2005年09月15日

東京都目黒区 中森まどか 1日目

はじめまして。東京出身とは思われない土くさいことが大好きな東京都目黒区育ちの中森です。近々もう少し郊外への引っ越しをたくらんでおりますが・・。

昨日と比べてマイナス8度。いよいよ夏の終わりですね。原付(かなり年季の入った愛用カブ)で30−40分の通勤にジャケットが欠かせなくなってきました。原付の良いところ(?)は、季節を肌で感じられること!夏場はまさに「ヒートアイランド」を体感しつつ、フライパンの上を走っているかのようでした(^^;)・・・そしてもう一つ、「危険」も体感!2週間前に他のバイクの転倒に巻き込まれてアスファルトに強打した右ひざがまだ痛みます・・(;;)

と、悪いことは続くもので、昨年買ったばかりの自宅のデスクトップも故障!で数日間「入院中」です・・・(というわけで自宅で作業できないため、日記が滞ることもあると思いますがお許しくださいませ!)


と前置きが長くなりましたが、私は現在、NPO法人コミュニティビジネスサポートセンター(www.cb-s.net)という、NPOや企業による地域貢献活動の立ち上げ・運営を支援する「中間支援組織」のスタッフとして働いています。日頃は講座、相談、調査などの事業に関する一連の業務を行なっています。
今日は一日パソコンに向かっておりました。(「スローライフ」を求めながらも、携帯とパソコンと「肩こり」付きのライフスタイルが前提となってしまっていますね・・)


でもやはり泥くさく「現場」に近い方が好きです。地元の目黒区では数年前から環境活動グループ(ecostaffmeguro.hp.infoseek.co.jp)を組織して、区、商店街、各団体の皆さんとの協働で、「ごみゼロイベント」や「環境学習」の勉強会を行なったりしています。
もともとは農学部出身で、学生時代は岩手から鹿児島まで農家実習・調査に行き、インドネシアや東南アフリカの調査を行ったりもしました。卒業後も「自然農」や「パーマカルチャー」の勉強もしたり、有機農家に長期で住み込み研修をさせていただいていたこともありました。青果物流通の会社にも勤め・・・


というわけで、今は「Think globally, Act locally」の感覚を子どもたちに伝えたい、農業や貧困の問題を理解する「グリーンコンシューマー」の輪を広げたい、という願いから、全国各地の農業や教育の現場で頑張る同志を想いつつ、とりあえずアスファルト東京で頑張っています(^0^;)/

つづく・・。





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2005年08月22日

長野県富士見町(8月21日)

今日は、夏休み最後の日。。。
朝早起きして、草刈に、、
これは町主催の景観推進協議会メンバー独自の景観作りの花畑の管理を
メンバーでお手伝いするもの。景観推進協議会は富士見の景観をよくしていくための
市民の集まりで、週末しか参加できないけれども、1昨年前からメンバーにいれてもらっている。

昨年、景観ウオッチングのイベントで歩いた上蔦木という旧宿場町の近く、
景観推進協議会の会長さんが所有の土地に、様々な植物を植えて、歩く人々に楽しんでもらおうと今年から自主的な形で実践。この土地には「ふじあざみ」という富士見に昔からある、しかし絶滅危惧種である植物の種を推進協議会のメンバーがみごとに入手して、富士見で増やしていくために、植えられた。。これは、根っこはごぼうのようにも食べられる有用植物らしい。富士見には外来の植物も観光目的に植えられているが、このような富士見に昔からある植物を市民の手によって増やし、町を美しくしていきたい。このような活動にちょこっとお手伝いできて、満足のわたし。





作業が終わった後は、みんなで記念撮影! こんにゃくも植えられているので、次のイベントはこんにゃく体験??


その後、富士見町の中心街で行われているフリーマーケットに行って、ちょっぴり
買い物を楽しみ、後はのんびり、家の掃除をして、最後の休日を楽しみました。



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2005年08月21日

長野県富士見町(8月20日)

自称地域通貨の研究家でもある私は、富士見町での地域通貨「あい」の立ち上げに関わった。立ち上げてから約1年半たったが、現在のところ順調にメンバーは増えてきている。でも最近はちょっと交換が停滞気味か。。

今日のお昼は、地域通貨の毎月のミーティング。夏なので、もちよりランチパーティである。多くの人は自分の畑でとれた野菜をつかった自慢の料理をもってくる。私も材料も調理も手作りのルバーブジャムと手作り小麦粉による手作りパンを持っていきました!!
この場で、停滞気味と思われた地域通貨を活性化するため、これまでの通帳方式からお金のような金券方式を試行してみては と提案。金券方式は、裏に交換した内容を記述することで、どのような交換がメンバーでなされたのか、他人が見ることができる。また期限をきることで交換を促進するという使い方もできる。でもすべて使ってしまったら稼がない限りは交換できない。。次回サイド確認をしたうえで試行してみようということに。

夜は、地域の議員さんを中心に富士見町の財政の勉強会。
富士見町は、合併をしないで、自立の道をあゆんだが、スキー場による大きな債務を抱える。
本日は、財政課長からの出前講座で、富士見町の財政の仕組みを勉強。
われわれの関心は、市民にわかりやすい予算書づくりから市民参加型の予算決定の仕組み構築に。。と少しづつ勉強中です。





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2005年08月19日

長野県富士見町(8月18日)

万博2日目。今日は、長久手会場から瀬戸会場にも訪問。その際に、ゴンドラを使って
移動。
ゴンドラに乗って、この地域の自然の雄大さを実感することができた。この地域は海上
の森といって、自然豊かな雑木林の森。
万博が決定される前には、市民の反対運動があったところ。
この万博に参加していると、自然生態系を守ることの重要性が、あらゆるところから、
教えられる。
また、水のミストにより涼しさを出すとか、自転車タクシー、燃料電池車など、会場作
り、会場に移動方法等に環境保全上のさまざまな工夫がみられる。
これは、楽しみながら環境について勉強のできる絶好の場所だと思いました。



でも、一方で、このような美しい海上の森の多くを破壊して、この万博が行われている
のが事実だから、複雑な気持ちになってしまう。
環境アセスでかなり配慮して作られたようではあるが、工業地帯の跡地を緑化して行う
とか、何とかできなかったのだろうか。


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2005年07月07日

東京都千代田区 MARUNOUCHI CAFE 薮田 4日目

丸の内のたてもの

ななめお向かいには「明治生命館」があります。
重要文化財の立派な建物です。床にはアンモナイトが埋まっていました。

修繕工事が行なわれていて、最近外壁の覆いが取れました。
まぶしいほど真っ白になりました。

有名なレンガ造建築「東京駅」。見た目に美しいのですが、
なによりすてきなことが、今日も多くのひとに使われていること。

画像は、「日本工業倶楽部」です。好きなところは、
左に見える面の外壁。深みのあるとても良い色をしています。
なぜか右の面と、左の面が様子が異なります。

「丸の内八重洲ビル」も、古めかしい良いビルです。
地下のギャラリーが特別です。
入口が小さく、ひっそりとして、秘密の地下室のよう。

「帝劇ビル」の9階には出光美術館があります。
エレベーターで上がるのですが、右から2番目のエレベーターは、
ドアに扇の装飾が施してあります。

MARUNOUCHI CAFEのある「新東京ビル」もなかなかです。
内壁なんて、マーブル模様です。このまま大切に使っていったら、
とってもいいビルになるでしょう。

今日は雨の日。ビル管理の男性たちが、ビルの入口で作業を始めます。
きっちりと巻かれた大きなマットを丁寧に広げ、つなぎ目をテープで押さえます。
床が濡れぬよう、濡れた床で人が危なくないように。


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2005年05月22日

日光国立公園 小沢晴司 7日目

おはようございます。日記も最終日となりました。
右写真が6日目のブログで紹介した猛毒のシャグマアミガサタケです。今年5月初め、日光のきのこに精通した埼玉のA先生夫妻に同行して奥日光をたずね、生まれて初めてその異形と対面しました。
来々週、日光パークボランティアによる自然観察会があり、今日はその下見で私たちの事務所の日光地域担当レンジャーも、奥日光のきのこ発生地の近くまででかけていたと思います。

きのこは、私にとって気になる存在で、前任地のインドネシアでの業務にも役立ちました。
ジャワ島西部最大の熱帯林「ハリムン山」を舞台にしたJICAのプロジェクトに2年間派遣され、山村の経済裨益等を目的としたエコツーリズム活動推進に携わりました。
光るきのこを探している写真家と友人になり、ハリムンの森でその大規模な発生地を確認しました。「光るきのこ」は、この森への誘客を図るキャッチコピーのひとつとなりました。
この友人は、私に、ジャカルタ市内でダンスや合唱を楽しむ仲間も紹介してくれました。


ジャカルタに、在留邦人中心に結成された「B&B」という混声合唱団があります。15年の活動期間中様々な団員の入れ替わりがありましたが、帰国者の一部は引き続き「東京B&B」として都内で練習や演奏会を続けています。私もインドネシアに暮らした2年間お世話になり、帰国後もたまに顔をだします。
今年2月末、練習の後の料理店で、インドネシア駐在時からお世話になっていた先輩から思いがけない話をききました。「昨日旧友の出版祝賀会があった。与那国の援農活動を書いた本だ。」その言葉に、20年前の学生時代、試行錯誤していた思い出がよみがえりました。



黒潮洗う琉球列島最西端に与那国という島があります。同じ八重山群島の主島石垣島より台湾の方が近い亜熱帯の島です。私がそこを訪ねたのはサトウキビ刈りの援農隊参加のためでした。大学2年目の秋、留年が決まり、モラトリアムもあり、宗教に触れつつ思索と労働で過ごしたいとの思いから半ば放浪するようにたどりつきました。農家に住み込んでの3ヶ月の作業を通じ、島の自然と農的生活に魅了されました。(注:右写真は首里城からの那覇市です。)
援農隊は、北海道の農家を主に様々な人達で構成されていました。ベビーブーム世代のアウトロー的人生経験者も見受けられ、その一人から本州でも草刈十字軍という過酷な労働があると聞き、翌年、林業の勉強を兼ね活動舞台の富山に向いました。富山でリーダーとして十字軍の活動を指揮していたのが沢畑さんでした。
今年3月半ば、ローカルジャンクション主催の研究会で彼が講師として上京するのを聞き、私も丁度別用で上京する日程があり、会に同席したのが縁で「今週の私」を書かせていただくことになりました。
(この脈絡の紹介で、今日は話題を次々に跳躍させてしまいました。読みにくい点がありましたことお詫びいたします。)




皆様、今週一週間おつきあいくださりありがとうございました。機会がありましたら日光、足尾に是非おでかけくださいますよう。
お目にかかれる時を楽しみにしております。


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2005年04月19日

茨城県つくば市 中井 聖さん 2日目

今日は午後から「いばらき女性特派員」の委嘱状交付式。上の娘を幼稚園に迎えに行き、2人の子を友だちに預けて水戸市の県庁に向かいました。

 「いばらき女性特派員」とは茨城県の広報広聴課が毎年募集している女性レポーター。さまざまなテーマに添って取材と記事の執筆をし、県の広報紙「ひばり」で発表します。募集4人に対して50名弱の応募があったそうで、なかなかの難関だったとか。応募動機と地域の話題に関する簡単なレポートによる一次審査と、面接による二次審査によって選ばれるのですが、私自身は面接で見事なほどに上がってしまい、決定の知らせが来るまで選に漏れたものと思っていました…。

 県知事から委嘱状を手渡され、知事の挨拶。が、残念なことに、少子化対策や福祉、新産業創出の話題ばかりで、個人的に一番興味のある農業や林業の話題には全く触れられませんでした(あ、6月に茨城で開かれる全国植樹祭の話はチラリと出ましたね。私も在県の森林インストラクターとして招かれています)。
 知事と4人の特派員とで記念撮影をした後、別室のスタジオで広報紙掲載用の顔写真の撮影。結婚式の時でさえ、あんなに顔だけをしつこく撮られることはなかったかも。カメラマンの「笑顔でね!」との声にも、緊張でこわばってしまいました。
 最後に広報広聴課の担当者の方々から特派員活動についてのレクチャー。私の担当テーマは「自然を学ぼう!」と「男女共同参画社会」。「チャレンジいばらき」と言う体験レポートのテーマは「桐下駄」、「地ビール」。どれも興味を惹かれるテーマで、今から取材が楽しみです。

 つくば市に戻ってきたのは午後5時前。娘たちはたくさんの友だちと一緒に、よもぎ団子作りを楽しんでいました。
 場所はままとーんの事務所裏手にある「ちびとーんの林」。一昨年から、スタッフ、スタッフのだんな様がた、子どもたち、みんなで遊び場にしようと手を加えている雑木林です。
 写真は昨年秋の林の様子。ターザンロープや、笹やぶの迷路、トタンや笹、竹で作った小屋、トーテムポールなどがあります。いずれは小さなプレーパーク、冒険遊び場へと育っていくといいなと夢見ている、私も娘たちもとても気に入っている場所です。

 娘たちが作ったよもぎ団子は、清しい緑色でもっちりした歯ごたえがありました。まちまちの大きさも微笑ましくて、何ともおいしかったです。
 自分がしたいこと、楽しいことのために子どもたちを預けるのは、時に罪悪感がともないます。が、その間子どもたちも充実した時間を過ごしていたなら、そんな気持ちも薄らぐというもの。
 「お団子をねぇ、まるめたりね、こねたりね、草をごりごりして(すり鉢でつぶしたこと)ね…」と、一生懸命報告してくれる娘の顔を眺めながら、こんなに楽しくておいしい企画を立ててくれた友だちに、感謝の気持ちでいっぱいになりました。



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2005年01月11日

東京都花咲き村 園田安男 1日目



◇花咲き村というNPOをやっています。東京の西のはずれ、日の出町を中心に地域のボランティア活動からNPOへ、という流れのなかにいます。「花咲き村」という名前からして、だいたいの系譜がわかると思いますが、出発は福祉ボランティアグループでした。ちなみに花咲き村というのは絵本「花咲き山」(斎藤隆介/作 滝平二郎/絵)からとったものですが。
今では、様々な地域活動をやっています。
福祉のボランティア活動から、森林ボランティアとしての活動、あるいは放置された谷津田を復田しての田んぼを子どもたちと一緒にやるとか、あれこれです。放置されていても森林や谷津田は地域の貴重な資源であり、これらを活かしながら地域がおもしろくなれば、きっと障害者にとってもよりより社会環境となっていくだろうというのが「思い入れ」ですが、ま、実際のところ、ボチボチです。

ここいらは「青梅林業地」といって昔はずいぶんと羽振りをきかせていたようですが、ご存じのとおり、木材価格の低迷で山は荒れ放題です。
86年、東京の西多摩をおそった大雪は、大雪害となり、多くの山が痛んでしまいました。激甚災害法が適用されたくらいですから、その規模も相当なものでした。このころはまだ都心に住んでいましたから、そんなものがあったかどうか、ほとんど意識はなかったです。こっちに引っ越してきて始めて知るという具合ですから、一般的に言っても、都市住民の森林への無関心さも推して知るべし、です。
さて、それはともかく、林業にとって影響はすごかったです。スギ、ヒノキ林の壊滅ということだけでなく、なによりも山林所有者、特に小規模の林業への意欲がこれで失われてしまったのが痛い。というわけで、88年ごろに私がこっちに越してきて見た山々は、放置されていましたね。

生まれは九州、大分県の山国町という名前の通りの山のなかです。中津と日田の間にあります。昔は耶馬渓線という鉄道があったので、中津の方が近かったのですが、今はトンネルもできて日田までは車で20分くらいのところです。なんでも今年の春には中津市に合併されるそうですよ。中津市になると聞いて思わず、「残念!」と今風に叫んでしまった。
話がそれそうなんで、もどすと、そんな山のなかで育ち、スギのおかげで高校や大学に行けた、スギに恩義を感じているものとしては放置林はちょっとつらいものがありました。
そんなこんなで森林ボランティアを始めたわけです。





今、森林ボランティアも結構、広がっていまして、今日は東京都建設局公園事務所がやる「大自然塾」という企画の指導員に行ってきました。写真を撮ってくればよかったのですが、写真を撮る習慣がなくて、スミマセン。
場所は武蔵村山市の狭山丘陵地。都立公園の予定地です。開発から守るために東京都が買って、それで公園にするという計画なんだが、いかんせん、ここ数年は不況で金がなく、土地が買えず、放置されている。これを都民参加でなんとかしようというのがおおざっぱな背景です。
昔は里山として、つまり「武蔵野の雑木林」の典型ですが、農業が廃れば里山も放置されるわけで、コナラ林の下はアズマネザサがびっしり。とりあえずの作業としてはこのササ刈りというわけです。
この事情は大分の田舎も同様です。椎茸産地ですから、クヌギ林がたくさんあります。スギとクヌギ林がパッチワーク模様を描く風景はきれいなものです。でも、中国産の椎茸におされて椎茸農家が少なくなり、結果としてクヌギは売れず、クヌギ林は放置され、篠竹でおおわれるという結果となっています。「残念!」どころの話ではなく、言葉がない、です。
さて、話をもどして、10数人のボランティア参加者はたいがいがリタイアしたおじさん、おばさんたち。これはここだけではないですが、50代、60代の人たちがとても多いのです。多くの人たちは子どものころ、野山でかけずり回っていた楽しい記憶を背景に持っているようです。
ここでの活動は去年の秋から始まったばかりで、まだどこに転んでいくかは不明。公園事務所としては、都民との協働で公園をつくるという都民参加の公園づくりという意図があるようですが。

ここまで書いたら眠くなってしまった。耐えられない。寝る。アップは明日の朝だ。




*******
おはよう。朝です。6時半。外の気温はマイナス5度。寒い。しかし、朝焼けがきれいだ。今日も良い天気になりそう。

花咲き村の活動風景、日の出町の風景をいくつか載せておきます。


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2004年10月05日

南信濃村

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