2006年07月28日

埼玉県所沢市 待井 聡 3・4・5日目

3日間、島での仕事と付き合いが忙しく、予想に反してブログにアップする時間がありませんでした。すみません。。
さて今日は式根の紹介をします。

式根島は新島のとなりにあり、伊豆七島の一つです。東京からだと竹芝客船ターミナルから大型船で8時間、ジェット船で2時間30分かかります。島は外周12km、人口約600人の小さな島です。島には幼稚園から小・中学校があり、校舎もとてもきれいです。水や電気はとなりの新島からケーブル等で引いていますが、かつては新島から運んできたり、島民出資で発電機を購入するなど大変な苦労をされたそうです。

開島百二十年を経たこの島は、かつて他の新島や神津島、あるいは八丈島などから移り住んできた人々によって創られてきました。近年では東京圏からの流入もあるようです。そのためか島の人々は元気で明るく、開拓精神も静かに感じられます。(もちろん他の島と同様、島民の高齢化が進み、シニアカー〔電動三輪車〕をよく見かけます。)
こうした背景を持つ式根には、島外民との象徴的な島づくりの歴史があります(個人の印象として)。この島の地鉈温泉は地を鉈で削ったような険しい場所にあり、明治34年頃までは陸からでなく、海からしか行くことができなかったといいます。しかし当時、この島の漁港建設に集められた下田の石工たちが、仕事の合間をぬってここに道を拓いていったそうです。温泉好きの石工たちだったのでしょう、島にあった魅力は島外民の視点を加えてさらに魅力的なものへと昇華されました。以前と比べ容易に温泉へと行くことができるようになった現在、ここを訪れた多くの人はこの温泉を称え、そこかしこの岩に名前を書き連らねてゆくようです。まさに”場”の芳名帳のように。


近頃私は、まちの魅力の源泉を、場を想う多くの人の行為の積み重ねなのではないかと思っています。かつてこうしたことがあった、こんなに凄かった、というコト・名前を伝え踏襲するだけでなく、今現在果たしてどのような行為がおこなわれているのか、どのように今と向き合われているのか、過程が営まれているか、という点こそが、まちの魅力を生々しく感じさせるように思います。先の話と直接関連したものではありませんが、ここ式根には今もそうした島民や島外民との協働による生々しい、素敵な魅力づくりがうごめいています。手作りの温泉「山海の湯」、こつこつと草花が植えられ伸ばされてきた名無しの湯道。奥山商店のアニイは、島のために大変努力されているそうですが、先日は「シニアカーレース」の話で大いに盛り上がりました。すごくやりたい! 他にも「くもらーず」や、「明日葉云々」と個人ブランドも生まれており、この式根には島を想う多くの人と行為が積み重ねられつづけています。

実は本日、式根を発ち東京→埼玉に着きました。
長雨でようやくの晴れ間も続き、今朝の奥山商店は大忙し。多くの方に短いお別れをし、船へと乗り込みました。思い出せば島の動脈のひとつである商店を経験し、港での荷降しから配達、果ては中学校の職場体験生「タクト君」との遭遇。そうそう、長雨のときは港近くで土砂崩れもありましたし、夜の温泉+海水浴+夜光虫発見もしました。

相変わらずディープな島体験をさせてもらいましたが、来る9月1日から10日には黒潮祭りがあるそうで、その通行手形を貰ったために再度式根へ行く予定です。

PS:式根のインジー、ウンバア、オジイ、オンバア、アニイ、アマニイ。お世話になりました。有難うございます。




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2006年07月25日

埼玉県所沢市 待井 聡 1・2日目

いま私は伊豆諸島の一つ、式根島に来ています。
きっかけは6月中頃、島のおばあ (おばちゃんと呼ぶと怒られるらしく、名前で呼ぶ。) たちが大変そうに木の刈り込みをしていたのを手伝い、さらに島内清掃まで駆り出されたことが始まりです。
今回は、そのつてもあって一週間だけ島の店で働かせてもらっています。現在、私が働かせてもらっているのは、『奥山商店』という食品・雑貨・お土産を扱うお店です。



島の商店といっても都会の商店と扱っているものはそう異なるわけではないのかもしれません。例えば切手からカップラーメン、あるいは魚・名産品などなど・・・。ただその扱っているものに違いを見出すなら、その商品を誰が買ってゆくのか、あるいは誰が作ったのかを想像することが比較的容易なのだということです。特に弁当はその代表と言えるように思います。弁当は朝、パートのおばあたちがやって来て多くの商品を作り、店頭に出され、昼にいくつかの食卓へと提供されてゆきます。それは島の誰かが忙しいとき、食事を作れないとき、あるいは作った本人たちの食事として弁当作りの名人たちから店を介して島の人の手に渡ってゆくのです。
島の商店は、その店数や流通環境から都会の商店と比べて、その選択肢が少ないものの、扱う商品の中に、こうした個人と個人の補い合うような関係が成立しているように私は思うのです。こうしたことは都会の商店では難しいことでさえも容易に乗り越えた出来事が起きたりもしています。
例えば、オリジナルブランド発祥の店となったり、飲みの場となったり、はたまたタクシーもどきが出たりと、場に遭遇した個人と個人との間で成立した交換が、とても心地よく、また自然におこなわれています。島の人に言わせれば、もちろん不思議がられるかと思いますが、そんなことが何故、都会ではおこなわれないのかを考える人は少ないように思います。
と、まぁ、こんなよく分からないことを考えながら、式根島に来て4日が経ちました。私が帰るのは28日。帰りたくないなぁ。。


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2006年07月16日

東京都杉並区 楊英美 6、7日目

昨日は雷で電車が止まったり、ひょうが降っていたそうですが、皆さんご無事でしょうか。一週間色々と書かせていただいて、ありがとうございました。今日で最後となりました。
日本は多島圏であり、人が住んでいる離島は300近くあります。九州の熊本県には天草市というところがあります。無数の島々が浮かぶ美しい天草諸島に、60年代に天草五橋という5つの橋が架けられ、それまで様々な面で苦しんで来られた島民の方々の悲願がかなえられたそうです。しかし、その中で橋がかからなかった島がありました。それが、御所浦島、牧島、横浦島からなる御所浦町です。その後、御所浦島と牧島の間に橋が架けられ、現在は、御所浦島と横浦島の間の架橋工事が進行しており、さらに横浦島と天草半島(本土から橋でつながっているために半島となる)の間の架橋を実現させよう、というのが目標にされています。
天草や瀬戸内海のような、内海の島々にとって、架橋の是非を問うことは、恐らくとても重要な問題であると思います。そしてそのことによって、意見が割れもするでしょうし、架橋を経て、痛切な問題が多々生まれているのも事実です。
島で生活しているわけではないので、このことに関して意見を言うのは無責任になってしまう危険性がありますが、私は御所浦町が離島のままである方が良いと思っています。架橋工事にかかる莫大な費用や、環境への影響もさることながら、瀬戸内海に見る、架橋後の地域の急激な過疎化や、本土と比較された時に競争力のない島の生産業が衰退していく様は見たくない、と思ってしまうからです。橋が架かれば島民とはいえ、島内の生産品より安い本土の生産品を求めるようになるでしょう。
今の御所浦は、島内で自給自足し、家の戸に鍵をかけることなく、港には怪しい他所モノが入って来やしないかと目を光らすタクシー運転手がいて、電話一本でどこにでも馳せ参じる貸し切り船(海上タクシーのことを島の人はこう呼ぶ)があって、とてもとても面白いのです。御所浦の港に発着する船の量は、全国の港の中でも上位に入るそうです。便利さとは何か、これはシンポジウムのときにも話されたテーマですが、谷口氏は「川下ではなく、川上を見なさい」と、何度もおっしゃっていました。離島では公共事業がなければ食べていけないが、そのことによって漁業が不振に陥るという矛盾する仕組みを抜け出し、川下の便利さを求めるのではなく、そこにしかない豊かさを、島民が享受し続けて行かれるような仕組みを作っていけたら、と願うばかりです。
今後も御所浦ならではの面白さを追求していきますので、温かく見守っていただければ幸いです。拙文にも関わらずおつき合いくださいました皆様、本当にありがとうございました。また、ご意見、ご質問などいつでもお待ちしております。

楊 英美
http://mata-tabi.net




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2006年07月15日

東京都杉並区 楊英美 4、5日目

暑い日が続いています。私の家は3年前にクーラーが壊れ、そのまま一家全員がクーラーのない夏を幾度か乗り越えています。最近ではすっかり慣れ、なぁんだ、昔の人だってクーラーなんかなくて生活していたじゃないか、と思ったのですが、昔は今ほど暑くなかったはずですね。環境のためクーラーを使わないようにしよう、と言うなら、クーラーを使わなくても暑すぎない環境を作りたいものです。家の裏にマンションが増える度、気温が上がる気がします。

昨晩、沖縄に移住した友人から突然電話がかかってきて、8月に沖縄から奄美に行く5日間のサバニレースに一緒に出てくれないか、と誘われました。サバニというのは、沖縄の漁に使われる伝統的な舟で、木の板を接いで作られるもので、帆がついており、長距離の航海でも耐えられるものだそうです。私はまだサバニを漕いだことがないので、不安は少しありますが、友人は、必要なのは情熱だけだ、と断言していたので、即OKしました。がんばります!

実は私は、天草で櫓漕ぎの伝馬船に出会って、たいへん魅了され、2004年に島の子どもたちと、伝馬船で自分たちの島をめぐるワークショップをやりました。伝馬船は昔、桟橋がない港で、大きな船と陸の間を、荷物や人を運ぶために使われていた艀舟で、漁にも使われます。舟の後ろに付けた一丁の櫓で、水を捏ねるように動かして進みます。櫂も使われ、こちらは櫓よりも難しいといわれています。今では漁船は全てエンジンが付いて速く進むようになったので、伝馬船で漁をする人は本当にわずかに残るのみとなっています。島の大人たちに聞くと、子どもの頃は伝馬船は最高の遊び道具だったとか。子どもだけで勝手に伝馬船を漕ぎ出して、波にひっくり返されて、どうにか泳いで帰ってきて、親に思いきり叱られた、という経験はみんなしているみたいです。今の30歳くらいの人を境に、その下の世代は伝馬船を漕いだことがほとんどありませんでした。船が速くて危ないから、島の子どもたちは、港で泳いで遊ぶことがなくなり、伝馬船も次第に姿を消したというわけです。
2004年のワークショップのために、小学一年生の子どもから、中学3年生まで20人の子どもたちと伝馬船を漕ぐ練習をし、みんな驚くなかれ、本当に上手に舟を漕ぐようになりました。伝馬船を漕いでいる時、その一双の舟の行く先や、乗っているみんなや、色んな物が、一人の手と、一本の櫓に委ねられていて、子どもが漕いでいる時の表情は、それらを担っている責任感で、誇らしげに輝くのでした。無事に航海を終えた時は、何ともたくましく成長していました。



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2006年07月12日

東京都杉並区 楊英美 2、3日目

今年の4月から、ビオアイランドネットワークという会を立ち上げました。島と島をつないで、島だからこそできる取り組みを提案していくことを目指しています。立ち上げメンバーは5人で、これまで御所浦島で一緒に活動してきた人たちです。

6月25日にはビオアイランドネットワーク第1回シンポジウムを東京で開催しました。スピーチは飯田哲也氏(エネルギーの研究者)、谷口正次氏(資源の専門家)、長嶋俊介氏(島の専門家)、石川直樹氏(冒険家)ら4名が行い、ディスカッション登壇者には実際に島の方が参加してくださり、御所浦島から三宅さん、崎田さん、瀬戸内海白石島からは原田さんが参加して下さいました。

実際にスピーチで話されたこと、ディスカッションで話されたことは、あまりにも多岐に渡り膨大な容量を必要とするので、ここでは省略しますが、シンポジウム開催の初めの目標として考えていた、島のことを、島の人と、島の外の人と、島に関心がある人とが、話をする場を作る、というのが達成できたことに、強い意味を感じました。島の外の人でありながら、島が好きになり、島で起こる問題を自分の問題として考え、何かしたいと思っている方がこんなにいらっしゃったのか、と驚きました。

島の方の話を、生で聞くことで、観念的になり過ぎず、本当に必要とされていることを、島の方と協力してやっていくべきとの思いに至りました。パネラーの長嶋氏がその場でご提案してくださり、第2回目のシンポジウムを、今年の秋に東京池袋で行われる「アイランダー2006」の前夜に開催しようという計画も持ち上がりました。第1回目のシンポジウムにもかかわらず、多くの方が聞きに来てくださり、終了後の懇親会でも引き続き熱い討論が繰り広げられ、内心わくわくしていました。

私は風を起こすことはできても、土になることはできないが、そのどちらもが必要なのだと、常に思っています。今は、シンポジウムの開催を経て、実際に御所浦島で、新しい事業モデルになりうる取り組みができないだろうかと、検討している最中です。

「今週の私」ということから、今週何をやっているかということを、書こうと思います。
先週や来週なら東京にいないところですが、今週は東京で生活しています。先月いっぱいでこれまで務めていた美術館を退職し、フリーター?ということでしょうか・・・。1日のほとんどは事務的な作業をやっています。急遽もらったデザインの仕事もこなしつつ。

島ではありませんが、御所浦と同じ天草市に昨年から住んでいる仲間の加藤笑平君が、「天草在郷美術館」を8月6日にオープンさせるので、DMデザインを請け負ったりしています。美術館といっても個人経営のギャラリー併設アーティストインレジデンスです。加藤君の場合、東京で育ち、フリーターをしながらアーティストとして活動していましたが、昨年秋にIターンして天草市佐伊津町というところに家を借りて、作品制作をしています。そして、家を開放して、美術館とすることで、ご近所の方に気軽に立ち寄ってもらったり、島外のアーティストを招いたり、天草の物産をふるまったりできる場を作ろうと思いたったということです。もうすぐオープン。うまくいくと良いな、と思います。

御所浦で予定している、会議、ワークショップのことについて、島の方にいろいろと相談の電話をしました。私は島の方と世間話をしている時が1番好きです。
※写真はシンポジウム。長嶋氏提供


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2006年07月07日

新潟県新潟市 関田隆弘 4日目

恐るべし、田舎の食文化!

2日目にUDがらみで少し書いた「非常食」に関してもう少し。
新潟大学で出した冊子では、「食」に関して弱者となってしまう
人たちのことを考えた「非常食」のあり方(加工方法など)に
とどまらず、その備蓄・供給のあり方にも言及しています。

「非常食」というのは、他の救援物資(毛布、使い捨てカイロ、
紙オムツなど)と一緒に、ある一定の場所に保管されていて、
それが被災地に運搬される仕組みになっています。
もちろん、そういう体制をとっておくことは大事なのですが、
やはり「食」に関しては、食べれればいいというものではなく、
避難生活が長引けば長引くほど健康面での配慮が必要ですし、
今回のように被災直後に2晩路上や車の中で過ごすようなことに
なると、やはり、家庭や地域での備蓄というものも必要なのだと
指摘しています。

ひるがえって、典型的な田舎の食文化をみてみると、どこの家庭でも
「備蓄」してるんですね。
「保存」です。
米にしろ野菜にしろ、山から採ってくる山菜にしろ、とれる時期があります。
それを加工して、食べられる期間を長くするのは先人の知恵ですね。
干したり、塩漬けにしたり。お米は玄米のままとっておく。
海の幸を山に持って来るには、昔は最初から「保存」の工程が
必要でした。
地震とは違いますが、今年の20年ぶりの豪雪で孤立した集落でも、
冬の備えとして「保存」していたものが、災害時の「備蓄」になったといえます。

それに、田舎に行くと、大きな器に、ど−んとオカズが出てくる。
これは、ある程度つくり置きしておいて、その時食べる分だけを
食卓に出す。さらに、銘々が自分の食べる分だけとりわけていただく、
という文化です。
つくり置いても、食中毒が出たという話は聞いたことがありません。
衛生面に特に気をつかっているようには見えませんが・・・
つまり、適した食材を、適した方法でつくり置いているにほかなりません。

こういった食文化。それに加え、隣近所との日ごろからの付き合い(助け合い)。
これらが中山間地域を襲った未曾有の大災害において、
被害を最小限にとどめた要因のひとつではないかと思います。

都会でもよく、カレーのつくり置きとか、パンの冷凍保存とかしていると
思いますが、あれは解凍する過程で衛生的でないといけません。
田舎の食文化、あなどれません!

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2006年07月06日

新潟県新潟市 関田隆弘 3日目

新潟の食ブランドって??

みなさんは、新潟と聞いてイメージするものって何ですか?
米、水、酒、雪、拉致、地震・・・こんなとこですか。
先日、新潟のリサーチ会社が行ったアンケート結果が発表されました。
青森から福井までの日本海沿岸7県の中で、「住んでみたい県」「行ってみたい県」「その県の魅力(自由回答)」を問うものでした。
住んでみたい、行ってみたいが上位だったのは意外(県庁職員としての本音)だったのですが、もっと驚いたのが、その県の魅力として挙げられたもの。
食に関してはもちろん、おいしいお米だとか海産物といった回答は多かったのですが、
何が驚きかって、他県の結果と比べて決定的だったのが、「固有名詞」が出てこないんです。
お米にしても、せいぜいコシヒカリ。「魚沼コシ」とか出てきません。

新潟に来られたことのある方は思い出してみていただきたいのですが、具体的に「これがおいしい」「あれがお奨め」「どこそこに行ってみるといい」といった話を聞いたことがありますか?
反対に、「だいたい何でもおいしい」「こんなもんしかないけど(特別変わったもんはない)」というリアクションには心当たりがあるのでは?
特に新潟市など、街のほうに来られた方は経験されていると思います。

実は私自身も、県外からお客さんが来られると頭を悩まします。
1泊で来られて、お酒を楽しみながら新潟のうまいものをつまみたい、とか、お酒を買って帰りたい(自分で飲みたい、贈り物にしたい)けど何がお奨めか、など。
お酒というのは好みがあるから奨めにくいという意味なので別として、「食」ですよね。

いや、あるんですよ、新潟固有のもの・全国にあまりないもの。
のっぺい(汁)、わっぱ飯、舞茸、ズワイガニ、甘エビ、ノドグロ焼き、佐渡寒ブリ、鮭の酒びたし、枝豆(黒埼茶豆、弥彦娘)、十全なす浅漬け、ジャンボ油揚げ、カキノモト(菊の花)等々。
同じ食材でも、特定の産地とか、加工している業者さんとか、食べさせてくれるお店とかで、「ココ!」ってのも出てくるわけですが、どうしてあまり知られてないんでしょう?というか、うまく発信されてないんですよね。
口コミとかはあるけれど、大勢に向けて発信されていない。発信されていたとしても、誰に向かって発信してるのか曖昧だから伝わらない。言い換えると「ブランド」になっていないということでしょうか。

新潟県では、農林水産物のブランド化戦略に取り組み始めました。
ですがですが、特に海産物なんか、どれだけおいしいかって想像できます?
海があるからおいしいでしょ?って、そりゃ、海があれば魚くらいいますわ。
日本海の冷たい荒波でもまれて、身がしまる・脂がのる、まあ、それはあります。
実は私たち新潟の人間も、本当においしい地元海産物って、あまり口に入ることがないんですよ。いいものはほとんど築地に送られて、高級料亭とかにまわっちゃうんです。
ブランド化戦略も、簡単に言えば「地元にたくさんお金を落とす(残す)」ための手段なので、要は知名度を上げてお金持ちにたくさん買ってもらおうと。そんなことしてたら、ますます地元にはまわってこないし値段も上がりますから、一生活者、地元グルマーにとってはありがたくないですね。

ということで(どういうことで?)、
新潟の海産物がお目当てであれば、漁師さんがやってる民宿
ごはんがお目当ての場合、農家民宿と銘打っていても、つくったものは全量農協出荷で、買ったお米を出しているようなところもあるようですので、リサーチが必要です。
ホント、おいしいごはんにありつくと、おかずいりませんもの。
ごはんがうますぎて、せっかくのお料理まで手がまわらない(胃袋が追いつかない)なんて、もったいない民宿もありますし。
私も新米を某所から入手すると、ごはんだけで一膳いっちゃいます。

ごはんと言えば私、タマゴごはんが大好きです。あつあつのご飯に生卵と醤油かけていただくやつ。
新潟の小さな温泉宿で、究極のタマゴごはんを食べさせてくれるところもあります。テレビで紹介されたこともありますよ。
我が家には、島根県から、タマゴごはん専用の醤油が届きました。地域の特産として開発したもので、注文してから3か月かかりましたよ。
新潟でどうしてこういうことやらないんでしょうね・・・

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2006年07月05日

新潟県新潟市 関田隆弘 2日目

今日のテーマは「食」とユニバーサルデザインです。

ユニバーサルデザイン(以下「UD」)ってご存じですか?
全ての人にとって使いやすいモノ・サービス・制度などをデザインすること、
というふうによく言われますが、これではバリアフリーと何が違うのか
わかりませんよね?
言葉がある以上何か意味があるハズですが、今のところUDのほうが
広い概念とだけ申し上げておきます。
今回は、「食」をUDで斬ってみることで、UD的な考え方に触れて
いただければと思います。

ここではUDそのものについて詳しくは書きません。
関心のある方はこちらをご笑覧ください。
(私が勉強会をやっていた頃の残骸です。「にいがたUD講」という
ーナーに、私なりの考え方を紹介しています。)

田舎料理って、実はUD的。
旬の素材を使った田舎料理って、カラダにやさしいものですよね。
中には、都会から子どもが来るからとハンバーグやエビフライ、
大人には山の中なのに海のお刺身とか、そういう「おもてなし」
もありますが、田舎料理は元来カラダにいいものです。
というのも、その土地の人たちがつくったり、とってきたりするものは、
安全かどうか、いつが食するに適しているか、保存の工夫など、
その当人たちが一番よく知っているからです。
それに、人間のカラダって、気候の変化と旬の食材とでバランスが
保たれているようなもの。
だったら、そのカラダにやさしいものを食する=健康づくりとして
打ち出しているかというと、あまり見かけませんね。

「うちはやってるぞ!」という声も聞こえてきそうですが、具体的に、
何がどうだから、どんな人にとってやさしい、といった情報を添えていますか?
なんとなく安全・安心志向という人には莫としたもので十分かも
しれませんが、例えば、病気で塩分やカロリーを控えなければいけないとか、
アレルギー体質であるとか、本気でダイエットしてるとか、そういう人にとっては、
具体的な情報が伴わないと動機付けにはならないでしょう。
いろんなところで結構取り組まれているのに、それが、それを必要としている
人たちに届いていないとすれば、それはやっていないと同じことだと思うのです。

きちんと情報を届けるというところに、UD的な意味合いがあります。
情報を届けることで、食事のことを気にして今までお出かけに躊躇していた
人たちが出かけることができるようになるんです。
また、戦後の食料不足を知っている都会暮らしの方々は、
食べきれないほどの量を敬遠する向きもあるといいますから、大盛は善という
発想も考えなおしたほうがよいかもしれませんね。

もう一歩踏み込んで、今度は調理や提供の仕方でもUD。
食材や調理の仕方などで要望があれば対応します、っていうやり方、
結構やっておられると思います。
新潟県のある農家民宿でも、お子様メニューはもちろん、離乳食・流動食、
きざみ食、スプーンを出すなどの対応をしています。
箸を使うのに困難がある人、口に入れる・かむ・のみこむといった動作に
困難がある人への対応です。
ハンディキャップって、何も手足の不自由さだけではないんですよね。
そのへんをわかっていらっしゃる。
このほか、薬効というと法律に触れる可能性もありますが、
気温が高いときには疲れをとるメニュー、サラリーマングループには
ストレス解消のメニューといった工夫もしています。

このように、大掛かりな改修工事をしてバリアフリーでございます、
というだけでなく、今日からでもできる取組がたくさんあるというのがわかります。
もちろん、その情報を発信するということが前提ですが、田舎の奥ゆかしさ(?)
でしょうか、やってるのに、やりますよって言わないんですよ。
やってますって言ってくれるだけで助かる人がたくさんいるということ、
わかってもらえたらなって思います。

UDの世界でも、東京も「食」をテーマにしたシンポジウムが開かれるような
時代になってきましたが、まだまだ、食器やパッケージの工夫といった、
見た目の障害への対応に終始するようなきらいがあります。
観光面ではUD的な発想がどんどん入っていく傾向にありますから、
グリーン・ツーリズムに代表される農業サイドからの取組がとりこまれていけば、
「食」に関してももっと広がっていくものと期待しています。

あっ、そうだ、もう1コ。非常時のUDについて。
新潟も大きな地震を経験して、「非常食」がやさしくないということに
気がつきました。
パッケージにしても中味にしても、決して物理的に食べやすいものではないです。
これに着目して、新潟大学が研究レポートをまとめたり、商品開発する
企業が出てきたりと、取組が進んでいます。

このように、できる人ができる範囲のこと、どんなにちっちゃくてもいいから
積み重ねていくことで、「より多くの人が自ら選択して行動できる」世の中
になっていくと信じています。

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2006年06月25日

静岡県 静岡市 新村誠章 6.7日目

6日目

午前は、作成し切れなかった資料の作成、その後、資料を携え会議へ。
午後は、中高生の勉強を見たのち、午前の会議の結果を資料に落とし込み、先の中高生たちと清水の集まりへ。夜は知人と居酒屋へ行きました。

7日目

午前は、しんこう役の勉強会へ出席。
午後は、昨日の会議資料の送付等し、バイトへ。終了後、会議参加者とメールや電話で打ち合わせ。


最終日を迎えました。
今週は、ブログ担当となっていたので、それに耐え得る1週間をと考えていました。しかしいざ迎えてみると“何で今週だったのだろう・・・”と思ってしまうような1週間でした。

週末にかなりのウエートを占めた会議ですが、これは、児童・生徒を参加者として、夏に行うイベントの準備会議です。
私は、そのスタッフのまとめ役をさせていただいてます。
そちらの方は、中心になっていたもう一人のまとめ役の代役として会議を準備し、行った形でしたので、ばたばたしてしまいました。
しかし、補助に入ってもらう総務や、イベント内の各企画の担当も決まり、ようやく落ち着いて全体を俯瞰できそうです。

また、自分で何かをすると、気づきが得られます。

今回の気づきは、何事もヒト(相手)あってのものということでした。
本日の勉強会で教えられたことが、参加者から学ぶということだったのですが、先日受講した、ファシリテーター養成講座でも、ヒト(相手)の気持ちを大切にすることの重要性を学びました。

当然の事といえばその通りなのですが、どんなアクションも何かしらヒト(相手)と関わらないことには出来ないように感じます。また、関わっていくヒトというのは、道理よりも感情に左右されるものだと聞きます。
これら2つの前提があるのであれば、やはり、ヒト(相手)を尊重し、行うことが、物事をなしていく上で重要なのだろうなぁと感じます。

まだまだ、自分の感情を優先してしまいますが、少しずつ変わっていき、何事か成し遂げたいと決意を述べさせて頂き、結びとさせていただきます。

1週間、ありがとうございました。

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2006年06月23日

静岡県 静岡市 新村誠章 5日目

1日休むと、気分はプチ浦島太郎です。
金曜日という感覚が無いです。
写真は、研究室から見える風景です。

5日目です。

 今日は、会議前の打ち合わせのための資料作成、それを使っての打ち合わせ、縁農隊の援農チームの話し合い、授業、読書、色々連絡、縁農隊の学習会チームの反省会、をして家に帰り、食事、風呂、連絡をして今に至ります。

 縁農隊は、活動が増え、その活動の形が落ち着き、次の工夫による過渡期のようです。
 僕自身は第一線を退いており、後輩たちが頑張ってくれています。

 自分の数年前を振り返ると(非常に恥ずかしく思うのですが)、そのときの自分と今の後輩たちを比べると、今の後輩たちはとても頼もしく思います。

 不定期な活動に、コンスタントに、十分な参加を得るというのが、各活動の共通した課題です。
 活動するチームが増えたこと、各チームの活動頻度が増えたことが間接的な原因とはなっています。しかし、それぞれの活動の意義や魅力を再確認して、それを発信してくれること、そして、隊の新たな姿を形を創ってくれることを楽しみにしつつ、できるフォローをしていきたいです。


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2006年06月22日

静岡県 静岡市 新村誠章 3・4日目

3日目でした。

 水曜日は、体調を崩し1日寝ていました。
ゼミ2つを欠席、資料作成を放置。
せっかく、ゼミで書く内容を貰えそうだったのに残念です。

 ちなみに私は、大学院の1年までは環境微生物学研究室に、2年次から現在所属している森林共生科学研究室に在籍しています。
前の研究室のゼミにも聴講させていただいているので、週に2つのゼミがあります。

 昔の研究室では、農薬分解菌を用いて、合成有機物(農薬)分解遺伝子の個体間伝達(水平伝達)をテーマに研究していました。
 現在の研究室では、林業と農業、2つのチームがあり、その内の農業をテーマとするチームに所属しています。

 農業を扱うに至った経緯としては、先に説明しました縁農隊で、農業と関わってきていたこと、また、その目標で、理想とする“農”の形を・・・と謳いましたが、僕自身の理想とする形を探求するのに時間をもって取り組めたらと考えていたためです。
 実際のところ、まだまだ形にはできていません。
これまでの農の問題点は多くの文献で指摘されています。ですので、成功例を拾い集めて何かまとめられないかと考えてもいるのですが、良い事例はないものでしょうか・・・。



4日目

 授業に出席し、昼から社会に出ている友人と食事をとり意見交換、バイトをすませ、ブログをアップしようとしましたが、上手くログインできなかったので諦めて、寝てしまいました。
実際にアップしているのは、5日目の夕方です。
すみません。
サッカーは見てません、あしからず。

 授業は、木質バイオマスに関するものを受けました。
木質バイオマスは、地球上に大量に存在する、うまく使えば持続・再生可能な資源という事です。
 昔は薪炭材や建材などとして広く使われていましたが今は・・・しかし、木材に含まれるセルロースを利用する試みや、それらの機能を向上させる試みは長いことなされているようです。

 友達とは、先日参加したファシリテーター講座の今後の話や、お互いに、こう言うものがあれば静岡は楽しくなるといった、話をしました。
 互いを説得するにたる熱意が必要と言う結論で終わってしまったような気もしますが・・・。


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2006年05月27日

岩手県岩泉町 モーとんふぁみりー 穴田佐和子 6日目

暖かい日が続きます。

先日はついに32度を記録。今年1番の暑さとなりました。
しかし、翌日の朝には4度に逆戻り。
体調管理が難しい気温差です。

岩泉は今の時期1回ものすごく気温が上がります。
県内でも最高気温が何日も続く事もあります。




そして梅雨が来るとまた一気に寒さがやってくるのです。

東京のむしむしした梅雨と違って涼しく過ごしやすいのですが、まだまだ
ストーブがしまえません。
夏には夏で海から湿った空気がやって来る、ヤマセという霧が発生します。

この霧がまた幻想的な風景を作り出します。


我が家は、広大な面積の岩泉町の中でも端の方の山間部にあります。
だいたい町の中心商店街から車で30分。仕事場の工房までは車で約
15分。ちょっとした買出しや、病院、大きな本屋さんには一山越えて約
1時間かけて隣の宮古市まで出かけます。

どこに行くにも森林浴。

山々の木漏れ日の中のドライブはなかなかいいものです。

家は大体小川に沿って建っています。
道もずっと川のそばを走ります。
アユや岩魚、山女など渓流にはたくさんの魚が泳いでいます。






月に何回か、子供を持つお母さん達が集まって岩泉の雑穀を使った料理
教室をやっています。
つぶつぶな雑穀を使った料理なので、つぶ研。

これまたIターンの、東京から来た女性が中心になってやっています。

雑穀は岩泉では昔から食べられていた食材。
昔貧しかったこの地域の人たちは痩せた土地でも簡単に栽培のできる、アワ
やひえ、きび、高きびなどを作り常食してきました。
山に生えるどんぐりや栃の実なども上手に利用してきました。



それから町には電気が通り、道が舗装され、車が入りだんだんとよそから
物が入ってくるようになると自休自足的な暮らしをしていた人達も生活のス
タイルを変えるようになり、同時に食生活も変わってくるようになりました。

今、雑穀などのヘルシーな食材が注目をあびてきていますがまだまだおじ
いやん、おばあやんの世代の雑穀のイメージは雑穀=貧しさという意識が
あります。自分は好きなんだけれども雑穀を栽培している事は知られたく
ない。そう言う方もいます。

東京で雑穀の料理講習を受けてきた彼女の作るあわやひえなどの料理・
おやつはそういう昔ながらの食べ方とはまた違ったイメージ。
どちらかというとおしゃれなカフェなんかで出されてもおかしくないような
美味しくヘルシーな新しい雑穀のイメージなのです。

ご飯などに混ぜ込んだり昔ながらの食べ方も好きですが、岩泉に住む若
い女性から広がりつつある、この岩泉に豊富にある食材を使った新しい
流れが今1つの形になりつつあって楽しみです。




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2006年05月14日

新潟県岩船郡朝日村 鈴木信之 7日目

最終日となりました。今日はどぶろく用の酒米高嶺錦の田植えをしました、田植えは30分くらいで終わりましたが、去年まで減反していた田んぼのためクロ付けや排水の整備非常に大変でした、一度荒らした農地はなかなか元に戻すのは大変なことを感じました、しかし、この中山間地では、これからじわじわと耕作されない田んぼが増えてくるようです。
田んぼの仕事は大変でしたが精神的には非常に解放されます、それより、言うことの聞かない、パソコンの前での仕事は精神的に本当に疲れますね。(よくわからないもので)
最後になりましたが、フロンティアクラブについてのお話しで締めたいと思います。
平成8年6月に、高根を愛する仲間が集い、楽しく暮らせる高根を作ろうということで、30代〜50代の40数名が集まって作った団体です。集落を知ろうから始まり、遊休農地の開墾、ひまわり畑の整備、イベント開催を重ねながら他地域との交流をし、ワークショップの開催、研修会、講演会の開催などを繰り返し廃校の利用計画をし、実際の食堂を開店し、それに伴いどぶろくの製造を開始しました。あれこれ、事業を展開させてきましたが、早10年が経ちました。今までの事業を振り返り今後の方向性を見直す時期でもあります。記念誌作りも予定してます。この情熱を長〜く持ち続け、地道に継続してゆく事業、また新たなことにも挑戦してゆきたいと思います。是非、高根の遊びに来て下さい。学校の校庭につくった石窯でピザを焼いて、一緒に乾杯しましょう。
一週間誤字脱字とひどい文章にお付き合いくださいましたありがとうございました。

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2006年05月13日

新潟県岩船郡朝日村 鈴木信之 5,6日目

昨日はフロンティアクラブ総会でその後懇親会でおそくなりお休みしました。
おとといはIRORI会議の勢いでわがパートナーにIRORI報告をしてもらいました。(送信の関係で今日になったみたいです。)
今日は親戚の結婚式で朝7時にでかけ帰ってきてフロンティアのことを記書きましたが、送信がうまくいかずどこかに消えてしまいがっくりきて今日は気力がわきませんのでこれにて終わります。
鈴木


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2006年05月10日

新潟県 鈴木信之 3日目

どぶろく仕込みを終えて家に帰ってきたばかりなので新鮮な話の方がいいと思いまして、3日目フロンティアクラブの10年にしようと思いましたが、予定変更でどぶろくの話にします。
昨年の3月に朝日村が構造改革特区の認定を受け、どぶろく製造ができるようになりました。今までであれば6キロリットル以上生産しなければ酒製造免許が取れなかったわけでいたが、特区認定により瓶1個でも製造免許が取れるようになったわけです。
 ただそれには2つの要件があり、食堂又は宿泊施設を経営してなければいけないことと、農業を経営してなければいけないということでした、その要件に私がちょうど当てはまり製造免許申請をしました、大そうな書類を付け税務署に5月に申請し何回かの聞き取りをされ製造免許を与えるにふさわしいか(?)審査され8月11日免許をもらうことができました。まじめな生活していることが証明されたようです。
そして、第1回目の仕込みが10月26日に行われました、そして繰り返すこと今日の仕込みで22回行いました。
仕込み手順は、水22gに麹が7.6kg、乳酸20ml、酵母アンプル1本をいれたタンクに、きれいに磨いだ米12kgを蒸して、それを30℃まで冷まして仕込みます仕込温度が21℃、次の日には15℃くらいになりその温度を保ちながら10日〜14日間管理します、それで出来上がりです。
22回の中では温度がうまく上がらなく酢ぱっ味が少し強いどぶろくもありましたが、現在まで一滴のどぶろくもあますところなく販売しました。
わたしのどぶろくを一度飲みにいらしてください。
最後に、どぶろくのエピソードひとつ話して今日の報告を終わります。
2,3年前私の祖母(91歳)が昔ながらの作り方で、内緒でどぶろくを作ったらしいそれをペットボトルにいれて軽くふたをしておいたのに、母はどぶろくのことをよく知らずきつくふたをして冷蔵庫にしまって置いたらしい。
 祖母が夜中に少し眠れないので、そのどぶろくを飲もうとし、ふたを開けたら天井までどぶろくが吹き上げ全身どぶろくだらけになり、こっそりと着替え何もなかったように片付けておいたが、しばらくした天井にしみが現れそのことが判明した。
どぶろくを、飲むときは充分気をつけましょう。
鈴木


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2006年04月16日

群馬県桐生市 深澤明男 7日目

最終日でーす。

私が担当する、『今週の私』も7日目、最終日となりました。

今日まで、ご覧いただきありがとうございました。

特に桐生市黒保根町について、お知らせしてきましたが、

今日は、お伝えできなかった部分を最後にお知らせします。

写真は、『柏山のしだれ桜』という巨木です。今日、満開になりました。

群馬県でも、10本の指に入る桜の名所です。この時期、沿道にカメラマンが埋め尽くし

にぎやかになります。

※注意:この桜は私有地にあるので、敷地等に入らないで、
 少し離れて撮影してくださいね


亀石でーす。

イボ石に続き亀石です。

医光寺の七不思議と言われている亀石は、
田沢川をはさんで男亀と女亀が向かい合う
夫婦亀石です。

地元の名物になっています。

桐生市観光ガイドブックの英訳には、
亀石= Kame Rock
イボ石=Ibo Rock
と訳され、趣があります・・・(私だけ・・・)


ささら舞といいます。

先ほども、触れた医光寺境内で毎年9月に行われる
『ささら舞:獅子舞』です。

涌丸地区の子供達が、おおきな獅子頭を自由に操る、
風景は、これもまた、趣があります。


地元の特産品、マイタケ。

この舞茸は、黒保根町のきのこセンター
で、育てられている高級舞茸『上州舞茸』です。

香りが良く、歯ごたえ、味ともにすばらしい舞茸でーす。

このパッケージを見ることがあったら、是非一度
手にとってみてください。




最後に・・・。

最後に、桐生市黒保根町の将来について話したいと思います。
『2007年問題』という言葉を聞いたことがあるかと思います。要するに、団塊の世代が大量退職する現象を総称してこう呼んでいるようです。問題とは、熟練された技術が後継者に技術継承されていないことや、就労人口構造の変化による社会風土に与える影響等が心配されています。

この問題を、逆手にとって、全国の市町村、または県をあげてふるさと回帰事業として『Iターン、jターン、Uターン』を進める政策が展開されています。

桐生市黒保根町も、田舎暮らしを求める団塊の世代の方々が、豊かに暮らせるよう、環境整備を進めているところです。環境整備とは、わたらせ渓谷鐵道の存続をはじめとする、公共交通の充実や、地域情報化(ブロードバンド、携帯電話)の推進等です。
都会で便利な生活をしていた人が、黒保根町のような田舎で、いかに豊かに生活できるか、どうすれば『真の豊かさ』を提供できるかが、これからの課題です。

〜黒保根町の各地域が持つすばらしいコミュニティーを壊すことなく、移住者と共に地域資源を守り、発展させていく〜こんな姿を夢見ています。

今回の、ブログでは、黒保根町の紹介を中心に報告してきましたが、興味を持った方は、是非、一度、訪ねてきてください。

一週間ありがとうございました。

写真は、脱サラして、黒保根町の良質な水を使って作った『赤城豆腐:すみれ屋』さんの商品です。ミョウガとショウガと七味をのせたら、日本酒がすすんじゃいます。
歯ごたえと、国産大豆のうまみぎっしりの豆腐です。

ps:
植村 春香さんにバトンタッチします。おもしろい情報まってます。がんばってください。


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2006年04月14日

桐生市黒保根町 深澤明男 5日目

5日目でーす。

今日は、昨日に続き、水力発電所の復旧作業に、あたりました。
無事に運転再開です。

午後は、水稲生産実施計画書及び水田農業構造改革交付金(産地づくり対策)等営農計画書(兼助成金申請書)兼水稲共済細目書の異動申告票についての説明会のため、午後は前橋市まで出張でした。お題が長いですよね。農業政策は、初めてなので、チンプンカンプンでしたが、なんとなく理解して帰ってきました。これから復習です。

公務員は課が変わると、転職したように業務内容がかわるので、大変なこともありますが、刺激があって、おもしろい部分もあります。

特に、水稲関係は、実家でもしていないので、すべてが新鮮で、まー、頭のなかが、空っぽなだけに、興味深く取り組めそうです。

写真は、昨年の黒保根町水沼(上野地区)の田植えの様子です。毎年、一番早く、田植えをする方が決まっていて、今年あたり、誰かがぬけがけしないかなー、なんて思ってます。



今日は、出張してしまったので、取りだめしていた写真を紹介しちゃいます。

この写真、なんだと思いますか。

そうです、石です。でも、ただの石ではありません。
昔から、『変な石』として、地元(上田沢地区)で大切にされてきました。それは、イボイボがあって、ちょっと気持ち悪い石なんです。地元の人は『触れるとイボががとれる:いぼ石』として、信仰してきましたが、専門家に見てもらったところ、全国的にもめずらしい、海洋性プランクトンの一種で放散虫ノジュール化石であることが判明しました。

天然記念物に指定されるかも?!
さわれるのは、今のうちです!
イボでお悩みの方は、どうぞ!


あじさいです。

かわいらしいでしょう。
これも、あじさいです。
黒保根町には、さくら街道とあじさい街道とよばれる地域があって、既設には沿道に花が咲き乱れます。
あじさいは、合併前の旧黒保根村の花だったため、住民が愛する花の一つです。
また、奥さんの名前をとって『ミセスクミコ』という品種のあじさいをつくり、品評会でグランプリを獲得し、世界的に有名な園芸家になった坂本正次さんは、旧黒保根村で、第一号の村民栄誉賞を受賞しています。

黒保根のひとは、花をとっても大事にしています。年々、品種も数も増えているような気がします。


くろほね夏まつり

住民が主体で開催する夏祭りです。

毎年、8月15日と16日の2日間開催します。

八木節の競演大会がメインで、遠方から音頭取りが参加し、音頭取りの間では、有名で、格式ある八木節大会です。

昼間は、ちびっ子対象のますのつかみ取りなど各種イベント、クライマックスは、16日の八木節大会の表彰式前に行われtる、大花火大会もあります。

場所は、わたらせ渓谷鐵道水沼駅から徒歩1分の、水沼運動公園で開催されます。

今年の夏は、浴衣を着て、是非、遊びに来てください。


「はっけよーい。のこった!のこった!」

これは、宿廻、城地区の諏訪神社境内で毎年8月末に行われる、奉納相撲の様子です。

私も、この城(じょう)地区の出身でしたので、子供の頃参加していました。

勝つと、お菓子や学習用品がもらえて、毎年楽しみでした。

特に、5人連続して勝ち続けると、カルピス1本もらえるのが、最高の喜びで、夏休み最後のイベントだったので、今でも良い思い出になっています。

あー 懐かしい・・・・・・・。童心を忘れてはいかんなー。

カルピス1本のの賞品の伝統は、継承されているかなー。


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2006年03月19日

岩手県住田町 佐々木 康行 六日目

今日は岩手大学農学部の三宅研究室の皆さんと今年度の取り組みに関しての検討会をしてきました。

検討会の前に少々時間があったのでWBCの日本vs韓国の試合をテレビ観戦。

「あぁ〜もうちょっとで!」というところで日本がアウトになり点が入らない・・・
そんな野球観戦している間にメンバーがぞろぞろとそろいはじめる。

試合に心残りはあるが今日は今年の活動の検討会をしにわざわざ岩手大学に来たわけで・・・。

そんなこんなでテレビを消してまじめに検討会。

検討会は2時間ぐらいの予定が3時間をこえる検討会となり最終的に今年は春夏秋冬それぞれの季節に一回のペースで活動をすることになる。

検討会を終えて校舎から出てみると外はめちゃめちゃ寒い!

午前中は日当たりも良く気温も高めだったのですが・・・

寒暖の差が激しいですね〜。びっくりしました。


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2006年03月14日

岩手県住田町 佐々木 康行 二日目

みなさんこんにちわっ住田町G・Tテグムの会の佐々木康行です。

今日の住田町は雪景色です。全国的にも今日は寒いみたいですね〜。




本日の私は朝から隣町の陸前高田市のハローワークに行ってきました。

えっ?ハローワーク・・・なにゆえに?(*_*)

もちろん職を探すためです。日中はアジトの管理で働けず、収入も得られないので、夕方からのパートorアルバイトを探していました。




そんな求職活動の帰り道にちょいとバレンタインデーのお返しを購入してきました。

先月の14日にアジトで小中学生6人に手づくりチョコレートをもらったのでそのお返しに購入したわけです。




そりゃ貰ったときにゃ超⇒嬉しかったんですが・・・ホワイトデーのお返しの出費を考えるとなんとも微妙な心持です。(^。^;)

まあっ本当は買わずに画像のような手づくりアクセサリーでも作ってお返ししようかなとも考えたのですが、時間がなかったのでやめました。

う〜ん、次回はなんか手づくりでお返ししたいですね〜。


話は変わりますが、今日は中学校の卒業式のようです。うちのホームページの特派員がちょろっと写真を撮ってきてくれました。

卒業式か〜っ

もうあとなにかで卒業することってないんだろうな〜( ̄ェ ̄ )

まあ別な意味で卒業するとしたらニート的なこの現状からでしょうか(笑)

さて、現状を打破するためにこれから履歴書書くぞっ!!o(^-^)o


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2006年03月12日

東京都墨田区 川上 香 7日目

お休みの私

前から鶏の声が気になってはいたのです。
まさか、こんな家のそばにあろうとは!徒歩5分の坂の上に鶏舎を発見。
うみたて卵の文字。


入っていくと、農家の入口の雰囲気。お野菜もあります。優しそうでてきぱきしたお母さんに「卵わけてもらえます?」というと、びっくりされたようで「初めてー?」と聞かれました。常連になります・・。
「うちはね、えさが違うのよ。甘いっていわれるよ。にんじんやね、さといもも甘いんだって。うちのしか食べたことが無いから、私にはわかんないだけど。」
「鶏ふんが畑にいきとどいているからねえ。」

迷わず卵とにんじんを購入。



卵は16個も入ってました。450円。さくら卵っていうそうです。にんじんも掘りたててです。


にんじんのきんぴらにしました。
甘かったです。



食べることが中心な今週の私でした。
7日間ありがとうございました。


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2006年03月11日

東京都墨田区 川上 香 6日目

年度末の私

東京地方は暖かく、春らしい日ですが、仕事があふれていて出勤しています。お昼休みです。
皆様も年度末は何かとお忙しいことでしょう。桜はあきらめていますが、ゴールデンウィークまでには何とか連休をとって山か島に行きたいものです。
博物館というと、どうも暇なイメージがあるようなのですが、相当忙しい職場だと思います。常設展示は「いつ行っても同じ」と言われる方もいらっしゃいますが、月に3000点くらいは資料をかえています。資料保護が博物館の使命ですので。
私は展示から離れてしまっているのですが、新規採用が無い昨今、50歳であのケースを開けるのはつらいとか、中腰で展示をしていて、ぎっくり腰予備軍となってしまったなど、皆でよく笑い話(でも現実)をしています。
今年度にいたっては皆でそんな話ができる機会もへりました。職員がどーんと減ってしまったので。指定管理者制度も来年度から始まります。


まあ、そんなことばかり言っていても仕方がないので、へとへとになりながらも、何とかやっております。お互い忙しいけど、相談すると応えてくれる仲間がいるのが、うちのいいところですね。

博物館の入口、冬桜がきれいです。


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2006年02月07日

埼玉県羽生市(加須市) 雨読晴耕村舎(糧工房) 後藤雅浩 2日目

コメントありがとうございます。
(明治時代は何をしていたところでしょう?)
このあたりの大地主だったようです。当時の"地主”というのが
地域の中でどうゆう役割をしていたか、これは面白いテーマかも
しれません。小作人たちのつくった米を集め米相場をヨミながら
売るという商社のような機能もあったようです。近所の古老に聞くと
「ここんちに奉公することは近在の若い衆のあこがれだった」とも。
会社のような機能もあったんでしょうか。いろいろな文化人が滞在
した、という記録もあるようです。地域の文化や教育的な役割も
担っていたかもしれません。
それも今は昔。「ここんちの若い人は小作人をやっている」と老人
達は可笑しそうに話しています。

「モンキー」とポーズしているのはその小作人のこせがれです。




(天然酵母のパンが・・・・)
糧工房の天然酵母のパンは地元の青年(平川君)が焼いてくれています。
おいしい、という評判でたくさんのお客さんが来てくださるようになりました。
先日は地域の中学生が総合学習で平川君指導のもと素晴らしいパンを焼いて
いました。開店して半年しかたっていないのになんという幸せな日々でしょう!
農閑期の今、僕も新商品の開発のためパンとクッキーを少々焼いています。
のりのりさんも遊びにいらしてくださいね!

右は今のレンゲの状況です。根っこを掘ってみると空気中の窒素分を貯めはじ
めているのか根瘤が出来ています。




(計算とかデザインとかを超えて・・・・)
田園での環境と向き合うとき都市で言われるデザインよりかなりお腹にずっしり
くるところでの勝負になるように感じています。
右一番上の写真は今の私の田んぼの状況です。
藁の霜よけの下にレンゲとスズメノテッポウ
、菜の花などが冬場のふりそそぐ太陽光線を利用しています。
右に5月の蜂の箱を置く頃の写真も入れてみます。田園の風景は詩的で美しくドラマ
チィックに変っていくだけでなく生産や生活という意味を細部にわたってもってい
ます。
田んぼから米だけでなく、蜂蜜が採れるなんてなんて素晴らしいことでしょう!

右の写真の右のほうに見えている背の高い草はパン用のライ麦です。


なんだかこうして3ヶ月後の田んぼの状況を見ると
うきうきしてきます。

今日は明日の早朝焼くパンの仕込みをしました。
1次発酵はだいたい12時間。4時ごろ糧工房に
行き、成型、2次発酵。夕方焼くパンの仕込み。
そして焼成。そのパンをもって家に帰り朝食です。


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2006年01月31日

鹿児島県霧島市 千葉しのぶ 2日目

今日の事

今日は九州農政局鹿児島事務所の「食育に関する意見交換会」が鹿児島県民交流センターで行なわれるので、10時半に家を出、車で鹿児島市内に向かいました。

距離で約50キロ、時間で1時間20分くらいです。桜島を左手に見ながらの海岸沿いの道は、渋滞もなくスムーズに進みました。今日は朝からとても暖かく、気温18度、薄めのカットソーとジャケットで充分です。

昼食は会場近くの野菜料理を小皿で色々と美味しく出してくれるカフェを・・・と思っていたのですが、あいにく予約でいっぱいで、以前から少し気になっていた近くのお店に行って来ました。洋風家庭料理「福助」というちょっと古風な名前のお店ですが、何となく面白そうなのです。

「黒米ドリア」セットをお願いし、本を読みながら待っていると炊いた黒米の上にエビ入りのクリームソースがかかったドリアが出てきました。ちょっと量が多かったけどなかなか美味しいでした。写真は通りと外観。城山の麓、鹿児島近代文学館の近くです。


1時30分から会は始まりました。
講師による1時間の講演は、「こんな話しをずーっときいていたら食育って難しいものなんだ、と思うんじゃないか」と感じるくらい、えらく堅苦しく感じました。私だけかも知れませんが。

休憩を挟んで事例発表。10分と言われたので、先月の第二回「霧島・食の文化祭」の事だけ、まとめてパワーポイントで報告。外の活動は添付資料で。10分でおさまらず、ずいぶんオーバー。あと学校給食からと、米の流通会社。参加者は30名くらい。もっと多いと思っていたのだが、事前に主催者が呼んだメンバーのみで、広報はせず、一般の参加者はいないこのこと。

意見交換の時間、「何か質問は?」と司会者に促されても、しばらく出ず。皆さん何の為に来てるんでしょうかね。その後もボツボツは出たけど、質問らしい質問はアトピーのお子さんを持つ親御さんの会のメンバーの「給食への対応」の1件のみ。あとは、「ちょっとなぁ」と言う内容で低調。


第二回「霧島・食の文化祭」

私たちの活動の1年の総決算という感じで、昨年12月18日、第二回「霧島・食の文化祭」を開催しました。

役場からの助成とかは一切なし。実行委員会は約半年、月1回のペースで。基本的に自分がやる活動を自分で決めたり、相談して決めた後はそれぞれのペースで準備するので、2ヶ月前まではめちゃくちゃ忙しいと言うのではないのですが、それ以降は招待状やポスターの配布、家庭料理の募集やたくさんの決め事、いよいよと言う感じになります。

仕事や家事の後の作業は2時3時・・・。と言う日もあります。まぁ2年目でしたので昨年よりはましでしたが。

この取り組みの様子が、増刊現代農業最新号に掲載されています。

写真はスタッフ最年長のTさんが「昭和18年と38年」のふたつの霧島の師走の食について子ども達にお話している様子。輝く79歳です!!


地域に根ざした食育コンクール2005で

今回のコンクールで優良賞をいただいたと言う記事が、地元の南日本新聞に掲載されました。鹿児島県で初の受賞です。スタッフの集合写真ではなく、取材当日の「霧島たべもの伝承塾」で作った「横川げたんは」と言うお菓子がメインの写真でした。

げたんはを中心にぼやけた感じで受講者が写っています。

この写真は当日私が撮影したものです。

これから献立作成の仕事が残っています。今日はこの辺で。


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2006年01月29日

東京都中央区 高安和夫 4日目 『玄米を食べる会』

玄米を食べる会

皆さん、こんにちは!
高安です。今日でこのコーナーの担当も最終日です。

 今日は、28日(土)に開催した「第二回、玄米を食べる会」をご紹介します。
前回と同じで表参道の有限会社フィッシュグローヴさんでの開催でした。
 1枚目の写真、後列左がフィッシュグローブ代表取締役の織田匡一さんです。織田さんはIT系のお仕事をしています。私とはやまけん(山本謙治さん)の就農塾の仲間です。就農塾のWebの管理は織田さんがしています。シャッター係のため写真に写りませんが、田舎時間の中山セイキさんもいます。
 (セイキさん、写真紹介できなくてゴメン! 彼も男前です。)

 織田さんたちとは「野菜大学」を結成し、美味しいお米や野菜、その料理方法を皆で研究していこうということになりました。最初の企画がこの「玄米を食べる会です。」




4種類の玄米食べ比べ! どれが一番美味しいでしょうか?</>b>

 今回は、玄米を@IH炊飯器、A土鍋、Bカムカム鍋の3通りの方法で炊いて食べ比べをしました。
 また、発芽玄米との比較という事で、CIH炊飯器で発芽玄米も炊きました。

 お米は、写真の山形県産のコシヒカリで炊き比べをしました。JAS有機認証の有機栽培米です。
 前回は、アグリクリエイトの無農薬米を食べ比べましたが、今回はナチュラルハウスさんで購入しました。
 また、発芽玄米は、就農塾の仲間、秋田県で米作りをしている伊藤裕樹さんこと、ひろっきぃの自信作、温泉発芽玄米を食べました。このお米は地元の温泉を利用した発芽玄米で、かなり人気のお米です。しかも超レアです!




食べ比べの結果は・・・?

 まず始めに、IH炊飯器で炊いた発芽玄米を食べました。驚くなかれ最新のナショナルIH炊飯器には、発芽玄米というモードも付いています。香ばしくて、硬さもちょうど良く美味しく炊けていました。さすが、人気のひろっきぃの温泉発芽玄米です>。◎です! 
 次に、土鍋で炊いた有機米を食べました。今回は2時間半、玄米と同量の水に浸して、天然塩を少し入れて炊きました。担当の石坂さんも前回の教訓を活かし、今回は自信があるといっていた通り、こちらも美味しく炊けています。ただ、ほんの少しぬかの臭いがするかな?硬さも、前回よりはやわらかく、噛みしめると、発芽玄米より甘みが出る感じです。 ○です。

 そして、3番目が、カムカム鍋&圧力鍋です。みなさんカムカム鍋はご存知ですか?これは、オーサワジャパンさん自信の商品で、圧力鍋の中に、このカムカム鍋をいれてご飯を炊くと美味しく炊けるというお鍋です。さらに、カムカム鍋&圧力鍋の場合、玄米を長時間水に浸さなくとも、すぐに炊飯出きるのでとても便利です。炊き上がりの味はというと、歯ごたえがある中にも、お米はふっくらで美味しく炊けていました。こちらも○です。






 そして、いよいよ最後は、IH炊飯器で炊いた玄米です。こちらも浸し時間はとらず、すぐに炊飯に入りました。ただし、炊き上がりまで約2時間かかります。
そして、食べてみると「やわらかく、それていてベトッとしてない。香りも良く、おいしい〜!」
 歯ごたえのある玄米を三種類食べた後なので、このやわらかさには安心しました。思わず、もう一杯! これは◎です。さすがナショナルIHです。

 全体の意見として、IH炊飯器で炊いた玄米が一番人気でした。ただし、今回はどれも甲乙付けがたく美味しく炊けました。みなさん、有難うございました




料理も玄米との相性は最高でした!

 料理を担当してくれたのは、3人の美女たちです。
きんぴらゴボウ、大根の葉と昆布とシイタケの和え物、ニンジンと大根の胡麻和え、大根とニンジンのサラダ、デザートはキューイフルーツでした。

『玄米を食べる会』は、来月も企画します。

よろしければ皆さんもご参加ください!!

 1週間、お付き合い有難うございました。
 では、またお会いしましょう!!



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2006年01月03日

東京都三鷹市 朝田くに子 1日目 犬&戌

あけまして おめでとうございます
まずは遅ればせながら、実家近くの叔父の家のピレネー犬ハナでご挨拶です。

今朝の日経新聞には、小学生以下の子供の数と同数の犬が日本では飼われているとありました。1匹にかかる費用は年間12万円だとか。年賀状にもかわいいワンコの写真やイラストがたくさんありました。

戌年というのは犬のことではなく、方位のことだと何某有名占い師のおばさまがテレビでおっしゃっておりました。人々が暦を覚えやすくするために、身近な動物を割り当てたようで、具体的で身近なイメージゆえに十二支が残っているんですね。因みに来年の干支「亥」は中国では豚で表現されるそうです。十二支はもちろん、十二ヶ月、十二時間と十二は大切な数字。

実は元旦から風邪で高熱でダウン。久々に頭の中が空っぽになって、かえってリフレッシュできたような気がします。まずは12の最初の月にあるLJ最大のイベント「ニッポン食育フェア」の風土倶楽部とワークショップの運営を成功させたいと思います。

今年もよろしくお願いします!



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2005年12月26日

熊本県菊池市 武藤計臣 七日目

25日(日)の日記

ここのところの悪天候?で どうしようかと思っていたお正月前
の餅つきを今日は予定通りに行う事にしました。
広場もまぁ、なんとか一部雪が残ってはいるものの、大部分が
融けてくれたし天気も良いということで朝から準備に大忙し
です。 なにしろ、古式ゆたかな餅つきで、もう何十年も昔
の道具を使っての事ですから効率といった点から言えばあまり
良いとは言えません。 でも人が大勢集まり、餅を搗くには
やはり、この方法が一番、ピッタリときますよね。
そこには効率だけでは得られない人と人とが集まる楽しさ、
ふれあう嬉しさなど昔からそうやって生きて来た人類の根源の
様なもの、言い換えれば“和の精神”みたいなものがあるの
かも知れませんね。



ちょうど、今わが村にはイスラエルの家族とオランダの青年
が滞在中ですので古い?日本の食文化を見せてあげるには絶好
の機会でもあった訳です。
彼たちが母国に帰り、今日見たこと聞いたことをどう、伝える
のか? ちょっと興味深いところでもあるのですが。
いずれにせよ生活様式も食文化も違う者同士が互いに理解を
深め合うということは“狭い世界になってしまった”現在、
とても大切なことなんでしょうね。

とりとめのない事を書いてしまいましたが、人が集まる所には
やはり、美味しいものがあれば理想的ですね。 と言う訳で今日
はお餅の他にアツアツのおでんとバーべキューを用意致しました。
みなさん、美味しかったかな? ありがとう、ご苦労さまでした。





ここでイスラエルの文化を紹介します。と言いたいところなのですが
詳しい事は時間が無くて聞けておりません。 なんでもユダヤ
教では今月25日から8日間は聖なる日だそうで、清めるため
の儀式(お祝い?)のために8体の動物を作りキャンドルを立
てて歌をうたいます。(後日、もうちょっと詳しく聞きたいと
思っております。)
日本でもそうですが、どこの国でもしきたりや風習の中で人々は
生きているものなのですね。






この料理はそれに関する料理でLevivotという料理です。
ハンバーグにも似たようなものでとても美味しかったです。




明日(26日)はオランダの青年(Olaf)が旅立ちます。
オラフ、がんばれヨー!達者でナー!ということで、
最後にみんなで近くの温泉に行って来ました。
いつの日か再びめぐり会える日を願いながら。

ありがとうございました。 
私の日記もこれでやっと終了です。 

ほんとに日記とも言えない拙い代物を、辛抱強く読んで下さった
方々には誠に申し訳なく思っております。
改めて読み返して見ますと自分で恥ずかしくなってしまいます
が、どうぞご勘弁を頂きます様お願い致します。
そして、願わくばこれがご縁で新たなる出会いにつながる事を
願いまして・・・。

「やまあい村」 武藤計臣


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熊本県菊池市 武藤計臣 六日目

24日(土)の日記

今日はやっと午前中から晴れ間が覗いてくれる様になって、
一安心。スェーデンとスロバキアの友人から“メリークリスマス
&どうぞ良い新年を”と云うメールが届いていたので 
ありがとう、あなたもね。という返事を送り、早速この大雪が
残してくれた余計な仕事をしに外へ。
わが村の放牧場の要は何と言っても電気牧柵にあります。
この牧柵はなんの変哲もない2本のアルミ線を張りまわしている
だけの簡単なものなのですが、これが無ければ豚君たちの居住
テリトリーは無法地帯と化してしまいます。もっとも、それは
人間から見たらの話で、豚君たちからすれば“完全に自由に
なる”という事を意味するのですが・・・。
アルミ線の全長は約4km、これに直流の電気を断続的に流して
いる訳です。 この線に触れると軽い電気ショックを受けて、
以後3〜4日くらいは近づかないというのが電気牧柵の原理で
あります。ただ、この電気がなんらかの要因で地下に逃げて
しまうことがあります。これをアースすると言いますが要する
に電線と大地が触れる事なのですね。その媒体としてはまず一番
目に電線の下から生えてくる雑草があります。それから豚君が誤
って杭ごと倒してしまったとか、勝手に盛土をして電線を埋めて
しまったとか、そして今回のように積雪で埋まってしまった
とかです。
放牧場というとなんかこう、牧歌的で聞こえは良いのですが
事、豚に関しては管理がなかなか大変なのが実情なのです。
そんな訳で雪国のような仕事を今日は余儀なくされている訳で
あります。





それからもうひとつ、今回の寒波が残していった置き土産、
水道の凍結、破損があります。
非常に強い寒波が来て長く居座ると2日も3日も水が出ない
という非常事態に陥る事になります。そしてやっと融けた
後に今度は破損した箇所から水が噴き出すという、まさに踏ん
だり蹴ったりの、泣き面に蜂。という事になります。
今回もこの写真がその良い例です。





この日はわが村のアイドル、ヤギのあいちゃんも欲求不満な
のか、自己主張なのか、脱走して近辺の畦道を優雅に散歩。
と決め込んでおりましたがすぐにお縄となり、とりあえず納屋の
中のトラクターにつながれているところです。






ビニールハウスの鉄骨も物干し竿に早変わりです。







畑の人参たちもやっと顔が出せました。


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2005年12月24日

熊本県菊池市 武藤計臣 五日目

23日(金)の日記

わが村の雪景色は昨日とあまり変わらず。
今日は午前中から籾摺りと精米の作業です。
わが村では13年前から水稲も無農薬、無科学肥料で栽培をして
来ました。 無農薬で栽培を始めた頃は害虫はともかく、田んぼ
の除草作業にはほんとに泣かされました。 7月〜8月のあの
一番あつい盛りにぬかるむ田んぼに袋を抱えて入り、雑草を手で
取ってゆく訳ですが一日、作業をしてもどれ程もはかどらない。
あ〜、暑いなぁ あ〜、腰が痛いなぁ あ〜袋が重いなぁという
言葉がつい、口をついて出てしまう。
隣の田んぼを見ると草が一本も無い。改めて除草剤の威力を感
じると共に あぁ!私は何故、こんなことをやっているのだろう?
その時ばかりはあの、レイチェルカーソン女史や有吉佐和子
女史の書籍に感動した事も忘れて後悔したものでした。 
なによりも辛かったのはやはり,私自身の勝手な想いで家族に
余計な労をさせている、という事だったかも知れません。

結果的に“雑草の中に稲がある”という状態で収穫は散々たる
ものでした。



それから5年くらいはそんな状態が続き、ある年に転機が訪れ
ます。これは生態学的な面からも、今も賛否両論あるのですが
ジャンボタニシの導入でした。南米原産のこのタニシはかって
食用として養殖されていたものなのですが繁殖力が強く、平坦部
の田んぼに瞬く間に広がった生き物です。このタニシの主食は
草です。特に軟らかい草を好んで食べます。従って稲を植え付
けた後に生えて来る雑草を、ものの見事に食べ尽くします。
稲も少しは食害を受けますがそんな事くらい、あの辛さに比べ
たらなんでもない様に思えます。詳しく書けばジャンボタニシ
の生態を利用したコントロールの仕方等があるのですが長くな
るのでやめておきます。
今はお蔭さまで除草作業から開放されてルンルン気分なのです。





そうやって収穫した籾は15%位に乾燥した後、籾のまま金属
性の貯蔵缶に入れて置きます。
そして必要な時に応じて籾摺りして玄米に。又は精米して白米
にという事になります。




山間部の稲作は当然、棚田での作付けになりますが平坦部の
稲作とはだいぶ違ってきます。一口で言えば水管理、維持管理
共に大変です。でも、棚田であるが故の多面的な機能に関心
を寄せて稲作りに誇りを持ちたいものです。



田んぼの畦に腰をおろし、山あいから吹いてくる風に涼を取り、
鳥や獣、虫たちを無二の友として、山かげに沈む夕日や
その他のすべてのものに感謝の念を送り、夜空を見上げては
無数の星々に想いを馳せる・・・。

そんな下地もここにはある様な気がします。

アハハ・・・柄にもない事を書いてしまったですねぇ。

では、又あした。


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2005年12月23日

熊本県菊池市 武藤計臣 四日目

さてさて、昨日の夕方のあの猛烈な雪の降り様からして、今
朝のわが村の景色はどう、成っているのだろうか?
おそるおそる、玄関の戸を開けて見るとぉ〜! ・・・・・。
やぁ〜っぱり、外は一面のまぶしい銀世界。 そしてなんと
いうことでしょうかぁ、その積雪の量は約20cmにも達して
いるではありませんか。
どうしょう、今日の午前中の肉豚の出荷! トラックはノー
マル車、チェーンは持っていない、遅くとも正午までは搬入
しなければならない、明日(23日)は休日で屠場は休み、
取引先は待ってはくれない。
八方ふさがりだぁ! という訳で結論は何がなんでも行かな
ければならない。 とりあえず、ギリギリの時間まで出発を
遅らせてわずかながら時折、見せる太陽の力を借りて道路の雪
が少しでも溶けるのを待ってから出発を決行する事に。
その間、農場を見回りながら大空の太陽と大地の雪を交互に
見つめながら待っておりました。
そんな私の事情とは裏腹に豚や鶏やヤギたちは元気いっぱい!
なにがそんなに楽しいのか嬉しいのか、深々と降り積もった
雪を蹴散らし、もぐり込み、駆けまわる。
そんな豚たちを見て“そうだよねぇ、せっかく天がくれた
めったにない風景”を楽しまなきゃねぇと思った次第でした。
そんな訳で午前11時過ぎに出発! 案の定、あまり溶けて
いない・・・。 ソロリ、ソロリとくれぐれも急ブレーキ
だけは踏まないようにと細心の注意を払いながらハンドルを
持つ手で合掌するような気持ちで屠場へと向かったのでした。

“ところ変われば”と云う言葉があります。 
ほんとに今日はつくづく、そう思います。 あれほど深かった雪が山を下りて
平坦部に近づくに連れて段々と浅くなり、嘘のように消えてゆきます。
おもわず、わが村のある山の方向を振り返ったのでした。








元気いっぱい、走りまわっているところです。






午後からは先日、頼んでいた豚肉のスライスやミンチを加工場
で受け取り、(変わり果てた姿になって、ごめんなさい。ありがとう、と合掌・・・。)
取引先に納めて帰路に着いたのですが

午前中に下りる前と少しも変わらない風景のすっかり、雪国と化した
我が村の、近くの雪道でトラックが動けなくなり、結局歩いて
帰るはめになりながらも、まあ、夏はその分、涼しいからねぇ
などとひとり言を言いながら帰り着いたのでした。











おいしそうに雪を食べています。

餌を与えていない訳では決して、アリマセン。






家の前もごらんのとおりです。




雪景色ってなかなか良いもんですね。純白の世界、久し振りに堪能しました。
 
写真もバシ、バシ、撮りました。



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2005年12月22日

熊本県 菊池市 武藤計臣 三日目

21日(水)の日記

一体、何なんでしょうかぁ?この天気の変わり様は。昨日のあの
素晴らしい ブルースカイ は何処へ行ってしまったのでしょうか?
今日は一転して、午前中からみぞれ混じりの雪、雪、雪。
人為ではどうにもならない大自然の摂理に嘆願する様に空を
見上げています。
こんな事を書くと東北の雪国の人たちから怒られそうですね。
いつも大自然の摂理と一緒にあって、生産と生活をしている
原始的?な農業にあっては天気はとても重要な意味あいを持
ちます。
太古の昔から「五穀豊穣」を願った祈願祭というものが各地に
あって今も受け継がれている所以はここにあります。
ま、大自然の摂理というものはおよそ人間の勝手な想いなどとは
程遠い、宇宙的な必然性の中にあるものなのでしょう。

そんな訳で午前中は昨日やり残したクヌギの伐採作業をみぞれ
混じりの中、敢行し、ずぶ濡れになりながら帰ってきた次第
でした。




午後からはいっ向に止む気配のないどころかますますひどく
なる雪に急き立てられる様に農場に向かい明日の出荷予定の
肉豚をトラックに積み込む作業。この頃になるともう、雪も
10cmくらい積もっていて、私の普通のトラックでは
スリップ、スリップの連続で移動も困難な状態。 
この状態では明日、出荷に行けるかどうか・・・。
その後やはり明日、福岡の某幼稚園から持ってくる事になって
いるチャボ鶏10羽分の居住スペースを既存の鶏舎の中に
作るための囲いづくり等など・・・etc。
そんな訳で今日もまた一日、アタフタと私の人生の残り少ない
貴重な、時間を費やしてしまったのでした。

“今日という日を、今という瞬間を、大切に生きなさい”と
いう言葉がはるか彼方の向こうに流れてゆきます。

明日はガンバルゾー。 いや、ガンバロー。 いや、ガンバレ
るんじゃないかなぁ。 ま、そんなとこで、又あした、デス。




この写真は20日(火)の時の写真です。


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熊本県菊池市 武藤計臣 二日目

送信の不手際等もありましてこの日記は20日(火)のものです。

今日は久し振りの超、快晴です。
ここのところずっと曇りがちで12月としては珍しく異常なほど
低温が続き、連日の様に小雪が舞い、時には猛吹雪だったりで
水道は凍結するわ道は凍りつくわで一応、南国?の熊本の12月
としては誠に不本意な気象だった訳でありまして突然、やって来た
冬将軍にわが村の家畜たちと一緒に震えあがっておりました。
そんな訳で今日のこの貫ける様な青空と暖かい太陽の日差しは
ひときわ、有りがたいものに思えたのでした。
従いまして、今日は延ばしに延ばし、遅れに遅れてた仕事を“何が
何でもやらねばならぬ”ということでして大忙しの一日でした。
まず、午前中に家畜の餌やりはただ今、わが村にホームステイ中
のイスラエルのファミリーとオランダの青年に任せて大豆と蕎麦
(まだ畑に立っておりました。)の刈り取りや午後から予定して
いる作業の準備やもろもろ等など・・・。




そして午後からはこれも少し、遅ればせながらの椎茸原木の伐採
です。原木はブナ科の木でクヌギと呼ばれているものです。
今年の伐採予定本数はおよそ100本。 一般の椎茸栽培農家の
約10分の1程度です。
この木を一本一本、同じ方向に切り倒してゆくわけですが、木に
もそれぞれに個性がありましてなかなか同じ方向には倒れてはくれ
ません。そこで素直に倒れてくれそうにない木にはカーボイよろし
く、ロープを高い枝に引っ掛けて引き倒したり、人力で押し倒し
たりしながらの伐採作業となります。
こうやって倒した原木を2月頃に短く玉切りして椎茸菌を接種して
仮伏せ。この作業を3月中くらいまでに終わり、それからまる1年半
ねかせた後でホタ場と呼ばれている主に杉の林の中に移して椎茸の
発生を待ち、収穫ということになります。
この一連の作業は口で言えば簡単そうですがとても大変です。
なによりも体力と勤労が要求される作物です。(私は失格?かも)
そんな訳で年々、椎茸を栽培する農家が減って来ているのが現状
です。 その多くは老齢のためでもあるのですがあと、10年もすれ
ばおそらく・・・(予想デキマセン、なぜかオソロシクテ。)
ちょっと横道にそれましたが原木の伐採を終わり、夕方、日が落ちて
冷えびえとした中でかじかむ手をもみながら畑に干していた大豆と
蕎麦を納屋の中に取り込み、今日の作業を終えたのでした。

なんか全体的に暗〜い日記になってしまった様ですね。でもご心配なく。
そんな農作業のなかに“キラリ”と光るものをいつも感じながら過ごしてお
ります。 そんなものを表現することができたら良いなぁと思うのですが
なかなか難しいですね。
ま、明日もがんばります。




現在のわが村の強力な"助っ人”たちです。


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2005年12月18日

岩手県盛岡市 高橋慶子 6日目

休み!
 待ちに待ったお休みです。本日は、年末年始は家を空けて旅行にでる娘の責務(!)として、年末大掃除に取り組むことを以前から決意しておりました。さすがに何もしないで旅行に行ったのでは、後で家族からどのような仕打ちがあるのかわかりませんからね(笑)

 母に「私は何をすれば良い?」と聞くと「障子の張り替えをお願い!」とのこと。面倒くさ〜いと思いつつも、やり始めるとこれが“はまる”んですよね〜。まずは古い障子紙を濡らしながらきれいにはがすところからなのですが、糊が固まってなかなか剥がれません。すべての障子紙をはがすだけで4時間ほどを費やしました。

 ちなみに、家族の誰かが手伝ってくれるのかと思いきや、みんな予定があるとかで外出してしまいました。家に残るは私一人。そんな、ひどい…という言葉をぐっと飲み込み(年末年始は気持ちよく旅行に出かけるのだ!)、一人黙々と作業を行いました。

 古い紙を剥がし終わり、障子紙を貼る作業に着手できたのが16時。外は暗くなり始めていました。糊は小麦粉をお湯で溶いてつくります。子どもの頃、「これって食べられるんだよね〜」と糊をペロペロ舐めて親に怒られた記憶がよみがえります。薄めに刷毛で糊をつけ、障子紙を貼り付けていきます。若干皺も寄ってしまいましたが、気にしない気にしない。あとで霧吹きで水をかければきっとピンとするはずです。
 貼り進むうちに腕前も上達していき、19時には9割方張り終わりました。ここでタイムアウト。家族が帰ってきまして、続きは明日に持ち越されました。う〜ん、腰が痛い!

 それにしても、障子を貼り替えた後の部屋というのは予想以上に気持ちが良いものです。まるで新しい部屋にいるみたい…。障子の白さがこんなに気持ち良いことを忘れていました。これも日本の美意識、かな。

 この部屋気持ちいいね〜を連発し(ただし言っているのは私だけ)、白さが際だつ部屋でみかんを食べつつ、女子フィギアを観戦しながら、夜は更けていきました。

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2005年11月19日

11月20日(日) 新潟県 「市嶋さん」 小松隆宏 七日目

市嶋さん NPO法人ねっとわーく福島潟の会長さんです。本業はお箸の専門店ですが、映画やまちづくり活動などなど語れば尽きることのない幅の広さ、本当の本業は何なんでしょうか・・・。いずれ謎を解き明かしたいと思います。最後の締めは市嶋さんの原稿です。


● タイトル:『 Sleepy Lagoon 』 NPO法人「ねっとわーく福島潟」
会長 市嶋彰

 “潟”を英訳すると“lagoon”といい、多くは汽水湖を意味する。なんとここちよい響きだろう。かつて私の若かりし頃「スリーピー・ラグーン」という名曲があり、いつの間にか、熱帯の海で砂州に囲まれ、青々とした水を湛えた細長い汽水湖を勝手に思い描いていたことを思い出す。



福島潟も、かつてここが海だった頃を思い浮べれば、その歴史的なスケールの大きさに胸がときめく。阿賀野川が上流の山岳地帯から運んできた土砂が堆積し、砂丘を形成し、
堰きとめられた海水が徐々に淡水に満たされ、気の遠くなるような時間のなかで塩分が薄められていったに違いない。



私たちが自然というものに接する時、また目のあたりにそれを見る時、必ずしやそこで
営まれて来た自然そのものの歴史と人間の関わりという意味での歴史に思いを馳せなくて
はならないだろう。なぜならば、現在は過去によってもたらされ、現在は未来への責任を
負っているからに他ならない。



歴史という事実は、まさに歴然としてそこに存在し、いかなる事象にも左右されること
なく、その存在はゆるぎないはずである。ところが、歴史は忘れられ揑造され、時間とともにゆがんでいく宿命を負っている。だからこそ、そこに必要なのは伝承であり、人という歴史の担い手なのだ。でなければ、歴史は途絶えてしまうのを待つことになる。
 “潟”と関わることは、自分自身が歴史の中のひとこまを担うことになる。潟を未来へ
つなぐために私たちのできることは、その覚悟なしでは見えてこない。“眠気をさそわれる
ような潟“のたゆたいに身をゆだねながら福島潟の未来を夢見てみようではないか。


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2005年11月17日

11月17日(木) 新潟県新潟市 「滝澤さん」 小松隆宏 四日目

滝澤さん 今日は、NPO法人ねっとわーく福島潟の滝澤美枝子さんから「食」についての原稿をいただきました。今年9月23日に福島潟で開催した自然文化祭では、シンポジウムの担当をしていただきました。このシンポジウムは「潟の食文化」をテーマに開催し、ローカルジャンクション21の朝田くに子さんにコーディネーターを務めていただきました。滝澤さんは、水の駅「ビュー福島潟」内のミュージアムショップ「ビューショップ」の担当もされていますのでブログをご覧いただいている皆様もぜひお越しください。水の駅「ビュー福島潟」の1階で滝澤さんの笑顔に出会えるかもしれませんよ。
では、滝澤さんの原稿を紹介します。


潟の恵み 「食と花の新潟」をきっかけに、私の「食」はと考えてみました。若いときは何も考える事無く美味しいものが食べたい、ただそれだけでした。そして結婚して子供が生れてからは、子供の成長に合せて、子供が喜んで食べてくれるものそんな単純なことしか考えていませんでした。
最近は、報道の影響と思いますが、身体に良いもの悪いものなどなど考える事を覚え、自分に合った良い食生活をしたいと思いつつ、まだ美味しいものが食べたい自分がいます。
 ここ2年ほど前から「ねっとわーく福島潟」に関わってからは、50有余年生きてきて初めて口にした食べ物「潟の恵み」がたくさんあります。
ヒシの実・ハスの実・オニバスの茎、それにマコモの通称クロンボー(黒穂菌)とかいうこれが意外と美味しい。(マコモの茎に出来、見た目ゴマ入りのチーズのようなもったりとした菌なのです。)



モクズガニ・ザリガニ これは私にはちょっと食べられませんでした。(残念!)
ハスの実は見た目蜂の巣のようで、蜂の子のような種を食べるのです。これは疲労回復、滋養強壮に効くと言う事で美味しくいただきました。
ヒシの実は、私を食べないでとでも言わんばかりに、トゲトゲの硬い鎧のような殻に覆われていますが、軽く塩茹でをして食べるとこれは栗かと思うばかりの美味しさにビックリ。
そして、オニバスの茎を食べるには大変、これも自分防衛でしょうか、これでもかと言わんばかりにトゲトゲが痛い、ゴム手袋をして蕗の皮をむくようにしてむきます。火を通すと生の時とはうって変わって鮮やかなグリーンに変身します。
こんな楽しい「潟の恵み」を知らなかった私が、今経験した食味は良い意味でかなりのカルチャーショックでした。



オニバスの花 「食と花の新潟」のもうひとつの“花”も、私の知らない花が潟の中にたくさん咲いていました。代表的な花がオニバスの花、薄紫とピンク色の入混じった小さく可愛いのにトゲトゲの花、葉の大きさに比べて小さくてちょっと物足りなさを感じるのは私だけでしょうか。


ガガブタの花 花びらが白くてギザギザがありフワフワした感じの、名前がちょっと気の毒なガガブタ。オモダカとヘラオモダカややこしい。水辺に咲く花は白い花が多いのかしら、白い花は、なぜかはかなく淋しく思えるが、潟の中ではしっかり自己主張して咲いているのです。
 これからも、自分流のアンテナを出し、福島潟を楽しみ、そして、いいなーと思うその時をつかまえて絵を描き、福島潟に来てくれた方に、“又来たいわ”と言っていただける会話をしたいと思っています。



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2005年11月16日

11月16日(水) 新潟県新潟市 「福島潟の一日」 小松隆宏 三日目

オオヒシクイの横顔 今日は、福島潟の野鳥を紹介します。第1回で紹介したオオヒシクイの横顔です。大好物は、ヒシの実です。皆さんはヒシの実をご存知でしょうか。池や沼に生える水草で秋に菱形の硬い実をつける植物です。福島潟にはたくさんヒシが生えています。そのヒシが大好物なので「ヒシクイ」という名前がついています。


正面の顔です。今度はオオヒシクイの顔の正面です。福島潟には遠隔操作があるカメラが設置されているので、ドアップで写真がとれます。くちばしのオレンジ色がオオヒシクイの特徴です。このくちばしで噛まれると青あざができるくらい強い力を持っています。




オジロワシ 今日の朝初飛来したオジロワシ。羽を広げると2mにもなる猛禽類です。福島潟ではカモを襲って食べています。今日はテレビ局の方が福島潟に大勢訪れ、夕方のニュースで新潟に冬の訪れを伝えるオジロワシの飛来が放映されました。通常オオヒシクイは、オジロワシに狙われませんが、弱って単独でいるとオジロワシに襲われることもあります。家族の絆が強いオオヒシクイは、猛禽類を警戒するためにも家族が集まって行動しています。




ヘラサギ 白い鳥はヘラサギです。ヘラのようなくちばしが特徴です。ヘラサギは「サギ」という名がついていますが、「トキ」に近い鳥です。東日本では珍しい鳥です。オオヒシクイたちも珍しがっているのでしょうか。


今日は、オジロワシの取材対応で一日中、福島潟の観察をしていました。朝から曇り空で雨が降ったり止んだりの天気でしたが、雲の切れ間から日が射したときには、きれいな二重の虹を見ることができました。夕方は、オレンジの光の中に、ハクチョウやオオヒシクイが佇んでいました。今日は、オジロワシやヘラサギ、そして虹と夕景と素晴らしい一日でした。


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2005年10月12日

東京都 三鷹市 松尾瞳美 3日目

★市民活動の価値★ 

私は今、「市民活動」に多くの可能性を感じています。

確かに日本では市民活動に積極的に参加できるような環境ではないかも知れません。

すぐに参加したいと思ったときに参加できるようなボランティアプログラムが提供できていません。
ハードワークを強いられる今の日本の会社では、働き盛りの人が市民活動に参加できる状態ではありません。
NPOやコミュニティビジネスを立ち上げたい!と考える人のためのサポートが整っていません。
お金も集まりにくい。市民活動がまだ一部の人の特殊な活動だと思われている。

など、問題を挙げればきりがありません。

しかし、会社に勤めていた2年間はまったく地域に知り合いができなくて不安だった私が、この1年間市民活動に参加することで、地域に多くの知り合いが出来ました。
さまざまな分野で活動する人に出会うことが出来ました。
また、自分自身が活動した充実感もありました。さまざまな問題を知ることで視野が開けました。

市民活動がこんなに生きがいを感じられるものなのだと、実感することが出来たのです。

一人一人が生きがいを持って生きることができる社会。
市民の意見や行動が社会に反映される、民主的な社会。

そんな社会が、市民活動によって不可能ではなくなるのではないか、と感じています。

(写真はサンフランシスコの様子。私に「市民活動」の価値を教えてくれた街でした。)


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2005年10月07日

東京都文京区 田辺大 6日目

こんにちは。

今日で私の「今週の私」は最終日になります。 文末に、感想を申し上げます。



さて、アグリビジネス創出フェアの2日目です!

今日もおかげさまで盛会。





ありがたいっす。


水生植物のアサザも登場。100年事業のシンボルです!


外来魚も好評でした!


霞ヶ浦・北浦の魚由来の魚粉と一緒に、JA八郷さん、有限会社ギルドさんのお野菜も展示しました!

ご来場の皆様、支援者の皆様、どうも、ありがとうございました!



最後に、LJ21事務局の浦嶋さん、筆が遅い筆者を励ましてくださいまして、ありがとうございました。

社会起業コンサルティングという仕事を本業にして3年目になります。「ないものねだりでなく、あるもの探し」を、社会的企業家の経営サポートを通じて行ってきて、地元学の重要性も実感しています。

思うに、日本や世界の問題(人口のアンバランス)を解決する視点ではないかと思っているのです。

関連コラム:「日本を立て直すためのコンセプト」で選ぶ

最初は無形かもしれないですが、あるものを探して、それを事業に落とし込んで、地域に住む人々が、長続きして楽しく暮らしていけるお手伝いをしたい。それが自分のライフワーク。 川の上流は地域で、川の下流は都会と思います。上流が良くなる事に貢献したい。 茨城、そして日本各地を現場にして、これからもがんばって生きたいと思います。

(フォレスト・プラクティス代表、NPO法人アサザ基金事務局。ブログ・メルマガ「社会起業家 成功への10ヵ条」発行人)


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2005年10月01日

青森県青森市 張替淳子 3日目(10月1日)

今日は、エコツアーの日。
いつも通り5時半におきて、近頃習慣になっているパンケーキを焼いて朝食にして、鯵ヶ沢町に向かいました。お金がかかるから、コンビニで朝食を買うことはできないけれど、かといって、お米を炊く余裕もなく、昨日(今日のAM2:00)に帰宅して寝てしまったので、この選択はやむ得なかったものであります。ちゃんとご飯が食べなきゃ!と思ってはいるものの。。。水で溶かしてフライパンで焼くだけのパンケーキになることが多いのが現実です。安いしエネルギーになるしお腹もふくれる。とても有難いものです。
毛豆と野菜ジュースで、なんとか必要なものを補って。
GEAに入るまで、実家と下宿で暮らしていたのでほとんど調理をしたことがなく枝豆を自分で茹でたこともなかったもので、冷凍でない枝豆を調理するためには何かと要領があって難しいものだと思っていましたが、お湯を沸かして5分待つだけ。寝起きの頭が回るまでの間に考えることなく用意することができるようになった今日この頃です。年齢のわりに自立した生活をしていなかった分、普通に生活しているだけでかみ締めることが多いので、こうして一週間の日常を記そうと思っても、なかなかまとめることができず、3回投稿するのもやっとという感じ。

時間とお金は大切。私はこうして実家を離れて、自分がやりたいこと―GEAに入ることを選んだ以上、2つの間で、皆さんに迷惑をかけずに自分を満足させることに全力をつくさなければならない。普通のみんなのようにテレビも見たいけれど、つける余裕もないし、繋ぐ余裕もないし。おかげさまで電気代は1500円を越えたことがないわけですが。





今日は、いろいろな人と会うことができ、たくさんのことを新たに感じることができたので、早く部屋に帰って反省ノートに書きたいものです。今もこうして整理がつかず、うまく言葉にできないままなので。

私たちの風車「わんず」は、後ろが建設会社の資材置き場、向かいはスイカ畑という、特に何かできるものの有る場所にたっているわけではないけれど、今日もこうして20人ほどの人と、100m近い高さの風車をあきずに眺ることができました。「わんず」は、たった1機ひとりきりだけれど、出資してくれたたくさんの人の名前が刻まれて、こうして周りに人が集まって、とても愛されている存在だとあらためて感じます。
それはとてもうらやましいです。

わんずのように1人でもせっせと回ってみんなの役に立てる存在になりたい。


明日はエコスクール。朝9時に青森駅で28名の親子をバスに案内することから始まります。

posted by LJ21 at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月17日

東京都目黒区 中森まどか 3日目

稲刈りの季節ですね。
新規就農数年目の友人たちも「腰が痛い」と言いながら有機栽培のお米づくりを頑張っています。(手伝いに行けなくてごめん!)

5月に地元の子どもたちを連れて田植えに行った東京都町田市にある田んぼも明日が稲刈りです。
そこでは住宅街の真ん中に残っている田んぼを近隣の小学校の先生とPTAが協力して借り、生き物のすみかを増やす「不耕起栽培」に挑戦しつつ、子どもと大人の環境学習、体験の場として保っています。
徐々に農家や近隣の方の理解と協力も得られるようになり、お母さんたちは体を張って「生きがい」のように日ごろの田んぼの管理も行っているようでした。

目黒のエコプラザでは、今年は「お米」をテーマに、プランターでも「陸稲」を育ててみたり、いろいろと企画を行っているのですが、その中で先日、「かかしづくり」に挑戦しました。
今や、鳥除けには銀色のテープなどが当たり前ですが、ひと昔前までは本当に「かかし」が頼りでを心を込めて作っていたのだろうな〜などと想像したりしながら・・。
(ちなみに「かかし」が「かがせる」から来ているって知ってました?)
ともあれ「生きた素材」を使ったものづくりってやっぱり良いですね。参加した大人たちのほうがはまっていたようです(^^)v


posted by LJ21 at 13:16| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月16日

東京都目黒区 中森まどか 2日目

さてさて、皆さんは「コミュニティビジネス(Community Business = CB)」をご存じですか?

簡単に言えば、いわゆるNPOやボランティアなどが行うとされる「地域のため、社会のため」の活動を、「事業として」成り立たせたもの。その双方を両立させて「適性規模、適性利益」で「継続可能な活動」を実現する『考え方』です。

「ボランティアとして」の傾向が強い市民活動に対し、コミュニティビジネス(CB)は、独立した事業体として各種会社、NPO、組合、SOHOなどの形態をとりながら、市民が主体となり、福祉、教育、環境、まちづくり等、さまざまな分野における「地域貢献活動を自立的ビジネスとして」行った場合の事業活動の呼称です。
(当会HPご参照→www.cb-s.net/CB.html

もちろんその中身は今に始まったものばかりではありません。その考え方の基本は、今も商店街や田舎町には当たり前に残る『人の支え合い』だったりします。
けれども多くの地域で喪失されつつある「顔の見えるコミュニティ」や「住民参加」が今、CBという切り口から新たに少しずつ再生され、「地域の活性化」、また若者から主婦、高齢者までの「雇用創出」や「生き甲斐づくり」などにつながってきているのですね。


省庁レベルから自治体まで、行政のCBに対する関心は近ごろ急激に高まってきているのを感じます。支援策も徐々に整えられようとしている流れです。

・・身の丈に合った、確実に顔の見える間柄で、おおもとの見える取引をして、まわる経済、その要素となるCBのような活動の積み重ねが、確かな笑顔と元気な社会の源になるのかな、と思ったりしています。



posted by LJ21 at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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