2007年02月25日

沖縄県那覇市 眞喜志敦 7日目

7日目、最後の日記です。
今日はあいにく雨でしたが、本島中部のうるま市というところにある、安慶名(あげな)市場のイベントの応援に行ってきました。

agena1.jpg

ちょっと寂しく見えますね、、、
安慶名市場の周辺は、かつては那覇にも劣らないほどの賑わいを見せていたそうです。

ここ安慶名地区(旧・具志川市)は、戦後、米軍に土地や家屋を強制的に接収され、移り住んできた人たちが作った町です。人口が膨れ上がるにつれて、自然に市場が発展してきたそうですが、やがて別の場所に新市街地ができるとともに人口も減りはじめ、一時はこの地区に8000人いた人口も現在は半分以下になってしまったとのこと。

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2007年02月24日

沖縄県那覇市 眞喜志敦 6日目

今日もきれいに晴れました。
日記6日目。今日の日記は早めに書き始めています。
出勤は遅めですが、土曜も事務所で電話番です。

風は冷たいですが、日差しは春らしくなってきています。
桜はすっかり葉桜になってしまいました。
頂いたランを植え替えて事務所で育てているのですが、つぼみがだいぶ膨らんできました。

orchid.jpg

支柱を添えてないので曲がってます。
花が咲くと重くて倒れてしまうので、そろそろ支柱をつけてやらないといけないですね。
こちらではランも、種類によっては屋外でも十分育って花をつけたりします。さすがにコチョウランは夜、冷え込みそうな時は事務所の中に入れておきましたが、昼間の直射日光の方が気をつけないといけないですね。

ちょっと分かったふうな書き方をしてますが、実は以前、川崎の植木屋で働いていたことがあって、今でも「本職は植木職人です」と言うことにしています。
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ラベル:沖縄県 那覇市
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沖縄県那覇市 眞喜志敦 5日目

昨日、今日と、日付をまたいでしまいました。
その前も毎回ギリギリでしたけどね。

今日は暖かい一日でした。
だいぶ日が伸びました。
調べてみると那覇の日の入りは午後6時27分でした。
7時前まで明るい感じです。

今日、生産者グループの土の会さんが事務所に野菜を届けてくれたので、全国の読者の皆様に何か沖縄らしいものを紹介しようと思って覗いてみたんですが、ニンジン、大根、ジャガイモ、パセリ、キャベツ、ブロッコリー、玉子、、、
沖縄っぽいもの、ないですね。

yasai3.jpg

何となくカレーの材料を思い出してしまったので、今日は「買い物ゲーム」の紹介をすることにします。


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2007年02月23日

沖縄県那覇市 眞喜志敦 4日目

もう、というか、やっと日記も4日目。
沖縄はまた曇り空に戻ってしまいました。

毎週木曜は、ウチナー芝居塾「ばん」の日。
夜7時から始まるので、那覇の事務所を閉めて、高速で沖縄市に向かいます。

ウチナー芝居とは、ウチナーグチ(沖縄方言)で演じられる大衆演劇です。
この塾にいる方々は、みなさん普通の素人です。
もちろん私も。
プロの俳優を目指すのではなく、方言で語り、方言を学びながら沖縄の文化や歴史を勉強しようという塾で、今年で設立6年目。
塾長は、ウチナー芝居の名優北村三郎氏

banjuku

今日の稽古の様子です。
毎年4月には、一年間勉強してきたことの集大成として、お客さんもちゃんと呼んで公演を行います。
週に1回しか集まれないので、昨年暮れ頃から、すでに公演に向けての稽古が始まっています。


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2007年02月21日

沖縄県那覇市 眞喜志敦 3日目

今日の沖縄は、久しぶりの晴れ間でした。
気温も23℃くらいあったようです。

沖縄らしい話題って何だろうと考えたんですが、沖縄といえば、やっぱり豚ですよね、ブタ。
ということで豚の話をします。

私はNPO法人エコ・ビジョン沖縄というところで、くいまーるプロジェクトという循環システム構築事業に関わっています。
くいまーるプロジェクトとは、分かりやすくいうと、事業系の生ゴミを畜産飼料として活用するしくみを作ろうというプロジェクトです。

kobuta

昨年、全日空ホテルズ沖縄ハーバービューホテル(沖縄でもトップクラスのホテルです)もプロジェクトに参加して、くいまーる豚を使った特選メニューなんかも出してて、日経エコの「エコプロダクツ2007」にも紹介されたんですよ!
でも説明しだすと長くなるので、詳しくはリンク先をご覧ください(^^
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2007年02月20日

沖縄県那覇市 眞喜志敦 2日目

旧暦の正月3日。
今日の那覇は朝から曇り。
午後には雨に変わり、まだ降っています。

ヤンバルの桜は先週末あたりが見頃だったようですね。
沖縄の桜前線は南下するので、南部ではお花見に間に合うでしょうか。
私が行けるかどうかは別ですが、、、

夕方、事務所のシャッターも下ろした頃、
滋賀県の八日市図書館のSさんから、
「写真展の準備が無事整いました」
というお知らせ。
そうです。
なんと共同売店の写真展が、明日から滋賀県で開催されるんです!

shashinten2.jpg

「沖縄の共同店 写真展」
2/21(水)〜3/4(日)
東近江市立・八日市図書館

http://www.library.higashiomi.shiga.jp/

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2007年02月19日

沖縄県那覇市 眞喜志敦 1日目

今日は旧暦の1月2日。
那覇は一日どんよりとした曇り空でした。
少し肌寒い、といっても気温は20度近くあります。

皆さん、初めまして。共同売店ファンクラブの眞喜志(マキシ)と申します。
どういうめぐり合わせか「今週の私」を書かせていただくことになりました。
1週間、沖縄からいろいろお伝えしますので、よろしくお願いいたします。とはいうものの、「今週の私」の読者の皆さんが期待するであろう「青い海、青い空」のことは書けそうにないので、最初に謝っておきます。スミマセン!

参加予定者のリストでは「NPO法人エコ・ビジョン沖縄」の眞喜志と紹介していただいていますね。
エコ・ビジョン沖縄は、沖縄リサイクル運動市民の会という沖縄で20年以上活動してきた環境NPOを母体とするNPO法人です。
私はそこで主に、くいまーるプロジェクトという食品残渣の飼料化事業の担当としてお手伝いさせていただいていますが、実は今回、ローカルジャンクション21とのご縁のきっかけである「共同売店ファンクラブ」は、それとは全く関係がありません(^^

沖縄県の本島北部や離島を訪れたことのある方はご存知かと思いますが、集落ごとによく「○○共同店」「××共同売店」という名の店を見かけます。
今から101年前の明治36年、本島北部の奥という名の小さな集落で、地域住民の出資により共同で運営される店ができました。
それが共同店の第1号といわれる「奥共同店」です。

oku for web.jpg
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2006年10月01日

沖縄県竹富町 飯田泰彦 7日目

〇10月1日(日)

《結願祭の準備》

八重山地域のキョンギン(狂言)を見渡したとき、竹富島の結願祭で演じられる「芋掘り狂言」のように、祭祀当日の供物を整える場面が、よく題材としてとりあげられます。

供物は、海の幸・山の幸だけでなく、芸能も神への捧げものであることに、あらためて気づきます。このことは、新城島の「儀式ユンタ」にもうたわれています。だからこそ、念入りなフクミ(仕込み、リハーサル)が行われるのでしょう。

kechigan2.jpg結願祭の会場である、清明御嶽で演じる前に、アリンジャ(有田屋)に集合し、再び当家の座敷で演じるのです。このときは、化粧・着付けを済ませ、本番と同じ出で立ちで演じます。


kechigan.jpgところで、化粧や着付けは、徐々に役柄へ入っていく、儀式のようなものです。「芋掘り狂言」で乙女に扮する二人が、ブラジャーを持参しているのを見たとき、役作りにかける情熱を感じました。衣裳を着けると、やはり演技も光ります。



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2006年09月30日

沖縄県竹富町 6日目 飯田泰彦

《結願祭初日》

今日、明日と両日にわたって結願祭です。
今日は、神ツカサの夜籠りと同時に、神前に奉納する、ブドゥリ(舞踊)・キョンギン(狂言)のリハーサルを意味する、フクミ(仕込み)が行われました。

 とりわけ、キョンギンのフクミは、初日にアリンジャ(有田屋)で行われるのが恒例です。それは、アリンジャの有田加那翁が「始番狂言」の作者であることによります。この演目が創作されて以来、集落の狂言部で上演されていましたが、昭和24(1949)年の結願祭から、作者の子孫が「ウシュマイ(御主前)」役で上演することになり、それが現在に引き継がれているということです(辻弘『竹富島いまむかし』参照)。

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ラベル:竹富島 結願祭
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2006年09月29日

沖縄県竹富町 5日目 飯田泰彦

 今朝、ゆがふ館前のホーシ道を、マコン(ヤシガニ)が歩いていました。朝という時間帯、島でもっとも交通量の多いホーシ道という、意外な場面での遭遇に、何かの知らせなのかとも思いました。

P1010126s.JPG

マコンは、種子取祭で世持御嶽の庭で、隊列をなし威勢よく踊る、「馬乗者」の冒頭で次のようにうたわれています。



  ヒヤ
  真蟹(マコン)ぬ面(すら)ぐわー
  蟹(かん)だがれー
  クバ笠 かっちん しっちゅさや
  するばく 三味線とぅ 舞いやる
  クバぬ葉ぬ 振るみゃー
  ありに 魂 うち抜ぎてぃ
  フイヨー フイヨー 
  イー フイフイ
  シタリガソンヤ ヤー
  ヤー ソンソン

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2006年09月28日

沖縄県竹富町 飯田泰彦 4日目

大竹蓉子さんの短歌誌『花調八重山』には、「種子取祭古式ゆかしく始まらむ 御嶽への道茂る唐胡麻」と、竹富島が詠まれていました。
最近、出版されたばかりの、『花調八重山 第2集』を、今朝めくっていると、次のような竹富島にちなんで詠まれた、短歌を拾うことができました。

  伝説(でんせつ)のクヤマ羞(はぢ)らふ色香(いろか)とも 桃金嬢(てんにんか)なる花(はな)は野(の)に咲(さ)く

《開拓精神》

昨日は最終便(午後5時45分、竹富発)で石垣島に渡り、今朝は始発便(午前7時30分、石垣初)で竹富島にもどってきました。
石垣島へは図書館や「八重山文化研究会」「石垣市文化協会古謡部会」「八重山探検隊」などの研究会のほか、私の唯一の娯楽であるバンド「まんた座」の活動のために、週に1、2度は行ったり来たりしています。
そのとき私は、竹富島の歴史上の人物である、真栄(マザカイ)気分なのです。島で真栄は、歌にもうたわれ、慕われています。

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ラベル:種子取祭 竹富島
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2006年09月27日

沖縄県竹富町 飯田泰彦 3日目

 今日の「素足で感じる竹富島ツアー」の参加者は5名。写真は「ゆがふ館」の前での記念撮影です。

《見習い・聞き習いの会》

昨夜は、午後8時30分から、アサイヤ(阿佐伊屋<屋号>)において、「ミーナライ(見習い)・シキナライ(聞き習い)の会」がありました。この会は毎週火曜日に有志が集い、テキストを読みながら、お互いに見習い・聞き習いして、竹富島を学ぼうというものです。この日の出席者は5名。少人数ながら内容の濃い学習会となりました。

テキストは、2005年3月に発行された『竹富町史 第10巻 資料編 近代T』。これは、喜宝院蒐集館(島の民俗資料館)の、上勢頭亨氏が収集した歴史資料を編集したもので、明治30年代の行政や島人の暮らしを知るうえで、欠くことのできない資料です。
現在はこのなかに収録されている「村日記」を読んでいます。昨夜は明治38年6月8日から7月12日までを読みました。

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ラベル:種子取祭 竹富島
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2006年09月26日

沖縄県竹富町 飯田泰彦 2日目

《素足で感じる竹富島ツアー》

 NPOたきどぅんでは、竹富島の美しい集落内を徒歩による観光に切り替えていこうと、新しい交通システムを考案したり、個人の希望に応じた島内散策のツアーを企画し、実施しています。これまでに「竹富島のオン(御嶽)めぐり」「竹富島の古謡と歴史を訪ねるツアー」「竹富島の井戸めぐり」などを実施してきました。

 そのなかでも、特に「素足で感じる竹富島ツアー」は好評を得ています。ガイドを務めるのは島のお年寄り。ちなみに、定員は2人から承っております(詳細はホームページをお訪ねください)。

ゆがふ館の案内をスタッフから受けたあと、島最大の祭祀・種子取祭の会場となる、世持御嶽の境内に移動します。ここからの案内は、島の大先輩のおじいさんやおばあさん。竹富島の美しいまちなみを、お年寄りと歩きながら体感していただこうという、ゼイタクなツアーです。白砂の道を歩み、民家に立ち寄り、その軒先でお年寄りとユンタク(おしゃべり)し、お茶を楽しみます。そして、民俗資料館の喜宝院蒐集館(→写真)で、館長の上勢頭芳徳さんから、民俗資料の解説を受けて終了です。

(写真は追って掲載します>LJ21事務局)

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2006年09月25日

沖縄県竹富町 飯田泰彦 1日目

《ごあいさつ》

みなさん今日は。「NPOたきどぅん」の飯田泰彦と申します。学生時代から沖縄で暮らし、やがて20年。この2月からは、歌と踊りに憧れて竹富島で暮らし、NPO活動をしております。今日から一週間、おつきあいのほど、よろしくお願いします。

NPOたきどぅんは、島の豊かな文化遺産を管理し、島人の生活に生かしていこうという目的で、2002年に設立されました。「たきどぅん」という言葉は、竹富島に古くから伝わる歌謡などによく出てくる語で、「竹富島」という意味です。
NPOたきどぅんの活動の詳細はホームページでもご覧になれます。

《竹富島の位置》

竹富島は隆起サンゴ礁からなる周囲約9キロメートルの小島で、日本最西端・最南端を含む、八重山諸島のなかのひとつです。北緯24度、東経124度に位置します。島の民謡「しきた盆」では、石垣島の真正面に据えた、まん丸のお盆にたとえられています。
英語には素晴らしい表現があるもので、「竹富島のことをいつも心に留めておいてください」というとき、「To put Taketomi island on the mental map…」というそうです。つまり、竹富島を心の地図に載せてください、というのです。心憎い表現ですね。
ところが、実際の地図を広げてみたとき、竹富島をはじめ、八重山諸島は、日本辺境の地ということからか、ページの端っこの枠のなかで、隔離されるように収まり、窮屈そうです。

ちょっと視点を変えてみましょう。

taketomijima.jpg

写真は、竹富島を中心に置いた地図です。

taketomijima2.jpgこれはNPOたきどぅんの事業のひとつとして管理・運営する、西表国立公園竹富島ビジターセンター「ゆがふ館」の展示パネルです。

これを見るたびに、島々の位置関係、距離感、また、いかに日本列島が南北に細長いかを実感します。ここで距離を確かめると、もっとも近い外国である台湾まで、200kmあまりです。本州最南端の鹿児島県までの距離は、約1000kmですが、南へ目を向けると同じ距離にマニラがあります。大陸へ視野を広げてみると、上海や香港も1000kmの範囲なかに入ってしまいます。

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2006年02月20日

鳥取県鳥取市 家中 茂 6日目

19日は那覇で、全国竹富島文化協会の「星砂の島」文化講演会が開催されました。
全国竹富島文化協会は10年前に結成され、竹富島の島民、出身者(郷友会)、これまで調査等で来島した方々などが幅広く参加しています。
年に1回、那覇と竹富島で講演会やシンポジウムを開催し、島の歴史や文化を学ぶとともに、これからの島のあり方について考える場となっています。また、機関誌『星砂の島』を発行し、重要無形民俗文化財の種子取祭で演じられる芸能の台本も編集、出版しています。




この数年は、テーマとして「衣」「食」「住」を順に取りあげ、昨年は「うつぐみと町並み」というテーマで、私も講演することになりました。「うつぐみ」というのは竹富でよくつかわれる言葉で、一致協力するという意味で、「結い」などと近いですが、島独特の意味合いもあるようです。何ごとにつけても「うつぐみの心で」といわれます。
今年のテーマは「伝統文化と経済」。よく、文化と経済は別物として、ときに対立するものとして語られる場合が多いですが、しかし、文化こそが経済を創り出すのであるし、また、経済を抜きにして、とくに民衆芸能や文化は成り立たないということを考えようという話題設定です。




19日の那覇の講演会では、種子取祭において重要な役割を担う家の方が「世襲制」ということについて、また、竹富島憲章及び町並み選定20周年を記念して、その意義について話がありました。会場には80名ほどの島出身の方が集まられ、熱心に聴いていました。

竹富では、3月4日に鳥越皓之さんが「島立てと世渡り」というタイトルで講演されます。その講演要旨を、できれば全文掲載したいくらいなのですが、ご紹介できないのが残念です。私は、鳥越皓之さんから、生活論について、環境社会学でいうと「生活環境主義」について学びました。




1987年から2年間、石垣島で家族で暮らしたときに見聞きした、島の寄り合いで語られていたことがらについて表現するのにどうすればよいのかわからずにいたときに、鳥越さんの「所有論から環境権へのアプローチ」という論文を読んでびっくりしました。率直に言って、アカデミズムの人がなぜ、これほどに深いところで人々の思いを把握することができるのか、しかも、論文という形式で表現できるのか、ということに驚かされたのです。
聞けば、日本には村落社会研究という独自の学問の形成があり、それは、さかのぼれば、民俗学(新国学と称していた)、国学、そして歌論にまでたどることができるというのです。

それまで、私は、水俣の一人芝居、砂田明さんの勧進公演のお手伝いで旅をしてきていたのですが、石牟礼道子さんの『苦海浄土』を原作とした、その現代夢幻能『天の魚』で生み出される演劇空間のありようや、あるいは、宮本常一の『忘れられた日本人』に出てくる「対馬にて」の村の寄り合いにながれている時間のありようをつかみとる学問の系譜が日本にはあることを知りました。
「住民に信を置く」という立場をとる、実践の学の系譜です。


那覇のお気に入りのカフェです。


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鳥取県鳥取市 家中 茂 5日目

渡嘉敷島からです。
今日2月18日は、渡嘉敷、座間味、阿嘉・慶留間の3つのダイビング協会が一堂に会し、「慶良間海域保全連合会」設立へむけて準備会を立ち上げた歴史的な日となりました。これから3月のうちに、座間味島、阿嘉島と会合を重ねていきます。

慶良間の海は、前にもお話しましたように、沖縄島周辺のサンゴ礁が再生するには不可欠なところです。慶良間のサンゴが産卵し、それが潮に運ばれ、沖縄島周辺へとたどりつきます。

とくに座間味のダイビング業者の活動が注目されるのは、漁協と協力し、自主的にルールを定めて、サンゴ礁のオーバーユースを回避しようとしてきたことです。最重要ポイントを定めて、サンゴを食べるオニヒトデ駆除にも取り組んできました。ラムサール条約登録も、このような活動が評価されてのことだといえます。





しかしながら、現在、いちばん大きな問題となっているのは、沖縄島側のダイビング業者が慶良間海域にやってくることです。
慶良間のサンゴ礁をつかう沖縄島側の業者は160ほどといわれています。座間味と渡嘉敷の業者だけでも50を超えるのに、さらに沖縄島側の業者を加えればどうなるでしょうか。
かろうじて座間味のダイビング業者の保全活動によって維持されている慶良間のサンゴ礁はオーバーユースのために、もたないということになります。あるいは、ダイビングの安売り競争によって座間味のダイビング業者が廃業に追い込まれたとしたら、オニヒトデを駆除する者がいなくなってしまうのです。




サンゴ礁という(観光)資源を、どうやって公平に分配するとか、そのための合意形成をいかにするか、という議論が一方にあります。しかし、その前に、そもそも沖縄島周辺のサンゴ礁が壊滅状態で再生もできない状態に陥ってしまっている、ということ自体が大きな問題でしょう。
このような状態を放置したままで、入込客数だけを増やそうとする沖縄県の観光政策がはたして妥当なのかということが問われているといえます。今回の「慶良間海域保全連合会」設立の動きも、そのような問題提起として受けとめるべきでしょう。



渡嘉敷は初めてでした。
そこで、会合の翌日の朝、船の出るまでの間、渡嘉敷の集落のなかを歩きました。
最近通っている座間味とはずいぶんと印象が違います。島はたとえ近いところにあっても、それぞれに固有な空間があるのですね。

琉球王国時代の船頭の屋敷跡の石垣が残っています。精巧な石積みです。もちろんサンゴです。


集落のうしろに出ると、水田が拡がっていました。もう田植えが済んでいました。
それから、田芋も。


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2004年08月08日

沖縄県平良市 小松 歩 7日目 8月8日(日)

今朝、バスに乗ると、
「日曜日なのに仕事なの?」
と、運転手さんが言う。

ん?今日って、日曜だっけ?
と、寝ぼけた頭で考える。

進行方向左側、いちばん前の座席。
ここが私の指定席。
私は毎朝同じ座席だけれど、
運転手さんは毎日ちがう人だ。

そういえばこの運転手さんは、前の日曜日も運転してたなぁ。
先週は途中、商店の前にバスを停めて自動販売機でジュースを買ってくれた。
日曜日で商店はお休みだったから。
と思い出し、それで、あ、もう一週間経ったのか。
そうか、今日は日曜日だ、と、ようやく自覚いたしました。

早いなぁ、結局雪塩のこと、なんにも宣伝できずに最終日が来てしまった‥。
とりあえずですね、一度工場へ来てみてください。
そしたら何もかも全部、とってもよくわかると思います。
大納得していただけると思います。
原料はもちろん、100%宮古の地下海水。

雪塩って、塩というより海パウダーなんです。
真水に溶かせば海水に戻るんです。
濃度を合せれば、熱帯魚も生きていける。

こんな塩って、他にありますか。

雪塩の味は、宮古の海そのものです。
ただ水分を抜き取っただけだもの。

一瞬にして、海水中の水分だけを取り除く製法。
この小さな工場で、ひっきりなしにその作業が行われています。

雪塩の成分、つまり宮古の海水の成分を調べてみてびっくり。
塩化ナトリウムは約70%しかなく、残りの30%は、
マグネシウム、カリウム、カルシウム、鉄、マンガン、亜鉛、総クロム、銅、
すごい‥
海ってこんなに栄養豊富な液体だったのね。

人間の体液?
えぇ、それは約1%の海水とほぼ等しいのです。
人間はカラダの中に海を持っているのね。
太古の昔、生命は海から誕生したということをまさに実感できる事実です。

雪塩で、自然の海のままのミネラルをカラダに取り込めば、
それは確かに、いろんな機能が活発に動きだすでしょう。
人間の、生きるための機能が正しく動きだすでしょう。

今までの塩工場では、塩化ナトリウム以外のミネラルを化学変化で分離させ、
捨ててしまいます。
塩化ナトリウムを結晶させる場合、この化学変化は仕方がないことなのです。
でも、何も捨てなくても‥もったいない。
と、お思いのみなさん。
や、捨てるしか道はなかったのです。
なぜかといえば、その分離した液体は、非常に非常に苦くてまずいからです。
「にがり」と言われるものがそれです。

今はにがりブームですから、その分離した部分だけでも商品になりますね。
でも、もともとこの雪塩工場では、にがり成分は苦くならないばかりか分離もせず、
まるごとパウダー状に固形化して、おいしいお塩となるのです。

すばらしい。もう苦い液体を、健康のためだと言って我慢して料理に加えなくてもいいのです。

おいしいお塩として、雪塩を使うだけでいいのです。


むくみや冷え性、便秘などの改善。
血糖値を下げたり、コレステロール値を下げたり、血圧を安定させたり、
アレルギーの体質改善にもなるそうです。
つまり、今、にがりの効用として本やテレビなどで取り上げられている効果はすべて期待できます。

雪塩を溶かして1%の海水を、化粧水代わりに肌に使うのもおすすめです。
もちもちっとした肌の感触が心地よいです。
肌のトラブルを抱えている方、アトピーの方にも。

肌だけでなく、粘膜全般に効果がありますから、
疲れ目やドライアイの方は点眼に、
花粉症や鼻炎の方は鼻に海水をスプレー、
口内炎には直接雪塩を塗ってください。
歯茎の健康に、雪塩で歯ブラシ、もしくは指でマッサージもおすすめです。

しかも、この雪塩の1%海水は飲んでもおいしいんですね、スポーツドリンクと一緒。
ミネラル補給、イオンサプライ。


何よりも、雪塩の味は最高です。
ぜひ一度、この塩で枝豆やトマトを食べたり、
天ぷらのつけ塩や、刺身のつけ塩にして、
自然素材のもつ本来の旨味を堪能していただきたいです。
絶対絶対、
しあわせ、って思うと思います。


雪塩ホームページ
http://www.yukisio.com/
また、当社で運営している『世界のお塩』というサイトもどうぞ。おもしろいです。
http://www.sekaino-osio.com/


それでは、一週間ありがとうございました。
またお会いできることを願って。
お元気で。




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2004年08月07日

沖縄県平良市 小松 歩 6日目 8月7日(土)

私です→
まだ色が白い頃の‥。


こんばんわ、今日は疲れてもう眠い‥。
でもがんばってうつろな意識で頭を巡らせてみれば、
うーーーーーーーーーーーん、うぅん、
そういえば、匂い‥。

宮古へ来て間もない頃、宮古には宮古独特の空気の匂いがあったと思います。
南国のフルーツのような、花のような、甘酸っぱい、風の匂いです。

今、急に思い出して鼻をぴくぴくさせてみても、
もうその匂いはしないなぁ‥と。

慣れてしまって、感じなくなったのかなぁ。
それとも、季節のせいかなぁ。
私の感覚が、鈍くなったのかなぁ。。。


ひとり旅が好きだったのは、ひとりでいると五感が研ぎ澄まされるから。
誰かと一緒の時よりも、風景や、色の美しさとか、自然のすごさとか、小さな花とか、その健気さとかに敏感になれたのです。
人にやさしくしてもらったりすれば、数倍も身に沁みる。。。
ひとりであることでしか得難い感覚を、求めていたし、大切にしていました。

旅に出たいなぁ、とぼんやり考える時期が続いておりました。
だけど、次は何処へ行こうかな‥と。
行き先や未来を考えると、急に考えはストップして、しかしこのままココにいることにも、何となく違和感を感じてしまうのです。
そして私は、どうしたいの‥。

宮古へ来て、一年半が経ちました。 

最近一個、ぽろりと答えが出てしまった。
案外あっけなく、簡単にその答えが出た。

そういうわけだったか、と、ひとり納得しつつ、宮古島との最初の出会いを思い出していたのです。

そうしたら、匂い‥。
すべてが新鮮で、海の色の美しさに感動して、だけど意地悪な人に、海なんてそのうち見飽きてなんも感じなくなるよ、なんて言われたことも思い出す。
そんなことはないし、そんなことはなかった。今も。

自分の目に映るもの、自分の心に感じるもの、飽きてもいいから何度も見たいと思う。
まだまだ見たいし、感じたいと思う。
たとえ私の感性が減速しても、ここにいたい。
亜熱帯の南の島にも四季があり、ちゃんと景色は変わるのだ。ゆっくりと、ゆったりと。
空の雲も、ただのひとつだっておんなじ形はないじゃないか。

宮古島が世界のすべてだとは思いませんが、ここが、私の世界の真ん中だという風には、
なぜだか急に、思うのです。思ってしまったのです。
うっかり。ぽろりと。


瞼を蚊に刺された。今日の仕事中。
でも決して、眠ってたわけじゃありませんよ。
でもなんで。瞼、刺されたんだろう‥不思議。

今日の晩ごはん。
焼きそば。(黒酢・オイスターソース・ウスターソースブレンド味)



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2004年08月06日

沖縄県平良市 小松 歩 5日目 8月6日(金)

最近、シャワーの出が悪い。
ただでさえ安くて小さいシャワーヘッドなので、ちょっと出が悪くなるともう、時間ばっかりかかってしょうがない。
目を凝らしてよくよく見てみれば、シャワーの穴が目詰まりしている。
あーまたか。。。
この前掃除したばっかりなのに。
こんなの宮古島以外の場所だったら考えられない。

あのね、宮古島の生活用水はなんと、硬水なのです。

硬水、とはつまり、ミネラルウォーターのことです。
どこの家庭でも、水道をひねればミネラルウォーター。
わぁ!すごい!
とお思いのみなさん。
実は硬水って、不便なことが多いんです。
このように、シャワーの目詰まりは日常茶飯事。
やかんの内側もだんだん白っぽく固まってきました。
風呂場のタイルも白っぽくなる。
硬水に含まれる豊富なミネラル分は、熱によって白く固まってしまうのね。
微妙に石鹸も泡立ちにくい。

普通水道水というのは、軟水なんですね、日本では。
料理にしても、お茶やコーヒーにしても、やっぱり軟水の方がおいしいです。
宮古の水はクセがあるというか、お茶っ葉の繊細な味が水の香りに負けてしまうのね。
あんまりおいしくない。
だからこのところ、宮古ではお水やさんが大ブーム。
1リットル何円、で販売されているのはもちろん、軟水です。
ミネラルウォーターって、高いでしょう。
それでも軟水地域の方々は、エビアンとかさ、コンビニなどで買って飲むわけです。
その逆のパターンが起こっていると思ってください。
こちらでは軟水を買ってきて、それを飲料水にしたり、コーヒーを淹れたりするのです。

宮古のリゾートホテルでは、客室の水道をすべて軟水にしていて、そういう張り紙がされているらしい。
でも旅行者は、「は?」と思うはず。
軟水で当たり前じゃないですか、と‥。
でもでも、1リットル平均して30円から40円で販売されている軟水は、宮古の人にとっては貴重な飲料用。
軟水でお風呂に入れるというのは限りない贅沢なのです。
このホテルのおもてなしの心なのですね。はい。

ちなみに、どうして宮古は硬水かというと、それは宮古島が珊瑚礁の化石の隆起によって出来た島だからです。
地面の下はつまり、琉球石灰岩(珊瑚の化石)なのですね。
沖縄の島々の中でも、この成り立ちは宮古諸島だけです。
珊瑚の化石で出来た島には、河川がひとつも流れていないんですね。
どうしてかといえば、琉球石灰岩を見たことがある人は想像つくと思いますが、まるで軽石のように穴ぼこだらけ、スポンジのような岩なのです。
雨水はものすごい早さで地面に吸収され、地下水となります。
地上に河はないけれど、地下には水脈があって、これを塞き止めてダムにするんですね。
水道局が汲み上げて各家庭に配ってくれているのは、地下水。
珊瑚の化石を浸透した、地下水。
当然この地下水には、珊瑚からミネラルが溶け出しているのです。。。

昔はあんまりに硬度が高くて、とってもクセのあった宮古の水も、今は水道局の方で出来る限り取り除いているらしいです。
ほぼ、軟水に近づいた、と、市の広報誌か何かで読んだけれど、
それでも私の家のシャワーはこうして目詰まりしてるじゃないか。。

ま、宮古の島酒(泡盛)を飲むときは、宮古の水で割らないとおいしくない、というおじい達のために、
私も完全に軟水化はしなくてもいいなーーーーと思っているひとりです。


今日の晩ごはん。
ガーリックチキンのトマト煮。セロリとブロッコリー入りです。パセリごはんと一緒に‥


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2004年08月05日

沖縄県平良市 小松 歩 4日目 8月5日(木)

今度、友達が宮古へ行くから会ってやってくれないか?
という頼みごとは、宮古で暮らし始めてからよくあることです。
みなさんにもあると思います。
今は夏休みだし、遠い親戚の、一度も会ったことのない子供が、こちらを頼りにひとりで訪ねてくるかもしれません。
実際に自分の友達や親戚であることもあるし、友達の友達、友達の親戚(つまり他人)であることもあるでしょう。
こうなってくると人類みな兄弟で、とにかく誰であろうと縁のある人が、自分のホームグラウンドに遥々やってくるという、そのシチュエーションで盛り上がり、知らない人まで集まって大歓迎したります。

それが人里離れた辺鄙な場所であったりすればなおのこと。
宮古島もそうで、とにかく新しく島にやって来た見知らぬ人を、まるで兄弟のように親しみを込めて歓迎するという、人懐っこい気質があります。
愛すべき気質!
この大歓迎の裏には、見知らぬ人に対する興味と好奇心があるのです。
人の数の限られた小さな村社会で暮らしていれば、やはり好奇心旺盛にもなるものです。
突然質問攻め。
宮古では、核心を突いたことを遠慮なしにずばずば訊く。
そしてお世辞も謙遜もなく、まっすぐにすぱっと答える。
これが当たり前。

私がいちばんよく受けた質問は、
「何しに来たか?」
です。あなたはどうして宮古島へ来たのか。
訊かれてるのはその経緯ではなく、ここで何を求めているか、なのです。

「なんとなく」とか、「雰囲気が気に入って」とか、
そういううすぼんやりとした空気のような答えは宮古の人には伝わらない。
例えば、何でもいいからひとつ、「これをやりたくて、来た。」
と言えるものがあれば島の人は納得するのです。
私の場合は、音楽、という、なんとなく聞こえのいい大義名分があったけれど、
そんな大袈裟でなくてもいい。
たいして興味がないのに、伝統芸能を学ぶだとか、そんな立派な答えを用意しなくてもいい。
これはただのきっかけなのだ。島に受け入れてもらうための。

要するに、伝わればいいのだ。
例えば、私の友人は大のお酒好きである。
島に来て、「何しに来たか?」と訊かれたとき、はっきり「酒を飲みに来た。」と言い切った。
そーかそーか、と島の人は大納得。
それから友人はありとあらゆる冠婚葬祭に連れていかれる。
宮古のそういう集まりの、お酒の消費量と言ったらない。
たぶん日本一だと思う。
ここでちょっと説明すると、宮古には独特のお酒の飲み方があるのね。
『オトーリ』って言うんだけど。。。
この習慣によって、宮古人は同じ沖縄県の中ですら恐れられ、ひと昔前は、宮古イコール大酒飲み、という図式が完璧に出来上がっていた。(今もか‥)

オトーリというのは、つまりはこういう飲み方です。
円座になって座る。泡盛の一升瓶とグラスをひとつ用意する。
親(本日の主役、もしくはまとめ役)が片手に一升瓶、もう片手になみなみと注いだグラスを持ち、
口上を述べる。(ちょっとした挨拶であり、自己紹介を兼ねる)
そしてスピーチが終わるといきなりグラスをぐびぐびっと飲み干す。
そしてまた注ぎ直し、隣の人に飲ませる。
グラスは空になる。これを一周する。
そして最後に親がまた飲んで締め、今度はとなりの人が親となる。

親はとにかく、一升瓶とグラスを持ってぐるぐるまわるのだ。
この方式によって全員と話をすることになる。
みんなに親がまわってくるし、仲良くなるいい方法だ。
しかし問題点は、例えばそこに10人いたら、ひとりあたり11杯のお酒を飲み干すということだ。

そしてさらに驚くべきことに、このオトーリという飲み方はものすごく一般的且つ常識的であり、宮古の生活習慣のようなものである。
年配の男の人では、このオトーリ方式でしかお酒が飲めない、という人が少なくない。
いわゆる日本酒の飲み方のような、ちびちびなめながら、つまみの味を堪能しながら、人としみじみ語りながら飲む、というのは意味がわからないし、あり得ないのだ。
とにかく飲む、豪快に飲む、どんどん飲む、そして人の家でもまったく構わずバタンキュウと寝てしまったりする。
これが宮古の、冠婚葬祭の普通の光景である。
しかも、ここでもうひとつ恐るべき事実が。
冠婚葬祭、って普通はめったにあるものじゃないけれど、ここ宮古では、嵐のように頻繁にあるのだ。
まずは正月、旧正月、成人式、合格祝い、入学祝い、ナーフィー(生まれた子供の命名祝い)、旧盆、法事etc‥(と称したつまりはお祭り、宴会なのだ。)
正月やお盆、法事なんかは各一族で行うからいいとして、入学祝いなどのお祝い事は日にちが重なる。
重なっても親戚知りあい、つきあいのあるところへは全部顔を出すのが流儀。
こないだの時、ひとりで11軒もはしごしたという人がいました。
その度にオトーリがまわっていたら、いったいどうなるか、みなさんのご想像におまかせします。

と、いうわけで、ちょっと長くなりましたが話を元に戻すと‥。
酒を飲みに来た、と答えた友人は、念願叶ってたらふくお酒が飲めました。
そうやって知り合いもどんどん増え、いつのまにか土地に馴染んで、今は立派な宮古人です。
宮古に来たらよく投げ掛けられる、「何しに来たか?」には何かしらちゃんと、わかりやすい答えを自分で見つけておくといいですね。
それが意志疎通の第一歩。
気取る必要はないよ、肩書きも経歴も関係ない。
ただ「何しに来たか」に対する答えだけで、充分楽しくやっていけるのだと思います。


今日の晩ごはん。。
納豆、もずく、トマト1個、ミキ(玄米のどろどろした甘い飲み物)
以上。今日は食欲なーい、たまにはこんなもんでいいか、。


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2004年08月04日

沖縄県平良市 小松 歩 3日目 8月4日(水)

仕事場で、一日に何度も何度も歩く道がある。
たった20mくらいの、芝生の小道。
暑い。
だけどがんばって歩いて行くと、そこには穏やかな海が広がっているのだ。
西の浜、という海です。入り江になっているので、風のない日はまるで湖のように静かです。
海の向こうに池間島。天気によって、池間の様子がはっきりと見えたり、ぼんやりと遠かったり。。。
刻一刻と変わる海の色を楽しみにしながら、炎天下の小道を、毎日毎日、お客様をご案内して歩くのです。

一応、日傘をさして歩きます。お客様にも、用意してある日傘を勧める。
だってね、たった5分でも、この太陽の陽射しはキビシイものがある。
日焼け防止とか、そういう以前に自分が暑さでぶっ倒れないため。
ここ雪塩工場の取水口(原料である海水を汲み上げているところ)から眺める海は、
宮古の絶景ポイントに数えてもいいな、と思うくらいにきれいです。
池間島に架かった橋を、真横から眺めることの出来る場所はここだけです。
でも、暑いです。(笑)

今朝、一緒に働いているYさんが、「おみやげ」と言って何やらスーパーのビニール袋を机に置いたので、
くいしん坊な私はてっきりお菓子だと思って、わーーーー!っと飛びついて開けてみたらなんと、
「芝生の肥料」だった‥。
20mの小道に蒔くのだそうです。
この工場では、芝刈りとか、草刈りとか、海岸のごみ拾いとか、そういうの全部、みんなで手分けしてやります。
駐車場の整備、庭の水撒き、土ならしも。
この季節の屋外の仕事は、もうシャツがぐっしょりの汗まみれ。
それでもみんな、誰がやる仕事だ、とか決めつけずに、協力して手分けして、自主的にそういうことをやっているのです。
自分の本業の合間に。 
塩を作っている職人も、朝はゴミ袋を持って、黙って海岸清掃に出掛けたりします。
芝生なんて、たかが芝生。
だけどそれに肥料を与えてやろうという、そのココロがすばらしいと思いませんか。
仕事はきついけれど、この心のゆとり。みんなが元気で楽しく働いています。

毎日私が歩く小道は、お客様が歩く小道。
歩ききったところで立ち止まり、眺めた海にわーーーーきれい!と感動してほしいから、
海も汚れてほしくはないし、どんなにバテていても、この小道を重い足取りで、疲れたふうには案内したくないな、と、思うのです。

今日の晩ごはん。。。
今日はですね、昨日の挽肉カレーの残り(正直です)
あと、冷たいトマトスープ。
さいの目に刻んだきゅうり、セロリ、玉ねぎ、トマトをボールに入れて、お湯で溶いて冷ましておいたスープの素、無塩トマトジュース、雪塩、チリパウダー&ブラックペッパー少々、以上。
ガスを使わない本日のメニューでした。
また明日!


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沖縄県平良市 小松歩 2日目 8月3日(火)

今日は仕事がお休み。大潮!わーいわーい!!
大潮って、潮の満ち引きの差がいちばん大きくなるのね。
するとどうなるかというと、干潮時、海が浅いから果てしなく沖の方まで珊瑚やら魚やら観に行けるのです。。。
素潜りで漁をするにしても、熱帯魚観賞にしても、潮が引いている時が狙い目。

で、海に出掛けたのですね、今日は。
ちょうどお昼過ぎからどんどん潮が引いていきます。
ところが。
私が海に一歩足を踏み入れた途端、ゴロゴロピカピカどどーん‥ドン
という、空に亀裂が入るかのような激しい雷鳴が聞こえてきたのです。
‥ちぇっ、ついてないな、。
雷雲は遠いようだけれど、しばらくするとぶ厚い雲が出てきた。
太陽が隠れてしまって、海から肩が出てると寒い。
寒い!?
寒くて鳥肌が立つなんて感覚が久しぶりだ。これは今の時期、非常に貴重な体験にちがいない。
海水はあたたかくて、いつまでもたっぷり浸かっていたい。
でも、そのままついに太陽は顔を出さず、邪悪な雰囲気の雲がどんどん増えてきたので撤収しました。
あーあ、水平線の方は入道雲がモリモリと、気持ちよく晴れてるのになぁ。
宮古、この時期は天気、変わりやすいです。
スコールがサーーーっと降って、急に晴れる、とかね。しょっちゅう。

沖縄には湯槽に浸かるという習慣がないのね。
だから昔ながらの家やアパートには、シャワーしかないのが普通です。
そのかわり、私は海をお風呂がわりにしているところがあって、
足や腰が疲れてだるい時なんかも、海にぷかっと浮かべば随分ラクになったりします。
軽い頭痛なんかも治るしね。
せっかくのお休み、たっぷり海でカラダを癒したかったけれど、今日は日焼けも少しだけでした。

そのかわり、虹をみました!
変わった虹で、例のオーソドックスなアーチ状ではないの。
空に浮かぶ、あるひとつの雲のかたまりだけが、虹色に染まってるの。
まるで切り絵みたいに。虹色の雲。

わぁ‥、と見上げて、あ、そうだ!とこのレポートを思い出して、カメラを取りだして空に掲げたところ、
なんとファインダーは真っ暗。
押しても引いても、真っ暗くら。

‥すみません、カメラ壊れてしまいました。。。

明日からどうしよう、みなさんこのコーナーではきれいな写真を期待して楽しみにしている方も多いと思います。
仕方がないので、以前に撮りだめしておいた中から毎日ちゃんと、何かしらUPしたいと考えています。
しかし‥、自分の撮っておいた写真を見ると、同じような空のや雲の写真ばっか‥。
これじゃぁ、宮古島かどうかもわからない。
うぅん、苦しい。でも、私にとってはどうみても宮古の空。
山のない、平べったいこの島の、180°展開している広い広い空なんだけどなぁ。

今日の晩ごはんは、挽肉カレー。
島のかぼちゃや冬瓜を入れると美味しいのだけれど、今回はナシ。
あと、知り合いからシークワーサー(※)とライムのあいのこのような緑の果実をもらったので、
(庭に生ってるらしい。本人はライムと言っているし、大きさもそれくらいなんだけど、どう考えても香りがシークワーサーなんだよね‥)
それをぎゅっと搾った氷水。
うっふっふ、美味しい!

※シークワーサー・・・沖縄の柑橘類。すだちよりもひとまわり小さい。金柑くらいの大きさかな。皮は緑色をしている。


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2004年08月02日

沖縄県平良市 小松 歩 1日目 8月2日(月)

宮古島をご存知ですか?東京から南西に約2000km。太平洋と東シナ海の間にぽつんと浮かぶ沖繩の離島です。
はじめまして。小松歩と申します。「今週の私」の肩書きが「ミュージシャン」となっているので「ひゃぁあ!」と冷や汗をかきながら、ただ今夕方の7時半。ぼちぼちこのレポートを書き始めている次第です。
宮古、日が長いですね。まだまだ明るい。8時くらいまでは「夕方」です。
宮古、夜が長いですね。終電なんてものはありませんから、朝日が射すまで飲み続けるのが当たり前。
と、いうわけで、長い長い私の一週間にみなさん一緒におつき合いくださいませ。

昼間の私はですね、なんと塩工場で働いている、一パートなのであります。
はーーーーーーー、暑いですよきついですよ賃金安いですよ。
しかしなんといっても!最高に楽しいのであります。。。
宮古に製塩所はたった一ヶ所。「雪塩」という、とってもきれいな真っ白いパウダー状のお塩、これが宮古の唯一の塩です。
この雪塩を通じて、宮古の自然の成り立ちについて学び、はあとかへえとか、感心、もしくは感動することがたくさんあり、自分が受けたその感動を、うまく言葉にして工場見学にいらしたお客様に伝える、というのが私の仕事です。
つまり、ガイドさんなのであります。えへん。
と、別にえばることはないのですが、今、塩はブームです。みなさんもきっと、興味があるに違いない。や、もしないとしてもきっと興味を持ってくれるに違いない!と信じて、そのうちこのコーナーで「雪塩特集」を組みたいと思います。取りあえず今日は、写真がないので自己紹介程度でとどめておきますね。

で、夜の私はですね、なんとミュージシャンなのであります。
ミュージシャンといってもいろいろで、いったいどういう世界に存在しているかというと、
完全ローカル、知る人ぞ知る音楽人生マイペース全う型人間、ただ今修業中、という感じですね。はい。
出番は地元のお祭り、宴会、居酒屋、時には民宿のロビー、その辺の砂浜、etc‥。
スタイルは、アコースティックギターの弾き語り、演目は自作の曲です。
これが、いいかんじなんだな、宮古に来てから作った曲は特に。
東京で活動していました。でもなんていうか、競争社会、とでもいうのかな。そういうの、私の音楽の在り方とはちがう、と、ある時思ってしまったのです。
もっとココロが入った、人に伝わるうたをうたいたい、うたうことがちょっとでも苦しいなんて、
やだ
と、音楽の快楽極楽を求め、それをカラダでマスターするために宮古島に移住して来たのであります。
宮古はそれにぴったり!まぁ、刺激がなさすぎると言ったらそれまでですけど。。。
今の私には、ちょうどいいんです。
頭で深く考え込んだ音楽から、脱出したかったんです。

宮古の自然、広くて青い空や海のおかげで、だいぶ角が取れた私のうたがあります。

さて、気がつけばすっかり日が暮れて宵の口。
晩ごはんにしましょうか。今日は新鮮なゴーヤーがあるのでゴーヤちゃんぷるー!
と、宮古産もずく(ニンニク風味)です。また明日!


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