐揚げと栃木出身のTさんにもらったカンピョウでつくった卵とじとみそ汁でした。


posted by LJ21 at 09:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月30日

熊本県菊池市 小林和彦さん

今週は、熊本県菊池市の小林さんにお願いをしていますが、PCの通信状況でトラブルが起きているようです。

もうしばらくお待ちください。

小林さぁーん、楽しみにしています!

(事務局)

posted by LJ21 at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。