2006年05月01日

イタリア ウンブリアから 朝田今日子 7日目

午後、隣近所のカポッチ家の女の子、ジュリアが庭に咲いているふじとリラの花束を持って来てくれた。この間彼女の家で会った時に「わあー、いい香り」と言ったから持って来てくれたのだと気づく。14歳のジュリアには、私たち一家が日本に滞在する時にドッグシッターを頼む。動物に対する愛情と責任感は並々ならぬもので、安心してまかせられるのだ。 

自著の「オリーブオイルのおいしい生活」に彼女の話を書いたことがある。そこには、一家が豚の解体をする時、9歳の彼女が豚の目玉を転がして遊んでいたということを書いた。それはただの気持ち悪いびっくり笑い話の中に、両親が行なう豚の解体を通して彼女と食べ物に対する密接な関係を書きたかったのだ。 

ジュリアの家では10種類以上の鳥、ヤギ、ウサギなどたくさんの家畜を飼っている。何年か前、彼女が泣きはらした目で庭に座っているところを通りかかった。「どうしたの?」と聞くと、かわいがっていた子ヤギをお父さんが夕食用に絞めたという。その時はどう慰めたらいいのか言葉を失ってしまった。



彼女の動物好きは自分の子供の頃を思い出す。マンション暮らしで動物を飼えなかったが、近所の犬や猫の世話も一手に引き受け、近くにあった宮崎大学の農学部(4歳から4年間を九州の宮崎県で暮らした)の馬小屋に入り浸り、頭にワラをつけて歩いていた。あとから母親に聞いたのだが、「今日子ちゃんてちょっと匂うのよね」と近所で言われていたそうだ(笑)。しかし大好きな動物と自分の食べているカツやとりの唐揚げとは結びついていなかった。 

泣いているジュリアを見た時、彼女のような環境にいたら菜食主義になるのではと思ったが、今の所、いつもおいしそうに肉料理を食べている。動物は心底かわいがる。そこが彼女と食べ物の健全な関係を表しているように思う。(菜食主義が不健全と言っているわけではないよ) 

田舎に暮らすようになって、自分の食べているものは何からできているのか考えるようになった。以前もそりゃあちょっとは考えていたが、実際に畑や野で採れるもの、家畜を解体して作る料理は、素材の味を最大限に活用し、ごちゃごちゃと余計なものを入れなくなった。マヨネーズもケチャップもウスターソースもブイヨンも、変なサラダドレッシングも、もう何年も買ったことがない。私にとってはおいしいものを食べてうれしいと思うことは、自然との関わりを密接にしているのだ。


1週間お付き合いくださいまして、ありがとうございました。また、新しい場で書く機会を与えて下さった私と同じ名字の朝田くに子さん、どうもありがとうございました。 


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2006年04月30日

イタリア ウンブリアから 朝田今日子 6日目

料理のこと。
 料理が好きです。食べることも好きです。でも空腹でどうしてもあれが食べたいと思いながら作る料理とそうでない時の料理の差は、歴然としています。料 理を作る時、おしゃべりしながらだと味が落ちます。おいしい料理を作ろうと思ったら、一番大事なのはやはり、「おいしくなれ〜」と念を入れることではな いでしょうか。あと、私の場合初めて作るレシピは緊張感もあって上手くいくのだけれど、おいしくできたからといって安心して同じレシピをもう一度作る と、2回目は必ず失敗します。

 そういったことを全てクリアしようとすると、なんだか自分は仮面をかぶって料理をしているのではないかという気分になります。仮面をかぶらなくて済むように料理しようと思ったらきちんと分量を計ればいいのでしょうが、私はとにかく数字に弱いので、大体の分量しか計れません。すべてその時の感覚と気分 で左右されてしまうのです。


先日ヨアンナがお昼ご飯に招待してくれた日、彼女は私に料理を見せたいと言うので、喜んでと朝9時に約束をしました。朝の9時は私にとってかなりキツ いのですが、がんばって行きました。すると彼女は朝5時半から用意して待っていたというので度肝を抜かれました。料理をしている間、ヨアンナはおしゃべ りもたくさんしていたけれど、出来上がりには随分満足して、私と話をして気分が盛り上がったとおっしゃりました。

 そしてヨアンナは料理の最中、すべての料理を味見して「う〜ん、おいしい」とニッコリします。ビールを飲みながら、本当に幸せそう。時間のことはすっ かり忘れて、食べる準備が整ったのは午後2時半でした。テーブルについてからも、実においしそうに食べています。私の場合朝9時からだったけれど、彼女 は朝5時半から料理しているから私より疲れているはずなのに、そんな気配もありません。アンティパストからプリモ、セコンド、ドルチェと全部食べ終わっ てお腹がいっぱいになり、もう何もしたくないと思っていたら、彼女はサッサとお皿を片付けて、なんと、余った材料を使ってまた料理を始めたのでした。こ れにはアッと驚きました。ヨアンナの料理好きは年を重ねるごとにエスカレートしていると本人も自覚していて、その情熱には母の料理を残したいという使命 のようなものを感じました。彼女の料理熱、何か形になればいいなと心から思うのでした。 ヨアンナすごい!


写真:サルデーニャのお菓子 パルドゥラス
 羊のリコッタチーズとサフラン、レモンの香りがします。 



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2006年04月29日

イタリア ウンブリアから 朝田今日子 5日目

今日はでははちみつの話をします。私がイタリアで最初に食べたはちみつは栗の花のはちみつでした。それまではちみつに花の種類があるなんて知らなかったので新鮮でした。

 栗の花はくせがあって苦手な方も多いですが、香ばしい味がすっかり気に入ってローマの店をあちこち周り、いろんな養蜂家のを試してみました。ローマの裁判所の裏にははちみつ専門店などもあったし、自然食品店もたくさんまわって見つけたのが、カルロ・ピエトランジェリさんという養蜂家の作っているはちみつでした。彼のつくる栗の花のはちみつは、他と違ってエグミが少なく、透き通った味がします。それでいて香りも高く、他の花の種類のはちみつもすべて試してみました。イタリアはチーズもそうだけれど、花の種類によってそれぞれ味がバーンと個性的で、似通っていないのも特徴のひとつです。

 その後、ウンブリア州に移ってオリーブオイルの店を東京・阿佐ヶ谷に開いた時に、カルロさんのハチミツもぜひ売りたいと思い、彼の夏の家があるアペニー山脈の麓まで会いに行きました。カルロさんはイタリア国内をトラックでミツバチと移動しながらハチミツを集めています。このアペニー山脈の麓ではタンポポの花のはちみつを作っていたので、見学させて頂きました。蜜蝋を出してきて蜜蝋をナイフでサッサと取り除き(その手さばきのよさに見とれてしまう)、さらに遠心分離機にかけてハチミツが採れるのを見ました。
 カルロさんの奥さんがアブルッツォ州の名物料理、アマトリチャーナ(トマトとベーコンのパスタ)を作ってお昼をごちそうしてくださって、子供時代の話などを伺いました(*この話は夫ピエルサンティがブオーノイタリアのHPに載せています)。

 そしておみやげに蜜蝋を一枚プレゼントしてくれたのでした。「遠心分離機がなくても、そのままぶら下げておけば蜜が落ちてくるからね」と言われたので、家では蜜蝋から直接垂れてくるはちみつをとって食べていました。

 やはり、蜜蝋から出したばかりのはちみつは味が違いました。それまでタンポポの花のはちみつは変わった匂いがして特別な思い入れはなかったのに、「オオッ」と思い、そのおいしさがわかりました。ほっくりとしてキク科特有のかすかな苦みは飽きのこない味です。よく阿佐ヶ谷のお店でも、「はちみつをどうやって料理に使ったらよいですか」と聞かれますが、質の良いおいしいはちみつは料理に使うよりそのまま食べるのが一番です。

 私の場合は 毎朝パンにつけたり、ほうじ茶にたっぷり入れて飲んだりもします。朝起きてからの一杯は欠かせません。たっぷり大さじ3、4杯分は食べるので1kgの瓶もすぐになくなってしまいます。病気の時にはリンゴを薄めに切って、ハチミツを入れて柔らかく煮るといいですよ。イタリア料理の場合調味料として使うことはあまりないですが、チーズとの相性は抜群で、栗や西洋ヤマモモなど苦みのあるはちみつを添えてワインのおつまみにしてもいいでしょうし、リコッタチーズにかけてデザートにしても。夫の子供の頃は、リコッタチーズにエスプレッソの粉とはちみつをたっぷりかけて食べるのが最高のデザートだったそうです。

写真:カルロ・ピエトランジェリさんの養蜂場。


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2006年04月28日

イタリア ウンブリアから 朝田今日子 4日目

ウンブリアで家探しをしている間、数えきれないほど多くの物件を見てまわりました。イタリアの田舎にはよく、昔ながらの石造りの家が捨てられています。
崩れかかったものもあるのですが、その重厚で自然な石の色は周囲ののどかな自然とよく調和されてとてもきれいです。きっと300年前もこんな風景だったのだろうと思い起こさせます。 この辺りは昔からカリタ一族が広大な土地とたくさんの家を所有しています。王族に使える貴族だったのが、そのうちに王家よ りも財力を持つようになったそうです。村の象徴でもあるそのお屋敷は、王家とカードの賭け事をして勝ったために譲り受けたそう。



カリタ一族の所有する土地と崩れかけた家を一軒売ってほしいと頼んだ友人は、即断られたそうです。これほど多くの家を放置しているくせに、どうして一軒くらい売らないのだろうかと不思議に思っていたら、その理由を友人が教えてくれました。ずばり、理由は「昔の景観を残したいから」だそう。そしてカリタ一族はそれらの家を完全に放置しているかと言えばそうでもなく、家の周辺はいつも麦畑が並び、雑草もきれいに手入れされています。
所有するすべての家の周りがこうなのだから、維持しているのはすごいことです。



イタリアには家を建てる際に厳しい法律があり、最近ではもともと家があった土地以外は新たに家を建てることはできません。もし何もない土地に家を建てる場合には、最低でもン十万ヘクタールの土地が必要という、ややこしい法律をクリアしなければなりません。だからイタリア人は古い崩れかかった家を見事に修復して住めるようにします。日本のように新築ほど価値が高くなるのとは正反対で、古ければ古いほど価値もあがります。



田舎の景観を壊している家には大きく分けて2つのタイプがあります。 石造りの家はお金がかかるし手入れも大変だからと、昔風の家を壊し、白く薄い壁のペカッとした家に建てかえてしまう農家の人々。もう一つは外国人やローマに住む人々が一応昔風の石造りの家に修復し、プールやトスカーナ州特有の糸杉を植えたりしている別荘系の家。ウンブリアと言えばなんと言っても樫の木とオリーブの木が特徴なのですが、一時期どんどんそういったウンブリアのもともとの景観とは何の関係もない家が建ちました。“これ以上景観を壊すような家を建てないように”と活動する「イタリア ノストラ(私たちのイタリアという意味)」というグループもイタリア各地にあり、私と夫もちょっとだけその会に参加してみました。
面白いのは、この近辺のグループの会員は皆都会の人々なのです。それが文化だと認識できていなかったら、守っていこうという意識も芽生えないのだろうかとちょっと考えさせられる会でした。


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2006年04月27日

イタリア ウンブリアから 朝田今日子 3日目

ユーロ紙幣に変わってから、イタリアの物価は上昇する一方です。一部の国民を除いてはかなり苦しい状況が続き、私などなるべくスーパーに入らないように 心がけています。そうでもしないと、「そうそう、あれも必要だった、これも買っとかなきゃ」といってレジに着く頃にはカートが山盛りになってびっくり。

1週間に1回、チーズ類や水、パスタ、コメ、小麦粉、砂糖、果物など最小限必要なものを買っても、あっという間に50ユーロ(約7千円)を超えてしまう ので、大げさではなくリラの頃の倍の値段になっています。


こんなご時世だと、畑で採れる旬の野菜や家の周りの野に生える野草、林の中のアスパラガスやキノコ、夏に畑で採れた大量のトマトの瓶詰めやオリーブの ペーストなど、保存食も大変役に立っています。

それから肉類は、農家で年に一度安く購入する肉があるからやっていけるようなものです。もし都会で暮ら し、食品はすべて購入するものだったらどうなっていただろう。豚や子牛の肉は一頭絞めるわけだから、好きな部位だけ選んであとは知らない、という訳には いきません。豚一頭は他の家族と半分ずつ、子牛は一頭を8家族と分けるので、「私はフィレ肉とロースがあればいいわ」、なんて口が裂けても言えません。
今まで知らなかった部位もあって最初はどうやって料理したらよいか困ったこともありました。それらの肉を小分けにして倉庫にある大きな冷凍庫に入れ、使 う分だけ解凍して料理します。


豚の骨はよいダシがでるので、よく鶏ガラやモミジでとったスープと一緒に中華料理に使います。このスープがあるから中華そばの麺をうってラーメンの代 わりにすることもあるし、材料によって工夫していろいろな料理を生み出さなければなりません。 まさに昨日ヨアンナが話していた、彼女のお母さんの話と 同じです。



ヨアンナが子供の頃、お母さんは子羊の腸を何度も水で洗ってきれいにし、その腸をさらにワインビネガーで洗って匂いを消し、そのあとようやくきれいに なった腸の中に子羊の内臓を詰めてソーセージを作っていたそう。ソーセージは乾かし、スープのダシに使っていたのです。ヨアンナはそれを「お世辞にもお いしいとは言えなかったわ。でも苦労して作っているお母さんの手前、子供とはいえ残すわけにはいかないと思い、必死で水と一緒に流し込んでいたんだか ら」といいます。おいしくないのだけれど、お母さんにとっては一頭絞めた子羊を無駄にはできないという思いがあったのだと思う。「それにそうやって苦労 してできたありがたいソーセージは、お母さんにとってはきっとおいしいものだったに違いない」とも。



隣近所の農家の人達も、ニワトリを絞めたらその足をトマトソースで煮込んで食べていたことを思い出します。貧しい暮らしから生まれる食生活の知恵は、 見習おうと思うことがたくさんあります。食べ物に対する姿勢から、料理のアイデアまで。今日は豚の骨と、たくさん作って冷凍してある生ソーセージを使っ て、トマトソースを作りました。脂が多いので古くなったワインで1時間ほど煮て脂抜きをしてからトマトソースで煮込みます。このソース、骨からでるエキ スでトマトがすごくおいしいんですよ。

写真:生ソーセージ(サルシッチャ)とリブのトマトソース



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2006年04月26日

イタリア ウンブリアから 朝田今日子 2日目

先日、自称”料理マニア”のヨアンナと知り合いました。彼女は友人のお兄さんの奥さんで、母親がサルデーニャ出身、父親がオーストラリア人で、ミラノに住んでいます。ヨアンナと料理の話をしていたら、イタリアでも代々伝わる郷土料理を作る人がどんどんいなくなっているという話になりました。イタリアの若い女性で手打ちパスタができる人、フルコースを作れる人は20%に満たないといいます。
 ヨアンナのお母さんは50年前にオーストラリアに移民として渡り、ミラノに移るまでの10年間サルデーニャ料理を作り続けたそうで、その意志の強さは見上げたものです。現在80歳のお母さんは、ミラノにいながらもやはり昔ながらのサルデーニャ料理を作っているそう。

 「オリーブオイルのおいしい生活」という本を12月に出してから、「なぜ日本人の著者がイタリアの郷土料理の伝統を受け継いでいくのか疑問だ」という感想を頂きました。なぜそうなのかと言えば、ひとつは息子がいるからというのがあるでしょう。父親はイタリア人だし、子供がその土地の人間と関わって生活していくのだから、その人たちと同じ土地の食べ物を教えたいと思うのは当然のことのような気がします。もちろん、和食だって作ります。日本に帰国したらどんなに重くても、米、しょう油、麹、かつおぶしに昆布とまるで移民のように大荷物を持ってイタリアに帰ります。この間は土鍋も持って帰り、割れないようにと気苦労も多い旅でした。ダシだってインスタントには頼らないし、味噌も豆腐も自分で作ります。
 
 もう一つは、昔ながらの文化が消えてしまうのはイタリアであろうと日本であろうと私の中で危険信号が灯るのです。動物的な勘かもしれません。ヨアンナのお母さんが作る、サルデーニャの一部の小さな村でしか作られていない貴重な料理を、80歳になったお母さんを見て「この人がいなくなったら、これらの料理は食べられない」とヨアンナが危機感を持ったのも心の底からよくわかります。

 昔の人が作って食べてきた料理というのは生活に基づいたもので、「あるものを無駄なく使う」というものが基本です。「ないものはない」から補うための保存食を充実させていったわけです。日本で暮らしていた頃、生ハムと言えばホテルのレストランで食べる水っぽいメロンといつ切ったかわからない乾ききった一切れの生ハムというものでした。ローマに住んでいる時も、量が増えて新鮮になったとはいえ、やはり生ハムは前菜にでてくるかパンに挟んである一品でしかたなかったのです。それが田舎に暮らして生ハムを一本作り上げると、家に一本生ハムがあるというのがどういうことかようやくわかりました。削りカスや脂身など今までお店で買った時になかったものがでてきて、こういう部分は豆料理やトマトソース、煮込み料理など様々な料理の抜群の調味料やアクセントになることがわかりました。料理って、そうやってできていくものだと知ったのです。

 そういう料理をもっと大切に残していきたいということで、ヨアンナと意見が一致してとてもうれしくなりました。

写真:ヨアンナと娘のアンニック。ヨアンナ手作りのパナーテ(豚肉、空豆、アーティチョーク、オリーブの実、乾燥トマト、イタリアンパセリ、の詰め物入りパイ)
 










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2006年04月24日

イタリア ウンブリアから 朝田今日子 1日目

はじめまして、朝田今日子と申します。今日は自己紹介も兼ねてお話します。

 20歳の時、語学留学でイタリアに渡りました。そのままローマで知り合ったイタリア人の夫と結婚し、あっという間に10年が経ちました。ローマに住んで3年、この頃からイタリアの田舎の美しさに惹かれ、田舎暮らしを決意しました。ローマから北に100キロ程のウンブリア州で家を探し、築500年の石造りの家を借りることに。仕事は夫婦共々原稿を書く毎日なので、パソコンと電話、ファックスを持ってエイヤッと引っ越しました。最初は田舎暮らしに不安もありましたが、広いスペースと見事な自然に囲まれた生活は性にあっていたようで、今ではすっかりここに落ち着いています。中でも近所の農家の人々から学んだここでの暮らし方は、私にとって大きな意味がありました。野菜は出来るだけ自分たちで育て、肉も農家で自分の家族用に飼育している豚、羊、牛、ニワトリ、ウサギなどを直接売ってもらいます。もちろん、買ったら解体も手伝いますし、保存食の生ハムやソーセージも作ります。

 オリーブ畑と麦畑がどこまでも広がる丘陵地帯で、観光地とは程遠い田舎。家の前の道路は舗装されていなく、周りの森にはキツネの巣がいくつもあり、家の暖炉の煙突からはフクロウの赤ちゃんが落ちてきたこともありました。5歳の息子は大喜びです。

 ちょうど今の季節にイタリアの田舎を車で走っていると、おじさんやおばさんが林の中で何かを採っているのをよく見かけます。たいていは野生のアスパラガスの採取で、皆一日かけて手に一杯採ります。野生のアスパラガスのおいしさには、マムシの怖さも吹き飛んでしまうと、皆口を揃えます。

 4月23日の日刊紙レプッブリカに、「イタリア人はアスパラ好き」という記事がありました。それによると、イタリア人一人当たりのアスパラ消費量は年間500g以上だそう。年間とは言っても、イタリアでは東京のように年中アスパラガスを見かけるわけではないので、”旬のわずか2ヶ月間”と言った方がいいかもしれません。

 パスタにリゾット、蒸して塩とオリーブオイル、レモンを搾っただけのアスパラガスに、生みたての卵を目玉焼き(半熟)にして一緒に食べたり、ここぞとばかりに味わいます。アスパラには腸内を殺菌する作用もあるといい、たくさん食べるとトイレに行った時に匂いですぐわかります(小の方)。殺菌されているなあと実感もわきます。

 オリーブオイルとニンニクと塩で、茹でずに直接ゆっくり炒めて、柔らかくして食べるのもいいものです。マヨネーズをつけるなんてもったいなくてできません。やはりアスパラそのもののおいしさを味わうなら、塩味が一番です。

 それでは、1週間よろしくお願いします。



posted by LJ21 at 17:24| Comment(1) | TrackBack(0) | イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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