2005年08月29日

東京都港区 甲斐良治 1日目

はじめまして。農文協という出版社で「増刊現代農業」という季刊の雑誌の編集をしています。今回は「今週の私」ではなく、「先々週の私」として、8月14日〜8月21日までの夏休みにあったこと、出会った人々をご紹介させていただきます。

私の職場はまだ完全週休二日ではないのですが、夏期休暇だけは比較的長めです。その休みを利用して、数年前から帰省のついでにふるさとやその近くの会いたい人、行きたい土地を訪ねるようになりました。それが結果的に「定点観測」のようになり、農村の微妙な変化を感じることができるようになって、『定年帰農』や『若者はなぜ、農山村に向かうのか』のような「増刊現代農業」の企画に結びついてきました。

とはいえ、帰省で一番楽しみなのが、小学校5年から生後3ヶ月まで5人のめい・おいの顔をみることです。私の実家は宮崎県の高千穂町という山村で、めい・おいはみんな都市部にいるのですが、お盆と正月はじいちゃん、ばあちゃんに会いに来ます。今回の帰省でも、私が家についた14日の夜にはもうみんな花火に夢中でした。




いちばん年長は小学5年の「ももこ」なのですが、今回の帰省で、彼女が友だちと「農業会社」を立ち上げていることを知りました。それも二つあって学校農園でやっているのが「パート1」、男の子の友だちの家で庭の芝生を半分剥がし、畑にしたのが「パート2」。ミニトマトやキュウリ、ラッカセイなどをつくって給食の時間などに食べているのだそうですが、ももこはパート1では「副社長」なのに、パート2では「パート」なのだそうです。理由を聞くと「学校では時間が自由になるけど、放課後は塾やピアノであんまり畑に行けないから」とか。

ももこが住んでいるのは宮崎市郊外の新興住宅地で、地域に畑や田んぼはほとんどありません。そんなところで、子どもたちが突然「農業会社」を立ち上げたなんて、「帰農」の波は小学生にまで及んでしまったかと思いました。




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2005年01月23日

宮崎県高千穂町 工藤久生 7日目

ついに恐れていたことが・・・
今週の私も今日が最後になりました。なんか長い1週間でした。

さて、ついに恐れていた事態が発生しました。昨日の夜、天が降りはじめしたが、朝起きてみるとびっくり!あたりは一面雪景色。モニターツアーの方は帰れるんでしょうか?
(昼には晴れて道路の雪も溶けました。)



モニターツアー2日目
いよいよひむか神話街道モニターツアーも最終日!

今日は朝から彫り物切りと御幣づくりの体験をしました。彫り物は神楽を舞う場所(神庭)の周りを注連縄でまわすのですが、紙を切ったその飾りで、中国の陰陽五行の影響を受け、木火土金水や月、日などや、鹿、鳥など動物をかたどったものなど、種類も地区によって様々あります。これを型紙の下に半紙を敷いて、なぞって切っていくのですが、なかなか力がいって難しい。みなさん、日頃でないような集中力で取り組んでいました。

御幣は神楽を舞うときに手に持って舞う道具で、竹と紙で作ります。これもこの後作りました。

モニターツアーは、あと昼食を食べて、アンケートに答えていただいて、無事終了しました。みなさん、神楽が見れたのと、その神楽料理に感動したと喜んで帰っていかれました。参加者の皆さん、お疲れ様でした。ありがとうございました。機会がありましたら、またぜひお越しください。


これからやってみたいこと
これからいくつかやってみたいことがあります。
まず一つ目は、地元に伝わる知恵、技をもう一度掘り起こし、それを高千穂の地域づくりに生かせないかということです。

10月に高千穂の家庭料理集合(食の文化祭)をやり、180皿の家庭料理が集まりました。そこで思ったのは、高千穂のおいしいものは家庭にある、ということでした。地域には隠れた漬物作りのうまい、田舎料理のうまいおばちゃんたちがたくさんいます。

また、先月は森の新聞社の森千鶴子さんの取材に同行させていただき、お隣の日之影町の竹細工について、お話を聞く機会がありました。その日の影の竹細工は素晴らしいもので、高千穂にも違う形でそのような力がまだ眠っていると確信しました。

そのようなこれまで光の当らなかった部分に光を当て、力を引き出すことで、高千穂で生きてゆける力、産業みたいなものが作れるのではないかと思っています。


高千穂とは何か?
第2は、高千穂とは何か、ぜひ知りたいということです。
高千穂にはたくさんの神様や仏様が祭られ、今でも大事にされていますし、夜神楽などの伝統も脈々と受け継がれています。高千穂とは何なのか、聞かれたとき、まだ私には確かな答えがでてきません。それだけ魅力があり、不思議な場所です。

今、以前地元学をやった浅ヶ部地区の行事に1年間を通して参加しています。浅ヶ部を通して、高千穂とは何なのか考えたいと思ったからです。浅ヶ部地区には、以前高千穂にあった祭りや行事(初午、お大師さん、矢筈、お日待ち、夜神楽など)が未だに残っています。その分、神様・仏様が多く祭られ、地区の行事もたくさんあります。

そこに参加して見えてくるもの、それは、浅ヶ部では集落を保つということが生きるということです。浅ヶ部は昔から畑作地帯で、水田が少なく、米が中心であった経済の中ではたいへん貧しい地域だったと思います。だから、麻や養蚕、タバコなどの畑作の換金作物が発達しました。畑作は稲作と比べ、たいへん手間もかかり、共同作業も多くありました。そんな中で、浅ヶ部が見つけた生きる方法が、地域で助け合いながら、肩を寄せ合いながら生きる方法、つまり、地域の伝統や祭り、共同作業をかたくなに守ること、むしろ、神様やお大師様を利用してそれを守る道具にしてきた。それは、昔から水に恵まれず、水に苦労してきた高千穂全体でもいえることだと思います。

これからも高千穂に暮らし、高千穂に生き、高千穂とは何かを考えて生きたいと思います。1週間、本当にありがとうございました。



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2005年01月22日

宮崎県高千穂町 工藤久生 6日目

『夜神楽と火おこし・神楽料理のおもてなし』ツアー
今日がいよいよ体験ツアーの当日。雪にならなければいいけど思っていましたが、午後から夜にかけて天気は下り坂。外での体験まで雨が降らなければいいのですが…。
さて、集合は道の駅高千穂に午後1時。今日は県内外から16名の参加です。遠くは鹿児島県内の参加者もいます。オリエンテーションが終った後、いよいよ最初の目的地“天岩戸神社”に出発。

天岩戸神社は天照大神が弟のスサノオノミコトの乱暴に怒って、お隠れになられた天の岩戸をおまつりする神社で、年間30万人以上の方がおみえになります。高千穂の夜神楽は伊勢系の神楽で、岩戸開きが大きな主題となっています。宮司さんに境内と天岩戸の遥拝所をご案内いただきました。

その後、天照大神がお隠れになり、八百万の神々がお集まりになって、相談された天の安河原(右上の写真)に行きました。ここは川の側にある大きな洞窟で、石を重ねてつんで、願い事をすると必ずかなうといわれています。とても荘厳な、不思議な雰囲気の場所です。



神楽の館に到着
次はいよいよ会場の神楽の館に到着しました。神楽の館からは見える棚田の風景は最高です。

荷物を置いていただいた後、近くにある歳神社を参拝しました。歳神社はこの五ヶ村地区の氏神様で、歳神という五穀豊穣の神をおまつりしています。


火起こし体験
神楽の館の上にある天岩戸温泉の周辺は、1万2千年の旧石器時代の遺跡が出ており、村おこしグループでその竪穴式住居を復元しています。その前で、古代の道具を使った火おこし体験を行いました。4台の器具でやったんですが、結局ついたのは1台だけで、さびしい結果でした。担当の甲斐息さんいわく、「今朝はうまくついたんだがなあ。」今回、火種を大きくするために、綿や鉛筆削りの粉、シュロの葉の粉末を用意したんですが、この火おこしプログラムはまだまだ発展途上のようです。


神楽料理
火起こし体験の後、天岩戸温泉に入っていただき、ゆっくりしていただきました。

その後は、お待ち兼ねの夕食です。料理は地元の夜神楽のときに出される神楽料理と呼ばれるのもをしょうけ(竹のかご)に盛ったものと地鶏うどんでした。神楽料理は主に煮しめと巻き寿司、いなり寿司で、本番の神楽のときは良く食べられます。どれも地元産の野菜や材料を使っているので、安心して食べれます。地鶏うどんも地元産の地鶏と、地元産の小麦粉を使っています。

これに、かっぽ焼酎がでました。かっぽ焼酎とは、竹の筒(かっぽ)の中に焼酎を入れ、それを火であぶって、燗をつけたもので、竹の油がしみだしてとても口当たりがまろやかでした。



夜神楽体験
最後に本モニターツアーのメイン、夜神楽体験です。体験といっても見学だけなのですが・・・。(他のモニターツアーの時には、七貴神という素人の方も舞えるものもあります。)

ここで、高千穂の夜神楽について、少しお話したいと思います。
高千穂の夜神楽は、その年の豊かな実りに感謝し、あわせて、来る年の無事を祈る「村まつり」です。秋深くなった11月下旬を皮切りに翌年2月上旬まで、町内各地のおよそ20集落で行われます。夜神楽は鎮守の森の氏神様を民家にお招きし、前日の夕方から翌日の昼頃まで、およそ33番の夜神楽を舞い明かし、夜神楽の奉納を行うことが、遠い昔からのしきたりとして今も受け継がれています。
この夜神楽は平安時代末期から鎌倉時代にかけて成立したものといわれ、800年にも渡って伝承されている高千穂地方独特なもので、国の重要無形民俗文化財に指定されています。

今回のツアーでは、手力雄、鈿女(うずめ)、戸取(右上の写真)、そして御神体という4番が舞われました。手力雄(たぢからを)、鈿女(うずめ)、戸取は岩戸開きの舞で、高千穂の夜神楽のクライマックスの舞です。御神体はいざなぎ、いざなみの神が仲良く酒こし(酒造り)をする舞で、とても動きがユーモラスな舞で、観客は手をたたいて喜んでいました。

この後は、お決まりの交流会。今夜は何時まで続くのでしょうか?この続きは明日ご紹介します。


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2005年01月21日

宮崎県高千穂町 工藤久生 5日目

モニターツアーの打ち合わせ
今日は明日から行う“ひむか神話街道モニターツアー”の打ち合わせに、天岩戸温泉茶屋に行って来ました。ひむか神話街道とは、宮崎県内の北の高千穂(高千穂町)から南の高千穂(高原町)までを、各地に伝わる神話・伝説が残る地を結んだ広域観光ルートです。今回、高千穂町から西都市の5市町村でつくる県北協議会が主催で、各市町村を持ち回りで、各種体験のモニターツアーを行っています。
今回の高千穂町は『夜神楽と火おこし・神楽料理のおもてなし』をテーマに、神楽の館を中心に行います。



五ヶ村村おこしグループ
今日、打ち合わせしたのは、五ヶ村村おこしグループ代表の工藤正任さん。(写真左)この方、本職は神楽面彫師(高千穂の夜神楽を舞うときにつける面を彫る職人さん)で、県の伝統工芸師にも認定されているすごい方です。
この五ヶ村村おこしグループは、地元9名で特産品販売、飲食の店として天岩戸温泉茶屋の建設を行い、営業を始めらえ、そこで開発した地元産の小麦粉、小豆、サツマイモを使用した“天岩戸温泉団子”は多いときで年間2万個を売るヒット商品となりました。また、地元産の小麦粉と地鶏を使用した“地鶏うどん”も人気があります。
平成11年にお隣の日之影町にあった民家を移築し、夜神楽の宿として、また、後継者の育成、地域おこしの活動の中心として神楽の館を建設しました。平成13年には2階部分を民宿に改築し、翌年民宿業を開業、年間400名以上の方が宿泊されるようになりました。
 平成13年より国民宿舎高千穂荘とタイアップして、夜神楽体験ツアー、刈干切り体験ツアー(刈干は牛の冬場の飼料を秋に飼って、山に積んでおくもの)を年間10回程度開催し、地域の資源を活かした都市住民の交流を行い、年間400名以上の方々が訪れるようになっています。



猪肉の煮込み
ここで料理しているのは、甲斐雅子さんと甲斐秀子さん。今晩のお客さんのリクエストで、猪肉の煮込みを作られているそうです。(猪は山に困るぐらいいて、ちょうど今猟期です。)最初に猪肉を炊いて、肉を軟らかくして、ざるにあげ。その後鍋に戻して、ごぼうと大根と一緒に砂糖としょう油で味をつけて煮込むそうです。ごぼうと大根はなた(木を切る)でそいだり、切ったりするぐらいのほうが味がしみておいしいそうです。


野菜の直売所
温泉茶屋の前には、地元産の野菜(ゆずや生椎茸、小麦粉)などが並んでいます。今日は少ないみたいですね。近くの人が持ってきておいています。
明日はモニターツアーの状況をお伝えしたいと思います。


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2005年01月20日

宮崎県高千穂町 工藤久生 4日目

建国まつりの準備の続き
今日は昼から高千穂高校の松田先生においでいただいて、建国まつり記念小中学校書道コンクール審査をしてもらいました。各学校を通じて冬休み前に募集を行ったのですが、町内の小中学校から587点の応募がありました。どの作品も力作ぞろい。自分が小学校・中学校の時、こんなにうまかったなかなと思うぐらいでした。松田先生も最後には行き詰って(迷いに迷って)、一息入れたぐらいでした。

募集した手前、たいへん失礼なことですが、こんなに集まるとは思わなかったので、今では掲示する会場をどこにしようか、悩んでおります。
昨日の実行委員会では、街の中の空き店舗を利用したらどうかという、素晴らしいアイデアが出たので、今朝から心当たりに当っていますが、なかなか貸してもらえません。荷物が入っていたり、片付いていなかったり、保安上の問題もあるでしょうが…。店頭に展示してもいいよって言ってくださる方もいらっしゃるので、いい方法をもう少し考えてみたいと思っています。



まちづくりフォーラム21
今日は、まちづくりフォーラム21についてお話したいと思います。地域の魅力の再発見とそれを活用したまちづくりを考えるとともに、明日の地域づくりを担っていく新しいリーダーを育成することを目的に行っており、今年で3年目になります。
メンバーは町内の20代から年を重ねた方までの21人で、みんな他にもいろんな団体に所属して、活動されている方ばっかりです。
内容は、まちづくりの講演会(農文協の甲斐さんや森の新聞社の森千鶴子さんに来ていただきました。)やワークッショップ、視察研修などです。

班を2班に分けて、班別の研究活動というのをやっています。そのうち2班は自然を生かした地域づくりに焦点を当てて活動しています。面白かったのは、10月に行った“音の谷周辺現地調査”ですね。
音の谷というのは、第1日目でご紹介した高千穂峡のすぐ下流にある谷のことです。
この五ヶ瀬川の横にはずっと遊歩道があるのですが、ほとんど人は通っていません。
本当に高千穂の穴場ですね。この景色が高千穂の中心部から車で5分の場所に残っているのですから、不思議で神秘的な場所です。

近くに住んでいる人から聞いて面白かったのは、ここから雲海の雲が立ち上っていくのが見えるそうです。高千穂は秋から冬にかけての国見ヶ丘から見える雲海が有名ですが、ここで雲海が生まれるのかと思うと、本当に神秘的な気持ちになりました。

この高千穂峡からは想像できない緩やかな流れが続いていて、調査の後の話し合いで、もっと遊歩道を活用してはどうか、カヌーの初心者の練習コースにはどうかという意見や、もっと水量が増えればラフティングのコースでも面白いという話も出ました。今後にぜひ生かしていきたい場所ですね。


「もったいない」
この前の週末に、まちづくりフォーラムで視察研修に行ってきました。行き先は、熊本県人吉市の『ひまわり亭』、宮崎県北郷町の農家民泊『農園ピクニック』、日南市の『やっちみろかい酒谷』でした。

ひまわり亭は地域の女性が集まり、郷土料理の店をつくり、起業化されています。そこで、オーナーの本田節さんにお話を聞くことができました。球磨川上流から移築された古民家も素晴らしかったけれど、やっぱり素晴らしいと思ったのは、「もったいない」という節さんの言葉でした。開店当初は資金も少なく、女性たちが家庭にある器を持ち寄って、お客さんに出されていたそうで、お客さんには「家で眠っていてもったいないでしょ」っていっていたそうです。これって地域づくりにもいえることですよね。せっかく地域にあって、それがしまわれて眠っていて、それを生かさないのは本当にもったいないことですね。

そして、月替わりの御膳を作られているのですが(1月は新春“寿”御膳でした。)、郷土料理を丹念に調べられていて、それをそのまま出すのではなく、健康・安心・安全、そしておしゃれに洗練されて出されているのです。その地域を掘り起こす力、それをプロデュースする力にすごさを感じました。全国から視察や交流で年間5万人が訪れるのもうなずけます。



農家民泊・パン作り体験
その後、北郷町の農家民泊『農園ピクニック』に行きました。そこでやったのは、パン作り体験。パン作りは難しいと思っていたのですが、材料もビニール袋に入れてあって、体験用に汚れないようにできるようになっていました。発酵させている間には温泉に行ったりしましたが、結構うまくできましたよ。

この農家民泊を経営されている古谷元一さんは、養豚を別に経営されていて、以前は年間5千頭を飼育されていたそうですが、体を壊されて、今の農家民泊を始められたそうです。奥さんもアロマテラピーの資格も取られて、とにかく奥さんが生き生きされていました。そして、夫婦、そして家族の仲が良くて・・・。農業していてこのような暮らしができるなんて、たいへんだろうけど、うらやましく思えました。



グリーンツーリズムの目的とは?
最後に、日南市の『やっちみろ会酒谷』の日高茂信さんを訪ねました。ここは、日本棚田百選に選ばれた坂元の棚田を使って、棚田のオーナー制度をされています。しかし何より日高さんの地域づくりにかける情熱が素晴らしい。今は体験施設として、古い民家を改修中でしたが、何か30年代のちょうど“となりのトトロ”に出てくるような感じの、なつかしい雰囲気のする建物でした。(台所はかまど、風呂は五右衛門風呂)

お話を聞いた後、その坂元棚田を見せていただきましたが、その棚田の景色の素晴らしいこと。ここで取れるお米は全部予約販売で売り切れるそうで、1俵(35kg)1万円で販売しているそうです。かなり市価よりは高い値段ですが、それでも売れるからすごい。

前から思っていたのですが、グリーンツーリズムも外からお客さんにおいでいただいて、農村を体験して、満足していただくのが完成型ではなく、農村で味わっていただいた農産物をいかに都市に届けるか、悪い言い方かもしれませんが、いかに売っていくか。そこが農村に暮らす者にとって非常に重要だと思っています。


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2005年01月19日

宮崎県高千穂町 工藤久生 3日目

神話の高千穂建国まつり
おとといからお世話になっていますが、今、毎日何をしているかといいますと、毎年2月11日の建国記念の日に行っています“神話の高千穂建国まつり”の準備に追われています。(はっきりいって死にそうです。)

神話の高千穂建国まつりは、初代天皇である神武天皇が高千穂でお生まれになり、高千穂から東征に出られたという神話にちなみ、八百万の神々に扮し、パレードするお祭りです。昭和61年から2月11日の建国記念の日に行われており、今年で20回目を迎えます。

前日には前夜祭として、神武天皇のお后のアイラツヒメを選ぶ『ミス神様コンテスト』、そして、主役の神武天皇をヒゲの立派さで選ぶ『ミスターヒゲの神様コンテスト』が行われます。神武天皇に選ばれた方は、当日馬に乗ってパレードに参加していただきます。

当日は、高千穂神社で神事が行われたあと、神様の衣装を身にまとった約800人の神々が、高千穂神社からくしふる神社までの1km余りを練り歩く「神々のパレード」が行われます。また、建国だご汁の振る舞いなど、他にもイベントが盛りだくさんです。



実行委員会やりました!
昨年から高千穂町はイベントが多すぎるということで、本町最大のまつりであった神話の里フェスティバルをやめて、この建国まつりを盛大にしようということになりました。(町にも予算がありませんし、町民もこれ以上イベントを増やして欲しくないとの意見があり、このような形になりました。)

規模も多少大きくなりますので、新たに範囲を広げて、各団体の青年部、女性部、公民館関係、各団体の職員など、多種多様な人が集まりました。そうするとどうなったか?「あの人も呼ぼう、あの人も呼ぼう」ということで、100人規模の実行委員会組織になってしまいました。こうなると連絡もたいへんだし、なかなか収集がつかないし、やる人とやらない人が出てくる。やっぱりイベントも難しいし、組織って難しいですね。

と愚痴ばっかり言ってられないので、今日は実行委員会をやりました。
今日は主に当日の内容の最終確認でした。さすがにあと20日余りに近づいてきたので、参加者も多く、熱気がありました。この調子でうまく運んでいければいいのですが・・・。



イベントをやる意味とは?
右の者(真也くん、順久くん、菅くん、安在さん)は実行委員の一員です。主に“ほっぽほーらい”という高千穂の民謡などをアレンジして、それに振り付けして、主に地元の祭りで踊っているグループです。当日は、街の中にサテライト会場をつくって、ダンスバトルや綱引き大会をやってくれます。こんな若者中心の企画もありますよ。

以前から、イベントで地域が元気になるのか、疑問を持っていました。ただにぎやかしにやって、人を集めればいいのか、疑問に思っていました。
でも、今ではイベントも確かにそれに向かって、人の心が一つになりますし、達成感もあるので、意味さえしっかりしていけば、イベントも必要だと思えるようになりました。

高千穂が神話・伝説の舞台であるのを知りながら、高千穂に伝わる神話・伝説を説明できる人が、高千穂にははっきり言って少ない。また、全然知らない人もいます。南の高千穂や西都市などは高千穂に比べ、最近ではアピール度が高く、高千穂の神話・伝説での認知度が低下していくことを心配しています。

神話の高千穂建国まつりは今回で20回を迎えます。20回を新たな出発点として、「高千穂の伝説を本物の神話にしていくこと。」「神話の高千穂建国まつりを単なる客集めのイベントではなく、心が伴う100年後も続く“まつり”にしていく。」こと。これを目標に頑張っています。


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2005年01月18日

宮崎県高千穂町 工藤久生 2日目

地元学を地域づくりに生かしたい!
この地元学を、その感動をぜひ高千穂の地域づくりに生かしたいということで、一昨年の10月、高千穂町内の浅ヶ部地区で地元学をやりました。

浅ヶ部地区は高千穂の中心部の三田井の北部にあたり、戸数92戸の純農村集落です。この数年、その浅ヶ部にある八十八ヶ所霊場が関心を集めています。その八十八ヶ所霊場は江戸末期の天保年間の飢饉の折、浅ヶ部地区内でその飢饉にたいへん苦しんだため、地域の内外から寄付を募り、四国八十八ヶ所札所の石や土を持ち帰り、天保6年に浅ヶ部地区を囲む山々に開場したものです。

その霊場巡りの語り部の育成及び地域資源の掘り起こしに役立てたい。ということで、浅ヶ部地区に吉本さんにおいでいただいきました。


出てくる出てくる宝の山
浅ヶ部で地元学をやってわかったこと。
それは、調べれば調べるほど出てくるすごすぎるほどの地域資源の山、浅ヶ部は昔から畑作地帯で、水が少ない地域。少ない水をうまく使うコツ。地区を護っている数えきれないほどの神様・仏様たち。家の周りや田んぼや畑に植えられているたくさんの有用植物。

高千穂は九州山地を背に水が生まれ、その水が集まる場所ですが、浅ヶ部は三方を山で囲まれ、水が生まれる高千穂を凝縮したような場所。また、浅ヶ部では夜神楽、お大師さん、初午など、高千穂でもとあった文化や風習を頑なに守り続ける地域です。まさに、吉本さんの言う「高千穂の中の高千穂」だったのです。

昔の遊びや風習を聞き取る中で、地元参加者の中で必然的に会話が生まれ、村に活気が起こったように思えます。浅ヶ部地区は他の地区には迎合しない姿勢を持っており、町外からの人を受け入れるか心配でしたが、他の地域の人と交流し、元気になっていく動きが見られるようになりました。



浅ヶ部のその後の活動
地元学をやった浅ヶ部地区ではその後、八十八ヶ所巡りのガイドブックづくりを行い、この夏には語り部(ガイド)の育成を行いました。

また、菜種を生かした地域づくりに取り組みました。地域内でも昭和30年代まで燃料のため、菜種が栽培されており、今の老人の世代には、その栽培や収穫のノウハウが残っていたからです。

当初は景観作物として植えられていましたが、ただ見るだけではもったいないということで、絞ってみようということになりました。刈り取りの体験イベントでは、子ども達が熱心に無我夢中で、刈り取りをやりました。あやし方の体験では、老人が子どものようにはしゃいでいました。知らないうちにたくさんの人が集まってきて、とうみ、こて、めぐり棒などの昔からの道具や知恵が次々と出てきました。

地域内に菜種を植え、そのエネルギーを地域内で利用するという資源循環型の地域づくりである「菜の花プロジェクト」が注目されていますが、実際、刈り取り体験の折には、ひむか菜の花エコプロジェクト事務局長 長友博之さんにおいでいただいて、講演していただいきました。浅ヶ部地区でも廃油を集めて、車を走らせたいなど、夢も語られました。

こういった地域内の環境への取り組み、地域内のエネルギーの循環、引いてはエネルギーの完全自給体制などへの取り組みが容易にできることが、なんといっても田舎の豊かさだと思います。



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2005年01月17日

宮崎県高千穂町 工藤久生 1日目

まずは自己紹介を!
私は宮崎県の高千穂町役場企画情報課に勤務しています工藤久生といいます。
役場では地域づくりや村おこしを担当しています。ご縁があって、今週1週間担当させていただきます。よろしくお願いします。

高千穂町は宮崎県北部にあり、お隣はもう熊本県と大分県という県境の町で、人口は1万5千人で、農業と観光の町です。町内を五ヶ瀬川が流れており、阿蘇の溶岩が侵食されてできた“高千穂峡”は雄大な景色が続き、神秘的な雰囲気があります。平成15年の観光入り込み客数は122万3千人で、それに対して宿泊者数は13万人となっており、典型的な通過型の観光地になっています。

高千穂町の課題とすれば、農業などの他の産業と観光を組み合わせたり、新たな資源を発掘することで、観光客の滞在時間を延ばし、通過型の観光から滞在型の観光に転換することができないか模索しているところです。




地元学との出会い
何かとっても難しい導入になりましたが・・・。
今、私が行っているのは地域の資源、地域の宝を探し、生かすことで地域が元気にならないかということです。高千穂は年間100万人以上の観光客の方においでいただいているにも関わらず、商店街にも、町の中にも、農村にも何か元気がない。それを悩んでいる時に出会ってしまったのです。地元学、そして吉本哲郎さんに・・・。

私の行っている事業の一つに、高千穂町まちづくりフォーラム21というのがあり、一昨年からやっているんですが、これは、明日を担う地域づくりのリーダーの育成を目的に行っています。その第1回の基調講演に吉本さんをお呼びしました。最初、「ただ講演するだけじゃ面白くないから、どこかの家を調べさせろ!」と言われ探しましたが、見つからない。仕方ないから、自分の家を調べてもらいました。私の家は代々農家を営んでいます。家の両親を相手に根掘り葉掘り聞いていく。(そんな当たり前のことを聞いて、何になるのか分からない)

最後に母に吉本さんが聞いた言葉「この村を色にたとえると何色か?」→母の言葉「黄金色!」・・・ここで営む農業中心の生活はきついものばかりだと考えていましたので、正直驚きました。それまで嫌いだった田舎の生活を見る目が変わりました。田舎に帰ってきて、暗い気持ちだった心が救われたました。


この地元学を、その感動をぜひ高千穂の地域づくりに生かしたい
初めて、家の周り及び家の中を調べてみて、有用植物の豊富さ、神様の多さに驚きました。(高千穂は神様、仏様への信仰が厚く、かまどの神様、便所の神様、水の神様など、仏壇、神棚を含めて10以上の神や仏を家の中でおまつりしています。)自分では自分の家のことを知り尽くしていると思っていました。水のゆくえ、家の周りのあるもの探しを行って、家の周りのものが偶然に作られたものではなく、先祖によってこつこつ、その風土、地形に合うように作られたものだったということに初めて気づかされました。

この地元学を、その感動をぜひ高千穂の地域づくりに生かしたい。そう考えて、今、地域づくりに取り組んでいます。明日はその地元学を生かした高千穂での取り組みをご紹介したいと思います。


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