2005年05月21日

日光国立公園 小沢晴司 6日目

今日、事務所の自然再生担当レンジャーが会議出席で出かけた霞ヶ浦は、私も7年ほど前よく訪ねていました。
当時、つくば市内の国立環境研究所勤務時、頚椎症を患っていた私は、医者から病気の予防にダンスもよいかもしれぬと勧められ、通い始めた練習会場が霞ヶ浦の近くにありました。
職場には女性もいて同僚に内緒で出かけていたつもりが、皆私の行動を知っていたことを後で聞かされました。そして、知らないそぶりをしてくれていたことも。
先日、日曜の子供記者の取材では、レンジャーになってどの地が思い出深いかという質問もありました。そのときはうまく答えられなかったのですが、社会人18年の間で6箇所の国立公園と海外赴任地を含め10ヶ所の勤務地をまわり、いずれの地でも得がたい経験をすることができました、が、とりわけ、この研究所で過ごした3年の月日は、忘れることができません。



研究所構内には緑濃い庭があり、ほぼ毎昼食時、一緒に自然を散策しながら、様々な話題を交歓する同好有志のグループがありました。観察する対象は、構内の茂みの植物や虫、鳥、蛙、きのこと様々なものがありました。自然を愛でつつ、社会科学や人文科学、芸能文化などの話題に花を咲かせました。彼らには、その後、様々な仕事でアドバイスを得、助けていただきました。落ち込んだときには慰めてくれました。
研究所赴任直後の梅雨時前の昼休み、構内の木の上の白い花を一心不乱に眺めている女性がありました。背中から「アオダモの花です。きれいですね」と声をかけたのが、この友人達の輪に加わるきっかけだったのだと思います。後日談で、後ろから声をかけたので不審者のように思えたことを彼女が教えてくれました。上方の写真がアオダモの花です。背中から唐突に声をかけるのは失礼なことでありました。
右上の写真のアミガサタケは、とある研究者先生との散策時に、足元に見つけました。「これは食べられるものか」と聞かれました。アミガサタケはフランスでモリユという、料理の高級食材でもあり、あとでこっそり食べてみたかったので、「このグループは注意したほうがいいです。似た仲間で猛毒のきのこもあります。」と答えました。が、「この目の前のものは?毒きのことの違いは?」との先生の更問に、「これはおそらく安全なアミガサタケだと思います」と白状しました。
このとき、猛毒のきのこでイメージしていたのはシャグマアミガサタケだったのですが、つい先日奥日光で、初めて、会う機会がありました。


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2005年05月20日

日光国立公園 小沢晴司 5日目

おはようございます。昨日に続けて心惹かれる建物の風景をご紹介します。足尾銅山本山工場です。
16世紀半ばの天文年間に発見され、昭和48年2月の閉山まで400年間にわたり、総計約70万トンの銅を産出した足尾銅山の中心で、その後海外銅を用いていた工場での精錬も平成2年には中止されました。



これをご覧の皆様、お手元に10円玉がありましたら手にとっていただけますか。この硬貨をはじめ日本で使う銅の4割は南米チリ、2割はインドネシアから輸入しています。他にオーストラリア、パプアニューギニア、カナダなどがあり、日本では、もうほとんど銅を採っていません。

そのチリ共和国は世界最大級の銅産出国で、現在、JICAによるチリ共和国鉱害防止指導体制強化プロジェクトという国際協力活動が展開中です。日本の経験と技術蓄積を活用するとしており、それは、足尾をはじめとする、日本での鉱山事業の歴史を通じて生み出されたものにほかなりません。




類推すれば、日本最高の技術を集積し、国の産業を強力に発展させたパワーの源であった足尾は、その栄光の歴史の中で、国家政策と連動し、流域にある村や山を滅ぼしました。が、その過程で取り組まれた環境浄化に関する技術開発や、関連して整備された法制度等は、今、海外での日本の国際協力の舞台に生きている、といえるのかもしれません。
ちなみに今の日本の銅の使用量は年間約120万トンに達し、これは足尾で過去400年間に生産された銅の総量を上回ります。

絢爛と壮絶の歴史を秘めた景観と、隣接する美しい森の日光を組み合わせたツアーメニューは、まさに、我が国を代表するエコツーリズムプログラムとして、推奨されるべきものでありましょう。“足尾は、今に生きており、また、終わってはいない。”と言い得るのではないかと思います。




午後になり、那須高原へ調査と県庁担当者との打ち合わせにでかけていた施設担当と那須担当の3人が戻りました。国立公園のゴミ問題解決に昔から地元と作ってきた自然公園清掃協議会の総会に出席していた2人も戻りました。片品村へ尾瀬ラムサール登録説明に出張していた1人も夕方までに帰ってきました。彼は自然再生事業分野も担当していて、明日霞ヶ浦で行われる会議にでかけます。
現地の事務所とはいいながら基本的に土日は休みなのですが、様々な行事への対応もあり、奥日光担当の2人のレンジャーは自然観察会の監督で、明後日の日曜も、再来週の日曜も出勤になっています。(平日も忙しく代休はなかなかとれないのが実情です。)
私は、本日終日内勤で、各種電話への照会対応や事務所のスタッフとの打ち合わせ等で夕暮れをむかえました。
このブログをみた友人からメールがありました。友人は、昨年、赤城青年の家主催環境教育関東ミーティング実行委員会で一緒だった方です。行事で私は心と環境教育分科会を担当し、その中でもご案内したことで恐縮ですが、テレビ等で最近の事件をみるにつけ、大正期に社会に傷ついた少年少女のため私設感化院を開いた留岡幸助氏の言葉を思い出します。 「わが国の教育には二つの大なる欠陥がある。ひとつは人格教育の欠如であり、もうひとつは自然教育の欠如である。」
留岡幸助氏の思想・哲学の顕現の場である北海道家庭学校を、学生時代に訪ねたことがあります。そこは、冬季酷寒に包まれる北見の丘陵地に、牧場や畑とともに、カラマツの並木の奥に教会が佇む美しい環境の中にありました。


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2005年05月19日

日光国立公園 小沢晴司 4日目

今日は公園の保護や計画を担当するレンジャー2名と一緒に前橋市の群馬県庁に出かけました。11月のラムサール条約会議に、尾瀬も登録湿地としたい旨の説明のためです。
経路の途中日光清滝地区を通りますが、国道近くには古河電工の工場と瀟洒な事務所があります。約100年前古河鉱業が設けた日光電気精銅所が起源です。日光市内にある私の好きな建物の一つで、古河の企業城下町として発展した日光市が、50年前3万2千人超を数える繁栄を支えた工場です。事業規模縮小とともに市の人口も減り今は1万7千を割っています。
私事ながら高校まで東京下町の荒川区内で近くに旭電化の工場や零細工場がひしめく町に育ったためか、煙をあげて威容をほこる工場景観等には惹かれます。



午後前橋から戻りました。今日は別のレンジャー2人が、尾瀬ラムサール登録説明のため福島県庁へ出張しています。ほかに総務担当レンジャー1人が、山形県鳥海山麓にある猛禽類保護センターの運営総会準備のため1泊で出張中です。皆、車での移動ですが安全に戻りますよう。おかげで今日事務所での内勤者は普段の半分以下です。
夕方、福島出張組、新潟出張組、山形出張者皆戻ってきました。


もう一つ市内で好きな建物、JR日光駅です。2階にはダンスホールがあります。社交ダンスは健康によいというだけでなく、優れたコミュニケーション技術の一つでもあるような気がします。(我が身を振り返れば、姿勢、バランス、脂肪がハードルで、届かない世界かもしれませんが。)




駅の2階ホールは今は写真パネルなどが飾られています。ダンスブーム再来で、この空間の真価が発揮されるような、パーティ会場や練習場として復活する日が、いずれあるかどうかは、分かりません。


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2005年05月18日

日光国立公園 小沢晴司 3日目

おはようございます。
今日は早朝に奥日光担当レンジャー、シカ対策担当レンジャーと戦場ヶ原に向かいました。奥日光に住む自然公園指導員からシカの出没情報等があり、彼と合流するためです。環境省のレンジャーの人数は少ないのですが、地元の自然に精通しボランティアで活動する彼らの協力を得て、よりよく仕事を進めることができます。

私たちの事務所は日光市街地にあり出発時は曇天で肌寒さを感じましたが、いろは坂の途中から雲は消え太陽が顔をだしました。


戦場ヶ原湿原の植生保護と回復のため、その中へのシカの侵入を防ぐ約15kmの柵を環境省が作ったのが4年前の12月。その中を国道や河川等が貫通するため、柵は厳密には閉じていませんが、植生の回復効果はあがっているとの報告があります。

写真は、自然公園指導員とともに上述の柵内の湿原に出没するシカを観察しているところです。


丁度、日光では東照宮の春季例大祭がとりおこなわれている中で、今日は千人行列でした。事務所にも案内があり、行事への参加は、和やかな雰囲気の中で、地元の方々と情報交換をするよい機会にもなります。
座の中で、私たちの事務所長から日光市長へ、奥日光の湿原のラムサール条約湿地新規登録に向けての地元の協力に対してお礼を伝えました。今年11月ウガンダで第9回のラムサール条約締約国会議があり、その際、日本では9カ所以上の新規登録湿地を申請することとしています。奥日光の湿原は、すでに各種報道等で紹介されているとおりその候補地の一つで、現在登録申請に向けて地元と調整をしているところです。

今日は事務所の施設担当レンジャーのうち2人が磐梯朝日国立公園に出発しました。福島県裏磐梯と新潟県鷹巣温泉に環境省の土地があり、そこで計画している施設についての地元との調整のための出張で明日戻る予定です。遠方への出張の大半が自動車での移動なので、交通安全にはくれぐれも注意しなければ。


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2005年05月17日

日光国立公園 小沢晴司 2日目

おはようございます。改めてこのブログの履歴を拝見し、一昨日の三俣様の専門分野のご紹介を読んで20年前の学生時代を思い出しました。漠然と風景の勉強をしたいと考え林学科を選んだのですが、林政学講座の指導教官(石井寛博士:現林業経済学会長)が経済学分野の本も読むよう勧めてくださいました。その中に室田武氏の「エネルギーとエントロピーの経済学」もありました。今後、機会があります折、ご指導をいただければと思う次第です。5月第一週の松井様には、今年初め、インドネシアの銅山関連研究で貴重なご示唆をいただいておりました。その折はお世話になりありがとうございました。写真は2月に訪ねたジャワ島グヌンハリムンサラク国立公園の森です。


今日は、日光の事務所から3人のレンジャーが尾瀬に向かいました。尾瀬ヶ原を東西に横断する歩道上にかかる2つの橋がこの冬の雪で壊れたので、その架け替えのための調査です。先日15日までに群馬県が仮復旧をしていますので、写真の橋は今は渡れるよう補修がなされています。


燧ヶ岳です。写真はいずれも連休直前の時期のものです。

夕方になり3人が尾瀬から戻りました。日光の事務所には5人の施設担当レンジャーがいて、うち2人は別業務と兼任です。彼らは日光国立公園のほか磐梯朝日国立公園での施設計画・整備も担当します。
今年は私たちの業務に大きな変化がありました。昨年度までは、都道府県が国立公園内で施設整備を行うとき、補助金を交付する制度があったのですが、三位一体改革に関連しこれが廃止されたことです。
今後国立公園の整備や管理にあたり、補助金によらない形での、地域行政主体である都道府県や地元市町村とよいパートナーシップを作り、充実させていくことが大切になると思います。

私たちの事務所は前述の2つの国立公園内に3ヶ所の最前線の駐在事務所をおく他、新潟市内にある野生生物分野等を担当する支所、鳥海山麓の猛禽類保護センターを所轄します。管内のスタッフは総勢で25人、このような環境省の地域自然保護事務所が北海道から沖縄まで全国に11あります。
今年度は、もう一つ私たちの組織に大きな変更があります。10月にこれらの自然保護事務所が、廃棄物や地球温暖化等を担当する地方環境対策調査官事務所(全国に9つ)と整理統合され、全国で7つの地方環境事務所になるというものです。日光の事務所にある機能の大半は、10月以降さいたま市におかれる事務所に移ることになります。


今日、私の方は、といえば、デスクワークの合間をぬって日光市内外の関係機関をまわりました。昨日考えた日光の風景を勉強する会へのお誘いです。いずれの機関の担当者も好意的に受け止め、協力してくださるとおっしゃってくださいました。
これまで、各機関の先人は、当地の風景と調和させ、あるいは風景に特色がでるよう、施設を計画する際に様々な工夫をしてきたと思います。
それらを再発見し、未来の日光の風景作りにつながるアイデアなどを、地元の方から教えていただける機会の一つができればと思っています。


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2005年05月16日

栃木県日光市 小沢晴司 1日目

はじめまして。現在、日光市内にあります環境省北関東地区自然保護事務所で仕事をしている小沢と申します。今週は日光国立公園からレポートをお届けいたします。よろしくお願いいたします。


昨日、某新聞子供記者取材班の取材があり、小沢さんはレンジャーになって何が目標なのかという質問がありました。
日本で「レンジャー」とは、環境省の現地事務所で自然保護分野の業務に携わる、主に技術系職員についての通称となっていますが、アメリカやカナダのような森林警察のようなイメージの仕事とは少し違っています。
先の問いに私は、広大な森林や野生動物の保護というより、どちらかといえば、住む場所が美しいふるさとであるようであればと答えました。
国立公園の中には様々な集落があります。美しい町並み、心和む佇まいや風景はどのように作られるのでしょう。自然公園法に基づく基準で、それに反するものを正していくという手法だけに頼るのでは、気持ちのよい町作りの手段としては、反感を伴い逆効果になる場合もあります。その町に住む人たちが協力して美しい町を作りたいと願い、関係する機関が同調するようなステップが必要なのだと思います。
毎週月曜朝は事務所の定例会です。現在14名のレンジャーが日光の事務所にいます。昨日の今日ではありませんが、早速、本日の会議で、日光の風景について、関係する機関も誘って勉強する機会を作ることを提案しました。上司の了解もあり、これから市内のいろいろな機関に呼びかけてみようと思います。


そろそろ本日も終わりに近い時間です。今日はアクティブ・レンジャー募集について所内で打ち合わせがありました。
環境省のレンジャーは全国28の国立公園管理を含め地区事務所全体で230名程度、アメリカのイエローストーン国立公園一つで100人以上という数に比べ少ないため、日本では職員が屋内での事務作業に追われ、現地でその姿を見かけることがほとんどないといわれます。
このため、6月から、現場の自然の中で活躍できる非常勤の職員としてアクティブ・レンジャーを募集していました。全国で60人の強力な応援団、私たちの事務所管内でも4人が採用予定で、先週までに面接を終えたところです。
アクティブ・レンジャーと一緒にすぐ活動を始められるよう、今週は私もできるだけ現地の自然の中にでかけて、皆様へもレポートをお届けできるようにしたいと思います。では、おやすみなさい。


posted by LJ21 at 18:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 栃木県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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