2007年09月30日

Shop人にやさしく 山田泰久 in 群馬

今日は実家のある群馬での様子です。

9月29日(土)
今回の帰省は、今月初めに生まれた4人目のおい(めいがもう一人で計5人)の顔を見るためです。ちなみに、山田家の家族・親族はほとんど群馬在住なので実家に帰ればだいたいの家族・親戚にすぐ会うことが出来ます。

ちなみに、山田家は群馬・高崎にある、根っから(!?)の農家です。

IMGP8989.JPG
これが実家の建物です。築120年以上!。
高崎周辺の典型的な農家の作りです。
昔の群馬といえば「養蚕」、2階が蚕部屋になっていました。昭和50年代くらいまで普通に2階で蚕を飼っていました。
が、この家も、今はありません。残念ながら、ただ今建て替え中です。

そして、これが山田ファームです。
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posted by LJ21 at 21:18| Comment(1) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月29日

Shop人にやさしく 山田泰久 3日目

今日は普通に休みです。
土日は、たまーに、出張に行ったり、セミナーに参加したり、仕事のこともあります。あと、東京朝市に出店したり!
本日はこれから群馬の実家に帰る予定です。

でも、実家にはパソコンがないので、帰る前に朝から「今週の私」を更新しているわけです。
本日は、少しだけ福祉のお話しを。

皆さんもご存知だと思いますが、2006年4月に障害者自立支援法という法律が施行されました。この法律の趣旨を山田なりに簡単にまとめると、障害のある人が普通に暮らしていけるように、本人、家族、福祉・教育関係者、行政、地域住民、いろんな人が一緒に考えて、がんばっていこうというものです。
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posted by LJ21 at 09:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月28日

Shop人にやさしく 山田泰久 2日目

今朝は、職場に7時に出勤です。
なぜそんな早いかというと、@朝型人間ということと、A職場で朝食を食べるためです。

ちなみに、これが今日の朝食メニューです。
IMGP2405.JPG


シリアルとヨーグルトです。
真ん中のカップは、信楽青年寮という障害者施設で作っている信楽焼きのマグカップです。手作りの味わいぶかいカップですよね。こんなステキな商品を紹介するのが、今の山田の主な仕事の一つのブログ「Shop人にやさしく」です。
そして、このシリアルがなかなか美味しんです!

そのまま食べられる穀物たち

玄米 ひえ りんご ひまりの種
すべて国産


先週末開催された東京朝市アースデイマーケットで、購入したものです。ちなみに、購入したお店は・・・

もちろん「風土倶楽部」です。
Shop人にやさしくmeets風土倶楽部in 東京朝市、これが物語の始まりでした。続きを読む
タグ:風土倶楽部
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2007年09月27日

東京都港区 山田泰久 1日目

はじめまして、山田泰久と申します。
「今週のわたし」といいつつ、既に木曜日なってしまいました・・・。

さて、簡単に自己紹介をします。
群馬出身、東京在住で、現在、日本財団というところで働いています。
公益・ボランティア支援グループ福祉チームに所属しています。
日本財団は競艇の売上げを財源に公益活動を推進していますが、海洋、公益・福祉、国際協力の各分野で主に助成活動(資金援助)を行っています。

山田の所属している福祉チームは、全国の高齢者施設や障害者施設の施設整備や地域のNPO法人やボランティア団体に対する支援を行っています。
その中で、山田は障害者福祉の分野を主に担当しています。

ところで、この写真の商品、ご存知ですか?
cocowine01.jpg


実はこのワイン、栃木県足利にあるココファーム・ワイナリーという知的ハンディのある人達が作っているんです。ここのスパークリング・ワインは、2000年の沖縄サミットの歓迎晩餐会の乾杯に使われたそうです。


というように、障害者福祉施設の中には、いろいろステキな商品を作っていたり、お店をやっているところがあります。
日本財団での業務の中で、そんなステキなものに出会うと、みんなに紹介したくなってしまうわけです。
そこで、そんなステキな商品を紹介するブログを業務の一環としてやっています。まずは、ぜひご覧下さい!
Shop人にやさしく


ところで、「今週のわたし」を任されてみたものの、普段は赤坂にある職場にいますので、変化のない一週間になりそうです。月に2〜3回、地方に出張に行って、ステキな商品の発掘をしていますが、今週はその予定もなしです。なんとかがんばって、変化のある日記を書いていきたいと思います。


さてさて、ここまで読んで、皆さん、ローカルジャンクション21と山田の繋がりは?、と思ったことでしょう。正直、接点はありませんでした、この4月までは。
続きはまた明日。

Shop人にやさしく 山田
タグ:福祉
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2007年09月23日

出足快調!

9月22日(土)
映画はシネツイン1という広島のミニシアターでは
老舗の映画館で今回、初めてのお付合いとなる。
私はこれまで映画館で上映した作品は、
いわゆる「原爆」ものだった。
本来私がやってきた「民俗」的なテーマの映画を
映画館でやること自体初めてである。
無謀な試みなので最初映画館側も心配されていたようだが
この一週間でメディアの対応もよく前評判もあがってきていた。

1日、二回15:00と20:40の上映で今日は合わせて81人の方に集まっていただいた。
やはり初回に集中し、盛況なスタートとなった。

swaki-te.jpg

映画に登場した職人の沢木さん、(写真)かやぶき研究会の上田さんも立ち寄ってくださった。
お客さんの中に建築事務所の方もこられ
「いやあ、おどろきました。住まいというのは暮らしの根幹から
 生まれてくるんですね。」という意味のようなことを仰り
かなり「参りました」みたいなことを言われていた。
やはりプロからみても「伝統」にはかなわないってとこか。

9月23日(日)
本日は、昨日の二回分の動員を1回目だけで越えてしまった。
また今日は映画の主役である職人・石井さんにも来ていただいた。

.

どんどん集まっていただいてぜひとも「広島かやぶき文化」を感じて欲しい。まず地元人が足元をよく知ることから「文化」は生まれるし
継承されていくのだから…

今、上映の舞台挨拶を続けながら考えた。
「広島」という地は、「出稼ぎ」と「移民」で
成立してきた部分が大きいような土地柄と思う。
「炭坑・左官・石工・イワシ漁…」出稼ぎは大きな文化だ。
それはほとんど記録にも残されていない。
しかしその記録こそ急務である。
今後の私のテーマだ。

これから夜の会の舞台挨拶行ってきます。

この映画、これから全国各地にもぜひとも上映していきたい。
でもちょっと他地域の映画館では無理かな。
自主上映会を開いてくださる方、
ご興味がある方、ぜひご連絡お待ちしております。

私のHPからメールできます!

よろしくお願いします!
posted by LJ21 at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 広島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いよいよ公開開始!

9月20日(木)
『藝州かやぶき紀行』公開直前のため作品を
スタジオでチェックして音や絵のつなぎなどを微調整。
映画は3月に完成したのだが、
劇場から公開用にはもっと短くとの要望があったため
最初のバージョンより8分ほど切っている。
しかし、改編版の方がより洗練され
言いたいことが、ほぼ全力投入できたと思う。

9月21日(金)
18:20NHK広島局にて「お好みワイド」に生出演。
映画の公開を記念して
「☆特集 茅葺き職人の技を後世に」
という特集を組んでくれた。
とてもありがたいことだ。

この番組のDアナウンサーが映画を観てくれて
大変、関心を示され13分近く使って放送してくれた。
映画の主役でもある茅葺き職人・石井さんも東広島市から同時中継。
かなり大掛かりな番組にしてくれた。
明日の公開の反響になればよいのだが。

聞き手になってくれたアナウンサーのお二人が
とても話しやすい方だったので、気負いなく話せた。
しかし生で見る女性のIアナのお美しさに少々ドギマギ。


9月22日(土)
午前中、県民文化センターの展示品を撤去。
公開記念の展示会へも相当な数来ていただいた。
おそらく2週間で1000人近く来てくれたようである。

さていよいよ初公開の日だが、
上映の様子は明日まとめて書くことにする。
とりあえずは盛況でありました。

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2007年09月20日

おひさしぶりです

B5-friyer-mini3.jpg大変、おひさしぶりです。
広島でドキュメンタリーの映像作家やってます青原さとしです。
2004年の6月にも日記書かせていただきました。

このたび新作映画『藝州かやぶき紀行』を完成させたこともあり
LJ21のAさんにご案内いたしましたら
ドタバタ日記と風土倶楽部にいち早くご紹介していただきました。
それと同時にAさんは、「3年ぶりだから『今週の私』に再登場なさい!」とのお誘い。

引き受けましたと、軽い返事をしたのはいいが
その後、映画の公開が近づくにつれ忙殺の毎日。
申し訳なくも3日も遅れて書かせていただきます。

私は、この3年間、故郷・広島に居を構え
『雪国木羽屋根物語』『望郷−広瀬小学校原爆犠牲者を探して』
そして今回の『藝州かやぶき紀行』と続きます。
詳細は以下をご覧ください。

『土徳の世界』


さて日記なんでこれまでの3日間をざっと書いておきます。

9月17日(月)NHKラジオ第一に早朝7:30に起こされ電話で生インタビュー
ローカル放送だが、『藝州かやぶき紀行』の思いなどを
話した。聞き手のアナウンサーが前の日から熱心に
リサーチしていたのでとても話しやすかった。

9月18日(火)
朝9:00広島県民文化センターにて地元TV局TSSから取材を受ける。この県民文化センターでは、現在映画の公開を記念して展示会を開催している。(ブログ参照)若いディレクターでちょっと心配な聞かれ方。お昼「いいとも!」の前の時間のニュースで無事放送された。
所用を済ませ、家でHPの原稿書きと静止画像製作。

9月19日(水)
知り合いのお寺さんへ前売チケットのセールス。快く購入していただいた。そのまま映画に出演された広島在住の炭坑研究家・石井出和子さんに久しぶりのご挨拶。相変わらず元気がいい。
「映画のチラシコピーしてみんなに誘っているわよ!」
昭和30年代まで広島の茅葺き職人は、炭坑地帯にも出稼ぎに行っており、それが広島坑夫とも密接なつながりをもっている。石井出さんは、そのことを映画制作中にご教示いただいた方である。

HPがやっと更新UP、デザイナーのセンスもあり
なかなか出来栄え!






posted by LJ21 at 06:17| Comment(1) | TrackBack(0) | 広島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月16日

鹿児島県南さつま市笠沙町 松山智恵 7日目

 今日は笠沙町の奥の「野間池」という集落の敬老祝賀会にバンド演奏でおよばれでした。
         野間池

 集落のほとんどが漁業を生業としている集落で、集落の婦人部が手料理で敬老対象者を歓迎するのが慣例で、昨日からの仕込みと今朝は7時前から集まって段取りした、本当に心のこもった豪華な食事でした。

        敬老会メニュー 天然ぶりとたかえび刺身、白身魚フライ、季節の野菜ひき肉あんかけ、お赤飯、酢の物、ほか


幾代さん  ソーラン

 地域の人による舞踊や大漁旗はっぴをまとったソーラン節など
 余興が盛りだくさん
                    バンド演奏
 私たちも懐メロや音楽レクリエーションで出演してきました

 65歳以上人口の「高齢化率」笠沙町は45%あまりです。これは10人笠沙人がいたら4・5人は65歳以上、実際は70歳前後でしょう。他の5・6人はというと40〜60歳、ほぼ60歳に近い状況です。笠沙は高齢者の町なのです。
 高校を卒業するとほとんど町外・県外に出て行くことが多く、出た先で生涯の地を選ぶことが多いようです。いわゆる「若い子」はほとんどいません。だから子どもも年々劇的に少なくなっていて、町内の3つの小学校ではあと2・3年したら完全複式学級に近い状態です。

      仲間たち 笠沙で一緒に活動する心強い仲間たち

 でも笠沙の人々はたくましく元気です。

 年齢を重ねるということは誰にでも絶対に平等です。
京都に住んでいたときの、私の中の高齢者のイメージは「保護されるべきもの」でしたが、笠沙にきて変わりました。
 たくましく強く、本当にいろんな知恵を、何があってもどうにかしちゃう強さと力は、今のうちに教えてもらって習得して次代につながなきゃと思います。
 NPO南さつまの活動、自然体験は「生きる知恵を次代へ」の事業として、また音楽活動は地域の人々と一緒にわかりあい元気付けることを目的としています。地味で小さいことだけど、少しずつ自分たちのできる範囲で続けていこうと思います。

       ゴマの花 ゴマの花

 元気のもと、おいしい「しおっ」にゴマを仲間入りさせようと、今年ゴマ作りにチャレンジしました。残念ながら7月の台風で壊滅しましたが、来年またチャレンジします。





  
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鹿児島県南さつま市笠沙町 松山智恵 6日目

   無人販売所

鹿児島には県内ほぼ全域に「無人販売所」が存在します。
自家菜園や規格外品のお野菜を持ち寄って「1品100円」で販売するのですが店番を置かず、無人で運営するのです。
 笠沙町は漁業を主とするエリアと農業を主とするエリアが半分くらいづつ存在していて、私たちが住む「農業エリア」では移住してきた当初、食べきれないお野菜は「限られた関係」の中で消費されていました。もらうときは単一のお野菜があちこちで重なって、食べきるのにも困るほどでした。もったいないなぁという思いと、「せっかく作った作物をよりいい条件で、喜んで買っていく人に提供できないものか」という思いを地元の「農業系自主活動グループ きんよう会」とともに形にしたのが「きんよう館」でした。

前からみたきんよう館   きんよう館 「へちま」も食べます。

 9人の仲間がいろんな技と材料と知恵を持ち寄り、自力で建設しました。
 解体する建物から許可をもらってサッシつきの窓や扉、骨組み、収納庫などを集め、行政に掛け合って補助金を申請し、毎日夕方5時からそれぞれの仕事終了後現場へ集まっての建設作業が3ヶ月続きました。

きんよう館 横 横から見ると? 「カステラみたい」といわれます。

 建設中は「誰がお金を出して買うものか」「運営が成り立つのか?」と心配の声もあったのですが、できてからはあっという間に笠沙の重要な「農産物直売所」として町のシンボル的な存在になりました。
 
よ〜くみてみると荒廃していた畑が立派な野菜畑や花畑に変わっていて、そこの作物はきんよう館で「売れっ子」になってました。


 鹿児島の人は「性善説」で生活しているようです。
恥ずかしがりやさんが多く、初対面や外部から来た人にはどう対処していいのかわからないようですが、慣れてくると本当に親身に接してくれます。
 
移住してきたときは、笠沙の言葉をやさしく通訳してもらい、頭の中で標準→関西弁に変換して考えていたので、いろいろと誤解や思い違いもありました。でもできるだけ夫婦一緒にいろんな人の所へ行ったり行動し情報交換して、笠沙の人たちにも受け入れてもらえるようになり、とても居心地よく暮らしています。今では鹿児島弁もそのままの感覚で心に入ってきます。
 でもヒアリングのみで、鹿児島弁で話すのはまだまだです。

         工房からの景色 塩工房からの眺め。どんなに忙しく「やばい」状況でもこの景色が心を落ち着けてくれます。

   台風がそこまで来ていて、工房の「台風のかまえ」をどの程度までするのか夫婦で迷っていましたが、「明日の敬老会も予定通り行う」という笠沙の奥の「野間池地区」の判断を聞き、入り口だけ木を打ち付けて帰ることにしました。
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2007年09月15日

鹿児島県南さつま市笠沙町 松山智恵 5日目

今日は朝から晴れ。昨日までの雨で湿っていた薪もやっと乾いたので、夫は薪割りをしながら塩炊きです。

薪 材木を薪割り機の寸法に切断します。

  薪割り機@ 以前は「日本昔話し」のように斧で
割っていたのですが、中古の薪割り機を手に入れました。ものすごい騒音ですがスピードは大幅UP!田舎っていろんなものが存在します。


薪割り機A 薪割り機B

 午後、NPOの事業打ち合わせのため、南さつま市の中心部「加世田」へ。秋の風を感じようと窓を開けて車の運転をしていたら、確かに「夏の終わりの臭い」堆肥のなんともいえぬ臭いがしてきました。

 堆肥 早期水稲の収穫・稲藁の処理が終わると、堆肥を振ってすきこむ作業がこの地域一帯で始まります。
 来年3月の田植えに向けて、今から土づくり。それまでに作物を作ったり、土地を休ませたり、場所によっていろいろみたいです。


 打ち合わせを終えて工房へもどると、仲のいい漁師さんが天然ぶりを持ってきてくれてて、昨日発生した台風の心配や海のことなど、夫と話をしてました。

 
笠沙にもどるとき、この景色が見えてくると「かえってきたぁ」とほっと落ち着きます。                
        越路 大浦町「越路浜」の風景

 
   温暖化の影響

 ここ数年、海の季節が変になってるようです。魚の取れる旬の時期がずれてたり、突拍子もない時期になっていたり。冬でも夏の魚「マンビキ(シイラ)」が捕れたり、8月初旬から「秋太郎(バショウカジキ)」が捕れるなど、なんか不気味です。
 素もぐりが得意の左官屋勇さんも「海の中はもっと変。ここは沖縄か?とおもうほど、熱帯の魚が泳いでるぞ。10年ほど前には考えられんことが起こってる」とディープな笠沙弁で話してました。

 そういえば今年の2月、笠沙では一年で一番寒い時期、私もはりきって白菜の塩漬物を作ったときでした。父が作った無農薬白菜6個に、贅沢にも「笠沙のしおっ」をたっぷり2キロ近く、それに昆布と鷹の爪をていねに白菜の葉の間にいれていい感じで漬かっていました。
 「真冬にしてはぽかぽか過ごしやすいな」と油断してたら漬物も醗酵して腐る寸前に。言いようのないショックを受けました。
 「むっちゃおいしい白菜漬け」への情熱・労力と材料ロスはかなり痛かったけど、このまま笠沙は冬がなくなって「常夏」になってしまうのか?という不気味な不安の方が大きかったです。

            海水 笠沙の海水

 記録尽くしの猛暑にもなれて、暖かい冬が「あたりまえ」になったら怖いことだけど、実際それが現実になってきています。

 今年の冬もめげずに「むっちゃおいしい白菜漬」チャレンジします。
  
 
posted by LJ21 at 11:05| Comment(1) | TrackBack(0) | 鹿児島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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